閑話 行き倒れた挑戦者
※このお話は、ライオルの非日常と暴力と暴走を淡々と描くお話です。過度な期待はしないで下さい。
――― 盗賊の下っ端 ―――
生きるってのは難しいものだと思う。
幼くして親を亡くし、孤児院で育てられた俺は十三歳を機に冒険者となって孤児院を飛び出した。
別に孤児院が嫌になったわけじゃなく、孤児院を管理しているシスター母さんがお金に苦労していると知ったからだ。
だから俺はシスター母さんに仕送りをしようと冒険者になったのだが、依頼をこなしたり魔物の素材を売っても自分が生きていくだけで手一杯だった。出来た事といえば、俺がいなくなった事により孤児院の食い扶持を減らせただけだろうな。
そうやって必死に生き抜いていたら、気づけば五年も経ってしまっていた。
更に少し前に騙されてしまった俺は無一文になり、自棄になってここらを縄張りにする盗賊団『狼の牙』に入ってしまっていた。
盗賊団に入ってまだ二日なので、何も盗んでいないし襲ってもいないのだが……落ちぶれてしまったものだと笑いたくなる。
「何じゃ小僧? いきなり笑ってどうしたのじゃ?」
「いや……気にしないでくれ」
俺の仕事はこの森の街道を通る商人を見張ることだ。そして商人を見つけたら近くの木を切り倒して足止めし、アジトに戻って報告するのである。
なので見張り続けているのだが、商人が現れるどころか妙な爺さんを拾ってしまっていた。
今朝に上からここを見張れと言われ、やってきたら妙にでかい爺さんが倒れていたのである。どうやら空腹で倒れているらしく、俺は持っていた携帯食と近くの魔物を狩って簡単に調理して食べさせてやったのだ。
盗賊なんだから身包みを剥げよと思ったが、空腹の辛さを知っているからついつい助けてしまったのだ。我ながら盗賊に向いていないと思う。飯を食べ終わった爺さんはあっという間に元気になり、俺に恩を返すと言って見張りに付き合ってくれていた。
かくして、異常にでかい剣を背負い、異常に筋肉が盛り上がった爺さんと一緒に俺は見張りを続けているのである。
「しかし誰も来ないのう。退屈じゃないか小僧?」
「それが仕事なんだよ。嫌ならどっか行けばいいだろうが」
「小僧に飯を食わせてもらったのじゃ。飯分くらいは手伝ってやらねばなるまい」
小僧と呼ばれて良い気分じゃないが、下手に逆らっても間違いなくこの爺さんには勝てないと理解しているので好きに呼ばせている。こんな鉄の塊を軽々と背負う爺さんに勝てるわけないだろうが。
そのまま昼過ぎになっても商人どころか旅人一人すら通らなかった。それでも他にやることがないので見張りを続けるが、隣に座っている爺さんは剣の手入れをして暇を潰していた。どうやら退屈で仕方ないらしく、それが終わると俺に話しかけてきたのである。
「そういえば前に食べた料理ほどじゃないが、小僧の作った飯は中々美味かったぞ。手際も良いし、盗賊なんかより料理人を目指した方がいいんじゃないかのう?」
「……金が無くて、外で食料調達していた時期が長いからだよ」
「そうか。それだけの腕を持っていながら勿体ないのう」
本音を言えば冒険者や盗賊なんかじゃなく料理人になりたいと思っていた。だから頑張って料理を覚え、いつか自分の店を持つのが夢だった。
だけど、過酷な現実を知り諦めたのはいつだっただろうか?
料理人になりたくても金が無いのだ。店を持ちたくても、人を雇おうにも、調理道具も、食材も……全て金が必要だ。それが無い俺にどうやって料理人を目指せばいいんだよ。こっちの事情も知らず、勝手な事を言うんじゃねえよ爺さん。
そう思うが口に出さず爺さんを睨みつけていると、いきなり爺さんは鋭い目つきになりこちらを睨んできた。やばい、もしかして声に出してたか?
