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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

二十一章 サンドール

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鉄壁都市サンドール

 前話(前章)までのあらすじ 箇条書きバージョン


 カレンが色々と成長した。
 カレンに始めて同年代の友達が出来た。
 カレンは世の中の厳しさを学んだ。
 カレンはシリウスから、扱いが難しい魔法も教えてもらえるようになった。



 ホクトが進化した。
 ホクトは全体的に強くなった。※およそ二倍(当社比です)
 ホクトは炎狼の力を使える事になり、炎を自在に操れるようになった。
 体が若干小さくなった事により、小さい家屋でも中に入れる確率が上昇した。
 毛並みが良くなった事により、ブラッシング効率が一割上昇した。
 ホクトの生みの親が現れたが、主を巡って嫉妬した。
 主に対する忠誠値となつき値はすでに限界値なので、変更はありません。



 ホクトの生みの親と思われる百狼と別れた俺たちは、改めてサンドールを目指して出発した。
 魔物が現れなかったのはやはり百狼の仕業だったらしく、百狼が去ると同時に周囲から魔物の気配を感じるようになった。ちなみに魔物を遠ざけるのは百狼が放つ独特の気配らしく、ホクトもまたいずれ使えるようになるだろうと去り際に教えてくれた。
 しかし空白地帯を作っていた原因がいなくなった事により、魔物と遭遇する確率が格段に上がってしまったが……。

「オン!」

 ホクトが吠えれば大抵の魔物は逃げるし、それでも近づいてくる魔物は俺たちが戦闘準備をする前にホクトが片付けていた。
 馬車を繋ぐハーネスを自ら外して飛び出したホクトが、一撃で魔物を仕留めてから戻ってくるのである。
 中々忙しそうだが、新しい力を得たので色々と試しているのだろう。普段とは違う動きがちらほらと見られた。

「ちょっ!? そんな動きー……ぐはっ!?」
「オン!」

 そして一番影響を受けているのは、ホクトとよく模擬戦をしているレウスだった。
 以前とは明らかにホクトの動きが変わったので、いつもより早くやられて地面に崩れ落ちていた。

「……レウスのハードルがまた上がったようだな」
「ですが先日、あの子はホクトさんの動きに大分慣れてきたと口にしていましたから、ある意味ちょうど良かったのでは?」
「それもそうか。さて、それじゃあ今日は何を作ろうか?」
「はちー……」
「蜂蜜以外でな」
「むぅ!」

 先手を打たれたのが悔しかったのか、頬を膨らませたカレンが両手を振り回しながら襲いかかってきた。暴れん坊なのは少し困るが、素直な感情をぶつけてくれる程に気を許している証拠なので嬉しくもある。
 別にカレンの力で叩かれても痛くはないのだが、闇雲に攻撃しても無意味だと理解してもらう為に、俺はあえてカレンの攻撃を片手で全て防いでいた。大人気ない気もするが、これもまた勉強だ。
 そのまましばらく好きにさせて、怒りを発散させたところで俺はカレンの頭に手を置いて宥めた。

「ほら、後で蜂蜜のデザートを作ってあげるから、もう落ち着きなさい」
「絶対だよ!」
「……まるで過去のレウスを見ているようです」
「私が言えた義理はないけど、今もあまり変わっていない気がする」
「皆シリウスに甘えたいって事ね。ところで今日の献立だけど、さっぱりしたものとかどうかしら?」

 そんな事をしている間にフィアからリクエストが来たので、俺は食材の在庫を思い出しながら献立を考えていた。
 次の目的地であるサンドールも近いし、今なら保存が効く食材を多少使っても問題はなさそうだ。

「確か小麦粉が残っていたよな?」
「はい。先程確認してきましたが、結構残っていました」
「ならパンでも焼いてみる?」
「いや、ここはパスタにしてサラダを作ろう。後はドレッシングもだな」

 リクエストのさっぱりした料理はこれでいいとして、後は各自で好きに取れるように、濃い目のスープにパスタを入れるとしようか。
 まずは大量に必要となるパスタを作ろうとしたところで、レウスとホクトの模擬戦は締めに入っていた。

