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無色の卒業課題

九章開始です。

 学校の在籍期間が残り半年となった。

 この頃になると義務で受ける授業が無くなり、専門分野の授業に集中したり自主訓練が多くなる。

 何故なら各々が教師に定められた課題を合格するのに専念し始める為である。その課題をクリアし、教師から合格を貰えないと学校から卒業証印を貰って卒業が出来ないからだ。

 課題は先生の裁量で決められるが、色々と多岐に渡るので聞くだけでも面白い。

 適性属性の上級魔法がよくあるパターンだが、中には冒険者登録をした学生同士でパーティーを組んで魔物を狩ってこいなんてのも聞いた。かなり怪我を負ったようだが、そのパーティーは何とかクリアしたそうだ。


 ちなみにエミリアは竜巻を起こす風の上級魔法『暴風テンペスト』をしばらく維持する事で、レウスはマグナ先生が作った鉄のゴーレムを斬ることだった。リースは革命騒ぎで沢山の生徒達を回復魔法で治してみせたので、卒業するには十分とみなされ免除されている。

 先生側からすれば難しいのを考えたつもりだろうが、弟子達はあっさりと課題をクリアし無事に卒業の資格を得たのである。今まで頑張って努力してきたんだから、この結果は当然だろう。師匠として誇らしいものである。



 そんなある日、俺は訓練場でマークの訓練を手伝っていた。


「炎の槍よ『火槍フレイムランス』」


 マークの周辺に炎の槍が四本浮かび、設置された四つの的に目掛け飛んでいく。着弾し爆風と共に的が粉砕されるが、四つの内一つだけが命中せず健在であった。


「くっ……やはり同時に制御するのは難しいな」

「それでも三つは当たっているんだ。悪くないと思うぞ?」


 入学当時は『火槍フレイムランス』を一つしか作れなかったのに、今では四つも同時に作ってそれなりの命中精度を誇っているんだ。元先生だったグレゴリも五本が限界だったみたいだし、マークがどれだけ努力しているか垣間見える。

 だが彼はまだ満足していない。火属性担当の先生から『火槍フレイムランス』を同時に四本生み出すのが卒業課題だったそうなのだが、炎の槍を四本から五本にし、更に全て的に命中させるのが課題だと自ら変更したのだ。

 貴族という立場に溺れず、自己練磨を重ね続けるマークは本当に凄いものだ。そんなマークに惚れた俺は、時折こうやって訓練を手伝ったり助言しているわけだ。


「ようやく五本同時に生み出せるようになったのに、四本で三本しか当たらなければ更に命中率が下がりそうだろう?」

「まあ確かにそうだな。よっと」


 足元に描いた魔法陣に魔力を流し込むと、壊れた的が一度完全に崩れて再び同じ形に戻る。いちいち片付けて設置するのも面倒だから、こういう時の土属性魔法ってのは便利なもんだ。


「君から何かアドバイスはないかい? このまま反復練習でいいのか気になるんだ」

「残念だがこういうのは反復練習しかないさ。炎の槍を瞬時に模り、狙った場所へ放てるイメージを体で覚えるのが一番だ」


 俺の言葉を逃さぬように耳を傾けるマークを横目に、俺は的に向かって手を伸ばした。


「達人の射手となると、撃つ前から当たるとわかるらしい。それは自分を明確にイメージ出来ているからなんだ」


 少なくとも俺はそうで、遠距離からの狙撃でそれを見極めなければスナイパーなんて出来るわけがない。まあこれはあくまで俺の持論であって、世間的に正しいかどうか知らないが。

 見本として『インパクト』を五連射で放ち、五つ作った的を全て吹き飛ばした。


「とまあ、こんな感じかな? 目で見るのも重要だけど、魔法の場合はイメージで補う方が重要かもしれない」

「う、うーん……相変わらず凄いな。『インパクト』の連射もだけど、全部当てるなんて」

「数え切れないくらい『インパクト』を使ってきたからな。イメージは完璧だし、そもそも狙うのは得意なんだよ」


 前世で様々な銃器を扱い、遠距離からの狙撃をこなしてきたからな。条件さえ整っていれば一発目で空けた穴に二発目を通すワンホールショットくらい出来ていたし、じっくり見なくても中てる技量がなければ生き延びる事ができなかった。


