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最強同士のデモンストレーション

 学校長と戦う事を決め、そのまま細かい打ち合わせが行われた。

 まず戦う場所は学校の闘技場だ。俺達が存分に戦える広さと、生徒達に魔法の可能性を見せるのだから必然的にそこになる。

 だが俺と学校長が本気で戦えば周囲への影響が心配だ。互いに遠距離攻撃を使うので、流れ弾ならぬ流れ魔法が観客席まで飛んでいくことが十分にありえるからだ。と思ったら、それについてはすでに対策済みらしい。

 革命騒ぎの時に学校を覆った結界を、闘技場の観客席と試合場の間に組み込んだそうだ。前回の欠点を基に様々な改良が加えられたらしく、一度発動したら魔力が切れるまで消す事が出来なかったのを、スイッチのように切り替えができるようになったそうだ。

 なので周囲を気にする事なく俺達は戦えるわけだが、その準備のせいで俺の課題発表が遅れたのはどうなのかと思った。


「勝負は二日後で見学は自由……と。後は宣伝ですが、戦う事を各先生を通して生徒達へ伝達させましょう。当日に何人集まるか楽しみです」

「相手が俺ですからね、戦いにならないと言って来ない人が多いかもしれませんよ」

「それは困りますね。見に来なければ卒業を取り消すとも伝えましょうか」

「そんな事をしたら、文句を言いに来る人がいるでしょうね」

「むしろ好都合です。それを言いに当日に来るなら良し、前日に来たならば見に来るように説得するまでです」


 かなりいい加減な対処だが、それだけこの状況を熱望していたのかもしれない。

 何を言ってもお前が天才だから出来ると言い返され、一定の強さを得たら満足してしまう人を散々見せられてきた葛藤は堪らなかったのだろう。

 結局、臨時の特別授業として生徒全員で見学する事に決めた。


「この試合で、低い次元で満足してしまう者達の鼻を明かしてやりましょう」

「今更止める気はありませんが、高すぎて諦める人もいるのでは?」

「その時はその時ですよ。上の者が全体の質の低下を理解する良い機会ですし」


 時折愚痴を挟みつつも打ち合わせは終わり、俺は学校長室を後にした。

 舞台の用意や細かい準備は全て学校側でするので、俺がやることは当日に備えて万全の調子にしておくだけだ。魔法だけでは俺に不利なので、武器の持ち込みと近接戦闘も許可されたから全力で戦うだけである。


 学校長室を出た俺は真っ直ぐダイア荘へ帰ることにした。気付けば夕方で下校時刻だし、結果を早く弟子達に報告してやらないとな。

 ダイア荘へ戻り、心配する弟子達を宥めながら学校長と話した内容を報告した。

 壁や貴族への賠償が無いのはレウスの反省の為に伝えなかったが、俺が学校長と戦う事を話すと弟子達はポカンと口を開けたまま固まっていた。だがそれも一瞬で、すぐにいつもの表情を取り戻した弟子等はその結果に両手を挙げて喜んでいた。


「ああ……ついに、ついにシリウス様の実力を皆にお見せする時が来たのですね。頑張ってください、私は応援しています!」

「学校長を倒して馬鹿にしていた連中を見返してやろうよ!」

「私も応援しています。ですけど相手は学校長ですから、怪我だけは気をつけてくださいね」


 などと弟子達は賛成しており、俺は遠慮なく戦いに専念できそうだ。


「戦いは二日後だが、戦うのは魔法を極めし者(マジックマスター)と呼ばれる相手だ。互いに本気で戦う予定だから油断は出来ないだろう」

「シリウス様ならば大丈夫です」

「兄貴なら楽勝さ」

「学校長はとても強いと聞いてますけど、シリウスさんが負ける姿が浮かばないですね」


 俺が勝つと疑っていない弟子達のため、無様な戦いは見せられないな。

 そうして戦いに備えている内に時間はあっという間に過ぎていった。



 二日後、俺は闘技場の選手控え室で準備運動をしていた。体も軽く、戦うには万全の調子だ。

 俺はローブを脱いで、着込んでいた戦闘服と装備の点検を行う。服のあちこちに仕込んだ道具を確認し、胸のベルトに取り付けたミスリルナイフも激しい動きで外れないように点検した。

