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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

四章 学校を目指して

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ティーチャー

 アドロード大陸に幾つか存在する町の一つ、メドリア。
 城のある大規模な街程ではないが、人が絶えない程に賑わっている中規模の街へ俺はやってきていた。

 目的はジュエルタートルの宝石を売る為である。
 最初は冒険者ギルドや大型の店で売ろうとしたが、伝も無ければ子供をまともに相手にしてくれる筈もなく、顔を知られない為にも裏組織を使って売る事にした。

 メドリアで非合法を主に取り扱う裏組織の一つである、メリッサ。
 酒場で情報を集め、俺はその裏組織の本部である地下に招かれる事に成功した。そして薄暗く蝋燭の明かりのみしかない部屋の中で、メリッサの幹部である男と対面する。

 男は髪が一切生えていない禿頭で、顔に大きな傷が幾つもある貫禄たっぷりのおっさんである。鍛え抜かれた筋肉を隠す事無く晒しこちらを威圧しているが、ライオルに比べたら微風レベルだ。顔を隠すフード付きローブを着る子供を、見た目で判断しない点から実力重視の人間なんだろう。
 だが騙すのはしっかりやるようだ。実物を見せて最初に渡された金貨の数はたったの二十枚である。外の相場で考えると五十枚は硬いようだし、少しご相談といきましょうかね。

「話にならんな」

 渡された金貨袋を机に放り投げ、俺は不快そうに鼻で笑って踏ん反り返った。

「ですがこれは正当な価格では?」
「舐めているのか? 相場を知らない餓鬼がこんな所まで来れる筈ないだろ。見た目で判断するそんな低レベルな組織なのかあんたらは?」
「そう思われるのは心外ですな。私達はこの町でそれなりに顔が広い組織ですし、特別に金に困っておりません。最悪取引を中止してもよろしいのですよ?」
「それこそ嘘だな。これほどの物は滅多に出回らないから欲しい筈だろう? 何だったら他の組織なら買い取ってくれるかもな」
「ははは、理解していらっしゃるようだ。ですが……お金以外で手に入れる事もできるのですよ?」

 相手が手を上げると、闇の向こうで殺気が幾つか生まれた。

「さて……どうしますか?」

 男は嫌みったらしく笑いながら手を下ろすと、周囲の殺気が消えた。これはあれか? 私の合図一つで貴方をヤれますよと……そう言いたいのかね? 裏組織だけあって過激ですな。

「ますますもって話にならんな。お前らはこれを手に入れたのは偶然だと思っているのか?」

 机を軽く叩きながら『サーチ』で調べたところ、天井裏に二人、左壁の隅に一人、背後の扉向こうに一人の反応がある。

「天井に二人、隅に一人、扉向こうに一人とそしてあんたを含めたった五人。そんな数でジュエルタートルを倒せるなら掛かって来い」

 交渉とは舐められては駄目だ。たとえ不利でも弱音を吐けば、そこを突かれて軌道修正が不可能になりかねないのだ。
 あくまで強気で、時に誘うような弱さを見せて自分に有利な条件を勝ち取る。それが闇の世界であれば複雑で難しくなるが、昔も今も多少の問題くらいは対処可能なので、基本強気で攻めるのが俺のスタンスだ。

「どうした? 天井の二人にナイフを投げてもらい、背後の奴がバッサリいくか? それとも、目の前のお前が抑え、他の四人で同時に攻めてみるか?」

 少しだけ魔力を込めた威圧を放つと、目の前の男は汗を浮かべながら唾を飲んだ。

「まあ少なくとも、俺と戦えば組織も無事に済まないだろう。そうなれば他の組織に隙を見せる事になるな」

 そこまで言い、俺は威圧を止めてミスリルナイフを男に見せるように取り出した。

「だが俺はお前達の組織に一切興味が無い。この宝石を秘密裏に売りたいだけだ。試すのは結構だが、そろそろ本題に入らないか?」

 こいつらが安い金額やら脅してくるのは、俺を試しているだけなのだ。俺は取引をするに値する相手なのか? それを調べる為にわかりやすい方法でふるいにかけたのだ。対して俺は散々脅して萎縮したところで、興味がないと安心感を与え、更に貴重なミスリルナイフを見せて只者ではないと思わせたわけだ。
 これくらいやれば認めてくれると思うのだが。

