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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

六章 学校 最強編

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迷宮へ挑む者達

 迷宮開放から半月が経過した。

 毎日のように貴族が仲間を集めて冒険者を雇いつつ挑戦しているようだが、未だにクリア者はいない。

 何でも今回の迷宮は前回に比べて全く違うらしい。

 罠が減った分、魔法陣によって自動的に動くゴーレムが大量に出現するようになったそうだ。

 曰く、通路を塞ぐほどの巨大なゴーレムが出現したり、またある時は大量のゴーレムによる物量によって無理矢理やられたりと様々だ。

 この頃になるとクリアを諦める貴族が出始めるので、ようやく平民や他の者達が挑戦し始める。

 貴族が迷宮挑戦者の第一陣であるならば、今日集まったのは第二陣であり、その中に俺達の姿があった。

「半月近く経つのに、まだまだ人は多いな」
「ですね。もう少し人が減ってからにしますか?」
「ここまで来たんだ。せめて迷宮に入るくらいしておきたい」
「経験は大事……ですね」

 昼過ぎだというのに、ぱっと見でも二十パーティー以上の姿は確認でき、さらに冒険者も連れているパーティーもいるのだから、迷宮周辺は人でごった返していた。

「なあ兄貴、こんなに沢山の人が迷宮に入ったら、中が人だらけになっちゃうよ?」
「他のパーティーとかち合う事は滅多に無いようだぞ。ほら、あそこの入り口を見てみな」

 俺が指したのは迷宮の入り口だ。隆起した土壁に人が通れる程の穴が開いているが、それが一つだけではなく無数にあるのだ。

「迷宮の入口は無数にあってそれだけに広い。だから入ってすぐに他の人と出会う事は無い。他のパーティーに出会うとしたら下の階じゃないか?」

 この迷宮は挑戦する入口によって全く違う内容になるらしい。例えば一番と五番の入口は罠が主体だとか、六番と九番は罠が少ないけど迷路みたいだとか、完全に区分けされた構造になっている。挑戦する度に入口を変えれば飽きずに何度だって楽しめるわけだ。
 だが九階で全ての道が一つになるので、他のパーティーに会うとしたらその時だろう。そこで最後の試練を突破できれば、十階に進め迷宮をクリアしたと言えるわけだ。

「たとえ出会ったとしても協力や妨害は禁止されているからな。貴族相手なら向こうを優先させて面倒事は避けるように」
「わかりました。特にレウスは気をつけなさいね」
「わかった! だけど兄貴とか馬鹿にされたら俺黙っていないよ?」
「そうね。私も冷静でいられるか自信がないわ」
「……その時は私が交渉しますね」
「……俺は二人を抑えるから頼む」

 状況によっては反抗すると宣言する二人に溜息を吐きつつ、順番待ちの列に並んだ。
 迷宮の入口前には事務所が建っていて、受付の人が手続きを終えたパーティーから次々と迷宮へ送り出していく。時間がかかると思っていたが予想以上にサイクルが早く、これなら大して待つことなく迷宮へ入れそうだ。

「よし、待ってる間に装備チェックだ。各人しっかりと確認するんだぞ」
「「「はい!」」」

 俺はいつもの剣とミスリルナイフに、投げナイフが差してあるベルトが一本だ。服装は学校のローブだが、その下には丈夫な皮の胸当てに、膝や肘を厚い皮で補強した全身タイツのような防具を着用している。この全身タイツみたいなのは、小さくて着れなくなった学校のローブを縫い直して自作した物だ。本来なら返却しなければならないローブだが、ケーキ二個を差し出す事により平和的に(買収して)譲ってもらった。
 動きやすさを重視し、下手な皮製品より丈夫な防具だが、体のラインがモロに出るので普段から着ると目立ってしょうがない。なので今は学校のローブを着て誤魔化しているわけだ。
 他にも小さなリュックを背負い、食料や水、他にも幾つか便利グッズが入れてある。


「私はいつでも行けます」

 エミリアはナイフを腰に二本挿し、投げナイフを身体中の至る所に隠している。彼女は素早さを生かした攻撃が主なので、皮の胸当てに急所となる箇所のみを補強した動きやすい服装だ。


