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雨のち幸せ晴れ

四章開始です。

 ――― エミリア ―――



 私達の母親であったエリナさんが亡くなりました。


 昨日、エリナさんの葬儀を終えて帰った私達ですが、家の中は火が消えたように静かで重い空気でした。


 シリウス様は何でも無さそうに振る舞っていましたが、どこか元気がなさそうです。生まれた頃からずっと見守ってくれた御方が亡くなったのですから無理もありません。私達なんかよりずっと悲しい筈です。

 それでもシリウス様は率先してエリナさんの部屋を片付け、悲しんでいる私達に指示を出して導いてくれます。本当に強い御方です。


 ディーさんは相変わらず無表情ですが、料理をちょっと焦がしたりと失敗が目立ちます。それでも体を動かしていつものように仕事をこなしているので、思わず大丈夫なのかと聞いてしまいました。ちょっと苦笑しつつ、冒険者をやっていると人の生き死にが激しいので慣れてしまうと答えてくれました。確かに私もお母さんとお父さんが目の前で亡くなったせいか、少しだけ考える余裕があります。

 これが慣れるという事なんだろうけど、こんなの慣れたくなかったです。


 レウスとお姉ちゃんはすごくわかりやすい。

 葬儀から戻ってずっと泣いたり落ち込んでたりしましたけど、今朝になって二人は庭を全力で駆け回っています。エリナさんの名前とか、ありがとうとか必死に叫びながら走っているので、きっと吹っ切ろうとしているんだと思います。

 あんなにも堂々と自分の感情を吐き出せるのがちょっと羨ましくも思います。そろそろ朝食だし、その頃にはスッキリしているといいんだけど。


 そして私は今、シリウス様の部屋の前に立っています。

 いつものシリウス様なら早朝は私達を誘って庭を走っているのですが、今日は声を掛けてくださるどころか姿を一度も見ていません。おそらくまだ部屋で寝ているのではないかと思うのです。

 昔の私は両親の夢を見て夜中に起きたりして寝不足によくなりましたので、きっとシリウス様もそんな目にあって寝坊しているに違いありません。そんな私はシリウス様に慰められて救われました。だから今度は私が救うんです。

 ノックをしますが返事はありません。数回繰り返しても反応がないので、意を決して扉を開きました。


「おはようございます、シリウスさ……ま?」


 おかしいですね、シリウス様がいらっしゃいません。寝巻き代わりの服がベッドに放ったままですが、ドアから出た形跡は無いようです。何故解るかと言うと銀狼族は鼻が利き、特に私はシリウス様の匂いならすぐにわかるからです。匂いはドア付近から感じられず、私はベッドに近づいて寝巻きに顔を近づけました。すでに冷たくなっていますので、脱いで時間が経っているようです。

 匂いはどこに続いて――……。


「……………………はっ!?」


 いけないいけない、ついシリウス様の寝巻きを抱きしめてました。シリウス様の匂いが魅力的過ぎるのがいけないんですね、うん。

 シリウス様の匂いを辿ってみれば、匂いは窓へと続いています。本日は窓からお出かけになられたんでしょうか? でしたら本日は山頂トレーニングに行かれたのでしょう。朝食には帰ってこられますし、私もディーさんのお手伝いをしに戻ろうかな。


 帰り際、寝巻きの匂いをもう一度嗅いだのは内緒です。




 大変な事が起きました。

 朝食の時間だと言うのに、シリウス様が戻ってこないのです。いつもなら空を飛んで帰ってくるのに、いくら待てども帰ってこないのです。

 私は居間に戻ってそれを伝えると、体を手入れしているレウスとお姉ちゃんが顔を青くしました。


「大変! きっとエリナさんを失った悲しみで暴走しているのよ! 空を飛びながら叫んでいるに違いないわ!」

「兄貴は何かに襲われているんだ! くそっ、俺がすぐ助けに行くぞ!」

「お前達、落ち着け」


 シリウス様ならどんな相手に襲われても平気でしょう。ですが、嫌な予感が次々と生まれて止まりません。そんな事あるわけないのに、エリナさんに続いてシリウス様もいなくなれば私達は……私は……。


