表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/214

従者としての意地


  ※※※※※ 注意 ※※※※※


 今回は7月28日から31日までの4日連続の更新となります。

 途中でこの作品の更新に気付いた方は、読み飛ばさないように気をつけてください。




 ――― エミリア ―――



「さあ、どうやって私に勝つのか見せてみなさい!」


 遠距離からでは仕留めるのが難しいと判断したのか、今度は接近戦をルカは選んだようです。

 空を滑るように迫ってきたルカはその勢いを乗せた右腕を振るってきましたが、ただの力任せの横薙ぎでしたので回避するのは難しくありませんでした。

 しかし彼女の力は凄まじく、空振りによる風圧によって私は避ける事が出来ても体勢を大きく崩してしまったのです。


「飛べるといっても、大して上手くないようね!」


 彼女の言葉通り私は空を飛ぶ事にまだ慣れていないので、実は飛ぶ事に集中力を大分割いています。

 ですがこういう時こそ冷静に……です。

 追撃しようとルカは更に左腕を振るってきますが、風圧に逆らおうとはせず流れに身を任せるようにして追撃を避けると同時に、空中という状況を生かした回転をしながらルカの腹部へ蹴りを食らわせます。

 魔力で肉体を強化しても私の蹴り程度ではびくともしないでしょうが、当てると同時に足先から『エアインパクト』を放てば、先程と同じようにルカが大きく吹き飛びました。

 そこから追撃の『エアスラッシュ』を放ちますが、岩をも切断する風の刃を受けてもルカの体には傷一つありませんでした。


「想定以上ですね。なら次は……」


 シリウス様直伝の蹴りだけでなく、強化された『エアスラッシュ』でも駄目ですか。

 結果は相手の腹部に私の靴跡が付いただけでしたが、今の攻防で色々と判明した事があります。

 どうもルカ本人は接近戦……というか、自分で戦う事に慣れていないようです。

 攻撃は大振りばかりですし、私の蹴りにも反応が明らかに遅れていましたから。彼女は研究や指揮官として動くのが主であり、自身が戦う事はほとんどなかったのかもしれません。

 ただその戦闘経験の低さを覆してしまう程に、彼女の頑丈さは飛び抜けています。

 故に彼女は己の体に絶対の自信を持っているからこそ、こうして私と直接戦っているし、愚直とも言える攻めをするのでしょう。実際、私の攻撃が全く通じていませんし。

 無駄だと口にしながらルカが再び迫ってきましたが、やはり隙だらけな突撃でしたので、私は相手の気を惹きながらリースに合図を送ります。

 すると空の魔物たちを迎撃していた水のゴーレムが拳を振るい、側面からルカを殴り飛ばし地面へと叩き落としていました。


『どう? 言われた通り全力で殴ったけど……』

「……駄目なようです」


 リースが生み出したゴーレムの一撃は、その大きさから私たちの中で相当な破壊力があるのですが、これもまた効いていないようです。

 それを証明するかのように、姿が見えなくなる程に地中深くルカは埋まっていたのに、すぐに飛び出して私の前に戻ってきたのですから。


「どうやら数が足りなかったようね。だからもっと呼んであげる!」

『また来た! こうなったら片っ端からやってやるんだから!』


 再びルカの肉体の魔法陣が輝き、更に多くの魔物が彼女の周辺に集まり始めたので、リースのゴーレムが前に出ました。

 形を自在に変えられる水の特性を生かして腕を無数の鞭に変えて魔物を叩いたり、大きく広がって魔物を水の中に取り込んで窒息させたりと、変幻自在の動きで現れる魔物を次々と対処しています。

 しかし魔物の数があまりにも多く、先程のような援護を期待するのは無理そうです。


「ほら、放っておいていいの? あんな規模のゴーレムを動かしていたら、すぐに魔力が尽きるわよ」

「リースはそう簡単に倒れる女性ではありませんよ」


 呼び寄せた魔物をゴーレムへ向かわせた後、ルカは再び私に迫って殴りかかってきました。

 相変わらず拳による力任せの連打ですが、動きや速度が更に増しているせいもあり、全て避けきれずナイフで防がなければならない程です。

 もちろんただ防ぐだけではナイフごと私が壊されてしまう威力なので、刃を寝かせて絶妙な力加減と体の動きで受け流したりと、かなり神経を使う作業を必要とされました。

 それでも集中力を維持し続け、相手の攻撃を捌きながら蹴りや風の刃を何度もぶつけましたが、やはり効果はなさそうです。


「何度やっても無駄! そろそろ認めてたらどうなの?」


 長期戦は不利で、私たちの攻撃は通じない。

 もう完全に追い込まれつつある状況ですが、諦めるのにはまだ早い。

 私はリースのように強力な魔法は使えませんし、フィアさんのように風の魔法は強くはありませんが、シリウス様から教わったものが沢山あります。

 あの御方の背中を誰よりも見てきて、その経験を己の糧にしてきたのです。

 それらを全て使い、勝利に必要な術を模索した結果……か細いながらも彼女を倒す道筋が見えたのですが、まだその時ではありません。

 だからその時に備え、私は効果は薄いと知りつつもルカへの攻めは決して緩めませんでした。




 ――― ルカ ―――




 この銀狼の娘……何を考えているかしら?

