また一歩強くなる
制裁を終え、スッキリした俺は通路から広間へ戻った。
ちなみにゴラオンはボロ雑巾の様にして放置して来たが、もはやあいつに戦闘をする体力も意志すらも無い。驚異的な回復力も完全に消え、トラウマをしっかりと植え込んでやったので襲われる心配は無いだろう。たとえ回復しても襲えれば……だがな。
広間に戻ってすぐに人質にされた貴族を発見した。未だに気絶しているが、確かハルトとメルルーサだったか? 二人以外の反応が無いが、連れていた仲間は犠牲となったのだろう。何にしろ、殺人鬼と遭遇して生き延びたのは運が良かったと言える。
『サーチ』で調べてみればこちらに向かう数十の反応を捉えたので、おそらくヴィル先生が手配した警備隊に違いない。彼等によって救助されるだろうから、壁際に並べておいた。
更に倒した三人の様子も確認しておいた。
金狼とドワーフはすでに事切れていたが、罪悪感など微塵も湧かない。散々人を殺してきたんだ、殺されて当然だしこれも因果応報である。
人を殺したならば、自分も殺される覚悟を持っておけ……と、前世の弟子達に言ったが、今の弟子達にはまだ言っていない。目の前で堂々と殺したし、近々伝えなければなるまい。
人族の男だけは生きていたが、こいつは警備隊に連行してもらって色々吐いてもらおう。実はゴラオンだが……拷問をやり過ぎてしまってまともに証言出来るか怪しいのだ。こいつに代わりを務めてもらおうと思う。
縛る物を探せば男から血染めのロープが見つかったので、大きく弓なりにそらしたポーズで硬く縛っておいた。奴らが遊び道具として使ってた物で自分が縛られるはめになるとは、何て間抜けな話だろうか。
残りの死体や後の処置は全て丸投げしよう。
やれる事を終え、俺は弟子達の元へ向かった。
「シリウス様!」
「シリウスさん!」
弟子達の元へ戻ればエミリアとリースが迎えてくれたが、レウスは意識を失っているようで倒れたままだ。
「血が付いていますよ! どこか怪我をしたんですか?」
「これは奴らの返り血だよ。俺に怪我はないから安心してくれ」
「終ったのですか?」
「ああ、全部終ったぞ。ところでレウスは大丈夫か?」
「先ほどまで起きていたのですが、安心して意識を失っただけです。ここで出来る応急処置は済みましたので、後はゆっくりと休ませれば大丈夫かと」
レウスに触れて『スキャン』を使えば、罅割れた肋骨が大分修復されていた。短時間かつ少ない魔力でここまでやれるとは、彼女の治療に関する才能は本当に素晴らしい。
「そうか。疲れているところ悪いが急いで迷宮を出よう。リースは歩けるか?」
「大丈夫です、歩くぐらいなら出来ます」
「よし。エミリア、負ぶってあげるからローブを返してくれ」
「……もう少しだけ」
「いやいや、いいから返しなさい。返り血の付いたこの服じゃ帰れないだろうが」
「……はい」
何でそんな残念そうに返すのか? 走り回って埃とかくっ付いたローブなんて汚いだけだろうに。
レウスを胸元で抱え、エミリアは『ストリング』で支えながら背負い俺達は歩き出した。俺が来た道から帰ると、こちらに向かっている警備員に鉢合わせするので別の道を選ぶ。
「シリウスさん、貴族のお二人は?」
「もうすぐ警備員の人達が来るから安心しなさい。俺達は見つかる前に逃げるべきだ」
「逃げるって、私たちも保護してもらった方が」
「奴らをどう倒したか説明するのがちょっとね。俺達は殺人鬼と出会い、ボロボロになりながらも逃げた。そして殺人鬼は何者かにやられた……それでいいんだよ」
殺人鬼を倒したなんて広まれば面倒な事になるのは確実だ。俺達が黙っていれば証拠も無いし、自然と闇に隠れてしまうだろう。
あ、でも縛った男がいたな。ゴラオンは放っておいても大丈夫だが、あいつが何か余計な事を自供するかもしれない。
でもまあ……いいか。子供が大人四人相手に勝ったなんて信じられないだろうし、あいつも子供相手に負けたなんてプライドが邪魔して言わないだろう。それでも自供したら白を切ればいい。
しばらく俺達は無言で歩き続けた。ゆっくりであるがリースは確かな足取りで歩いているし、背中のエミリアが時折俺の後頭部に頬を擦り付けてくるのでくすぐったい。