 入念に各部のチェックが終わった頃、試合が始まると知らされたので俺は試合場へと向かった。


 試合場へ歩み出た俺を迎えたのは、観客席を埋め尽くす無数の生徒達だった。学校の全生徒が集まると正に圧巻の一言だな。


『さて、皆様お待たせしました。学校長とシリウス君の試合を始めたいと思います』


 闘技場全体に響き渡る声の主はマグナ先生だった。実況席と思われる場所で、自分の声を広範囲に響かせる風魔法『風響エコー』の魔法陣を描いた魔道具を使っているらしい。前世でよく見たマイクみたいなものだな。

 一度周囲を見回してみると、中には生徒じゃない大人も多少混じっていた。というか、貴賓席に座っている人がおもいっきり知り合いなんだが。


『なお、本日はエリュシオンの王族であるリーフェル様が見物に来ておられます。皆様、粗相の無いようにお願いします』


 隣にはセニアとメルトが控え、紹介されたリーフェル姫が立ち上がって手を掲げると生徒達が歓声をあげて喜んでいた。人気があってなによりだが、わざわざ見に来るなんて相変わらず行動力ある人なんだなと呆れてくる。観客席に座るリースと目が合うと、どうやら口止めされていたらしく彼女は申し訳なさそうに頭を下げていた。

 溜息を吐きつつ視線を戻せば、リーフェル姫もこちらに気付いて手を振ってきたので振り返しておいた。


『私は学校長に詳しいですが、シリウス君には詳しくないので、解説してくださる方を連れてきました』

『ふむ……この魔法陣に触れて喋ればいいのか? おはよう生徒諸君、私はマーク・ホルティアだ。シリウス君には色々教わったので、多少の解説は出来るだろう』

『シリウス様の従者をしておりますエミリアです。シリウス様の事ならお任せください』


 ……マークはとにかくエミリアよ、お前は一体そこで何をしている? 身内が実況をやっている状況にずっこけそうになったが、まだレウスが残っている。あいつが大人しく見ているとは思えないし、一体どこに……。


「頑張れ頑張れ! ア、ニ、キ!」

「頑張れ頑張れ! オ、ヤ、ブ、ン!」


 観客席の一角が妙に騒がしいと視線を向ければ、レウスが大きな旗を振り回しながら友達(舎弟)と一緒に大声で応援していたのである。

 昨日から落ち着きが無く、何かを隠しているかと思ったらこういう事かよ。恥ずかしくて無性に帰りたくなってきた俺を他所に、レウスはまるで剣を振る勢いで旗を振り回し続けていた。旗ってのはそんな速度で振る物じゃないと思う。


