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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十二章 銀狼族

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乗り越える時

 ――― エミリア ―――


 全てが真っ黒に染められた闇の世界を、私は息を乱しながら走っていました。

 走って……。

 走って……。

 息が苦しくて疲れて今にも倒れそうですが、私はただ前を見て走り続けます。

 だってあそこには、お母さんとお父さんが立っているのだから。

 会いたかった。

 声が聞きたかった。

 今度は私が肩を噛んであげたかった。

 なのに……私がどれだけ走ってもお母さんとお父さんには近づけません。

 早く……。

 早く……。

 早く……お母さんとお父さんの所へ行かないと……。

「お母さん、お父さん、逃げてええぇぇっ!」

 お母さんとお父さんの背後に、黒くて大きな魔物が現れたのだから。

 そしてその大きな口を開き、私の大切な家族を食べようとしています。

「させない! 『風玉エアショット』」

 今では呼吸をするように放てる魔法が……発動しない。

「どうして!? 『風玉エアショット』『風斬エアスラッシュ』『風衝撃エアインパクト』」

 どれだけ集中しようと……どれだけ叫ぼうと魔法は発動しません。

 その理由は、自分の手を見ればすぐにわかりました。

「なん……で?」

 私の体は子供に……集落が襲われた頃に戻っていたのです。

 魔法が使えたのは―――様に出会ってから。

 あの頃の私は何も出来ない、ただの子供に……過ぎないのだから。

「いやぁ……止めて……」

 それでも走って……走って……必死に両親へと手を伸ばしました。

 けれどお母さんとお父さんは笑みを浮かべ、魔物に向かって歩き出したのです。

『……エミリア』

 止めて!

 お願いだから逃げて!

 そこから先は……言わないで!

『強く生きなさい。愛しているわ……』

 その言葉を最後に、お母さんとお父さんは魔物の――……。






「……また……なの?」

 ゆっくりと目を開いて自分の手を見れば、子供ではなく成長した私の手が確認できました。

 さっきまで見ていたのは……夢。

 あの日から何度も見続けている……悪夢です。
 シリウス様に救われてからほとんど見なくなったのですが、この大陸に足を踏み入れ、エアリーさんとクアド君を救ってから再び見るようになりました。
 親子の仲睦まじい光景を見て、私はあの日を無意識に思い出してしまったのでしょう。それから毎日のように、お母さんとお父さんが魔物に食べられてしまう悪夢を見続けています。
 目を覚ました時はいつも夜中で、それからずっと気分が高ぶって眠れないのです。このままでは満足に疲れが取れませんし、いつか取り返しの付かないミスを起こしてしまうかもしれません。
 シリウス様の匂いが付いたクッションを抱きしめて気分を落ち着けているのですが、段々効果が薄まってきています。昨日に至っては我慢できず、隣で寝ているリースに抱きついてしまいました。その時リースは優しく抱きしめてくれて、私が落ち着くまで撫で続けてくれたのですが、何度も頼ってはリースも巻き込んでしまいます。
 それにやっぱり……。

 私は眠っているリースを起こさないように馬車から顔を出すと、焚き木の前に座っているシリウス様を確認しました。
 夜はホクトさんが常に見張ってくれますが、シリウス様はちゃんと見張りを交代でするように指示しています。本来なら主人であるシリウス様は見張る必要は無いのに、しっかりと自分を組み込んで一番大変な時間帯をやってくださいます。
 それどころか馬車内で寝るのを私とリースだけにしてくださっていますし、もっと自分を労わってくださいと何度言っても聞いてくださりません。エリナさんが何度も仰っていたように、もっと我侭を言ってほしいです。
 でも……そんなシリウス様だからこそ支えたくなり、私は心から好きになったのです。
 そんなシリウス様の姿を見るだけで、悪夢で悲しくなってた心が落ち着いてきます。

「……眠れないのか?」

 ほんの少し顔を出しただけなのに、シリウス様は私に気付いて振り返ってきます。
 私は静かに馬車から出て、シリウス様の隣に座りました。途中で近くで寝ていたホクトさんが目を開けましたが、すぐに目を閉じて他所を向いてくださいました。
 声を出すと泣き言が漏れそうなので、私は無言のままシリウス様の肩に寄りかかりました。
 主人の許可を貰わず、従者としてありえない行動ばかり。エリナさんが見れば本気で怒るでしょう。それを自覚しているのに、シリウス様の温もりが……ほしい。

