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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

一章 誕生

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過去と夢

「……そうか」
「申し訳……ありません」

 母親の死を報告したエリナさんは、涙を拭わず俯いていた。
 それは今まで黙っていた罪悪感なのか、己の無力感からなのかわからない。だけど、肝心の俺は凪のように落ち着いていた。普通に考えれば、母親が亡くなってたと聞かされれば取り乱すもんだ。
 しかし前世の経験がそれを許さない。
 散々人を殺し、目の前で死んだ友人も数知れない人生。悲しい感情はあるのに涙すら出やしない。そんな人の生死に麻痺してしまった自身の方が悲しい。

「エリナ、僕は大丈夫だよ」
「ですが! 私は嘘をついて……」
「僕の為を思って黙っていてくれたんだ。感謝はしても恨むわけないだろ?」
「それでも……私は……」

 絵に視線を戻してみる。間違いなく母親似だと思わせるぐらいに俺と似通ったパーツが多い。生前はどんな人だったんだろうな。

「それより、母さんの話をしてほしいな」
「え? お嬢様の事をですか」
「そうだよ。どんな人だったとか、好きな物とか何でもいいから聞きたい」
「はい。ミリアリア……アリア様ですが、とても天真爛漫な御方でした」

 当時の母親を思い出しているのだろう、少しだけ表情が柔らいでいた。天真爛漫って、絵を見る限り清純で大人しそうな雰囲気なんですが。

「貴族の一つであるエルドランド家の一人娘でした。気品に溢れ、不幸に落ちて絶望していた私を救ってくださった心優しい御方です。貴族らしかぬ行動が多々ありましたが、不思議と人を惹きつけるカリスマを持っていましたね。ですが、エルドランド家は他の貴族との権力戦争に負け、一家共々貴族の資格を剥奪されたのです。そんなアリア様を見初めた愚かな貴族が居たのです。その貴族にご自身が嫁ぐことにより、ご両親の安全を約束されました」

 家族の為に自身を売ったか。どれほどの覚悟を持っていたんだろうな。

「それからは酷いものでした。愚かな貴族は一度相手をしただけでアリア様に飽き、何の地位すら与えずこの屋敷に閉じ込めました。行く当ての無かった私達三人は、アリア様の口添えでこの屋敷に雇われたのです。幸か不幸か、アリア様はシリウス様を身篭っておりました。それが判明するなり、僅かな金だけ与えつつシリウス様を予備の跡取りとして育てよ……と」

 心の奥底から悔しいのだろう。その憎い貴族が俺の父親だというのに遠慮がない。いいさ、ずっと……それこそ何年も溜まっていた鬱憤だ。全部吐き出してしまえと思う。

「後になって判明したのですが、権力戦争もアリア様を欲しいが為にその貴族が起こしたとわかりました。ご両親も消息不明。私は何度その貴族を憎んだことか」

 本当に下種だな。
 この真相を知って、もし昨日会ってたらヤっちゃってたかもしれない。一切気取られずにヤれる自信ありますよ。黒い想像をしていると、眉間に皺を寄せていたエリナさんが急に苦笑していた。

「ですが、アリア様は違いました。大きくなったお腹を撫でながら、嬉しそうに私の子供とはしゃいでいらっしゃるのです。あんな貴族の子ですよ! と、私も失礼な事を言ってしまいましたが、アリア様は仰いました」

『あんな男の子供だから放っておくの? そんなの絶対に駄目よ。この子に罪はないんだから立派に育ててあげないとね。それにね、父様と母様はどこかで生きているでしょうし、ここにはエリナもディーもノエルも居る。安心してこの子を育てられる環境なのよ? これ以上、何を求めるの?』

「……そう言われて何も返せませんでした。あの御方はただ、シリウス様と私達が無事であれば良いと、それだけなのです。更にこの子は私達全員の子供だと。本当に、器の大きい御方でした」

 剛毅というか、本当に大らかな人だな。母親を抜きにしても、一度会って見たかった。

「臨月が近づくにつれアリア様の体調が急変しました。元から体が少し弱い御方でしたからそれも当然だったのかもしれません。衰弱した体で赤ん坊を産むなんて自殺行為です。それでもアリア様は産むと答え、そして……」

