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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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2-4 危機からの脱出へ

「誰かいませんか~?」


 暗闇を照らしつつ、心音は声を掛けながら歩みを進める。

 返事は返ってこないが、時折何かしらの物音が響いてくる。

 重たいものが大地を揺らす音。金属同士がぶつかり合う音。

 その正体は分からないが、少なくとも生物が発生させている音なのではないかと推察できる。


「もしも~し、誰かいま……」


 開けた場所に出て明かりを強めたと同時、言葉に詰まる。

 広い空間にたくさんの穴。巣穴だろうか、心音が落ちた穴と同程度の大きさである。

 そこに密集する身の丈ほどの土竜もぐら。金属質なボディに、岩をも掘削できそうな爪。その向こうには、弱く光を灯らせながら土竜と斬り合う三人の人影が見えた。


 心音の声と強い光に反応し、土竜たちが一斉に心音の方を向く。

 視力の弱い土竜たちはその正体を探ろうと、じわりじわりと近づいてくる。

 その数、目算で三十ほど。心音が警戒しつつ詠唱を始めると、先頭の土竜が心音の全身を視覚に捉え、勝てる相手と踏んだのか一気に加速してきた。


「わわ、〝熱波〟!」


 すんでのところでイメージを練り上げた心音が高熱の波を放射状に放つ。

 最前線にいた数匹の土竜は、溶けただれた金属質の皮膚に悲鳴を上げる。

 その後に続いていたものも、強力な熱波にひるんだ様子を見せている。


(あの三人に気を遣いながら全部を相手にするのはちょっと難しいかも。それなら……)


 心音は疑似魔法の遠隔発現で、三人からも心音からも遠い位置に光球を生み出す。

 その光球は音を発しながら、穴の一つに入り込んでいった。

 多くの土竜がそれに気を惹かれ、後を追う。残った五、六匹であれば、なんとか対処できるかもしれない。


「〝炎槍〟!」


 心音の側にいた土竜たちを詠唱破棄の不意打ちで突き刺し燃え上がらせると、滞魔剣を鞘から抜き、奥の三人が応戦する三匹の土竜に向かって強襲をかける。


「赤熱の刀身は鋼を溶断する。〝熱爪〟!」


 一匹を逆袈裟に切り裂き、ほぼ同時に振り下ろされた別の土竜の爪を皮一枚のところで避ける。

 通り過ぎた爪は岩石質の大地を砕き、心音は冷たい汗が吹き出るのを感じた。

 更に別の土竜が、心音を脅威に感じたのか、急な回避で体制が整わない所を追撃に出る。


(わっ、これは躱せないかも)


