やり過ぎた結果
お待たせしました
「私の……負けですね」
ロードヴェルは負けたというのに、とても清々しい笑みを浮かべていた。俺よりずっと年上なのに、子供の俺相手でも素直に負けを認められるのは流石だな。
だがその言葉、ちょっと待ってもらおうか。
「違います。俺の負けです」
「えっ?」
何を言っているんだと呆気に取られた顔をしているが、俺は元からどういう状況になろうと負けるつもりだったのである。
考えてみろ。俺が勝ったら学校長の面目が丸潰れだし、間違いなく面倒事に巻き込まれるだろう。少々……いや、かなり飛びぬけてやり過ぎてしまったが、今の戦いを見て俺を馬鹿にする連中はもういないだろう。こちらの目的は達しているんだ。わざわざ勝つ必要はない。
「というわけで、後はよろしくお願いします」
「ちょ、ちょっとシリウス君!? 私が負けを認めたのにそれはないでしょう!」
「だったら勝った権限で、この勝負は学校長が勝った事にしてください。そろそろ砂埃が晴れそうですから、早くしてくださいね」
「って、ちょっと! ああもう、仕方ありませんね! 敗者は勝者の言う事を聞きましょう」
頭を抱える学校長からナイフを離して仕舞い、俺はいかにも魔法を食らって倒れましたという体を作って地面に倒れこんだ。
そのタイミングで周囲を隠していた砂埃が晴れ、そこから見える光景は倒れた俺と立ったままのロードヴェル。勝敗は誰が見ても明らかであろう。
『こ、これは!? 何が起こったのかわかりませんが、勝負はついたようですね』
『シリウス様っ!?』
「兄貴ーっ!」
『マグナ先生! 勝負がついたのならば早く結界を切ってください。彼女が暴れだしています!』
薄っすらと目を開けて観客席を見れば、マークに抑えられるエミリアと、結界を殴り続けているレウスの姿が見えた。エミリアはとにかく、レウスは本気でやれば結界を壊せそうな気がするのだが……ギリギリで理性が働いているのかもしれないな。
何にしろ、弟子達にとてつもなく心配されているようだ。近くに来たら鬱陶しいぐらいに絡んできそうなので覚悟を決めておこう。
ロードヴェルは苦い表情のままだったが、マグナ先生に向かって手を大きく振ると闘技場の結界が消えたのを感じた。
『いやぁ、もはや何て言えば良いかわかりませんが、凄まじい戦いでしたね。シリウス君は普段からどんな訓練をしていたのか教えてー……エミリア君はどちらに?』
『結界が消えると同時にシリウス君の元へ飛んで行きましたよ』
エミリアは実況席から大きく跳躍し、風魔法を使って危なげなく試合場へ着地して走り出す。一方レウスは観客席でリースの名を叫んでおり、彼女が近づいてくると同時に背中に乗せて試合場へ飛び降りていた。
スタートはエミリアが一番早く、体を起こしていた俺の前へ立つとすぐに怪我のチェックを始めた。
「お怪我は大丈夫ですかシリウス様! 今レウスがリースを連れて来ますので、ご安心ください」
「全部掠り傷だから大丈夫だよ。リースに頼らなくても、放っておけば治るさ」
「良かった……無事に戦いが終わってなによりです。まずはタオルをどうぞ」
無事なのだが、体が砂埃や戦いのせいでボロボロなのだ。なので体を拭く為に渡してくれた彼女のタオルを受け取ったが、ただのタオルではなく少し湿らせた上に火の魔法陣で暖めて御絞りにした状態で渡してくれたのである。芸が細かいものだ。
「飲み物もご用意しています。他に何かありませんか?」
「いや、十分だよ。ありがとうな」
飲み物が入ったコップを受け取り、頭を撫でてやれば尻尾を振って喜んでくれる。
「素晴らしい手際ですね、エミリア君」
「シリウス様の従者として当然です。学校長も飲まれますか?」
「頂きましょう。ほほう、ハーブティーですか。疲れた体に染み渡りますねぇ……」
お互いに茶を飲みながら休んでいると、遅れてレウスとリースがやってきた。
「兄貴ーっ!」
「ちょ、ちょっとレウス! もういいから! そろそろ降ろしてーっ!」
リースを背負ったまま暴走しているレウスは彼女の声が耳に入っていないようだ。一直線に走り、俺の前まで来たレウスはリースを降ろして背中を押した。
「リース姉! 早く兄貴を診てくれよ!」