 俺が生まれて、母さんは死んでしまった……ということか。

『貴方の名前はシリウスよ。私のシリウス、愛しているわ。何も縛られず真っ直ぐに自分を信じて生きなさい。それが母さんの願いよ。エリナ、後はお願いね。私の分も……愛してあげて』

「それがアリア様の最後の御言葉でした。私は残されたシリウス様を前に途方に暮れてましたが、貴方様を抱き上げたとき、不安や戸惑いは消えてしまいました。憎き男の子供、それでもアリア様の言葉通り、子には罪が一切ありません。その時私はアリア様の意志を継ぎ、シリウス様を守ると誓ったのです。守ると誓ったのに……私は……」

 その後、エリナさんは泣きながら現状を語り続けた。
 昨日の貴族、俺の父親はバルドミール・ドリアヌスという名前だとか。少ない支給金額を自給自足で何とかやりくりしてる事だとか。この家に住めるのも五年だとか。
 感情のまま心情を吐き出したエリナさんだが、そこでようやく冷静になったようで恥ずかしそうに頭を抱えていた。話している相手が三歳児だと思い出したのだろう。

「はぁ……私とした事が何て姿を。申し訳ありません、取り乱してしまいー……」
「大丈夫。全部理解したから」
「理解……ですか? 三歳でそのようなことが」

 不思議な顔をするエリナさんだが、俺が昨日の会話を語るにつれて、驚愕に染まっていく。盗み聞きしてただけでそこまで驚いてたらこの先どうなることやら。

「エリナ、今から話すことは突拍子のない事だ」
「何を……仰られているのですか?」
「僕の秘密だ。信じられないかもしれないが聞いて、そして判断してほしい」

 無邪気など欠片も無い。威圧にも似た雰囲気を出す俺を、彼女はどう捉えるのだろう。無言で見つめ合う俺達だが、エリナさんは笑みを浮かべてくれた。

「そのような不安な顔をせずお聞かせください。私は、何があろうと貴方の味方です」

 む、表情に出てたか。幼い体に引きずられているのか、表情のコントロールが甘いな。

「エリナは夢を見るかな?」
「そうですね、何度かありますが覚えていない場合が多いです」
「それがはっきり見えて、かつ覚えているとしたら?」

 前世は異世界で、六十過ぎまで生きてた記憶あるんですよ―……何て説明しても色々面倒なだけだ。だったら、俺の前世を全部『夢』にしてしまえばいいのだ。

「何時からか忘れたけど、夢でとある男の人生を見続けているんだ。まるで僕がその男になったみたいで、毎日色んな体験をして、色んな勉強をする。それが起きても頭に残ってて、気付いたら知識が身についてるんだ」
「そのような事が。あの、その夢は今も?」
「見続けているよ。この前は戦争に参加して戦い方を学んだ。ゴブリンを倒せたのはそれが理由だ。何でこうなるのかわからないけど、僕はよかったと思う。こうしてエリナを助けられたんだから」
「…………」

 良い感じで締めつつ、秘密を語ってみたがエリナさんは思案顔だ。
 正直、俺の成長率は異常だから化物なんて呼ばれてもおかしくない。
 彼女の返答は……抱擁だった。

「滅多にお泣きになられず、僅か一年で文字を読んで魔法を理解をなさる。色々と疑問はありましたが、
 その様な事情があったのですね。ましてや戦争なんて……苦労をなさっていたのですね」

 うーむ、ここまであっさりと信じてもらえるとは思わなかった。俺の母親は大物だと言っていたが、エリナさんも負けず劣らずだな。

 いや……違うな。彼女は俺に対して無条件で味方なんだ。たとえ俺が犯罪者であろうと庇い続けるだろう。

「以上が僕の秘密だ。だから現状を理解している。僕は五年で追い出されるんだろう?」
「はい、仰る通りです。私にもっと力があれば……」
「そんな事はないさ。エリナが頑張ってくれたから僕はここにいる。ディーとノエルも笑っていられるんだ」
「勿体無いお言葉です」

