闘武祭の始まり
今回の闘武祭において、参加人数は四百人に及ぶらしい。
闘武祭当日、俺とレウスは他の参加選手と一緒に闘技場の控室にいた。
当然ながらそれだけの人数を収容できる部屋なんてないので、参加選手の控室は複数に分かれている。
一部屋で大体五十人ぐらいだろうか? 広いとは言えないが、座るスペースはある部屋の片隅で俺は周囲の選手達を観察していた。
仲間と参加して話し合う者。
殺気を飛ばして他の選手を威嚇する者。
緊張して落ち着きがない者。
欠伸をする者ー……と、選手の様子は多種多様である。
ちなみに欠伸をしているのは俺の隣に座っているレウスだ。人が密集して体が動かせないので退屈らしい。
「ふぁ……なあ兄貴。まだ終わらないのかな?」
「どうだろうな。ある程度の制限時間は設けられているから、もう少しで次だろうさ」
参加人数が多いので、闘武祭の初日は予選で終わる予定らしい。
そして人数によって予選内容は毎年変わるようだが、基本的にバトルロイヤル……数十人が一つの試合場で同時に戦い、生き残ったのが本戦に勝ち上がる形式だ。
闘技場の受付で渡された資料によれば、今年の予選は大体五十人同時に闘技場で戦い、生き残った二名が勝者となる。それを八回繰り返し、全部で十六名が本戦に上がれるそうだ。
ちなみに一試合の五十名はランダムで選ばれ、俺とレウスに与えられた番号は呼ばれていない。試合を見物しに行ってもいいが、いつ呼ばれるかわからないので俺達は控室で待っているわけだ。
現在、闘技場では予選の五試合目が行われているようだが、まだ時間がかかりそうである。
「それより試合の準備は大丈夫か?」
「ばっちりさ。いつだって行けるぜ」
一対一ならレウスは間違いなく優勝候補の一人だろう。だが、集団戦になれば何が起こるかわからないので用心に越した事はない。
レウスは魔物やゴブリンの集団なら慣れたものだが、人同士による集団戦の経験が少ないからな。なので準備だけは怠らないようにしっかりと言い聞かせる。
「ところで兄貴は結局何を選んだんだ?」
「無難に剣とナイフだな。レウスは剣を折らないように気をつけろよ」
「ちょっと心配だけど……何とかやってみるよ」
闘武祭のルールは幾つかあるが、基本は相手に負けを認めさせるか、気絶させるか、試合場の場外へ落としたら勝ちだ。
そして武器や防具のルールが少し変わっている。
予選では個人が持っている武器は使えないルールになっていて、控室にある武器を選んで戦うのである。
このルールは武器に頼らない本人の資質を見る為で、他にも自分に合った良質の武器を選べる目利きも試していると思われる。鈍らの武器が幾つか混ざっているし、選手の数に比べて圧倒的に武器の数が多い理由がそれだろう。
魔法は使用可能だが上級魔法は禁止で、使えば失格となる。それ以前に上級魔法の詠唱は長いので、接近戦が主の試合場で戦う闘武祭で使うのに適していない。
闘武祭では相手を殺しても罪に問われないが、故意に殺害したり負けを認めた相手を攻撃すれば連行されて処分が下されるそうだ。
そして防具に関しては比較的に自由だ。
全身鎧のような隙間なく覆う防具でない限りは寛容で、状況によって事前に審判が判断して許可する流れだ。
俺はいつもの戦闘服の上にロングコートで、レウスはガーヴから貰ったミスリル製の手甲に鉄の胸当てくらいだ。
呼び出しを待つ選手達によって周囲が緊張に包まれる中、俺達はのんびりと武器や防具の具合を確認していると二人の男性がやってくるのに気づいた。
「ははは、ずいぶんと余裕だな」
「全くですね。まあ、僕達を倒すって言うくらいですから当然でしょう」
相手はあのジークの護衛だった二人だ。
ライオルをそのまま一回り小さくしたような体躯に大剣を背負った中年の男と、年齢も外見も俺とほとんど変わらない背格好の青年である。
「兄貴、もしかしてこの二人が俺達の敵か?」
「敵じゃなくて倒す相手だ。そんな喧嘩腰になるな」
「ははは、最近の若い奴はやる気が溢れているな」
「僕達を倒す……か。会って間もないのに揃って失礼な事を言ってきますね」
中年の男は笑っているが、青年は不快気に俺達を見下ろしている。妙に対照的な二人だが、まだ互いの紹介をしていなかったのに気付いた。
「馬鹿にしているわけじゃないよ。せっかく挨拶に来てくれたのなら自己紹介しようか。俺はシリウス。冒険者だ」