「小僧……どうやら来たようじゃぞ」
そう言って爺さんは視線を街道に向けるが、何も見えないんだが。
「何もこないじゃないか。適当な事を言うなよ爺さん」
「この速度だとそろそろじゃないかのう? ほれ、あそこじゃよ」
爺さんが指した先を見ると、遥か先であるが確かに馬車らしき姿を捉えた。
……というかあれすっごく遠いんだけど、この爺さんどうやって気づいたんだ? 目が良い俺でも言われて初めて気づく距離なのに、この爺さん確信を持って来ると言いやがった。
「なあ爺さん、もしかして馬車が来るって知っていたのか?」
「そんなわけなかろう。気配を感じとったに決まっておるじゃろうが。冒険者ならこれくらい出来て当然じゃろう?」
いや、絶対に違うから。
過去に中級や上級冒険者と一緒に仕事をした事あるけど、あんな距離を感じとれる人なんて会ったことなんてないから。
俺が心の中で突っ込んでいる間に、爺さんは大きな樹の前に立ち俺に振り返った。
「次は木を斬って道を塞ぐ流れじゃったな?」
「あ、ああ……そうだ。手斧があるから、こいつで木を切って道を塞ぐんだ。その木はちょっと大きすぎるから無理――……」
荷物から手斧を取り出したその時、ズンと大きな音が響いたかと思えば爺さんの前にあった木が倒れていたのである。その隣には剣を振り抜いた爺さんの姿があった。
「脆い木じゃのう」
「…………」
おそらく俺が持っている手斧程度では、少なくとも半日はかかるであろう大きな木をこの爺さんは一瞬で切ったのだ。だが木は街道とは反対側に倒れてしまったのだが……有ろう事か爺さんは木を軽々と持ち上げ、街道のど真ん中に設置してきたのだ。
俺はその光景を呆然と眺めるだけで、一番面倒な仕事があっさりと終わってしまったのである。
「爺さん……一体何者だよ?」
「ん? ただの旅の爺じゃよ。そんな驚かなくても小僧でも出来るじゃろうが」
「出来るか!」
「あの小僧でも出来たのにおかしいのう……」
何かブツブツ呟いているが、俺は一体何を拾ってしまったのだろうか? もしかしてとんでもない人を拾ってしまったのではないかと後悔し始めていた。
「とにかく準備万全じゃな。ほれ小僧、そんな呆けた顔をしとる場合じゃないじゃろ?」
「あ、ああ……だけどもう少し近づいてきて相手を確認してからだ」
ここから見えるのは馬車だけで、相手が何者かまではわからない。もし商人じゃなく強そうな冒険者だったら避けろと言われているからだ。
しばらく待ち、ようやく相手を確認できる位置になって俺は気づいた。
「ほほう、どうやら小僧の望んだ商人じゃのう。では早速――……ん、どうした小僧?」
「あれは……間違いない」
馬車の外に護衛らしき強そうな男が二人いるが、俺が注目したのは御者台に乗っている男だ。あのでっぷりした腹に、金に卑しい顔つきは見覚えがある。あいつは俺達の孤児院にちょっかいをかけていた奴だ。
何度も孤児院にやってきては身寄りのない俺や他の子供を引き取ろうとしていたが、全てシスター母さんが断っていたのを覚えている。話だけ聞いてると良い人に見えるが、あいつは奴隷商人という事が後でわかった。シスター母さんはそれを知っていたが、どんなに生活が苦しくても俺達を売るなんて考えず頑なに断り続けた。
しばらくすると孤児院で火事が起こり、それに巻き込まれ俺の妹が亡くなった。それから奴隷商人は来なくなったどころか町から消えたので、犯人はあの商人だと俺は確信している。
そんな奴隷商人とこんな所で再会するとは……これも何かの縁だな。
盗賊に落ちたとはいえ、未だに人を襲うのを躊躇していたが、あいつなら俺も遠慮なく襲えそうだ。
「知っている者か小僧?」
「直接面識はないけど、どんな奴かは知っている。あいつは奴隷商人で、俺の家を焼いた悪党だ」
「ふむ……よくわからんが悪い奴でいいんじゃな?」
「ああそうだ。初仕事があいつで良かったよ。遠慮なく襲えるし、盗賊を続ける踏ん切りがつきそうだ」
爺さんの御蔭で道は塞いだし、しばらく奴等はここで立ち往生だろう。護衛の人数も少ないようだし、早速アジトに報告しに行こうと爺さんを見れば、隣にいた爺さんは街道のど真ん中に堂々と立っていたのである。
「お、おい爺さん、何をやってんだ! 今から仲間呼びに戻るから、余計なちょっかいはかけるなって」
「要するにあやつ等から金目の物を奪えばいいんじゃろう? 仲間を呼ぶ間に逃げるかもしれんし、さっさとやってしまえばいいじゃろうが」
「護衛もいるし、たった二人でやれるわけないだろうが! いいから早く戻って来い爺さん!」
「あの程度問題ないわい。それに、向こうも気づいたようじゃしな」