「そんなわけで反復練習だ。『火槍フレイムランス』だけじゃなくて、初級魔法を同時に制御する練習もいいかもな」

「なるほど、早速やってみよう。しかし思うのだが、君は大丈夫なのかい?」

「何がだ?」


 吹き飛ばした的を再び作り直していると、申し訳無さそうにマークは俺を見ていた。


「僕の訓練を見てくれるのは嬉しいのだが、卒業課題は終わっているのかい? 君の従者は終わったと聞いたが、君自身の事は聞いていないんだが」

「いや、それがまだ発表されてないんだ」


 弟子達の卒業課題は終わっているのに、肝心である俺の卒業課題はまだ終わってないどころか課題すら教えてもらっていない。課題発表者はマグナ先生なのだが、何故か学校長も混ざって何にするかずっと話し合っているらしい。

 あと半年しかないので、そろそろ発表してもらいたいものである。


「それはおかしい話だな。普通は卒業一年前までには発表されるものなのだが」

「だよなぁ。まあ、先生もそれは理解しているだろうし、のんびり待つとするさ」

「卒業証印を貰うために生徒は必死になるのだが、よく冷静でいられるね? いや、君だからこそかもしれないな」

「どういう事だよマーク。それじゃあ俺が変な奴に聞こえるんだが?」

「いやいや、変じゃなくて格が違うということさ。大半の生徒は君の従者であるエミリア達の凄さに目を向けているが、僕は君の方が規格外の強さを持つと思っている。もし僕が君の先生だとしたら、何の課題を与えるか非常に悩むだろうな」


 マークの前で実力を見せたことはないのだが、彼は俺の力に気付いているようだ。友達として四年以上も付き合っていたら気付くかもしれないが、それでもマークは俺への接し方が変わるわけもなく、むしろ積極的にアドバイスを求めて自身の糧にしようとしている。見た目も良いのに性格も良い奴だから嫉妬する気も起きない。


「僕は君と知り合えて本当に良かったと思う。こうして様々な助言を貰えて、僕は想像以上に強くなれたからね。なあシリウス君、卒業したらエミリア達と一緒に僕の家に仕えてみないか? 君が力を貸してくれれば、我がホルティア家はエリュシオンの王族に次ぐ家になれるかもしれない」

「誘ってもらえて嬉しいが、断らせてもらうよ。卒業したら俺は旅に出る予定なんだ。気持ちだけもらっておく」

「ふふ、やはり断られたか」


 誘いを断ったのにマークの表情は楽しげだった。先ほど俺が言ったアドバイスに従い、小さな『フレイム』を五つ生み出して空中で自在に動かす練習を始めた。


「貴族としては失格な考えかもしれないが、平民の君とは上下の関係より対等の友人として付き合っていきたい。そう思うと断ってくれて良かったと思えるよ」


 そしてある程度動かしたら最後に的へ目掛け放ち、最終的に四つの的が焦げて欠けていた。


「お、良い感じじゃないか。後はその『フレイム』が『火槍フレイムランス』になるだけで原理は一緒だ。もう少しだな」

「君のアドバイスの御蔭さ。全く、従者ではなく君に二つ名が付かないのがおかしいよ」

「二つ名ね……別に俺はいらないけどな」



 二つ名とは、実績のある人物に対して尊敬と畏怖の念を込めてつけられる別称の事だ。

 例えば目の前のマークだが、彼は優秀な炎属性の魔法士であり、性格も良く実力もあって家柄も良い貴族なので人気者である。そんなマークをファンは『炎の王子(フレイムプリンス)』と呼んでいるそうだ。


 そして一年前の革命騒ぎで、俺の弟子である姉弟とリースは多大な貢献をした。それにより俺が最強だという変な噂は完全に消え去り、エミリアかレウスが学校での最強だと言われるようになる。そうなると自然と二つ名が付けられ、彼等はこう呼ばれるようになっていた。


 エミリアの二つ名は『完全なる銀(ミスパーフェクト)』。

 銀とは彼女の綺麗な銀髪からきているようで、単純であるが合っていると思う。彼女は知識、戦闘力、容姿、礼節等の全てが優れており、驕る事無く主人に尽くすその姿からそういう二つ名が付けられた。完全だとかそんな名前を付けられて息が詰まらないかと聞いてみたこともあるが、彼女は満面の笑みでこう答えた。