「失礼した。貴方の実力と洞察力……しかと理解しました。試すような真似をして申し訳ない」
「気にするな、裏に生きている以上必要な事だろう。それでこいつは買い取ってくれるのか?」
「買い取らせていただきましょう。買い取り金は……金貨五十枚でどうですか?」

 ふむ、金貨五十枚もあれば問題は無いが、こいつはまだ足元を見ているな。

「こいつは透明度が高いし、なおかつ破損の無い完全な状態だ。オークションで売れば相当な値段がつくだろう。金貨百枚だな」
「これはご冗談を。我々もただ買い取って売るだけではありません。手間を考えまして五十五枚です」
「だがこれは原石でこの美しさだ。加工すれば物好きな貴族がこぞって買おうとするだろう。九十枚だ」
「加工にどれだけ手間が掛かるかご存知では無いのでしょう? 五十五枚です」
「俺は細工を趣味にしていてな。ジュエルタートルから取れた他の宝石でこのような物を作ってみた。八十枚」
「これは!? なるほど、素晴らしいですね。七十五枚でどうでしょうか?」
「……そんなところだな」
「商談成立ですね。ではすぐに用意させますのでお待ちください」

 俺が男に渡したのは、余分に採れたルビーの原石をカットして貼り付けたランプだ。
 他にも細かい宝石を散りばめて、一つ一つに『ライト』のように光る魔法陣を描き、全体が淡く輝く観賞専用のランプだ。実用性は皆無だが、物好きな貴族なら買ってくれるかもしれない。
 手間はかかったが、魔法陣を描く練習用で作った物なので惜しい物ではない。


「金貨七十五枚です。ご確認されますか?」
「当然だ」

 別に信用していないわけじゃないが、裏組織では確認しないと逆に不信感を与えてしまう。確認もせず懐に入れると見た目は格好良いが、商売人や裏からすれば信用するに値しないのだ。お金や物のやり取りでは、きっちりする姿を見せ付けておくのが信頼へと繋がる。やってて何だが、こいつとはもう二度と会うつもりが無いから必要ないかもしれない。

「七十五枚、確認した。それでは失礼させてもらおう」
「有意義な商談でした」

 もうお帰りですか? 等と引き止める行為はしない。仲が良いわけでも無いし、余計な干渉と詮索されない為に裏と接触したと理解しているからだ。もう一つの優れた点を見るにこの男は裏組織であるが、契約さえきちんとしてれば信用できる者であろう。

「ああそうだ。この金貨はもう俺のだから、組織のメリッサは一切関知しないよな?」
「……その通りです。何があってもメリッサは関与しないと誓いましょう」
「言質は取ったぞ。ではな」

 足早に地下から脱出し、裏通りを抜けて表通りに出たところで息を吐いた。やれやれ、裏の世界と関与するのも久しぶりだから精神的に疲れた。それでも苦労に見合った分だけ高値で売れたし、あいつらに何かお土産でも買って帰るか。表通りをぶらぶら歩きながら、目に付くものを手に取り購入していく。
 エミリアはリボン、レウスは丈夫な手袋として、ノエルとディーの結婚祝いは何がいいだろうな。ベビー用品は早すぎるだろうし、お揃いのペンダントとか良いかもしれない。
 目当ての物を見つけて購入し、街の外へ出て近場の森へ向かう。さっさと帰ってもいいのだが、ちょいと一仕事しないと駄目なようだ。

「……出てこいよ」

 俺の呟きに、全身黒尽くめの男が姿を現した。
 この男は地下から出た俺をずっと尾行しているのである。『サーチ』で調べると複数の気配を感じたが、こいつだけ先ほど俺を囲んでいた一人なのはわかった。他の幾つかの気配は初めてだが、友好的ではないのは確かだ。先手必勝しておこう。

「どうやら俺を感知したのは偶然じゃないようだな。どうやった?」
「教えるバカが居ると思うか? それより何の用だい? 俺は正当な商談で金を受け取った筈だが」
「なーに、子供にしては貰いすぎじゃないと思ってな。大人である俺が回収にきたわけさ」

 男は欲望に塗れた笑みを浮かべ、取り出したナイフを俺に突きつけた。ある程度予想はしてたけど、これまたわっかりやすいの来たなー。

「餓鬼にしては妙に偉そうだから大人の世界を教えてやるよ。授業料はさっきの金とお前のナイフだ。そういう上物は俺の様な格上が持つもんだ」
「教育は結構だし、お前こそナイフを持つには格が足りん。自分の実力をしっかり理解しろ」
「けっ、本気で生意気な餓鬼だ。おい、お前ら出て来い!」