木々に隠れたまま爺さんを呼び戻すが、すでに遅かったようだ。馬車の隣で歩いていた護衛が、木で塞がった道と腕を組んで堂々と立つ爺さんを見て警戒を露にしていた。
「道のど真ん中で何をやっているんだ爺さん? 邪魔だからどけよ」
「いや、もしかしたら後ろの木で進めないんじゃないのか? なあ爺さん、その木はいつからそこにあるか知っているか?」
「知っておるぞ、ついさっきじゃ。わしが置いたから当然じゃな」
「「はぁ?」」
おい爺さん……護衛達はどう見ても油断していたのに、自ら犯行をばらしてどうするんだ! 馬車から更に三人の護衛が出てきたし、いくら爺さんが強くてもこの人数差は埋められまい。
飛び出すべきかどうか迷ったが、俺一人が増えたところで数で負けているのだ。可哀想だけど、爺さんは自業自得という事で諦めるしかないか。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「いや、あの爺さんが道を塞いでるどころか後ろの木を置いたとか言い出してな。どうするか悩んでいるんだよ」
「……確かに悩むな。おい、そこの爺さんよ、一体何がやりたいんだよ?」
「違う、わしは爺ではなくただの旅人じゃ。というわけで、金目の物を全て置いていくがよい」
というわけでの意味がさっぱりわからない。それに旅人と言うが、爺さんの行動と台詞はどう見ても盗賊にしか見えないんだが。
全身筋肉の塊な爺さんにそう言われ、相手の反応は困惑気味であったが、御者台に座っていた商人は冷ややかな目をしながら護衛に命令していた。
「こんな頭の悪い爺なんてどうでもいい。邪魔するならやってしまえ」
「あいよ。雇い主様の命令だから悪く思うなよ爺さん」
「こんなくだらん事をした自分が悪いんだぜ?」
「さっさとかかってこんか。貴様等の武器は飾りか、たわけ!」
爺さんが背中の大剣を抜いて護衛達に向かって大きく振り回すと、風が巻き起こり周囲の木々を大きく揺らした。その迫力に護衛達は動揺したが、最初から外に出ていた二人だけは臆することなく爺さんに武器を構えていた。
「こいつは手強い相手だな」
「ああ、だが俺達『鏡兄弟』に勝てると思うなよ?」
鏡兄弟と名乗る二人は、同じ衣装に同じ剣を持つ鏡合わせのような二人だった。顔も似ている点から双子なのだろう。
そして二人同時に爺さんへ向かって走り出すが、姿形も似ている上にジグザグに何度も交差するように走っているので相手を惑わせる戦法だろう。横から見るとなんてことないだろうが、正面から見れば脅威に映るだろうな。
「爺さんの力は凄まじいだろうが、俺達についてこれるかな?」
「食らえ!」
そして一人が大きく跳躍して上から、もう一人が横から同時に攻撃を仕掛けた。俺なら迷って反応が遅れてなす術も無くやられそうだが、爺さんはというと……。
「悪くはないが、安易に飛ぶ馬鹿がおるかっ!」
恐ろしい事に爺さんは相手が飛ぶと同時にジャンプし、空中で剣を振り下ろしたのだ。空中で身動きが取れない男がそれを回避できる訳がなく、持っていた剣で防御したが、爺さんの大剣は防御ごと男を真っ二つにしていた。
残った男はその隙を突いて武器を振るうが、爺さんの方が遥かに速かった。空中で振り切った姿勢のまま爺さんの剣が横へ振られ、残った男は上半身と下半身が綺麗に分かれたのである。
というか、おかしいだろこの爺さん!? あれほどの大剣を羽のような軽さで振るい、まるで生きているかのように動かし対象を斬り捨てているのだ。
俺は本当に何を拾ってしまったんだ!
「「「…………」」」
「どうした、次じゃ!」
爺さんの異常っぷりに、残った三人の護衛は完全に腰が引けていた。今のを見せられては無理もないと思う。もし俺があそこに立っていたら即座に降参しているだろうな。
「……お、おい。お前行けよ」
「嫌だ! あんなの相手にしてたら命がいくらあっても足りねえよ!」
「何だよあれ!? こんな化物が何でこんな街道に現れるんだよ!」
「何じゃい、来ないならこっちから行くぞい」
「「「降参します!」」」
冒険者だけあって彼等の決断は早かった。三人は即座に武器を捨てて土下座をしていたのである。それを爺さんはつまらなそうに見ていたが、剣を肩に乗せて戦闘態勢を解き、護衛達に向かって人差し指を地に向けていたのである。
「降参するなら命までは取らんが、わしが最初に言った言葉は覚えておるな?」
「え、えーと……金目の物を置いていけ……でしょうか?」
「うむ。更に詳しく言うなら武器もじゃな。というわけで置いてゆけ。服だけは許してやろう」
「あのぉ、俺達にも生活ってものが……」
「知らん。奴隷商人だとわかっていながら護衛しておるお前等が悪いのじゃ。命があるだけましじゃろ」
この爺さん、俺より遥かに盗賊の才能があるんじゃないか?