「そんな状態では寝られないだろう?」

 失礼な事ばかりしているのに、シリウス様は自分の膝へと私の頭を乗せてくださいました。
 し、シリウス様の膝枕! ああ……幸せです。
 ……幸せですけど、シリウス様はどうして何も聞いてこないのでしょうか? 私の疑問を他所に、シリウス様は笑みを浮かべて私の頭を撫でてくださっています。

「何も聞いてこないのがそんなに不思議か?」

 それに肯定するように、私は頭を少しだけ動かしました。

「お前が眠れない原因はわかっている。だがな、それについて俺はあまり手を出さないつもりだ。わかるな?」

 ……シリウス様は本当に私を理解してくださっている。少しだけ真面目な表情で私の顔を覗き込んできましたので、その顔をしっかりと見据えて頷きました。

「わかっているようだな。そうだ、それはお前自身で乗り越えなければならないからだ。俺が手を出して解決したなんて、そんなのはエミリアも望んでいないだろう?」

 そう……これは私が自分で乗り越えなければならないこと。私はシリウス様を支えたくて傍にいるのですから、何でもシリウス様に頼ってしまうのは嫌なんです。
 自覚しているのに、私はシリウス様に甘えてしまっている。それなのに、どうして貴方は……。

「……怒らないのですか?」
「甘ったれるな……とでも言えばいいのか? 望むなら言ってもいいが、お前はちゃんと自覚しているのだから怒る必要はない」

 泣き言を抑え込みながら搾り出した声に、シリウス様は優しく頭を撫でながら言い聞かせてきます。

「故郷に帰ったら、お前は嫌でも過去と向き合わなければならない。その時になって、疲れて何もできませんでした……では意味が無いからな」

 私が怯えているのは過去の幻影。逃げ出すのに精一杯で、私は魔物に襲われた後の集落をまだ知らない。それを目の当たりにした時……私はどうなるのでしょうか?
 でもそれから逃げてしまえば、シリウス様はきっと私に呆れてしまう。それは……嫌だ。

「疲れている時は、自然と嫌な事を考えてしまうものだ。だから今はその時に備えて休みなさい。今日だけは俺の膝を貸してやろう」
「ありがとうございます。けど……今日だけですか?」
「……乗り越えたら考えてやる」
「約束ですよ。私はシリウス様を支える為に……乗り越えてみせますから……」

 気付けば泣き叫びたかった感情は消え去り、愛おしい気持ちだけが残りました。
 私はこんなにも素晴らしい御方の弟子で従者なんです。胸を張ってそうだと宣言する為に、私は過去を……乗り越えてみせないと。
 でも今は……シリウス様の言葉に甘えよう。
 大好きな人の匂いに包まれ、私は深い眠りへと落ちていきました。




 ――― シリウス ―――


 ガーヴを仲間に加えて、銀狼族の集落を旅立った俺達が向かったのは置きっぱなしにしている馬車だった。
 姉弟の故郷までは森を突っ切っても行くつもりだったが、街道を通っても近づく事が出来るそうなので、エアリーさんを送った時と同じように一度街道を移動する事にしたのだ。

「ふむ……中々立派な馬車だな」
「俺達の家だぜ爺ちゃん。全員で寝るには狭いけど、居心地良いんだぞ」
「だが、私は乗らん」

 ガーヴもまたホクトを崇めているので、そのホクトが引っ張る馬車に乗るのは畏れ多いらしい。
 無事だった馬車を回収し、俺達は街道に戻って姉弟の故郷へと改めて出発した。
 道中で魔物や盗賊に襲われたりしたが、ガーヴとレウスのコンビによってあっさりと倒されていた。一緒に戦っているとガーヴの本性がよく表れていた。

「見ろよ、旅の銀狼族だぜ? 爺もいるが、こりゃあ高く売れそうだな」
「ちょっと餓鬼だが女もいるぜ? 俺をご主人様と呼ばせる調教をしてー……へぶっ!?」
「殺すぞ小僧?」

 一言で言うなら……身内以外には容赦が無い。特にエミリアを狙う相手には、五発くらい余分に殴っていた。素直に可愛がれば良いものを……息子を弔うまでは意地でも隠そうとするらしい。