「俺はこの人のー……兄貴の弟子のレウスだ!」
「おう、俺の名前はジキルだ。今は護衛をしているが、冒険者だ」
「……ベイオルフです」
中年の男……ジキルは気さくな男のようで、握手をしようと俺に手を差し出してきた。何か仕込まれていないか警戒したが、普通の握手のようなので素直に応じた。
一方、言葉使いが丁寧な青年のベイオルフは気難しい性格なのか名前だけしか言ってこなかった。
「何を怒っているんだよ。こいつ等はお前のライバルかもしれねえんだぞ?」
「ライバルと決めるのは僕です。貴方達がどれ程強いか知りませんが、僕の本気が出せるように頑張ってくださいね」
ベイオルフは冷めた表情のまま俺達の前から立ち去った。その態度にレウスが不快気にしていると、ジキルが笑いながら謝罪をしてきた。
「すまねえな。普段はここまで冷たい奴じゃないんだが、あいつは大剣を使う相手が嫌いだから態度が露骨になるんだよ」
「何だそりゃ? というか、ジキルさんだって大剣持ってるだろ?」
「ジキルで構わんぞ。俺はあいつと戦って認められているからだよ。ああ見えてベイオルフは強さに貪欲でな、強者には礼を尽くす奴なんだ」
「それは剣聖の子供だからか?」
「お、鋭いね。そうだ、あいつは偉大な親を越えようと必死なんだよ。若いよなぁ……」
剛剣のライオルに比べたら劣るが、剣聖も有名な剣士だ。
そんな偉大な親を超える為にベイオルフは強者を求めて旅をしているそうだが、数日前に路銀が底を突いてしまったのでジークの護衛をして稼いでいるらしい。
護衛なのに闘武祭に参加していて良いのかと思ったが、雇い主であるジークからは気にせず参加してこいと言われたそうだ。フィアに関しては鬱陶しいが、護衛の要望を聞く寛容さは持っているようだな。
というか会って間もない俺達に剣聖の息子だとか、その他事情を説明してもいいのかと思う。
「ん? 本人も隠しているわけじゃないし、むしろ強者がくるかもしれないから広めろって言ってるくらいだぜ? 気にする必要はねえ」
「強い相手を求める気持ちはわかるけどさ、大剣が嫌いって何だよ?」
「ああ、それはライオルさんのせいだ」
剣聖は剛剣ライオルに負けて命を落とした。
剣士が全力でぶつかった結果なのでライオルを恨んではいないが、やはり家族を奪った相手なので思うところがあるらしい。
そんなわけで、ライオルの真似をして大剣を持っている連中全てが鬱陶しくて仕方がないそうだ。
「別に何を持とうが個人の自由だろうに。俺だってライオルさんに憧れて強くなったんだぜ?」
「憧れ……」
「ああ、若い頃に一度戦った事があってな。俺の剣が紙のように斬られるわ、骨が折られるわで散々だったが……あの圧倒的な強さに惚れちまったのよ」
あの変態爺さんに憧れた……か。
ライオルの本性を知る俺はジキルと爺さんを会わせてはいけない気がした。
ジキルが昔を思い出しながら語っていると、控室に闘武祭スタッフが入ってきて番号を読み上げ始めた。およそ五十人の番号を読み終え、スタッフが立ち去ったのを確認してからジキルは手を上げて俺達に背を向けた。
「俺は呼ばれたが、お前達はまだのようだな。ほんじゃま、さっさと終わらせてくるか」
「余裕そうだな」
「へ、それはこっちの台詞だよ。お前達は俺達の威圧に耐えられるんだ。間違いなく強いだろ?」
「兄貴は最強だからな!」
「ははは! とにかく本戦で待っているぞ。あの雇い主の事なんざ気にせず、俺達は戦いを楽しもうぜ?」
楽しそうに笑いながらジキルは控室を出て行った。
今呼ばれた集団が六つ目なので、俺達の出番もそろそろだろう。
「兄貴、あのベイオルフもまだみたいだぞ。あいつはよくわからねえけど、あのジキルっておっちゃんは嫌いじゃないぜ」
「爺さんに常識を持たせた感じだな。どっちと戦うかわからないが、油断せずにいけよ」
「わかってる。フィア姉の件もあるし、俺は全力で戦うだけさ」
レウスは相手を侮って油断するような男じゃないし、俺も偶には自分の事に集中するとしようか。
少しばかり集中し、体に魔力を循環させながら予選に備えるのだった。
それからしばらくして、次の選手を呼びにスタッフがやってきた。
次々と番号が呼ばれる中、遂にレウスの番号が呼ばれていた。
「俺だな! お、あいつも同じみたいだな」
見ればベイオルフも立ち上がり、選んだ長剣を片手に控室を出ていくところだった。
