12.ルーシィのわがまま
ネーシィの気遣いで、話し合いが終わった頃合いで呼びにきたルーカスと共に皆で夜食を囲んでいた。
長は早めに夕食をとっていたようでお酒だけで良いとちびちび飲み始めた。
そのときだった。
「ただいま〜」
ルーシィが帰ってきた。
驚きはしたが、皆特に騒ぎ立てず優しい顔で「おかえりー」と返す。
「セラムに居なくて良いの?龍殿は?」
質問しながらネーシィは慣れた手付きでルーシィの食器に晩御飯をとりわけるとお箸と一緒に渡した。
王国はフォークやナイフ、スプーンが主流だが秘匿の民はお箸を使う。
ここに通うようになってからアルベルトとグラムも箸の使い方を習い、4年経った今、不便なく使えるようになっている。
「わーい、ママの料理久しぶりだ〜」
ニコニコしながら受け取ったルーシィはアルベルトの横に座ると、料理を頬張り始めた。
「ママの質問についてだけどね、皆に会いたくてわがまま言っちゃった!黒長に村の入り口近くの断崖まで送ってもらったの」
一口食べ終わるとルーシィは先程の質問に答えた。
「黒長って黒龍の長ってことで合ってるか?」
リザードの質問にルーシィは頷いた。
「私はね、龍たちと再会出来たことが嬉しいの。前のことを思い出したから尚更なのかもしれないけど。だけどその分、この4年間、私は沢山の人達に愛されて育ってきたってことが分かったの。だから、人間の世界で過ごすことも諦めたくないなぁって長達に話したの。そしたら、暗闇で一番目立ちにくいだろうからって黒長が送ってくれたの」
娘の言葉にネーシィとルーカスの目が少し潤った。
「なら、今日は泊まって行くのか?」
リザードがそう問うと、ルーシィは頷き、「夜が明ける前にはまた黒長が迎えに来てくれるんだけどね」と続けた。
「私もここ最近やっと前世の自分の記憶をほぼ思い出してきた感じだから、今の身体に15歳の私も混じっちゃって複雑な気持ちもあったんだけど、今世の自分がそのせいで変わるのも嫌だから、村では今まで通り接してほしいし接して行こうって思ったの!だから、わがままも言うし、秘匿の村の民のルーシィとしての自分をここでは曝け出して行こうと思うの!今まで通りだからね、皆覚悟して!!」
恥ずかしい気持ちもあるのか少し顔を赤らめたルーシィがそう宣言すると、周りの皆はふっと吹き出した。
「セラムでも大切にしてもらってるようで良かった。前世を思い出しても、龍の姫でもルーシィは私とルーカスの大切な娘だからね」
妊娠して少し涙もろくなったネーシィは涙を浮かべながら微笑み、食器を置いたルーシィに抱きついた。
そこにルーカスも歩み寄るとネーシィとルーシィをまるごと抱きしめた。
その光景を見た村長は満足そうに酒をあおり、リザードは酒の力も助力したのか号泣し、グラムは眼鏡の奥で涙ぐむ。
アルベルトはその光景を微笑ましく思いながら、食べかけたままだったご飯を食べ始めた。
ルーシィを交えたことで賑やかになった夜食の時間が終わり一息ついた頃、アルベルトはルーシィに連れられて泉の際までやってきた。
「ルゥ、どうした?」
握り合った手をぎゅっとして来たルーシィにアルベルトは尋ねた。
「…ねぇ、アルどうしよう」
振り向いたルーシィの目は悲しげに涙が溜まっていた。
「ん?」
優しく問いかけるように先を促すとルーシィは続けた。
「前から言ってるけど私、アルが好き。前世の私を思い出してもその気持ちは変わらないの。でもね、15歳の私と4歳の私を足すと19歳になっちゃった。アルよりもだいぶ年上だよ…」
ついには零れ落ちそうになる涙を持参していたハンカチで丁寧に拭き取ったアルベルトは思わず笑ってしまった。
「ルゥ、可愛い」
そう言って思わずルーシィの頭を優しく撫でたアルベルトは続けた。
「そんなこと言ったら俺なんてもともとルゥの5歳上だよ。いくらルゥの精神年齢が普通の子よりも進んでるからって、さすがに今までは考えや気持ちを伝えるのに言葉を選んだり控えめにしてたけど、これからはそうしなくてもいいってことだよね?」
アルベルトの満面の笑みにルーシィは目を瞬いた後頷いた。
