第五章 攫われた番い ①突然の拉致
この回は直接的な描写ではありませんが、少し残酷な描写が入ります。
苦手な方は、次の話の冒頭に補足を入れさせていただきますので、飛ばしていただいても大丈夫です。
ご判断いただいた上で、お読みいただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。
王弟殿下の訪問から三日後──。
私は今、王宮に向かう馬車に揺られている。今回は私一人だけだ。
今回も兄様たちが付いてこようと画策したらしいのだけど、母様の雷が落ちたらしい。
私が起きた時にはもう屋敷に二人の姿は無く、ギリギリまで粘ろうとした父様も、母様の笑顔と、私のお見送りで、なんとか間に合う時間に出かけて行ったのだった。
今日魔塔へ向かうのは、グウェン様の公務の関係で午後からの約束だ。
そのせいで兄様たちは休みを取るしか付いていく方法が無く、前回同様に休もうとしたところを、母様の雷が落ちたんだとか。
朝食後に「坊っちゃまたちにも困ったものです」とぼやきながら、家令のダレスがこっそり話してくれた。
そんなわけで、初めて一人で王宮へ向かうことになった。
元キリアの記憶にも一人で王宮に行った記憶はないので、完全に初めてだ!
まあ厳密には我が家の御者と護衛騎士が二人も付いているけど……
初めての一人お出かけである。
「一人で馬車に乗るってなんかとっても贅沢な感じがする〜!」
前回は兄様たちとの会話に忙しなかったり、帰りも景色なんてゆっくり見れるような心境じゃなかったから、まったく見なかったけど、今回は窓の外を見ながら向かえる。
まあ、本当は高位貴族の令嬢が無闇に馬車のカーテンを開けて、顔を覗かせるなんてしちゃいけないんだろうけどね。
せっかくなら景色を楽しみながら行きたいじゃない!
屋敷や王宮を見ても感じていたけど、やっぱりこの世界の建物は中世ヨーロッパのものに似ている。
日本では海外旅行とかできなかったから、なんかちょっと海外旅行気分で楽しいな。
そんなウキウキ気分で外を眺めていたのに……。
「お嬢様、窓からお顔が見えております! カーテンを閉めてください!」
左右に居る左側の護衛騎士のガイが慌てた様子で声を上げる。
しかも、わざわざ馬車に重なるように馬を走らせて、私が外から見えないように隠そうとしているようだ。
「ちょっとガイ。あなたがそこに居たら景色が見えないじゃないの!」
「景色は城に着いてから、高いところから眺めてください。誰かにお嬢様のお姿を見られたらと思うと……! 公爵家の至宝、妖精姫の自覚を持ってくださいよ〜」
キース兄様より少し歳上位のガイが、泣きそうな弱々しい声でそう言うと、自身のマントを馬車に向かってかざし始めてしまった。
「妖精姫の自覚って何よ……。ああもう、本当に何も見えなくなっちゃったじゃない」
「それで良いんです! お嬢様はおいそれと姿を晒してはなりません。いつどこで変な輩に目をつけられるかわからないのですから」
「変な輩って……だからあなたたちを伴っているのでしょ? 景色くらい見せてくれたって良いじゃないの……もう!」
結局マントは固定されてしまい、右側も同様にされたようで、本来あるカーテンよりも遮光性が高い。
王宮までの三十分程の道のりを、この暗室のような箱で移動することになってしまった。
まったく……我が家の人間は過保護すぎるのよ〜!
仕方がないので大人しく馬車の中で考え事を始めようとした、その時だった。
急に馬の嗎が聞こえたかと思うと、箱が跳ねるように揺さぶられる。
構えていなかった私は座席から床に転げ落ちた。
「イタタタ……。一体何が起きたの!?」
「お嬢様! 大丈夫ですか!? うわっ!」
「え!? ちょっ、何!? どうしたの!?」
呼びかけの後、急に騎士の呻き声が聞こえたかと思うと、カンカンと金属が当たり合うような甲高い音が響く。
「っ、絶対に、扉を開けてはなりませんよ!」
「わ、わかったわ!」
戦っているのか、力のこもった声でそう告げられ、思わず扉のノブを握り込む。
何度か甲高い金属音が続いた後、低く鈍い音と共に、先ほどよりも弱々しい呻き声が聞こえた。
妙な静けさが訪れる……。
「何!? 何が起きてるの? ねぇ、ガイ! どうしたの!? ガイ! 返事をして!」
……呼びかけても声が返ってこない。
それに、さっきまで聞こえていた剣を打ち合うような甲高い金属音も何も聞こえなくなった。
すると、複数の馬の蹄が近づいてくる音が聞こえ始めた……。
怖い……。
急に不安が襲いかかる。
一体何が起きているのか。
これから私はどうなってしまうの!?
ついさっきまで、あんなに平和だったのに……。
ノブを握り込む手に力がこもる。
「中に居るぞ。さっさと捕えろ!」
父様と同年代位だろうか……少ししわがれた低い男の怒鳴り声が聞こえる。
貼り付けられたマントが退けられ、外の様子が少しずつ見えてくる。
すると、窓越しに声の主の姿が現れた。
黒い馬に跨り、こちらを睨みつける。
髭を生やした壮年の男が皺を深めて私を凝視すると、不敵な笑みを浮かべた。
「くれぐれも丁重に扱うように。こいつは大事な餌だからな」
開けられないようにと、扉のノブを握りしめて必死に抵抗してみせるが、私は所詮十四歳の少女……護衛騎士をも倒す悪党の集団に敵うはずもない。
あっという間に扉は開けられ、暴力こそ振るわれなかったものの、魔法で拘束され、私は粗末な馬車へと連行されてしまった──。
いつもお読みいただきありがとうございます。
イレギュラーの閑話を突っ込んだので、本日は2話更新になりました。
という訳で、タイトルの通りにキリア攫われました。
こういう時に限って兄様ズと父様は別行動っていう……。
この先は、攫われたキリア視点と彼女を探すグウェン視点でお届けする予定です。
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