「あああああぁぁ――っ!?」
「オン!」

 ホクトの前足と尻尾によってお手玉のように空を舞うレウスを眺めながら、俺は小麦粉をこね始めるのだった。





「……冒険者か。相変わらずどこでも現れるものだな」

 数日後。
 サンドールに到着した俺たちは、石を組んで建てられた巨大な防壁の前にやってきていた。
 そして面倒臭そうに俺たちの審査をする門番から通行の許可を貰い、見上げる程に高い防壁の門を通り抜ければ、目の前には奥へと続く整備された道と、遠くにまた防壁が見える草原が広がっていた。

「見て! また大きい壁があるよ」
「そうですね。ここもですが、あれも滅多に見られない大きさですね。ですが……これで三つの門を越えたというのに、未だに町らしきものが見当たらないのも変な感じです」
「兄貴。本当に俺たちはサンドールに着いているのか?」
「ああ。まだ街並みは見えなくとも、ここはサンドールの敷地内だぞ」

 サンドール……世界で一番大きい国と言われるが、他にも鉄壁都市とも呼ばれる国でもある。
 そう呼ばれる理由は、城を中心にして幾重にも築かれた巨大な防壁によって国が守られているからだ。俺たちがかつて住んでいたエリュシオンを囲っていた防壁と同じ……それを越えるようなものが、サンドールだと全部で五つもあるそうだ。
 俺たちが今通ったのは三つ目の防壁で、おそらく次の防壁を通ればサンドールの城下町が広がっている筈だ。

「守りを固めるのはわかるけどさ、こんなにも壁が必要なのか?」
「沢山あったら維持費も大変だし、二つあれば十分な気もするよね」
「二人の疑問は尤もだろうが、この町は守りを固めないといけない理由があるのさ」

 現在俺たちがいるこのヒュプネ大陸の北には、潮の流れが激しい海を隔てて広大な大陸が存在するらしい。
 そこは大型の船でなければ近づくのさえ難しい未開の地なのだが……。

「その大陸は魔物が大量に住んでいて、とても人が住めるような環境じゃないそうだ」
「それなら私も聞いた事があるわ。何でも魔物しかいないから、魔大陸とか呼ばれているらしいわよ」
「つまりサンドール国はその魔大陸が近いから、防壁を何重にして備えているのですね」
「それでも厳重過ぎないかな? 船でさえ渡るのが厳しい海があるなら、魔物だって簡単にやって来ないと思うけど」
「普通はそう思うだろう? だが何年かに一度の割合で、ヒュプノ大陸と魔大陸が繋がってしまう自然現象が起こるそうだ」

 原因は不明だが、その周辺の潮が大きく引いて海底の浅い部分が露出してしまうらしい。
 岩が連なっているだけなので、途中で途切れていたりする部分もあるらしいが、とにかく魔物が通れるような道が出来てしまうのである。

「そして道が出来てしまえば、魔大陸の魔物が獲物を求めて大量にこの大陸へ雪崩れ込んで来るわけだ」
「雪崩れ込んでって何?」
「つまり沢山魔物がやってくるって事だな。そしてこれだけ守りを厳重にするって事は、それ相応の数がやって来るんだろう」

 噂によると大陸が繋がる現象は数日続き、道が再び海の底へと沈んでも、残った魔物を駆逐するまで戦いは続くらしい。
 それゆえにサンドールの戦力は非常に高く、国の王は常に強者や才能を持つ者を集めているそうだ。

「その中で特に優れた者は、王から二つ名を授けられるそうだ。実はライオルの爺さんもその一人で、剛剣という二つ名もここから始まったらしいぞ」

 最強の剣士として城に仕えていた……という風に話は伝わっているが、爺さん本人は全くその気はなく、快適な食事と寝床を提供してくれる場所としか思っていなかったようだが。
 一応、日々の食事代という事で頼まれた魔物を倒しに行ったりはしたが、基本的に自由だったらしい。国からすれば剛剣が仕えているという事実があれば良かったので、いるだけで十分だったのだろう。
 しかし己のライバルにしようと育てていた弟子たちをアホな貴族に殺された事により、爺さんはすべてに絶望してサンドールを出てしまったわけだ。

