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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

二十一章 サンドール

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三人の英雄





「食い物が駄目なら遊んでやろうじゃないか。ほーら、面白そうなボールだぞ!」

 ホクトの気を惹こうとしている金髪の青年……アシュレイだが、肉に全く興味を持っていない事に気付いてボールらしき物を取り出していた。
 一緒に遊んで仲良くなるのは悪い手ではないが、ホクトの場合はボールよりフリスビーである。
 付け加えるなら、俺が自由にしろと言わない限り遊ぶ事はしないので、アシュレイがやっている事はほとんど無意味であった。

「…………オン」
「これも駄目なのかよ! 勝手に触れたら逃げられそうだし、やはり飼い主を捜した方がー……」
「そこで何をしている、アシュレイ」
「ん? おお、兄者と姉者か。見ろよ、これがあの百狼だぜ? 凄いと思わないか!」
「うむ、確かに素晴らしい狼だな! 神の御使いと呼ばれる存在だと聞いた事はあるが、そう呼ばれるのも納得だ」
「ジュリアも落ち着かんか! お前も早くこっちへ来い!」

 兄に呼ばれたアシュレイが不満気な表情でこちらにやって来れば、ホクトは安堵するように息を吐いていた。
 下手に追い払えば騒ぎになると思い、ずっと我慢し続けていたのだろう。どこか疲れた様子で駆け寄ってきたホクトの頭を撫でて労ってやる。

「クゥーン……」
「よしよし、よく我慢したな」

 そんな俺たちを羨ましそうに眺める目が二人分ー……いや、三人分あった。
 一人はいつものようにエミリアなのだが、残り二人はジュリアとアシュレイからなので非常に居心地が悪い。ちなみにレウスは男なので、俺に撫でられる事を喜びはしても羨ましいとは思わなくなっている。

「くぅ……俺もあんな風に触りたいぜ!」
「竜とは違う勇ましさを感じるな。私も触れてみたいものだ」
「お前等……」

 ジュリアはともかく、もはやアシュレイは大きな子供にしか見えない。
 そんな二人の興奮が冷めないので、少し発散させてやらないと会話にならなさそうだ。
 俺は目で合図してホクトから許可を取り、目を輝かせているサンドール姉弟へと声を掛けた。

「良ければジュリア様とアシュレイ様も触りますか? ホクトも構わないと言っていますので」
「いいのか!? 私が抱き付いても構わないのだな!?」
「えーと、ホクトが本気で困らない範囲であれば……」
「そうか! では早速!」

 俺の返事を聞くなり、ジュリアは目をぎらつかせながらホクトへ突撃していた。
 一方、アシュレイはこちらへ近づいて来るなり、感謝するように俺と握手を交わしてから……。

「いやー、百狼を従魔にするだけあって懐が大きい男だな。あんたとは仲良くやっていけそうだぜ!」
「光栄ですが、少し近い気がー……」
「……やはり、兄さんは俺の思った通りの男だったな」

 そのまま周囲に聞こえない小声で俺に話しかけてきたのである。
 すでに俺の事を知っている素振りから、やはり目の前の男が昨夜出会った情報屋の青年で間違いなさそうだ。
 一国の王子が何故あんな所に……と、疑問を浮かべていると、アシュレイは兄と姉の注意がこちらに向いていないのを確認してから、少し真面目な表情で話しかけてきたのである。

「悪いが、そのまま昨夜の俺は見なかった振りで頼んだぜ。兄者たちにばれると色々面倒なんだ」
「こちらも対価として情報を貰いましたからね。可能な限り黙っていますよ」
「話が早くて助かるぜ。それじゃあ、約束通り百狼に触らせてもらうとしますか」
「加減はしっかりとしてくださいね。ところで……ジュリア様が凄い勢いで迫っていますが、あれは放っておいても?」
「悪いが姉者の好きにさせてやってくれ。ああ見えて可愛いものが好きなんだよ」

 ジュリアが異常に興奮しているのは、今まで動物に興味があっても満足に触れ合えた事がないからだそうだ。
 どうやら彼女が自然と放つ威圧感を恐れて、可愛い動物や魔物の類が逃げてしまうらしい。
 ちなみにそれを説明してくれたアシュレイもまた、姉に負けず劣らずの勢いでホクトに近づいていた。

「遂にこの時がきたな! まずは前足からいってみるか?」
「予想以上に見事な毛並みだな! どうだ、私の足となって戦場を駆け抜けてみないか?」
「だから落ち着けと言っているだろうが! 俺の客だぞ!」
「お気持ち、お察しします……サンジェル様」