 私の肉体に唯一傷をつけられそうだった剛剣を先に行かせるどころか、たった一人で挑んでくるなんてどうかしている。

 足止めに徹するのであればその選択も理解は出来るけど、この銀狼娘の目はそうじゃないとはっきり告げている。

 あれは……私を倒そうとする戦士の目だ。

 でも私と戦うには明らかに力不足。そこら辺の雑魚よりは優秀かもしれないけど、ラムダ様からいただいた肉体を宿す私を相手するには色々と足りない。

 それでも相手の抵抗は止まらず、すでに十回近く魔法で吹き飛ばされたりはしたけど、いい加減慣れてきた私は魔法を受けながらも銀狼娘の腕を掴む事が出来た。


「ようやく捕まえー……」

「気が早いですよっ!」


 そのまま腕を握り潰してやろうかと思ったのに、銀狼娘が咄嗟に放った魔法によって私の腕を強引に引き剝がされ、更にもう一発放たれた魔法で私はまたもや吹き飛ばされていた。

 何やら無数の風の礫を受けた私の体に痛みはないけど、銀狼娘の方は私の爪を引っ掛けてしまったのか、血が流れて地上へと零れ落ち始めた。

 かなり肉を抉られ、戦闘に支障が出る程の怪我だが……。


「ふぅ……ありがとう、リース。ええ、まだいけます!」


 近くで戦う水のゴーレムがすぐさま触手を伸ばし、傷口を水で覆って銀狼娘の傷を回復させてしまう。

 あの水のゴーレム、私がけしかけた雑魚処理の合間を縫って銀狼娘の援護をしたり、こちらが魔法を放てば銀狼娘を体内に取り込んで守ったりと、本当に厄介な存在だ。

 だが私にとってはゴーレムよりも、この銀狼娘の方が脅威に思えて仕方がない。

 戦況を冷静に見据え、臨機応変に部隊を動かす指揮官として優れる者が単身で挑んでくるという事は、私を倒す術を持っているという可能性が高いからだ。


「いい加減、勝負に出たらどう? 貴方の動きにも慣れてきたし、何かしないと本気で死ぬわよ」

「……安い挑発ですね」


 策を講じる前に仕留めたくとも、戦闘経験は相手の方が上なせいか異様に粘られてしまい、長期戦になっているのが現状だ。

 でも、長期戦ならこちらも望むところ。戦いが長引く程に銀狼娘の方が不利になっていくので焦る必要もない。

 剛剣も優先して倒すべきだが、この銀狼娘は確実に仕留めておくべきだと判断した私は、挑発を織り交ぜつつじっくりと銀狼娘を追い込んでいく。

 合間に呼び寄せた雑魚をゴーレムへ向かわせ、そろそろ数えるのが面倒なくらい受けた銀狼娘の魔法だが、ここで小さな変化が起こっている事に私は気付いた。


「威力が……上がっている?」


 この銀狼娘が放つ風の魔法は大きく別けて二種類。

 数や大きさは疎らだが、凄まじい衝撃を放つ風の玉と、岩も切れるであろう風の刃だ。

 どちらも私の体には傷一つ与えられなかったのに、先程から風の刃は皮膚に僅かな痣が残るようになり、衝撃に慣れてきた筈の私が再び吹き飛ばされ始めたのだ。

 威力が向上している……いや、洗練されてきたと言った方が正しいかもしれない。

 戦いながら分析してみたところ、どうも銀狼娘が使う魔法は何らかの力を借りているように感じた。

 戦闘経験は豊富でも、どこか有り余る力を使いこなせていないという変な部分を感じていたのに、次第にそれが薄れている。こんな状況で成長するなんて中々なものね。

 でも、成長するのは貴方だけじゃない。


「ふふ、貴方の動きが見えてきたし、絞れてもきたわ。もう二、三回くらいかしら?」

「くっ……」


 銀狼娘のように軽々と動けるわけじゃないけど、観察に関してラムダ様以外に負けるつもりはない。

 相手の肉体や動きの癖をこれだけ間近で観察し続けていれば、避ける方向の先読みも難しくはない。もちろん失敗して反撃を何度も食らっているが、気にせず銀狼娘の避ける方向……つまり逃げ道を一つ一つ潰していく。