「もう、わかったから落ち着きなさい。えーと、細かい傷が目立ちますけど、大きな怪我は無さそうですね」
「見た目はあれだけど、掠り傷や軽い火傷ばかりだから問題ないよ」
「駄目ですよ。掠り傷でも油断しちゃ駄目って言っていたじゃありませんか。治しますから動かないでくださいね」
考えてみれば、リースの治療を受けるのは初めてだな。魔法が発動すると彼女の手から零れた水が傷を覆い始め、じんわりと暖かい感覚が体を駆け巡る。とても気持ち良いのだが、水魔法の余波で塗れた地面を転がって泥塗れになったから早く風呂に入りたい。
ぼんやりと治療を受けていると、俺の顔を見たリースが少しだけ笑っていた。
「不謹慎ですけど、シリウスさんは怪我をしませんから凄く新鮮ですね」
「そういえば、兄貴が怪我したのってライオルのじっちゃんを相手にした時くらいだよな」
「怪我はしないに越したことはないだろ?」
師匠と戦ってボコボコにされたり生身で銃弾を受けたりと、痛みに対する慣れは前世で済ませているのだ。マゾじゃないんだから、回避できる攻撃を受ける利点はどこにもない。
治療を終えてレウスとリースの頭を撫でていると、実況席からマグナ先生の困った声が響いてきた。
『あの……学校長。そろそろ何か言ってもらえると嬉しいのですが』
「おっと、お茶を飲んでいる場合ではありませんでした」
ご馳走様と言ってエミリアにコップを返した学校長は、『風響』を発動させて今回の仕上げを始めた。
『生徒の皆さん、今の戦いをご覧になられましたか? 今回は私が勝ちましたが、戦いの途中でシリウス君が勝つと思った方もいるのでは?』
観客席に座る生徒達の半数以上が放心状態となっていたが、学校長の言葉を聞いて頷いた生徒が少数はいた。
二日前にレウスが殴ろうとしていた貴族を見つけたが、彼は口を開けたまま呆然とこちらを見るだけだった。目が合うと恐怖に怯えて震えだしたのだが、彼以外にも俺を馬鹿にしていた貴族達も同じ反応をしていた。もしかして仕返しされると思っているのだろうか? こちらとしては手を出してこなければ、仕返しをするつもりはないから安心しなさい。
生徒達の反応は全体から見て恐怖が五割に、尊敬や驚きが四割、そして俺を取り入れようと狙う欲望の顔が一割といったところかな?
『貴方達は見た筈です。シリウス君が見せた素晴らしい動きの数々を。途中でマグナ先生が語りましたが、彼は誰にも教わることなく無詠唱を身に付け、そしてあの岩をも砕く魔法を放ったのです』
実のところあの『山崩落』は危なかった。衝撃で砕く事に集中していたせいもあるが、対戦車ライフルのイメージが甘かったのだ。貫通くらいすると思っていたのだが……今度山の奥で練習しておこう。
『そう、たとえ無色だろうと努力を怠らなければここまで強くなれるのです。そして彼が放った攻撃魔法は『インパクト』ばかりでした。ですがたった一つの魔法でも使い方を変えれば様々な手段になります。私が戦う前に放った魔法の可能性を、彼は見事に体現してくださったのです』
ざわざわと騒がしくなる観客席だが、天才だから……とか、才能が……などと諦めるような発言が多かった。その言葉を聞いた学校長は大きく息を吸い、初めて聞くであろう大声で生徒達に訴えた。
『天才だとか才能だとか言って逃げるのは止めなさい。魔法が無限の可能性を持つように、貴方達も努力を続ければ無限の可能性を持つのです。この戦いが無駄にならない事を祈っています』
伝えたい事を伝え終わった学校長は満足気に笑い、マグナ先生とアイコンタクトをして『風響』を切った。
その後マグナ先生からこの後の予定が説明される中、治療を終えて憂いの無くなった弟子達は嬉しそうに俺を囲んで褒め称えてくれた。だが、レウスだけは少しだけ納得いかない顔をしていた。
「本当に凄かったぜ兄貴! だけど、もうちょっとで勝てたのに惜しかったな」
「ふふ……安心しなさい貴方達。先程はああ言いましたが、本当に勝ったのはシリウス君なのですよ」
「ちょっと待て」
ドヤ顔で何を言い出すかと思ったら、ケーキマスターがいきなりばらしやがった!
『風響』は発動していないし、声の大きさからして弟子達にしか聞こえていないだろうが、一体どういう事だ?
