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エリナ

書籍1巻の記念投稿作品です。

申し訳ありませんが、1巻の内容に準拠しているので、台詞が微妙に違う点があります。

ですが元は変わりませんのでご安心を。


 私は貧しい平民の生まれでした。


 その日の食事すら食べられるかどうかという毎日でしたが、優しい両親が傍にいてくれれば耐える事ができました。

 しかし両親が流行病で亡くなり、私は一人になってしまったのです。

 頼れる親戚も伝手もない……けれど私は死にたくないので必死に生き続けました。

 身を粉にして働き、成長した私が女として見られるようになったある日……私に転機が訪れました。


 ある貴族が町で働いている私を見初め、己の従者として雇いたいと誘ってきたのです。

 仕事には伽が含まれていましたが、確実に食べさせてもらえ、今の生活では到底稼げそうにない給金が約束された仕事に迷う理由はありませんでした。


 そして私は貴族の従者となり、従者として様々な事を学びながら成長していきました。


 数年後……ご主人様との伽にも慣れ、屋敷の中でそれなりの地位を得た頃……私は病に冒されてしまいました。

 何とか一命を取り留めましたが、私の体は衰弱し、更に恐ろしい後遺症が残ってしまったのです。

 親を亡くした私にとって唯一の家族となれる筈だった赤ちゃんを、私は二度と産めない体になってしまったのです。


 そんな私に追い打ちをかけるように、私は屋敷を追い出されてしまいました。

 伽さえも行う体力もない私は、完全に見限られてしまったのです。


 屋敷を追い出され、子を産めなくなった私は全てに絶望し、何もかもがどうでもよくなっていました。

 荷物を手に町の片隅で呆然と座り、何時襲われてもおかしくないそんな私に……一人の女の子が話しかけてきたのです。


「ねえお姉さん、こんな所でどうしたの?」


 それが私とアリア様の出会い。


 私を絶望から救いだして下さった……運命の出会いでした。







 ※※※※※







 それから私はアリア様の従者となり、アリア様の成長を見守ってきました。

 アリア様は恩人であり、口や態度では決して出しませんが、私にとって年の離れた妹のように思いつつも共に歩んでいきました。


 その後……ディーと出会い、ノエルと出会い、たとえエルドランド家が没落しようと、私はただアリア様の為に生きるのです。


 そして……私の憎き相手との子を宿したアリア様は……。





「アリア様! ご覧……ください! 男の子ですよ!」

「ああ……良かった。産まれて……くれた」

「しっかりしてくださいアリア様! お子様を抱くのではないのですか!?」


 私は産まれたばかりの赤ちゃんを抱いたまま呼びかけますが、アリア様の容体は悪くなるばかり。

 やはり今の体力で赤ちゃんを産むのは無理があったのです。

 でも……止められなかった。

 私にはアリア様の産みたいという気持ちが痛いほど理解できたから。


「アリア様! お願いです。この子の為に……私たちの為に……生きてくださいアリア様!」


 アリア様の命の火が消えそうなのが、わかる。

 両親……そして私を救ってくださったアリア様。

 大切な人は皆……私を置いて行ってしまう。


「嫌ですよ。私はもう……大切な人を失いたく……」

「何を……言っているのよ。失うだけじゃ……ないわ」

「ですがアリア様が……」


 そして私から赤ちゃんを受け取ったアリア様は、赤ちゃんの顔を私に見せながら笑みを浮かべておりました。


「ほら、よく見て。新しい……命よ」

「っ!?」

「エリナが産んだ子じゃないけど……この子は皆の赤ちゃんよ。大切に……育ててね」

「いいえ、それはアリア様と共にです! 皆で……立派な子に育てましょう!」

「……そうね、私も……育てたいけど……ちょっと無理かな?」


 ああ……止めてください。

 こんな……こんなのは……嫌……。


「貴方の名前はシリウスよ。私のシリウス……愛しているわ。何にも縛られず、真っ直ぐに自分を信じて生きなさい。それが母さんの願いよ。エリナ……後はお願いね。私の分も愛してあげて」


 そして私にシリウス様を託されたアリア様は……。


「アリア様!? アリア……様……」


 全てをやり遂げ、とても満足気に……逝ってしまわれました。



 そして残されたのは放心した私と……産まれたばかりのシリウス様だけ。


 アリア様はただ、家族や周囲の人を幸せにしたいと願っていただけなのに……どうして……こんな。



『エリナが産んだ子じゃないけど……この子は皆の赤ちゃんよ。大切に……育ててね』



 その時、赤ん坊の泣き声と温もりを感じた私は正気を取り戻しました。

 しっかりしなさい……私には悲しんでいる暇はないのです。

 アリア様が残されたこの御方を……シリウス様を守れるのは私だけなのよ?