「俺もいいぜ兄貴」

 レウスはドワーフのグラントに打ってもらった身の丈程の大剣を背負い、鉄の胸当てとガントレットを装備している。俺達パーティーの中で一番防御力が高そうだが、レウスは動きを阻害するのを嫌うので部分的に脆い箇所が多い。それを補う技術はあるのだろうが、いずれちゃんとした防具を買ってやりたい。


「うん、大丈夫です」

 リースはナイフ一本と学校指定のローブだけと一番シンプルな装備だ。なので様々な物資を詰めたリュックを背負っているが、彼女の場合は魔法の支援が主で前衛に出ないのでこんなものだろう。


 点検が終る頃にはちょうど俺達の番になっていた。この時間帯に入るチームは俺達が最後らしく、周辺には誰も居なくなっていた。
 男性の受付の人に学校長から貰ったメダルを見せると、一瞬動揺しつつも俺達に人数分のペンダントを渡して説明を始めた。

「迷宮内部ではこのペンダントを肌身離さず持っているんだよ。これに魔力を流せば迷宮の罠が止まり、私達に装備者の位置を教える仕組みになっているからね」

 この迷宮内限定の発信機みたいな物か。罠に嵌って動けなくなったり、やばい状況になればこれを使えって事だな。
 見れば事務所の奥には同じペンダントが幾つもぶら下がっており、眺めていると一つが赤く点滅し始めて矢印が浮かび上がったのだ。奥に待機していた人が近くに寄り、ペンダントの番号と手元の書類を確認して読み上げた。

「十八番のパーティーから信号を確認。『希望の風』の皆さん、救援お願いします」
「わかった。おい、お前ら行くぞ」

 読み上げた声に反応したのは、二十代の冒険者数名だった。彼等は挑戦者の救助用に雇われた冒険者だろう。受付から先ほど点滅していたペンダントとメダルを貰い迷宮へと入っていった。

「説明にはちょうど良いタイミングだったな。渡したペンダントに魔力を流すと、今の様にあそこのペンダントが連動して点滅するんだ。それを目印に冒険者が救助に向かうわけさ」
「救助に向かった冒険者が、迷宮によってやられたりする可能性は無いんですか?」
「まず無いね。彼等が迷宮に入る前に渡したメダルにはね、迷宮の罠を反応させない効果があるんだ。今回から新たに動員されたゴーレム達も、メダルを持つ者には攻撃しないように出来ているのさ」
「ではそのメダルを入手すれば、一番クリアも楽ですね」

 エミリアの尤もな意見に、受付の人は苦笑しつつも答えてくれた。

「まあ実際、何人かの貴族が売ってくれと言ってきたけど、説明を聞いて諦めたよ。このメダルを持ったまま九階へ着くと、十階の機能が切り替わってクリア出来ない状態になるんだ。ズルは許さないわけだね」
「よく出来ているんだな。ところで兄貴が持ってたメダルはそれと違うのか?」
「その説明も今からしよう。これは学校長が認めた者にしか渡されない、最高難易度へと挑戦出来る鍵なのさ」

 マグナ先生は迷宮へ素通り出来る物だとか言っていたが、やはり違うのかよ。あのケーキ中毒の二人にまんまとやられたわけだ。

「どうするかな? これを貰うって事は君達が只者じゃないってわかるけど、普通なのも挑戦出来るよ?」

 その言葉に振り返り弟子達の様子を確認した。
 エミリアは俺に全て委ね、レウスはやる気満々で、そしてリースもまたやる気溢れるように両拳を握っていた。反対意見は無いようだ。

「挑戦します」

 こうして俺達は最高難易度へと挑戦する事になった。




 迷宮内は岩がゴツゴツした洞窟風ではなく、レンガを敷き詰めたような壁が続く平坦な通路であった。多少薄暗いが、少し先まで見通せるほどに明るい迷宮で、明かりを持ち歩く必要はなさそうである。

「よーし、早速行くぞ!」
「待て」

 迷宮へ一歩踏み出そうとするレウスの襟首を掴んで止めた。踏み出そうとした足が宙に浮いたまま、レウスは首だけ振り返って不満げに見つめてくる。

「いきなり何だよ兄貴」
「忘れるな、ここは最高難易度だぞ?」

 ここはあの学校長が調整した迷宮だ。何だかんだで二年も付き合っていて、あの人は意外にお茶目でSな部分もあると理解している。そんな人が最高難易度の調整をすると考えると、俺は嫌な予感がしてならなかった。
 勘の赴くまま、レウスの体にとある処置を施してから襟首を放した。レウスは俺の行動に不思議がりつつ一歩踏み出すと……突如レウスの姿が消えた。