「いけませんよシリウス君。いくら面倒事に巻き込まれたくないからって、弟子には真実を教えてあげなさい。相手がどれだけ強くても、師が負けるのは悔しいでしょう?」
学校長の言葉に弟子達が何度も頷いていたのを見て、俺はまたこいつらにやきもきさせてしまったのに気づいた。俺の師匠は負けた光景どころか、気配すら微塵も感じさせない人だったからそういう感覚が鈍いのかもしれん。
教育における先輩の助言でもあるし、弟子達には真実を話しておくべきか。
「すまん、お前達にはちゃんと言っておくべきだったな」
「シリウス様が謝罪される必要はありません。ということは……」
「ああ、学校長が言った通りだ。俺は勝ったぞ」
俺の勝利宣言を聞くと、エミリアとリースは胸の前に手を握り合わせて目を輝かせ、レウスは尻尾を振りながら両手を上げて喜んでいた。
「やっぱり兄貴は最強だぜ! 俺もいつか絶対、兄貴みたいに強くなるぞ!」
「もう何て言ったらいいか……私達のお師匠様は本当に凄いです!」
「はぁ……流石シリウス様です。戦っている御姿に私は何度惚れ直したことか……」
反応からして確認するまでもないが、師匠として面目は保てたようだ。
「ところで学校長、俺達はそろそろ撤収したいのですが、このまま帰っても大丈夫ですか?」
「いえ、まだ撤収は早いですよ。今回は王族であるリーフェが来ていますから、彼女から言葉を貰わないと駄目ですね」
「姉様……何をしに来たのでしょう?」
「それは当然、未来の義弟かつ家臣の凄さを見に来たに決まっているじゃない」
「姉様!?」
先程まで貴賓席に座っていたリーフェル姫と従者二人が試合場に現れたので、闘技場にいた俺と学校長以外の生徒達は驚きざわめいていた。学校長は知っていたからだろうが、俺は彼女の神出鬼没ぶりに慣れた。
後ろに控えていたセニアが魔道具を持っていたが、あれは『風響』が描かれているようだ。てっきり貴賓席で言葉を貰うかと思ったら、目の前でやるらしい。
「姉様? ああ、もしかして私の妹になりたいのかしら? 青の聖女と呼ばれる貴方なら構わないわよ」
「あ……も、申し訳ありません!」
リースが王族という点は未だに伏せられているので、観客席まで聞こえたかもしれない失言を上手くフォローしてくれたようだ。いや、あの顔は本気だな。公でも堂々と呼ばせようと狙っている感じだ。
とにかくプライベートで対等な付き合いをしているとはいえ、公の場で王族相手に軽い対応は不味い。なので学校長を除き俺達は跪いて彼女に敬意を示した。
『皆様お静かに。それでは、戦ったお二人にリーフェル姫からのお言葉を頂きたいと思います』
リーフェル姫は苦笑しつつセニアに視線を向けると、彼女は持っていた『風響』の魔道具に魔力を流して発動させ、リーフェル姫の声を響かせる準備を済ませた。
『まずは立ち上がり楽にしなさい。ロードヴェル、シリウス、二人の戦いを見せていただきましたが、見事としか言いようがありません。過去に類を見ない最高の戦いでした』
柔らかい笑みを浮かべて俺達を賞賛するその姿は立派な王女であるが、生徒達が戦いに夢中になってる時に、羽目を外してぶっ飛ばせとか言っていたのを俺は知っているぞ。
『見所が沢山ある戦いでしたが、私は魔法を極めし者を相手に互角に繰り広げたシリウスにこそ目を向けるべきだと思います』
……何か話が不味い方向に進み始めている気がする。
俺の嫌な予感を他所に、リーフェル姫の近衛であるメルトが近づいてきてエミリアに魔道具を渡した。セニアが持っている魔道具と同じ物らしく、どうやら俺からも何か言わなきゃいけない流れらしい。嫌な予感が加速していく。
『シリウス、貴方が無色で平民である事は聞いています。ですが、そんなものなど関係ないくらいに貴方の能力は素晴らしいと思います。その力……私の為に使ってくれるかしら?』
やっぱりスカウトかよ!
これだけの衆人環視の中で王族の誘いを断れば、相手の顔に泥を塗る事になるので面倒になる。おまけにリースの姉で嫌いな人じゃないから、恥を掻かせたくないのも事実。逃げ道を塞いで誘ってくるとは、相変わらず油断ならない王女様だ。
リーフェル姫の言葉に生徒達はざわめくが、エミリアは俺が認められるのがうれしいのか、俺の声を響かせる準備を嬉々として済ませてしまった。返事に困ってふとリーフェル姫の顔を見れば、彼女は任せろと言わんばかりに片目を瞑っている。何か考えがあるようだし、話に乗った方が良さそうだな。
『……私の力でよければ』
誘いを承諾した返事に更に周囲が騒がしくなった。中には悔しがる人が結構居たので、そいつらは俺を取り込もうと考えていた連中だと思う。そこで俺は彼女の意図に気づいた。
国の王女であるリーフェル姫の誘いを受けていれば、他の貴族が手を出せなくなるわけなのだ。王女に誘われた俺を取り込もうとすれば、それは王女に、ひいては国に喧嘩を売るようなものだし。
自分で言うのもなんだが、魔法を極めし者と互角に戦える能力を持つ俺を欲しがる連中は多かった筈だ。これから起きるであろう、鬱陶しい貴族の勧誘を先に潰してくれたのはありがたい。
だけど、このままでは卒業後の進路は城勤めになってしまうじゃないか。俺は旅に出ると何度も言っているのだが、最悪夜逃げでもするか?