「そして最強の剣士に逃げられた無能の王だと広まるのを恐れたのか、爺さんは引退で隠居する為に姿を隠したと伝えられているそうだ」
「何だそりゃ? 王様が嘘をついているのかよ?」
「人が多くいる以上、正直に説明すると都合が悪い時もあるのさ。そういう連中と関わってしまうと面倒な事になりそうだから、サンドールでは色々と気をつけないとな」

 人が多い程に闇は生まれ、深くなるものだからな。
 とはいえ弟子たちにそうは言ったが、俺たちがサンドールへ向かう理由は観光だけじゃなく、大陸間会合レジェンディアで集まったリースの家族と会う為でもある。
 なので再会時に向こうの王族と関わってしまう可能性もあるかもしれないが、あのリーフェル姫ならばこちらの意図を汲んで密かに会ってくれそうな気もするので、そこまで心配する必要はないかもしれない。
 俺が考えている事を皆に伝えてみれば、リースが町の方角を眺めながら笑みを浮かべている事に気付いた。

「やはり嬉しそうだな」
「うん。気を付けないといけないのはわかるんだけど、久しぶりに姉様と父様に会えるもの」
「ねえねえ、今から行く町に、リースお姉ちゃんのお姉ちゃんとお父さんがいるんだよね?」
「そうだよ。偶に暴走しちゃう時があるけど、凄く優しくて頼りになる家族なの。きっとカレンも好きになると思うよ」

 何だかんだで、一年以上は会っていないからな。
 積もる話も沢山あるだろうし、再会出来たらフィアとカレンを紹介だけでなく、互いの近況をゆっくりと語り合いたいものだ。

「あのお二人にフィアさんとカレンを紹介したら驚きそうですけど、もっと重大な事を伝えないといけませんね」
「あ……うん。姉様は喜んでくれそうだけど、父様がちょっと心配かも」

 重大な事とは、おそらく俺の妻になった事だろう。
 恥ずかしそうにしながらも家族にどうやって説明するか悩むリースの横で、フィアもまた腕を組んだ状態で悩んでいた。

「それにしても、リースのお姉さんか。リースと私の旦那さんが一緒なら、その人は私にとっても義理の姉になるのよね? ならしっかりと挨拶しておかないと」
「年齢的にフィア姉の方が姉ちゃんじゃねえのか? だって三百歳は軽く越えてー……」
「まあ、その点は会ってから考えましょうか。それとレウス。私はまだ二百代だし、そもそも女性に対して年齢の事を軽々しく口にしては駄目よ」
「あ……おあああぁぁぁ――っ!?」

 口を滑らせてしまったレウスは、フィアの魔法によって目の高さまで浮かされ、そのまま縦や横へと回されていた。
 まるで機械による無重力訓練のように、レウスは空中で無茶苦茶に回転させられているのだが……。

「フィア姉! これ結構鍛えられそうだから、もっと速くても大丈夫だぜ!」
「……この子も頑丈になったものね」

 ホクトとの模擬戦といい、皆から玩具にされているようにしか見えないレウスだが、本人はしっかりと己の糧にしているようである。まあ……向上心があるのは結構な事だ。
 そして色んな意味で成長しているレウスを見たカレンは、翼を激しく動かしながらフィアの袖を引っ張っていた。

「レウスお兄ちゃんだけずるい! カレンもやりたい!」
「貴方もやってみたいの? 別にいいけど、気持ちが悪くなったらすぐに言うのよ?」
「うん!」
「何でかわからないけど、子供って回されたりするのが結構好きだよね」
「はい。私もお父さんに回してもらったものです」

 回してもらうってのはおそらく、両手で繋ぎ合ってその場で回転するやつだろう。
 あれは目まぐるしく変わる景色と風を切る感覚が楽しいのだろうが、フィアのはちょっとしたアトラクションである。
 こうして一人の青年と少女が空中で回転するという異様な光景の中、俺たちは周囲に気を配りながら街道を進むのだった。



 今まで通ってきた防壁から次の防壁までの距離はそれ程でもなかったが、先程俺たちが通った三番目の防壁から次の防壁までは随分と距離があるようだ。
 ここだけ馬車でも数時間は掛かるくらいに離れているのは、俺たちの目の前に広がる光景を見れば納得出来た。