『こらレウス! 貴方は何をやっているの!』


 と思ったらエミリアが魔道具を発動させたまま注意していた。いいぞ、その調子であの恥ずかしい集団を黙らせてほしい。


『そんな振り方じゃ旗がよく見えないでしょう? 旗は大きく弧を描くように振るってお姉ちゃんが言ってたじゃない』

「そうだった!」


 ……どうしよう、本気で帰りたくなってきた。帰ると言って通じる状況じゃないから無理だけど。

 それにしてもこの情報を吹き込んだお姉ちゃんって、あのネコ耳従者しかいないよな? 今度会ったらアイアンクローを確実に食らわしてやると決めた。

 開始位置である、試合場の中央まで歩く間も三人による実況は続いた。


『二人はこの試合はどうなると思いますか? 私は師である学校長が勝つと思っていますが、シリウス君の実力は未知数ですので、善戦を期待しています』

『そうだな、普通なら学校長と答えるべきだろうが、私はシリウス君の実力をある程度知っている。もしかしたら……という希望は持っているよ』

『シリウス様が勝つに決まっています』

『お二人のシリウス君に対する評価は高いようですね。ですが、他の生徒達はそう思っていないようですが』


 およそ半数近くの生徒は俺に、何で挑んでいるのか……とか、無能が無謀なことをしている……などと侮辱を含んだ視線を向けていた。


『それにしてもシリウス君は変わった鎧……ではなく、妙に不思議な服を着ていますね? 全身真っ黒ですが、あれが何かわかりますか?』

『あれこそシリウス様の戦闘服です。動きを阻害しない服で、本気で戦う時だけ身に付ける防具なのです。つまりシリウス様は本気で学校長と戦われるわけですね』

『話の途中で申し訳ないが、本当にあの防具で大丈夫なのかい? 学校長の魔法を食らってしまえば一溜まりもなさそうなのだが』


 前と一緒で急所以外の防御力が極端に低いように見えるが、何度も試行錯誤を繰り返して作った完成品だ。

 学校のローブにも使われる魔法の糸を限界まで縫込み、かつ動きを阻害しないレベルを維持したこいつは、弱い『フレイム』程度なら熱すら通さない優れものなのだ。ただ、この世界には存在しない服装なので異様に目立ってしまうのが玉に瑕だが。

 案の定、お披露目した俺の服装を見て生徒達が指を差しながら笑っているが、レウスが旗を振るのを止めて大きく叫んだ。


「見ているだけのくせに笑っているんじゃねえ!」


 レウスの一喝に生徒達は水を打ったように静かになった。そんな中、慣れたエミリアは気にせず説明の続きを始めた。


『シリウス様の戦闘スタイルは回避です。攻撃を一撃でも食らったら駄目と考えていますので、自然と服装もそれに適した物になるのです』

『なるほど、考えてみたら学校長の魔法を食らって無事とは思えない。ある意味適した服装か』

『よくわかりました。さて、そろそろ互いが揃ったようですね』


 俺が中央に着くと、向かい側の通路から学校長がゆっくりと姿を現した。

 いつもの使い古したローブ姿ではなく、装飾品が散りばめられた豪華な純白のローブとエメラルドに輝く大きなマントを羽織る、魔法を極めし者(マジックマスター)に相応しい服装であった。


『あのローブは……師も本気のようですね』

『豪華そうなローブですが、見た目だけではありませんよね?』

『あれは師が戦争や強敵に挑む際のみに着ける防具です。軽い上にエルフに伝わるミスリル糸を縫込み、下手な鉄鎧より防御力がある一級品です。そのような物を持ち出すとは少し大人気ない気がしますが……それだけシリウス君に期待しているのでしょうか?』


 黒と白の服装により、俺達が並ぶと表と裏を表すようで面白いと思う。学校長は笑みを浮かべているが、その奥底に宿す闘志にこちらの身も引き締まるのを感じた。


「ついにこの日が来ましたねシリウス君。もう一度聞きますが、本当に戦ってくれますか? 下手すれば死んでもおかしくありませんよ?」

「戦いとは常に死と隣り合わせです。更に高みを目指すため、学校長を踏み台にさせてもらいますよ」

「ふふふ……踏み台は結構ですが、簡単には行きませんよ? では、そろそろ試合を始めるとしましょうか」


 最後の確認が済んだ俺達は一度離れ、ある程度の距離を取った。平地で魔法士が得意な距離は俺が不利に見えるが、最初は学校長の要望で見世物のように戦うと決めている。そうして生徒達に十分見せた後は自由に戦う流れだ。

 互いが位置に着いたところで学校長は声を響かせる魔法を発動させて、闘技場に集まった生徒達に今回の試合について語り始めた。


『エリュシオン学園の生徒達よ。君達は今こう思っているでしょう。こんな無駄な戦いをやる意味はあるのか……と。確かに一人の生徒と本気で戦おうとする大人気ない私と、魔法を極めし者(マジックマスター)に挑む無謀な挑戦者の戦いなぞ見る価値が無いと思う。だが……これが終わった時にそれは大きな間違いと知るでしょう』