「アリア様……シリウス様は私が立派に育てて見せます。どうかお見守りください」



 これが私とシリウス様の出会い。

 私に幸せを運んでくださった……何よりも大切な御方との出会いです。






 ※※※※※






 それから一ヶ月後。


 屋敷に住む皆がアリア様の死を乗り越えた頃、私はシリウス様の可愛さに夢中でした。

 母親ゆずりのつぶらな瞳に、私が指を差し出せば掴んでくださるとても小さな手……何もかもが愛おしい。


 ですが少し変わった御方でもありました。

 過去に何度か赤ちゃんの世話をしたことはありますが、シリウス様は全く愚図りませんし、食事を差し出せば零すことなく食べてくださります。

 まるで私の言葉を理解していらっしゃるようで、スプーンを渡したら自分で食事をしてしまいそうな気がするくらいです。


「それにしてもシリウス様って綺麗に食べてくれますよね」

「シリウス様は特別なのです」


 どうやらシリウス様は他の赤ちゃんと比べて成長が早いようですね。さすがはアリア様のお子様です。

 不思議そうに首を傾げるノエルですが、シリウス様の可愛さに気にするのを止めたようです。

 それからノエルはシリウス様にお姉ちゃんと呼んでほしくて何度も声を掛けていますが……私だけでなくシリウス様も呆れているような気がするのは何故でしょうか?


 早く成長されるのは嬉しいのですが……もっとゆっくり育ってほしいとも思ってしまいます。

 ですが、それは母親としての感情であり、決して抱いてはならない想い。

 私はアリア様の従者ですから、シリウス様の成長を見守るだけで十分なのです。






 ※※※※※






 私は水魔病によって倒れてしまいました。

 熱によってすでに体の感覚はなく、意識が朦朧としていましたが、己の死が迫っているのだけは理解できました。


「アリア……さ……ま……」


 まだ私には……やることがあるのに……こんなところで……終わるの?

 アリア様……申し訳ありません。

 貴方のお子様を守ると誓ったのに……私は……。

 申し訳ありません……申しわけー……。


「いいから飲め! 飲まなきゃ絶対に許さん!」


 その黒い髪は……アリア様?

 わかりました。貴方の……命令ならば……。

 そして口元に差し出されたものを必死に飲んでいると……何か違うことに気付きました。

 この声と手はアリア様ではなく……シリウス……様?