 暴走し続ける姉弟に頭を抱えているサンジェルと、不憫な主を同情するように目を閉じるジラード。
 手のかかる妹弟を兄が仕方なく面倒を見ているような光景は、とても後継者問題で揉めているようには思えず、むしろ気の置けない家族のようにしか見えなかった。
 やはり騒ぎの原因は後継者当人ではなく、側近や城の重鎮のせいかもしれない。
 そう思いながら俺は二人ー……いや、カレンも混ざった三人に絡まれるホクトを応援するのだった。




 その後……ホクトと触れ合って満足したサンドール姉弟と、溜息を吐くフォルトと別れた俺たちは、サンジェルによって城内の食堂へと案内された。
 城には複数の食堂があり、俺たちが案内された食堂は王族が使う特別な場所らしいのだが、サンジェルは全く気にせず案内してくれたのである。

「準備が整いました。では、サンジェル様……」
「ああ! さあ、サンドール自慢の料理人たちが存分に腕を振るった料理だ。遠慮なく食ってくれ!」

 サンジェルが自信満々に答えただけあって、大きなテーブルには豪勢な料理が所狭しと並べられており、ハラペコ姉弟とカレンの目が輝き始めている。
 見た事がない料理も結構あるので俺も気になるのだが、事前に聞いた情報もあって食べ物に何か混ぜられている可能性も考えていた。

「……シリウス様。問題はないかと」
「俺もだ。兄貴、早く食べようぜ」
「……そうだな」

 ホクト程ではないが、優れた嗅覚を持つ銀狼族姉弟の鼻で異常は見当たらなかったようなので、俺は幾つか料理を口にして毒見をしてみた。
 従者がいる俺が毒見しているのも変かもしれないが、こういう事に関しては一番詳しいので適任だろう。そもそも俺が食べないと皆が食べ始めないというのもあるが。
 口に含んだ食事と己の体に『スキャン』を発動させながら調べたところ、今のところ体に害を及ぼすものはなさそうである。
 念の為、許可を得てからカレンの分を味見していると、サンジェルの呆れた視線が俺へ向けられた。

「おいおい、子供の分まで食べるってのはどうなんだよ?」
「サンジェル様。冒険者というのは、何時どこで足元を掬われるかわからない者たちですから」
「あー……そういう事か。確かに王族も冒険者も、用心深さは必要だしな」
「気分を悪くさせてしまって申し訳ありません。ですがこれも性分でして……」
「気にするな。お前たちがそれだけ慎重で、俺の前でそれを堂々やる度胸を持っているのがわかっただけでも十分だ、ははは!」

 必要な事とはいえ、目の前で毒見なんて相手にとってはかなり失礼な行動だろう。
 実は挑発して向こうの本性を曝け出させる意図もあったのだが、サンジェルはむしろ勧誘しがいがあると言って豪快に笑っていた。
 ちなみにリーフェル姫は、ここへ来る途中で城の重鎮たちに捕まり、アシュレイと二人だけで食事をしているのでここにはいない。断ると心象が悪くなるので、メルトと一緒に渋々とついていった。

 それから俺を皮切りに皆も食べ始め、初めて味わう料理に舌鼓を打っていると、ジラードにワインを酌してもらっていたサンジェルが上機嫌に口を開いた。

「ジラード。こいつをもう一本出してくれ。お前さんの話だと、美人のエルフさんはワインに目がないと言っていただろ?」
「ですが、これは希少な物ですよ? サンジェル様の分が減ってしまいますが……」
「いいんだよ。ワイン程度を惜しむような、小さい王になるつもりはねえ」
「仕方がないですね。追加で取り寄せるように後で手配しておきます」
「頼んだぜ」

 主従の関係である二人だが、会話から親友同士のような気さくさを感じるな。

「お二人は仲が良いですね。長い付き合いなのですか?」
「まあな。こいつがいたからこそ、俺は周囲の連中を見返す事が出来たからな」
「いえいえ。サンジェル様に拾っていただけなければ、私は町の片隅で誰にも知られる事もなく消えていただけですから」
「ほら、俺たちの事はもういいだろ。それよりお前たちも飲めよ。こいつはお気に入りのワインなんだ」
「ではお言葉に甘えて……」
「ワインなら喜んでご馳走になるわ」

 サンジェルが飲んでいたワインを差し出してきたので、俺とフィアだけご馳走になる事にした。他の三人はあまり酒が好きじゃないし、カレンに至っては未成年だからな。
 そしてサンジェルが飲んでいたワインが俺たちに回ってきたのだが、勧めるだけあって思わず唸ってしまう程の味だった。