それからしばらく理不尽な命令が続いた。
「武器だけじゃなく防具もじゃ! 全て出すのじゃ!」
「ひいっ!?」
「ほら飛べ! 何じゃそのポケットから聞こえる金の音は! 隠すなと言っておるじゃろうが!」
「す、すいません!」
「冒険者は万が一の備えで服にお金を縫い付けておると聞くが……お主等はどうじゃろうなぁ?」
「すぐに出しますので勘弁してください!」
……爺さん、本当に根こそぎ奪うつもりなんだな。命まではとらないようだけど、態度だけは盗賊より性質が悪くないかあれ?
そうして護衛達から根こそぎ奪い、逃がしてやったところで残ったのは奴隷商人だけだった。逃げようにも常に爺さんが睨みを利かせていたので馬が怯えて動かず、戦いの素人である商人自身も体が動かなかったようだ。
「ふむ、ちと予想より少なかったがこんなもんかのう。どうじゃ小僧、これでよいか?」
「……こっちは予想外ばかりだったよ」
強奪したお金と金目の物を数える爺さんを見て、俺は隠れるのを止めた。仲間と思われたくなくて出てこなかったが、あの商人には聞きたい事があるから別だ。
「お、お前達は一体?」
「だから言っておるじゃろうが、ただの旅人じゃと」
「お前のようなただの旅人がいるか! 一体誰の差し金だ!」
「誰でもないわい。しいて言うならここを通ったお主の運が悪いのじゃ」
「爺さん、ちょっとこいつと話があるから黙っていてくれないかな?」
「うむ」
俺の真面目な雰囲気を察したのか、爺さんは何も言わず後ろに控えてくれた。
少しだけ感謝しつつ俺は相手に剣を突きつけ、怯えて動けない商人を御者台から降ろさせて質問をした。
「なあ、あんたは奴隷商人なんだろ? 昔孤児院から子供を引き取る行為をしていなかったか?」
「な、何を言っている? 孤児院なぞ知らんわ!」
「そうかい? こっちは確信を持って言っているんだが、嘘をつくようなら後ろの爺さんが黙っていないぜ?」
爺さんは俺の言葉に合わせて素振りをし始めた。後方で風が巻き起こって俺もちょっと怖いが、合わせてくれるのはありがたい。
「どうする? 俺は盗賊だからお前の命なんてどうでもいい。素直に答えないなら殺して馬車を奪うだけだ」
「ぬうぅ! 斬り足りん! 丁度良いのがあったわ!」
「ひ、ひいぃぃ――っ! こ、孤児院知ってます! 子供引き取って奴隷として売ってましたぁ!」
調子に乗った爺さんは自分で設置した木を斬り始めていたが……あれ演技でいいんだよな?
太い木がまるで紙のように斬れる状況を見せられ、商人の心はあっさり折れた。それは良かったのだが、木まで斬る必要はなかったんじゃないだろうか?
「じゃあ更に質問だ。五年くらい前に、どこかの孤児院に火を点けなかったか?」
「そ、それは……」
「わしの剣が血に飢えておるわ!」
「は、はい! 火を点けました! 生意気な女が何度も断るから腹いせに――……」
そこで商人の声は途切れた。理由は簡単で、俺がこいつの首を刎ねたからだ。
冒険者を五年もやれば、人を殺す経験なんてことが何度も起こる。だけどそれは襲われた場合で、生き抜く為に必要な処置だった。進んで人を殺したいわけじゃないが、こいつだけは別だ。
こいつが起こした火事のせいで、生活が苦しくなり義弟や義妹が苦労し、なにより大切な妹が亡くなった。偶然とはいえもはや諦めていた復讐をようやく俺は……果たせた。
足元に転がる首を脇にどけ、剣を仕舞った俺の目からは自然と涙が流れていた。
少しだけ泣いて落ち着くまでの間、爺さんは何も言わず輪切りにされた木を街道からどける作業をしていた。
「……ありがとうな、爺さん」
「何がじゃ? わしはただ盗賊の真似事をしたに過ぎんぞ」
「それでもだ。あんたの御蔭で俺は復讐を果たせたんだ、礼を言わせてくれ」
「気にするでない。小僧には飯を食わせてもらったのじゃ、それでちゃらじゃな」
「そうか、うん。爺さん拾って良かったよ」