 エリナさんが俺に向ける想いは我が子に対する愛情にしか見えない。
 けれどエリナさんは従者であらんとする。もう少し自分を出してもいいと思うが、立場とかあるだろうから彼女の意思を尊重しよう。
 従者ならば、俺がかける言葉はこうだな。

「あらためてありがとうエリナ。これからもよろしく頼むよ」
「はい!」

 なんとか丸く納まったな。俺の状況も説明できたし、これからは派手に動くことが出来るだろう。

「シリウス様、よろしければ先ほどの話をディーとノエルにもしては如何ですか?」
「二人にも?」
「二人は私と同じくアリア様に拾われ、苦労を共にしてきました。信頼に足る者達です」
「わかった。二人が帰ってきたら説明しようか。この状況と真相知ったらどんな顔するだろうな」
「それはもう驚くでしょうね。あの無表情なディーがどれほど顔を崩すか楽しみです」

 俺とエリナさんは笑いながら二人の行動を想像した。ノエルが騒ぎ、ディーが無表情で宥め、エリナさんが笑う。元通りになっただけじゃない、これからは俺だけじゃなく皆で強くなっていこう。


 その後、台所を片付け、お湯を沸かしてエリナさんの体を拭いてあげた。遠慮しまくっていたエリナさんだが、拭いてあげると嬉しそうに微笑んでくれた。
 再び紅茶を淹れて日が傾く頃、出かけていた二人が帰ってきた。帰ってきたのだが、妙に騒がしい。大きな足音をたてながら家を駆け回り、ノックも無しに部屋の扉が開いた。

「エリナさん! 無事ですか!」

 ノエルが息を荒くして飛び込んできた。一歩遅れてディーも飛び込んでくる。あまりの騒がしさにエリナさんは額に手を当てて溜息をついた。

「騒がしいですよノエル。まずはシリウス様に帰宅の報告を済ませなさい」
「あ、はい! ただいま戻りましたシリウス様! って、そうじゃなくてエリナさん薬! 魔水病が町で流行ってて、私達急いで帰ってきて!」
「わかりましたから、落ち着いて冷静に説明しなさい」

 完全に混乱しているノエルを宥めるのは骨が折れた。
 彼女の話をまとめると、最近町で魔水病が流行り始めたらしい。町は混乱したが常備していた薬によって無事に治まったが、我が家の薬は切らしていた。今回の買出しで補充する予定だったのだが、このタイミングで流行るのは誤算だった。しかし家は町から離れている。そこまで感染しないだろうと思っていたのだが、自分達がここに来た意味を思い出したのだ。
 今回の買出しは俺の父親と会わない為なのだが、その父親はエリナさんと会うのだ。そして魔水病は父親が出発した隣町でも流行っていた。水属性であるエリナさんが感染する可能性は非常に高い。
 それに気付いたのが今日であり、慌てて帰ってきたのだとか。

 説明を終えてようやくノエルは落ち着いた。ディーも無表情ながらも落ち着き、エリナさんの無事な顔を見て二人は安堵の息を漏らしていた。

「いやー安心しました。エリナさんが感染してなくて本当に良かったです」
「良かった」
「感染しましたよ」
「……え?」

 ノエルの笑みが固まった。

「またまたー、ピンピンしてるじゃないですか。冗談はやめてくださいよ」
「冗談ではありませんよ。魔水病に感染しましたが、薬を飲んで完治してます」
「薬は切れてたんじゃ……ああ、実は一個だけ残ってたんですね」
「切れてましたよ。シリウス様が調合してくださったのです」

 隣に座る俺の頭を撫でようとして止まるが、手を掴んで無理矢理撫でさせた。恐らく俺の本質を知って撫でるのは失礼と思ったのだろうが、前は普通に撫でてたんだから遠慮せず撫でたらいいじゃんと体で訴えてやった。通じたらしく撫でてくれた。中身おっさんだけど子供なんだからそれで良いのだよ。