 このまま続けて行けば、わかってはいても避けられないように追い込んで一気に仕留められるし、あるいは途中で力尽きて自滅するでしょう。

 それともう一つ、私はこの銀狼娘の狙いに見当がついていた。

 先程から果敢に攻め続けるこの銀狼娘の攻撃は全て囮だろう。

 もしこの銀狼娘が必殺の一撃を持っているのであれば、すでに使っている筈。長期戦は不利だと理解しているだろうし、こちらの油断を誘うにしてもここまで追い込まれて何もしないのは愚策もいいところ。

 そして魔法で何度も私を吹き飛ばすのは、距離を取る為ではなく私を一定の場所へ移動させ、自身を囮にして外からの不意打ちを狙っているのだ。

 適当に移動させているように見えるが、右翼から中央側へと移動させられている点からして……剛剣の線はないか。


「ゴーレムがまだ寂しそうね。もっとお友達と遊ばせてあげる」

「リース、堪えてください!」


 念の為、水のゴーレムへ雑魚を更に押し付けて動きを少しでも封じておく。

 さて、他に私の防御を突破出来る者がいるとすれば、中央部隊にいるサンドールの爺将軍と、左翼にいる剣馬鹿の姫と銀狼男くらいだろうが、一人だけどこにいようと攻撃可能な存在がいる。


「あれの位置は……左翼側か」


 この銀狼娘の主は、矢や魔法ですら届かない位置の中竜種を容易く貫く魔法を放つ。

 故に連携による不意打ちがあるとすれば、あの男の可能性が一番高い。

 そして銀狼娘の動きと呼吸の乱れから限界が近いようなので、仕掛けるのならそろそろの筈だ。

 決してその瞬間を逃さぬよう、銀狼娘だけでなく周囲に気を配りながら攻め続けていると、これまでで最も凄まじい衝撃が私の胸部を襲い、大きく中央側へと吹っ飛ばされた。


「行きますよ、リース!」


 それと同時に、銀狼娘は右手に握ったナイフに魔力を込めながら一気に迫ってきた。刀身が伸びて見える程に魔力が圧縮されたナイフと銀狼娘の気迫は本当に凄まじく、囮どころか己の攻撃で仕留めんとする決死の一撃を感じさせる。

 更に魔物への対処で精一杯な筈のゴーレムも、銀狼娘の声で何か怪しい動きを見せていた。

 ふん……何を考えているか知らないけど、その決死の一撃を正面から堂々と粉砕してくれるわ!


「私がその程度でやられるかぁ!」


 魔力を集中させて更に硬さを増した右腕で、銀狼娘が振るってきたナイフを正面から殴りつけた。

 拳とナイフがぶつかったとは思えない鈍い音が響き渡るが、結果的に私の右拳は痣が出来る程度で済んだ。

 一方、ナイフは刀身が粉々に砕け散って銀狼娘は悔し気な表情を浮かべているが、その目はまだ死んでいない。相手は不安定な体勢ながらも反対の手をこちらへ向け、風の礫を私の顔面へ放ちながら叫んでいた。


「シリウス様!」


 やはり本命はそちらか。

 奴の位置的に、狙われるとすれば私の背後からだろう。

 銀狼娘もまだ攻めの手を緩めるつもりはないし、前後から同時に攻められては堪ったものではないが、すでに予想はしていたので対策はすでに考えてある。


「全てにおいて甘いのよ!」


 ラムダ様からいただいたこの肉体は、あの御方の長年の研究によって生まれた知識の結晶でもある。

 竜をも超える頑丈さと即座に再生する鱗。そして常人には到底理解出来ない程に進化したこの肉体には、ラムダ様の意向によって背中に第三の目と魔力を感知する特殊な器官が組み込まれていた。

 普段は必要ないので使ってはいないが、まさかこのような時に役立つとは。あの御方の慧眼は本当に素晴らしい。

 ああ、どうせなら限界まで引き付けてから避けて、この銀狼娘に当てるのも一興かもしれないわね。

 主の攻撃で死ねるなら本望だろうと、思わず笑みが浮かぶが……。


「……ん?」


 背後からの攻撃が……来ない?

 まさか先程の声は引っ掛け。それとも時間差?