「これは……見事なワインですね」
「ええ。今まで色んなワインを飲んできたけど、これは一、二を争う一品だわ」
「こいつは一年前から作られるようになったワインだが、希少な材料を使うから年に数本しか作れない代物なんだ。けど、すでに開けちまっているから遠慮なく飲んでくれ」
「……いいかしら?」
「そうだな、フィアなら問題はないか」

 もっと飲んでも構わないかと目で訴えるフィアへ頷いた俺は、残ったワインを飲みながらサンジェルについて考えていた。

 サンドールの次期後継者に一番近いとされるサンジェルは、押しの強さから傲慢に見えなくもないが、冷静なジラードがいる事によってバランスが取れているような気がする。
 勢いに任せる若さは見られるが、成長すれば王として上に立つ実力は十分あると思う。
 だというのに、何故サンジェルを認められない者が多いのだろうか?
 まあ、多くの人材が集まる場所なので、表や裏で複雑な事情が渦巻いているのは間違いあるまい。

「何か普通の肉とは違う感じがするけど、これ凄く美味いな!」
「肉は新鮮な方が良いかもしれませんが、その肉はあえて寝かせているんですよ。乾燥させると旨みが凝縮して美味しくなるんです」
「不思議な味わいですが、この魚も美味しいですね」
「ここから少し離れた町の漁師から直接取り寄せている魚です。新鮮さを保つ為に、保存には気を使っています」
「おかわりをお願いします」
「蜂蜜はあるの?」
「もちろんありますよ。おかわりもすぐに持ってきますので、少しお待ちください」

 料理は美味しく、サンジェル本人もがぶ飲みしているこのワインも普通に美味しかった。
 少なくとも俺の勘では、サンジェルから陰謀の匂いは感じられないので、これ以上警戒を高めなくても大丈夫そうだ。
 なので食事を楽しむ弟子たちをのんびりと眺めながら、俺も素直に食事会を楽しむのだった。




 しばらくして食事は終わり、サンジェルは他の臣下……つまり残りの英雄たちを紹介すると言い出したのだが、俺は無礼を承知で口を挟んでいた。

『紹介してくれるのは嬉しいのですが、その前に一度リーフェル姫と話をさせていただけないでしょうか?』
『そんなの後でもいいだろ?』
『サンジェル様。彼も久しぶりに再会したリーフェル王女に報告したい事があるのでしょう。近衛として当然の行動ですし、ここは器の大きさを見せるところかと』
『……仕方ねえか。後でまた迎えを送るからな』
『ではそのように。先程の連中がまた絡んでくる可能性もありますので、彼の案内する所以外には行かないようにしてくださいね』

 サンジェルとジラードは準備があって部屋に戻るという事で一旦別れた俺たちは、紹介された兵士にリーフェル姫たちが寝泊まりしている部屋へと案内してもらった。
 そして特に問題もなく目的の部屋へと到着し、敬礼をしてから去っていく兵士を見送ってから扉をノックすれば、返事と共にセニアが扉を開けてくれた。

「皆様、お待ちしておりました」
「セニア。もう用事は済んだの?」
「はい、先程戻って参りました。リーフェル様も戻られたばかりなので、皆さんで癒してあげてくれませんか?」

 その言葉に首を傾げながら招かれてみれば、部屋の中心に置かれたテーブルにだらしなく突っ伏しているリーフェル姫と、それを嗜めるメルトの姿があった。
 とても王族とは思えないだらしない姿に、俺たちはどう反応するべきか少し迷った。

「姫様。もう少し身形を気にしてください」
「んー……皆なら大丈夫でしょ。ほら、貴方たちもいつまでもそこに立っていないで、適当に寛いでちょうだい」

 これまでの疲労が溜まっているのだろう、メルトも本気で止める様子が見られない。
 本人がそう言っているので、気にしない事にした俺たちがテーブルへと着けば、セニアがすぐに紅茶を用意してくれた。
 エミリアとは違う洗練された味に懐かしさを覚えていると、リーフェル姫はようやく顔を上げて俺たちを見渡した。

「あー……もう! 相変わらず連中の魂胆丸見えな小言は鬱陶しいし、今日はアシュレイ王子からホクトについて散々聞かれたから大変だったわ!」
「ね、姉様。ちょっと落ち着いて……ね?」
「ふう……けど、アシュレイ王子の場合は子供の相手をしている感じだったから、そこまで疲れなかったのが救いかしらね。貴方たちの方はどうだったの?」
「俺たちの方は比較的に和やかな食事会でした。ですが何度断っても勧誘してきたので、精神的には疲れましたけど」
「でも、出てきたご飯は美味しかったよね」
「ええ。ワインも最高だったわ」
「蜂蜜も美味しかった!」
「……楽しんでいたようね」