 そんなガーヴの行動に呆れつつも旅は順調に進んだ。
 初日は特に問題は無かったが、二日目の休憩中……俺が昼食の準備をしている時にちょっとした問題が起こっているのが判明した。
 隣で調理を手伝っていたリースが周囲を一度見回して、俺以外に誰もいないのを確認してから話しかけてきたのである。

「シリウスさん。実はエミリアについて少し……」
「ああ。また元気がなさそうだったから、俺も聞こうと思っていたんだ。何があったか教えてくれないか?」
「はい。実は夜中にー……」

 エミリア達は食材を採りに出かけているので、現在馬車の周りには俺とリースしかいない。ホクトは聞かれても問題ないので気にしない。
 内容は、寝ていると急にエミリアが抱きついてきたそうだ。聞いていると仲が良いだけの話だが、リースから見てエミリアの状態は異常だったらしい。

「エミリア、凄く震えていたんです。しばらく抱きしめて背中と頭を撫でてあげると落ち着いたのですが、結局朝までよく眠れなかったようです」
「お母さんとか呟いていなかったか?」
「呟いていました。もしかして……」
「リースの考えている通りだ。エミリアは過去の夢を見て怖がっているのさ」

 もう数年前の話だが、姉弟を拾ってから俺と仲良くなった後の数日間と同じ状況だ。エミリアは時折思い出すように過去の夢を見て怯え、ノエルやエリナのベッドに潜り込んでいたらしい。
 しかし一年経つ頃には夢に怯える事は完全に無くなり、彼女本来の明るさと直向さを取り戻して訓練に勤しんでいた。
 その過去の状況に彼女は再び陥っているわけだ。故郷に近づいているのもあるだろうが、引き金はエアリー親子を助けた事だろうな。

「リースも聞いているだろう? エミリアとレウスの両親がどうなったのかをさ」
「はい、両親が目の前で……と。あんなに怯えたエミリアが見ていられません。シリウスさんが慰めればきっと……」
「残念だが、それは出来ない」

 両親が目の前で食われたのは、エミリアの深い精神的外傷トラウマとなっている。その痛みを忘れることは出来ても、傷は消えずに残っているのだ。
 たとえ俺が慰めて元気になっても、また何かの拍子で思い出して泣くだけだ。これではただの繰り返しである。
 子供の頃は過去と向き合う程度が限界だったが……今は違う。
 エミリアは世間一般的に大人と呼ばれる年齢になり、体と心を鍛え、そして今から因縁の場所へと帰っているのだ。自らの足で精神的外傷トラウマを乗り越える時が来たのである。

「自分の足で乗り越えないと駄目なんだ。さもないとエミリアは、何度でも悪夢に怯え続けるだろう」
「そう……ですか。私に何か出来ればいいですけど」
「幸いあの子はそれを自覚しているからな。俺達に依存しない程度に甘やかすなりして、しっかりと体と心を休ませてやる事だな」

 エミリアは俺に甘えてくるが、エリナの教育もあって一方的な依存はしていない。なのでさり気なくアドバイスをしたり、適度に落ち着かせて精神的外傷トラウマに立ち向かう為の体力を維持させてやるのが最善だろう。
 適度に甘やかすという単語を聞いたリースは、突然誤魔化すように笑っていた。

「あ、あはは……どうしましょうか? 何だか震えるエミリアが可愛くて、昨日は凄く甘やかしてしまいました」
「あー……リースに申し訳無さそうにしていたし、今日の様子を見るに大丈夫だろう。しかしリースが甘やかすとなると凄そうだ。嵌ると幼児退行するんじゃないか?」
「シリウスさんも、甘えてきてもいいんですよ?」
「いつか頼むよ」
「えっ!? は、はい。いつでも……待ってますから」

 そんな返事が返ってくると思わなかったのか、リースは驚きつつも笑みを向けてきた。
 ちなみに幼児退行と言ったが、実は冗談ではなく半分は本気だったりする。聖女と呼ばれるだけはあって、エリナに負けず劣らずの包容力があるし、人を安心させる笑みを自然と向けられる。
 彼女に甘やかされ続けられたら相手は駄目になってしまいそうである。俺も気をつけておかないと。

「辛いだろうがリースも耐えてほしい。それと、俺が言っている事がおかしいと感じたら遠慮なく言ってくれ。俺だって間違えるんだからな」
「そこまでエミリアの事を気にしているなら、私は何も言う事はありません。それに、そうやって言える人は間違いませんよ」
「ありがとう。おそらく今日もエミリアは苦しむかもしれないから、何かあったら頼む」
「いいえ、あの子の事ですから今日は私よりシリウスさんの元へ行くと思いますよ」

