剣士たちの死闘
※※※※※ 注意 ※※※※※
今回は7月28日から31日までの4日連続の更新となります。
途中でこの作品の更新に気付いた方は、読み飛ばさないように気をつけてください。
――― アルベルト ※左翼 ―――
左翼の突撃は順調そのものだった。
先頭を走るレウスとジュリア様の突破力に、二人を補佐するキース。そしてジュリア様の足手纏いにならぬよう、己を鍛え抜いた歴戦の兵士たちの力と士気の高さにより、私たち左翼は敵陣の奥深くに入りながらも怪我人や脱落者は圧倒的に少なかった。
だが……たった一人の男とぶつかった事により、私たちの足は完全に止められてしまい、敵味方入り乱れる乱戦状態になっていたのである。
「どうしたどうしたどうしたぁ! そんだけ数を揃えながら、俺様の剣の前に手も足も出ねえってか?」
敵陣の奥深くにはレウスたちから聞いたヒルガンという男が立っており、レウスとジュリア様、そしてキースの三人が馬から下りて戦い始めたのだが、その実力は私たちの想像を遥かに超えていた。
左翼を代表する三人が同時に攻めているというのに、相手は軽口を叩く余裕すら見せているのだから。
「くっ、相変わらず煩せえ奴だな!」
「全くだ。剣士の誇りすらない者に剣について言われたくない!」
「お前等、喋ってないで手を動かせ!」
「はっはぁ! 雑魚が吠えてやがんなぁ!」
ヒルガンはレウスよりも大きい人族とは聞いていたが、今の姿は最早魔物か化物と呼ぶに相応しい姿であった。
身長は私より二回り大きい程度だが、全身の筋肉があり得ない程に膨れ上がっており、更に腕に至っては全部で六本もあった。だというのに頭部だけは私たちと同じ大きさなので、全体の釣り合いが全く取れていない。一言で表すなら、六本腕のオーガに人の頭を無理矢理くっ付けた感じである。
魔物だとしてもこんな姿をした存在は本でも載っていないと思うのだが、この姿に私は見覚えがあった。
そうだ、一年以上前、魔物の大群を率いて私の故郷を襲い、レウスによって倒された合成魔獣と似ている。
師匠曰く、合成魔獣を作ったのはラムダたちであり、私の故郷を襲ったのは実験の為だったらしいので、あのヒルガンは合成魔獣の完成形という可能性が高い。
その予想を裏付けるように戦闘能力は凄まじく高く、巨体に見合わぬ俊敏さだけでなく、手にする巨大な剣……いや、最早鈍器とも言える六本の鉄塊を軽々と振り回しており、レウスたちの猛攻を易々と受け止めているのだ。
「ば、馬鹿な!? 重装鎧をも斬り裂くジュリア様の剣を弾くだと!?」
「キース様の力でも折れないとは……」
「当たり前だろうが、ぎゃははぁ!」
戦いが始まる前に本人が自慢気に語っていたが、ヒルガンが持つあの鉄塊は魔大陸で採掘された特殊な鉱石で作られているらしく、レウスたちの武器に使われている素材よりも硬いらしい。
俄かには信じられない話でもあるが、実際に三人の攻撃を受け続けてもヒルガンの武器は傷付くどころか凹みもしないので、頑丈であるのは間違いないだろう。
そんな武器を六本の腕で振るうヒルガンに対し、レウスたちは連携によって凌いでいるという状況がしばらく続いていた。
「ええい、もう見てられん! 我々も加勢するぞ!」
「おお! 我々の力が届かずとも、あの御方の盾くらいにはなれる!」
「待ってください! 下手に介入するのは危険です!」
三人に手出し無用と言われ、周囲の魔物を相手にしていたジュリア親衛隊と兵士たちだが、遂に我慢出来ず戦闘に加わろうとしたので私は全力で止めた。
