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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第三幕 精霊と奏でるグラントペラ 〜広がる世界、広がる可能性〜
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2-2 貴族家の騒動

 翌朝、早くにシアーを発ち、城下町ヴァーグへと向かった。

 馬車で三十分ほど揺られて辿り着いたそこは、ヴェアンに負けず劣らずの大都市であった。

 街の様子を見て回ろうと散策していた中、中央部の広場に出ると、妙な人だかりができていた。

 近づきその人だかりの先を確認すると、女性二人が言い合いしている声が聞こえてくる。


「あなたが! あなたが弟を(そそのか)さなければこんなことには!」

「何度も言っていますが、(わたくし)はエルドさんの行き先など存じません!」

「いいえあなたは嘘を言っていますわ! 弟の部屋にはあなたから宛てられた封筒が残っていましたのよ!」

「ですから、それは社交界の予定について尋ねられたから返事をお書きしたまでで――」


 どうやら、目尻がキツい焦げ茶色の髪の女性が、薄金色をふわりと浮かせている女性を糾弾しているという構図のようだ。


 顛末を見ていた野次馬たちは呆れたように去っていき、そしてまた新しい野次馬が加わる。

 その様子と会話の内容を(かんが)みるに、どうやら話は堂々巡りのようである。


 いつまでも見ていたところでしょうがないと、シェルツが振り返り場を離れようとしたところで、野次馬たちから小さな悲鳴のような声が上がった。

 何事かと注目し直すと、薄金色の女性の足下に、白い手袋が投げつけられていた。それが意味することは――


「決闘ですわ。戦いの天使の名の下、己の潔白を示しなさい」


 薄金色の女性は絶望に泣き出しそうな顔になり、手を出し引っ込め、覚束無い(おぼつかない)足元をふらつかせながら、ついに震える手でその手袋を拾い上げた。


「期日は三日後。場所は……分かりますわね? 決して放棄することなど無きよう」


 焦げ茶色の女性はそう言い切り、その手に持つ煌びやかな細身の杖をこれみよがしに突きつけると、その場を去っていった。


 野次馬たちも、残された女性に哀れみの視線を向けた後、各々散っていった。


「まだ決闘なんて制度を採用してる国があったのね。気の毒だけれど、関わってもロクなことには……ってコト!?」


 アーニエの制止が届く前に、心音は薄金色の女性の元に飛び出して行った。


「大丈夫ですか? 何があったんですか?」


 手で顔を覆い立ち尽くしていた彼女は心音の声に気がつくと、少し低い位置にある桜色の髪の毛を見つけ、両手を腰の位置まで下げて弱々しく返す。


「心配してくれて、ありがとね。でも、仕方がないの、きっとこれも運命なのでしょうから」


 諦観が伝わる、今にも消えてしまいそうな笑みを浮かべる彼女に、心音はより一層の心配を抱いた。


「よかったら、事情を聞いてもいいですか?」

「ちょっとコト、深い詮索は……」


 心音に追いつき(たしな)めるシェルツを薄金色の女性は手で制する。


「そうね、今は誰かとお話していたほうが落ち着けるかもしれないわ。ついてきてくださいますか?」


 シェルツたちは少し困ったような目で心音と女性を見やる。

 対する心音は、やや申し訳無さそうな、それでも後ろめたさはないといった様子で、視線を返した。

 先の言い合いの内容や女性の様子に、放っては置けない意識が芽生えてしまったようだ。


「全く、お人好しは時に自分の首を絞めるわよ」


 アーニエの忠告にたしかに頷きながらも、前向きな瞳で薄金色の女性に続いた心音を追って、パーティ一行は城の見える方角へと向かった。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