 頑張ってくださいねとリースは少し意地悪そうに微笑んでいた。

 そしてそれは見事に的中する。


 エアリーさんの集落へ向かったように、ガーヴの指示で街道から外れ、馬車が入れる場所まで進んでから野営となった。
 そして夕食を食べ、いつものように見張りの順番を決めてから眠りに就いた。その後、ガーヴが俺を起こしてきたので俺の順番が回ってきたようだ。
 俺の見張る時間は全体から見て中間で、一番きつい時間帯でもある。だが、徹夜の慣れも含めて、魔力を活性させて短い時間で回復できる俺が一番適任だろう。姉弟は見張りをしなくてもいいと言ってくるが、俺が甘ったれては師匠と名乗る資格はないと思っているので聞くつもりはなかった。それに今の姉弟は大事な時期だから、なるべく負担を減らしてやらなければなるまい。
 眠気を振り払い、毛布を畳んで水を飲んでいるとガーヴがすれ違い様に目を細めながら声を掛けてきた。

「……お前は本当に変わっているな」
「俺は俺の思うままに生きているだけだ」
「ふ……あの子達は、良き出会いをしたものだ」

 焚き木から少し離れた場所で眠るガーヴと、近くで寝息を立てているレウスを確認した俺は焚き木の前に座って薪を放り込んだ。
 先程まで背もたれとなってくれていたホクトが俺の近くに座ったので、頭を撫でようと手を伸ばしたその時、気配を感じて振り返ればエミリアが馬車から顔を出していた。
 やはり眠れないのかと思って声を掛けたが、彼女は何も言わず俺の横に座ったかと思えば、今にも泣き出しそうな表情で俺の肩に縋りついて来たのだ。
 エミリアは俺に甘えたりするが、基本的に人前、特に弟のレウスの前ではこういう弱い部分を見せようとしない。レウスとガーヴが少し離れたところで寝ているとはいえ、エミリアらしくない行動だな。相当弱っている証拠だな。
 先程から何も喋らないが、悪夢を見て目覚めて俺に縋ってきたと思っていいだろう。リースの言った通りになってしまったな。
 こういう時にエリナやノエルだったら……膝枕だな。なので頭を膝に乗せて撫でてやれば、エミリアは目に見えて落ち着きを取り戻していた。

「……怒らないのですか?」

 怯えながらも聞いてきたが、怒るとしたら泣き言をぶつけてきた時だろう。それを言わないのはまだ自覚している証拠だから怒るべきではない。
 伝えるべき事を伝えた後、エミリアは静かに寝息を立てていた。これで最低限の睡眠は取れるだろうし、明日は大丈夫だろう。ホクトが毛布代わりに尻尾を乗せてくれたので、エミリアが寒がる心配はあるまい。

 エミリアはこんなにも苦しんでいるのに対し、レウスは普通に眠っていた。
 別に薄情だとかそういうわけではない。彼の場合はおそらく元からの性格も含め、両親が食われる瞬間を見ていなかったのもあり、エリナが第二の親として存在してくれたからだろう。エミリアの場合は親と言うより従者の先生だったからな。
 ただ……普通じゃないのは確かだ。魔物に対して異常に敏感になっているし、ガーヴ程ではないが魔物を必要以上に攻撃している部分も多々ある。ハウスの号令で何とか止まっているが、興奮状態なのでその内『ストリング』で強引に縛って止める方法も考えておかねば。

 そしてガーヴだが、実は寝ている振りをしながらこっそりとこちらを見ていたりする。ただ、自分が口を出すべきじゃないと理解はしているらしく何も言わず目を閉じていた。エミリアについては任せてくれるらしい。

 先行きが少々不安だが、今更姉弟の故郷へ向かわない選択肢は存在しない。
 今はただ、俺の膝で眠るこの子が過去を乗り越えられるように見守るだけである。



 そして朝になり、馬車を再び隠蔽してから俺達は出発した。
 ガーヴの話では俺達の移動速度なら昼前には集落へと着くそうだ。途中で小さな谷はあったが、ガーヴの集落へ向かう程の道中ではなく、俺達は問題なく進んでいく。
 だが……大きな川を越えた所から状況が激変し、魔物の数が異常に増え始めたのである。
 ここに来るまではホクトの威圧に気付かない魔物が偶に襲ってくるくらいだったが、川を越えてから頻繁に襲ってくるようになったのだ。