「何をやっているんだお前ら?」


 声に振り返れば、私達の太陽であるシリウス様がいらっしゃいました。

 わかっていたのに、わかってるつもりなのに、不安を拭いきれずシリウス様の胸に飛び込んでしまいました。私に続いてレウスとお姉ちゃんも飛び込んできて、皆エリナさんがいなくなって不安なんです。

シリウス様は状況を理解したのか、ばつ悪そうに頭をかいています。


「悪い、不安にさせちゃったな。ちょっと母さんの墓を見てたら遅くなってしまったんだ」

「いえいえ、私達の方が情けなくて申し訳ありません」

「兄貴が無事なら何だっていい」

「朝食にしましょう」


 ディーさんの一言で私達の朝食は始まりました。

 ですが、食べ始める前にシリウス様は手を叩いて注目を集め、頭を下げたのです。


「一日経って落ち着いてきたと思うから、皆にはまず謝っておこうと思う」


 謝るとは食事の遅刻でしょうか? その程度で従者に謝る必要はありません……と、言いたいところですが、違う様子です。


「実は、エリナが飲んだ薬は俺が用意したものなんだ。エリナに説明してから用意したんだが、皆にもちゃんと説明しておくべきだったと思う。ごめんなさい」


 そして再び深々と頭を下げられました。確かに私達に説明しなかったのは困りますが、エリナさんが決めた事なんですからシリウス様が謝る事ではありません。


「頭を上げてくださいシリウス様! きっと私達が聞いていても同じ結果でしたから」

「そうだよ兄貴。むしろ何も出来なかった俺達の方が悪いよ」

「お互いに悪いって事にしておきましょう」

「それですディーさん! お互い様です、お互い様」

「そうだな、そう言ってくれると助かるよ」


 何とか頭を上げさせ、私達は安堵の息を吐きました。ですがシリウス様はまだ何か言いたいようです。私達は居住まいを正して静聴する準備をしました。


「皆にはしっかりと話しておこう。母さん、エリナが亡くなって確かに悲しいと思う。だけどエリナは満足だと、幸せだと言って死んだんだ。あの時の顔を覚えているよな?」


 皆さんが頷きます。私もあの時のエリナさんの顔はよく覚えていて、今でも鮮明に思い出せます。本当に満足気で、とても亡くなるとは思えない幸せな笑みでした。


「俺はあんなに満足気に死んだあの人に負い目を一切感じたりしない。むしろ羨ましいと思えるぐらい幸せそうじゃなかったか?」


 確かに、先ほどまではエリナさんが亡くなって悲しかったけど、あの時の顔を思い出したら少しだけ楽になりました。うん……不謹慎な考えだけど、私もあんな風に笑って死にたいと思いました。


「それに、俺はあの人に貰ったものが沢山残っているんだ。愛情や楽しく過ごした日々、それらは全て俺の中に残っている。皆もエリナから貰ったものがあるだろう?」

「ですね。私もエリナさんから沢山のものを貰いました。全部、胸の中に仕舞われてます」

「俺もです」

「俺も! エリナさんにいっぱい撫でてもらった」

「私もエリナさんから沢山いただきました」


 本当に沢山の事を教えていただきました。従者としての技術もですが、迷った時にアドバイスをくれたり、私の目標になってくださいました。きっとエリナさんがいなければ、どうやってシリウス様と話せばいいかすらわからず泣いていたかもしれないです。

 あの人に教わった事は全て、私の中で息づいています。


「だから俺はもう悲しまない。前を向いて歩き、母さんに恥じないように生き続ける。ただそれだけさ」


 言葉通り、悲しみなんか微塵も見せず笑っていらっしゃいます。薄情なんかではありません、あれはきっと悲しみを背負って前へ進む強い人です。本当に私達には推し量れない、強くて大きな御方です。私達も負けていられません。


「ここを出るまであと少しだが、やる事は沢山ある。皆、付いてきてほしい」

「「「「はい!」」」」


 何があろうと、私は貴方についていきます。




 その後、朝食を食べ終わり食後のお茶を用意していると、シリウス様が徐にディーさんへ声を掛けました。


「ディー。いい加減、やる事あるんじゃない?」

「…………はい」


 ディーさんが硬い表情で立ち上がり、お姉ちゃんの前までやってきました。突然の行動にお姉ちゃんは驚きつつ立ち上がってます。


「……ノエル」

「何ですか?」

「俺と………………結婚してくれ!」

「ふぇ?」


 …………はっ!?