夜逃げプランを練っている俺を他所に、リーフェル姫は真面目な顔をしてこちらを見た。
『ですが、貴方はまだまだ強くなれます。私の家臣となるならば、もっと強く、そして世界を知らなければなりません。シリウス、早速ですが最初の命令を下しましょう。このまま学校に在籍し、卒業したら世界を巡る旅に出なさい』
なるほど、そう来たか。これなら俺は大手を振って旅に出られるわけだな。
『いつになるかわかりませんが、私の元へ帰って来た時の貴方は更に大きく成長しているでしょう。そして今度こそ魔法を極めし者を倒してみせなさい』
『わかりました。いつか必ず』
満足気に頷いたリーフェル姫だが、セニアに視線で合図をして魔道具の能力を一度消させ、遠目でわからない程度に表情を崩してから俺達だけに聞こえる声量で話しかけてきた。
「……とは言ったけど、実はおじさまに勝っているんでしょ? 私はちゃんとわかってるからね」
「よくわかりましたね」
「おじさまの悔しそうな表情と、リースの満足気な笑みでわかるわ」
リースはわからなくもないが、学校長の表情はいつもと全く変わってないように見える。彼女の観察眼の鋭さと、長く付き合っている親しさゆえだろうな。
「シリウス君を大勢の前で勧誘しちゃったけど、旅には出れるから問題ないわよね?」
「強制的に誘導しておいて何を言いますのやら。先程の言葉をそのまま受け取るなら、当分帰ってこなくても大丈夫そうですね」
「それはちょっと困るかな? 前にも言ったけど、貴方が仕えたいと思える国にして待っているから、必ず帰って来なさい」
「はい、期待して待っていますよ」
「よろしい。それにしても本当に素晴らしい戦いだったわ。特におじさまの鼻っ柱をへし折ったのが最高ね」
「リーフェ、その言い方は酷いですよ」
「事実だし、それに色々と燻ってたんだから良かった方でしょ? それじゃあ、おじさまも限界のようだし終わらせるとしましょうか。セニア」
「はい」
学校長は何でもなさそうに立っているが、実は魔力を枯渇しかけて倒れそうになっていたりする。それでも倒れないのは魔法を極めし者としての意地だろうな。
セニアがもう一度魔道具を発動させ、リーフェル姫はメルトから大きな布を受け取り俺に差し出した。
『貴方にこれを授けましょう。いつかこれを付けて私の隣に立つのを待っていますよ』
彼女が布を広げると、それはエリュシオンの国証が縫いこまれているマントであった。派手ではないが、上質な魔法の糸で縫われたそれはメルトが着ているマントと同じで、これを授けるという事は彼女の近衛に近い証でもあるのだろう。
つまりこれを着るという事は、エリュシオン国の王女の後ろ盾を持っている証明にもなるわけだ。更に彼女はいずれ女王になるんだから、将来はもっと大きなものになる。
権力を使う予定は今のところないが、こんなに立派な物を貰ってしまったので益々逃げられなくなってしまったな。妬む奴等もいそうだし、普段は着ないようにしておこう。
最後にこの男は私の物だから手を出したら絞めるわよ……と言いたげに鋭い視線を笑顔で振りまき、リーフェル姫は試合場から去って行った。
『では、これにて特別授業を終わります。生徒の皆さんは解散してください』
学校長はまだ幾つか話したい事があったようだが、戦いの疲れがあるだろうとのことで今日は解散する事にした。マグナ先生が上手い具合に生徒を誘導し、俺達と遭遇させないように配慮をしてくれた。
もし捕まっていたら俺は生徒に囲まれて質問攻めされていただろうし、今は疲れているので助かった。
だが、試合場を出る時に向けられた様々な感情が入り混じった無数の視線を思うと、明日以降どうなるか想像もつかないな。明日の午前は普通の授業が入っているので、覚悟を決めて登校せねばなるまい。
それからダイア荘に戻った俺達は、風呂に入ってから夕食を済ませた。途中に何度か俺を訪ねに来た生徒や貴族がいたが、疲れていると言ってお引取り願った。こちらの事情も知らず食い下がる馬鹿がいたが、エミリアの有無を言わさない笑みとレウスの威圧によって無理矢理帰らせた。
しかし俺が戦ってからかなり時間が経っているのだが、エミリアとレウスの興奮は一向に治まらなかった。レウスは外で大声を出しながら剣を振り回したり、エミリアが甘えるように肩を噛んできたりしたが、彼女にしては大人しかったかもしれない。
ようやく寝る時間になり、今日一日を振り返りつつベッドに入った。久しぶりに本気を出して戦った充実感を味わいながら目を……。
「失礼します。本日は寒いので、添い寝のサービスは如何ですか?」
……閉じれなかった。
エミリアがパジャマ姿で俺の布団に潜り込もうとしていたからである。惚れ直しましたと叫んでいたわりに大人しかったと思えば……そう来たか。
「……ダイア荘のルールはどうした? 自分のベッドで寝なさい」
「その……興奮が冷めなくて眠れないんです。それならばいっそシリウス様の傍にいれば落ち着くかと思いまして」
おいおい、興奮し過ぎて発情しているわけじゃないよな? それに俺と寝たらお前の場合は逆に興奮するだろうし、とにかく落ち着かせればいいわけだ。
「はぁ……眠れるまで頭を撫でてやるからお前の部屋まで行くぞ。リースを起こさないようにしないとな」
「ご安心ください。本日はリースも連れてまいりましたので、起こす心配はございません」
「お、お邪魔します……」
部屋の扉が開かれたと思いきや、パジャマ姿のリースが枕を両手に抱いて現れた。恥ずかしそうにしているが、またエミリアに唆されたのだろうか?
