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第百五十話 鬼人を止めろ! その4

 もう手遅れだった。

 彼女はもう、自我を失っていた。

 今のララには『アシュリー』でなく、単なる『敵』として見えている。


 「あはははははははは!!」


 ララは高笑いをしながらアシュリーに刀で斬りつける。

 アシュリーは剣を抜いてその一撃を受け止める。

 重い、100キロは軽く超える大剣を超高速で振り下ろされたようだ、明らかに力が強化されている。

 エネミーですらこんなパワーをもつのは、出会った中で数少ない。

 それだけではない、わざとなのか、一回弾いたかと思えば何回も剣に打ちつけてくる。


 「ぬ、ぐぅぅぅぅ......!」


 アシュリー腕への負担が大きすぎる。

 ミシミシと嫌な音を立てている。

 アシュリーは隙を見て攻撃をかわし、後ろへ下がる。

 だがその時に目を放したその一瞬で、ララの姿が見えなかった。


 「まさかっ」


 アシュリーは直感で後ろに剣を向けると、、そこにまた重たい衝撃が、金属がぶつかり合う音と共に襲ってきた。

 後ろを向くと、凶悪に笑うララの顔が映し出されていた。


 「!」


 アシュリーは二つの意味で戦慄した。

 一つには、背後をとられていたこと。

 防げたのは、敵は無防備な背中に回りたがるという今までの経験のおかげでできた芸だ。

 しかもララの剣の振り方によってはばっさりと斬られていた、これは偶然と言ってもいい。


 もう一つは、ララの顔。

 そこに無邪気さはどこにもない。

 ただただ殺意に駆られ、生物を斬ることにしか快楽を見いだせず、それが今得られようとしていることに喜んでいる。

 だがそれは恐怖というよりかは、悲しみの方が近いような気もする。

 アシュリーが心を寄せている人物が、今こうやって牙を剥き出しにしている。

 アシュリーが彼女に惹かれた一番の理由である愛らしい笑顔も、すこし天然っぽい性格もない。

 それがただただ悲しかった。

 考えているうちに彼は、ララの元の笑顔を取り戻す戦いを強いられているんだという使命感が、唐突に湧きあがった。

 最初は弱気になっていたが、彼女を救うためと思えば、一気に力が出てきた。


「さあこいララ! 僕が君を止めて見せる!!」


 アシュリーのその声にビビったのか、ララは真っ赤な目を少し見開いて怯んだ。

 ララを止めるには、彼女を殺すか、先頭不能にしないといけないが、アシュリーは彼女を剣で傷つけたくなかった。

 そのせいで最初はは攻撃をためらっていた。

 だがアシュリーは、ララを無傷で気絶させるという方法に踏み切った。

 それは普通に斬り殺すより遥かに難しいが、決して全く勝算がないわけではない。

 斬りあっているうちに目が慣れてきたことで分かったが、剣の威力や単純なスピードこそ物凄く上がったものの、予備動作が大きくなり、一つ一つの動きには少しだけだが無駄がある。

 その隙にララから刀を手放させる。


 「ひひっ」


 ララが刀を顔の前に振ってきたので、アシュリーは剣を片手でもって正面から受け止める。

 衝撃で手を放しそうになるのを何とか堪えつつ、ララが見せた隙に付け込んでもう片方の手でララの腕を掴むと、彼女の手首に膝蹴りを食らわし、アシュリーの剣と交えていた刀が地面に落ちる。