「そんなの嬉しい誤算だよ。精神年齢の差なんて関係ない。むしろ俺のほうが、ルゥにお子様に見られないか心配だよ」
優しく笑ったアルベルトを見てルーシィは慌てたように言った。
「そ、それだけじゃないよ。アルは王子様だよね?私じゃアルに釣り合わない!」
ルーシィが両手を胸の前でギュッと握り込んで上目遣いでアルベルトを見上げた。
溢れるように大きな瞳がアルベルトを見つめる。
可愛い悩みに思わずアルベルトはルーシィの頬に軽くキスした。
「俺は確かに王子だけど、ルゥはセラムのお姫様でしょ」
離れて行ったアルベルトを見つめながら、ルーシィは思わず触れられた頬に手を当てた。
「さっき村長達と話したんだ。ルゥが前と同じように俺と歩む未来を望んでくれるなら俺の婚約者になる道もあるんだって。でも、そうすると秘匿の民だってことは隠さなくちゃいけないし、情報操作もしないといけない。多少教養も必要になるし、どうしても今までとは違う立場で生きてもらわなくちゃいけなくなる」
ぽかんとしたルーシィの瞳にまた涙が溜まってくる。
心なしかルーシィの顔は上記していき、手が震えているように見える。
だが、先を期待しているような眼差しを向けるルーシィの瞳をアルベルトは真剣に見た。
「それでも、俺はルゥが好きだ。俺のこれからの未来はルゥと歩みたい。俺は王族として生まれたから人間と龍の未来、ルゥとの未来のために、まだその立場を返上するわけにはいかない。だけど、その架け橋としての関係だけじゃなく、個人の気持ちでルゥに俺のお嫁さんになって欲しい。まだまだ身体も心も未熟だからもっと努力して成長していかないといけない。だけど、ルゥと一緒に生きていきたい。ルゥ…俺のお嫁さんになってくれますか?」
そう言ったアルベルトは片膝を付き、ルーシィに向かって右手を差し伸べた。
とうとうルーシィの瞳から涙が溢れ、頬を伝った。
その瞬間ルーシィはアルベルトの手に自身の左手を重ねた後、アルベルトを引っ張り立たせ、勢いよく抱きついた。
「はい!!!」
何度も噛み締めるようにアルベルトの耳元で返事を繰り返すルーシィ。
アルベルトの肩や首にルーシィの嬉し涙が当たる。
肩を少し上下させしゃくりながらもギュッとアルベルトを抱きしめ続けるルーシィに胸が温かくなったアルベルトは、嬉しさのあまりルーシィを抱えてクルクル回り出した。
「アル!?」
驚き声を上げるルーシィにアルベルトは言った。
「俺も嬉しくって!ルゥ、大好きだよ」
普段は王子として作り笑いをすることが多いアルベルトが珍しく年相応のまだ幼さの残る満面の笑顔を見せながらルーシィのおでこと自身のおでこを引っ付けた。
そんなアルベルトをみてルーシィも思わず嬉しくなり、2人揃って幸せそうに笑う。
「私も、アルが大好きだよ。アル、私のお婿さんになってください」
可愛い笑顔でそう返事したルーシィに間髪をいれず「もちろん!」と答えたアルベルトに、ルーシィは優しくキスを落とした。
驚いたアルベルトが小石を踏んでしまいバランスを崩し、柔らかい草の上に転んでしまう。
下敷きになったアルベルトの上から降りたルーシィはアルベルトの隣に寝転んだ。
空を見上げた後、アルベルトを見るために横を向いたルーシィは言った。
「この続きはもう少し大人になってからだね」
耳を赤くしたアルベルトはそのまま空を見上げて言った。
「そうだな、ルゥの身体が成長するまでお預けだな」
恥ずかしがっているアルベルトの様子が面白くてルーシィは「ふふっ」と笑った。
無言のまま穏やかな時間が流れ、空を見上げたルーシィはポツリと言った。
「アル、妃教育って大変なのかな?」
王子教育を思い出したアルベルトは少し眉間にしわを寄せた。
「まぁ、多少は大変だろうけど、俺が支えるよ」
ルーシィの右手を左手でギュッと握る。
「うん、支えてね。私も頑張ってアルと一緒に成長していくからね」
そう言ったルーシィが、同じくらいの強さでアルベルトの手を握り返した。
これから不安なことも沢山あるだろうが、お互いが居ればきっと大丈夫だと2人は思いながら、直近の不安が解消され、気持ちが通じ合ったことを喜びながら穏やかな気持ちで少しの間、夜空を見上げていた。