 多少の緊張はあったものの、食事会を純粋に楽しんでいた弟子たちの姿に、リーフェル姫は複雑そうな笑みを浮かべながら紅茶に手を伸ばしていた。

「貴方たちはまだ面倒な連中と会っていないようね。心象が悪くなるからなるべく会わせないようにしているかもしれないわ」
「いえ、俺たちが狙われたわけではありませんが、そういう連中と食事前に会いましたよ」
「何か凄く偉そうな奴等だったな」

 実は食堂へ案内される途中、サンジェルを快く思っていない貴族や城の重鎮が何人か絡んできたのである。
 事前にジラードから説明はされていたし、狙いが俺たちではなかったとはいえ、あまりいい気分ではなかったな。

『また見知らぬ者を招き入れて。いい加減にしなされ、サンジェル様!』
『王が倒れているとはいえ、王族ならばもう少し考えて動くべきでは?』
『全くです。それに他所から来た冒険者如きに、あの食堂を使わせる必要はありませんぞ』

 一見、勝手な行動を取るサンジェルを嗜めているように聞こえるのだが、奥底ではサンジェルの事を王として認めていないのがよくわかった。
 次代の王としての心構えを教える為に、あえて辛辣な言葉をぶつける臣下……という可能性もあるが、出会った連中は我が強過ぎるというのか、自分の方が優れているという驕りを感じるのだ。
 もちろん彼等も実力があるからこそ城で勤めているのだろうが、どうも全体的に品位が足りないと言うのか、他人を平然と蹴落とす者ばかりのように感じるのである。
 こんな連中ばかりで本当に国を維持出来るのかと、無関係な俺でも心配したくなる程だ。この状況を、病気で倒れている王と後継者たちはどう思っているのだろうか?

 短時間であるが、これまでの観察で浮かんだ様々な疑問をリーフェル姫に伝えてみれば、彼女は自分の勘が間違っていなかったと言わんばかりに深く頷いていた。

「やっぱり……貴方もそう思うのね。実は私から見ても、城にいる者たちの性格が片寄り過ぎていると思うのよ。優れた者を評価し、国を支えさせる理念はわかるけれど、我が強い者ばかりでバランスが取れていないのよね」
「でも優れた人が集まる分には良い事じゃあ?」
「個人として考えるならいいかもしれないけど、これは国全体としての話なのよ? 優れた者をいくら集めても、束ねる人がいなければ意味がないわ」

 本来なら協力して国を支えなければいけないのに、他人の足を引っ張り自分が偉くなる事だけに固執している者……上昇志向が極端に強い者ばかり集まっている。
 そんな連中を束ね、選別して調整するのが王なのだが、その王が病気で倒れて何も出来ない状況だから暴走しているのではないかとリーフェル姫は考えているわけだ。

「私なりに調べたところ、ここ最近で役職や地位の入れ替わりが何度もあったり、城から出て行った者が結構いるそうです」
「そのせいか、今の城にはいくつもの派閥があるみたいね」

 王が病から復帰するのを待つ派閥、各王子と王女を支持する派閥、自らが王権を得ようと画策する派閥と、今のサンドール城はかなり混沌と化しているようだ。
 もう一つ付け加えるなら、表面上は普通に見えるのが問題でもある。目に見えないからこそ、根元が腐っていたり、地盤が緩んでいるのに気付き辛いわけだからな。

「俺は国の事はよくわからないけどさ、つまり凄く面倒な状態なんだろ?」
「一言で纏めるならそういう事だな」
「今のところ貴方たちは本格的に巻き込まれていないけど、勝手に話を進める連中もいるから質問されても下手に頷いたら駄目よ。まあ、ジュリアくらいなら信じても大丈夫だとは思うけど……」
「兄貴、俺もジュリア王女は信じてもいいと思う。酷い目には遭ったけど、あの人の剣は綺麗で凄く真っ直ぐだったからさ」
「そうか。お前のそういう勘はよく当たるからな」

 ジュリアもまたレウスの剣を感じて俺たちを信じてくれたし、彼女は警戒しなくても大丈夫だろう。レウスは違う意味で警戒が必要な気もするが。
 他国の問題なのにリーフェル姫がそこまで気にしているのは、身を守る他にも友となったジュリアの為でもあるらしい。二人の友情は、俺が思う以上に深いようだな。

「じゃあサンジェル王子は引き続き警戒するとして、アシュレイ王子はどうするの? 遊び人っぽいけど、放っておける相手ではなさそうよ?」
「個人の事情もあるようだし、彼は筋を通しておけば問題はないと思う。対価があれば情報もくれそうだから、適度に付き合っていこう」
「それでいいと思うわ。ああ見えても最低限の礼儀はあるし、彼ならあまり無茶な事は言ってこないと思う」