 当事者でもないのに私もお姉ちゃんみたいに固まってしまいました。

 お姉ちゃんは未だ固まったままで、ディーさんが手を取って指輪を嵌めていました。青く光る宝石が付いていてすごく綺麗です。


「あ……その……私……ですか?」

「ああ、君だ」

「私……獣人ですよ?」

「関係ない。俺は……君が好きなんだ。エリナさんの代わりとは言わないが、俺は絶対に君を守ってみせる。だから、返事を……聞かせてほしい」

「…………はい。ディーさんのお嫁さんに……なります」


 お姉ちゃんは涙を流しながら笑顔を浮かべて抱きつきました。ディーさんもぎこちなく抱き返しています。

 うわぁ……うわぁ……素敵。

 私もいつかあんな風にプロポーズされたいな。相手はもちろん……。


「何だ?」


 いけないいけない、私は従者なんだから。傍に居られるだけで十分なんだから。いつか抱いてくだされば満足です。


「ノエル、ディー。おめでとう」

「やったなディー兄!」

「おめでとうございます!」

「ありがとう……な」

「シリウス様、皆……ありがとう」


 エリナさんはいなくなっちゃったけど、私達は笑えている。

 シリウス様と皆がいれば笑っていられる。


 エリナさん……私達はもう大丈夫だよ。


 だから……見守っててくださいね。








 ――― シリウス ―――




 やれやれ、ここまで来るのに何年掛かったのかわからないが、ようやくディーも覚悟を決めたか。

 ノエルは獣人と元奴隷の負い目から告白するのを恐れていたので、二人が結ばれるのは全てディーの行動に掛かっていたのだ。やはり母さんの遺言が後押しになって決めてくれたらしい。これからはディーがノエルを守るだろうし、家を出て二人と別れても安心だ。

 っと、いかんいかん。抱き合った二人を眺めてないで空気を読まねば。憧れた眼差しを向けているエミリアと、嬉しそうにしているレウスの肩を叩き、ハンドサインを出して外へ誘導する。二人は頷き、俺達は静かに居間を抜け出した。


「良かった。本当に良かったよお姉ちゃん」

「ノエル姉のあんなに嬉しそうな顔、初めて見たよ」

「だったらもっと喜ばせたくないか? 実はだな……」


 庭に座って先ほどの感想を述べ合う二人に、俺は一つの提案を出した。それを聞いた二人はやる気満々で立ち上がった。


「私もやりたいです。やりましょう、シリウス様!」

「俺も頑張るよ! 何をすればいいんですか!」

「レウスは食材を調達してこい。アプも含めて果物を幾つかと、中くらいの鳥を仕留めて来るんだ。遅くても昼までには戻ってくるんだぞ」

「わかった!」


 レウスは窓から自室に入り、準備をして森へと突撃した。あいつにとってこの周辺の森はもはや庭だし、一人でも期待通りの成果を得て帰ってくるであろう。


「エミリアには衣装を用意してもらいたい。説明するから部屋に戻ろうか」

「わかりました」


 エミリアを抱え外から自室に戻った俺は、部屋にある紙と羽ペンで衣装の大体のイメージを描いた。


「こう、全体的にヒラヒラしているのが望ましい。本格的に作ると時間が全く足りないから、エリナが使っていた生地を縫い付けて形だけでも整えてほしい」


 俺が注文したのはウエディングドレスだ。流石にビーズ等の装飾や何重にも広がるスカートとかは今日中には無理だが、既存の服にレースや布を縫い付けて、見た目だけでもそれらしくするなら可能だろう。