 どうやら予想が外れてしまったみたいだけど、それならそれで目の前の銀狼娘を仕留めればいい。もちろん背後にも気を配りながら。

 だがほんの僅かだけ背中へ意識を向けていた間に、銀狼娘は私の視界から消えて……いや、地上へと落下し始めていた。

 ふふ、最早空を飛ぶ余力さえなくなったようね。

 ならば確実に止めを刺してやろうと、広範囲を薙ぎ払う魔法の為に魔力を集中させ始めたのだが、不意打ちを気にしていたせいかそれが間違いだと気づくのに遅れてしまった。

 いつの間にか別のナイフを手にした銀狼娘の目が……まだ死んでいない事に。


「ちっ! それで虚を突いたつもり!」


 そして銀狼娘は、まるで空中を蹴ったかのような勢いで真下から再び私に迫ってきた。

 準備中の魔法では間に合わないと魔力の集中を中断したせいで対応が遅れたが、先程の加速に比べたら遅い。迎撃はまだ間に合うと右腕を振るうが、突如横から伸びてきた水の鞭が私の右腕を叩いたのである。ゴーレムめ、群がる雑魚を隠れ蓑に伸ばしてきたか!

 痛みはないが勢いを完全に殺されてしまったので、咄嗟に反対の腕で魔法を放とうとするが、その頃にはすでに銀狼娘は目の前に迫っていた。

 一陣の風が私の目の前を通り過ぎ、こちらより高く飛び上がった銀狼娘はナイフを一閃させた体勢のままこちらを見下ろす。

 懐に飛び込まれたのは誤算だったけど、予備のナイフ程度で私の肉体がー……。


「さすがにこの牙は防げなかったようですね」

「……牙?」


 意味が理解出来なかった言葉に思わず呟いたその時、これまで全ての攻撃を弾いていた胸元が切り裂かれ、私はこの戦場で初めて血を流した。

 刀身の短いナイフなので致命傷に至る傷ではないが、傷口を見ている内に私の感情が急激に乱れ……魂が叫ぶ。

 よくも……よくも……ラムダ様から授かった肉体を……ユルサナイ!


「この……小娘があああああぁぁぁぁぁ――――――っ!」


 もう八つ裂きするだけじゃ気が済まない!

 傷口から血が噴き出すのも構わず、私は追撃しようと上からナイフを突き出そうとする小娘目掛け両腕を向けた。


「跡形もなく消滅させてやる!」


 怒りと共に己の全魔力を解き放とうとしたその瞬間……突如胸元に衝撃が走った。

 すると溶岩のような怒りが急激に冷め、己でも不思議なくらいゆっくりと視線を下げてみれば、私の胸元に一本の矢が深々と刺さっていたのである。


「……狙い通り着弾です。お見事です、フィアさん」

「ぐ……こんな……こんなちっぽけな矢で私が……」


 私の体は……ラムダ様の……結晶で……たかが矢の一本で……。


「いえ、もう終わりです。それと少々遠いので、その矢を放ったフィアさんの言葉を代わりにお伝えします」


 何で……抜けない……まるで……大木……。


「その矢は貴方たちが辱め、尊厳すら奪ったエルフからだそうです。存分に味わいください」




 ――― エミリア ―――




 フィアさんからの言葉をお伝えはしましたが、当のルカはそれどころではないらしく、深々と刺さった胸の矢を必死に抜こうとしていました。

 しかし彼女がどれほど力を込めようと、矢は抜けるどころか微動だにしません。

 何故ならあの矢はルカの魔力を吸収して一気に根を伸ばし、力を奪いながら矢自体を肉体に固定しているのですから。

 これが浅く刺さっていたのなら肉ごと引き千切るようにして矢は抜けたかもしれませんが、傷口から深々と刺さり根を張った状態となればもう抜くのは不可能でしょう。小さくともあれは聖樹様の一部ですから、本人からすれば体から大木が生えているかのように感じているかもしれません。

 しばらくルカの悪足掻きは続きましたが、遂には飛ぶ事も維持出来ず落下し始めたので、私も彼女を追うように地上へと下りました。

 しかし疲労が限界を越えていたのか、私は地面に着地するなりふらついて膝から崩れ落ちたのです。


「くっ!? はぁ……ふぅ……」

『大丈夫!? まだ治っていない怪我があったの?』

「心配しなくても、ちょっと疲れただけです。ゆっくり休めば平気ですよ」


 途中で負った傷はリースがすぐに治してくれましたが、失った血と体力は時間が経たないと回復しませんので、疲労がかなり積み重なっています。

 それにしても、体中の至る箇所が悲鳴を上げているかのように痛い。

 フィアさんを通して精霊の力を借りる事は出来ても、その力があまりにも強過ぎるので、ただ振るっていると私の体が壊れそうになるのです。もし全力で精霊の力を放っていたら、全身から血を噴き出しながら死んでいたかもしれません。

