元服
1546年 (天文15年) 4月上旬 那古野城 織田三郎信長
「爺よ。だいぶ暖かくなってきたのう」
「そうでございますなぁ。今年もそろそろ田植えの時期にござります」
桜が散り始め、軒先に温かい日差しが降り注ぐ。
俺がこの世界に転生し、もう2年になる。
「今年も豊作になるとよいな」
「そうですなぁ。昨年も理大御神様と若のおかげで、かなりの収穫となりましたからのう。今年は若の元服という慶事もありました。きっと大丈夫でしょう」
爺がそう言って、穏やかにほほ笑む。
俺は今年で13歳となり、つい先日元服の儀を終えた。
元服は古渡城で行われたんだけど、俺が見たことない人もいっぱい来ていたな。
「しかし親父は中々派手にやったものじゃの」
「何をおっしゃいます。あれには若も加担しておったではござりませぬか」
爺の返事に、俺は笑って応える。
元服の儀やその後の祝いの席は、それはもう盛大に執り行われた。親父と画策して、どんだけ金掛けてんだよってくらいに豪華にしてやったのだ。
「清酒も評判も、かなり良いみたいじゃの」
「はい。先日の宴では、家臣が皆よろこんでおりました」
元服では、用意する酒を全て清酒にした。尾張で作っているくせに数と値段のせいで中々飲めないからか、みんな喜んで飲んでたな。
尾張の清酒は、今では祝いの席に欠かせないものになっている。まぁ濁り酒と比べたら絶対こっちの方が見た目も味もいいもんな。俺はついでに盃や銚子、徳利なんかもセットで作らせた。職人に関しては、半蔵達が間諜として入っている地域から職人たちを少しずつ那古野に呼ばせて、それぞれの技術を教え合って技術を高めてもらっている。初めは皆自分の技術を教えるのを渋っていたが、皆の技術を合わせて最高の酒器を作ってくれと頼みこんで、何とか納得してもらった。賃金として清酒や石鹸、椎茸なんかを追加で渡すことにしたのが効いたのかもしれないけど。
酒に関してもう一つ発見があった。去年の正月にあの山間村の社で祝いの儀式をやったんだ。まぁ儀式と言っても、俺が光って適当に今年もよろしくお願いします的なことを言っただけなんだけど。それでその時に清酒をお供えものとして社に備えたんだ。そしたらなんとその酒が少し光ってさ。あとで御神酒としてみんなで飲んでみたら、少し味が良くなってたんだよね。多分浄化や回復の効果だとは思うんだけどさ。それでこれは良いことを知ったと、俺は早速清酒の製造所にも社を建てさせたんだ。そして作った清酒を片っ端から社に備えてみたら、やっぱり味が良くなって、日持ちもかなりするようになったんだ。今までの清酒って、日が経つと段々色が黄色くなって味も悪くなってたからね。
それからは尾張の御神酒として更に付加価値を付けて高値で売れるようになって、俺の財政を潤わせてくれている。ただこれ注意しなければいけないことがあってさ。この作業をすると、俺の信仰ポイントから天引きされるシステムなんだよな。だからみんなには、お供え以外では気軽に利用しないように言ってある。食洗器や洗濯機代わりに使われたら、あっという間にポイントが無くなっちゃいそうだからな。まぁそんなことに使っている罰当たりは俺くらいだと思うけど。
「椎茸の栽培が形になってくれたのも良かった」
「あれには爺も驚きましたぞ。まさか栽培に成功するとは」
宴の食事もかなり豪勢にしてやった。特に椎茸を使ったダシは好評だったな。
八兵衛に任せていた椎茸の栽培が、やっと少し形になったんだ。まだ量はあんまり取れないから売りにはだせてないけど、それでも栽培が出来るようになったのはでかい。この時代椎茸って、とっても高級品だからな。