 サンジェルはホクトに興味津々でも、フィアに見惚れていなかったからな。本人も意中の相手がいると口にしていたから、少なくとも妻たちが狙われる事はあるまい。
 秘密さえ守っていれば話は通じそうだし、上手く付き合っていけば味方になってくれる筈だ。

「気を付けなければいけない事は多いけど、サンドールを出るまでの我慢よ。油断だけはしないようにね」

 とまあ、色々と忠告は受けたが、結果的に大陸間会合レジェンディアが終わってサンドールを離れるまで全員無事でいられればいいわけだ。
 とにかく身を守る術と対策を構築しておかなければなるまい。

 続いて俺たちがここへ来た本題に入ろうとしたのだが、その前に少し休憩がしたいとリーフェル姫は言い出した。
 休憩も何も、すでに休んでいる状態じゃないかと首を傾げる俺を余所に、リーフェル姫はカレンに視線を向けながら手招きしたのである。

「カレン、こっちへいらっしゃい」
「ん? うん」

 すでに安全な相手だと理解しているのだろう、カレンは素直に頷いて駆け寄っていた。
 そんなカレンを己の膝の上に乗せ、隣に座っていたリースの肩を引き寄せたリーフェル姫は満足気に息を吐いていた。

「はぁ……ホクトがいないのは残念だけど、こうしていると疲れが取れていくわぁ」
「そういう時は蜂蜜を食べたらいいよ。カレンも疲れたら食べてるから」
「カレンは疲れてなくても食べているじゃない」
「あはは、子供の教育は大変そうね。それより甘い物……か」

 リーフェル姫から訴えるような視線を向けられたので、俺は苦笑しながら持っていた鞄からケーキを取り出した。
 すぐさまセニアが人数分に切り分けてテーブルへと並べられれば、リーフェル姫の目が爛々と輝き始めた。リースもまた目を輝かせているし、相変わらずこういうところは姉妹そっくりである。

「これよこれ! サンドールにもお菓子は色々あるけど、さすがにケーキはないからね」
「細工が以前と比べて格段と綺麗になっていますね。エリュシオンの職人でも、ここまでの物を作れる者はほとんどいないでしょう」
「久しぶりのケーキだな。ありがたく、いただくとしよう」

 そして全員がフォークを手にし、ケーキを食べ始めたのだが……。

「うん……美味しい。それに何だか懐かしい味だね。リース、次はクリームがたっぷり乗った部分が欲しいわ」
「仕方ないなぁ。はい、あーん」
「カレンは苺の部分が食べたい!」
「はいはい。ほら、あーんしてね」

 リーフェル姫はカレンに、リースはリーフェル姫へ切り分けたケーキを食べさせていたのである。
 突っ込みどころ満載であるが、存分に楽しんでいるので良しとしよう。

「これは私たちも負けていられないわね!」
「リースが取られていますが、私とフィアさんなら十分勝機はあるでしょう。いざ!」
「張り合わなくていいから」

 食堂を経営している、どこぞの従者夫婦を思い出させる熱愛っぷりに、妻たちが対抗意識を燃やし始めていた。
 このままだと妙な勝負が始まりそうなので、俺は話を変えようとケーキを食べ終わって部屋を見渡しているレウスへと声を掛けた。

「そうだ、レウス。ジュリア王女の件で忘れていたが、どうやらアルベルトがここへ来ているらしいぞ?」
「え……本当か!?」
「ああ、さっきリーフェル姫から聞いたんだ。ところで彼はどこにいるのでしょうか?」
「期待させて悪いけど、今アルベルト君は城にいないのよ。父さんたちと同じく前線基地へ行っているから」
「……そっか。久しぶりに会いたかったけど、もうちょっと後になりそうだな。兄貴、俺たちも前線基地に行けるのかな?」
「後でサンジェル王子に聞いてみるか。どんな場所なのか、俺も個人的に興味があるからな」
「彼の妹さんとも少し話をしたわよ。来たばかりの頃は兄妹揃って緊張していたけど、あの子はお兄さんを上手くサポートしていたわね」

 アルベルトには奥さんがいた筈だが、彼女はどうやら来ていないらしい。
 大きな国ではないので、護衛として連れてきた者も最小限だったと説明してくれる中、レウスは妻たちから真剣な視線を向けられていた。

「レウス。久しぶりの再会なんだから、最初が肝心だよ」
「そうそう。こういう時こそ貴方がエスコートしてあげないとね」
「シリウス様の弟子として、相応しい対応を心掛けるのですよ」
「お、おう!」
「ふふ、リースの手紙に書いてあったけど、あの子がレウスの恋人なのよね? どういう出会いだったのか詳しく教えてほしいわ」