さて、湿っぽい話はここまでにしてこれからどうするかだ。なにせ護衛からお金を強奪し、商人の馬車を丸ごと手に入れたのだ。盗賊の仕事としては十分すぎる成果だろう。
しかし……復讐で頭が一杯だった俺はこいつが奴隷商人だという事を忘れていた。
当然ながら馬車の中には……。
「……やっぱりいるよな」
「女、子供ばっかりじゃな」
馬車内には大きな檻があり、中には三人の奴隷が押し込められていた。全員獣人で隷属の首輪を填められており、突然現れた俺と爺さんに怯えた目を向けていた。
「あの……貴方達は一体? 護衛の方ではありませんよね?」
「えーと……俺達はだな……」
三人の中で一番年齢が高そうな兎獣人の娘が話しかけてきたので、何て答えるべきか悩んでいると爺さんが笑いながら答えていた。
「わし達は通りすがりの旅人と盗賊じゃ。この馬車の持ち主と護衛は追っ払ってやったわい」
「盗賊っ!?」
「ああもう、爺さんは黙ってろ!」
盗賊と聞いて更に怯えだしたので、俺は両手を挙げて何もしないと宥め続けた。ようやく奴隷達が落ち着いた頃、俺は爺さんに引っ張られて馬車の外に連れて行かれた。
「それであの子達をどうするつもりじゃ? アジトに連れて帰るのか?」
「ああ、そう……だよな」
獣人嫌いは多少いるが、盗賊ってのは常に女に飢えている。だからあいつらを持ち帰ればかなり出世出来る筈だ。今日みたいな、見張りをもうしなくてもいいかもしれない。
それに出世すれば金を自由に出来る範囲が増えるはずだ。そうすればシスター母さんへの仕送りが出来るかもしれない。
だが……彼女達の目が孤児院の義弟や義妹の目とそっくりだった。言葉に出来ず、助けて欲しいと必死に訴えかける目にだ。
「逃がすにしても首輪も填められておるし、生きていくには大変じゃろうな」
「そうだな。だから俺は……」
「よしお前等、乾杯だ!」
俺達はあの後、荷物を奪ってアジトに帰った。
どうやら俺達とは別に動いていた連中が大きな商隊を襲ったらしく、かなりの稼ぎになったのでアジトでは宴会が開かれていた。
「それにしても新人もやるじゃねえか! 俺達を呼ばずに商人襲って稼いでくるとはな」
「いやぁ……運が良かっただけだよ」
「それでもだよ。にしても残念だったなぁ。襲った商人が商品を卸した帰りじゃなければ、お前もあそこで頭に褒められてただろうよ」
そう……結局俺は彼女達を逃がした。
俺が殺した商人の死体から隷属の首輪の鍵を探し出し、奴隷から解放したのだ。そして馬車と強奪した金品の半分を彼女達へ強引に渡して別れた。彼女達に感謝されたが、本当に助けるつもりなら彼女達を安全な所まで送るべきだろう。
だが俺は盗賊なのだ。だから俺が出来るのはチャンスを一度与えただけで、後は彼女達の力で生き抜いていかねばならない。
彼女達と別れ、半分になった金品を背負ってアジトに帰り、今回の成果をこう報告した。
護衛の少ない商人を襲ったが、商品を卸した帰りだったので大した稼ぎにならず、おまけに戦闘によって馬が死んでしまったので馬車も確保出来なかった……と。
上の者は呆れ顔をしていたが、多少の稼ぎはあったので特に咎められる事もなく、俺は少しだけ評価されて宴会に参加を許された。
酒を飲む気分じゃないので食べる事に専念しているのだが、宴会の一角では異様な盛り上がりを見せていた。
「おおーっ! 爺さん良い飲みっぷりだな!」
「こんな水みたいな酒じゃ仕方あるまい! ふははは!」
「じゃあこいつはどうだ? 商人から奪った火が点くようなきつい酒だぜ?」
「どれどれ? ふーむ……まあまあじゃな!」
……何故か爺さんはアジトまで付いて来たのである。
てっきり彼女達に付いていくかと思ったら、俺への礼が返しきれてないと言って残ったのである。
奪った金品を運ぶのを手伝ってもらい、強い爺さんなので役に立つと報告したら受け入れられた。そして何食わぬ顔で宴会に参加し、仲良く出来ているのがさっぱりわからない。というか今飲んだ酒、一口含んだだけで気絶させる『殺人酒』だった気が。しかもコップじゃなくて直に飲んでたぞ。