「レウス!?」
「レウス君!?」
「こ、ここだよ〜……姉ちゃん」

 正確に言えば、一歩踏み出したら床が抜けて穴となりそこへ落ちたのだ。穴の底には水が注がれていて、落ちれば確実に濡れ鼠となってテンションが下がるだろう。しかし前もって『ストリング』を腰に結んでおいたので、レウスは宙吊りであるが無事だった。
 そのまま落とし穴からレウスを回収すると、広がった穴が塞がって魔法陣が浮き上がってきた。その魔法陣は色を失っていて、試しに再び踏んでみるが今度は何も起こらなかった。

「た、助かったよ兄貴。だけど何で穴が消えたんだ?」
「一回発動したらしばらく発動しない仕組みだからだ。おそらく大気中の魔力を徐々に吸収して、時間が経てば再び発動するように描かれているんだろうな」

 魔法陣を眺めつつ、本で学んだ知識からそうであると断定した。それなりに高度に描かれた魔法陣なのに、やる事が落とし穴って……何て無駄な技術なんだろう! 実はこういうの嫌いじゃない。

「でもいきなりこれは酷いぜ。一歩目からいきなり水落ちなんて」
「着替えは普段から持ち歩かないからね」
「こら、無闇に動き回るな」
「「えっ?」」

 注意するがすでに遅かった。エミリアがレウスに近寄ろうと一歩進むと、僅かに床が沈み足元から魔法陣が浮き上がって光を放ったのだ。姉弟が互いに見合っていると、通路の奥から風を裂く音が僅かだが聞こえた。

「はっ!」

 飛んできたのは先端を潰した矢であったが、レウスは難なく武器で叩き落していた。

「大丈夫?」

 リースが心配して近づけば足元に再び魔法陣が浮き上がり、リース目掛けて強風が襲い掛かったのである。ちなみに下から上に向かってだ。

「えっ!? きゃあああぁぁ――っ!?」

 説明するのは二回目だが、彼女の服装は学校指定のローブだ。当然ローブは下からの強風によって捲くれるわけで……。

「させるか!」

 すかさず『ストリング』を伸ばし、彼女の太股辺りに縛り付けてギリギリで事なきを得た。正直男なので見たいと言えば見たいが、許可無く見るのは俺の沽券に関わる。
 風はすぐに治まったが、彼女は半泣きで力なくその場にへたり込んでしまった。

「はふぅ……し、シリウスさん……助かりましたぁ」
「いや、別にいいんだが……お前らちょっとそこに整列」
「「「は、はい!」」」

 罠に対してあまりにも弟子が無頓着過ぎる。こういう罠は滅多にある物じゃないから仕方ないと思うが、これはちょっと酷い。
 俺は罠がないのを確認した場所に弟子達を並ばせ、急遽罠の講義をする事にした。

「さて、何で並ばされたかわかるな?」
「私達が罠に引っかかるから……です」
「その通り。別に怒っているわけじゃないが、配慮が足りなさ過ぎる。色々講義しながら進むから、勝手な行動は慎むように」
「わかりました」

 そこから先は俺を先頭に進み、罠があれば逐一説明し、またわざと罠にかからせて弟子達に経験させていった。

「床だけじゃなく、壁にも罠が仕組まれている場合が多い。壁は必要な場合を除き絶対に触れない事。無意識に触れて発動させる奴も結構いるからな」
「危ね! もう少しで触れるところだったよ」

「この床をよく見てみるといい。ほんの僅かだが汚れが途切れているだろう? おそらく魔法陣が隠蔽されている筈だ」
「これは……よく見えますね。意識しても難しいですよ」
「シリウス様なら当然です」

「一見何も見当たらないが、実は罠が隠されているぞ。通路が三つに分かれているが、罠が無いと思った方向へ進んでみなさい」
「右は……何だか嫌な予感がするから左だ! ……うわっ!?」
「シリウス様! レウスが落とし穴に!」
「正解は中だ。罠が一つとは言っていないぞ。与えられた情報だけで考えては駄目だからな」