相手がどれだけ強敵だろうと、数で攻めればいつかは討ち取れるとは思う。だがその為には多大な犠牲を払う事になり、ただでさえ全体の数が劣る我々にとっては致命的である。
それに何より、奴は見た事のない剣術を使っていた。
そもそも六本も使う流派なんて知らないが、同時に剣を六本も扱いながらも、そのどれもが干渉もせず自在に動かせるのは相応の技術を持っているわけだ。
故に、奴と戦うにはレウスたちと同程度の実力がなければ逆に足を引っ張りかねない。
飛び道具や魔法で援護しようにも、ああも近距離でぶつかり合っていては誤射してしまう可能性もあるので、我々の出来る事は少なかった。
「私たちが下手に介入すれば、彼等の連携を邪魔する事になりかねません。今は堪えましょう」
「「「くっ……」」」
今の私たちに出来る事と言えば、レウスたちの邪魔にならないように距離を取り、周囲の魔物を倒して戦いに専念させる事だろう。
それでも、必ず私たちが手助け出来る場面が来る筈だ。その時に備え、彼等の行動に目を光らせておかないと。
その後も部隊全体の状況だけでなく、ヒルガンにも目を向けながら近くの魔物へ剣を振るっていると、これで三度目となる攻勢にレウスたちは出ていた。
「行くぜ! どらっしゃああああぁぁぁ―――っ!」
「心得た! はあああぁぁぁ―――っ!」
「おらぁ!」
攻めに転じた時は二人が六本の剣を可能な限り防ぐ事に専念し、残りの一人が懐へ飛び込み攻撃する流れである。
今回はレウスとジュリア様が六本の内の五本分を捌き、キースが最後の一本を避けながらハルバードをヒルガンの腕へと全力で振り下ろしたのだが、その刃は皮膚と少しの肉を斬り裂いたところで止まっていた。
「へへへ、獣モドキでもその程度か? 次は切れたらいいなぁ?」
「くそっ! こいつの体、どうなっていやがる?」
「硬いのに柔らかい。何をどうすれば、あんな体が出来るのだ?」
敵の手数を減らす為にレウスとジュリア様も腕の切断に挑戦しているのだが、結果はキースと同様だった。
私の観察と、まるで山のように重なる肉塊を斬っているようだと呟いていたレウスの言動から推測するに、どうもヒルガンの肉体はただ硬いだけでなく、軟体生物のように衝撃を吸収して力が分散してしまうらしい。
そして当然のように傷口はすぐに塞がり、反撃もされるので同じ個所を狙って攻撃するのも厳しかった。たとえ捨て身で間髪置かず斬るにしても、奴の場合は一撃でも貰ったら致命傷だろう。
私たちの主力である彼等が苦戦している状況に、次第に左翼全体に動揺が広がり始めているが、レウスたちが諦める様子は微塵もなかった。
「けど、斬れないわけじゃねえ! 足りねえなら、もっと強くなるまでだ!」
「ああ! 私の剣に限界はない。次は斬る!」
「はは、気合と根性ってやつか。単純だが悪くねえ!」
強者を相手に三人の勢いは更に増し、先程以上に速く鋼を打ち合う音が響き始めた。
当たれば確実に致命傷となる一撃……それも六つも同時に振り回される暴風のような中を、全く臆す事もなく攻め続けるレウスたち。
防御し損なって服や防具を切り裂かれたり、時に傷を負って血を流しながらも果敢に攻め続ける三人の姿に、下がりかけた部隊の士気が再び盛り返し始める。
そうしてレウスたちの応酬が三十を超えたであろうその時……ジュリア様の動きに変化が見られた。
「その動きを見せ過ぎだ!」
「おお!? やるじゃねえー……」
「「おりゃあああぁぁぁ―――っ!」
相手の動きに慣れてきたのだろう。多少強引ながらもジュリア様が他の剣へ干渉するよう受け流した事により、一人で四本分の剣を封じたのである。