「へえ、流石シリウス様ですね。まさか調合も出来るな……んて…………えええぇぇぇ!」
「エリナは病み上がりなんだからもう少し静かにね」
「は、はい! でも、調合ってどうやって? 水魔草とか家に無かったのに」
「それについて話があります。ディー、ノエル、今から話すことは他言無用ですよ」
「え? え? 何がどういう事なの?」
「わかりました。ノエル、少し落ち着け」

 再び混乱し始めるノエルだが、ディーはノエルを宥めながら聞きに徹するポーズをとる。エリナさんがこちらを見てきたので、俺は頷いて続きを促した。説明はエリナさんに任せた。決して面倒だからではない。その方が納得しやすいだろうし、間違ってたら指摘すればいいしな。
 エリナさんの説明に合いの手を入れつつ、話が終った頃には日は完全に落ちていた。さて、秘密を知った二人だが。

「「………」」

 案の定、無言である。
 ノエルは顔を一喜一憂させたり、ディーは無表情で皺を寄せてひたすら思考の渦に沈んでいる。そうだよな、いきなりそんな情報叩きつけられて普通にはいられないよね。静止が長そうなので人数分の紅茶を淹れなおし、二人の前に用意してようやく再起動した。

「何か色々と信じられないですけど、納得できる点もあります。それにこれも……」

 ノエルは俺が入れた紅茶を飲み、満足げに頷いていた。

「この紅茶、とても簡単に出せる味じゃありません。というか私より美味しいじゃないですか! 悔しい……じゃなくて、ディーさんは紅茶の淹れ方をシリウス様に教えたことありますか?」
「……無いな」
「私も無いです。エリナさんもですよね」
「当然です。紅茶を淹れるのは私達の仕事ですから」

 この娘さんは時に鋭い洞察力を見せてくるな。
 ノエルの言うとおり俺は三人に教わっていない。前世で師匠が紅茶オタクだったので無理矢理覚えさせられただけだ。俺は拘りがないからいいが、この世界の紅茶を師匠が飲んだら正座で説教コース確定だろうな。
 紅茶にはゴールデンルールという基本があり、それがこちらの世界では稚拙だったのだ。湯の温度が低い、蒸らす時間が短いやら色々指摘はあるが俺は美味しく頂いてますよ。
 話がずれた。とにかく、ノエルは俺が教わってない淹れ方を出来る点で納得したというわけだな。

「うぬ〜……美味しいけど悔しい。ディーさんもそう思いませんか」
「美味いが、悔しくはない。今度教えてください」
「あうち! まさか逆に教わるなんてお姉ちゃんとしては……ええい、私もお願いします!」

 姉のプライド安いな。まあ俺も飲むんだし、今度三人に見せてあげるとしよう。
 全員が納得したところでノエルのお腹が鳴った。顔を真っ赤にしてるが、すでに晩御飯の時間過ぎてるから仕方ないだろう。

「魔道具を交換して、すぐに用意するよ」
「うう、お願いします」
「ディー、さっき僕が点けた火がまだ残ってるから、交換は作った後でいいと思うよ」
「わかりました。火石を扱えるとは流石ですね」
「それがさ、箱が倒れてて石が全部割れちゃって大変だったんだよ」
「「「えっ!?」」」

 何かおかしいところあったか?
 三人とも口が開いたまま絶句しているんですが。

「ディー、魔法陣は予備もなかった筈ですね?」
「ありません」
「火属性の私も外出してました」
「シリウス様、申し訳ありませんがどのようにして火を用意されたのですか?」
「摩擦熱で火種を作ったんだけど、何か不味いのかな?」
「マサツネツ?」

 どうも会話が噛み合ってない気がする。
 論より証拠という事で、寝室であるが昨日と同じ物を用意して火種だけ作ってやった。良い子はあんまり真似すんなよ。

「詠唱が無い? これは魔法ではないのですね」
「すごいです、これなら魔法陣も火属性持ちも必要ないじゃないですか」
「初めて見ました。これは革命です」

 こんな原始的な方法が革命?
 この世界の常識がよくわからなくー……待てよ?

 その瞬間、俺はとんでもない思い違いをしている事に気づいた。

 こうして一つの閃きを最後に、今回の事件は終息した。
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