「気をつけろ、ここから魔物が増えるぞ! ぬんっ!」
「任せろ爺ちゃん!」
「私も行きます!」

 少し歩く度に魔物が現れるが、銀狼一家が前に出て全て薙ぎ払ってくれるので、俺達の歩みが止まる事はほとんど無かった。勿体無いが魔物の素材については、珍しい物以外は全て無視する事にしている。素材を剥いでいる間に次々と魔物が現れてきりがないからだ。
 俺は全体の様子を見ながら指示を飛ばしつつ『マグナム』を放って魔物を撃ち抜いていた。

「エミリア、レウス下がれ! 俺とホクトと交代だ」
「えっ? 俺達まだ戦えるぞ!」
「そうです、私達はまだ……」
「息が乱れ始めているのがわからないと思ったか? 下がって休んでいろ」

 ガーヴはまだ大丈夫そうなので、俺は姉弟を下がらせてホクトと共に前に出た。それにしてもレウスはとにかく、普段は遊撃を担っているエミリアが進んで前衛をやっている時点で少しおかしい。
 リースから飲み物を受け取っている姉弟を確認しつつ、俺は迫ってきた魔物に剣を振るった。
 ホクトとガーヴの拳が最後の魔物をふっ飛ばし粗方全滅させたところで、ガーヴが眉をしかめながら一人呟いていた。

「……おかしい」
「何がだ? 今のところ順調だが、気になるなら教えてくれ」
「魔物の数が少ない。以前ここへ来た時は、今の数より数倍の魔物が襲ってきたのだ」
「何度か来て爺ちゃん達が倒していたから、数が減っただけじゃないのか? あるいは移動したとか……」
「詳しく調べて見るか」

 目を閉じて少し精密な『サーチ』を発動させるとあちらこちらで魔物の反応は感じるが、先程以上の群れはほとんど確認できなかった。
 数が少ないとは思わないが、とてもガーヴを含めた銀狼族達の突入を諦めさせる数とは思えなかった。

「ガーヴの言う通り……魔物の数はそこまでじゃない。このまま進んでも問題はなさそうだ」
「そうか。少し気になるが、お主がそう言うなら進むとしよう」

 傍から見れば、目に見えず魔力を感知しづらい俺の『サーチ』は胡散臭そうに見えるが、ガーヴは何一つ疑う事無く歩き出した。一度拳を合わせたせいか、ガーヴは俺をほぼ無条件で信じてくれるので助かる。
 鬱蒼と生い茂る蔓や枝を掻き分けながら森を進み、後ろに下がって休憩していたエミリアがガーヴの近くに寄って声を掛けていた。

「お爺ちゃん、集落までどのくらいですか?」
「もう少しだ。ここを抜ければ集落へ出る筈だ」

 ガーヴの言葉通り大きな木の横を通り抜けると、森をくりぬいたように木々が途切れ、かつて人が住んでいたと思われる集落跡に俺達は辿り着いた。

 元集落には人の気配なんて微塵も感じない。

 だが、姉弟は数年経ってようやく……。

「……帰ってきたのね」
「うん。姉ちゃん、俺達の家……無くなってるよ」

 ようやく帰ってきた姉弟の故郷は……完全に廃墟と化していた。
 雑草や蔓が生い茂る荒れ放題の広場に、ほとんど崩されているが幾つか原形を残している家屋の数々。
 自分達が住んでいた頃と全く変わってしまった故郷を、呆然と眺めている姉弟の目からは涙が零れていた。

「……ごめんね。私には何もできないけど……一緒に泣かせて」
「リース……」
「リース姉……」

 そんな姉弟にいたたまれないリースは我慢できず、姉弟を抱き寄せて涙を流していた。仲間の家族を想い涙を流しているリースの優しさに、姉弟は受け入れてお互いに泣き続けた。