 男が手を上げると屈強な男達がぞろぞろと出て……こなかった。不思議そうに周辺を見回し何度か手を上げ下げするが、何も起こらない。

「くそ、あいつら裏切りやがったな!」

 いやいや、裏切ったんじゃなくて来られないんだよ。
 お前さんと話している内に探知して、すでに全員の脳天を撃ち抜いて終っています。探せばそこらの草葉の陰にごろごろと転がってる筈ですよ。残りはあんただけだ。

「もういい、俺一人で十分だ。さっさと金を回収して出世してやる。俺の方が優れているのに、あんな禿に使われるなんてもう沢山だ!」

 成る程、金を懐に入れたいんじゃなくて組織の地位向上が狙いか。出世欲が旺盛なのはけっこうだが、あの男よりお前の方が優れてるだと? とことん勘違いしているなこいつは。

「ちょっと頭が良いからって何でちやほやされるんだ。こんな餓鬼相手にへこへこしやがって、何を怯えてるのかさっぱりわからねえ!」

 お前に足りないのは強者を見抜く目だ。
 少なくともあの男は俺を試した時点で強者と理解し、丁寧な態度で応対していた。裏の世界では常に危険と隣合わせだから危機管理が優れてる奴ほど生き残るわけだ。それをわかっていないお前はいずれ終る。というか、ここで終る。

「それがわからないからその程度なんだ。『マグナム』」

 残念ながら俺は聖人君子ではない。やられたらやり返すし、好意を向けるならば好意で返す。こいつは明らかに俺を狙っているんだから遠慮なくやらせてもらう。前世ではお前のような奴は幾らでも葬ってきたんだ。今更罪悪感など感じまい。

「何を言ってん、だっ!?」

 放った弾丸が脳天を撃ち抜き、訳もわからぬまま男はこの世から去った。考えてみれば、この世界で初めてヤってしまったが……やはり何も感じないな。必要の無い対処はするつもりはないが、生きる為にやらねばならん時もある。いつか弟子にも経験させてやらないとな。
 向けた指を外し、周辺の状況を確認するが敵影は無し。
 構成員を倒したので組織に喧嘩を売った行為だろうが、あの男から関与しないと言質もらってるし、今回のは明らかにこいつ一人の暴走だ。後の処理は組織内で済ますだろう。目撃者も始末したし、このまま高飛びすれば俺の正体も掴めまい。
 重たい金貨を背負い、俺は家へと帰るのだった。



「お帰りなさいシリウス様」
「お帰り兄貴!」

 家へ帰ると庭で訓練していた姉弟が迎えてくれた。二人はそれぞれ鍛える方向性が決まったから、必要な時以外は俺がいなくても自主訓練で済ませるようになった。後は本人のやる気次第だが、二人の疲労度合いを見るに真面目にやってるようだ。

「ただいま。何かあったかい?」
「特にありません」
「ノエル姉とディー兄がピンク色になってる以外、何もなかったよ」

 あの二人は結婚式が終って一ヶ月経った今でも楽園(パラダイス)である。家事や仕事は真面目であるが、休憩や食事時には必ず隣同士になっていちゃついている。夫婦愛が良好なのは良いが、そのラブラブっぷりにエミリアが羨ましさから暴走したり、レウスに至っては『俺、あんなだらしない顔するなら夫婦になりたくないかな?』と、結婚に苦手意識を持ち始めたのである。
 その内落ち着くから病気みたいな物だと思って諦めろと納得させたが、情操教育に悪いからと夫婦に止めろとも言えず、最近生まれた悩みの種である。

「そうか。二人はもう訓練終りか?」
「はい、私のノルマは終わりました。後で構わないのですが、手が空いたら私の魔法を見ていただいても宜しいですか?」
「俺も終ったよ。あとね、そろそろライオルのおっちゃんのとこへ行ってみたい」
「わかった、考えておくよ。それより皆に話があるから集まってほしいんだ」
「わかりました。私はお姉ちゃんを呼んできますが、居間に集合でよろしいですね」
「俺はディー兄だね」