当然その好機を逃さなかったレウスとキースは攻撃を避けつつ前へ踏み込み、ほぼ同時にヒルガンの腕へと武器を振り下ろしていた。
狙ったのは右腕の一本で、先に振り下ろされたレウスの大剣は腕の半分程で止められてしまったが、その大剣の上からキースがハルバードを叩きつける事により、遂に腕の一本を斬り落とす事に成功したのだ。
「っし! もう一度!」
「しゃあ! もう一本ー……」
「ああ……しゃらくせえ!」
追撃を狙う二人であるがヒルガンの反撃は早く、返す剣による薙ぎ払いによってレウスたちは弾き飛ばされていた。辛うじて武器で直撃は防いだものの、衝撃を殺しきれず無傷とはいかなかったようだ。
とはいえ、ようやくヒルガンにまともな一撃が入った。
腕を一本失えば手数も減り、ここから本格的な反撃だと思ったのも束の間、ヒルガンは予想外の行動に出た。
「ああくそ、あいつの言った通りなのがむかつくぜ。おい、さっさと持ってこい!」
悪態を吐いたヒルガンが誰かを呼ぶと、少し離れた場所にいた小型の魔物がヒルガンの切られた腕を拾って彼へと近づいたのである。
一体何をするのかと思ったその時、互いの切断面から細い何かが伸びて結び付き、切れた筈の腕は何事もなかったかのように動き出したのだ。傷口はすぐに塞がる時点で何となく察していたが、やはり奴もラムダと同じ再生能力を持っていたのか。
だが、驚くべき点はそれだけではない。
腕を運んでくれた魔物をヒルガンが乱暴に掴んだかと思えば、その魔物を頭から食べ始めたのだ。
まるで菓子を食すように肉や骨を軽々と噛み砕き、顔どころか体中を血塗れにしながらヒルガンは魔物をあっという間に食べ尽くしたのだが、それでも足りないのか更に別の魔物を呼びつけて喰らっているのである。
「ぐふ……はは……やっぱ不味いなぁ。後でもっと美味いの、女がいいなぁ……」
あれだけの巨体を動かす為に消耗が激しいのは理解できるが、まさか味方である筈の魔物を捕食するとはな。この男は完全に人を捨てているらしい。
そんな気味の悪い食事を続けながらも、他の腕は油断なく身構えているので下手に攻められないのだが、レウスたちは別の理由で動けない状況にあった。
これまで激しい戦いを続けていたのもあるが、先程の一撃を強引に防いだのが致命的だったのだろう、ジュリア様とキースの武器が大きく破損してしまったのだ。
とてもヒルガンとの打ち合いに耐えられる状態ではないので、少し後方にいる物資を運ぶ部隊が慌ただしく動いていた。
「代えを持ってきてくれ! 急げ!」
「私の分もだ! レウスはどうだ?」
「ああ、俺のは大丈夫だ。まだ行ける」
レウスの剣は剛剣ライオルが使う剣を打ったと言われる鍛冶師の手による特注品なので、奴の攻撃にも耐えられたらしい。
そして運ばれてきた予備の武器が二人の手に渡る頃にはヒルガンも食事を終えたようで、結局は仕切り直しとなったわけだが、今の攻防で幾つか判明した事がある。
それはレウスたちの攻撃は十分通じる事と、ヒルガンが戦いの最中でも補給をしなければならない体であるという点だ。
「皆さん、奴に魔物を近づけさせないように包囲しましょう!」
「そうか! 補給を断つのだな。了解だ!」
「各隊、一旦集まって包囲陣を作るぞ! 突撃準備!」
魔物の数に私たちの前進は完全に止められていたが、今は多少の無茶はしてでも前へ出る価値はある。
散らばって魔物と戦っている兵たちを集結させ、側面から回り込んでヒルガンを完全に包囲しようと駆け出す私たちだが……。
「なっ!? と、止まれ!」