「俺もいるぜ兄貴! 前にリース姉を助けた夜みたいに皆で寝ようぜ!」
「…………」
そして当たり前のようにレウスもやってきて、床に毛布を敷いて寝床を確保しようとしていた。一緒のベッドに入ろうとしない点は成長していると思うが……。
「さっさと部屋に戻れ!」
この日学校長と戦うより大変だったのは、弟子達の相手だったかもしれない。
ちなみにエミリアはベッドに戻し、しばらく撫でてやればぐっすりだった。
次の日……俺の学校生活は劇的に変わった。
まずは朝だ。
朝の訓練を終えて朝食を済ませてから学校に登校すると、早速俺を中心に生徒達の視線が集まった。昨日の暴れっぷりを考えれば当然だろうと思いつつ、門を潜った時から変化は始まっていた。
「おはようございます、シリウス先輩!」
「おはようございます親分!」
「お、おはようございます、シリウスさん」
今まではエミリアやレウスに挨拶する者が多く、俺に挨拶する奴なんて後輩も含めて一割もいなかったのだが……それがどうだ。
レウスの友達と後輩はわからなくもないが、他クラスの同級生ですら頭を下げて俺に道を譲っていた。俺より年上で貴族だって含まれているのに、皆同じ行動を取っているのである。
割合は恐怖と尊敬が半々と言ったところだろうか? 昨日とは全く違う反応に、後ろに控えているエミリアとレウスが自慢げに胸を張っていた。
「ふふ……ようやく皆さんもシリウス様の凄さをご理解できたようですね」
「ついにやったな姉ちゃん! 皆思い知ったか、これが俺達の兄貴だぜ!」
「恥ずかしいから止めろ」
まるで自分の事のようにはしゃぐ二人を宥めつつ俺は教室に向かう。その道中でも俺に挨拶する者は後を絶たず、中には顔を見た瞬間に逃げ出した者もいた。おそらく逃げた奴は俺を馬鹿にしていた貴族に違いあるまい。今までの謝罪をさせると言ってレウスが狩猟犬の如く追いかけようとしたが、ハウスの号令で止めさせた。
ようやく教室前に着いたが、まさか辿り着くだけでここまで疲れるとは思わなかった。カラリス組は俺の異常さを多少知っているから、あまり変化は無いと思いたい。
「……おはよう」
「あ、おはようシリウス君、エミリア」
「おはよう親分、兄貴」
教室に入って挨拶をすれば、他の生徒と違っていつも通りの挨拶を返されてほっとした。視線を集めつつ自分の席に座ると、いつもならエミリアとレウスにクラスメイトが集まるのだが、今日は予想通り俺に集まっていた。
「昨日は凄かったよシリウス君!」
「だね! というか何で隠してたの? ああ、ばれたら貴族が煩いからか」
「学校長の『山崩落』を砕くってどんな『インパクト』だよ。あんなの上級魔法でも無理だろ?」
クラスメイトに囲まれていて逃げる事もできない。俺以外にもエミリアやレウスも質問されていたが、内容は似たものばかりであった。色々と質問されたがそれらを一つに纏めると、どうやってそんな強さを得たのかという感じである。
と言っても、日々の努力としか言いようがない。それで納得してくれるかどうか悩んでいると、クラスメイトの人垣が割れて颯爽とマークが登場した。声を出したわけでもないのに自然と道を譲らせる。俺の場合は圧倒的な力による恐怖であって、マークのは純粋なカリスマってやつだと思う。
今日も爽やかな笑みを浮かべて登校し、俺の前に立って挨拶してきた。理由は不明だが、マークと会話している時だけはクラスメイト達は邪魔をしてこない。端の方で鼻息荒くしている女の子もいるが、マークとの会話は肩肘張らずに会話できるので、邪魔されないに越したことはあるまい。
「おはようシリウス君。予想はしていたが大人気なようだね。まあ、あれだけの強さを見せ付ければ当然だろう」
「おはようマーク。俺もこうなると予想はしていたけど、ここまで変わるとは思わなかったよ」
「君はそれだけの事をしたわけさ。ほら、主人が人気で従者二人も喜んでいるし、君はもっと自分を誇ってもいいと思うよ?」
隣に目を向ければ、本当に嬉しそうに俺を眺めている姉弟が座っている。もしかしてずっとこの時を待ち望んでいたのだろうか? 興味が無かったからとはいえ、悪い事をしていたもんだな。
「それにしても昨日は本当に惜しかったね。君ならばもしかしたらと本気で思っていたんだが」
「流石に魔法を極めし者相手はきつかった。あの弾幕を避けるだけで精一杯だったよ」
「あれを避けてる時点でおかしいと気付いてほしい。学校に入ってから君に色々と見てもらったが、君の力は本当に未知数だ。だからクラスを代表して聞くよ。シリウス君は一体どんな訓練を続けてきたんだい?」
マークの言葉に周囲にいた生徒全員が頷いていた。うーん、別に訓練内容は秘密でもないし教えてもいいんだが、まず間違いなく引かれるだろうな。それにそろそろ先生がやってくるから時間が足りない。
「おはようございます皆さん。席についてー……やはりこうなっていましたか」
そう思ったタイミングでマグナ先生が教室に入ってきた。とりあえずこれで一時的に解放されるかと思ったら、クラスメイトがマグナ先生に提案をしていた。
「マグナ先生、今からシリウス君にあの強さの秘密を教えてもらうところだったんです。授業の前に時間をください」
「ほう?」
クラスメイトの言葉にマグナ先生が眉をしかめていたが当然だろう。次の休み時間までに詳しい内容を纏めておくから、さっさと授業を開始してほしい。
「実は私も知りたいので許可します。さあシリウス君、教卓前にどうぞ」
「ちょ!?」
「流石マグナ先生! ほらほら、皆席に着こう!」
集まっていたクラスメイト達が解散し、各人の席に戻っていく。一瞬にして団結したクラスに呆れていると、席に戻ろうとしたマークが俺に質問してきた。