 故に戦闘中は力の調整にも気を配る必要があり、その集中力が切れる前に終わる事が出来ましたが、やはり肉体は耐え切れなかったようですね。それだけ強敵だったとも言えます。


『でも本当に無茶をし過ぎだよ。せめて水の精霊だったら、ナイアに頼んで負担がもっと減らせたと思うのに』

「仕方がありません。私の適正は風ですから」


 精霊の姿が見えて会話も出来るリースとフィアさんの場合、魔法による負担は精霊がほとんど受け持ってくれるそうですが、他人である私にそういう気遣いはありません。

 それでも私が五体満足でいられたのは、フィアさんがしっかりと精霊に言い聞かせてくれた御蔭でもあります。

 そんなフィアさんだけでなく、リースも頑張ってくれたから私は勝つことが出来た。本陣で怪我人の治療をしながらも、ここまで私を援護し続けてくれたリースには感謝してもしきれません。


「私より無茶をしているのはリースの方ですよ。相手は完全に沈黙しましたから、もうゴーレムを下げてください」

『でもまだ魔物が……』

「もう十分です。守ってくれて、ありがとう」

『……わかった。何かあったら、すぐに呼んでね』


 声は元気そうでも、彼女もまた限界が近かったのでしょう。

 ルカが呼んだ魔物を粗方片付けたゴーレムは私への激励と共に崩れ、水はあっという間に地面に沁み込んで消えました。


「後は、彼女ですね」


 あの矢が刺さった時点で勝負は決しましたが、己の分身を作るようなラムダの仲間であるルカは最後まで見届けるべきだと思い、私は最早動かなくなった彼女の下へ向かいました。

 しかし相手まで数歩の距離だというのに、意識が朦朧とするせいか何度も立ち止まる事になって中々辿り着けません。

 身に余る力を使ったのもありますが、一番の理由は頭を使い過ぎたせいでしょう。


「ふぅ……まだあの御方のようにはいかないみたいです」


 シリウス様から教えていただき、密かに訓練を重ねて使えるようになった技……『並列思考マルチタスク』。

 同時に複数の物事を思考するという、皆さんと違って飛び抜けた力を持たない私にとっては非常に有難い技でした。

 ですが、まだ未熟な私では反動が大きく、傷もないのに鼻血が出たり、練習で気絶してしまった事が何度もあります。

 戦闘で使うには早いのは承知でしたが、ルカを相手にするには先を常に見据え、空を飛ぶ事に集中しながら戦う必要があったので使わざるを得ませんでした。


「前世という世界で、シリウス様はどれ程の経験を重ねてきたのでしょうか?」


 私はまだ最大で三つが限界ですが、シリウス様は四つの物事を同時に考えながらも疲れを全く見せません。

 戦いだけでなく従者としても利用価値は高いので、いつか私もそこに至ると誓いながらようやくルカの目の前まできた私は、仰向けのまま茫然と空を見る彼女へと話し掛けました。


「もう抵抗はしないのですか?」

「……無理よ。わかっているでしょ」


 最早騒ぎもせずに達観した様子なのは、賢い故にもう無駄であると悟ったからでしょうか?

 魔力を凄まじい勢いで吸って成長し、矢から伸び始めた枝にルカの体が徐々に覆われていく中、不意に彼女が悔しそうに呟きました。


「情けない。私がここまで……欺かれるとは」

「はい、苦労しました。貴方は本当に手強かったです」


 上級魔法でさえ傷一つ付かない肉体を持つだけでなく、単体で空を飛べるので相手をする者も限定されてしまうのですから。

 更に彼女は観察能力が高く、適当な作戦ではすぐに見破られそうでした。かといって下手に追い込んでしまえば、己の頑丈さを利用して強引に押し切られてしまう可能性もあったので、不意の一撃で確実に仕留める必要があったのです。

 その為に私は現状で持てる術を総動員し、幾重にも張り巡らせた罠を張りました。


「そのナイフ……一体何よ? 私の体を裂くなんて……」

「竜族の長からいただいた牙です。これが通じなければ、シリウス様の力を借りる他ありませんでした」


 まず私が囮で外部からの不意打ちが狙いだと匂わせ、アスラード様の牙で作られたナイフによる私が本命だと思わせてからの外から不意打ち……と、簡単に言えば裏の裏を突いたのです。

 最初からこのナイフで戦う手もありましたが、人の身を捨てたラムダの仲間であるならば心臓や頭が弱点とは限りませんので、意表を突く為の武器として隠す事を選びました。急に敵の攻撃が通じたとなれば僅かでも動揺はするものですし。