この時代の味気ない食事にも慣れてきた俺だったけど、どうせなら良いもん食べたいもんな。やっぱダシをとった料理はやっぱ全然違うわ。祝いの席でも、皆目を丸くして驚いていたな。
「石鹸ももう売りに出してもよいかの」
「かなりの数がそろいましたからなぁ。そろそろ商人たちに話を流しても良いでしょう」
固形石鹸自体は去年から徐々に形にはなっていたんだけど、どうしても動物臭かったりと色々不満が残っていた。そして結局牛脂で作った奴でかなり匂いを抑えれるようになり、それからはそれをどんどん増産させている。今石鹸は南蛮からの輸入でしか手に入らないみたいだから、こちらも高級品だな。
宴の帰りにお土産として、皆にそれを持って帰らせた。帰って色々と宣伝してくれるだろう。
「ワシのうつけの振りももう終いじゃの」
「はい。ですが若はうつけの振りをしていようがしてなかろうが、行動が突飛ですからなぁ。周りがどういう反応を見せるか些か不安ではあります」
今回俺の元服を盛大にしたのは、別に自慢をしたかったからと言う訳ではない。俺のうつけの振りを終わらせ、皆にそれを伝えるためだ。
この二年、俺は情報収集と金稼ぎ、そして人材の育成に精を出してきた。二年前から始めたことはもちろんのこと、それ以外にも蚕の飼育や綿花の栽培なんかにも手を付け始めた。おかげで金は順調に貯まっている。この稼ぎを使い、今年は更に人材を集め、武器等も揃えていくつもりだ。
そしてそうやって動き始めた結果、徐々にうつけの振りをするのに無理が出始めた。初めは爺がやっていることにしていたが、俺の存在に感づくものが出始めたのだ。
元々うつけの振りは、周りを油断させ俺の身を守るためにやっていたことだ。しかし半蔵達が俺の下に来てくれ、≪支援≫の訓練を続けたおかげで、暗殺などではそう簡単には死なない環境が出来始めている。
そうなると次は戦を仕掛けられることに注意をしなければならないが、俺は現在、親父とは良好な関係をきずけている。つまり俺は織田弾正忠信秀という大きな後ろ盾を得ていて、親父の勢いがあるうちは、俺もある程度盤石の体制であるといえるのだ。
ただまぁそうすると、色々と未来が変わってしまって俺の知識が生きない可能性が出てくるんだが……それはもう諦めることにした。
俺が親父を助けると決めた時点で色々ともう手遅れだし、そもそもスキルもちの俺が周りにどんな影響を及ぼしているのか分からない。だから、逆に知識に頼っていては危険だと判断したんだ。
そして俺はうつけの振りやめ、大々的に動くことを決めた。親父と相談してこの元服を機に親父と俺の関係を周りに知らしめ、俺も今までのうつけ振りが仮初であったことを見せつける。そうすることで、周りの要らぬ動きを封じることにしたんだ。皆、俺の変わりように驚いていたな。
唯一問題があるとすれば、弟勘十郎とその取り巻きだ。俺は元々あいつに謀反させ、その他諸々と一緒に処分するつもりだった。しかし俺のこの決断によって、その未来が不確定なものに変わってしまったんだよな。
だけどまぁそれも大丈夫なんじゃないかと思っている。うつけの振りを止めるからと言って、今までと行動がそれほど変わる訳でもない。他の奴らが下賤な者と蔑む人たちとも関係なく付き合っていくし、金稼ぎもやめるつもりはない。今までのルールだって、必要であればどんどんぶっ壊していくつもりだ。そんなことを続けていれば、俺に付いて来られない奴は自然と離れていくだろう。勘十郎にはそうした奴らの受け皿になってもらおうと思っている。
俺のこの決断が吉と出るか凶と出るかは分からないが、とりあえずはもう後ろは気にせず我武者羅に突き進むつもりだ。先ず直近の目標は、史実では陰りをみせた親父の勢いを、俺の力で保たせることだな。