ちなみに俺は呼ばれなかったが、レウスの試合を見物しようと思い一緒に控室を出た。俺の試合は最後だって判明したからここにいる理由もないからな。
「じゃあ行ってくるぜ兄貴」
「頑張ってこいよ」
途中で分かれ、俺は選手とスタッフのみが通れる通路を進んで試合場が見物できる場所へとやってきた。
ガラフの闘技場はエリュシオンの闘技場をそのまま大きくした造りである。違いがあるとすればエリュシオンの試合場は平地であったが、ガラフでは円形に組まれた高さのある石畳になっている点だな。
観客席の一部は貴族区画で空きが見えるが、一般の席は満員だ。試合はまだ始まっていないので仲間達を探してみると、ホクトが目立つのですぐに見つかった。
普通に考えて従魔は観客席に入れられないと思うが、あそこの席は一般席より一つ上のランクである優良席なので許可されている。一部に広いスペースがあるので、若干窮屈そうだがそこにホクトは座っている。
かなり値段は張ったが、この二日で作ったコネを利用してあの席を確保できた甲斐はあったな。
席にはエミリアにリース、そしてフードをかぶったフィアが座っていた。あそこなら不埒者も襲いにくいだろうし、万が一があってもホクトが守ってくれるから問題はあるまい。
女性同士で仲良く談笑しながらレウスに声援を送っているようだが、エミリアが俺の存在に気付いて手を振ってきた。よく見つけたなと思ったが、今はレウスを応援してやれと思う。
「兄貴ーっ! 見てろよ!」
……と思っていたら、そのレウスも俺に向かって手を振っていた。
もう何も言うまい。
そして試合開始の合図である銅鑼のような音が響き渡り、レウスの予選は始まった。
試合場に並び立つ五十人が同時に動き出し、近くの相手や狙っていた相手と戦いを始めていた。
こういう集団戦は状況によって戦い方が変わる。強者だと知れ渡っていたら試合限定でチームを組んで潰そうとする奴等もいるし、乱戦を避けて逃げ回る者がいたりと様々だ。
状況にもよるが、周囲に気を配って柔軟に対応しろと俺は教えてきたが、レウスは下手に動かず武器を構えたまま周囲を警戒していた。
悪くない選択だと思っていると、妙な状況になっていた。
試合場に立つ五十人はランダムで選ばれ、ほとんど接点が無い筈なのに……試合開始と同時にレウスへ四人の選手が同時に襲いかかったのだ。
エリュシオンのあるメリフェスト大陸ならわかるが、レウスはアドロード大陸ではまだ無名だ。
おまけにライオルに憧れて大剣を持っている選手も多いし、たとえ珍しい銀狼族でも危険視される可能性は低いだろう。
偶然という可能性もあるが、レウスへと襲っている一人を見て理解した。
ガラフへ到着した初日、あの男は俺達に宿の変更を持ちかけてきた冒険者モドキの一人だ。そんな奴が複数でレウスを襲うという事は、風の岬亭に宿泊すれば闘武祭に勝てないという噂を実現させる為だろう。
宿を変えないからって、まさかこんなくだらん方法で仕掛けてくるとはな。おそらく狙って闘武祭に参加したわけではなく、ついでと言った感じで狙っているのだろう。
こういう集団戦では即興で組むのは当たり前だし、強そうだから狙ったと言えば理由になるので明確な証拠にならない。
一時的に仲間を組んで他の選手も減らせるので悪くない案だとは思うが……奴等は致命的に間違っている点がある。
それは……。
「どらっしゃーっ!」
レウスの実力を知らなかった事だ。
相棒である大剣に比べたら小さいが、レウスの力によって振られた大剣は襲いかかってきた男達を纏めて吹っ飛ばした。
たった一振りで二人を薙ぎ払い、二振りで残りが場外へ吹っ飛ばされる様子を目撃できた観客達は呆然とレウスを眺めている。
「次だ!」
「ひぃっ!?」
その光景を目前で見ていた他の選手は悲鳴を上げたが、レウスは初撃を皮切りに前へ飛び出し大剣を振るう。
剛剣の再来だと観客が騒ぎ始める中、レウスは選手を次々とホームランしていた。
「これで十! 次はー……とっ!?」
十人程吹っ飛ばしたところで、レウスは大剣を盾のように構えた。
その瞬間、レウスの剣に激しい衝撃が走り、剣を振り切ったベイオルフが姿を現した。
「へぇ……これを受け止めますか」
「まあな。不意打ちとはやってくれるじゃねえか」
「試しただけですよ。では、これならどうですか?」
ベイオルフが振るう剣は刀身がぶれて見える程に速く、レウスの肩と腰を同時に狙って振るわれていた。