 もちろんシリウス様の援護も視野に入れてはいましたが、それは本当の意味での最終手段でした。それに戦場を駆け回ってお忙しいシリウス様の手を簡単に借りるわけにはいきませんので。

 そうしてゆっくりと前進を続ける中央の部隊……つまりフィアさんの弓の射程範囲に入るまで攻撃を凌ぎ、シリウス様の不意打ちを思わせる位置にルカを吹き飛ばしたりと苦労はしましたが、上手く事が進んで本当に良かった。

 しかし勝利したとはいえ、今は素直に喜べる状況ではありません。

 そんな複雑な表情を浮かべる私を見たルカは、怒りを堪えるような声で語り掛けてきました。


「ふん。この私に勝ったくせに……何て顔をしているのよ。最後まで……ふざけた小娘ね」

「それは、もっと怒りをぶつけられると思っていましたので」

「ええ、憎いわ。でもそれ以上に……ラムダ様のお役に立てない事が……悔しい。せめて……あの御方の盾となって……死にたかった」

「主に助けを求めないのですか?」

「来るわけ……ない。私はラムダ様の道具……」


 貴方はそれでいいのかと思いはしましたが、私はその言葉を口にはしませんでした。主からどのように思われようと、慕う御方の役に立てる喜びは私もよくわかりますから。

 はっきり言って、ルカの生い立ちは詳しく知りません。

 ですが彼女はラムダによって命を救われ、主と慕うようになったとは聞きました。

 主への忠誠心も含め、私たちはどこか似た者同士だとは思っていますが、別に仲良くなりたいとまでは考えていません。シリウス様にとって明確な敵ですし、そもそも彼女がラムダとやってきた所業は簡単に許される事ではないでしょう。