わたくしはテレーゼっていうの。家名もあるけれど、名前で呼んでちょうだい、気に入ってるの」


 道すがら、簡易的な自己紹介を済ませる。


 ハープス王国では、貴族の他に大きな功績を上げたものが家名を名乗ることが許されているが、ここグラント王国では、まだ貴族のみがそれを許可されているはずである。

 服装から予想はしていたが、やはり身分のある令嬢であったかと、五人は納得した。


 連れてこられた先は、城の直ぐ側――というよりは、城の敷地内とも言える場所に位置する屋敷であった。

 ある種の不安を感じたのか、エラーニュがおずおずと尋ねる。


「あの、見ず知らずの平民、それも他国の者がここまで立ち入ってもよろしいのでしょうか」

「ふふ、そうね、普通であれば侵入罪で捕らえられるようなことだけれど……。でも大丈夫、あなたたち〝港町の危機を救った英雄〟さんたちでしょう?」

「え、どうしてそれを……?」


 五人は、特にシェルツとアーニエが警戒の色を強める。


 ミルトでの出来事自体は、あの場にいた商人たちでも知っている。

 しかし、彼女が言った呼び名は、ローエンが言った言葉そのままであったからだ。


「そんなに不思議そうな顔をしないで。どうして知っているのかも、後でお話するわ」


 そうして辿り着いた屋敷に、テレーゼに促されるまま足を踏み入れた。




 大きなエントランスに広い階段。

 テレーゼを迎える執事にメイドたち。

 絵に描いたような貴族の屋敷に、心音はある種の感動を覚えた。


 テレーゼは執事と二言三言交わすと、心音たちを連れて応接間へ案内する。


 大きなテーブルの端を、六人で囲むように座り、一分ほど待ったところでメイドがトレイを持って訪れた。

 差し出されたカップのこの香りは、紅茶だろうか。


「あ、これ美味しいです」

「でしょう? お気に入りの茶葉なの」


 紅茶を一口楽しみ、心音は一緒に出された砂糖菓子にも手を出す。

 ふわっとした食感は、好物だったマカロンを連想させた。


 思わず、頬が(ほころ)ぶ。


 昨日の刺身もそうであるが、異なる世界、異なる文明においても、人類が行き着く文化は似たものに落ち着くのかと、心音はちょっとした感動を覚えた。


「さぁ、こうして焦らしていても仕方がないわね。三日後には(わたくし)の命が続いているかも分かりませんわ。初めてお会いした方々にお話する内容ではないと思いますが、私の気持ちを零させてくださいまし」


 決闘は、命を奪うことを目的にやるものではない。

 しかし、私怨のあるもの同士が戦う以上、その刃が命まで届くことは決して少なくないのだ。そしてそれが罪に問われることはないということも、それを助長している。


 優雅な動作で一口カップに口をつけると、テレーゼは静かに目を閉じて語り始めた。


(わたくし)の家系は、代々王家のお傍にお仕えしているの。ですから、私も幼い頃から、同い歳のローエン王子の遊び相手を務めていまして。

 ふふ、ですから、あなた達のことも、昨日(さくじつ)ローエン王子から聞いたのよ。〝桜色の髪の毛の女の子〟だなんて、他に見た事ないでしょう?」


 どこに行っても、心音の髪はどうしても目立ってしまう。良くも悪くも注目を集めてしまうことになるため、これについては考えた方が良いかもしれない。


「こういった家系ですから、王家からの優遇とも取れる対応を受けることもままありまして。他の貴族家から妬みの視線を向けられることも、慣れていたつもりでしたわ。

 ……先程口論になった方、フランさんからは、今までも言いがかりを付けられることがありましたが、今回は少し毛色が違いまして。フランさんの弟エルドさんが昨日から家に帰っていないそうですの。執事には、少し出かけてくる、と言ったきりで行先も分からず、家中大騒ぎと聞きます。

 そんな中エルドさんの自室から、私が宛てた手紙が見つかりまして、怒りの矛先が私に向いてしまったようです。でも、あの手紙の内容は、エルドさんから問い合わせられた、私の家が主催する社交会の日時と会場について回答しただけなのですよ? 中身も見ずに私を糾弾するだなんて……」