 それからアルベルトの妹……マリーナとレウスとの恋模様を説明しながらケーキを食べ終わった頃……妙な気配がこちらへ近づいている事に気付いた。
 気配が部屋の前に来ると同時に扉が強く叩かれたので、セニアが素早く近づいて誰何していた。

「どちら様でしょうか?」
「お、この声は従者の姉ちゃんだな? 俺様が挨拶に来たから開けてくれよ」

 初めて聞く声だが、城に滞在しているリーフェル姫たちは誰が来たのかすぐに理解したようだ。
 しかし三人の表情に警戒の色が見えるので、あまり歓迎すべき相手ではないらしい。

「姉様、何か不味い事でも?」
「そこに来ているのは、天王剣って呼ばれている男よ。巷では英雄とも呼ばれているみたいだけど、私からすれば本能に忠実過ぎるただの愚か者ね」
「名前はヒルガンと言うんだが、なるべくなら俺も会いたくない男だ」
「会いたくない相手だったら、扉を開けなくてもいいんじゃないの?」
「下手に追い返したらもっと面倒になるのよ。私がどう思おうと、この国では英雄だからね」

 謎が多い竜奏士と比べて天王剣の情報は多い。
 事前に集めた情報によると、剛剣に匹敵する力と剣技を持つ大男だと聞いたが、アシュレイの話だと女癖が非常に悪いとも聞いた。
 欲しいものがあれば我慢出来ない子供のような男なので、無視すると後でしつこく迫ってくるそうだ。
 更に周囲から英雄を無視しただのと小言が増えるので、居留守を使うわけにもいかないらしい。
 そして主からの指示に頷いたセニアが扉を開ければ、不機嫌そうな表情をした二十代らしき男……ヒルガンとやらが部屋に入ってきた。

「ったく、俺様が来たってのに遅い対応だな」
「申し訳ありません。何分、大切な話をしていたものでして」
「そんな警戒しなくても、俺はサンジェルが呼んだ客を見に来ただけだよ」

 英雄が着るとは思えない簡素なシャツとズボンに、燃えるような赤い髪を背中まで伸ばしているヒルガンだが、鍛え抜かれた筋肉と体の大きさはライオルの爺さんと同等に見える。
 見た目の威圧感と獣のように鋭そうな目が相まって、剛剣に匹敵すると言われるのもわかる男だが、正直に言ってあまりいい感情を抱けなかった。
 なにせ初対面だと言うのに、俺の妻たちへ欲望に塗れた視線を全く隠そうともせず向けているからである。

「へぇ……美人ばかりだと聞いていたが、これは予想以上だな。しかも人族どころかエルフに……銀狼族もいやがる。選り取り見取りじゃねえか」
「彼女たちは、あちらにいらっしゃるシリウス様の奥様です。ヒルガン様のものではありませんので、その言葉は失礼かと」
「はぁ? こんな細い奴が、闘武祭で優勝したシリウスって奴なのかよ?」

 セニアからの注意は耳に入っていないようで、俺の姿を見るなり本気で驚いていた。
 城の来賓でもある、リーフェル姫の部屋でも好き勝手に振る舞う態度からして、ヒルガンは噂以上に傍若無人な男のようだ。
 女は全て自分のものだと言わんばかりの行動は、本能のまま生きる魔物のようである。
 とにかく妻たちを守るように前へ立てば、ヒルガンは鬱陶しそうに俺を睨んできた。

「おい、そこに立ったら女が見えねえじゃねえか」
「ならそんな視線で俺の妻を見るのを止めてくれないか。獲物を狙っているようにしか思えないんでね」
「いやいや、俺はただ女とお近づきになりたいだけなんだよ。ちょっと握手するだけだからさ、そこをどいてくれって」

 笑みを浮かべながら近づいてくるが、全く信用出来ない笑顔である。
 とても握手では済みそうに思えないので、俺は静かに警戒を高めながらヒルガンを睨み返し、徹底抗戦の意思を見せた。リースも狙っているようだし、リーフェル姫も多少の騒動は許してくれるだろう。
 殺気を放っても動かない俺に苛立ってきたのだろう、ヒルガンはこちらを無視して横から回り込みながら手を伸ばしてきた。
 すぐさまその手を払おうとしたが……その必要はなさそうだな。

「……よろしくな」

 同時に横から割り込んできたレウスがヒルガンの手を握っていたのである。
 中々いいタイミングだったと内心でレウスを誉めていると、握手をしていたヒルガンは不快そうに目を細めていた。