「全隊停止!」
「止まれぬ者は側面へと逃げろ!」
やらせないとばかりに、私たちが進む先の地面から巨大な木の根が大量に生えてきたのだ。
部隊長たちの素早い判断により私たちに被害はなかったものの、根は魔法や武器で薙ぎ払ってもすぐに生えてくるので、ここを突破するのは時間がかかりそうである。
レウスたちを相手にしているヒルガンが出来るとは思えないので、これはラムダの仕業かもしれない。あの男は植物に関する能力を持っていたからだ。
だが、根は壁のようになって私たちの前進を阻むだけで、こちらに攻撃は一切してこなかった。寧ろ魔物たちの方に被害が出ており、飛び出した根で串刺しにされた魔物がちらほら見られた。
「これ以上邪魔をするな……という事か?」
「何だそれは!? ええい、敵の考えがわからん。何故こんな中途半端な真似をする?」
「私の予想ですが、ヒルガンに彼等を倒させる姿を見せる為かもしれません」
ラムダの狙いは国を亡ぼす事だが、ただ滅ぼすのではなく人々に絶望を与えないと気が済まないとも言っていた。
だからこそ、こちらの主力であり御旗でもあるジュリア様やレウスをヒルガンの手で倒される光景を見せ、私たちの心を折ろうとしているのかもしれない。ただ勝つのであれば、足止めではなくすでに私たちかレウスたちを攻撃している筈だ。
「ちっ! 切っても次々と……一旦下がるぞ!」
「強引に抜けるな! そこの魔物と同じ目になりかねん」
「後方の魔法隊を呼べ! 炎で一気に薙ぎ払え!」
せっかくレウスたちの力になれそうだったのに、いきなり止められるとは。
これでは突破するにもかなり手間取りそうなので、やはりこの戦いはレウスたち次第のようだ。
しかし……先程の攻防で光明が見えていたレウスたちの戦いは、明らかに劣勢へと傾き始めていたのである。
「うはははは! どうしたぁ! さっきより遅くなってきてねえか!?」
「ぐっ! んの野郎がぁ!」
「ちっ、まだ跳ね上がるか」
「どらっしゃあああああぁぁぁぁ―――っ!」
まだヒルガンは実力を隠していたのか攻撃の速度が上がり、レウスたちは防戦一方なのだ。
相手の動きに多少慣れてきたからこそ何とか凌いでいるようだが、体中の傷は更に増え、互いに距離を取って仕切り直しとなった時には、レウスたちは肩で息を吐いている程に疲弊していた。
しかも限界が近づきつつあるレウスたちに対し、ヒルガンは未だに疲れを微塵も見せていない。
それどころか呼びつけた魔物を悠々と喰らう余裕までも見せていたので、私たちは弓や魔法でその魔物たちを攻撃していたのだが、如何せん数が多くて倒し切れないのである。
もちろん、ヒルガンが魔物を喰らう隙を狙ってレウスたちは攻めてもいた。
それでも残った腕による攻撃は苛烈であり、武器を破壊されないように気を使う必要もあったので、相手の腕を一、二本飛ばすのが限界だったのだ。
しかしその腕も、レウスたちが息を整えようと一旦距離を取っている間に戻ってしまうので、ただ三人の疲労が積み重なるだけとなる。
この状況に兵士たちの忍耐も限界を迎えており、捨て身で飛びかかろうとする者を他の者が止めようとする光景が見られ始めた頃、距離を取って次の手を話し合うレウスたちの様子が変わった。
「ぜぇ……ぜぇ……おい、次は?」
「はぁ……すでに……一通りは……試したが……」
「ふぅ……なあ、少し頼みたい事があるんだけど、いいか?」
疲れていても闘志は衰えておらず、炎のように燃え続ける目を相手へ向けるレウスがそう口にするが、こんな状況で何を頼むというのだろうか?