 ちなみに俺は迷宮に入ってから一度も罠にかかっていない。何故と問われれば、罠の発動体は魔法陣であり、魔力を捉える『サーチ』で調べれば罠の位置が全て判明するからだ。
 反則に近いが俺は遠慮なく使わせてもらう。最高難易度を弟子達の経験場として、しっかり利用させてもらう為に。


 問題のゴーレムは出現する事はなく、罠だらけの道を勉強しつつ進み続けてようやく四階への階段に辿り着いた。
 その頃になると弟子達は罠に対して大分理解していたが……。

「俺、学校長の事が嫌いになりそう」
「そうね、大人気無いにも程があるわ」
「女性の敵です!」

 この迷宮を調整した学校長の評価は下がる一方であった。
 しつこいくらいに落とし穴が配置され、罠による強風で再びスカートが捲くれ上がりそうになったり、各属性の初級魔法が無数に襲い掛かってくる等、嫌味たらしい罠が満載だったからだ。
 今度弟子達にヴィル先生の前で迷宮の感想を聞いてみよう。先生はどんな顔をするのか楽しみだ。

 階段を降り、俺達は四階へとやってきたが、妙な気配を感じて思わず立ち止まっていた。

「どうやら四階から罠が減ったようだが……」
「兄貴! 何か来るよ!」

 『サーチ』で調べれば、今度は床や壁ではなく動く魔法陣の反応があった。警戒しつつ通路の先を眺めていると、現れたのは全身が砂で出来ているゴーレムであった。
 その姿を観察してみれば、とりあえず顔と手足が在るといった簡単な作りで、大きさは俺と同じくらいだ。関節すら碌に無いせいか動きが緩慢で、ゆっくりとした足取りでこちらへと向かってきている。

「ここからはゴーレムパーティーだな」
「ちょうどいいよ! 溜まっていた怒りをぶつけてやる!」

 レウスは駆け出し、背負っていた大剣を抜き放ちゴーレムの脳天へと振り下ろした。ドパァッと砂が爆ぜる音が響き渡り、ゴーレムをあっさりと真っ二つにしたレウスは振り返り親指を立てた。

「砂なんて楽勝だね」
「レウス後ろよ!」
「後ろ? って、うわぁ!」

 レウスによって真っ二つにされたゴーレムだが、逆再生したかのように砂が集まり、すぐに元の形と寸分変わらぬ姿に戻った。そして背中を向けたレウスに殴りかかるが、エミリアの声によって事無きを得た。

「な、何だこいつ? 確かに真っ二つにしたのに」
「レウス、右の手首を斬れ!」
「わかった兄貴!」

 再生するのには驚かされたがゴーレムの動きは相変わらず遅く、レウスは緩慢なパンチを避けて俺の助言した箇所を斬った。するとゴーレムの体が崩れ始め、細かい砂となって床に広がりその砂は床に吸収されて消えていった。

「……どうなってるのこれ?」
「お前が最後に斬った部分は魔法陣が描かれていたんだ。こいつは魔法陣によって動くんだから、そこを崩してしまえば形を保つ事が出来なくなるわけだな」

 土属性魔法でゴーレムを作り使役する魔法がある。恐らく今のはそれの劣化バージョンだと思うが、体が砂ならば崩すのは容易いものだ。それにこちらには砂の弱点を持つ人物がいる。

「シリウス様、今度は三体です!」
「リース。君の出番だよ」
「はい! 水よ……お願い。『水玉アクアショット!』」

 リースが手を振りかざすと、彼女の周辺に小さな水の玉が幾つも現れ、迫るゴーレム達へと一斉に発射された。
 水の玉が砂の体を穿ち、ゴーレム達の体は崩れ落ちる。だが、完全に沈黙したのは二体のみで、残り一体は元に戻ってしまっていた。

「魔法陣を狙うのが難しいですね」
「違うぞリース。魔力を感知するのは精霊の方が鋭いから、精霊に任せるように放てばいいんだ。もう一度やってごらん」
「わかりました。皆……お願いね。『水玉アクアショット』」

 今度は一つしか現れなかったが、発射された水の玉がゴーレムの右脇腹を貫くと体を崩壊させて消え去った。

「凄い……一発で倒せました! ありがとう皆!」

 精霊に感謝しているリースだが、エミリアとレウスは警戒をまだ解いていなかった。勿論俺も警戒を解いておらず、薄暗い通路の先を見据えていた。そんな俺達の緊張感に気付いたのか、リースは喜ぶのを止めて首を傾げていた。