「お前が連れてきたあの爺さん面白いな。本当にあの剣を振れるのか?」
「ああ、小枝のように振り回していたよ。あんな強い爺さんは初めてだ」
「うーん……何か引っかかるんだよな。ところであの爺さん大丈夫なのか? 頭が許したからいいけど、あんなのが暴れたら被害が半端ないぞ」
「大丈夫だと思うぞ」
僅か半日の付き合いだが、あの爺さんは理由もなく剣を振らないってのはわかった。テンションが高く危険な行動が多いが、俺への恩をしっかり返そうとするし、襲ってきた相手しか斬り捨てていない。
何かスイッチを踏まない限り、爺さんから襲ってきたりはしないだろうな。
「おーい頭ぁ! 今帰ったぜ!」
「おう、遅かったな。何かあったのか?」
「いやな、帰り際に護衛のいない馬車を見つけてよ、襲ったらこの通りだぜ!」
遅れて最後になった別の組が成果を手に帰ってきた。
どうやら予想外の成果だったらしく、上機嫌に手に入れた成果を連れて入ってきたのだ。
「見ろよ! 奴隷の跡があるけどよ、上玉の女を三人もだぜ? 今日の宴会はすっきり出来そうだぜ!」
それは、俺が逃がした彼女達だった。
別れた時は笑みを浮かべていたのに、また檻に入れられていた時と同じ、絶望の目をしていた。
「お、おい新人!」
気づけば俺は駆け出し、彼女達を捕まえていた男を殴り飛ばしていた。
呆然とする彼女達を背中に庇い、俺は疑惑の目を向けてくる盗賊達と真っ向から対峙してしまっていた。
「……何のつもりだ新人?」
「い、いや……こいつらは実は俺の妹達で、手を出すのは止めてほしい……かな?」
ああ、本当に俺は何をやっているんだ!
こうならないように嘘の報告をしたり、密かに彼女達を逃がしたのに……何でいきなり捕まってんだよ!
見捨てれば良かったのに、飛び出さなければ良かったのに、体が勝手に動いちまった!
「どうやら……女の前に処刑のようだなぁ」
「余興と行くかお前等!」
頭の号令で五十人近く居る盗賊達が一斉に騒ぎ出す。全員が武器を手に取り、俺達にゆっくりと迫ってきた。背中に隠した彼女達が俺の服を掴んで震えているが、この人数相手に一人じゃ無理だろ。
逃げようにも囲まれているし……死んだな俺。
「ふーむ、ちと早いがやるとするかのう」
そんな暢気な声が聞こえた瞬間……盗賊が空を舞った。
十人近くの盗賊が空を舞い無様に落下していく中、爺さんが剣を振り下ろした格好で笑っていた。そしていつの間にやら持っていたマントを俺に投げ、近くの盗賊を真っ二つにしつつ叫んだ。
「小僧! 娘達の目をそれで塞ぐのじゃ! そして死んでも守るんじゃぞ!」
理由だとかそういうのを考えず、俺は爺さんに言われたように彼女達の頭をマントで包んだ。多少抵抗されたが、彼女達を抱きしめてやったらそれも無くなった。
「大丈夫だ! 絶対助けてやるから動くんじゃないぞ!」
理由も根拠もないけど、俺は自信をもって言った。そして彼女を狙う盗賊から守ろうと剣を取り振り返ると…………そこは地獄と化していた。
「はっはっはっはっ! 脆いのう! 木の方がまだ丈夫じゃったわい!」
「何だこいつは――ぐわぁ!」
「た、助け――おぐっ!」
「魔法が使える奴は――あぎゅ!?」
爺さんが剣を振るう度に盗賊の体が吹き飛び、手やら足が飛び散る。俺が彼女たちを宥めている僅かな間に、盗賊の数は半分を切っていた。
「逃げろ! 早くこの化物から――っ!」
「一人も逃さぬわ! 衝破!」
何か叫びつつ剣を振るうと、意味のわからない衝撃が発生し、盗賊が纏めてぶっ飛ばされて壁にめり込んでいた。人が水平に飛ぶなんて初めて見たよ、うん。
今気づいたんだけど……これって俺いらないんじゃないか?
死んでも守れと言った割には、爺さんから逃げる奴ばっかりで、誰もこっちを見る余裕無さそうなんですけど?