「飲んだら寝なさい」


 ああ……シリウス様。

 貴方は私に命令出来る程に……成長されていたのですね。

 そのまま……もっと成長されてー……。





「ここ……は?」


 私は生きていました。


 疲労は残っていますが、あれだけ体を苦しめていた熱が完全に消え、水魔病が完治している事が理解できました。

 そして私のベッドに縋り、不安定な姿勢で眠っていらっしゃるシリウス様に気付いた時……思い出したのです。

 私はこの御方に命を救われたのだと。


 あの助けようとする真剣な表情はアリア様にそっくりでした。

 何故薬が……と、疑問は浮かびますが、このあどけない寝顔を見れば些細な事かもしれません。

 そのあまりの愛おしさに我慢できなかった私は、シリウス様に手を伸ばし頭を撫でてしまいました。


「エリナ!?」

「はい、ここに」




 それから私は真実を語り、シリウス様の告白で異常な成長の理由を知りました。


 とてもありえないと思える事でしょうが、この御方が語るのならばそれが真実なのでしょう。

 いえ、今の私には真実なんてどちらでも良いのです。

 この御方はすでに、主として敬う程に成長されているからです。

 これから私はアリア様の従者ではなく、シリウス様の従者として生涯お仕えしましょう。






 ※※※※※






 シリウス様は途轍もない速さで成長なさっています。

 先日に至っては、元冒険者で体格差のあるディーと本気で戦い、シリウス様は勝利を収めておりました。

 今では私たちの中心となり、私だけでなくノエルとディーに夢や希望を与える素晴らしい主に成長なさりました。


 しかし……明らかに異常と言える成長。

 そして人の命を簡単に奪えてしまう力。


 何も知らない人からすれば恐ろしいとも言える存在です。

 けれどシリウス様はその力の使い方を理解されていますし、私たちを家族だと仰り、常に気に掛けてくださる優しさを持っておられる御方。

 恐ろしいなんて微塵も思いません。

 この御方は、私たちの大切な子ー……いえ、大切なご主人様です。




 そんなシリウス様が、ある日銀狼族の子供を見つけて屋敷に連れて帰ってきました。

 親どころか故郷さえも魔物に奪われ、帰る所のない銀狼族の姉弟です。


 正直に言えば私たちに二人も養う余裕はありませんが、シリウス様が望まれるのならば私たちは応えるだけです。

 それに……初めて仰られたシリウス様の我儘ですから、必ず叶えて差し上げたい。




「もっと頭撫でて……」

「はいはい、レウスは良い子ね」

「うん……」


 シリウス様がエミリアの傷痕を治療している間、私はレウスを寝かしつけていました。

 あどけない表情で眠るレウスは可愛いのですが、やはりシリウス様の寝顔が一番ですね。


 そういえば、シリウス様の寝顔を最後に見たのはいつでしょうか?

 朝は私たちより早く起きますし、ここ数年は寝顔を拝見できた記憶がありませんね。

 シリウス様が成長されるのは喜ばしいのですが、もっと年相応の我儘を言ったり、レウスみたいに甘えてほしいとも思います。


 その日の夜、シリウス様が遂に私のベッドで眠ることになりました。

 シリウス様は何か考え事をしていらっしゃいますが、その真剣な顔つきもまた可愛らしい。

 少し前まであんなに小さかったのに……立派に成長されたのですね。


「あのさ、そんなにじっと見られると気になるんだけど」

「申し訳ありません。ですが私は横を向いていないと寝られないのです」

「嘘をつくな」

「いいえ、今日だけは横を向いていないと寝られませんので」


 こんなに幸せな時間を、眠って無駄になんかできませんよ。





 それから数日後、エミリアとレウスはシリウス様の素晴らしさに気付き、忠誠を誓いました。

 特にエミリアは何があろうと決して裏切らない従者となるでしょう。

 それは、私の跡を継いでくれそうな子でもあるのです。


 私はもう……長くはない。

 ここ最近は思うように体が動かず、何度も休憩をとらないと仕事をこなせない日が増えてきています。

 それに何より年齢的な問題もあり、私はいつまでもシリウス様を支えることができませんから。


 跡を継がせる……つまり私の想いを託すという事ですが、これは私の我儘に過ぎません。

 それは実体のない重りを背負わせるだけでなく、エミリアの将来を決めてしまう行為でもあります。

 それでも私の一方的な思いを告げてみれば……。


「私はシリウス様の為に生きると決めたんです。だからエリナさん、私に従者としての技術を全部教えてください!」


 エミリアは喜んで受け取ってくれました。

 シリウス様、本当に良い子を見つけてくださりましたね。

 私はこの子をシリウス様に相応しい、立派な従者に育て上げてみせます。

 おそらくこれが私の最後の仕事になるでしょう。


 だからお願い。

 もう少しだけ……保ってほしい。






 ※※※※※






 遂に私も限界がきたようですね。

 ですが私の想いは全てエミリアに託しました。

 後は皆に最後の言葉を伝えるだけなのですが、シリウス様に怒られてしまいました。


「聞くよ。だけどさ、俺はもっと本音を聞きたいんだよ……母さん」


 そして……私の事を母さんと呼んでくれました。


 私は貴方を産んだわけじゃないのに、本当のお母さんじゃないのに……いいの?

 私は貴方の母親でいいの?