そして五階まで戻った所で、リースが申し訳無さそうに口を開いた。
「あの……重くありませんか? 私も少し楽になったので、エミリアに肩を貸すくらいなら出来ますよ」
「そうだな、確かに重い。だがこれは命の重さなんだ。二人が生きている証拠だから、しっかり感じていたいんだ」
今日は久しぶりに切れてしまった。
俺が切れた時は相手の命を奪う事であり、すでに慣れてはいるが気分が良いものではない。そんな時に弟子達と触れ合うと落ち着くのだ。こうやって手や背中から弟子達の鼓動を感じると、生きていて良かったと安心できる。
そしてエミリアよ、感極まったのかは知らんが肩を噛むのを止めなさい。その行動に困っているとリースが裾を引っ張ってきたので振り向けば、思いつめた表情のリースがこちらを見つめていた。
「どうして……どうして、そんなに強くいられるんですか? 人を殺してしまったのに」
「わかったのか?」
「水の精霊が教えてくれたんです。あの狼の人とドワーフの人はもう……助からないって」
「……そうか。人を殺した俺が怖いか?」
「……わからないんです。シリウスさんは私達を守る為に戦ったのに、感謝するべきなのに……どうしたらいいのか」
引っ張っていた袖を強く握り、リースは酷く葛藤していた。
掛けるべき言葉を考えていると、エミリアが手を伸ばしてリースの肩に手を置いた。
「ねえリース、深く考える必要は無いの。貴方はシリウス様と一緒なのよ?」
「一緒!? そんなわけ無い! 私は自分や皆が殺されそうになっても、人を殺せない臆病者なんだよ!」
そして彼女は吐き出すように状況を語った。
戦うと言いながら、ゴラオンを前に躊躇してしまった事。
それが原因でエミリアを傷つけてしまった事。
懺悔するように捲くし立て、彼女は荒い息をついていた。
「だから……私はシリウスさんと一緒なんかじゃない。ただの……臆病者だから」
「だったらリースは何で逃げなかったの? 私達と戦うって何で言ってくれたの?」
「それは、貴方とレウス君が大切で、その……家族みたいだから」
「シリウス様、もし強敵に出会って私達が逃げてほしいと言ったら、どうしますか?」
「逃げるわけないだろう。一緒に戦うに決まっている」
「ほら一緒。シリウス様はリースの先を歩いているだけで、根本は一緒なんだよ」
「でも……」
「あのなリース、臆病者でいいんだよ。俺は結果的にそうなっただけで、そもそも人を簡単に殺しちゃ困る」
将来、リースが笑いながら人を殺すようになったら、俺は途方も無くへこむだろう。
彼女は人を癒して笑顔でいるのが一番似合う女の子だ。俺達の中で一番まともな常識人だし、変わってほしくない。
「俺はあいつらの命よりお前達が大事なだけだ。そしてあいつらは人の命を奪うのを楽しむ殺人鬼だったから、躊躇なく殺しただけに過ぎない。それでも、こんな俺を許せないなら弟子を辞めても構わないぞ。俺に止める権利はないからな」
「それは……嫌……です。皆の隣は居心地が良すぎて離れたく……ない。だけど……またあんな事があったら、私は迷いなく出来るかな……って」
そうか、俺が怖いとかそうじゃなく、彼女はきっと不甲斐なかった自分が許せないのだ。人を殺しても、迷い無く進む俺が眩しく見えて仕方ないのかもしれない。
「リース、君は俺じゃない。俺の真似をしてもしょうがないんだ。リースにはリースの道がある。そうだろう?」
「っ!? ですが、私はどうすれば?」
「それは俺や他人が決めるものじゃない。だから悩め。他人に相談してもいいが、答えは絶対自分で見つけるんだ。そうすれば後悔しても、真っ直ぐ歩いていける」
「……出来るでしょうか?」
「ああ、リースなら出来るさ。それにお前にはエミリアや俺達がいるんだ。間違っていたら、違うぞっていくらでも言ってやるさ」
「……ありがとう」
リースは俺の肩に頭を押しつけて静かに涙した。
本当なら胸とか貸してやるべきだろうが、二人を抱えた状態じゃあ無理だ。早いところ迷宮を出たいところだが、彼女が落ち着くまで待機するしかないか。
「ひりうふふぁま、ふぁふがふぇす!」
「エミリアよ、肩に噛み付きながら喋るのは止めなさい」