「そういえばリースはどうしたんだい? 彼女が君の近くにいないのは珍しいね」
「リースは休みだな。ちょっと家族で話し合いがあるそうだ」
「そうか、家の問題は面倒だが大事だからな。ではシリウス君、どのような話が出るか期待させてもらうよ」
にっこりと笑って楽しそうに席に戻るマークを見送り、俺は渋々と立ち上がった。助手として姉弟を連れて教壇へと立ち、俺はクラスを見渡した。
「それじゃあ説明しようと思う。最初に言っておくが、俺は子供の頃からずっとやっているからであって、真似したところですぐに強くなれると思わないでほしい。エミリアはいつから訓練していたっけ?」
「私は七歳、レウスは五歳の頃からですね。シリウス様は三歳からでしたよね?」
正確に言えば、生まれてから自覚できた頃からだけどな。あの頃のは訓練と言えないレベルだが、体を壊さない運動をずっとやっていた。
気付けばクラス全体が静かになっていたが、俺は気にせず訓練内容の説明を始めた。
「まずは持久力が必要なのでとにかく走ります。走って、走って、ただ走るだけでなく、たまに全力で走ったりして体を苛め抜きます」
「昔の俺は兄貴に文句言いながら必死に走ってたよなぁ……」
「今の俺達は朝早く起きて、ダイア荘の裏手にある山へ軽く走りに行っているんだ。その後はー……」
「し、質問! 裏手の山ってあの山? 遠目でよくわからないけど、地図によるとあれって直線距離でも相当な広さだと思うんだけど」
「うん、実に走り甲斐のある距離だな。実際は木々で鬱蒼としていて、障害物が多いからもっと長く感じるだろうね。だけどそれがまた反射神経を鍛える訓練にもなる。そして山の頂上についたら筋トレだ。例えばこういうのをやっている」
俺は逆立ちをし、左右の指三本で体を保持したまま腕を曲げたり伸ばしたりした。通常状態でやるのはきついが、『ブースト』を使えば簡単にできる筋トレだろう。ちなみに俺は通常状態でもやれる。
隣ではレウスも実践しているので、俺だけが特別だと思わなかったはずだ。
「その後にダイア荘に帰って模擬戦を済ませてから朝食を食べ、学校に登校するのが朝の流れだ」
「……それは本当か? というか、学校に行く体力が残っているとは思えないんだが?」
「なに言ってるんだよ。実際に俺がここにいるじゃないか」
「そ、そうだよね。そっかー……それだけ努力を続ければ強くなれるよね」
「それで授業が終わり、帰ってからまた山へ走りにー……」
「「「まだあるの!?」」」
俺の訓練が異常なのは百も承知だ。どう見てもアホにしか見えないスケジュールだが、栄養バランスを考えた食事を与え、俺の再生活性を使って回復させながら鍛えぬいた見本が両隣にいるんだ。
このように、俺の教育は学校のような大勢向きではなく、少数精鋭向きの教育であるのがわかるだろう。
その後、夜までびっしりと続く訓練を説明し終われば、クラス全体からの返答は皆一緒であった。
「「「無理っ!」」」
いや、無理じゃない。
気合と努力と根性があれば誰だって出来るのだ。見本の二人がここにいるんだからさ。
クラスメイト達から引かれつつも、俺は現実というものをしっかり教えてやるのだった。
――― リース ―――
私は今、ダイア荘でお茶の準備をしています。
何故なら私にとって大切なお客様が来ているので、心を込めてお茶を淹れます。エミリアに比べたら稚拙だけど、今回のは中々上手く淹れられたと思う。
「どうぞ、ニホンチャです」
「ありがとう。ちょっと苦いけど、癖になる味なのよね」
「娘に淹れてもらった茶だ。何であろうと飲むに決まっているー……熱っ!?」
テーブルの向かい側に座るのは、お茶を美味しそうに飲む姉様と、淹れたての茶を一気に飲もうとして舌を火傷している父様です。
昨日、姉様と別れる直前に、私一人に大事な話があるから落ち着ける場所を聞いてきたのです。なのでシリウスさんに相談したらダイア荘を挙げ、それを承諾した姉様が来たという流れです。ですが姉様だけでなく父様も一緒だったのが予想外でした。
ちなみにセニアとメルトさんは席を外していて、ダイア荘の外で見張りをしています。つまり、家族だけの大事な話なんでしょう。
「それで本日はどのようなご用件ですか?」
「わかっているんでしょリース? 貴方の将来についてよ」
姉様だけでなく父様までいるのですからそういう話は当然ですよね。
私の将来……私は一体何になりたいのだろう? ふと思い浮かべるのは、シリウスさんの隣で私があのウエディングドレスを着てー……って、違う違う! 姉様が言っているのはそういう将来じゃないと思う。
「単刀直入に聞くわ、貴方は学校を卒業したらどうするの? そろそろはっきりさせないとシリウス君どころか私も困るわ」
そう……私は未だに迷っている。
卒業したらシリウスさん達と一緒に旅に出るか、ここに残って姉様の仕事を手伝うかです。
エリュシオンに来て間もない私なら、迷い無く前者を選んだでしょうが、今は全く違います。私は聖女と呼ばれる程の力を得て、一番気になっていた父様とも仲直りできました。
姉様は私の治療魔法の腕を買い、姉様の専属魔法士として雇っても構わないと仰ってます。
だからここに残るのも良いなと思っているのですが、私を変えてくれたシリウスさん、親友であるエミリア、弟のようなレウスと別れるのが……とても辛い。その逆も辛く……本当にどうすればいいのかわからないのです。
悩んでいる私に父様は真剣な顔で私を射抜いて来ました。
「……リースよ、冒険者としてあの男について行くのを止めはせん。だが、その道を選ぶならバルドフェルドの名を捨てなさい」
「えっ!?」
名を捨てろって事は……私はもう娘じゃなくなるのですか? 姉様を二度と姉様と呼んでは駄目……と?