 そんな彼女との決着を、ライオルお爺ちゃんから譲ってもらってまで私たちの手で付けたかったのは、戦況や相性の意味もありますが、実は私の個人的な理由もあったのです。


「道具……ですか。貴方はそうして、主のやる事を何一つ疑わず手伝ってきたのですね」

「当たり前よ。それが……私の全て……」


 かつてシリウス様はこのような事を口にしました。

 主の命令に疑問は一切抱かず。命令の為には道理もなく。そして主の為ならば、道具のように己の命を平然と捨てられる相手は本当に厄介で手強い……と。

 そんな存在が、目の前にいるルカだと思います。

 実際、彼女は死よりもラムダの命令を守れない事を恐れ、心から悔しがっていました。

 命を軽んじていると思う者もいらっしゃるでしょうが、それはある意味理想の主従関係とも言えます。

 だって、主の為に全てを賭して尽くすのが従者なのですから。

 ですが……シリウス様は従者になるのを願った私をそのように育てる事はしませんでした。

 銀月の下で身も心も捧げる誓いを立てたというのに、道具ではなく家族として私たちを育ててくださいました。

 だからこそ、私はルカと戦いたかったのです。

 理想の主従関係に近いルカに勝つ事で、シリウス様の育て方はそれ以上に素晴らしく、そしてあの御方の優しさと思いやりが甘さではないと示したかったのです。

 ただの我儘であるのは十分承知していますが、この意思だけはどうしても貫きたかった。


「お気持ちはわかりますが、もう時間のようですね。その矢が、貴方がこれまで犯してきた所業だと思ってください」

「煩い……煩い……お前等全員……ラムダ様に……」

「そんな事にはなりません。貴方の主が相手をしているのは、私の主であるシリウス様なのですから」

「たかが人が……ラムダ様に敵うと……あの御方は……全ての生物を……」

「シリウス様は負けませんよ」


 声が掠れてほとんど聞こえませんが、私はルカの余裕を否定するように言葉を重ねました。

 しかし最早声を発する事も難しいのでしょう、目を見開きながらこちらを見上げるだけなので、私は気にせず話を続けます。


「貴方と同じく、私も主の事を信じています。あの御方が負けるなんてあり得ません」

「……ぁ……」

「少し不本意でしょうが、貴方の最後は私が看取りましょう。やはり一人で逝くのは、辛いと思いますから」

「…………」


 生意気……と、ルカの口が動いたのを最後に、聖樹様の枝が彼女の肉体を完全に覆い尽くしました。

 今度こそ……終わりですね。

 それにしても、不思議な気分です。

 敵なのにどこか自分と似ている部分があるせいか、私はルカを完全に憎み切れませんでした。それにラムダと一緒にいたからこそ、彼女はこんな風になったとも言えますから。

 これまで彼女が行ってきた罪は消えません。ですが、ルカの事を忘れずにいようと心に刻みながら、私は彼女に背を向けました。




 ルカと戦っている間に、お爺ちゃんや部隊の人たちが彼女直属の配下たちを倒したのでしょう。まだ周辺に数多く残っている魔物たちの動きに変化が見られていました。

 勝手に動いて陣形が崩れている箇所や、急に魔物同士で捕食を始める光景が見られたので、ルカの支配下から外れたのだと思います。

 しかし敵陣の更に奥は以前と変わらぬ様子だったので、その辺りがラムダの指示が届く境界線なのでしょう。

 とにかく主力の一人であるルカを倒したので、多少は戦況を変える事が出来たと思うのですが……。


「やはりラムダを倒さなければ、安心出来そうにないですね」


 そもそも敵の規模が大き過ぎるので、全体への影響はすぐには現れないようですね。

 更に私自身もあまり良い状況ではありません。周辺の魔物はリースが去り際に粗方片付けてくれたのですが、敵陣の中で孤立している事には変わりませんから。

 そろそろ空白となったこの周辺に魔物が集まり始めるのですぐに移動するべきでしょうが、予想以上に私は消耗してしまったので一度中央部隊と合流するべきかもしれませんね。


「まあ、無事に辿り着ければの話……ですが」


 会話をしている間に少しだけ体は休めましたが、戦闘をするにはまだ厳しく、このような状態で魔物の群れを突破するのは不可能に近いでしょう。

 ですが、あれだけ部隊の皆さんに大口を叩いておきながら、戻る途中でやられたなんて情けないにも程があります。

 大きく深呼吸をし、体力と魔力の残りと手持ちの道具の確認をしていると、側面から魔物たちが凄まじい勢いで私へと迫ってきました。

 弱っている獲物を本能的に狙う種なのでしょう。悪態を吐きたくなるのを堪えながらナイフを構えたその時……迫ってくる魔物たちが後方から次々と吹き飛ばされたかと思えば、大勢の兵士たちが私に向かって雪崩れ込んできたのです。


「おお、いたぞ!」

「後続は左右に展開! 円陣だ!」

「そこの数人! ついて来い」


 現れたのは、先程まで私と一緒に戦っていた右翼の方々でした。

 お爺ちゃんの気が変わって戻ってきたのかと思いましたが、その姿が見当たらないので首を傾げていると、各部隊長の方々が数人のお供を連れて私の前にやってきました。


「よかった。お主が無事で何よりだ」

「はい。救援、感謝します。それより皆さんはどうしてこちらに? それにお爺ちゃんが見当たらないのですが……」

「ライオル殿は部隊を連れて左翼側へ進軍中だ。そして我々はエミリア殿を迎えに来たのだよ」

「向こうが片付いたら、後は我々の判断で動くと言っただろう?」


 確かにそのような事を口にしていましたが、まさか部隊を割いてまで戻ってきてくれるとは思っていませんでした。

 話によると、奥の魔物を倒した後で右翼の部隊を半分に割け、引き続き攻める組と私を救出する組に分けたそうです。

 とても嬉しいのですが、申し訳ないとも思っている私の様子を察したのでしょう。一人の部隊長が気にするなと言わんばかりに笑い声をあげました。


「ははは! 気にする必要はない。エミリア殿の御蔭で、我々は大きな犠牲もなく右翼の主力を潰せたのだ。もっと自分を誇るといい」

「私も同感だ。それでルカはどこに? 遠目であるが、あの女が落下していく姿を見た者がいるそうだが」

「彼女でしたら、あちらに……」


 私が視線を向けた先にある枝の塊がルカであると告げましたが、どういう事だと言わんばかりの表情をしていました。

 詳しく話すと長くなりそうなので、傷口に特殊な魔道具を植え込んだと簡単に説明しました。それもどうかと思う内容ですが、私たちの事を知っているせいかある程度は納得してくれたようです。


「うーむ……お主たちは我々の想像もつかない事を平然とやっているからな。とにかくルカを倒したというのは間違いないだろう」

「ああ。何より姿が見えぬし、魔物たちも様子が明らかに変わっている。これで右翼側を指揮する者はいないようだ」

「エミリア殿も確保したし、次へ行くとしよう。エミリア殿、動けますか?」

「いえ、お恥ずかしい限りですが、まだ走るのは厳しいです」

「それだけ激戦だった証拠か。なら足はこちらで用意をしよう」


 そう言いながら現れたのは、馬に乗った女性の兵士でした。

 状況も状況なので甘えさせてもらう事にし、彼女が笑顔で伸ばしてきた手を借りて相乗りした後、円陣を解いて突撃の陣形へ変えようとする前に部隊長さんの一人が話し掛けてきました。