「ぐすっ……ふふ、甘えたいんですよ、きっと」
今度から背負うのをやめよう。いつか肩が食い千切られそうだ。
ようやく迷宮を出れば、迷宮前は人でごった返していた。
そのほとんどが武装した警備員で、入口全てに進入禁止のロープが張られ、間違って入らないように数人が見張っていた。
当然、そんな中で俺達が迷宮から出てくれば目立つ。しかも怪我人を抱えているのだから、一体何事かと思うだろう。
「シリウス君!」
全員の視線を集める中、人混みからマグナ先生が飛び出し俺の前へやってきた。
「無事ー……ではなさそうですね。状況を説明していただけますか?」
「その前にレウスとエミリアをお願いします。応急処置はしましたが、怪我をしていますので」
「わかりました、すぐに学校の治療室に運びましょう。そこの君、担架を用意してください」
マグナ先生の指示で持ってきた担架にレウスを乗せ、続いてエミリアも乗せようと背中から降ろそうとするが、彼女は俺の首にしがみついて降りるのを拒否した。
「エミリア、降りなさい」
「もう少しだけ」
「駄目だ。お前は怪我人なんだ、ちゃんとした治療を受けてきなさい」
「でも……」
「聞き分けの悪い子は嫌いだぞ」
「降ります!」
「こら、ゆっくり降りなさい」
慌てて降りようとするので、頭を揺らさないように降ろすのも一苦労だった。担架に乗せると切なそうな目を向けてきたので、頭を撫でてやりつつ言った。
「後でお見舞いに行くからな。ゆっくり休んでいるんだぞ」
「はい」
「リース、ここは俺が説明するから君も一緒に行ってほしい。君だって疲れているだろう?」
「わかりました。何だかあの子見ていないと不安ですし」
リースは苦笑しつつ、学校の治療室に運ばれる二人について行った。
ふう、これで一安心だな。安堵の息を吐きながら二人を見送っていると、マグナ先生が笑いながら隣に立った。
「エミリア君のあんな甘えた表情を見たのは初めてですね」
「見なかった事にしてやってください」
「子供らしくとても良い表情でしたけどね。それで、説明をお願いしてもよろしいですか?」
「わかりました。あの後私はすぐに迷宮へ飛び込み、そして九階へ辿り着いた時に鮮血のドラゴンと出会いました」
マグナ先生には、戻ってくる前に考えていた嘘の説明をした。
鮮血のドラゴンに出会ったが、すでに彼等は無力化されていて、九階には激しい戦闘の跡が残っていた。
調べている内に生きていた弟子達を発見し、怪我の治療の為に急いで戻ってきた……と言う内容だ。
「無力化……ですか。何が起こったのか彼女達は知っているのですか?」
「鮮血のドラゴン達と遭遇し戦ったそうですが、全員やられて気絶してしまったそうです。そして気がついたら無力化されていたと」
「ふむ、原因はわからずですか。警備隊に続いて調査隊も送りますので、その調査待ちですね。他に何か伝えることはありますか?」
「貴族のハルトとメルルーサも無事でしたが、従者の人達は……」
「そう……ですか。二人が無事なのは喜ばしい事なのでしょうが、犠牲となった生徒は非常に残念です。申し訳ありませんが、学校に戻ったらヴィル先生にも報告してもらえませんか? おそらく私の職員室にいる筈です」
「今の話をヴィル先生にすればいいんですね?」
「はい。本当なら私が行きたいところですが、ここの調査がありますので離れられません。ですので、現場を見たシリウス君に直接説明してもらいたいのです」
「わかりました。俺も聞きたい事があるので向かいます」
「ええ、よろしくお願いします」
調査隊に指示を飛ばし始めたマグナ先生を背に、俺は弟子達を追う様に学校へ向かって走った。
学校へ戻った俺はすぐにマグナ先生の職員室へ向かった。
部屋の前に立ちノックしようとするが、する前に扉が開かれヴィル先生が出迎えてくれた。中に招き入れたヴィル先生は自らお茶の準備を始め、ソファーに座る俺の前に置いた。
「マグナ先生程ではありませんが、私も少しは嗜んでいるのですよ。どうでしょうか?」
少し蒸らしが足りないが、茶葉の味が染み込んでいて美味しかった。それに色々あって喉が渇いていたから丁度良かった。