『シリウス様の従者として当然の名かと。ですが私はこれからも精進し、シリウス様に相応しくなるために努力するだけです』


 俺は別に完璧じゃなくてもいいんだが、彼女の理想はレウスに負けず高いらしい。それだけ充実しているとも言えるので、やり過ぎて体を壊さないように見守ってやらなければ。


 そしてレウスは銀の牙(シルバーファング)である。

 レウスの愛用の剣『銀牙ぎんが』と似た名前だが、自分がそう呼ばれていると知った彼はかなり不満気だった。


『俺は兄貴の剣であって牙じゃないんだ。相棒と一緒だと紛らわしいし、剣の方がいいよ』

『お前は剣より牙の方がイメージに合っているんじゃないか? 俺は格好良いと思うぞ』

銀の牙(シルバーファング)と呼んでくれ兄貴!』


 実にレウスらしいなと俺が言ってやれば、レウスはあっさりと受け入れて喜んでいた。


 前にも説明したが、リースは『青の聖女』と呼ばれ、姉弟と違い地味に見られていた周囲の目は、革命騒ぎ以降で劇的に変化した。

 彼女は革命が起こった時に、エミリアと一緒に戦いながらも怪我した人を治療し続け、最終的に全体の六割近くの怪我人を回復魔法で癒したのである。

 向いてないとはいえ王族の血を引いているのか、人を惹きつける優しい笑顔にやられた生徒が結構いて、崇めるべき聖女だと言われるようになったわけだ。

 なので聖女になった気分はどうだと質問したこともあるが……。


『わ、私が聖女なんてありえませんよ!』


 という困惑したコメントをいただきました。

 だが秘密にしているとはいえ、水の精霊に力を貸してもらえる彼女はその名前に相応しい強さを持っている筈だ。おまけに優しい性格だし、俺から見ても聖女という表現はあながち間違えていないと思う。


 そんな二つ名を持った三人であるが、師匠である俺は何もついていない。むしろ、どうして俺みたいなのが師匠であるか疑問を抱かれているようだ。

 俺の戦う姿を見せていないのもあるが、明らかに舐められている空気で、何も知らない後輩貴族にお前にはふさわしくないと何度も言われたことがある。だが俺に手を出せばエミリア達が報復してくると知っているので、彼等は言葉だけで直接手を出してこないから呆れてくる。

 そもそもふさわしいかどうかを決めるのは本人同士の話だ。隣に立つことも出来ない連中が一々口を出してこようが痛くも痒くもないし、前世で似たような経験が山ほどあるから慣れっこである。適当に受け流し、俺は俺で好きなように振舞っているのが現状だ。



「優秀な従者を持つ主なら、それに相応しい名がないとね。完全なる銀(ミスパーフェクト)銀の牙(シルバーファング)が従者だから、銀に関する二つ名がいいんじゃないかな?」

「自分で二つ名を作るのも変だし、卒業まで半年しかないんだ。このまま何もなく終わればそれでいいよ」

「相変わらず欲がないんだな。まあ、それも君らしい」


 話はそこで打ち切り、マークは『火槍フレイムランス』を五つ出現させて的へと放ち始めた。『フレイム』と違い三つしか命中しなかったが、残り二つは的を掠めていたので惜しかった。

 それから何度も練習を続け、四つ命中させる頻度が上がった頃に訓練場の入口が騒がしくなった。


「お、親分! 大変だぁーっ!」


 あれは確か……レウスが学生寮に住んでた頃のルームメイトだな。確か名前はロウで今はレウスの舎弟であり、学校で情報屋みたいな真似事をしている狐族の男だ。

 そんな男が血相を変えて飛び込んできて、何か叫びながら俺の元へ走ってきたのである。


「どうしたんだ? お前が俺を呼ぶなんて珍しいな」


 何故か知らないが、レウスは自分の友達(舎弟)に俺と話したければ自分を通せと厳命している。なのであまりロウから話しかけてくることはなく、会話をした事がほとんどない。そんなあいつが俺を探して叫ぶくらいだから、何か面倒事が起きたに違いあるまい。


「そんな事より聞いてください親分! レウスの兄貴が学校長に呼び出されたんです!」

「学校長に? 呼ばれても別におかしくはないと思うが、理由は?」

「器物破損と、生徒に暴力を振るったそうです!」


 …………何だと?