「どうしたのですか? もしかしてまだ……」
「その通りだ。今度は少なくとも三十はいる」

 そして現れたのは大量のゴーレムだ。軍隊のように三列縦隊に並び、足音を揃えてこちらへと歩いてきていた。流石にこの数を個人で突破は難しいな。

「今度は全員で戦うとしよう。準備はいいか?」
「コツは掴んだから問題ないよ!」
「私はいつでも行けます」
「頑張ります!」
「よし、囲まれないように弱点をしっかり狙うんだ。戦闘開始オープンコンバット!」

 それから俺達は破竹の勢いで進み続けた。
 レウスはたまに外しているが体ごと魔法陣を斬り飛ばし、エミリアは的確に弱点を見つけてはナイフで魔法陣を斬って終らせ、リースは『水玉アクアショット』を連発して数を減らしていく。
 姉弟はゴブリンの集団戦で慣れているが、リースはそもそも実戦経験が少ないせいか動きが堅い。俺は彼女に注意を向けつつ進み、討伐数が百を超えた辺りでようやく階段を見つけた。
 俺は安堵の息を吐きながら階段を降りようとして……止めた。当然弟子達は疑問符を浮かべつつこちらを見る。

「兄貴どうしたんだ? 早く行こうよ」
「今日はここまでだ。そろそろ帰り始めないと遅くなるぞ」
「まだ四階ですよ? それほど時間が経っているとは思いませんが」
「洞窟の中では時間の進みが解り辛いんだ。お前達はまだ早いと思っているだろうけど、すでに夕方前だぞ?」

 洞窟内では日光による視覚の変動が無いし、一定の気温が保たれているので外の変化に気付きづらい。迷宮初挑戦の三人には解らない事だろう。夕方前と聞いて、レウスのお腹から大きな空腹音が響き渡った。

「本当だ!? 腹が鳴ったぞ!」
「昼前に入ったのに、時間が過ぎるのは早いですね」

 どうやら弟子達へ行っていた罠講座が予想以上に時間を食ったらしい。だが罠によって弟子達の新たな刺激にもなったので悪い話ではなかった。あるとしたら学校長に対する不満だな。

「リースも疲れただろ? 今日はこの辺りにして帰るとしよう」
「ごめんなさい。まだ皆さんのように動けなくて」
「なに、実戦が少ないんだから仕方がないさ。それより晩御飯は何にしようか?」

 ゲームや物語みたいに転送装置や帰還魔法は存在しないので、進むのも帰るのも自力で歩かなければならない。面倒に見えるが、下の階に降りる階段前の魔法陣に魔力を注げば、その階層の罠とゴーレムは反応しない仕様となっており、帰り道だけは安全が確保されている。
 入口へと戻りつつ晩御飯のメニューをリクエストしてみれば、弟子達は元気よく自分の意見を言い出した。

「肉がいい!」
「肉だけじゃなくて野菜もね。シチューとかどうでしょう?」
「この間食べたカレーライスとかはどう? あれ凄く美味しかったわ」
「「それだ!」」

 ハモる姉弟に苦笑しつつ、足りない食材を数えながら思い出していた。

 二年間、俺は様々な調味料やスパイスをガルガン商会に依頼し、届いた物を味見しては新たな料理を再現しようとしていた。そして遂に、カレー粉となる物を作ることに成功した。今にして思えば長い戦いだったと思う。似たような味を探すのはもちろん、スパイスの配合に失敗して、味見したレウスがあまりの辛さに泣いて逃げ出した事もある。
 苦労の末に完成したカレー粉だが、なんと色が茶色ではなく緑色なのだ。これは色をつけるスパイス、ターメリック代わりのスパイスが緑のせいだと思う。とにかく味はカレーなので、カレーパンを作ってみたがやはり米が欲しい。
 そんな苦悩が続く中、先日ガルガン商会から米らしき物を発見したとの報せが入った。それは妙に細長かったが、鍋を使い炊き上げてみれば米の味に違いなかった。
 見た目は違うがこうしてカレーライスは完成し、弟子達が獣の様に貪ったのは記憶に新しい。