「ようやくここまで……これた。フェリオス……お前はここにいたんだな?」

 ガーヴは広場と思われる場所まで歩き、そこで腰を下ろして項垂れていた。心の整理もあるだろうし、彼はしばらくそっとしておいた方がいいだろう。

 皆落ち着くまで少し時間が必要そうだが、ここは安全な場所とは言えない。俺はホクトの頭を撫でてから指示を飛ばした。

「頼んだぞ、ホクト」
「オン!」

 任せろ言わんばかりに吼えたホクトは、地を蹴って周囲の森へと飛び込んで行った。ホクトに指示したのは、周辺に潜む魔物の処理とマーキング等を残して魔物を近づけないようにする事だ。
 そして今の俺ができるのは、故人を想い涙する彼等の邪魔する奴を排除する事だ。ホクトの処置が終わる前に近づいてくる魔物は、俺が密かに放っている『マグナム』によって近づく前に撃ち抜いて始末している。

 俺も弟子達と一緒に泣くべきだろうが、周囲を警戒する者も必要だ。
 それに……。

「……すまんな」

 この程度の惨状なら……見慣れている。
 前世の戦場で何度も見た死体の山に比べたら、今は死体が残っていないだけまし……と言う現実的な感想しか出ないし、それよりも自分達の安全を考えるのを優先してしまう。生き残る為に身に付けた癖なので、どうしても直す事ができない。
 だから俺はお前達と一緒に悲しめない、そんな感情から漏れた呟きだった。

 そしてホクトが周囲の魔物を駆逐したのを見計らって『サーチ』を発動した瞬間――俺は叫んだ。

「戦闘準備!」

 訓練の御蔭か、泣いていた弟子達は涙を拭いながら武器を握って身構えていた。ガーヴに至っては俺が叫ぶ前に構えを済ませて、反応がある方角を睨みつけている。

「シリウス様! 魔物ですか!?」
「そうだ、来るぞ!」

 俺の声を合図に、木々の間から弾丸の如く飛び出してきたホクトが俺達の前に着地し、森の奥を唸りながら睨みつけていた。
 そして地響きと共に、森の木々を薙ぎ倒しながらそれは姿を現した。

「何だこのでかさは!? 前回来た時にこんな魔物はいなかったぞ!」
「知っているか兄貴!」
「確か……ダイナローディアだったか?」

 空を飛べず、強靭な足で地上を高速で走る竜の亜種だ。
 見た目は前世で見たティラノ種に似ているが、その体の大きさはホクトの数倍以上もあった。巨体を支える足は異常に発達しており、太い腕には長い爪が伸びている。鋭い牙が無数に生えている大きな顎は、一度人を咥えれば軽く噛み砕いて飲み込んでしまうだろう。
 そんな巨大な魔物が俺達を見据え、襲い掛かろうと大きく吼えた。

「アオオォォ――ンッ!」

 その咆哮は並の冒険者なら怯えさせる迫力があっただろうが、ホクトが同時に吼えて相殺していた。
 ホクトだけでも戦えそうな魔物かもしれないが、無理はするなと言い聞かせておいたので、それを忠実に守ってこちらにおびき寄せたようだ。

 それに、例え咆哮が防げなくても、この程度で怯むような鍛え方を俺達はしてはいない。

「戦術アルファ! 慎重に攻めろ!」
「了解だ兄貴! 爺ちゃん、俺は左から!」
「うむ、私は右だな」
「『水柱アクアピラー』いつでも行けます!」

 戦術アルファとはレウスやホクトの前衛組が突撃して他が援護する、俺達にとって基本的な陣形である。他にも姉弟とホクトが頻繁に入れ替わって攻めるブラボー等と陣形は幾つも種類がある。
 そしていつもの陣形で攻めようと前衛が駆け出したその時……。


「い……いやああああぁぁぁぁ――――っ!?」


 ……一瞬、誰の声かわからなかった。
 振り返れば顔を真っ青にしたエミリアが恐怖に怯え、頭を抱えて泣き叫んでいたのだ。
 すぐにリースが近づいて肩を揺すったが、エミリアの叫びは止まらない。

「どうしたのエミリア!? ねえ、どうしたの!」
「いやああぁぁっ! 止めて! 行かないでお母さん!」

 母親と叫んだ時点ですぐに理解した。
 考えてみれば、両親を襲った魔物が周辺に住み着いていてもなんらおかしくないのだ。
 つまりこのダイナローディアが……。

「レウス! ガーヴ! そいつがフェリオスとローナを襲った魔物だ!」

 エミリアの目の前で両親を食らい、集落を襲った魔物の一匹であると確信した。
 家族の敵と知った親とその孫は、溢れんばかりの殺気を放ちながら拳を握り締めて魔物を睨んだ。