 決して抱いてはいけなかった想いが溢れだし、私は涙を堪え切れませんでした。


「……よろしいのでしょうか?」

「いいさ、家族なんだからもっと素直になればいいんだよ。じゃないと母さんの事が嫌いになっちゃうだろ?」

「シリウス様……いえ、シリウスに……嫌われたくないわ。だから、貴方の言う通りにするわね」


 皆にもう一度だけ想いを伝えます。


 レウスはもっと上品に。

 ディーは勇気を。

 ノエルは明るく笑顔で。

 エミリアは自分を大切に。


 そしてシリウスは、アリア様の遺言の通り……自由に……生きて。



「手を……握ってくれる?」

「いいよ」

「もう一度……母さんと呼んでくれる?」

「何度でもいいよ、母さん」

「もう一度……」

「母さん」

「もっと……」

「……母さん」

「ふふ、貴方が泣くなんて生まれた時以来だわ。私の為に……泣いてくれるのね?」

「当たり前……だろ」


 薬のせいで貴方が繋いでくれた手の感触はないけど、貴方の優しさは伝わります。

 そして産まれた時に泣いて以来、一度も泣いた事のないシリウスが涙を流しています。

 アリア様がすでにいないと知っても泣かなかったこの子が……私の為に泣いてくれている。


「俺も母さんと一緒で……幸せだったよ」


 私は……貴方の母親でいられたのね?


「私のシリウス……愛しているわ」

「俺も愛しているよ……母さん」

「ああ……その言葉で十分よ。シリウス……」






 ふいに……過去の記憶が溢れる。






 この世に生を受けてから、何度も辛く大変な目に遭ってきた。

 親を亡くし、身売り同然で貴族の従者となり、厳しい日々を過ごす毎日。

 そして重い病にかかり、子を生せぬ体となった私は絶望していた。


 けれど……そんな生きる理由を失った私はアリア様に救われた。

 そして救ってくださったアリア様を失い、再び絶望に堕ちようとしたその時……貴方と出会った。

 アリア様の忘れ形見である貴方を初めて抱き上げた時……私の全てが決まった。

 私は……この子を守る為に生きようと。

 可愛くて……愛おしくて……全てを投げ出してでも守りたい存在が出来た。


 辛くて大変な事もあったけど、貴方を思えば何も怖くありませんでした。

 貴方が私の生きる理由だったから。


 そんな貴方に母さんと呼ばれて、私は何もかもが報われた。

 家族であるノエルとディーに夢を与え、孫のようなエミリアとレウスの目標となった貴方を……私は誇りに思います。



 貴方がいてくれたから、私はここまでこれた。



 貴方がいてくれたから、私の世界は輝きに満ち溢れた。



 だから……最後に貴方へ伝えたい。



 私の愛しいシリウス。



 産まれてくれて……。









最後の言葉は本編にて……。





 というわけで、エリナの気持ち……エリナ視点の話を書きました。


 元々この話は、最後の走馬灯のような部分だけでした。

※実はその部分、書籍でエリナの『ありがとう』の後に、エリナに視点が切り替わった最初に入れようと思っていたのですが、くどいかな……とか、ページ問題等の問題等で入れなかったなんて秘密ですよ。


 そしてある程度は読者様の想像に任せたいと思っていたのですが、その時エリナがどう思っていたのか……というのが色々と浮かんだので書いてみました。

 しかし……書き始めるとキリがなくなり、他の作業に支障をきたし始めたので、継ぎ接ぎのように部分的な内容となりました。

 そういうのが嫌いな人は申し訳ない。この話は忘れてください。



 以前の活動報告である程度書いたかと思いますが、作者が伝えたかったのは以下の三点。



・エリナはシリウスをとにかく愛していた。

※余談ですが、エリナの元から高かった母性本能は、病で子供を産めなくなった事により封印されていた。しかしシリウスと出会う事により、封印していた母性本能が大爆発したのである。


・エリナはシリウスを従者としてか、母親として接するかで揺れ動き、迷いながらも育てていた。


・そして最後に母親と言われ、エリナは満足して逝った。


 という点ですね。

 死は悲しいけど、彼女は満足して逝く。

 幸せだったと、後悔ないように亡くなった人にしたい……と、当時は思って書いていました。



 他にも、もしシリウスが初めて喋った時、『エリナ』ではなく冗談で『ママ』か『お母さん』と呼んでいたら、エリナは母親として振る舞っていたのだろうとも思っていましたね。



 色々とくどい部分もあるでしょうが、記念話だし……かなり好き勝手にやらせてもらいました。


 それでは、2巻も出せるように頑張っていこうと思います。

 これからもWEB版、書籍版共々よろしくお願いします。


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