 そこで学校長は一度声を止め、周囲を見回しながら大きくマントを翻して高らかに宣言した。


『今から始まる戦いをよく見ておきなさい。この戦いで君達は魔法とは無限の可能性があり、才能が全てでは無いと知るでしょう。そして目の前に立つ彼が無色だというのは周知の事実です。ですが無能と比喩される無色が、努力でどこまで高みに上がれるか知りなさい。何も知らず笑って下に見る時代は今日で終わるのです』


 演説を終えると同時に観客席と試合場の間に結界が張られ、それを確認した学校長が実況席に視線を向けると、マグナ先生が頷いて懐から魔石を取り出した。


『それでは勝負……開始!』


 魔石から『火槍フレイムランス』が空に向かって撃ちだされ、俺と学校長……ロードヴェルとの戦いは始まった。




「まずはお手並み拝見ですね」


 先手はロードヴェルに譲ったが、流石は魔法を極めし者(マジックマスター)だけはある。無詠唱は当然として、一度で十本近く生み出すのも容易いらしい。貴方なら出来るでしょう? と言わんばかりの笑みを浮かべ、ロードヴェルは遠慮なく『火槍フレイムランス』を放ってきた。

 見世物だと言ったが、いきなり十本も放ってくるとか難易度高くないか? 普通の生徒ならこれで終わっているぞ?

 観客席から終わったと思える空気が広がる中、俺が手を振るうと『火槍フレイムランス』は全て空中で爆発して消滅した。

 その結果に、観客席の生徒達は何が起こったのかざわついていた。


『……えーと、今のは一体何が起こったのでしょうか?』

『『インパクト』ですよマグナ先生。僕は彼と訓練をした事があるので見たことがあります。流石に十本同時に落とせるとは思いませんでしたが……』

『シリウス様ならこれくらい当然です』

「兄貴ーっ! 流石だぜぇ!」


 生徒達が唖然とする中、ロードヴェルは再び『火槍フレイムランス』を放ってくるが、俺は先程と同じように迎撃し撃ち落した。それを二回繰り返した後、ロードヴェルは魔法を止めてマグナ先生と視線を合わせた。


『皆様、魔法を迎撃する正確さに目が向きますが、シリウス君は無詠唱で魔法を発動させている点に気付いているでしょうか? 彼はそれを誰にも教わることもなく、独学で辿り着いたそうです』


 見てもわからない生徒達用に用意した言葉らしい。その言葉で気付いた生徒が改めて驚いているが、こんなのはまだ序の口だ。


「ふふ……この程度では準備運動にもなりませんか。では、少し難易度を上げましょうか!」


 テンションが上がってきたのか、笑みを浮かべながらロードヴェルはグレゴリ達に使った『マルチエレメンタル』を発動させた。

 火の槍、水の玉、風の刃、岩の礫がそれぞれ三つほど出現し、ロードヴェルが腕を振るうと同時に発射される。『火槍フレイムランス』と岩の塊である『岩弾ロックバレット』は『インパクト』で迎撃できるが、水の玉と風の刃は完全に撃ち落すのが厳しいのであえて狙わない。


「『インパクト』掃射!」


 両手を前に伸ばして『インパクト』を放ち、俺に向かって放たれる魔法を正面から迎え撃った。

 具体的に言うと、火の槍と土の礫を『インパクト』で迎撃しつつ、水の玉と風の刃は回避していくだけだ。試合場を回るように移動しながら回避しているので、ロードヴェルの放つ魔法の余波が観客席に飛んでいくが全て結界が防いでいた。なので観客席は安全なのだが、無数の魔法が激しく結界を叩く光景に、生徒達はロードヴェルが手を抜いていないのを嫌でも理解していると思う。


『あの……時折空中を飛んでいる気がするのですが、あれは一体?』

『『岩弾ロックバレット』を足場に飛んでいるのです。レウスの剣を見切れるシリウス様なら容易いことでしょう」

『……凄いな。僕だったらあれは防ぎきれない。一体どうすればあんな猛攻を回避できるようになるんだろうか?』

『全て日頃の訓練の賜物です。あの御方は常に己を鍛え続け、努力を怠ってきませんでした。私達姉弟が同時に攻撃しても掠りもしませんから、あれくらいの攻撃ならば問題ありません』