しかしレウスは振り下ろしと振り上げの連続でそれを弾き、更に振り下ろしによる追撃でベイオルフの脳天を狙う。
「なっ!?」
当たれば普通に死にそうな攻撃をベイオルフは全力で地を蹴って回避し、レウスと一旦距離を離していた。
「……避けたか。人を試しているから油断するんだよ」
「どうやら失礼な真似をしてしまったようですね。次はもっと本気で行きましょう」
「いいぜ、次は当ててやる!」
先ほど放たれた斬撃は同時に二つだったが、再びベイオルフが接近して放った斬撃は四つに増えていた。だがレウスは同時に複数の斬撃を放つ技、斬破で正面から受け止めて凌ぐ。
ベイオルフは剣が弾かれようと振るい続けるが、レウスもまた剣やミスリルの手甲で受け止めながら凌いでいた。
お互い常人には捉えられない速度で剣をぶつけ合い、およそ二十は振るったところでレウスが大きく剣を弾き、二人の距離が大きく離された。
「……やるな。ここまで速い剣は兄貴以外に初めてだ」
「貴方こそ。虚勢の大剣かと思いきや本物でしたか。実に良いですね」
お互い楽しそうに笑っていたが、その隙を突いて他の選手が二人に背後から襲いかかっていた。
「でもこの武器じゃなぁ……」
「同感です」
二人は振り返ると同時に剣を振るい、襲いかかってきた選手をあっさりと倒してから再び向かい合って苦笑していた。
「というわけで、続きは本戦でな。お互いにぶつかれたらの話だけどさ」
「そうですね。では、邪魔者達は退場願いましょう」
おそらく用意された剣の弱さゆえだろう。二人の力に剣が耐え切れず、これ以上続ければ折れると理解したのだ。
それから二人は互いを不干渉とし、残った選手達と戦いー……いや、蹂躙していた。
レウスが剣を振るう度に選手は吹っ飛び、気絶……または場外へ飛ばされ、そしてベイオルフの剣が振られれば選手の武器や防具が斬られ、相手を確実に戦闘不能へと追い込んでいた。
レウスが力なら、ベイオルフは技と言える戦いだった。
二人揃ってレベルの違う戦いを見せているので、観客達の歓声は大きくなる一方である。
そして二人を除いた選手が全て失格になったところで、再び銅鑼の音が響き渡って試合は終了となった
『本戦出場は……レウス選手とベイオルフ選手に決定されました』
声を広範囲に響かせる風魔法『風響』によるアナウンスで、本戦出場の枠が発表された。
ちなみに本戦では常に実況をするらしいが、予選では最低限しかしないそうだ。
観客席からの拍手にレウスは両手を振って応えているが、ベイオルフは適当に手を振りつつもレウスから視線を外さず、獲物を見つけたような笑みを向けてから試合場を後にしていた。
「やったぜ兄貴ーっ!」
しかし……そんな笑みに気付いていないレウスは、俺に向かって嬉しそうに手を振っているのだった。
俺から見てベイオルフはレウスと大差ない実力を持っていると思うのだが、もう少し興味を持ってやれと心の中で溜息を吐くのだった。
試合終了と同時に控室へ戻れば、ちょうど残りの選手達が呼ばれているところだった。
そして俺の番号が呼ばれたのを確認し、他の選手と一緒に試合場へ向かう。
『続いて、本日最後の予選です。選手は試合場に並んでください』
予選は大人数になるので、選手の初期位置はある程度決まっている。これもまた状況によって変わるが、今回は試合場の端に選手達が円を描くように並ぶようだ。
俺の初期位置は丁度エミリア達の真ん前になったので、背後から彼女達の声援が聞こえてきた。
「シリウス様ーっ!」
「が、頑張ってください!」
「格好良いところ見せてよね!」
声援に手を振って応えていると左右に立っている選手から殺気が放たれてきたので、間違いなく俺は狙われると思う。
挟み撃ちは厄介だなと苦笑していると、試合開始の合図である銅鑼が鳴り響いた。
「まずはてめえからだ!」
「腕を折ってやらぁ!」
厄介だが……狙われているとわかっていれば幾らでも対処できる。
予想通り、開始と同時に左右の選手が襲いかかってきたが、俺は各選手の利き腕を片腕で掴んで受け流し、合気の要領で背後に広がる場外へ向かって放り投げた。
「「へっ?」」
呆気にとられた表情を浮かべたまま二人は宙を舞い、場外に落下して失格となった。
「あいつだな?」
「さっさとやっちまうか」
そして他の選手を無視して俺へ一直線に迫ってくる二人の選手がいたが、あれはレウスを集団で襲った連中と一緒なのだろうか?