 吹き飛ばされるのを覚悟し、滞魔剣を盾代わりに突き出すと、土竜の背後から風を切る音が飛んできた。


「させん! 〝飛斬〟」


 圧縮された風の斬撃が土竜とぶつかり甲高い金属音をさせると、土竜は一瞬ふらつき間が生まれる。

 その間に心音は体制を整え、〝身体強化〟を付した脚力を生かし、一瞬で土竜の背後まで斬り抜けた。

 周囲からは敵の気配が消え失せた。ようやく、心音は三人の人間と顔を合わせ、声を掛ける。


「なんとかなりましたっ。ぼくは冒険者の心音と言います。あなた方は、エルドさんと護衛の冒険者お二人、で間違いないでしょうか?」


 転写絵図で確認していた焦げ茶色の髪をした少年。護衛の数も二人と一致しており、捜索対象者であろうと確信が持てた。

 そしてそれが間違いないことは、対する返答ですぐに証明された。


「あ、あぁ。たしかに僕がエルドだ。もしかして捜索に来てくれたのか?」

「はい! でも、実はぼくも迷子になっちゃいまして……。あ、でもきっとすぐにぼくの仲間が助けに来てくれるはずです!」


 三人の状態をあらためて確認する。長い間土竜から身を守っていたのだろう、身にまとうものは土に汚れ、防具は破損し満身創痍の装いである。

 この場所に留まっていては、光球で誘導した土竜たちが戻ってきてしまうと、心音は移動を提案する。


「助けが来る可能性が高い場所に案内します! お疲れと思いますが、ついてきてもらえますか?」


 エルドら三人は素直にうなずき、心音の照明による先導の元、心音が入ってきた穴へと向かった。


♪ ♪ ♪


 闇の先から滲む光を追い、輝きの中に飛び込む。


「なんとこれは、噂は本当だったのか」


 どこか意識の浮いた様子で、エルドは輝く空洞を見渡す。

 空洞の一番下に位置するここには大きな宝石の原石があちらこちらに転がっており、一つでも持ち帰れば一攫千金も夢ではないほどである。


「これだけあれば社交会で優位に……」


 エルドが壁から突き出す拳大の原石に触れて呟く。

 テレーゼに対する問い合わせの手紙とエルドの失踪が間接的に繋がっていたことに、心音が推測の裏付けができたと納得していると、突然エルドが力なく座り込んでしまった。


「エルドぼっちゃん! 顔色が悪い……今になって疲れが来ましたか?」

「そうかもしれない。しかし、あの原石に触れた途端ふらついてしまって……気が緩んだか?」


 心音が原石に近づき、至近距離で観察する。

 大きなエネルギーを感じる。どこか覚えのある感覚、もしかしてこれは――


「この宝石、魔素をかなりたくさん蓄えてるみたいです。えっと、普通、ヒトにとっては毒になっちゃうんでしたっけ?」

「なんだって? こんなに美しい輝きをはなっているのに」


 心音は四段位昇段試験の対策勉強中に読んだ解説書の内容を思い出す。

 生物からあふれ出した魔力が風化してできる魔素は通常生物が扱うことのできないエネルギーとなるが、高濃度の魔素は逆に、エネルギーの濃度が比較して薄い生体の中に流入してこようとする力が働く。

 コントロールの利かない魔素は体内の魔力の流れを阻害し、生命維持の機能をある程度魔力に依存しているこの世界の生物は、体調の悪化や活動能力の低下を引き起こしてしまうのである。


 この説明を見た時、生体における浸透圧の考え方に似ていると心音は感じた。

 魔力を持たない心音は高濃度の魔素の中でも悪い影響を受けることがなく、そういった意味でも特殊な体質と言えた。


「しかし、成果物を何も得られずに屋敷へ帰るなど、捜索隊まで出されて恥さらしじゃないか。何とかならないのか?」


 普通であれば無理難題とも取れる内容であるが、心音であればそれも不可能ではない。


(詳しく勘ぐられないように話さなきゃだよね)