 語気を失いつつ話を終えると、テレーゼは深くため息をついた。

 沈んだ顔で紅茶を口に運ぶ彼女を瞳に映しながら、心音は少し不思議そうに訊ねる。


「それって、エルドさんが見つかったら解決するんじゃないですか?」

「〝無事に見つかったら〟ですね。身に危険が及んでいたり、万が一のことがあれば確実に遺恨は残ります」


 エラーニュが入れた補足にテレーゼはその通りと頷き、諦観混じりの声で付け加える。


「それに、たとえ見つかったところで、これだけの騒ぎになったのです。エルドさんも自尊心(プライド)がありますから、己の失態を隠すためにも私に罪をなすり付けるでしょう。既に八方塞がりなのです」

「でも、そんなに曖昧な状況証拠で、しかも直接的に手を出した訳でもないのに、罪に問われてしまうんですか?」


 心音の感覚としてはあまりに事が大袈裟になっているように思えた。その素朴な疑問にテレーゼは答える。


「貴族家の者というのは、その身一つが街や国を動かしうるのです。直接危害を加えなくても、危険な目に合わせてしまうだけで重罪になりうるのがこの国の仕組みですわ」


 それほどの状態にも関わらず、テレーゼは取り乱すことなく落ち着いているように見える。

 有力貴族家の娘として、そのくらいの肝は据わっているようだ。

 しかし、そうであるからこそ感じたことを、心音が重ねて問いかける。


「決闘に負けてしまう前提で話が進んでいますが、そんなに不利な状況なんですか?」


 貴族家の令嬢同士の争いであれば、それほど深刻な差は生まれないような印象を感じていた。

 しかし、魔法のあるこの世界では見た目以上の力量差が生まれることも常である。

 そしてそれは今回も例に漏れないようで、テレーゼは肯定と共に返答した。


「えぇ、フランさんの家系は、魔法の研究に出資している一族なのです。その影響でフランさんも魔法にはかなり詳しく、戦闘用魔法も多く使いこなすと言います。対して私は日常生活で使う最低限の魔法が扱えるくらいでして……」


 心音は初めて戦闘用魔法の練習をした時を思い出す。戦闘に耐えうる強度の魔法を発現させるには、高度な理論武装とイメージ力が必要であり、訓練無しで実現できるものではなかった。


 心音が納得し、むぅ、と口を尖らせたところで、今度はシェルツがテレーゼに問いかける。


「では、代役を立てることは叶わないのでしょうか? この国にその制度があるかは分かりませんが……」

「代役の制度なら、あります。しかし、代役を務めた者が負けた場合、その人も同等の罪を被らなければなりません。フランさんは魔法の手練です、そんな危険を背負ってまで、いったい誰が名乗り出てくれましょう」


 同じ罪を背負う。その仕組みがあるため、代役の制度はほとんど用いられたことがない。

 心音は何とかしてあげたい思いでシェルツに救いを求める眼差しを向けるが、シェルツはゆっくりと首を横に降った。


「優しいのね。でも大丈夫、私にも貴族の誇りがあります。今日初めて出会った人に重責は負わせられません」


 テレーゼの覚悟は固いようである。


 ――こんなに素敵な人をこの国は失っても良いのか。

 自ら首を突っ込んだ手前、何も助けになれないことに心音は歯噛みする。


 その時、静観していたエラーニュが重たい口を開いた。


「わたしたちで、エルドさんを探しましょう。ちょうどこの街も、周辺地域も、見ておきたかったところです。その過程で、もしエルドさんを()()()()()が見つけられれば、何か有効な証言を得られるかもしれません」

「なるほど、見ず知らずの俺たちが見つけたとしたら、質問の仕方次第で警戒されることなく真実を引き出せるかもね。決闘に負けても罪を軽くできるかも」

「そっか、まだ可能性はありますね!」


 盛り上がり始めた心音たちに、テレーゼは意表を付かれてぐるりと彼女らを見回した後、思い直して少し強まった声を出す。


「ですが、家の者が探し回っても見つからず、手がかりも無いのですよ!?」


 解決の見込みがない迷惑などかけられないとばかりに身を乗り出すテレーゼに、エラーニュは少し口角をつりあげて告げる。


「知っていますか? 冒険者は、対象を見つけだす専門家でもあるんですよ」

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブックマーク、第一目標の100件突破しました、嬉しいです.......!

今後もペースを崩さず更新を続けます♪

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