 訓練の片づけをマークに任せ、俺は冷静・・・に移動して学校長室へ着いた。ちょっと走ってロウを置き去りにしてしまったが、あいつの足が遅いのが悪い。走る前に『親分がすげぇ必死な顔で――……』とか聞こえたが気のせいだ、うん。

 よくよく考えてみれば、生徒の暴力だって模擬戦でよくあることだし、的を斬る時に威力が強すぎて後ろの壁まで斬った事のあるレウスだ。心配するのも杞憂だったかもしれないので、一度深呼吸してドアをノックしようとしたところでドアが開かれた。

 どうやら退室する者がいるらしく、邪魔にならないように避けたのだが、出てきた男は俺の顔を確認するなり驚いていた。


「っ!? ……お前さえいなければ!」


 そして俺を睨みつけ、怒りを隠す事無く立ち去った。

 在籍暦がわかるローブの色から見て俺より二年下だと思うが、先輩に対して遠慮ない言葉遣いから貴族だと推測される。だがまあ、後輩のやる事に一々目くじらを立てても仕方ないので、俺はノックをして学校長室に入った。


 中に入るとソファーに座る学校長と、その対面のソファーに座る俺の弟子達三人の姿があった。

 エミリアとレウスは少しだけ頬を膨らませて不機嫌そうに座っていて、リースは困った表情を浮かべてレウスの肩を叩いて落ち着かせていた。どうやらレウスを落ち着かせる為にエミリアとリースがいるようだな。

 俺の顔を見ると全員の表情が明るくなったが、レウスだけは視線を逸らしてばつが悪そうにしていた。


「ああ、来ましたかシリウス君。状況はご存知ですか?」

「レウスが何かまずい事をしたとしか聞いていませんね」

「わかりました。では詳しい説明をしましょう」

「いえ、その前にレウス自身から聞いておきたいのです。それで何か間違っていたら訂正をお願いします」


 学校長もそれがわかっていたのか、どうぞと掌を向けてこちらに委ねてくれた。俺はレウスの目線に合わせてしゃがみ、目を見ながら状況の説明を求めた。


「さてレウス、何が起こったのか教えてくれないか? 俺はまずお前の口から聞きたい」


 頭を撫でて落ち着かせながら待っていると、レウスは申し訳無さそうに俺を見ながら口を開いた。


「俺……さっき出て行ったあいつを本気で殴ろうとしたんだ。直撃はしなかったけど、その勢いで訓練室の壁が……その……壊れて……」

「ふむ、お前が怒るってのは余程の事を言ったんだろうな。詳しく聞かせてもらっていいか?」


 レウスは感情表現が豊かで本能のまま動く事が多い。物を斬ったりする癖はあるが、意味もなく人を殴ることは絶対しない奴だ。そんなレウスが殴りたくなるほど怒らせるとは、一体相手は何を言ったのやら。

 俺が追及すると、レウスは怒りに満ち溢れた表情で拳を握った。


「あいつさ、何も知らないのに兄貴に酷い事を言うんだ。少しだけなら我慢出来たけど、どんどん酷くなっていくから我慢出来なくて……」


 レウスは俺とは別の訓練所で一人訓練していると、先程の貴族が自分の従者として勧誘しに来たそうだが、俺がいるからと言って断った。だがその貴族は食い下がり、自分がどれだけ素晴らしいとか、従者になれば優遇するとか必死に捲くし立てたそうだが、レウスははっきりと断り訓練を再開したそうだ。

 貴族に対する態度ではないと、遂に怒り始めた貴族はレウスにとって禁句を言ってしまったのだ。


『あんな無能のどこが良いんだ! お前達の陰に隠れて何も出来ない無能に頭を下げるお前達が哀れだぞ!』


 その言葉を聴いた瞬間、レウスは無意識に拳を握って振りかぶっていたそうだ。ギリギリで理性が踏みとどまって拳を逸らしたらしいが、避けた先にあった壁は犠牲になったわけだ。


「少しなら我慢できたけどさ、最近そういう奴が本当に多いんだ。兄貴の事を何も知らないくせに……馬鹿にしやがって!」

「そうか。ところでエミリアも不機嫌そうだが、お前の方もそうなんだな?」

「……はい。私も本当に誘いが多くて、中には強引な手段で囲もうとする人もいました。それなら撃退するだけですが、シリウス様を馬鹿にする連中が多くて本当に嫌になります」