絶句している私を見た姉様が、焦ってかなり強い力で父様の頭を叩いていました。
「お父さんの馬鹿! そんな風に言っちゃ駄目でしょ!」
「ええい、痛いわリーフェ! だがこれは必要な事なのだ!」
「言い方が悪いの! ほら、リースが泣きそうになっているじゃない」
姉様が身を乗り出して私を抱きしめて慰めてくれます。初めて出会った頃と変わらず、こうされると本当に落ち着きます。
「大丈夫です、ちょっとショックを受けましたが、それも当然かもしれません」
「えーとね、今のはお父さんの説明が足りないだけであって、別に家族じゃなくなるわけじゃないのよ。それくらいの覚悟を持って旅に出なさいって意味だから」
「よかった……姉様と父様と二度と呼んではいけないと思いました」
「当たり前だ。何があろうとお前は私の娘なのだ。本音を言えば旅に出るのを全力で止めたいが、私自身が過去に冒険者になりたいと言って旅に出た手前、それを強く言えん」
全ては私の決断次第。自分の事ですから当然でしょうが、貴族や王族になるとそんな選択肢すら与えられないのが普通でしょう。こんなに悩めるのも幸運なんだよね。
エリュシオンで家族と平和に過ごすか、シリウスさん達と一緒に危険が付き纏う冒険者の道を選ぶか。
悩み続ける私に、姉様は指を一本立ててアドバイスを下さいました。
「決められないなら想像してみるのもいいわ。まずはシリウス君と一緒に旅へ出たと考えてみなさい」
姉様に言われ、目を閉じてゆっくりと考えてみる。姉様と父様に別れを告げ、エリュシオンから旅立つ私……。
「辛い……です。せっかく父様と仲直りできたのに、また離れ離れになるなんて」
「次はシリウス君達と別れた自分を想像しなさい。いつか帰ってくると約束させたけど、軽く十年は会えないと考えてね」
世界は広く、そしてシリウスさんならきっとどこまでも旅をし続けそうだから、簡単には帰って来れないよね。旅に出るシリウスさんやエミリアとレウスを見送って、次に会えるのは十年……。
「……あれ? 何で……私?」
気付けば涙が溢れていました。想像しただけなのに、まだ皆は近くにいるのに、こんなにも……悲しい。
「それが貴方の答えなのよ。肉親以上に信頼関係を築いたシリウス君達に嫉妬しちゃうわね」
「そんな……私は姉様や父様も大切で!」
「いいのいいの、ちゃんとわかっているから。それで……答えは決まったのかしら?」
「……はい。私はシリウスさん達と一緒に旅に出ます」
そうだ、家族と離れるのは寂しいけど、私はシリウスさん達と離れる方が嫌だ。きっとシリウスさんに恋しているせいかもしれない、けど、それが無くても私はシリウスさん達と一緒に旅がしたい。
母様が冒険者だったように、私も冒険者になって世界を見て回りたい。ここまで追い込まれないと決断できないなんて、本当に私はまだまだだなぁ。
私の決断に姉様はにっこりと笑い、父様は渋い顔をしていたのですが、姉様に叩かれて無理矢理笑みを作っていました。
「リースが自分で決めた道なんだから、水を差す真似は止めなさいって」
「くっ……頭ではわかっていても心がな。知らなかったとはいえ、お前を放置していた罪をまだ償いきれておらんというのに」
「ごめんなさい、でも父様の想いはちゃんと伝わってますから」
「気にするな、これは私の我侭なのだから。お前は好きに……生きるとよい」
拳を握って悔しそうにしていますが、納得はしてくれたようです。父様の気持ちは嬉しいのですが、ちょっと重過ぎる気がします。
姉様は父様にお茶を勧めて落ち着かせようとしていましたが、父様は何か決意したように拳を握っていました。
「しかし……やはり心配だ。この際お前に王の座を譲って、冒険者の先輩たる私も一緒に……」
「恥ずかしい真似は止めなさい! ロードのおじさまに勝ったシリウス君が一緒なら、お父さんが行くより遥かに安全よ」
「本当に勝てたのか? ロードの爺さんが手加減していただけじゃないのか?」
「私の見た事が信じられないの? ごめんねリース、ちょっと時間を貰えるかしら。すぐに説得するからね」
「えーと、はい。それではお昼御飯の準備をしていますね」