「こいつが父ちゃんと母ちゃんを……」
「そうか……貴様かぁ!」

 明確な殺意を持って、二人はダイナローディアへと駆け出した。
 怒りに飲まれて正面から攻めると思いきや二人は思った以上に冷静で、左右へ分かれて魔物の両側から同時に攻めていた。
 一瞬だけ迷いを見せたダイナローディアは、若干早く接近してくるレウスを狙おうと顔を向けた瞬間、ガーヴの速度が一気に加速した。

「息子の敵だ!」

 顔の側面をガーヴの拳が突き刺さり、ダイナローディアの首が大きく振られた。その隙を突いてレウスは懐へ潜り込み、首と胴の間を狙って大剣を振るった。

「どりゃああぁぁっ!」

 レウスの大剣は魔物の皮膚を斬ったが、魔物の体内にめり込む程に勢いが失われていき、大剣は体に埋まったまま止まってしまったのだ。
 驚いたレウスはすぐに大剣を抜こうとしたが、まるで固定されたように抜けないようだ。その間に体勢を立て直した魔物は、剣を抜こうとするレウス目掛けて爪を振り下ろそうとしていた。

「させぬっ!」

 回り込んでいたガーヴが、魔物の腕にアッパーを食らわせて爪の軌道を逸らした。その間に俺は『ストリング』を伸ばして大剣に巻きつけてから叫んだ。

「同時に引っ張るぞレウス!」
「ありがと兄貴! せーのっ!」

 『ストリング』を咥えているホクトと一緒に、二人と一匹の力で引っ張れば剣は抜けた。そのまま引っ張り続けてレウスを魔物から引き離すと同時に、俺は手製の投げナイフを放った。
 ナイフは吸い込まれるように魔物の目へ突き刺さり、目から血を流しながら再び咆哮を放った。
 ホクトはエミリアとリースの前に立って守っているので、今度は相殺されなかった咆哮が俺達を襲った。衝撃波のような咆哮に俺とレウスは攻撃を止めて防御していたが、まだ魔物から離れず攻撃が終わっていない者が残っている。
 魔物が足元から感じる膨大な魔力と殺気に気づいた頃には、ガーヴの必殺技が放たれる寸前だった。

「くらえっ!」

 ガーヴの必殺技である『ウルフファング』が魔物の腹に直撃すると、数トンはあろう巨体が浮かび、魔物は森の木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛んで行った。
 しかし集落の外まで吹っ飛ばした一撃を食らったというのに、ダイナローディアはゆっくりと立ち上がっていた。

「小癪な……」
「下がれガーヴ! 行くぞホクト!」

 精神的外傷トラウマを克服する為にエミリアも攻撃に参加してもらいたかったのだが、未だに泣き叫んでいる様子から難しい。何とか一度仕切りなおしたいところだが、レウスとガーヴの攻撃があまり通じていない以上、俺が出るしかなさそうだ。
 ホクトが大きく吼えると同時に前へ飛び出し『アンチマテリアル』を放とうと手を向けた瞬間、ダイナローディアは突然踵を返して森の奥へ逃げ出した。

「「逃すかぁ!」」
「ハウス!」

 逃げ出す魔物を追おうとレウスとガーヴが飛び出したが、俺は号令を掛けつつ二人を『ストリング』で縛って強引に止めた。

「な、何をするシリウス! 奴を倒さねば私は!」
「放せ兄貴! 父ちゃんと母ちゃんの敵が逃げちまう!」
「落ち着け! お前達の攻撃がまともに通じていなかっただろうが!」
「「うっ!?」」

 ガーヴの必殺技を受けて平然と歩き回ったり、鉄をも斬り裂くレウスの剣が途中で刺さって抜けなくなる点から、魔物の体に何か秘密があるのは間違いない。
 ダイナローディアはかなり珍しい魔物なので情報が少ない。俺が知っている情報は、ダイナローディアの生態に、巨体に見合ったとてつもない力と、武器の効果が薄い強靭な体を持つくらいしか知らない。とある本に倒し方が載っていたが、集団で遠距離から魔法を連発……あまり参考にならない情報だ。
 そして俺とホクトが介入した事により、不利と悟って逃げ出す知識を持っているのも判明した。色々と面倒な魔物だが、こちらに被害が出る前に引いてくれたのはありがたい。