「エミリア君とレウス君の戦闘力、特にエミリア君は綺麗で見栄えがよろしいですから欲しがる貴族が多いのですよ。先程の生徒はエミリア君が目当てだったようですが、本人よりまず弟のレウス君を狙ったようですね。弟を誘えば姉も来ると思ったようですが、考えが浅はかですね」


 学校長が補足してくれる中、俺は困ったものだと頭を抱えていた。

 毎度毎度思うが、姉弟は俺への悪意に対して過剰に反応し過ぎだ。今はいいが、将来的にそれをネタにされて敵の挑発に軽々と乗ってしまう姿が想像できてしまう。

 何を言われても冷静に行動し、悪意に動じない心を鍛える為に放置していたのだが、少しばかり放置しすぎたようだ。

 だから今回の事件は弟子達だけではなく俺も悪いんだろうな。実力を隠す為とはいえ弟子達を目立たせて自分は何もせず、周囲に無頓着過ぎたので舐められているのだから。


「シリウス君が悪意を気にしていないのはわかりますが、もう少し彼女達の気持ちを考えてあげてください。自分の尊敬する人が馬鹿にされたら堪えるものですよ」


 学校長の言葉に姉弟はおろかリースまで頷いていた。

 そうだな、もし俺の目の前で母さんが理由も無く馬鹿にされたとしたら……俺は後日、陰からそいつを地獄すら生ぬるいレベルで痛めつけるだろう。

 弟子達の気持ちをもっと考えてやるべきだったな。


「ごめんなお前達。俺のせいで余計な苦労をかけているようだ」

「シリウス様は何も悪くありません! 私達は何度も断っているのに、誘ってくる人達が悪いのです」

「そうだ! 兄貴の凄さを見破れないくせに、バカにしてくる奴等の従者なんか死んでもなりたくない!」

「私は従者ではありませんけど、二人と同じ気持ちです。シリウスさんは悪くありませんよ」


 お前達の気持ちは嬉しいが、このままでは更に面倒な事件に発展しかねないな。今回はレウスの理性が残っていたから良いものの、レウスの拳が貴族に当たっていたら殺していた可能性も十分あるのだ。

 残り半年だからと言って、放置するわけにはいかない事案になってしまった。


「ふふふ、シリウス君は本当に弟子達から好かれているのですね。ですが、レウス君が事件を起こしたのは変わりません。君が暴力を振るったせいで訓練場の壁が破壊され、危うく生徒が怪我をしそうになりました。その責任をとらないといけません」

「……はい。俺のできる範囲なら何でもやります」

「ですが貴方はシリウス君の従者です。なので責任の所在はシリウス君にありますので、シリウス君を残して貴方達は退室しなさい」


 弟子達を退室させるということは、おそらく学校長は俺と二人で話がしたいのだろう。責任を理由に退室を促しているが、レウスがそんな理由で納得できる筈がなく、立ち上がって学校長に詰め寄っていた。


「何でだよ! 俺が悪いんだから俺が責任とらないと駄目じゃないか!」

「こらレウス! 口が悪いわよ」

「かまいませんよ。レウス君、理不尽とは思いますが主と従者とはそういうものなのです。貴方は後日シリウス君から個人的に罰を受けなさい。それまでダイア荘に謹慎を言い渡します」

「そんな……」


 レウスの耳と尻尾が垂れてわかりやすい程に落ち込んでいた。まあ学校長の言い分も理解できるし、俺はレウスの頭を撫でながらゆっくりと言い聞かせてやった。


「心配するなレウス。責任だ何だかんだ言っているが、せいぜい壁の補修くらいだよ。お前はダイア荘に帰って、心を落ち着かせていなさい」

「兄貴……」

「シリウス君の言う通りです。そこまで重い話にはなりませんから大丈夫ですよ。シリウス君には他にも話しておきたい事があるから残ってもらうだけです」

「本当か! いえ、本当ですか!」

「はい。ですが今回の事件を心にしっかりと刻んでおきなさい。従者の行動で主を貶めてしまう事があるということをね」

「……はい!」


 悔しがってはいるが納得はしたのか、レウスはソファーから立ち上がって部屋から出て行った。それに続こうとエミリアとリースも立ち上がったが、俺は呼び止めて二人の肩に手を置いた。