 ここまで言えばわかると思うが、俺がやりたいのは二人の結婚式だ。

 参列者は俺達しかいないが、一生で一度の経験はしっかりと思い出に残してやりたい。特に衣装、ウエディングドレスは必須だろう。


「任せてください、絶対に間に合わせて見せます。練習で作ったレースを付けて、ばっちり仕上げて見せますから!」


 頼もしい返事で何よりだ。俺は料理を担当するので、彼女が一番負担を背負わせてしまうのが申し訳ないな。


「はぁ……これをお姉ちゃんが着るんですね。いいなぁ……」


 あの……描いたイラストを見て放心してる場合じゃないよ? 憧れる気持ちはわからなくもないが……何だか不安になってきた。




 エミリアは部屋に戻って衣装作りに入り、続いては俺の料理だ。

 だが、問題は主軸である二人だな。俺達が準備している間に二人は何をさせるべきだろう。まさか準備を手伝わせるわけにもいかないし……待てよ? よくよく考えたら前世でもウエディングドレスを自作する人がいたし、手伝わせてもいいんじゃないか? 最初はサプライズも考えていたが、サイズミスで着れないとかそんなアホな結果になるのも悲しいだろうし、二人には話しておくか。

 恥らう現場と鉢合わせも困るので、気付かれないように居間を覗けば、二人はソファーに肩を寄せ合って幸せそうに座っていた。遠目でもわかるそのラブラブっぷりから、すでにキスも済ませているに違いあるまい。ドアを軽くノックすれば二人は慌てて距離を取っていた。


「二人きりのところ悪いんだが、少しよろしいかな?」

「は、ははははい! あの、少しどころかいつでも良いと言いますか……」

「そ、それで……何のご用ですか?」


 おうおう、真っ赤にして初々しいねぇ。もうちょっと弄って遊んでもいいが、とにかく時間が足りない。さくっと二人に結婚式の説明を済ませた。


「俺達の為に……ありがとうございます」

「本当に……良いんですか?」

「良いも何も俺達がやりたいんだ。自分のなのに準備を手伝わせて悪いが、手が空いているのならエミリアを手伝ってほしい」

「はい! 結婚、ドレス……うふふ」


 結婚に夢想しているのか、スキップしながらエミリアの元へ向かっていく。あんな状態で戦力になるんだろうか? 更に不安になってきた。


「さて、次はディーだけど……」

「勉強させていただきます」


 メモ帳とペンを片手に、期待した顔で待機しております。俺が新たな料理を作るのだと理解しているのだろう。本当、料理に関しては恐ろしいほどに貪欲だ。


「別にいいけど、手伝っちゃ駄目だからな。お前の結婚式なんだから」

「非常に遺憾ですが、承知しました。今日だけはお言葉に甘えます」


 ドレスはともかく、料理を作らせるのだけは譲れない。作るのはたった五人分だし、一番手間のかかるあれを済ませれば大した事ではない。ディーを引きつれ俺は厨房へと向かうのだった。




「まずはケーキだな」


 結婚式にケーキは外せないよな。他にも幾つか用意するが、鳥料理はレウスの帰宅待ちとして、この世界で初めて作るケーキから取り掛かるとしよう。


「ケーキ!? そんな……上級貴族しか用意しない物を本当にお作りに?」

「ああ、うん。そんな貴重な物なんだ、ケーキって」


 前世では当たり前のようだがこの世界ではかなり貴重であり、おまけに資料である本を見るにこの世界のケーキはとにかく雑で不味そうなのだ。

 パン生地に砂糖をふんだんに練りこみ、焼き上げたパンを丸いケーキの形に切ってからフルーツを添える。冗談のように聞こえるがそれだけである。一見簡単そうだが、庶民からすれば貴重な砂糖を大量に消耗するうえに、ケーキを作るぐらいならパンを量産する方を選ぶ。