お昼には少し早いですが、今日は私の料理も振舞おうと準備しておきました。手間のかかる部分はすでに済ませていますから、あまり二人を待たせることなく用意できます。
私が料理を作ると言って席を立つと、二人の会話が突然止まってこちらを見上げていました。
「何だと! もしかして……作ってくれるのか?」
「シリウスさんに教わって上手になったんですよ? 姉様と父様に是非食べてもらいたいんです」
「おお……娘の手料理か。だが、またあの男か」
「ちゃんと花嫁修業も出来ているようでなによりね。楽しみにしているわ」
「ああ、私も楽しみだ。たとえ毒が出ようと食べてみせよう」
「気持ちはわかるけど、それは失礼な言い方だから気をつけなさい」
再び言い争いを始めた二人を置いて、私は台所に立って準備を始めました。するとすぐにセニアがやってきて手伝いを申し出てきたので一緒に台所に立ちます。
「ふふ……まさかリース様と一緒に料理できる日が来るとは思っていませんでしたよ。それで私は何をしましょうか?」
「えーと、そこの冷蔵庫って言う箱に野菜とお肉が入っているから出して準備してくれるかな? 私はスープの用意するから」
「お任せください。なるほど、水の魔法陣を使って冷やしてー……あら?」
冷蔵庫を覗き込んだセニアの動きが止まったかと思えば、急に口元を押さえて笑い出したのです。そういえば朝早くにシリウスさんが台所で何か作って冷蔵庫に入れていた気がします。
セニアの背中越しに覗いてみれば、シリウスさんがフルーツタルトと呼んでいるケーキが入っていたのです。美味しそう……でも、食べていいのかな?
そう思っていると、タルトには文字の書かれた紙も添えてあり、どうやらセニアはこれを見て笑っていたようです。
『自由に食べなさい。だけど、取り合って喧嘩しないように』
全くもう、あの人は本当に……。
「あの御方は、本当にリース様や皆様の事をわかっておられますね。王族相手でも全く臆しませんし、不思議な男の子です」
「うん。私、シリウスさんに出会えて本当に良かった」
それから私は料理を作り、メルトさんを呼んでお昼御飯にしました。二人は従者なので遠慮してきたのですが、父様は何も言いませんでしたし、私と姉様が無理矢理席に着かせました。
作ったのは山菜を使ったお鍋。シリウスさんが初めて私に振舞ってくれたもので、私にとって思い出の料理ですね。一緒の鍋で食べるのに、姉様を除いて皆最初は戸惑っていましたが、美味しいと言ってくれたので嬉しいです。
粗方食べ終わってから、これは家族で仲良く食べる料理だと説明をすると、セニアとメルトさんはとても恐縮していました。
ですが姉様が……。
「じゃあ大丈夫ね。セニアはもう家族みたいなものだし、メルトだって将来は家族でしょ?」
その言葉に父様からとてつもない殺気が発せられ、メルトさんは大量の汗を掻き始めていました。
私は応援しか出来ないけど、頑張ってねメルトさん。
皆が帰ってきたらすぐに報告をして、旅についていくと言おう。
あの人達なら絶対断らないし、歓迎してくれるって信じてるから。
冷蔵庫から出したフルーツタルトを仲良く食べて、私は家族との団欒を楽しく過ごしたのでした。
「お父さん、そっちの方がフルーツ多くないかしら? ちょっと頂戴」
「お前の方が少しだけ大きいだろう? こっちの台詞だ」
「あのぉ姫様、陛下、喧嘩は止めた方が……」
「「ああっ!?」」
「ひぃっ!?」
「じゃあメルトから仲良く頂きましょう。リースも貰っておきなさい」
「はい! 頂きますメルトさん」
「……将来、貴方が尻に敷かれるのがよくわかりますね」
私達は食べ物に関して一切妥協はありません。
喧嘩をするなと書いてありましたが、最終的に喧嘩は収まったので問題ありません。
でもこれは報告しないでおこう。
本当はリースの部分を次に回そうと思いましたが、切るのもどうかと思って今回の話にいれました。その御蔭で妙にボリュームが多く、戦闘より長くなっている始末(苦笑
次で卒業になり、ようやく学校編が終わります。
おまけ
リース「いずれ兄様も含めて、家族全員で食事がしたいですね」
リーフェル「え? 言われてみれば兄さん達がいたわね」
カーディアス「うーむ、あいつらは別にいいんじゃないか?」
メルト「男って……損する生き物なんだな」