「我々は剛剣殿の後を追うが、その前に中央の部隊と合流する予定だ。そこでなら落ち着いて休めると思うから、もう少しだけ我慢してくれ」

「皆さんの消耗はそれだけ激しかったのでしょうか?」

「そこまでではないが、このままエミリア殿を連れ続けて万が一が起こっては困るだろう」

「いいえ、皆さんが大丈夫であれば、私の事を気にせずこのままお爺ちゃんの下へ向かってください。馬上でも少し休めば、私も足を引っ張らない程度には回復しますので」

「無理はしない方がいい。お主はもう十分に活躍している」

「うむ。我々の攻撃で傷一つ付かなかった強敵を倒したのだ。下がったところで咎める者など誰もいないさ」


 多少休んだところで強敵を相手にする余力はありませんので、これ以上戦闘に参加するべきではないのは私自身も理解しています。

 ですが、どうしても左翼側が……レウスたちの事が気掛かりなのです。

 あの子たちが強いのは十分知ってはいますが、戦闘要員ではないルカでさえあれ程の強敵だったのです。ラムダはわかりませんが、己の肉体のみで戦ってきたと言うヒルガンの実力はルカより上で間違いないでしょう。

 お爺ちゃんを向かわせたので安心かもしれませんが、途中でラムダに絡まれて足止めされる可能性もありますので、出来る限り早くお爺ちゃんと合流としたいところです。


「ですが、お爺ちゃんが見当違いの方向へ進んでいる可能性もあるのです。部隊の動きについて口を出すつもりはないので、どうかお願いします」

「……わかった、一緒に行くとしよう。だが部隊について口を噤む必要はあるまい。何か気付いたら遠慮なく言ってくれ」

「そうだな。今度は我々が活躍する番だろう。お主は必ず守って見せるから、安心してついてくるがいい」

「はい! よろしくお願いします」


 了承をもらえて一安心ですが、本音を言えばシリウス様の下へ真っ先に向かいたい。

 ですが、今のあの御方は一人の戦士へと戻り、大戦を勝利へと導く為に戦っているのです。

 故に私があの御方の代わりに、皆で生き残る道を考えなければなりません。


「シリウス様、どうかご武運を。それとレウス。私の前で無様な姿を見せたら承知しませんからね」


 そしてこちらに気を使い、なるべく負担を減らすように馬を走らせてくれる女性の兵士に感謝をしながら、私は次へ備える為に少しだけ目を閉じて休むのでした。




 おまけ エミリア(決戦仕様)の能力 ※ゲーム風に



 力……B-

 技術……A

 魔法……B


 家事能力……EX

 従者能力……EX

 忠誠心……測定不能



 以下、特殊能力と説明



・風の精霊の加護 


 魔法の能力を『B』から『A+』へと引き上げる。

 風属性魔法の威力を五倍~十倍に上昇させる。

 しかしエミリアは精霊に好かれているわけではないので、魔法の出力を上げる程に負荷が増えて体力も減少するようになる。




・竜牙のナイフ(アスラードの牙製)


 柄などは存在せず、牙をそのまま削って作られた無骨なナイフだが、鋭利さは桁違いのナイフ。

 実はシリウス一行の中で一番強力……攻撃力が高い武器。

 しかし刃の長さや重さ、本人の腕力等と、総合的な攻撃力だとレウスの剣が一番高い。※ライオル除く

 エミリアがこのナイフを普段から使わないのは、元から持つナイフの愛着もあるが、切り札の一つや二つは隠しておくべきというシリウスの考えを真似している為。




・マルチタスク


 シリウスから教わった技術の一つ。

 使用中は精神力が時間経過と共に消耗していくが、判断力といった精神的な能力が数倍に向上し、戦闘効率が飛躍的に上昇する。

 しかしエミリアは経験が浅くまだ使いこなせていないので、シリウス基準で六、七割程度しか使えず、精神力の消耗速度も倍以上になっている。




・主従


 シリウスが近くにいると、全能力が上昇。

 プラシーボ効果みたいなものだが、エミリアの場合は忠誠心の高さもあって上昇率が高い。大体1.3倍くらい。

 更に近くと言ってもシリウスの匂いが届く範囲なので、かなり離れていても効果が発動している。ある意味、常時発動しているようなもの。





 というわけで、エミリアの戦いでした。

 戦いの主な視点はエミリアかルカのどちらにするか悩みましたが、どちらも賢いキャラであり、自分の作戦を語りながら戦い続けた場合、どちらがいいかと考えた結果、敵側視点……ルカの視点で進める事になりました。

 というわけで知略戦を意識してやってみまたのですが、どんな感じだったでしょう?

 わかり辛かったらすいませんが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


 次回の更新は、問題がなければ明日の17時の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