 貴族は切ったパンを何段にも積み重ね、その高さが富の象徴を表す一種のステータス的な物らしい。何じゃそら……と本気で思う。

 当然俺はそんなアホなケーキを作るわけがない。卵やバターで一からケーキ生地を作り、生クリームを塗ってレウスの採ってきたフルーツで彩る予定だ。

 一番重要なのは焼き加減だな。オーブンなんて便利な物は無いので、高熱を発する魔法陣を描いた鉄の箱で無理矢理代用する。火力も焼き時間も全て初の試みで曖昧だから神経使うんだよな。それより俺の隣で一挙一動見逃さずメモるディーの方が神経使ってる気もするが。

 集中すること三十分、ケーキ生地は無事に完成した。続いて生クリームに取り掛かろうとすると、外からレウスの声が響いた。


「兄貴っ! 採ってきたよ」

「ご苦労さん……って、どんだけ採ってきてんだお前は!」


 張り切りすぎだろ! 背負い袋から零れそうな程パンパンに詰った果物に、アヒルのような鳥を両手で六匹も持っていた。どう見ても五人分どころか十人分はあるぞ。量の指定をしてなかったのが原因だろうが、レウスを本能のまま任せると駄目だってのはよくわかった。


 結局、使い切れない食材を保存する為の処置が増え、予想以上に苦労するハメになった。





 夕方になり、居間を模様替えした会場でノエルとディーの結婚式は行われた。


 俺は神父役としてローブを着て簡易的に作った高台に立ち、ディーは見栄えの良い服を着てそわそわとノエルを待っている。


「ディー兄、落ち着きなよ。ノエル姉は逃げないよ?」

「ああ……わかっているんだが」


 腕を組んだり、頭を掻いたりと全く落ち着きが無い。これも結婚式の醍醐味なんだろうが、お前は普段無表情な癖にこういう時は駄目なんだな。

 暖かい目で見守っていると扉は開き、手作りのウエディングドレスを着たノエルが現れた。


「お待たせしました、シリウス様」


 隣で手をつないでいたエミリアが会心の笑みを浮かべる。

 俺も今初めてドレス姿を見たが、ノエルのウエディングドレス姿は本当に綺麗だった。そりゃあ前世のと比べたら煌びやかさも足りないし、急場凌ぎで作った物だが素晴らしい出来である。レースを繋ぎ合わせ、生地の膨らみを利用した装飾の数々はエリナが教えた技術が生かされた見事な出来栄えだ。

 一言も発さずゆっくりとディーの元へ歩を進め、向かい合うとノエルは笑う。


「どうですか? 私、綺麗でしょうか?」

「ああ……綺麗だ」


 ディーは放心して完全に見惚れていた。

 エミリアと繋がれた手がディーへと渡され、二人は俺の方へ体を向けた。二人の並ぶ姿を見ていると鼻の奥がツーンとしてきたんだけど、何か今の俺って娘を嫁に出した父親みたいな気分だ。

 っと、しんみりとしてる場合じゃないな。神父役としてしっかりせねば。


「二人とも揃ったな」

「はい。今から私達は神に結婚を誓うんですね」


 こちらの結婚式は親族や知り合いを招待し、全員の前で紹介して神父を通し神に誓って後はパーティー……という流れだ。それはそれで良いが、ここは前世のやり方で行ってみようかと思う。


「二人に提案なんだが、過去の文献に従来とは違うやり方があるんだ。それをやってもいいかな?」

「シリウス様が用意された結婚式です。お任せします」

「私もです。シリウス様なら素晴らしい式にしてくれそうですから」

「ありがとう。二人は俺からの質問に答えてくれれば良いからね」


 許可は得た。潜入捜査で神父の真似事はしたことはあるが、まさか本物の神父をやる事になるとは思わなかった。真似事の御蔭で神父の言葉も大体覚えているし、今は過去の経験に感謝だな。ちょいと自己流も交えて、神父になりきるとしよう。




「私達は今、ディーマスとノエルの結婚式をあげようとしています。神は二人の結婚式を見守り、誓いをお受け取りください。それでは誓約をしていただきますが、来賓の方達にお聞きします」