「悪いがレウスを頼む。大人しくしてはいるが、不満を抱え込んでいるから傍に居てやってくれ」

「お任せください。ですがシリウス様、主と従者の関係で仕方がないのはわかりますが、正直に言うと私も完全には納得はできないようです。大人になれば納得できるようになるのでしょうか?」

「それが理解できているだけで十分だ。子供なのは事実だし、それだけ俺を慕ってくれる証拠だろう? ありがとうな」


 不満気だったエミリアの頭を撫でてやれば、彼女は尻尾を振り回して喜びを表してくれた。


「リースも二人を頼むよ。用事が終わったらすぐに帰るからな」

「はい、今の私が出来るのはそれくらいですし、二人と一緒に帰りを待っていますね」


 そして二人が退室し、俺は息を吐いて気持ちを切り替えた。

 今から何を話すかわからないが、学校長の表情から少しだけ真面目な話になりそうだ。気を引き締めておくとしよう。

 俺は許可を得てからソファーに座り、学校長の顔を見ながら口火を切った。


「訓練場の壁と貴族を危険に晒させた補償はどれくらいになりそうでしょうか?」

「ああ、それは責任だとか言いましたが、レウス君を反省させる為で大した問題ではありません。壁はマグナに直させればいいですし、貴族は情報収集を怠った自業自得ですから」


 マグナ先生の魔法で壁はすぐ直る上に、普段から何度もケーキの差し入れをしているので無料でやるように命令するそうだ。そして貴族の方はレウスの性格を知らず、喧嘩を売るような真似をした向こうが悪いのでお咎めは無いらしい。


「少しだけ今回の事が関わりますが、貴方を残したのは卒業課題についてです」

「ようやくですか。にしてもマグナ先生ではなく何故学校長が?」

「それは私が関わっているからです。話が戻りますが、シリウス君は今回の事件の原因は何だと思っていますか?」

「エミリアとレウスの気持ちを知らず勧誘を続ける貴族もですが、一番は他の生徒に舐められている俺でしょうね」

「わかっているようですね。今回の事件の一番の問題が、貴方が弟子達に相応しい実力を持っていると見られないからです。ですから、それを覆すのがシリウス君の卒業課題ですね」


 覆すって、ようは俺が凄いと周囲に知らしめるんだろうが、一体何をやらす気なんだろうか? 皆の前で訓練を公表したり、レウスをいつものようにボコボコにすれば良いのかもしれない。だが、従者だから手を抜かせたとか言われそうだな。


「つまりシリウス君の実力を知らしめれば良いのです。それにシリウス君は非公式ですが鮮血のドラゴンを一人で倒した実績がありますし、エミリア君とレウス君をあそこまで鍛えてあげた師匠です。私から見て、学校での真の最強は貴方だと確信しています」