「てめぇ! こんな化物連れて来やがって!」
と思ったら盗賊が一人だけ向かってきたので剣を構えたが、俺が対処する前に盗賊は縦に真っ二つとなり、その後ろには剣を振り下ろした爺さんの姿があった。
「逃がさぬと言ったじゃろうが!」
あれ……俺に向かって言っているわけじゃないのに、何でこんなに震えるんだろう? 見えて無いけど爺さんの殺気をあてられ、彼女達の震えも倍加していた。
「ほれほれ、次じゃ!」
「「「助けて――――っ!」」」
そして地獄は終わった。
今は赤に塗れた部屋から抜け出し、比較的綺麗な頭の部屋に俺達は集まっていた。
「ここなら大丈夫だろう。お前達、そろそろマントを外すぞ」
「は、はい……お願いします」
爺さんがマントで目を塞げと言ったのは、あの惨状を見せない為だったんだな。確かにあれは女の子や子供にはきつい光景だったし、爺さんの行動は正しかったわけだ。
化物かと思いきや、女、子供を心配する繊細な心を持っているんだな。
「ふふふ……これでわしに怯える事もなかろう。わし、ナイス判断じゃ」
……何か違う気がした。とにかく俺は彼女達のマントを外してやり、彼女達に笑いかけてった。
「盗賊は全滅したから、今度こそ安心だぞ」
「一度ならず二度までも……本当にありがとうございます」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「ありがとうございます!」
助かったのだと理解し、彼女達は涙を流しながら俺に抱き付いてきたのだ。嬉しいけど……彼女達を助けたのは俺じゃなくて爺さんだ。俺は感謝されるべき人じゃない。
「あのな、お前達を助けてくれたのは俺じゃなくて後ろにいる爺さんだよ。俺は何も出来なかったんだ」
「それは違います。貴方は盗賊なのに私達を解放してくれたどころか、再び捕まった私達を庇ってくださいました。誰にでも出来る事ではありません」
「頼もしかったよお兄ちゃん」
「理由はどうあれ、私達は救われました」
こんなに感謝されるなんていつ以来だろう?
シスター母さんから離れて、必死に生きてきた俺は褒められたり感謝される事なんてほとんど無かった。彼女達からの純粋な想いが心に染み渡り嬉しくなる。
「そしてお爺さん、私達を助けてくださり――ひっ!?」
「ありがとう、おじい――にゃあぁぁっ!?」
「強いんです――きゃあぁぁっ!」
爺さんにお礼を言おうと振り返った瞬間、彼女達は叫び声をあげながら俺の背後に隠れた。その光景を見た爺さんは、本当に盗賊を全滅させた男なのかと間違うほどにへこんでいた。
「な……何故じゃ!? 斬ったのを見せて無いのに! ここはお爺ちゃんありがとうって言われる筈じゃろうが!」
「いや、爺さん体を見てみろよ」
返り血で真っ赤だぞ。おまけに盗賊の指やら肉片が付着していて、慣れた俺でも怖いよ。
「ぬああぁぁぁ――っ! 孫にお爺ちゃんと呼ばれたいのじゃ! エミリアーっ!」
孫って……爺さんみたいな化物に孫が本当にいるのだろうか?
というか、エミリアって誰?
それから俺達はアジトで金目の物をかき集めて馬車に乗せ、近くの町までやってきた。
集めた金目の物を売り、更に爺さんが盗賊団『狼の牙』を壊滅させたのを冒険者ギルドに報告して賞金の申請をしていた。証拠が無いとかで揉めたらしいが、途中でギルドの長が出てきて強引に通ったらしい。
その次の日、俺は彼女達の身の回りの物を買い集めていた。護衛から強奪したお金を爺さんは好きに使えと言ってたし、彼女達はもう奴隷ではなく普通の女の子なのだ。苦労してきただろうし、少しでも普通の暮らしをさせてやりたい。
「こんなに沢山買っていただけるなんて……ありがとうございます」
「爺さんが好きに使っていいと言っていた分だから気にするな。それよりお前達はこれからどうするんだ?」
「それについてですが、私達は貴方に恩返しがしたいのです。ですから私達も連れて行ってくれませんか?」
「何だと?」
盗賊団が壊滅し、盗賊じゃなくなった俺は故郷へ帰ることに決めたのだ。お金も得たし、故郷で料理店を開こうと思っている。そして稼いだ金で今度こそシスター母さんに仕送りをしようと決めたのだ。
そんな俺に彼女達は付いてくると言う。
「私もお願いします。きっと役に立ってみせますから」
「料理店を開くってお爺ちゃんに言っていましたよね? だったら人手が必要ですし、下働きなら私やれます」
「いいのか? お前達はもう自由なんだぞ?」
「自由だからこそ私達は貴方についていこうと決めたのです。駄目ですか?」