「……はい、美味しいですよ。それで、私がここへ来たのは迷宮で起こった事の説明ですね?」
「よろしくお願いします」
それからマグナ先生に話した内容をヴィル先生にも話した。
だが彼に対してはレウスとエミリアの傷や、鮮血のドラゴン達の生き残りについて詳しく説明しておいた。
一通り説明を終えると、ヴィル先生はこちらが何か言う前に頭を下げてきたのだ。
「まずは謝罪をしましょう。先ほど調べた結果、今回の殺人鬼達を手引きしたのはグレゴリと判明しました。我々、学校の先生によって貴方の弟子達を傷つけてしまい、大変申し訳ない」
「……そのグレゴリはどこへ?」
「学校に姿は無く、すでに彼の家にも警備隊を送っております。捕まるのも時間の問題ですので、私達にお任せください」
「任せて……いいんですね?」
「この様な事を仕出かしましたが、腐っても上位貴族なのです。貴方が下手に手を出せば庇いきれない可能性もあるので……堪えてください」
「わかりました」
終ったらすぐにでもグレゴリの職員室へ突撃しようと思っていたが、そこまで言われたら仕方あるまい。手を下すのはやめておこう。
初めてみるヴィル先生の怒りの表情も、俺が止めようと思った一つの要因だ。
「我々も限界を超えました。その生き延びた鮮血のドラゴンの二人を尋問し、グレゴリを吊るし上げる証拠を得ねばなりません。彼はもはや先生ではなく犯罪者ですから」
偉そうに先生していた人が、僅か一日で犯罪者へ転落か。獣人は愚かとか呟いていた本人が一番愚かだったな。
「説明ありがとうございました。何かありましたら報告しますので、今日はこの辺にしておきましょう」
「はい。弟子達の様子が気になりますので助かります」
「本当に大切にしているのですね」
「そうですね、大事な俺の弟子ですから」
軽く笑みを向けて俺は職員室から退室した。
治療室へ顔を出したが、エミリアとレウスはすでに処置を終えて各病室のベッドに運ばれたそうなので、俺は教えてもらった扉をノックした。
「はーい……あ、シリウスさん」
扉を開けてくれたのはリースで、俺の姿を確認するなり笑顔を向けてくれた。
「様子を見に来たんだが、入って大丈夫かな?」
「はい、大丈夫ですよ。エミリア、シリウスさんが来たよ」
「本当ですか!?」
声質からして、エミリアはほとんど回復したようだ。俺が部屋に入ると、ベッドに座ったエミリアが満面の笑みで迎えてくれた。
「調子はどうだ?」
「まだ少し頭がふわふわしていますが、もう大丈夫です」
「そうか。だがそういう油断が一番危ないからな、今日は大人しくここで休むんだぞ」
「そんな! 本日のダイア荘の掃除も終ってませんし、晩御飯の支度もまだー……」
エミリアがこの世の終りみたいな顔をしているが、頭を撫でてやると少しだけ表情を和らげた。
「掃除も晩御飯も明日には出来るから、今は休みなさい。それとも……命令しないと駄目なのか?」
「……はい、わかりました」
渋々と言った表情だがエミリアは納得してくれた。その光景を苦笑しながら眺めていたリースは、ドアを開けて部屋を出ようとしていた。
「私、レウス君を見てきますね」
ごゆっくり……と言わんばかりの笑みでリースは部屋を出て行った。全く、空気を読むのは結構だが最後の笑みはいらんよ。
俺とエミリアは二人きりになり、すでに夕方近くなので周囲も人通りが少ない。俺はエミリアの顔を覗き込みつつもう一度頭を撫でた。
「さて……リースは行ったぞ。言いたい事があるんじゃないか?」
「…………シリウス様ぁ!」
彼女は唐突に表情を歪ませると、俺にタックルする勢いで胸元に飛び込んできた。無理に動くなと言っているのに、仕方がない子だ。
「怖かった……怖かったです! レウスが……まるでお母さんにみたいに前に出て……また、大切な人が居なくなっちゃうって思って……ああぁぁぁ!」
エミリアが異常に甘えていたのは、この感情を表に出さないように誤魔化していただけなのだ。
目の前で親を失った光景は、彼女にとって未だに癒えない深い傷である。
今回それを思い出させる状況になってしまったが、彼女は泣き叫びたくても生き延びる為に必死に耐えていた。
レウスとリースの前で弱い自分を見せないように我慢し続け、そしてついに二人きりになったところで瓦解したのだ。