私と同意見なのかキースも不思議そうな表情を浮かべる中、ジュリア様だけはいつもの笑みを浮かべながら即座に答えていた。
「承知した。私は何をすればいい?」
「早いな!? まだ何をするかも聞いちゃいないぜ?」
「実に悔しいが、今の私では奴を確実には斬れん。そして私たちの中で奴を斬れる可能性が一番高いのは、剛剣殿に最も近き剣士であるレウスしかないからな」
「……そうか! 前線基地で見た、あのでかい魔物を斬った技があったな!」
山のように巨大な魔物、ギガティエントを一太刀で真っ二つにした『剛破一刀』。
もっと早くその技を試していればとは思うが、ヒルガンの攻撃が苛烈で放つ隙もないし、何よりあれは相当な魔力を消耗する上に大振りの一撃なので避けられる可能性もあって使わなかったのだろう。
だがここまで追い込まれていれば迷っている場合ではない。キースもまた納得するように頷いたところで、レウスは構えていた大剣の切っ先だけを地面へ下ろしながら二人へと依頼した。
「この技なら、あいつを確実に斬れると思う。でもさ、少しだけ深く集中する必要があるんだ。だから二人であいつを……」
「ああ。押さえてみせよう。レウスには指一本触れさせぬ」
「ったく、三人でやっとなのにふざけてんじゃねえぞ。まあ、やるしかねえんだけどな!」
二人の頼もしい台詞に笑みを浮かべたレウスは、ほんの一瞬だけ私に視線を向けてから目を閉じた。
そしてレウスを守る為に数歩前に出たジュリア様とキースは、すでに補給を終えて不敵に笑うヒルガンの前に立つ。
「何だぁ? 何か企んでやがるようだな」
「さて……な。我々は貴様を斬る為に最適な行動をしているだけだ」
「お前の相手は俺と姫さんだけで十分だ。もっと魔物を食って、備えていた方がいいんじゃねえか?」
「おうおう、随分と強気じゃねえか。ならお前等を倒した後であの野郎を……何て言うと思ったか、馬鹿共がよぉ! てめえ等、あれを狙え!」
会話での時間稼ぎも見破られたのか、ヒルガンは二人に迫るだけでなく、周囲の魔物に呼び掛けてレウスを襲えと命じていたのである。
己の力に酔っているわりには冷静……いや、奴の場合は相手が嫌がる事を選んでいるのかもしれないが、そんな事を考えている場合ではない!
「レウスを守れっ!」
「はっ!? 誰でもいい、レウス殿の間に入るのだ!」
「ジュリア様からも目を離すなよ! 何かあればすぐに飛び出せ!」
私は周囲へ呼びかけながら馬を走らせ、レウスへと迫る魔物へと斬りかかった。
幸いながら三人の状況に気付いていた他の部隊もすぐに続いてくれたので、レウスを囲む防御陣形を作る事は出来た。
それでも陣形を抜けてくる魔物が偶にいるので、私はレウスの近くで剣を振るいながら彼に声を掛けた。
「安心しろ、レウス。私たちも君を……レウス?」
「…………」
今や周辺は私たちと魔物による激しい乱戦となっているのに、レウスはただ静かに呼吸を繰り返しながら己を研ぎ澄ませていた。
波が一切ない水面のように静かなレウスは無防備そのもので、このような状況でじっとしていられるのは私たちが守ってくれると信じているからだろう。先程私へ向けた視線はそういう意味だったのだ。
友の信頼を誇りに思いつつ、私たちが迫る魔物を斬り捨てていく一方、ヒルガンを食い止める事になったジュリア様とキースだが……。
「あひゃはははははぁ! もっと抵抗しろよ! 惨めに泣き叫べよぉ!」
「ぐっ!? はあああああぁぁぁ―――っ!」
「おりゃあああぁぁぁ―――っ!」
段々言葉すら怪しくなってきているヒルガンの猛攻を、正に命懸けで防ぎ続けていた。
武器の消耗すら考えず、暴風のように繰り出される六本の剣を全力で受け止め、時には防ぎきれず背中から崩れ落ちそうになるが、二人は雄叫びを上げながら踏み止まる。