「何でしょうか?」

「何、兄貴?」

「ディーマスとノエルは今結婚しようとしています。この結婚に正当な理由で異議があるなら申し出てください」

「ありません!」

「あるわけない!」


 力強い二人の言葉にノエルは涙を浮かべていた。異議なんかあるわけないだろうが、まあお約束というやつで。


「もちろん私もありません。それでは新郎、ディーマス。あなたは新婦ノエルが病めるときも、健やかなるときも愛を持って、生涯支えあうことを誓いますか?」

「ち……誓います!」


「新婦、ノエル。あなたは新郎ディーマスが病めるときも、健やかなるときも愛を持って、生涯支えあうことを誓いますか?」

「……はい、誓います」


「あなた方は、自分自身をお互いに捧げますか?」

「「捧げます!」」


「それでは新郎は新婦に指輪を嵌めてください」


 前もって回収しておいたサファイアの指輪をディーに差し出す。緊張でガチガチだが、ディーは何とか受け取りノエルの薬指に嵌めた。


「……俺、頑張るから。ノエルを……幸せにするから」

「いいえ、私も頑張りますよ。ディーさんを支えますから、私を守ってくださいね」

「ああ……絶対に守る」


 良い感じで言葉を交わしてくれて、会場の空気も最高に暖まってきた。ほんじゃまあ、仕上げといきますかね。


「では、誓いの口付けを」

「「ええっ!?」」


 あら、これは駄目すか? でもなぁ、指輪交換もだけど口付けも大切な儀式だからやってもらわねば困る。無表情を努めながら目線で催促し続け、ようやく意を決したディーがノエルの肩を掴み唇を奪った。


「きゃ――っ!」

「おおおおっ!?」


 外野がうるさい。本来こういう式では静かにするべきなのだが、身内だけだから見逃してやろう。


「今日この時より二人は夫婦となりました。神よ、この二人に永久の祝福を与えください。そして皆様は拍手を」

「「おめでとう!」」


 姉弟の大きな拍手と祝福の言葉に、二人は満面の笑みで答えた。


「ありがとうな」

「シリウス様、エミちゃん、レウ君。私……すっごく幸せだよぉ。ありがとう、本当にありがとう」


 二人の結婚式は最高の形で終えた。


 一つ余計に用意した椅子に、母さんが拍手しながら祝福の言葉を送っているような……そんな気がした。






 そして式が終えれば食事である。

 ノエルは色直しではないがいつものメイド服に着替え、俺の料理に舌鼓を打っていた。


「ん〜……流石シリウス様です。この鶏肉とっても柔らかくて、味が染みこんでいて最高ですね」


 今回用意したのは七面鳥の丸焼きみたいな物だ。クリスマスってわけじゃないが、祝い事に向いたインパクトがあるし、実際の七面鳥より美味しい鳥なのでなお良し。下拵えしてから特製タレと煮込み、最後に表面を焼けば完成である。


「ノエル姉、すごく似合ってたのにもう着替えたの?」

「だってエミちゃんと一緒に作って、皆から祝福された記念の服だもん。大切に取っておくんだから汚したくないでしょ?」

「それもそうだな。にしても、本当に良かったねノエル姉」

「うん、改めてありがとうね。シリウス様が料理と企画をしてくれて、エミちゃんが服を作って、レウ君が狩りと準備の手伝い、そしてディーさんが私を貰ってくれた。私って本当に果報者だよ」


 幸せオーラ全快のノエルはとてつもない速さで料理を平らげていく。幸せによって食事量が変化する性質だっけな? 幸せ太りしなきゃいいけど。


「お姉ちゃんはディーさんと夫婦になったのに、呼び方とか変えないの?」

「それもそうだね。ん〜……やっぱりここはあれかな? シリウス様の料理とっても美味しいですよね、あ・な・た♪」

「ぐふっ!?」


 隣で恥ずかしそうに黙々と食べていたディーが咽ていた。こいつは初心なディーにはきつい攻撃だな。しかしノエルの攻撃はまだ終っていなかった。


「はい、あなた。あ〜ん……」

「おい……ノエル」


 幸せの絶頂のせいかノエルのリミッターが完全に外れていらっしゃる。鶏肉を刺したフォークをディーの口元に持って行き、にこにこ笑いながら口を開けるのを待っていた。


「…………あむっ」

「にゃふふ〜……幸せですぅ」


 うーむ、二人の周辺だけ景色が歪みそうなくらい甘い空間が形成されている。それをエミリアは憧れるように見つめ、レウスは少し引いていた。俺は気にしない性質なので、幸せならそれで良いと思って放置である。