 悩んでいる間に縛っていた二人が落ち着きを取り戻し始めたので、直接戦っていた者の意見を聞いてみる事にした。

「落ち着いたか二人とも? それで戦った感想を聞いてみたいのだが」
「ふぅ……そうだな。私のウルフファングは確実に決まったが、妙な手応えだったな。一点を打ち抜く一撃が、こう……体全体に拡散しているように感じた」
「俺も肉を斬る感じがあまりしなかったよ。剣がめり込む程に、何かよくわからない力が剣を押し返してくるんだ。まるで体全体が生きているみたいと言うかー……ごめん、上手く説明できないや」
「いや……何となくわかった」

 二人の意見を纏めると、受けた衝撃を体全体に拡散し、体内に侵入してくる武器に反発してくるわけだ。つまり打撃系、特にガーヴの拳は致命的に相性が悪い。攻撃は通じていなかったが、何とか戦えていたガーヴと同じ強さを持っていたレウスの父、フェリオスが負けるわけだ。
 そしてレウスの剣は浅い部分までは斬れるようだが、途中で肉が剣を包み込んで反発してくるようだ。無意識か意識的かわからないが、まるで生きているゴムの固まりか何かだな。
 対処法としては、槍の様に鋭く尖った武器で一気に突き刺すか、相手の肉体が反応するより素早く斬るといったところだろうか?
 『マグナム』だと心もとないが、『アンチマテリアル』ならいけそうな気がする。

 だが……この魔物は俺が倒しても意味が無いのだ。
 だから俺とホクトはあまり手を出さず援護に努めていたのだが、二人の攻撃は通じず、そして最もダイナローディアと戦うべき子が戦えないのだ。

「シリウスさん、エミリアを……」
「わかっている。大丈夫かエミリア?」
「あ……ああ……」

 振り返れば、エミリアがへたり込んでリースに肩を抱かれて慰められていた。
 二人に近づきエミリアの前で屈んで目線を合わせると、彼女はゆっくりと頭を上げて俺を確認してきたが、顔をくしゃくしゃにして涙を流していた。

「お母さんが……お父さんが……あの魔物に……あ、ああ……いやぁ……」

 故郷を確認して取り乱すのは予想していたが、問題は魔物だった。
 すでに死んでいたり存在していなければそれで良いし、もし残っていたらこっそりと弱らせ、最後の一撃をエミリアに譲るなりするつもりだった。
 しかし……まさか両親を襲った魔物とこうも早く遭遇するとは思わなかった。
 連れてきたホクトを責めるつもりは無い。ホクトは最適な行動をとったに過ぎないのだから。
 エミリアは子供が親を求めるように俺の胸に飛び込み、涙を流しながら抱きしめ続けていた。

「シリウス様……シリウス様ぁ……」

 かろうじて俺だと理解しているが、こんな状態であの魔物と戦うのは厳しい。普通に考えればとても戦える状態ではない。
 だが……エミリアは俺を支えたいと何度も口にしてきた。
 そして俺の弟子と名乗るのならば、自分の過去をきっちりと乗り越えて自信を持って生きてほしいと思っている。


 決断を迫る時が来たようだ。

 作者の頭の中では、ホクトのマーキングは以下の様に行っています。

 ホクトはトイレを必要としないので、マーキングは猫の様に爪とぎで木を削ったり、体を擦り付けて匂いを付ける猫のようなやり方です。
 なので、エミリアとレウスの集落周辺の森は、今頃木が削られまくっている事でしょう。



今日のホクト

 真に申し訳ありませんが、本日のホクトはマーキング作業で忙しい為、お休みにさせていただきます。
 ですが、ホクトがマーキング作業をしている現場を写真に捉えましたので、画像のみをお楽しみください。


※以下、読者様の脳内で画像を描いてください。

 ガリガリガリガリ……。

「オン……」



 注意……描けなかった人は、ホクトレベルが足りません。出直しましょう。






 ダイナローディア
 作者はティラノサウルスをイメージしていまして、生態やらも次回にちょろっと載せるつもりですが……後々になって考えたら某狩りゲーに出てくるイ○ルジョーの方が近いかもしれないと思った。シリウスがオタクだったら本編でも出せただろうなぁ……何て思ったり。


 次回の更新は六日後です。


 この話を投稿後、バレンタインSSを載せた活動報告を挙げる予定です。
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