 数秒間思案し、心音はまるで苦渋の決断であるような表情を作り出して返す。


「ぼく、少しなら耐えられるので、街でこれを披露するまでなら持っていけます。そのかわり、お願いを聞いていただけないでしょうか?」


 エルドを探しに来た当初の目的を忘れてはいけない。

 心音は今街で何が起きているのかをエルドに説明した。


「なんだって、僕の姉上がテレーゼさんに決闘を挑むだなんて……。一刻も早く帰らなくては」


 しかし、急げど今は助けを待つ他ない。エルドがこめかみを押さえ唸っていると、護衛の冒険者二人もその場に座り込んでしまった。


「宝石に限らず、ここは魔素が濃いのか?」

「俺たちも少し具合が悪くなってきました」


 彼らの身のためにも、シェルツたちが早く助け出す手段を見つけてくれないかと、信じて待つばかりである。




 待つこと暫く、青く輝いていたこの場所も、夕焼けの色が強くなってきた。

 程度の良い岩に腰掛けぼんやりと空を見上げていると、その先から人の声が心音の耳に降ってきた。


「コトー! そこにいるかー⁉」


 この大音声はヴェレスである。心音は途端に瞳の輝度を上げて返答する。


「はい、この空洞の底にいます! 捜索対象の三人も一緒です!」


 音響魔法を交えたそれは上に届いたようで、ヴェレスが再び声を張り上げる。


「今から滑車でかごを下ろすからよ、よく見えねぇから乗ったら合図してくれ!」


 ほどなく、人一人が乗れそうな籠が降りてきた。

 近くに物資を買えそうな場所は見当たらなかったが、もしかしたら荷車の車輪を滑車の材料にしたりはしていないだろうか。

 最後に引き上げられた心音は、登った先の滑車をみて予想が当たってしまったのを確認し、今日中に帰ることは諦めなくちゃな、と苦笑した。


 洞窟の出口を目指しながら、心音はパーティの皆に落ちた後の出来事を説明する。何においても、捜索対象を見つけ無事に保護できたことは評価される功績であるだろう。


「お疲れ様。今日の最大の功労者はコトだね。今日は野営になるけど、ゆっくり休んでよ」


 シェルツのねぎらいに少し照れ笑いを浮かべていると、既に月明りに代わりつつある空が見えてきた。

 決闘は二日後、まだ一日の猶予があるため、心音は安心して野営の準備を始めた。


♪ ♪ ♪


 翌朝心音が目覚めると、まだ誰も目を覚ましていないようであった。

 身支度を済ませ、このまま朝食の準備までしてしまおうと考えていると、シェルツがのそりとらしからぬ身のこなしで起きてきた。


「シェルツさん、おはようございます! 体調、すぐれませんか?」

「おはようコト。なんだか、身体が重たいんだ。少し、疲れたのかな?」


 会話を交わしていると、ほかの面々も目を覚ましはじめた。しかし、皆一様に調子が悪そうである。

 ここにきてはじめて、心音は思い当たる節が浮かんできた。


「すみません、もしかしてあれのせいかもしれません」


 心音が荷車に積んでいたカバンを持ち出し中から宝石の原石を取り出すと、眼鏡を装着したエラーニュがそれを観察し、納得顔で深く息を吐いた。


「感覚でしかわかりませんが、かなり濃い魔素を内包しているみたいですね。洞窟内のあの場所は空気中の魔素が多くて影響が少なかったかもしれませんが、外にでて周りの魔素が薄くなった分、その石から強い魔素が溢れ出てきたのでしょう」


 魔素の性質を理解しきれていなかったことに、心音は落ち込んだ様子を見せる。

 しかし、そう気にすることはないと、エラーニュはすぐにフォローを入れた。


「石の魔素を精霊ルフに取り込ませてみてはいかがでしょう。今までコトさんと過ごした経験上、精霊ルフの中に取り込まれてしまえば、高濃度の魔素もわたしたちに影響は出ないはずです。そうすれば、少し休めば元気になるでしょう」


 それに、とエラーニュは続ける。


「その宝石自体は重要な証拠物です。お手柄ですよ、コトさん」


 優しさのある言葉に、心音は気持ちが救われるのを感じた。

 精霊ルフにほとんどの魔素を吸わせた後、せめて元気な自分がと心音は朝食の準備を始めた。




 朝食後、出発の準備を進めていると、馬の様子を見ていたヴェレスが、歯切れの悪い声で皆に伝達する。


「馬の調子が、よくねぇんだ。今日は走れんかもしれねぇ」


 ――昨日、馬の側の荷車に宝石を置いておいたからだ。


 青い顔で謝罪しようとする心音を手で制し、シェルツが即断し告げる。


「時間がない、街まで歩くよ」


 決闘は明後日。余裕がある日程から一転、一刻の猶予もないと、一行は荷物をまとめ街を目指し始めた。

 


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

ブクマも押していただいて、嬉しいです♪

一難去ってまた一難、今回は少し文字数多めでお送りしました。

次回は文字数がコンパクトになっています。なので、一瞬だけ週二投稿復活して金曜日にも投稿します!

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