 それぞれ役割分担を決め、こちらの意図を読んで行動する二人の背中を見て感慨深くなった。
 エミリアはエリナさんに似てきたし、レウスは子供っぽいがしっかりとした意志を持って動くようになった。ここに住めるのもあと少しだが、二人は経験さえ積めば十分外でやっていけるだろう。
 二人の成長を喜びつつ、俺は居間へ向かい全員が集まるのを待った。


「こいつが今日の成果だ」

 テーブルの上に金貨を並べると、全員の目が点になった。金貨が全部で七十五枚、日本円で考えると七百五十万だ。この世界の物価の安さを考えると破格であろう。

「す、すご! こんな沢山の金貨見たことありませんよ!」
「良くて五十枚と思っていましたが、まさかここまでとは……」
「姉ちゃん姉ちゃん、どれくらいすごいのかわからないんだけど?」
「そうね、これ一枚が銀貨二十枚の価値があると思えばわかる?」
「おお! 確かに凄いな! だけど俺はこんなにいらないな」

 別にお前の金ってわけじゃないんだが、何にしろ欲の無い姉弟だ。まあ、金を必要としない集落生まれで、奴隷から俺の弟子だもんな。町にも出ず、この家にずっと暮らしてればお金の必要性も薄れるか。

「エミリアはわかっていると思うがレウス、お金はそれなりに大事だぞ。この金貨が無いと俺達は学校へ入れないんだからな」
「それもそっか。そういえば学校にこれが何枚いるんだ?」
「確か十五枚だったかな? 私達庶民には気軽に手が出せない金額だね」
「となると十五枚の三人ですから、三十枚は余りますね。これはどうなされるのですか?」

 実際、宝石の買取金は最初の五十枚で良かったのだが、調子に乗って交渉し過ぎた。まあお金はあって困るものでもないし、実は余った分の使い道はもう決めてある。

「そうだな、この際ノエルとディーも学校に行ってみるか?」
「いいえ。以前は行って見たいと思いましたけど、私は結婚しましたからもう未練はありません」
「たとえ学校に保護されようとお金は必要です。残りは向こうの生活費にお当てください」

 半分本気で言ってみたのだが、やはり二人は断ったか。まあ本で調べてみるに学校は若い奴が多いし、彼らの年齢を考えると無理な話か。

「それじゃあ俺の方で使い道を決めておく。それでディー、あいつが来るのは明後日だったかな?」
「はい、明後日の昼ごろには来るでしょう」
「何とか間に合ったか」

 ここを追い出されるのにもう半月も無い。
 なのに顔どころか手紙すら出さない奴を俺は自ら呼びつけることにした。
 放っておいたら面倒事にしかならないし、学校へ行く前にけりをつけておきたい。

 明後日、俺は生まれて初めて父親と対面する。







 そして当日。
 俺は居間にて自分の父親、バルドミール・ドリアヌスと対面していた。
 俺の背後にはディーを控えさせており、嫌われている獣人達は俺の部屋で待機させている。
 さて、初めての父親との対面であるが、以前見た時より皺と白髪が増え、若干肥えているので不摂生な生活を送っているのが丸分かりだ。成人病へと間違いなくリーチかかっているね。

「お初に御目に掛かります。私の名前はシリウスと申します」
「ほう? あの失礼な小娘から生まれた子供とは思えぬ礼儀正しさだな」

 会っていきなり失礼なジャブを放ってくれる。それより挨拶したんだから挨拶返せよ。礼儀だろ?

「ところでお前はいいが、あの従者はどうした? 名前は確か――……エリナと言ったな?」
「エリナは数ヶ月前に亡くなりました。今は私がこの家の中心となっております」
「そうか、とうとうくたばりおったか。非常に有能であったが、小娘に関して煩い奴だった」
「私がここまで立派に育ったのはエリナの御蔭です。従者だけでなく、親代わりとして最高の女性でした」
「最高の女性だと? お前を洗脳し、私の家を乗っ取る計画を立てておったのかもしれんぞ」

 人の神経を逆撫でするのが上手い奴だね。これを素でやってるんだから更に性質が悪い。背後に控えているディーは体に力を込めて怒りを堪えているし、おまけに扉向こうが妙に騒がしい。


『止めなさいレウス! 貴方が行っても何もならないわ!』
『放せ姉ちゃん! あいつは、あいつはエリナさんを貶したんだ! 許せねえ!』
『レウ君の怒りはわかるわ。だけど今はシリウス様がいるから止めなさい。お願いだから今は堪えて』
『くっ……畜生!』