レウスが抜けて大きく戦力が落ちているのに、二人は決して通さないという意思と決意を以てヒルガンを押さえ続けていた。
そうして時間にして三十を数えたくらいだろうか? もどかしさと焦りにより、その時間が恐ろしい程に長く感じる中、遂にその時が訪れてしまう。
「がっ!? ぐ……おおっ!?」
「あらら、もう終わりか? なら埋める手間を省いてやるよぉ!」
先に倒れたのはキースだった。
上段から振り下ろされた剣を受け止めきれず、背中から地面へと叩きつけられてしまったのだ。
何とかハルバードを盾にしたものの、半分くらい地面に埋まっていたキースはすぐに身動きが取れず、容赦なく振り下ろされる敵の乱打をそのまま受け続ける羽目となった。
すぐにキースを助けようとするジュリア様だが、彼女もまたヒルガンの攻撃を避けきれず剣で受け止めたのだが、衝撃を殺しきれず後方へ弾き飛ばされていたのである。
「ようやく死んだか。そんじゃま、こっちも終わらせるとすっかな」
砂埃や瓦礫でキースの姿が完全に見えなくなったところで、ヒルガンは全ての剣を振り上げながらゆっくりとジュリア様へと迫った。
「ふへへ、やっぱてめえは見た目だけは最高だな。どうだ、命乞いをするならてめえだけは許してやるぜ?」
すでに返事をするのも辛いのか、ジュリア様はこれが答えだと言わんばかりに剣を構えるだけである。
馬鹿な女だと呟いたヒルガンが彼女へと剣を振り下ろそうとするが、不意にその動きが止まった。
「待て……よ。もう少し付き合えよ!」
やられていたと思っていたキースが、血塗れの体でヒルガンへと組みついていたのである。
そのまま彼はヒルガンの腕へと手を伸ばし、体全体を使った関節技を決めて左腕三本の内の二本を封じたのだ。
「ちっ! 死にぞこないー……」
「はああああぁぁぁ―――っ!」
キースへと気を取られた隙を逃さずジュリア様は飛び出すが、ヒルガンは冷静に残った四本の腕で迎撃してきた。
すでに満身創痍に近い今の彼女では、とても四本は凌ぎきれないだろう。それでもジュリア様は最後まで抗おうと一歩も引く気はなかった。
最早捨て身としか思えぬその姿に彼女の親衛隊や兵士たちが駆け寄ろうとするが、周囲の魔物によって阻まれて間に合いそうにない。
ただ一人、誰よりも早く飛び出していた私を除いて。
「雑魚がぁ! 一緒に殺してやるよ!」
ジュリア様の隣まで迫ったところで、私に気付いたヒルガンがこちらを見る。
人を羽虫としか思っていない、嫌な目だ。それに理解はしていたつもりだが、近づいてみると何と恐ろしく凄まじい威圧感だ。これ程の化物を相手にレウスたちは正面から戦い続けていたのか。
しかし実力では負けようと、心まで負けるつもりはない。
体が震えそうになるのを精神でねじ伏せながら、私は事前に決めていた剣の一本へと狙いを定める。
おそらく今の私の実力では、奴の一撃を防ぐどころかジュリア様ごと薙ぎ払われて殺されてしまうだろう。
だが決して、私は無謀な突撃をしに来たのではない。
弱点と呼ぶものでもないが、ヒルガンを観察し続けて見つけたある一点を突けば……。
「後は……どうか!」
祈るような言葉をジュリア様へ伝えながら私は剣を両手で握り、馬を走らせる勢いを乗せた剣を下から掬い上げるように振るい、相手の剣の切っ先へとぶつけた。
長き付き合いだった私の剣はその一撃であっさりと折れ、私もまたその衝撃や勢いに踏ん張り切れず落馬してしまう。その御蔭で他の剣から逃れる事は出来たらしいが、代わりに馬がやられてしまったようだ。
こうして私が剣と馬を失ってまで行った事は、一本の剣の軌道を僅かに逸らしただけに過ぎなかった。今の私ではそれが限界だったのだ。
だがジュリア様のような実力者であれば、その僅かなずれを理解して必ず生かしてくださる筈だ。
落馬によって逆さになった状態のままジュリア様へ視線を向けてみれば、そこには髪を少し散らしながらも四本の剣から逃れた彼女の姿があった。