 その後、何事も無く迷宮を脱出し、カレーライスを作って今日は終った。






 次の日、学校に登校するなり朝の恒例行事が起こったが、今日は少しだけ違った様子が見られた。

「ねえねえ! 昨日迷宮へ行ったんでしょ? どうだった?」
「その様子だとクリア……してないね。やっぱり今回は難しいのかな?」
「兄貴と親分でも無理なのか」

 俺達が昨日迷宮に挑戦したのは知れ渡っているようで、クラスメイト達は口々に結果を知りたがっていた。そんな姦しい光景を、俺はぼんやりと眺めている。

「昨日は様子を見に行っただけで、あまり深く潜ってないんです」
「罠の見分け方や回避方法、色々と勉強になったね」
「へぇ〜……それはシリウス君から教わったの?」
「当然です。シリウス様に知らぬ事などございませんから」

 エミリアが胸を張って答えると、クラスメイト中の視線が俺に集まったので、軽く手を上げて答えてみた。すると一人の獣人が猫撫で声で俺に擦り寄ってきた。

「ねえねえ、シリウス君。私達にも罠の見分け方教えてよ」
「そうだよ。エミリア達ばかりずるいよ」
「兄貴! 発言の許可を!」
「ん? よくわからないけどいいよ」
「親分! 俺達にも教えてください。お願いします」

 何だか知らないが妙な事になった。俺は弟子だけで手一杯だから、どうやって断ろうかと考えていると教室のドアが勢いよく開かれた。何事かと思い視線を向ければ、アイオーン組の生徒が教室に入ってきたのである。
 周りが騒然とする中、アイオーン組の生徒はぞろぞろと従者を引き連れて、レウスとエミリアの前に立ち塞がった。

「レウス・シルバリオン! 私、ハルト・アーカードは君に勝負を申し込む!」
「え?」

 いきなり勝負を申し込まれ、レウスは間の抜けた返事をしていた。そしてそれは隣でも行われていた。

「エミリア・シルバリオン! 私、メルルーサ・ミストリアは貴方に勝負を申し込みます!」
「え?」

 心底訳のわからない様子で、エミリアもまた間の抜けた返事であった。流石姉弟だ、仕草も返事もそっくりである。
 姉弟の反応を他所に、おそらく貴族であろう男女の二人は、それぞれの勝負相手を指差し声を張り上げた。

「二日前の模擬戦を忘れたとは言わせないぞ! 卑怯にも意表をついて勝ちを奪いやがって!」
「卑怯? 普通に戦って勝っただけだよ?」
「貴方もですわエミリア。私の華麗な詠唱を見ずに魔法を放つなんて、許せないのにも程がありますわ」
「先に詠唱が終った方から使うのが当たり前だと思うんですけど?」

 どうやらこの二人、午後の選択授業において姉弟と模擬戦をして負けたようだが、本人は納得がいかないらしい。また面倒な事になりそうな空気だ。

「とにかく、我々は貴族として平民であるお前達に負けるわけにはいかないんだ。だから勝負しろと言っている!」
「また剣で勝負するの?」
「違う! 貴様と私達が迷宮に挑み、先にクリアした方が勝ちだ!」
「私達は午後から迷宮へと挑戦するつもりです。お受けになりなさい!」

 あまりにも一方的な用件に、エミリアとレウスは顔を見合わせた後に俺へ視線を向けた。どうしましょうか? と、言いたい顔だな。

「すぐに主人を頼るとは、情けない従者だな!」
「全くですわ。この様な情けない従者を持って主人が可哀想ですわね」
「「うっ!?」」

 挑発とはいえ、貴族の言い分にも思うところがあるのか、姉弟は言葉を返せず悔しげに俯いてしまった。
 その様子に勝ち誇っているようだが、人の弟子を目の前で馬鹿にして……泣くまで教育してやろうか? だが喧嘩を売られているのは姉弟なので、空気を読むことにする。
 姉弟はしばらく俯いていたが、顔を見合わせた後に顔を上げ、貴族に向けて高らかに宣言した。