「私、シリウス様に二度と会えないと思って……でも二人を支えなきゃって! レウスが無事で良かった! リースが無事で良かった! シリウス様に……また撫でてもらえて……よかったぁ……」
感情がだだ漏れで放つ彼女の言葉は支離滅裂だ。だがそれでいい。トラウマを刺激されようと、耐え続けた彼女の感情をしっかり受け止めてやらないとな。
エミリアを包み込むように抱きしめ、ゆっくりと慈しむように撫でてやる。
「よく頑張ったな。二人が無事に済んだのは、エミリアが支えてくれたからだぞ」
「でも私! ずっと倒れてて! レウスが必死に戦うのを見ている事しか出来なくて!」
「それは最初に言ったようにリースを守ったからだろう? こうして皆、無事に帰って来れて俺は嬉しい」
「シリウスさまぁ……私も……です」
数年前、エミリアの信頼を得た時の夜を思い出す。あの時彼女はただ泣きじゃくり、俺は宥めていただけだった。
だが今は違う。
彼女は一頻り泣いた後、涙を拭って俺を見上げてきたのだ。
「今度は……今度こそは……私が守ります。どんな事が起きても跳ね除けるように……強くなります」
「俺の従者をやりつつか? 今まで以上に大変だぞ」
「大変でも私は頑張ります。だって、何も出来ず見ているだけなんて耐えられませんから」
……また成長したなエミリア。その力強い眼差しがあればきっと強くなれる。将来が楽しみだ。
「よく言ったエミリア。師匠として嬉しいぞ」
「本当ですか? でしたら、一つお願いがあるんですが」
「何だ? 言ってみなさい」
「もう少しだけ……このままでいいですか?」
「仕方ないな」
彼女の要望に答え抱きしめたままでいると、彼女は安心した表情で俺に擦り寄ってくる。
しばらく経つと彼女は穏やかな寝息を立て始めたのでベッドに寝かしつけてやり、俺は静かに部屋を出るのだった。
「あ、シリウスさん。エミリアはどうでしたか?」
部屋を出てすぐに、レウスの元へ行っていたリースが戻ってきた。手には外で摘んできたと思われる花を持っていて、おそらく見舞い用だろう。
「ああ、彼女はもう大丈夫だ。今は落ち着いてゆっくり寝ているよ」
「良かった。レウスも先ほど目覚めましたし、今から向かえば話が出来ますよ」
「そうだな、俺も少し話をしておこうか。ところでレウスの事を君付けで呼ばないんだな?」
「先程レウスの方から他人行儀で嫌と言われまして。私の方も切っ掛けが掴めなくて、ずっと君付けで呼んでいただけなんです。ですから、今日を切っ掛けに呼び捨てにしようと」
「それだけレウスが心を許したんだ。あいつは敵以外には人懐こそうに話すけど、心から懐いているのは数人しかいないんだ。君はその一人になったんだよ」
レウスが心から懐いているのは、俺とエミリア、そしてノエルとディーくらいだろうな。そこへ新たにリースが加わったわけだ。
その話を聞いたリースは笑みを浮かべて嬉しそうにしていた。
「そうなんだ。ふふ……嬉しいなぁ」
「ああ、誇ってもいいぞ。それじゃあ、俺はレウスに用があるから」
「はい。レウスを元気付けてやってください」
……等と、リースに言われて少し離れたレウスの病室へやってきたが。
「兄貴! 来てくれたんだな!」
レウスはベッドに寝かされ胸元や腕に包帯を巻いているが、非常に元気そうであった。
俺が部屋に入ってきた瞬間からテンションが高く、目をキラキラと輝かせて俺から目を離そうとしない。とても怪我人とは思えないな。
「怪我は大丈夫なのか?」
「こんなものすぐに治るさ。それよりやっぱり兄貴は最強だな! 俺達が手も足も出なかった奴らをあんな簡単にやっつけるなんて凄いよ!」
「だが俺は二人も殺したぞ? 相手は殺人鬼とはいえ、俺も同じような事をしたんだ」
「関係無い! 兄貴は俺達を守る為にやったんだ。尊敬はするけど、怖くなんか絶対無い!」
真っ直ぐな弟子だった。
ただ俺の凄さに感動している子供で、憧れの視線を一心に向けてくれる。だが、その真っ直ぐな言葉と視線が俺を安心させてくれるのだ。
「俺、今回の戦いで守る大変さを知ったよ。こんなに大変なのに、兄貴はずっと俺達を後ろから見守ってくれてたんだな」
