稲葉山城到着
1546年(天文15年) 10月中旬 山間の谷 織田信長
半蔵達に武装を解かれ縄で縛られ、地面に転がされている武将たち。
そいつらのもとに俺が近寄ると、皆一斉にこちらに視線を送る。
怯える奴と睨んでくる奴、半々と言ったところか。
その中でもひと際俺を睨んでくる男が一人。
確かこいつは織田大和守家の家臣。名は……確か坂井とか言ったか。
「お主ら、いったい何者じゃ? 山城守(斎藤道三)殿の旗を掲げておる様じゃが……それにしてはちと弱すぎじゃのぉ」
俺は敢えてこいつらを知らないふりをし挑発する。
名前を聞かれても知らぬふりをしていた坂井が、たちまち顔を赤くした。
「おや、山に来てタコを釣ったか。これは山城守殿への良い土産が出来たの。なぁ爺よ」
「ですなぁ。早速絞めて、生きのよい内に差し上げるとしましょう」
爺がしたり顔で乗ってくる。
すると坂井の横で黙って聞いていた一人の神経質そうな男が慌てて声を上げる。
「ば、馬鹿なことを申すでない! 我らはうぬらの上役である織田大和守家の家臣なるぞ! そのような狼藉許されるはず――」
「佐馬丞!」
坂井の怒鳴り声に、佐馬丞と呼ばれた神経質そうな男が慌てて口を閉じる。
まぁ最初から分かっていてはいたんだけどね。
しかしこの佐馬丞と呼ばれる男、こいつはうまい事言ってやれば、色々と話してくれそうだな。
「ほぉ、なるほどのぉ。それが誠であれば、確かに無碍には出来んのぉ」
俺の言葉に、佐馬丞があからさまにほっとした顔をする。
しかし当然、そんな甘いことはしない。
「が、確証がないな。もし大和守様の家臣などと偽っておるのであれば、儂は弾正忠家の者として即刻主らの首を刎ねねばならぬ。うぅむ、困った……のう長秀。ワシは一体どうすればよい?」
「ふむ。ではこう言うのはいかがでしょう。このお二人から別々に大和守様の情報を話していただきます。それが二人とも一致しておれば、本物の家臣である、と判断しても良いのでは」
「違っておれば?」
「首を刎ねましょう」
俺の言葉に、長秀が真顔で答える。
が、言っていることはえげつないね。
佐馬丞君が顔を真っ青にしているよ。
「よし、長秀の案でいこう。爺、長秀、頼んだぞ」
「「御意」」
半蔵達に引きずられながら、ドナドナされていく二人。
坂井の方は未だに俺を睨んでいるな。
まぁあっちは爺に任したし、上手いことやってくれるだろう。
佐馬丞は首を刎ねると言ってのけた長秀に怯えている。
ペラペラと喋ってくれるんじゃないかな。
よし、これでこの件は一件落着と言う所か。
情報が手に入れば、敵の隙が分かる。
その情報を使って、織田大和守の領地に噂を流させよう。
何がいいかな?
敵の仲を引き裂くのが良いか。
それとも上手く懐柔するのがいいのか。
あとで半蔵や覆面男にも相談してみよう。
きっと生き生きしながら相談に乗ってくれるはずだ。
1546年(天文15年)10月 美濃国 稲葉山城 織田信長
道中足止めを食らった俺たちだが、無事道三の居城である稲葉山城にたどり着いた。
途中で拾った坂井たちは、縄で縛ってそのままドナドナしている。
他の敵兵だった奴らは、一度那古野城に寄らせて武器や具足を預けさせてから家に帰らせた。
武器や具足の代わりに賃金をもらえるよう一筆したためておいたため、皆寄り道せずにまとまって帰ってくれることだろう。
家に帰ったら俺の良い噂を広げてくれるといいな。
この戦で、俺は八十人程の敵を殺した。
俺が直接と殺してはいないけど、同じことだよな。
死体を埋める際、俺も一緒に手伝った。
周りの奴らには止められたけど、なんかやらなくちゃと思ったんだ。
自己満足なのは分かっているんだけどさ。
ただ黙々と穴を掘る俺に、途中から周りは俺に何も言わなくなった。
ただ覆面男だけが“……うつけが”とぼそっと言ったのが聞こえた。
これから先も、俺はこの手で直接人の命を奪うことは無いだろう。
でも俺の指示でたくさんの人がきっと死ぬ。
俺はこの時感じた感情を、最後まで忘れてはいけない気がした。
さて、今俺の目の前には稲葉山城がどどんと建っている。
この城を落とすために、豊臣秀吉が一夜城を建てたのは有名な話だ。
でもあれって実はフィクションだって話もあったな。
まぁそれを確認する術はもうないけど。
それにしても、山城ってすごいのな。なんか麓から見ると、すっごく遠い。
これを攻めるのは大変だ。俺も造ってみようかな、山城。
でも交易には不便か。何かいい方法は無いものか。
史実では信長と道三の会見は正徳寺で行われたはず。
なんで寺だったんだろう。
寺だったら戦闘が起きない安心感とかあったのかな?
まぁ俺は神様掲げてるから寺での会見が再現されることはないんだけどね。
史実では、道三は信長を驚かせようと、部下八百人に肩衣・袴を着せて威容を整え整列させ、信長を出迎えたとかなんとか。
今回も何かしてくるかなと思ったけど、特に何もなく城門を通された。
俺は少し肩透かしを食らいつつ、休憩もそこそこに早速大広間へと案内される。
まぁ史実と今回じゃ状況が違いすぎるか。
俺は家臣を十人程だけ引き連れ、案内役の後ろをついて行く。
案内役曰く、皆すでにお待ちかねらしい。
先触れを出していたからある程度の到着時間は分かっていただろうけど、それにしてもせっかちだな。
こちらにペースを掴ませまいと考えてのことだろうか。
ま、無駄だけどね。
俺の神様パワーを思い知らせてやる。