「……姉ちゃん!」
「ええ! いいでしょう、貴方達の勝負を受けます!」 

 その光景に周囲はどよめくが、すぐに切り替わって拍手が巻き起こった。周囲からは頑張れだとか、負けるなと応援の声が響いてくる。弟子が人気者で鼻が高い。

「よし、ならば今日の昼に迷宮前で会おう!」
「逃げるのは許しませんわよ!」

 挑発が上手くいって気分が良いのか、貴族達は意気揚々と教室から出て行った。これで妙な緊張感から開放されると思いきや、姉弟は俺に向かって土下座しかねない勢いで頭を下げてきたのである。

「勝手に勝負を受けてしまい、申し訳ありませんシリウス様!」
「ごめん兄貴! でも俺、情けない従者だって言われて自分が許せなくて……」

 姉弟が何かある度に俺の様子を窺うのは、指示無しに勝手な行動をしない為なのだろうが、他人から見れば俺に縋っているように見えるのかもしれない。
 俺と並び支えたいと思っている二人にとって、先ほどの挑発は無視できない発言なのだろう。

「……顔を上げなさい」
「ですが」
「いいから顔を上げてこっちを見なさい」

 渋々と姉弟は顔を上げたが、その顔は今にも泣きそうであった。何だお前等? 勝負するのにそんな辛気臭い顔で挑むつもりか?

「一つ言っておきたい事があるんだが、勝負を挑む前にルールを確認したか?」
「それは……」
「……してない」
「だろうな。勝敗後についても向こうも何も言わなかったしな」

 今回の勝負は直接戦うのではなく、迷宮を先にクリアするかどうかの話だ。
 パーティー人数というのがあるので、審判を連れ歩くわけにもいかないし、クリアさえすれば良いんだから不正はやりたい放題だ。
 だから俺は止めるべきだったのだろうが、止めなかったのはあの貴族達なら大丈夫だと思ったからである。
 グレゴリやアルストロみたいに欲望に塗れ、驕れた目ではなく、彼等はただ勝負に負けて悔しがっている子供の目だったからだ。わざわざ名乗って再戦をしてくる点といい、少なくとも二年前みたいな不正の嵐は無いとみている。
 たとえあったとしても大した事はなさそうだし、弟子達の苦い経験となるであろう。

「挑発に乗るなとは言わない。だがな、しっかり先を見据える発言を心掛けなさい。俺の弟子なら出来るはずだ」
「……わかりました」
「でだ、話を纏めると、昼からの迷宮は俺抜きで挑戦する……というわけで良いんだな?」
「……はい」
「本当にごめん兄貴! あいつらの言う通り、兄貴に頼ってばかりじゃ駄目なんだ」
「そうか。で、勝てるのか?」

 俺はあえて挑発するように言った。そんな事を言われるとは思わなかったのか、姉弟は驚きつつも真剣な顔になって言い返してきた。

「はい! シリウス様の従者として、あの人達を完膚無きまで叩きのめしてみせます」
「兄貴に頼らずあいつらに勝ちたいんだ! 絶対勝って見せる!」
「よし! ならばお前達の力をあいつらに見せてこい!」
「「はい!」」

 いつもの自信を取り戻した二人ならば、あんな貴族は敵ではない。やる気を出している姉弟の前に、同じようにやる気を出したリースが二人の前に立った。

「私も一生懸命援護するから頑張ろうね!」
「リース……でもこれは私達の勝負だから、関係の無い貴方を巻き込みたくないわ」
「関係あるわ。私は貴方の友達だからね。それに私は主人じゃないから、一緒に行くのに何も問題は無いと思うけど?」
「ありがとうリース。お願い……出来る?」
「うん、任せて!」
「リース姉ありがとう!」


 こうして、俺を除いた弟子達と貴族の勝負が始まったのであった。




 そして昼休み。
 俺は迷宮へ向かう弟子達を見送り、今はマグナ先生の職員室で紅茶を頂いていた。
 今回の勝負をヴィル先生に説明をしておきたかったし、あちらもまた俺を呼びつけていたのでちょうど良かった。