「兄貴、何か俺二人に近寄りづらいんだけど、気のせいかな?」

「気のせいじゃない。二人は自分だけの世界を作っているんだ、そっとしておいてやれ」

「兄貴がそう言うなら。にしてもノエル姉がピンク色に見えて不思議だな」

「はぁぁぁ……いいなぁ。お姉ちゃん、いいなぁ……」


 エミリアの憧れは限界を超えたのか、料理を刺したフォークを凝視しながら首を振り始めたのである。


「駄目、駄目だよ。私は従者で妻じゃないんだから、こういうのは違うでしょ。でも、お世話をするとなるとやっぱり……ううん、駄目駄目!」


 ちょっとエミリアさん? ああだこうだ言いながら否定しているが、貴方のフォークは俺の口元へ来てますよ。自制の出来ない弟子に呆れつつも、それを食べてやった俺は甘いと思う。


「えへへ……幸せですぅ……」

「あれ? 姉ちゃんもピンク色に見えてきたぞ。どういう事だ?」

「放っておきなさい」


 大人になればわかるよ……たぶん。



 食事の次はケーキの登場だ。

 スポンジが少し固めだがケーキとしては十分であり、綺麗に彩られたクリームの装飾にディーを除いた三人は目を輝かせていた。


「こ、これがケーキですか? アリア様の時に見たケーキと全然違います」

「何ですかこれ。すごく綺麗な模様なんですけど、どうやってやるのでしょうか?」

「すっげーっ!」


 あ、しまった。式の時にケーキ入刀もさせてやるべきだったな。今からでも遅くはないが着替えてしまってるし、肉食獣の目をしてる三人を止めるのは難しいから諦めよう。


「ふっふっふ、ちょっと予想より違ったが自信作だぞ」

「「「わーい!」」」


 自信作の言葉に獣人達のテンションは最高潮だ。主役なのでノエルとディーには少し大きめに切り分けてやると、全員はすぐさまケーキに噛り付いた。


「……美味しい。ケーキがこんな……こんなにも甘くて美味しいなんて……」

「……はぁ……最高です」

「ふまいべあにきゅ!」

「……素晴らしい」


 大絶賛でなによりだ。レウスに至っては『美味いぜ兄貴!』と言っているんだろうが、無理に喋らんでもいいわい。軽く味見はしたが、完成品を食べるとまた違うものだ。少々クリームがくどいかもしれないが、これなら許容範囲だな。


「あなた! 当然これは……」

「メモはバッチリだ。今度挑戦してみよう」

「最高ですあなた!」


 結婚してもこの辺のやりとりは変わってないな。相性が良く、長い付き合いもあって二人は良き夫婦になるであろう。


 こうして俺達のパーティーは夜遅くまで続いたのだった。






 そして……最後の仕上げである。



 エミリアとレウスを睡眠薬で眠らせた俺は、居間から出て行こうとした二人に声を掛けた。


「二人とも、エミリアとレウスは薬で眠らせたし、俺は耳栓して寝るから騒いでも大丈夫だぞ」

「……は?」

「えっ!?」

「避妊は計画的にな。じゃ、ごゆっくり」

「ちょっ!? シリウス様どこでそんな知識を……って、ちょっと、シリウス様ーっ!?」


 自分でもお節介だと思うし、やりすぎだと自覚している。だが、散々焦らしてきたんだ。これくらいやったって罰はあたらんよ。

 しっかりと初夜を楽しんでちょうだいな。







 次の朝。



「ノエル……」

「あなた……愛してますよ」



 二人は超ラブラブだったとさ。



幸せといったらこれかな……と作りました。


ちなみに式の誓いの言葉は資料を幾つか見て、主人公が適当にアレンジしたものです。

実際の物とはまた違うので了承ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] sweetですね。
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