 姉弟どころかリースも一緒に戦う時があるからな。レウスの剣を捌きつつ、エミリアの風魔法とリースが放つ無数の水の弾丸を避けるのに比べたら軽いものだ。

 ロードヴェルもそれを理解したのか徐々に魔法の数を増やしていき、最終的に三十近く放たれるが全て回避した。

 しばらくその状況が続き、大分目が慣れてきたところでロードヴェルの動きが突如変わった。『岩弾ロックバレット』の頻度が減ったかと思ったら、足元の土が盛り上がって移動を阻害し始め、更に目の前に土の壁を出現させて足を止められてしまった。その瞬間を狙われるが、横へ飛んで回避に成功する。


土工クリエイトか! 味な真似を」

「攻撃に利用はできませんが、この状況で使うには十分な効果がありますからね。それより回避するだけでは私に勝つことができませんよ?」


 このまま魔力枯渇を狙うのも手だが、相手の様子から見るにまだ余裕がありそうだ。ロードヴェルが本気だと生徒達も理解したようだし、そろそろ攻めに転ずるとしよう。


「『ブースト』」


 強化した肉体により魔法の回避が楽になったので、迎撃用の『インパクト』を少しだけ相手に向けて放った。だがロードヴェルはステップを駆使して回避し、お返しとばかりに魔法を放ってくる。移動しながら魔法なんて当たり前か。動く砲台ってのは本当に厄介なものだ。


「これほどの中で攻撃してくるのは流石ですが、簡単には当たりませんよ」

「わかっていますよ! 『ストリング』」


 俺が大きく手を振るい、太く作った魔力の糸を鞭のように叩き付ければ地面を引き裂きながらロードヴェルに襲い掛かる。相手は驚愕していたが、正面からの攻撃なのであっさりと回避された。


「驚きました。まさか『ストリング』にこのような使い方が……いえ、これほどの強度を持つ糸を作る貴方の方に驚きますね」

「それはどうも。ですが、俺の攻撃はまだ終わってませんよ?」


 すでに試合場のあちこちに待機させた『インパクト』を設置済みで、『ストリング』の一撃により相手を試合場の中央に誘導させて準備万全だ。魔法の余波で幾つか壊されたが、『インパクト』は全て『ストリング』で繋いであるので、俺の指示一つで一斉に発射できるようになっている。

 大きく回避しつつ、試合場を走り回ったのはこの為だ。攻撃に集中していたロードヴェルは、ここにきて自分以外の魔力が周辺にあると気付いた。


「これは……まさか背後からもですか?」

「その通りです。全方位からの『インパクト』……回避できますかね?」


 『ストリング』を通じて魔力を流し、およそ三十に及ぶ『インパクト』がロードヴェル目掛けて放たれた。


『す、凄まじいですね。シリウス君が使う魔法は全て無属性ですが、私の知る無属性とは全く違います。もしかしてあれは別の魔法でしょうか?』

『いいえ違います。シリウス様が放っている魔法は確かに『インパクト』と『ストリング』ですよ。全てはイメージだと私達に何度も仰っていました』

『それは僕も聞いたね。普段使っている魔法を常識と思わず、強く、深くイメージすればどの様にも変わると教えてもらった。とても苦労したけど、その御蔭で僕は凄く成長出来たよ』


 全方位から襲い掛かる『インパクト』に対し、ロードヴェルは咄嗟に『岩盾アースシールド』をドーム状に囲って防いでいた。今の『インパクト』はそれなりの威力で放ったので、集中させれば岩盾アースシールドくらい崩すと思ったが、全て着弾しても健在であった。

 込められた魔力の差かと思いきや、一部崩れた岩盾アースシールドから細かい砂が落ちていたのである。あれは……入替戦トレードで俺が見せた岩盾アースシールドと同じ原理だ。一度見せただけで真似するとは。