「……なるほど。そういうわけですか」

 状況の説明を終えるとヴィル先生は頷いているが、心配している様子は全く見られなかった。

「その挑んできた貴族のハルト君とメルルーサ君は確かに優秀です。ですがシリウス君の弟子であるあの子達なら問題ないでしょうね」
「私もそう思っております」

 弟子達には今回の挑戦は普通の迷宮へ行けと言ってある。まあ最高難易度に行きたくとも、メダルは俺が持っているから無理だろうけどな。

「エミリア君達の勝利は間違いないでしょう。ところでお聞きしたいのですが、昨日の迷宮はどうでしたか?」

 難しかったでしょう? と、悪戯に成功した子供のように笑うヴィル先生にむかついたのは仕方がないと思う。

「最高難易度と言える罠の量でした。特に風が吹き上がる罠は女性に対し反感を買う仕様なので、早急に何とかするべきかと。リースが女性の敵と言うほどですし」
「男の子にとっては最高の罠なんですが、そこまで言うなら仕方ありません。次までに修正しておきましょう」

 流石に女性の敵と言われて反省しているようだ。俺は他にも気になった点を挙げてみる。

「未だに迷宮がクリア出来ていないのは何故ですか? 私達は最高難易度しか体験してませんが、ベテランの冒険者が二人いれば普通にクリア出来そうなんですが」

 昨日は時間の問題で諦めたが、あのレベルならもっと先へ進める感じだった。他のパーティーはそれより下の難易度なのに、冒険者を加えてクリア出来ないのは明らかにおかしい。

「そうですね、君達は関係ありませんから教えておきましょう。実は九階、最後の試練は冒険者が介入する事が出来ない仕様なのです。いくら優れた冒険者を見つけようが、本人の実力が無いと困りますし」
「納得しました。ところであのゴーレムなんですが、安全面は大丈夫ですか? 何だかんだで力はありましたし、動けない状況で出会ったら危険過ぎますよ?」
「ゴーレムは動けなくなった相手は襲わないように命令してあるんです。いやはや、この手加減させる魔法陣を作るのに苦労したものです」
「なるほど。では今度解析させていただいてもよろしいですか?」
「どうぞ……と言いたいところですが、シリウス君ならあっさり解析しそうですね。そうなると私の苦労が……」
「こちらは新作のケーキです」
「手加減なら悪い事に利用されませんし、解析を許しましょう」

 その後、幾つか発見した事を報告していると、突如マグナ先生がドアを破る勢いで入ってきたのである。

「学校ー……ヴィル先生! 報告したい事が!」
「何かな? 慌てず報告しなさい」
「はい。先日、冒険者ギルドに依頼していた最近見かける怪しい連中の情報なんですが……」

 へえ、そんな事を依頼していたのか。安全の為か立場ゆえなのか、流石は学校長といったところか。感心しつつ二人を見ていると、マグナ先生がこちらを見て迷う素振りを見せていた。俺が聞いたら不味い内容か?

「忙しいみたいですし、席を外しますね」
「いえ、ついでですから聞いていってくださって結構ですよ。マグナ先生、構わず続けてください」
「わかりました。それで、その怪しい連中ですが。どうやら『鮮血のドラゴン』らしいのです」
「何ですって!?」

 珍しい事に立ち上がって動揺するヴィル先生の姿が見れた。つまり、それだけ大事な問題ってわけか。

「各先生方に早急に報告しておきなさい。怪しい者がいたら近寄らずすぐに報告するように」
「わかりました」
「ヴィル先生、その鮮血のドラゴンとは何ですか?」
「そうですね。貴方にも説明しておくべきですね。彼等は至る所で犯罪を犯し、ギルドで指名手配されている悪名高いパーティーです。リーダーが戦闘能力の高い竜族で構成されていて、メンバーは手の甲に真っ赤に染まった竜の刺青があるのが目印ですね」

 その説明を聞いた瞬間……俺の記憶が再生された。


 昼休み前、弟子達を見送ったその横には、同じように迷宮へ向かうハルト達、貴族の姿もあった。
 その隣には雇ったと思われる冒険者が二名いたが、全身を覆うフード付きのローブを着ていたのだ。更に裾から出ている手には包帯が巻かれていて、あまりの怪しさに思わず観察していたのである。
 ローブ姿の二人は大人しく貴族の後ろを歩いていたが、手を動かした拍子に包帯が解けてしまい慌てて直していた。

 その一瞬であるが、俺は確認してしまった。

 手の甲に、赤い竜の刺青があったのを……だ。



「鮮血のドラゴンとは、生粋の殺人鬼集団なのです」


少しリアルで色々あったので、最近執筆速度が落ち気味です。
ある程度解決したので、そろそろ執筆スピードを上げたいところです。
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