第二十二話透明な色
僕の口元から血が流れる。
「きゃあああああああああ」
周りから悲鳴が聞こえた。
「おいお前何してんだ!」
「はやくこいつ押さえろ!」
「はなせ、離せよ、もっといっぱい殺さなきゃ…殺さなきゃ」
フードの男は取り押さえられたようだった。
「えっ?あ…あおい…くん?」
何が起きたのか理解できていない君の声は困惑そのものだった。そして僕の方を振り向いて口から出ている血を見て呆然としていた。
「これ…なに?」
君は手に着いた真っ赤な血を見つめて言った。僕は体に力が入らなくなり、地面に崩れ落ちた。息がうまく吸えない。心臓のあたりがやけに熱い。でも血が無くなって体が冷たくなっていくのが分かる。手も足も動く気がしない。あぁ……僕は死ぬのかな。目に映る景色がだんだんと暗くなる。
「…いくん……あお…くん…」
何かが聞こえる。僕が痛みを我慢して、目の中に光を戻していくと君が必死に僕の名前を呼んでいた。
「葵君!」
君は泣きじゃくり、僕を強く抱きしめている。
「なぎさ……さん」
「葵君!大丈夫だよ。すぐに救急車が来るからね」
大丈夫、大丈夫と君はずっとそう言っている。だけど自分のことは自分がよくわかっている。死んだことはないけれど死に際だってことは本能で理解できる。
「ねぇ渚さん……多分最後だから聞いて」
君は僕の言葉をかき消すように叫ぶ。
「最後なんてやめて!さっきだってまたねって言ったじゃん!大丈夫だから葵君は絶対助かるから!」
君は冷静さを失い泣きじゃくる。こんな顔は見たことないや。こんなにも僕のために泣いてくれている。だけど僕はこれ以上君の泣き顔は見たくない。僕は最後の力を振り絞って君の手をつかんだ。
「おねがい……聞いて……」
僕の決意は君に伝わったのか。あふれ出る涙はそのスピードを落とす。それでも零れていくのには変わりない。泣き顔は見たくないと言ったけれど、そうもいかなそうだ。僕は小さく息を吸って話を始めた。
「僕、渚さんと…会えて楽しいこといっぱい知れたんだ……。体育祭も今までは憂鬱なだけだったけど頑張れたし……海も行けた。あの時の夕日はまた……見たいな」
体育祭で応援してくれた君、みんなで行った海の夕日、次々と情景が浮かんでくる。
「あとみんなで旅行も行けた。そういえば旅行の時に幽霊も見たね。あの子は元気かな……元気だといいな……。あぁ…あとは秋人と小桜さんの付き添いに行ったのに、なぜか二人で遊園地で遊んだね。あれも楽しかったな……」
遊園地で見た夜景と君の笑顔。あの日の笑顔は僕にはまぶしすぎた。街の明かりでも月の明かりでもなく、間違いなく君からあふれ出ていた光。こんな僕では目がくらんでしまいそうで。頭の中を次々に浮かぶ景色は渚さんがいるものばかりだった。
多分静かにしてなくちゃいけないのに、僕の口からは伝えたい言葉がとめどなく溢れ出してくる。
「秋人と小桜さんにはお別れ言えないけど…まぁ秋人は強いから僕がいなくても大丈夫…かな。小桜さんは秋人に何とかしてしてもらおうかな……」
幼い頃から一緒だった秋人の顔は鮮明に浮かんでくる。秋人にはたくさん助けられた。秋人がいなかったら僕の物語はとっくの昔に終わっていた。
「母さんには親より先に死ぬなんてって……言われそうだな……春樹にも寂しい思いをさせちゃうな……」
母さん……春樹……。家のリビングで一緒にご飯を食べる二人の顔は笑っている。
「楽しかったな……渚さんに会ってから……僕はすごい楽しかった……」
君は僕の話を遮らないようにうん、うんと相槌を打っていた。僕の体は冷えてきて、視界も狭くなってきた。でも不思議と頭は冷静で、死ぬ間際なのにこんなに喋れるのかと少しおかしくて笑った。
「あぁ……そうだ……まだ渚さんに言ってなかったことがあった……」
君の顔を探そうと手を伸ばした。目が霞んでもうほとんど何も見えていない。君は僕の手を取り頬までもっていってくれた。
「なに?葵君?」
君は泣きそうになるのを我慢しているのが声で分かった。この言葉はこの想いだけは最後に伝えなくちゃいけない。
「なぎささん……ずっとすきでした」
君がどんな顔をしているのか僕には分からなかった。だけど僕の想いは伝わった。それだけは分かる。君は僕の手をぎゅっと握って頭を寄せる。
「葵君…わた…も…」
君の言葉を聞くと同時に僕の手は君の頬から崩れ落ちた。
僕の物語はここで終わる。半年間の短い物語。だけどこの半年間の短い物語は誰になんて言われようと最高の物語だった。
僕が最後に視た色は透き通るほどきれいな透明な色。
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