 聴力を強化してみればそんなやり取りが行われていた。あいつら部屋で待ってろって言ったのに、仕方のない奴らだ。そのまましっかりレウス抑えててくれよ。

「妙に騒がしいな。あの亜人が騒いでいるのか?」
「気になさらずに。それより貴方を呼んだ理由ですが……」

 亜人という侮辱言葉にディーの怒りが更に増した。視線だけで殺しかねない勢いで父親を睨んでいるが、それに気付かないお前ってある意味凄いわ。

「そうだな、本題に入るか。この私を呼んだ理由は何だ? 忙しい私を呼びつけたのだ、相応の理由があるのだろうな?」
「勿論です。理由とは私がこの家を出る話です。約束ではあと半月も無いのですが……」

 そこまで言ったところで奴の顔が不機嫌そうに歪んだ。

「駄目だ駄目だ! その様子だと従者から聞いておるのだろうが、もはやお前が家を出るのは決まっておる。今更延ばしてくれなど絶対許さん!」
「違います。半月後……あるいはそれより早くても構いませんが、私はもう家を出る決心はついております」
「では何だ? ならば私を呼ばずとも勝手に出て行けばいい話ではないか」
「実は私の方から頼みがあるのです。貴方の許可が必要なのですが、まずはこちらをご覧ください」

 俺はディーに持たせていた袋を受け取り、机の上に中身をぶちまけた。その中身に奴の顔は驚愕に染まった。

「こ、これは……金貨か? しかも二十枚以上あるではないか!? 貴様これをどこで?」
「幸運もありましたが、数年前からコツコツと貯めておいたお金です。そのお金は差し上げます」
「ほ、ほほう? 中々殊勝な心掛けだな」

 俺が差し上げると言った途端、すぐさま掻き集めて懐に入れている。手が早いものだ。

「差し上げると言いますが、それは返却しただけです。そのお金は私が生まれてから貴方がエリナに渡した養育費です。エリナがしっかり記録していたので、少ないという可能性はまず無いでしょう」
「ふむ、確かにあの女ならやりかねんな」
「多少は色を付けております。この家を使わせてもらったので、それの差額分だと思い受け取りください」
「では遠慮なくいただいておこう。して、お前の頼みとは何だ? まさか私の跡継ぎ候補になりたいとでも抜かすんじゃないだろうな?」
「いいえ、そんなの全く興味がありません。私が頼みたいのは、ドリアヌスの名を捨てる事です。貴方の息子ですらないという、当主からの言質が欲しいのです」

 予想外の頼みに父親の動きが止まった。お金を渡して勘当してくれと言ってきたんだ、そりゃあ固まるだろう。
 実際、この家を追い出された時点で勘当されたようなものだろう。
 しかし落ち目であるこいつの家名を持っていればいずれ面倒な責任を回されそうなので、こいつらとの関係を一切絶っておきたいのだ。それこそ当主自ら勘当の言葉を貰っておきたい程に。
 そもそも俺は貴族に未練もなければ縋ろうとも思わない。
 お金を渡したのは、こいつとの関係をしっかり清算しておきたかったのもある。
 俺はただのシリウスで構わない。

「我が誇りあるドリアヌスの名を自ら捨てると? 貴族ですら無くなるのだぞ?」
「理解しておりますよ。父上の息子ではなく、ミリアリアの息子として、ただのシリウスとして生きていくのです」
「よかろう。元々家を追い出す時点でそうなのだ。我がドリアヌス家の当主、バルドミールが命ずる。お前は二度とドリアヌスの名を名乗ってはならんし、息子ですらない!」
「承りました」

 息子だと思った事なんて一度も無いし、ドリアヌスなんて名乗った覚えもないけどな。

「用件は以上です。わざわざご足労ありがとうございました」
「全くだと言いたいが、私にとっては有意義であったな」

 懐に入れた金貨の重みを感じて非常に満足気であった。しかし何と濁った目だろうか。帰り際の町でどんだけ散財するか予想つかねえな。

「では残り半月であったな? その頃に人をよこすからその前に家を出ておけよ。居座っていたら不法侵入で叩き出すと言っておくからな」
「わかりました。半月までに家から出て行きます」