悩んでいると戦っていた相手を倒した男がすぐ横から迫ってきたので、気付けば三人同時に狙われていた。
「もらー……」
「そんなに振りかぶったら駄目だろ?」
俺に最も近かった男が武器を振りかぶった瞬間、俺は低姿勢のまま大きく踏み込んで相手の懐に飛び込んだ。
相手は驚きつつも武器を振り下ろしたが、俺が足払いで軸足を払ったので、相手は前へ進む勢いを殺しきれず前のめりになって宙を飛んでいた。
すぐに体勢を整えた俺は大きく回転し、空中で無防備になった選手に回し蹴りを放って場外へと叩き落としていた。
その頃には残った二人が目前まで接近していて、俺が顔を向けた時には一歩先に迫っていた男が剣を振り下ろす瞬間だった。
体を僅かに動かして避けると同時に相手の腕を掴んだ俺は、その腕を後方へ向かって思いっきり引っ張った。
バランスを崩された男が引っ張られた先は場外だったので、男は前へ進む勢いを殺しきれずあっさりと場外へ落下した。
「この野郎!」
「そしてお前は相手に目を向け過ぎだな」
先程の男より鋭い動きを見せたものの、自分への注意が甘い。武器を握っている手を狙って蹴れば、男の剣はすっぽ抜けて後方へと飛んでいた。
男が反射的に剣を目で追っている間に背中へと回りこみ、首に手を回してチョークスリーパーを決めた。
「質問だ。何故俺を狙う?」
「うるせえ、離せ―……ぐっ!?」
「答えないと強くするぞ? 苦しみたくなければ答えろ」
「ごほっ。宿の主人が……お前等を狙えって。銅貨一枚で……」
「宿の名前は?」
「…………うぐっ!? はぁ……栄光の道……」
「はい御苦労さん」
えらくあっさりと吐いてくれたが、銅貨一枚だし、その程度なら軽い口約束のようなものだろう。せいぜい予選で俺とレウスが当たったら優先的に狙ってくれと言われたくらいか?
そして男の口から出てきた栄光の道とは、俺達が宿泊している風の岬亭の客を引き抜いている宿の名前だ。間違いなく嫌がらせだろうが、文句を言ったところで明確な証拠がないので言い逃れされるだろう。
しかし、俺が確証を得られれば十分だ。後でしっかりと落とし前をつけさせよう。
方針が決まったところでこいつはもう用済みだ。
男を拘束状態から解放してやると、馬鹿にするような笑みを浮かべながら振り向いてきた。
「へっ! 馬鹿正直に放すなんてー……」
「だって終わりだからな」
残念だが笑みの深さは俺の方が上だ。
相手が振り向くと同時に腹へ拳を叩きこみ、悶えている男の腕をとってから背負い投げで場外へ向けて放った。
放物線を描いて飛ぶ男が場外へ落ちたところで、俺の背後に別の選手が忍び寄っているのに気付いた。
「もらったー……へっ!?」
俺は背中を向けたまま振り下ろされた剣を回避し、驚いている選手の胸倉を掴んで場外へと放り投げた。
先に落ちた男の上に落ちたのか、空気が漏れるような呻き声が聞こえたが気にしない。
そこで追加注文が途絶えたので周囲を見回してみると、まだ生き残っている選手は半数近くいた。
しかし俺は初期位置からほとんど動かず、たまに飛んでくる初級魔法を撃ち落としつつ迫ってくる者のみを相手にしていた。
レウスみたいに前へ出てさっさと終わらせる事もできるが、ちょっとした考えがあって予選は慎ましく終わらせる予定なのだ。
それから迫ってくる相手を作業のように対処し続け、七人目を場外へ放り投げた頃……試合場には俺を含めて三人しか残っていなかった。
残っているのは大剣を振るっている大男と、顔全体を守る鉄仮面のような防具を装備している線の細い青年だった。顔は見えなくとも、肉体と動きから若い男だと判断できる。
二人はこちらを無視して戦っていて、大男が力任せに振る大剣を鉄仮面の青年が長剣で受け流す攻防が続いていた。
そんな攻防をぼんやりと眺めている内に、俺は青年の足運びや剣技に興味が沸いていた。
正直に言わせてもらうなら青年はレウスより弱い。だが青年が振るう剣の鋭さと、力の差を埋めるその技術に可能性を感じたのだ。