「見様見真似ですが、中々素晴らしい防壁ですね。そして、岩盾アースシールドにはこのような使い方もあります」


 残っていた岩壁が砕けたかと思えば、破片がこちらに向かって飛んできたのである。飛んでくる岩は『岩弾ロックバレット』と同じようだが、守りから攻めに転じられる攻守に優れた魔法というわけか。

 咄嗟に横へ飛んで回避したが、地に足が着こうとした瞬間にそれは起こった。


「貴方が私を誘導したように、私も誘導させていただきましたよ」


 気付いた時には遅かった。『土工クリエイト』により大きな落とし穴が作られ、足場が無くなった俺は無様に落ちていった。『エアステップ』を使おうと思ったが、空を飛べるのを知られると面倒だし、穴を作られただけで害は無さそうなので俺は素直に落ちることにした。

 大した深さもなく、俺が寝転がれる程度の縦穴からすぐに脱出しようとしたが、上空を見てそれは無理だと悟った。何せ落とし穴より大きい岩が降ってきて入口を塞いでしまったのだから。


『だ、大丈夫なのかいあれは? すぐに助けないとまずいのでは?』

『外から何かされない限りは大丈夫ですよ。あれは私も使う手ですが、結構酷い方法なんです。脱出しようと土魔法で穴を広げてしまうと蓋にした岩に潰されてしまいますから、岩を砕く一撃が使えないと脱出が難しいのです』

『でしたらシリウス様は大丈夫ですね。あの程度の岩なら砕いた事ありますから』

『ふむ……大きい岩だが、シリウス君の『インパクト』なら出来るかもしれない。安心したよ』

『その通りです。もっと大きい岩を素手で砕いた事がありますから、あのサイズなら軽いものですね』

『……今何と? 素手……と聞きましたが?』

『はい、素手です。『ブースト』で体を強化して、魔力で拳を保護した一撃で砕きましたね』

『『…………』』


 さて、実況の通り岩を砕けば脱出できるが、『サーチ』で調べてみるとロードヴェルがすでに魔法を待機させて待っているようだ。岩を破壊してここから出ても、その瞬間を遠慮なく狙ってくるだろう。なのですぐに脱出しようとせず、俺は胸元のポケットから道具を取り出して準備をしていた。

 穴自体に細工がされていないからこそ出来る作業だな。もし俺がこの戦法を使うとしたら、穴の底に土の槍を作るとか水を注いでやると思う。

 準備を終えた俺は、蓋になった岩目掛けて『インパクト』を放ち、それと同時に描いた魔法陣を起動させた。

 轟音と共に砕け散る岩に、巻き起こる砂塵が視界を塞ぐ。ロードヴェルはすかさず『ウインド』を発動させて砂塵を吹き飛ばし、待機させていた魔法を放とうとするが……そこに俺はいなかった。


「どうしたのですか? まさかこの程度で終わるわけありませんよね?」

「そんなわけありませんよっと!」


 位置にもよるが、高台である観客席に座る生徒達なら気づいただろう。穴を塞いでいた岩が砕けると同時に、ロードヴェルの背後に穴が出現したことに。

 俺は穴の中で『土工クリエイト』の魔法陣を描き、岩を砕いて気を引いた隙に背後へ通じる抜け穴を作ったのだ。少し距離を取って作った穴から飛び出し、俺は背中を向けているロードヴェル目掛けて人差し指を向けた。

 『インパクト』では弾速が遅いので、放つのは『マグナム』だ。実弾ではなくゴム弾をイメージして放つので、直撃したところで死ぬ事はないだろう。

 無防備の背中目掛けて放った『マグナム』はロードヴェルに直撃……する寸前で何かに弾かれてしまった。見ればロードヴェルの周囲に風が渦巻いており、あの風が『マグナム』を弾いたようだ。本気で撃っていないとはいえ、『マグナム』弾くなんて反則じゃね?