「……感謝する」
そして攻撃後の隙を突いたジュリア様は、ヒルガンの頭部……目の部分へと剣を突き立てていた。
頭部も腕と同じように頑丈だったらしく深々と刺さらなかったが、相手の目を潰せたのは大きい。
しかし本来であれば目に刺さった時点で致命傷な筈なのに、やはりヒルガンにはあまり通じていないらしく、目が見えず腕を無茶苦茶に動かしてジュリア様を殴り飛ばし、更にキースをも力技で振り払ったのである。
飛ばされて倒れたジュリア様とキースは辛うじて生きてはいるようだが、遂に力を使い果たしたのかそのまま動かなくなっていた。
どうやら、時間稼ぎも限界らしい。
「ああ、畜生がぁ! 最後まで鬱陶しい連中だなぁ!」
悪態を吐いたヒルガンは顔に刺さった剣を抜き、その場に放り捨ててからジュリア様へとゆっくりと近づいていく。
その間にも目の傷が塞がり始めていたので、落ちていた兵士の剣を拾った私が最後の抵抗を考えていたその時だった。
「何だよ、しかもまだあの野郎を殺れていないのかよ。役に立たねえ雑魚がー……っ!?」
一瞬……そう、一瞬だけ時が止まったかのように、それに気づいた者は動きを止めていた。
そうか。間に合ったんだな……レウス。
気付けばレウスを守っていた兵士たちだけでなく、魔物たちも彼の周囲から離れており、まるで道を譲るかのようにレウスとヒルガンまでの間に誰もいなくなっていたのだ。
兵士たちはともかくヒルガンに服従していた魔物まで何故と思ったが、今のレウスの姿を見ればそれも理解出来た。
「お、おお……」
「何だ……あれ?」
「銀色の……光?」
背後の景色さえ歪む程に濃密で、銀色に輝く魔力がレウスの全身から溢れ出していたのだ。
味方でさえ竦み上がるその銀色の魔力が、おそらくヒルガンの指示すら跳ねのける程の恐怖を魔物に与えているのだろう。
それは魔物だけでなくヒルガンにも影響を及ぼしているのか、奴は止めを刺そうとしたジュリア様を無視してレウスへ向かって駆け出したのである。
それ程までにレウスを危険視し、優先すべき相手だと本能で察したのかもしれない。
「偉そうに光ってんじゃねえぞ! そんな大道芸で最強の俺様に勝てると思っていやがんのか!」
ここにきて初めて真剣な表情を見せるヒルガンであるが、対するレウスは未だ目を閉じたままだ。
剣を構えたまま不動のレウスにたった数歩の踏み込みで一気に接近したヒルガンは、六本の剣を限界まで振りかぶる。
「潰れやがれええええぇぇぇぇ――――っ!」
六本の剣による、全て別々の角度から放たれる同時攻撃。
斬るのではなく挟み潰すのであろう攻撃が放たれたその瞬間……レウスは目を開けて笑った。
「……助かったぜ」
「うっ!? ああっ!?」
開かれたレウスの目は、狼の姿に変身した時と同じ目に変わっていた。
体は人の姿でありながら、今の彼は変身した時より遥かに強い力を思わせる威圧感を放っており、その凄まじさはヒルガンの攻撃を中断させる程だった。
いや、中断するどころか振りかぶった剣を前面に並べ、壁を作るように防御姿勢を取ったのである。
あの慌てようからして、何故防御へと切り替えたのか自分でもわからなかったようだが、考えてみれば奴は魔物に近い存在なので、危険が迫った時は理性ではなく本能で体が動いてしまうのだろう。
そして三人が全力で叩いても壊れなかった剣の壁を前に、レウスは己の全てを込めた剣を振り下ろす。
「ぬりゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」
それは気のせいだったかもしれない。
しかし、私には見えたのだ。
剣を振り下ろすレウスの背後に、今の彼と同じ雄叫びを上げる剛剣の幻影を。
特に問題がなければ、次の話の更新は明日の17時に予定しております。