 最初から最後まで、偉そうにバルドミールは帰って行った。
 こうして親子としての対面は最初で最後になり、俺はただのシリウスとなったのであった。





「……シリウス様」

 バルドミールを見送り、二人きりになったところでディーは呻く様に声を絞り出していた。

「エリナさんは……あいつと会う度にこのような目に遭われてたのですね」
「だろうね。何度会ったかわからないが、本当に強い人だったよ」
「俺は悔しい。アリア様、シリウス様、エリナさん、そしてノエルを馬鹿にされて何も出来ない自分が悔しい」
「いや、お前はよく耐えたよ。貴族に喧嘩を売ったら何をしてくるかわかったもんじゃないし、ノエルを守る為に頑張ったんだ。誇ってもいい」
「勿体無い言葉です」
「それに俺はもう貴族でもなんでもないんだ。それと同時にお前達は解任されているんだから、俺に畏まる必要は無いんだぞ?」
「いいえ、たとえ貴族でなかろうと私の主人はシリウス様です」
「私もそうですよ!」
「私もです! 私は一生シリウス様の従者ですから!」
「俺もだ兄貴!」

 気付けば後ろに全員が揃っていた。皆想いは一緒らしく、俺に信頼の目を向けてくれている。積み重ねてきた絆は無駄じゃなかったな。

「シリウス様のお父様は……その……」
「もう父親でも何でもないから、適当に呼ぶなり貶すなりしても構わないよ」
「わかりました。あの人は本当に酷い方ですね。庶子とは言え、自分の子にあれだけ冷たいなんてありえません」
「そうだそうだ! しかもエリナさんをバカにしやがって! 兄貴がいなかったら斬ってやろうと思ったよ!」

 銀狼族という種族は家族を大切にするので、あいつのような男は許せないのだろう。俺以上に腹を立てて騒いでいるが、こういう下種もいるんだと勉強にもなっただろう?

「あの通り獣人を嫌ってますから、あいつのお屋敷に居た頃はよく苛められそうになりました。ですがアリア様とエリナさんが守ってくれましたので大事には至りませんでした」
「獣人の何が嫌いなんだ。ノエルは可愛いのに」
「あなた……」
「ノエル……」

 お二人さん、本当に自重が利かなくなってませんか? もはや何が原因でラブ世界(ワールド)を作るのか予想つかない。とりあえず咳払いすると二人は慌てて取り繕い、会話の流れを戻し始めた。

「そ、それにしてもシリウス様はよく我慢されましたね。私だったらエリナさんを貶された瞬間にビンタを食らわしてましたよ!」
「そうだよ、やられたらやり返すのが兄貴だろ」
「俺が本当に何もしてないと思ったか?」
「まさか……偽物を渡したんですか?」
「違う」

 バルドミールに渡したあの金貨は確かに本物だが、俺は金貨自体に細工を施しておいたのだ。

「あの金貨の幾つかに『インパクト』を時間差で仕組んでおいた。威力はそうとう抑えたが、いずれ金貨は衝撃を発しつつ弾け飛ぶだろう」

 『インパクト』を濃密な魔力で覆うと、時が経てば覆った魔力が徐々に霧散し、時間差で魔法が発動する仕組みだ。ジュエルタートルの時も活用したやつである。
 渡して数時間で発動し、周囲を巻き込む大変な騒ぎになるであろう。懐に入れたままで衝撃を直に食らうとか、外に出していたら飛び散った金貨を慌てて拾い集める無様な姿を晒すに違いあるまい。
 たとえ人の手に渡ってたとしても、被害者から文句を受けるのはあいつだしな。
 ちょっと意地悪いかなと思いつつ説明をすると、従者達は諸手を上げて賛同してくれた。

「流石シリウス様! 実際に見れないのは残念ですが、あいつが慌てふためくとわかればスッとします」
「へへ、ざまあみろだ!」
「家族を大切にしない奴なんて酷い目に遭えばいいんです!」
「自業自得ですね」

 しばらく騒いでいたが、そろそろ次なる作業に取り掛からねばならない。俺は手を叩いて流れを切り替えた。

「よし、あんな下種は放っておいて次に切り替えよう。全員旅立つ準備は出来ているな?」
「はい、抜かりありません」
「家の掃除はばっちりです。新築同然ですよ!」
「問題ありません」
「俺はいつでもいけるよ!」