「気にするな。それが俺の役割だし、それを理解してくれただけでも十分だ」
「兄貴……俺は絶対、兄貴と肩を並べるくらいに強くなる。今回は負けて悔しいけど、沢山勉強になったよ」
「ほう、聞かせてもらってもいいか?」
「うん!」
その時は感情的になって暴れていただけらしいが、冷静になった今は失敗点を思い出して反省していたらしい。
守るべき対象がいたのに自ら前に出たり、変身した力に溺れて力任せの剣しか振ってなかったと、一つ一つ挙げて俺に報告してくれる。
レウスは見たところ負けて落ち込んでいる様子は無い。冷静に自分のミスを幾つか上げているし、俺がフォローしなくても問題ないかもしれない。
そう思っていたが……レウスの奥底にある感情は納得できていない様子だった。
報告が終り急に押し黙ったかと思ったら、レウスは難しい顔で視線を窓の外に向けてぽつぽつと語りだした。
「……姉ちゃん達が無事で、俺は生きていて、おまけに兄貴の凄さを見れた。それに俺は、兄貴とライオルのじっちゃんに負けてばっかりだから、他の相手に負けたって悔しくないと思っていたんだ。だけどさ……」
レウスは歯を食いしばって目から涙が零れるのを懸命に堪えているが、次々と溢れる涙を抑えきれずベッドに染みが広がっていく。
「何で……こんなに悔しいんだろう? 兄貴、俺っておかしいのかな?」
「おかしくないさ。それは男として当然の反応だ」
「当然? でも俺、下手したら姉ちゃん達を守れなかった事より悔しいんだ。そんなの比べるまでもないのに……俺、自分が負けた方が悔しいと思っているんだよ?」
涙が止まらないレウスの頭を撫でてやる。
戦いでは負けたが、敵は二人を失って捕まり、お前達は全員生き残った。結果だけ見ればこちらの勝利だが……レウスは納得出来ないわけだ。
俺とライオルは別格だから、それ以外に負けたのが本気で悔しいのだろう。
「だけど、エミリアとリースを守りたい気持ちは本当だろう?」
「当たり前だよ! 姉ちゃん達が無事で良かったって本気で思ってる」
「だったらそれでいいじゃないか。片方を選ばなければいけないわけじゃないし、両方の悔しさを受け入れろ。そしてその気持ちを忘れるな。きっとそれはお前を強くするからな」
「……いいのかな?」
「リースにも言ったが、決めるのはお前だ。だが、お前はエミリア達を守りたいという気持ちを絶対忘れないさ。お前は何故強くなりたいと思った? もう一度言ってみろ」
「姉ちゃんを守る為だ!」
「そうだ。だから傷を癒してまた強くなれ。お前が求める限り、俺はどこまでも付いて行ってやる」
「わかったよ!」
涙を拭ったレウスの目は、前以上に強い瞳を佇ませていた。
レウス、お前は強い子だ。
いつか必ずライオルを越え、そして俺を越えていくだろう。
その時が来るまで、近くで見守ってやれるのが楽しみで仕方がない。
レウスの病室を出た俺は、廊下に設置されている椅子に座って息を吐いた。おそらく見舞いに来る人用の椅子だろうが、やけに大きくまるでソファーみたいだった。
今回の事件は下手すれば弟子達を失うかもしれなかったが、全員が無事で本当に良かった。
敗北を知った弟子達はまた強くなるだろう。怖くて戦えないと心が折れた様子も無いし、本当に強い弟子達で頼もしい。
あいつらを弟子にして本当に良かった。
ただ……流石に疲れたな。
ぶち切れ、全力で戦い、体も『ブースト』の長時間による維持で疲労が蓄積している。
一段落したせいか疲労が一気に襲い掛かってきて、正直歩いて帰るのもきつい。後は家に帰るだけだし、少し休憩して帰るか。
脳内に十五分で目覚めるタイマーをセットし、俺は目を閉じて椅子の背もたれに体を預けた。
――― リース ―――
シリウスさんと別れ、エミリアの様子を見ればとても気持ち良さそうに眠っていました。
いえ、気持ち良さそうを通り越して幸せそう。時折笑ったりシリウスさんの名前を呟きながら、本当に幸せそうに眠っています。
一体何をしてもらったんだろう? 思わず首を傾げてしまいました。
それから音を立てないように摘んだ花を生けて、私は静かに部屋を出ます。
次はレウスの部屋だけど、そろそろ話は終ったかな?