 アシュリーはララが再び刀を握らないようにそれを後ろに放り投げる。

 残り一本、ララから刀を離せばこっちのものだ。


 「くっ!」


 ララが露骨に悔しそうに眉をひそめながら、もう一本の刀をアシュリーに振りかぶる。

 だがそれはフェイントだった、アシュリーが防御姿勢に入った途端に一瞬で彼の視界から姿を消した。

 恐らくはまた背後に回ろうという魂胆だ。

 だが今度はあえて剣で対応しない。

 アシュリーは後ろを振り向き、左腕を差し出すと、直後に刀がアシュリーの腕に切り込みを入れる。


 「いっ!」


 予想よりも深く切られ、もう左手は動かせないが、そんなことはどうでもよかった。

 彼の体を斬ったことによって、ララは快楽を手に入れた。

 ララはしてやったりといった笑みを浮かべ、斬った快感にに浸っている。

 アシュリーが狙っていた、大きな隙だった。


 「今だ!」


 アシュリーはすかさず同じようにして、ララから刀を離して、またしてもララの届かない位置に投げる。

 これで形勢はアシュリーに傾いた。


 「ララ、君の負けだ」

 「殺す殺す殺す殺す殺す......!」


 それでもララは諦める様子を全く見せず、今度は素手でアシュリーに殴り掛かってきた。

 殺すことにしか頭がない状態だ、こういうのは大体予想していた。

 格闘術は一切の覚えがないのか、殴りは大振りで、スピードとパワーをのぞいたら素人同然であった。

 アシュリーはララの殴りをかわすと、その腕をわきに挟んで固定する。

 これならいくらパワーがあろうが、振りほどくのはそう簡単にはできない。


 「グウウウウウウ......」


 獣のように唸り、アシュリーに敵意を剥き出しにするが、なすすべがない。

 あとは意識を何とかして逸らす必要があった。

 本当ならちゃんとした場面でしたかったのだが、ララを救うためには躊躇わなかった。


 「んんっ!?」


 ララとファーストキスを交わす。

 ララを救いたいという一心で積極的にララと舌を絡める。

 ララは動揺しながら、無意識なのかは分からないが、それに応えようと動かしてくる。

 意識は完全に行為に向いている。


 「んっ......!」


 アシュリーは剣の柄の部分をララの方に強く叩くと、ララは全身の力を抜いて倒れる。

 お互いの口が離れ、ララが崩れていくのを、アシュリーは受け止める。

 ララの顔を上に向けてみてみると、ぐっすりと眠ったような顔をしている。

 どうやら大丈夫そうである。


 「ふぅ、良かった......」


 これでひとまずは何とかなった。

 後でひたすら謝罪をしてくるだろう。

 だけど責めるつもりはない、あの時アシュリーが救われたのは、ララが「鬼人化」してくれたからだ。

 その顔を見てアシュリーは安心して、大きくため息を漏らす。


 緊張の糸を緩めかけていた時、後ろでからかうような口笛が聞こえ、ビクッとしながら急に後ろを振りむく。

 そこには、上半身と腕を斬られて、地面に横になっているドルであった。

 ドルは苦しそうに息を切らしながらも、少し笑っていた。


 「はは、いい話じゃねえか......」

 「......生きてたのか」

 「エネミーのしぶとさを舐めるんじゃねえ。もうセントのところへ逝っちまうけどな......」


 ドルはヘヘッと笑う。

 脅威が無いと判断したアシュリーはドルにゆっくりと近づいて、かがみこむ。


 「ああ、人間が羨ましいぜ。上手い飯食って、良い寝床で寝て、自由気ままに暮らせてよ。俺らは肩身狭く暮らしてよ......俺が人間に戦いを挑んだのは、その嫉妬もあるのかもな......」

 「それでも、僕らは君たちを倒さないといけない。僕ら人間自身のためにね」

 「それもそうだな......はぁ、人間に生まれたかったなぁ......」


 ドルの声がだんだんと弱っていき、遂には声を発さなくなった。

 いちエネミーの言い分を聞いて、少し同情してしまった。

 アシュリーはドルの最期を見届けると、立ち上がる。


 「来世は人間だといいね......君の弟も一緒に」


 アシュリーは去り際にこう言い残し、ララを抱っこしてこの場を後にした。


 ※ ※ ※


 地上へ戻ろうとした時、煙草の臭いがしてきた。

 それは歩いていくたびにきつくなっていった。

 臭いを頼りに歩いて言ったら、その発生源が見つかった。

 そこには案の定、点いている煙草があり、それを指に挟みながら座り込んでいる人物がいた。

 腹は赤く染まっており、煙草は一度も吸う気配がない。


 「......アイラ......」


 アシュリーはララを地面にゆっくりと寝かせて、彼女の元へ駆け寄る。

 フードを頭にかぶっていたので、それをめくると、白い髪があらわになった。

 やはり、アイラだった。

 顔はぐったりと下に向け、虚ろな目が半開きになっている。

 頬に手を付けてみると、冷たかった。


 「......」


 彼女はアシュリーに、親友であるララの未来を託していった。

 あの時彼に、ララに対する心境を尋ねてきたのは、自らがこうなるのを分かっていた上での行動だったのだろう。


 「ああ、分かってるよ。僕がララを幸せにしてみせるよ。だから、もう大丈夫だ。安心して眠ってよ」


 もしかしたらこの言葉を投げかけるまでも無いのかも知れない

 彼女はまるでこの世に未練を一切残してないかのように、安心しきった表情で眠っているからだ。

 アシュリーはアイラと顔を合わせるようにしてしゃがむと、まぶたをそっと閉じ、指に挟んであった煙草をアイラの唇に挟んでやる。


 そのアイラの顔をもう一度見た後、アシュリーは再びララを背負って、ここから姿を消した。

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