どちらが勝とうと俺の本戦出場は変わらないが……彼がここで消えるのは惜しいな。
「……しまっ!?」
「はっ! ちょこまか動き回るからだろうが!」
しかし運が悪いのか、青年は他の選手が落としていた武器に躓きバランスを崩していた。その隙を逃す筈もなく、大男は止めの一撃を放とうと大きく振りかぶった。
バランスを崩しながらも青年は諦めずに剣を振るっていたが、あの不利な体勢では負けるだろう。
何も起こらなければ……の話だが。
「俺様の勝ちー……ぐっ!?」
「っ……そこだ!」
そこで何故か大男がバランスを崩してしまい、振り下ろされた大剣は青年の肩を掠るだけだった。
逆に青年の剣は相手を捉え、顔の側面を剣で殴打された大男は意識を失って崩れ落ちた。
『本戦出場は……シリウス選手とコン選手に決定されました』
観客の歓声と共に試合終了の銅鑼とアナウンスが聞こえ、
レウス達に比べたら歓声は小さいが、観客を適度に盛り上がらせる事が出来たようだ。
倒れた選手が救護班に回収される中で俺が観客と仲間達に手を振っていると、俺と本戦出場を果たした青年がこちらへ歩み寄ってきたのである。
試合が終わっても鉄仮面を脱がない怪しい青年だが、俺の前に立ってからの御辞儀は綺麗なものだった。
「まずは本戦出場おめでとうございます。そして、ありがとうございました」
「そっちもおめでとう。それより、何で頭を下げる?」
「先程の戦い、貴方が手助けしてくれなければ私は負けていましたので」
あれに気付いたのか?
あの時……俺は大男の手首に目掛け、こっそりと極小の『インパクト』を指弾の如く放っていたのである。
魔力の流れもほとんど無く、目の前でなければ気付かれないと思っていたのだが……予想以上に鋭い青年のようだ。
「何故俺だと?」
「私が戦っていた男の手首に妙な痕がついていました。可能性として近くにいた貴方しかないと思いまして」
「……余計なお世話だったか?」
「逆ですよ。路銀が厳しかったので助かりました。それにもっと強い相手と戦えますし」
闘武祭は予選で負ければ怪我の治療くらいしかしてくれないが、本戦に出場できれば賞金が貰えるのだ。
本戦に出た時点で金貨一枚は確実に貰え、後は勝ち上がる度に増えていくのである。優勝すれば、金貨二十枚分の価値はある白金貨を貰えるそうだ。
それにしても綺麗な太刀筋と顔を隠す鉄仮面といい、何か理由がありそうな青年だが……初対面で踏み込むのも失礼な話か。
「こっちは気まぐれでやっただけだから気にしなくていい。それじゃあ、明日の本戦も頑張ろう」
「はい。それでは」
何度見ても綺麗な御辞儀をしてから青年は試合場から去っていく。
気になるが、仲間達が待っているので俺も帰るとしよう。
それから控室に戻って闘武祭のスタッフから本戦出場の証であるバッジを貰えば解散となる。
明日の朝に予選で選ばれた十六名の選手が集まり、闘武祭の本番である試合が始まるわけだ。
ちなみに闘武祭では、本戦の組み合わせは当日に決定する仕組みになっている。これは過去に対戦相手を闇打ちする者が現れたからだそうだ。
予選で敗れた選手から激励と妬みの視線を貰いつつレウスと闘技場を出れば、俺達が来るのを待っていた女性陣が出迎えてくれた。
「おめでとうございますシリウス様。それとレウスもね」
「当り前だよ姉ちゃん。兄貴と俺なら楽勝さ」
「そうね。シリウスさんとレウスなら安心して見ていられたもの」
「明日もこの調子で頑張りなさい。シリウス様の弟子として、不甲斐ない戦いは許しませんよ」
「任せとけ!」
やる気に満ちた表情のレウスを先頭に宿へ向かっていると、途中で俺の腕にフィアが抱きついてきた。
「ねえシリウス。どうして武器や魔法を使わずに戦っていたの?」
「俺の組はそれほど強い相手がいなかったからな。ちょっと制限を付けて戦ってみたんだよ」
「それで体術だけしか使ってなかったの?」
「ですがシリウス様、徹底し過ぎではありませんか? 周りは敵だらけですし、安全を考えて魔法くらいは使っても良いと思います」