花を持って私がレウスの病室前へ行くと、廊下にある椅子にシリウスさんが座っていました。
「シリウスー……さん?」
声をかけてもシリウスさんに反応がありません。
心配になって近づいてみれば、シリウスさんは座ったまま寝ていたのです。
この人と知り合って二年が経ちますが、ここまで無防備な姿を見たのは初めて。
でも仕方ないよね。私達を助ける為に走って来て、あんな強い人と戦い、その後も私達を気に掛けているんだから疲れて当然だよね。
エミリアは警戒心が強い人だって言っていたけど、心を許した人には凄く無防備だって言っていた。
私も……そうなのかな? 興味がわいた私は試したくなった。
静かに、起こさないように少し離れて椅子に座ると……シリウスさんは起きなかった。少し体が動いた気もするけど、閉じた目はそのままだ。
良かった、私も心を許してくれているんだ。
それが凄く嬉しくて、私はしばらくシリウスさんの寝顔を眺め続けた。
シリウスさんは付き合えば付き合う程、不思議な人だと思う。
私より一つ年下だけど、とても強くて、何でも知っていて、自然と敬語を使いたくなるくらいに私はこの人を尊敬している。
背丈は私よりちょっと高いくらい。体は凄い鍛えられているけど、大人に比べたらやはり全体的に小さい。
だけど、後ろから見る彼の背中はとても大きく見える。どう見ても子供の背中だけど……彼を知れば知るほどその背中が大きく見えて頼もしいのだ。
エミリアやレウスが慕い、尊敬する気持ちが私も十分にわかる。
「ん……ああ、リースか」
「ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」
いけない、近づきすぎて起こしちゃった。せっかく休んでいたのに、悪い事をしちゃったな。
「いや、勝手に起きただけだ。リースじゃなかったらすぐ起きていたよ」
「私じゃなかったら起きれるのですか?」
「本格的に寝てたわけじゃないからね。リース達じゃなかったら警戒して当然だろ?」
そう言って笑ってくれました。
私なら大丈夫って態度でわかってたけど、言葉にしてもらえると凄く嬉しい。
「エミリアとレウスはここで泊まるだろうし、俺もそろそろダイア荘に帰るつもりだが、リースはどうするんだ?」
「私はもう少し二人の様子を見てから、学生寮に帰ろうと思います」
「そうか。悪いけど先に失礼するよ」
「はい、父様もお疲れ様でした」
「父様? 俺は父親じゃないぞ?」
「あっ!? その……冗談です! あ、あはは……」
「まあリースの様な子供を持ったら親冥利に尽きそうだな。それじゃあ、また明日な」
「はい、また……明日」
朗らかに笑い、私に背を向けて去っていくシリウスさんを見送りました。
近くにいる大人や先生達とは比べ物にならないくらいに広く大きい背中を見て思う。
父様というのは……きっとこんな人なんだろうなって。
一度しか会った事がなく、背中を向ける事さえなかった私の本当の父様と全然違う。
そろそろ私の事を話すべきかもしれない。
だけど話したら、今の心地良い空間が変わりそうで怖い。
それでも……エミリアやレウス、そしてシリウスさんにこれ以上隠し事はしたくなかった。
大丈夫、今日の怖さに比べたら簡単じゃない。
きっとあの人達なら受け入れてくれる。
そして変わらず接してくれると信じてるから……決心した。
後悔はしても、自らの足で真っ直ぐ歩いていく為に。
弟子達フォローの回でした。
弟子達のケアは似たような対処が続きますが、彼らの成長にはかかせない事ですので、あえて書いてあります。
今回の投稿は結構ギリギリ(笑
本当ならもうちょいあり、それからこの章を終える予定だったのですが、時間と文字の量により次に回します。
グレゴリはさっさとぶっ飛ばされるべきでしょうが、後にとある用事があるのでまだ放置。