『学校長……あれ使っちゃいましたか』

『あの風は一体何ですか? シリウス君の『インパクト』を弾くなんて相当な風と思いますが』

『あれは学校長が羽織っているマントの能力です。魔力を大量に使いますが、発動させれば短時間だけ今のように風が渦巻いて飛び道具から身を守るのです。使わないとは思っていたのですが、それだけ学校長は本気なのかもしれません』

『……あんな魔道具もあるんですね』


 大人気ないと言うつもりはない。俺だって魔法陣を描く為の道具を使ったりしているし、他にも幾つかポケットに忍ばせている。道具の程度に差はあれどお互い様だ。

 そもそも魔法の可能性を見せる目的はすでに達しているので、戦いを遠慮する必要はもう無い。


「念の為に発動させておいて正解でした。貴方は本当に常識というものが通じないようですね」

「常識が無いのではなく、あなた方が閃かなかっただけでしょう? 俺だけそういう目で見られるのは不公平です」

「いやはや、正にその通りです。耳が痛い話ですね。もし貴方と一緒に魔法の研究をしていたら、一体どれほどの革命を起こせたでしょうか?」

「俺は無色ですから、あまり期待されても困りますよ。それじゃあ、そろそろ……」

「そうですね、試合ではなく本当の戦いです」


 戦いはここからが本番なのだ。

 一度お互いの手を止めて仕切り直したのだが、始める前に俺は一つだけ提案してみた。


「少し気になる点があるのですが、この場所ってそちらに有利すぎませんか?」

「ふむ……確かにそうですが場所を変えようにも、結界が無いと周囲への被害が気になりますよ?」


 魔法の余波であちこちに穴が開きまくっている試合場だが、基本的に遮蔽物がないので魔法が得意なロードヴェルが有利なのだ。

 前世の仕事上、地形を利用して虚を突く戦法が多かったし、本気の『マグナム』が放てないから不利なんだよな。


「俺にも有利になるように、試合場を多少弄っても構いませんか? 時間はそれほどかからないので」

「いいでしょう。出来るのであれば私は止めません。それに、貴方の本気を見たいですから」

「ありがとうございます。では……」


 別の胸ポケットから俺は魔石を取り出して屈み、地面に置いてからその上に手を重ねて魔力を流し込んだ。魔石に描いたのは『土工クリエイト』、そして自身の魔力を限界近くまで流し込んでから魔法陣を発動させた。


「『土工クリエイト』……臨界!」


 その言葉と共に魔石が砕け散り、膨大な魔力が試合場の地面を駆け巡り地震が起こった。周囲の地面が陥没し、または隆起し始め、平坦だった試合場が高低差の激しい高地のような場所に様変わりしたのである。

 枯渇しかけた魔力を回復させ、俺は立ち上がり唖然とするロードヴェルを見た。


「使う度に魔石が砕けるのが欠点ですが、如何でしょうか?」

「何とまあ……こんな誰もやりたがらない事を平然とやるとは。もはや呆れて言葉もありませんね」


 呆れていると言うが、その顔は満面の笑みを浮かべて嬉しそうだった。

 枯渇しかねない量の魔力を使った上に高価な魔石を失う。金持ちの研究者でない限り行わない、そんなバカな行為を平然とする俺が面白くて堪らないのかもしれない。


「もう一個ありますので戻す事も出来ますよ?」

「いえ、魔石を砕いてまで作っていただいた場所です。私はここで構いませんよ」


 気付けば観客席は静まり返っていて、俺を馬鹿にした視線は微塵も感じられなくなっていた。

 俺達はそれぞれの戦闘態勢を取り、互いに笑い合った。


「では……第二ラウンドと行きますか」

「ええ、私も本気で行きましょう」


 その言葉を合図にロードヴェルは魔力を集中させ、俺は『ブースト』を発動させて地を蹴った。



おまけ

 二人の戦いの凄まじさに皆黙って見ていたが、空気を読んでいない者が数人いました。


「兄貴ーっ! やっちまえーっ!」

「あの、声を抑えた方が……」


『格好良いですよシリウス様ーっ! 素敵ですぅ!』

『エミリア君……もう少し平等に見てくれると嬉しいのですが』



「ほらほら、やっちゃいなさいシリウス君! おじ様に一泡吹かせてやるのよ!」

「リーフェル様、お願いですからもう少し慎みを……」


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