「だよな。兄貴って決めたらとことんやるのに、今日は何か大人しかったよな?」
おそらくエリュシオンで学校長と戦った事を指しているのだろう。
あの時は学校長と本気で戦いたくて遠慮なく暴れたから、弟子達にとって今日の俺は地味に見えただろうな。
「地味になるように戦っていたからな。あまり強くない選手だと思わせて本戦に行きたかったんだ」
「どうせ優勝狙っているんだから、派手に行けばいいじゃない」
「賭けの問題だ」
予選では人数が多すぎて行われないが、本戦となれば公式で行われている賭博が行われるのだ。
強いと思われている選手と、弱いと思われる選手が戦うとなればどっちに賭ける方が儲かるかは説明する必要あるまい。
その事実を聞いてしまった弟子達は微妙な顔をしていたが……。
「まだ十分余裕はあるが、この調子で旅を続ければ懐が厳しくなると思ってな。菓子を作る機会が減りそうー……」
「「「シリウス様に全部賭けます!」」」
過去に似たようなやり取りをした気もするが、弟子達は納得してくれたようだ。
自分でもせこいと思うが、俺は全員の財布を預かる身だ。聖人君子でもないし、稼げる内に稼ぐのは冒険者の基本だしな。
こんなくだらない事をしている俺をフィアはどう思うだろうか?
「当然私もシリウスに賭けるわよ。優勝したらお祝いに奢ってあげるからね」
僅か数日だが、彼女は俺達に馴染み過ぎていた。
本当に頼もしい恋人である。
深夜……俺は変装して夜の町を歩いていた。
客を誘う娼婦や夜の仕事をしている人々に気付かれないように気配を殺して歩き、とある場所を目指していた。
宿屋……栄光の道。
目的地に着いた俺は静かに宿の裏手へ回って内部に侵入し、一仕事終わらせてから宿を出てきた。
「……忠告だけで終わらせていれば、手を出さなかったのにな」
そう呟き、俺は誰にも気付かれる事なく作業を終わらせてから宿へと帰るのだった。
※※※※※
次の日、朝食を終えて闘技場へ向かっていると、とある宿に町の警備隊が押し掛けている現場を目撃した。
「……何かあったのかな?」
「あ、姉ちゃん見ろよ。誰か取り押さえられているぞ?」
「そうね。服装からして宿の支配人かしら?」
「もしかしてあれかしら? さっきセシルさんから聞いたんだけど、不正と横領の証拠書類が領主に届けられたそうよ」
「へぇ……悪い事していたんだな。ああなるのも当然ってやつだな兄貴」
「そうだな。身の丈にあった行動をしないからだ」
この日……ガラフの宿が一つ潰れた。
そんな些細な問題を余所に、俺達は闘技場へ向かうのだった。
地味にフラグを回収しつつ、次回へと続きます。
今回はちょっと説明が多かったですが、次回はもっとスムーズに進めたいと思っております。
そして……やはり戦いの描写は苦手ですね。
もうちょっと頑張りたいと思います。
今日のホクト
今日は御主人様が出場する闘武祭の日です。
試合に出る御主人様に代わり、仲間達を守ろうとホクト君は密かに気合いをいれています。
「それじゃあ行きましょうか。チケットは持っているわね?」
「シリウス様からいただいた物ですから当然です」
「これですよね? でも、何だか高そうなチケットですよね」
闘武祭の選手である御主人様と後輩であるレウス君は先に闘技場へ向かっているので、ホクト君と御主人様の恋人達は少し遅れて向かう手筈になっています。
仲間になって間もないのですが、すでにお姉さん役としてのポジションを確保しているフィアさんに感心するホクト君です。
「高そうじゃなくて高いみたいよ。この席ならホクトも入っても大丈夫みたいだしね」
「そうなんだ。ふふ、良かったねホクト」
「オン!」
現在のフィアさんはフードをかぶっていますが、やはりエルフであると知られ始めているのか密かに視線を集めているようです。
中には欲深そうな目もありましたが、ホクト君がフィアさんを守るように横へ付けば諦めていました。