「だから俺が最強だと知らしめろと? なら学校で強い生徒を片っ端から倒すべきだろうか」


 他のクラスに赴き、道場破りのように突撃して勝負を挑む。考えてみたものの、なんだが凄く面倒な作業になりそうだ。


「そのような面倒な事をしなくても、すぐに皆さんへ知らしめる良い方法がありますよ。戦う相手は生徒だけとは言っていません」

「そうか、先生と戦えばいいのか」


 たとえ負けたとしても、大人相手に善戦すれば強いと思われるだろうし実力は知れ渡るだろう。だが俺の言葉に学校長は首を横に振っていた。


「いいえ、先生ではありません。対戦者は私……つまりシリウス君の卒業課題は私と戦う事ですね」

「……本気ですか?」

「本気ですよ。貴方となら良い戦いになると私は思っていますので」


 まるで散歩に行くかのように軽く言われたが本気のようだ。

 しかしこの展開は予想外だったな。マグナ先生と戦う可能性は考えたが、まさかこの魔法を極めし者(マジックマスター)から勝負を挑まれるとは。


「一つ質問ですが、学校長自ら戦う理由はあるのでしょうか? 私を認めてもらうなら他の先生方で十分かと思いますが?」

「私は貴方に魔法士達の可能性となってもらいたいのです」

「可能性? 無色の私にですか?」

「はい、むしろ無色だからこそ相応しいのです。そしてシリウス君の魔法は皆の前では詠唱していますが、実は無詠唱で発動可能ですよね?」


 学校長には俺の実力を話してあるから隠す必要はあるまい。俺は頷いて無詠唱で『ライト』を発動させた。電灯のような球状のそれを学校長の前へ進ませ、指を鳴らすと消えた。


「このように可能ですが、それは学校長も同じなのでは?」

「ええ、私も出来ます。ですが私が聞きたいのはそこにどうやって辿り着いたかです。貴方の使う魔法は一般の人が使う魔法と明らかに違い、常識から外れたものばかりです。入学時の面接で記憶に無い師匠に教え込まれたと言いましたが、あれは嘘ですね? 独学で身に付けたと睨んでいますが、間違っていますか?」


 あの時は幼い頃に師匠と呼ばれる人に鍛えられたと言ったが、この人にはばれているようだ。今まで見た事のない真剣な表情から嘘をつくのが躊躇われ、俺は素直に認めることにした。


「その通りです。数年前に私はそれに気付き、魔法の現象を強くイメージすれば出来ると理解しました」

「やはりそうですか。私がそれに気づいたのは五十年前ですね」


 どうやら魔法の常識を壊した人が俺以外にもいたようだ。

 五十年前というと、この人の年齢は四百ぐらいだから三百五十歳くらいか? 三百以上も魔法を使い続けて凝り固まった常識を壊すこの人と、この世界の常識の根深さに驚かされる。


「強くイメージすることにより魔法は更なる可能性を持つ。私はそれを広めようとしましたが、誰も信じようとしないのです。返す言葉は皆、私が天才だから……困ったものです」


 学校長の三重トリプルは精霊が見える人と同じくらいに珍しい存在だ。おまけに魔法を探求し続けている人物だと知れ渡っているから、説明したところで天才だからこそ出来ると思われるのだろう。才能を持った者だけの悩みってやつだな。傍から見れば贅沢な悩みなんだろうが、長生きしている分それを何度も味わっているのだ。自嘲している姿から、それだけ苦悩してきたのだとわかる。


「だからこそ私と戦い、私でなければ出来ないという意識を吹き飛ばしてほしい。魔法とは無限の可能性を持つものだと、皆に知らしめたいのです!」

「……私が見本になれと言うことですね?」

「端的に言えばそうなります。無能と蔑まれる無色だろうと、努力すればここまで強くなれるという希望にもなります。貴方が実力を隠していたいと知った上での頼みでもありますから無理強いはしませんが、受けていただけるなら私の名前を使うことを許可しましょう。私の名前を使えば、鬱陶しい貴族も引き下がるでしょうし、他にも何か要望があれば聞きますよ」


 俺が実力を隠していたのは権力者の勧誘から逃れる為と、危険な存在だと認識され命を狙われない為だった。だが、すでにエリュシオンの王と王女に知られてしまったし、俺と弟子達は実力もつけて冒険者にもなった。もう子供と侮られる可能性も減ったし、そろそろ俺も表舞台に立つ時が来たのかもしれない。


「それにシリウス君は教育者を目指していると聞きましたが、教え子と共に育っていくのも教育ではありませんか? 後ろから見守るだけでなく、あの子達の隣に並んであげてください」


 そうだな……今回の事件で見せられた、弟子達の悲痛な表情は結構堪えた。

 学校長の言葉通り、俺も少しだけあいつらに近づいてやらないとな。


「わかりました。貴方との勝負……お受けしましょう」

「本気でお願いしますよ?」

「ええ、本気でやります」



 こうして、俺は学校長と勝負する事になった。

 剣の最強ライオルに続き、今度は魔法の最強ロードヴェル。

 相性の御蔭でライオルには勝てているが、魔法となると畑が違うのでどうなるかわからない。

 俺の力がどこまで通じるか、実に楽しみである。



もしかしたら次の更新は一日遅れるかもしれません。


おまけ

この世界における珍しい存在の遭遇率。


水の精霊が見えるリース(レア度……A)

三重トリプルロードヴェル(レア度……B)

風の精霊が見えるシェミフィアー(レア度……エルフなのでSS)

伝説の剛剣へんたいライオル(レア度……神出鬼没)


そんな珍しい存在達に、すでに四人も知り会っている主人公であった。

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