「勝手にしろ。ただ、普通に過ごせるかどうかわからないからな。覚悟しろよ」
彼女達の言う通り料理店に人手は必要だし、なにより三人を放っておけなかった。このまま別れてしまえば、また攫われて奴隷にされそうだし、俺は彼女達を引き取る事を決めた。
「「「ありがとうございます」」」
照れ臭くなった俺が返事もせず歩いていると、少し離れた冒険者ギルドから爺さんが出てきた。でかい体にでかい剣を背負っているからすぐにわかるな。
ちなみに色々と売ったり盗賊の賞金やらの計算が複雑なせいで、お金の分配を今からする予定なのだ。と言っても、ほとんど爺さんが暴れて稼いだお金だし、俺に決定権はないだろう。彼女達を引き取る状況になったから、少しでも多く分けてくれれば嬉しいのだが。
「ほれ、これがお主達の分じゃな」
「すまない…………えっ!?」
無造作に放られた袋の中を見れば、金貨が数十枚も入っていた。対して爺さんは手に金貨を二枚持っているだけだった。
「いやぁ、中々な規模の盗賊団じゃったし、色々溜め込んでいた御蔭で中々の稼ぎになったのう」
「……それ、白金貨じゃあねえよな?」
「何を言っておる。ほれ、立派な金貨じゃよ。お主達には石貨で十分じゃろ?」
この爺さん、白々しいまでに嘘を周囲に振りまいてやがる。おそらく金に目ざとい奴に狙われないように言っているのだろうが、一体何を考えてやがる? どう見ても爺さんの分が少なすぎるだろうが。
彼女達も横から袋を覗き込み、驚いて口を塞いでいた。
「何でここまでしてくれるんだよ。俺はほとんど何もしていないぞ?」
「ん? お主はそこのお嬢ちゃん達を引き取るんじゃろ? だったら金は必要じゃろうが」
「言ったか? いや、それでも貰いすぎだろう」
「お主ならすると思ったが違ったか? どちらにしろわしは一人でいくらでも稼げるから心配無用じゃ。たまに盗賊を見つけられなくて、昨日みたいに倒れる事もあるがのう」
……駄目じゃんそれ。
倒れる前に魔物を狩って食べようとしたらしいが、空腹で気が立って魔物が全力で逃げ出すから狩る事も出来ないとか笑いながら言っていた。
というか毎日を全力で生き過ぎだろ? 俺の五年が小さく見えてくるよ。
「ちなみにじゃが、もしお主がお嬢ちゃん達を奴隷から解放せず連れ帰ろうとしていたら、あの場でお主を斬ってたかもしれんな」
あ、あぶねぇ! あの時実は命の危険性があったのかよ。欲望のまま行動してなくて本当に良かった。
「ほれ、面倒な話はここまでじゃ。これ食ったらわしはすぐに旅立つ予定じゃし、代金はわしが受けもつから遠慮なく食え」
「もう行くのか?」
「うむ。強くなる為にわしは旅をしておるからな。この辺りは強者もおらんし、どこか別の場所を探すつもりじゃ」
「そうか、本当に世話になったな。ところで爺さんの名前を未だに聞いていなかったな。最後に教えてくれないか?」
本当は気づいていた。巨大な剣を振り回し、盗賊どころか全てを薙ぎ払う計り知れない力を持つ人物は一人しか思いつかない。
剛剣のライオル。
この爺さんは間違いなくあの伝説の男なんだろう。
「わしの名前はライ――じゃなかった、イッキトウセンじゃ。とある男に勝つ為に、強くなろうとするただの挑戦者じゃよ」
勝つ為にって、伝説より強い男がいるのかよ!?
いや……俺には関係ないか。聞くだけ野暮ってもんだし、名前を隠しているなら合わせてあげるのが俺に出来る唯一の事だな。
「わかった。本当にありがとうトウセンさん。この恩は絶対忘れないから」
「ふははは、気にするでない。それより飯を食おうではないか。おーい、この店の料理を全部持ってきてくれ!」
注文一つとっても、伝説の男ってのは本当に豪快なんだなと思うのだった。
そして爺さんは店の料理を食べ尽くし、代金を払うことになったのだが……。
「き、金貨三枚になります……」
「足りん! 貸してくれ!」
「…………どうぞ」
そして伝説の男ってのはアホなんだなと、現実を知ったのだった。
ライオルに関わると、因果律が異常に狂います。
大抵は盗賊のように死を迎えますが、男の場合は良い方へ動き、盗賊の下っ端から女性三人に囲まれるハーレム状態へ成り上がるのでした。
ちなみにライオルと男の流れがシリウスとディーに似ていますが、金を貸してくれという残念な展開になるのがライオルクオリティーです。
その後、元はライオルが稼いだ金なので、男は金貨を少し返したそうな。
これで八章が終わり、次で九章です。
コメディと主人公以外の視点が続いたので、そろそろ真面目な話も多少入れなければ。