「おい、何のつもりだ?」
「何をって……握手だよ。だってお前は挨拶しに来たんだろ?」
「男と手を握る趣味はねえ。さっさと離しな」
「そっちこそ、兄貴の許可なく姉ちゃんたちに近づくんじゃねえよ」
「はん! まさか俺様と力比べする気か? なら身の程というものを教えてやろうじゃねえか」

 不敵に笑った二人は手に力を込め始め、握手とは思えない肉の絞まるような音が響き始めた。
 普通ならレウスより一回り大きいヒルガンの方が強そうに見えるが、毎日剣を振るって鍛え抜かれたレウスの力は見た目以上に高い。
 本気を出したレウスの握力ならば、相手の手を握り潰すくらいは出来るのだが……ヒルガンの笑みが崩れる事はなかった。

「ぐっ……くっ!?」
「威勢が良かった割にその程度か? そういえば前に闘武祭の準優勝者は銀狼族と聞いたが、まさかお前の事じゃねえだろうな?」
「俺が……そうだよ」
「これでかよ。俺様が出ていれば優勝確実じゃねえか」

 ヒルガンの力は見た目通りー……いや、それ以上に高いようだ。
 レウスの表情が苦悶に歪んでいるのに、ヒルガンは余裕すら見られるのだから。
 次第に骨が軋むような音が僅かに聞こえたので、俺は止めに入ろうと手を伸ばしたのだが、その前にヒルガンの方から手を離していた。

「これでよくわかっただろ? 理解したのなら下がってな」
「まだ……負けてねえよ」
「レウス、それ以上は止めておけ」
「そうだよ。ほら、手を見せて」

 悔しそうに呻くレウスをリースが診ている中、俺は勝利の笑みを浮かべるヒルガンを睨みつけた。
 レウスを上回るその力は称賛するが、性格面で少し教育する必要がありそうだ。

「なら次はー……」
「ヒルガン。そこまでです」
「ちっ……煩いのが来たか」

 俺も握手しようと手を伸ばしたところで、俺たちの様子を見にきたジラードが部屋へと入ってきたのである。
 先程までの穏やかな表情と違って怒りを露わにしているジラードは、ヒルガンの前に歩み寄るなり怒鳴りつけていた。

「貴方には、サンジェル様が呼ぶまで大人しくしていなさいと指示した筈ですが……何故勝手に接触しているのですか?」
「仕方がねえだろ。城の連中が揃いも揃って、見惚れるような女が来たって言うんだからよ」
「彼女の相手はどうしたのですか? 今朝、貴方の下へ訪れた筈ですが」
「あの女なら……もう帰っちまったよ。ったく、俺の愛を受け止めきれない女ばかりで困ったもんだぜ」
「はぁ、またですか。少しは優しくしないと、貴方の悪い噂が広まって女性が近寄って来なくなりますよ?」
「相変わらず小言ばっかだな。お前こそ、もっと女を抱いてみろってんだ!」

 二人のやり取りは次第に熱を増し始め、怒ったヒルガンが相手の襟を掴むまで発展したが、ジラードは動揺する事もなく言い返していた。
 止めるべきか悩んでいると、やがてヒルガンは根負けしたのか、溜息を吐きながら引き下がっていた。
 見た目はヒルガンの方が強そうだが、あの二人には明確な上下関係がある気がするな。

「くそ……止めだ止めだ! やる気がなくなっちまったぜ」
「それは結構です。後で貴方の紹介をするつもりでしたが、これで十分なのでもう部屋に戻っていなさい。全く……まだルカの紹介も終わっていないのに」
「はいはい、わかったって! 今日は引いといてやるよ」

 悪態をつきながら部屋を出て行ったヒルガンを確認したジラードは、溜息を吐きながら振り返って俺たちへ深々と頭を下げてきた。

「私の仲間が不快な思いをさせて、本当に申し訳ありませんでした」
「今のは貴方が謝っても仕方がない事ね。色々言いたい事はあるけど、今後はなるべく気を付けてほしいわ」
「善処します。最近は特に目が余りますから、そろそろ罰を与えるつもりですので、少しは大人しくなるでしょう」
「どう見ても向こうの方が強そうなのに、貴方はよく手綱を握れるわね?」
「彼とは長い付き合いですからね。何だかんだで私の方が年上ですし、ちょっとした弱点も握っていますから」

 頭二つ分程の身長差はあるが、ジラードの方が年上らしい。
 初めて出会った時は素直で向上心溢れる者だったと、遠い目をしながら語っていたジラードだが、ここに来た目的を思い出したのか、軽く咳払いをしてから改めて俺たちを見渡した。

「ところで話の方は終わったのでしょうか? まだ終わらないのかと、サンジェル様が待ち侘びておりまして」
「一応区切りはついていますが……」
「それは後で構わないわ。先にそっちの方を済ませていらっしゃい」