 全員の答えに満足気に頷き、俺は高らかに声を上げた。

「よろしい、ではパーティーだ! 今日は騒ぎ明かすぞ!」
「「「「はいっ!」」」」

 旅立つ準備は万全だ。
 俺達は明日この家を出て行く。
 前々から俺がバルドミールから勘当された次の日と決めていたのだ。
 あれだけの金貨をぽんと渡せば、まだ持ってると思いこの家へ強奪しにきそうだし、早めに出ていくに限る。
 半月までとは言ったが、まさか次の日に消えるとは思うまい。もぬけの空となった家を見て悔しがるあいつの姿が目に浮かぶよ。




「シリウス様、前々から思っていたのですが家名はどうされるのですか?」
「あー……それもそうだな。外に出たら必要だよな」

 パーティーの準備をしていると、そんな質問をノエルにされた。

 家名……さっき捨てたドリアヌスだとか、姉弟のシルバリオンのような名の事だ。
 前世で言えば苗字であり、もちろんノエルとディーもあるが、家名とは一般庶民が使う機会はほとんど無いので割愛する。
 そもそも家名とは貴族が主に使う名でもあるし、俺はここに閉じこもっていたので使う必要がなかった。
 とはいえ家名が無いのは世間的に恥らしいので、俺も何か考えなければなるまい。

「普通に考えて、アリア様のエルドランドを名乗るべきですよね」
「そうしたいがエルドランドは没落したとはいえ貴族だったんだ。もし生きている分家がいたら余計な問題になりかねないな」
「では新たに考えて名乗っていきましょう。新興の家名が徐々に成り上がっていく……まるで物語のようですね」
「俺は別に成り上がりたいわけじゃないんだが……」
「それは無理ですね。シリウス様の力があれば確実に有名になると、私は確信を持って言えます」

 弟子を育てたいだけで有名になるつもりは一切ないんだけどなぁ。悩んでいる間にノエルが全員を集めてしまい、新たな家名を決める会議が急遽行われた。

「第一回、シリウス様の家名を考えましょうの会を開催します。皆さん拍手!」

 どうせ勢いで言ったんだろうが、第二回が行われる可能性あるのかそれ?
 本人のツッコミを他所に拍手が巻き起こり、従者達は次々と案を上げていく。

「私としては王だとか、最強っぽい名前が良さそうです」
「ドラゴンとかどうでしょう?」
「あの……私達と一緒でも構いませんよ。シリウス・シルバリオン……婿みたいで良いです」
「最後何を言ってんだ姉ちゃん? でも俺達と一緒なら賛成だ! 本当の兄貴だな!」

 駄目だ、こいつらに任せたらどんな名前になるか想像もつかねえ。
 変な物が飛び出してくる前に俺自身が決めてしまおう。
 うーむ……前の人生の名を持ってこようと思ったが、相変わらず前世の名前が一切思い出せない。
 派手すぎず無難な名前で、象徴になるような名前が良いな。
 象徴……俺は教育者を目指すから……教師?

「……ティーチャー」
「てぃーちゃー? 兄貴、その言葉は何?」
「前世で――じゃなかった、古い文献で教師って意味らしい」
「教師……シリウス様にピッタリです。私はそれで良いと思います」
「俺も! シリウス様は俺達の主で先生だよ」
「何でも知ってますし、正に家名そのままの人ってわけですね。似合ってますよ」
「決まり……ですね」
「ああ、俺の名前はシリウス・ティーチャーだ」

 こうして俺の家名は決まった。

 その後俺達は派手なパーティーを催し、我が家で全員が揃った最後の夜を終えた。



 次の朝、準備を終えた俺達は家の前に並んでいた。
 八年も世話になった家だ。愛着があって当然だし、出て行くのは正直に言うと嫌だ。俺より住んだ時間は短いけど姉弟達にとってもここは我が家であり、別れを惜しんで涙を流しているし、ディーとノエルも思い出に浸っているようで、一言も発さずただ家を見上げていた。
 いつまでも思い出に縋っているわけにはいかない。
 ここは俺から動き出さないと皆動かないんだろうな。
 姉弟の肩を叩き、我が家から背を向ける。

 背後から聞こえる従者達の足跡を聞きながら、俺は振り返る事無く前へ進む。


 行ってくるよ……母さん。








 シリウス・ティーチャー。

 遠い未来で世界を巻き込む運命の要となる男は、今日より外の世界へと歩みだした。

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