「ありがとう。最高のボディーガードね」
「オン!」
フィアさんに撫でられながら、ホクト君達は闘技場へと到着しました。
入口は混雑していましたが、このチケットは貴族専用の通路が使えるのでスムーズに中へ入る事ができました。
「凄く贅沢な気分ね」
「よくこれを入手してきたよね? 一体幾らしたんだろう?」
「シリウス様ですから」
「オン!」
ホクト君はエミリアちゃんの言葉に同意しました。
ちなみにホクト君はチケットを買った時に一緒だったので、詳しい値段を知っていますが……女性達が委縮しそうなので黙っていました。
ホクト君は空気をー……以下略。
チケットに書かれた席には少し広いスペースがあったので、ホクト君は邪魔にならない位置で伏せていました。
予選が進み、御主人様の出番を待っている間……ホクト君はこちらに近づいてくる気配を感じました。
数は……二人。他の観客の可能性もありましたが、忍び足で寄ってくる相手を観客とは思えません。
この観客席はかなり上階にあって位置によっては死角が多いのですし、更に貴族の席ではないので警備も緩めです。
ホクト君は横を見る振りをして背後の通路へ視線を向ければ……明らかに怪しい二人組を見つけました。
このまま通路に飛び込んで制圧する事も可能ですが、従魔である自分が勝手に暴れれば御主人様に迷惑がかかる可能性もありますし、この楽しい試合の雰囲気を壊したくありませんでした。
なので……ホクト君は何もせずに、試合場に顔を向けたまま伏せたままでいました。
その時、ホクト君の後輩であるレウス君が試合場で大暴れしていました。
豪快に選手をホームランする戦いぶりに観客は沸き上がり、闘技場全体が騒がしくなります。
その隙を突き、怪しい二人組は一気にこちらへと接近してきました。かなりの手練れでしたが、エミリアちゃんとフィアさんは接近する者達に気付いてナイフに手をかけています。
そして怪しい連中が腕に仕込んだナイフを抜いて女性達に手を伸ばそうとしたその時……。
「「ごふっ!?」」
視線を前にむけたまま、気付かない振りをしていたホクト君による尻尾の一閃が放たれました。
柔軟でふかふかに柔らかいホクト君の尻尾ですが、一度武器として振るえば丸太を容易くへし折る強力な武器となります。
もちろん相手も身構えていたのでしょうが、予想を上回る速度に反応できず、直撃を受けた二人は揃って壁の向こうに飛ばされていました。
そこは……。
「何だこいつ等!?」
「武器を持っているぞ、捕えろ!」
「ちがっ!? 従魔にやられたー……」
「黙れ! 奥へ連れて行け!」
貴族が座る貴賓席でした。
壁で向こうは見えませんが、男達は問答無用で連れて行かれたようです。
後に、二人は裏の世界に入ったばかりの下っ端で、勝手に暴走してエルフを攫って儲けようとしていたと判明するのですが……ホクト君には関係ありません。
御主人様と仲間が守れれば十分なのです。
「御苦労さま、ホクト」
「ありがとうございます、ホクトさん」
「え……何かあったの?」
一人何も気付かなかったリースちゃんですが、フィアさんとエミリアちゃんが首を横に振っていました。
「何でもないわ。リースはそのままでいてね」
「そうね。ホクトが頑張ってくれただけの話よ」
「オン!」
「うん?」
ホクト君も同じ意見です。
それからレウス君の試合が終わり、ホクト君の御主人様が試合場に出てきました。
「シリウス様ーっ!」
「が、頑張ってください!」
「格好良いところ見せてよね!」
思わず遠吠えで応援したくなりましたが、関係のない人達が怯えるので我慢しました。
おそらく狼の獣人がいれば、一斉に土下座をするかもしれませんので。
そして御主人様はあっさりと勝ち抜き、本戦への出場が決定しました。
観客に手を振る御主人様が誇らしいホクト君でした。
今日のホクト君は別視点に近いですね。
あくまでおまけなので、その後どうなったのかだとかは適当に流していただけるとありがたいです。
次の更新は六日後です。