 リーフェル姫の顔色を窺ってみたが、問題はないとばかりに頷いてくれた。
 ここへ来た本来の目的はリーフェル姫たちを守る事と、彼女が城内で感じている違和感の正体を突き止める事だが、まずは城内を直接見て回って来いと言いたいのだろう。
 反対する理由もないので、俺たちはリーフェル姫たちと別れて再び城内を歩き回るのだった。



 リーフェル姫の部屋を後にし、俺たちはジラードの案内で城内を歩いていたのだが、何故か正門の反対側にある裏口を通って城の外に出ていた。

「あれ? 城の外に出るんだ」
「このような場所に何かあるのでしょうか?」
「城の裏には、我々が管理している竜小屋があるんです。そこに私の仲間がいるんですよ」

 竜がいるという時点で、そこに誰がいるのかは大体想像はつく。
 事情があって存在が隠蔽されている英雄らしいが、一体どのような人物なのだろうか?

「竜がいるの? アスじいの仲間かな?」
「うーん……上竜種がいるとは思えないから、いるのは下竜種や中竜種と思うわよ」
「カレン。ここではアスラード様や、故郷の事はあまり口にしないように気を付けるんだぞ」
「……うん」

 竜と聞くなり、少し後ろを歩いていたカレンが興味深そうにしていたが、ジラードの鋭さならふとした言動でカレンが有翼人だと気付く可能性が高い。
 なので改めてカレンに釘を刺しながら歩いていると、俺たちの前に見上げる程に大きい小屋と、その中で思い思いに寛いでいる竜たちが姿があった。

「へぇ……ほとんど下竜種かと思っていたけど、どれも中竜種じゃない」
「しかも大きいのばかりだ。あれなら数人乗せても問題はなさそうだな」

 一人乗せるのが限界な小さい下竜種であろうと、竜が人に懐く事は滅多にない。
 だがここには、カレンの故郷の周辺で見られた中型の竜が三体もいたのである。
 おまけにあの竜は獰猛で有名な筈だ。だというのにあんなにも大人しいのは、しっかりと仲を育み調教されている証拠だろう。

「シリウス様。あちらに人影が……」
「本当だ。でも……あれ?」

 寝そべっている竜を見上げながら歩いていると、エミリアとリースが竜の傍を歩き回っている者を見つけたのだが、二人は揃って首を傾げていた。
 何故なら……その人物がカレンと同じ子供にしか見えなかったからである。
 竜の傍でも平然と歩き回っている様子からして、まさかあの子供が……。

「いえいえ、あの子は竜たちへの実験も兼ねて雇っている町の子供ですよ。もう一人の英雄……本物の竜奏士、ルカはあちらです」

 ジラードの言葉に視線を横へずらしてみれば、下着のように面積の小さい上下の服に、白衣のようなものを羽織った妙齢の女性が立っていた。
 まるで科学者のような出で立ちをした女性の肌は褐色に染まっており、男の目を自然と引き寄せる魅力を持った美女なのだが、彼女には美貌以上に気になるものがあったのだ。

「あら……今日は大勢連れてきたのね。一体どちら様かしら?」

 ジラードの姿を確認するなり笑みを浮かべた女性……ルカの頭部には、竜を模した角が生えていたのである。


 おまけ ホクトと触れ合おう


「おお……触り心地も伝説級というのは本当だったのか!」
「何と心地良い毛並みだ! ぬいぐるみも良いが、それとは明らかに違う感触と温かさ……堪らんな!」
「クゥーン……」
「ホクトは尻尾も強いから、こうやって抱いていたら持ち上げてくれるんだよ」
「何っ!? 是非俺にもやらせてくれ!」
「馬鹿者! 私だ!」
「……クゥーン」


「普段は真面目なジュリアをあそこまで夢中にさせるなんて、さすがはホクトだわ。でも王族として、もう少し慎みを持つべきかもね」
「いや、リーフェ姉も初めてホクトさんと会った時にやっていなかったか?」
「そうだったかしら?」
「しかも耳の触り心地が良いからと、ホクトさんの頭の上を一時間近く占領していましたよね?」
「記憶にないわ」
「座り心地もいいから、政務の時の椅子になってもらおうと城に連れて行こうともしたよね?」
「他人のそら似ね」




 少し中途半端というか……前話と似たような終わり方ですが、区切る場所がなかったので、一旦ここで切ります。
 説明ばかりで申し訳ないですが、そろそろ物語が大きく動く……予定です。
 次回更新も体調と閃き次第なので未定となります。

 最後に、少々発表が遅れましたが、ワールド・ティーチャー7巻と、コミックスの2巻が発売されたので、興味がある方は是非お手に取ってくださいませ
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