転生守銭奴女と卑屈貴族男の長女の婚約者事情 06
「あ――」
男性が小さく息を飲んだのが分かる。私は素早く、手首に巻いていた飾りリボンをほどくと、小さく折りたたんでハンカチのようにし、男性に駆け寄った。
「こちらを使って、鼻を抑えてください。……ええ、鼻をつまむように。下を向いて……口に血が流れてきたら、遠慮なくこちらの布に吐いてしまってくださって結構です。私が先ほどまで使っていた手袋についていたリボンで申し訳ないですが……」
私が対処に当たっている隣で、テルセドリッド殿下が人を呼んでいるのが分かる。
昔、よくジェリクと外で遊んでいたから、鼻血の対処方法も分かるのだ。私もジェリクも、転んで鼻血を出したことは一度や二度ではない。
「立ち眩みがするようでしたら、少ししゃがんだほうが……」
「……いえ、そこまでは。大丈夫です。自分なんかに……」
「なんか、とは何ですか!」
しまった。
自責癖のある父様によく言い返しているからか、反射で強く言ってしまった。この人のこと、何も知らないのに。カノルーヴァ家より家格が上だったらどうしよう。テルセドリッド殿下の友人ということは、その可能性が高いわよね。私を飛び越えて、父様に苦情が行ったら困るわ。
背中に冷や汗をかき、血の気が引いていく気がするが、それを悟られないように「たっ、体調不良の方がそこまで気になさらなくていいんですよ」と慌てて訂正をする。
「…………」
黙ってないで何か言って欲しい……。どうか、私の今の発言を無礼だと思わずにいて欲しい……。
そうこうしているうちに、使用人の人がやってきて、男性を連れて行く。多分、休憩室とかに案内するのだろう。
私達のやり取りは、すぐ近くにいた人からは注目されていたけれど、やがてその人達も問題なく対処されたことが分かると、それぞれ自由に行動し始めた。血を流したのがテルセドリッド殿下ではないこと、ただの体調不良で、何か事件性のあることでなかったこと、この二点が大きいだろう。
悲鳴を上げた人もいなかったので、この近くにいなければ、今、人ひとり退場していったことも気が付かない人も多いだろう。
「悪いが私はこれで下がらせてもらう。ジェリーナ、少しアクシデントはあったが、夜会を楽しんでいってくれ」
そう言ったテルセドリッド殿下は、男性と、それを支える使用人が行った方へと向かい、消えてしまう。あの男性の容態を確認しに行ったのだろう。そこまで深刻な病気ではないように見えたけど、心配なのだと思う。
「大丈夫かしら……、あ」
そういえば、リボン、持っていかれてしまったわね。いや、まあ、血がついているでしょうし、返されても困るのだけど。捨ててしまって構わない、と伝えるのを忘れていたわ。
私は軽く、自分のドレスの裾や手袋を確認する。血は……うん、ついてなさそうね。
きちんとテルセドリッド殿下やあの男性に声をかけられなかったことは残念だけれど、それはそれ、これはこれ。
気持ちを切り替えよう。あいにくと、鼻血の一滴や二滴、見たところでビビッて気持ちがしぼむような、そんなヤワな性格はしていない。
早く私の理想の婚約者を見つけるため、人脈を広げないと!