「おお……凄い広さだな」
「ねえねえ、これ全部畑なの!?」

 街道に沿って歩き続けてちょっとした小高い丘を越えれば、遠くに見える防壁の門だけでなく、幾つかの家屋に加えて視界を埋め尽くす程の畑が広がっていたからである。

「カレンのところと全然違うね!」
「まあ、カレンの住んでいた集落と違って町を支える畑だからな。これだけ広くないと賄えないだろう」
「次の門まで妙に遠いのはこういうわけなんだね」

 広大な畑を見た弟子たちは納得するように頷いているが、距離があるのは他にも理由がありそうだ。
 魔大陸の魔物も危険だが、国が大きくなれば人による侵略者も現れるものである。今は国同士の争いは滅多に起こらないが、昔は頻繁に起こっていたらしい。
 おそらく防壁から距離を離しているのは、敵が第一、第二の防壁を突破した場合、ここで軍隊を展開し易くする為だろう。注意深く観察してみれば陣を築き易い地形だとわかるし。
 他にも敵の襲撃に備えた工夫が幾つか見られるので、サンドールを築いた先祖たちは敵に備えて必死にこの地を開拓したんだろうな。

「その志を受け継いでいる国……か。敵に回すと面倒そうだな」
「シリウス様、何かありましたか?」
「いや、ただの独り言だよ。先を急ぐとしようか」
「はい! うふふ……」

 首を傾げていたエミリアの頭を撫でながら、広大な畑の中心を区切るように伸びる街道を俺たちは進み続けた。
 しばらく進んでようやく防壁の門前に到着したのだが、そこには多くの人たちで溢れかえり、長い行列が出来ていたのである。
 並んでいるのは俺たちと同じ冒険者や商人ばかりだが、とある一団を見つけたカレンが俺の袖を引っ張りながら質問してきた。

「あそこに変な馬車があるよ? それに大きな檻も!」
「あれは雑技団の類だろう。珍しい魔物を披露したり、芸をさせてお金を稼いでいる人たちだな」
「魔物が芸をするの? 見たい!」
「まあ……そうだな。余裕があったら見に行ってみるか」
「うん!」

 俺たちの目の前には珍しいどころか、ただ座っているだけで稼げてしまう百狼のホクトがいるのだが……何も言うまい。
 せめてホクトとは違ったものを披露してくれる雑技団であってほしいと考えていると、行列の最後尾を見たフィアが呆れた様子で呟いていた。

「ある程度は予想していたけど……凄い数だわ」
「こんなにも人が並んでいる光景は珍しいです」
「なあ、兄貴。これ前に行った闘武祭があった町の時より多いんじゃないか?」
「元から多くの人が訪れる国だが、今は大陸間会合レジェンディアが近いからだろうな」

 大陸間会合レジェンディアは各国の重鎮が集まる重要な会合だ。
 それゆえに開催国へ訪れる王や女王たちは、道中の危険もあってそれなりの兵を率いてやってくる。
 他国の兵が大勢集まれば商人にとっては稼ぎ時だろうし、冒険者は物珍しさに加えて他国の情報を集める事も出来るわけだ。他にも稀な話だが、過去にお忍びで城下を散策していた他国の王が、実力のある冒険者を勧誘して近衛にした事もあるらしい。
 そんな風に己を王族へ売り込める機会も増えるので、大陸間会合レジェンディアの時期には人が多く集まるわけだ。

「でもこれだけ人が集まるって事は、魔大陸の現象はしばらく起きないって事なのかな?」
「ああ。確か『氾濫』とか呼ばれているらしいが、数年前に起こった後のようだ。少なくともそれが次に起こるのは、あと十年くらい先の話だろう」

 俺たちがエリュシオンの学校にいた頃に起きていたらしい。
 まるで一国の軍隊に近い量の魔物が現れたらしいが、サンドールの王から二つ名を貰った精鋭たちの活躍によって魔物はあっさりと片付けられ、それを知らされた国の人々は大いに沸いたそうだ。
 しかしその精鋭たちについての詳しい情報はほとんど入ってこなかったので、後は現地で調べようと考えている。

「俺が唯一聞いた話によると、その中の一人が剛剣の再来と呼ばれる程の剣士……というくらいだな」
「それってライオルの爺ちゃんと同じ強さって事か!?」
「でも噂なんでしょ? 本当に剛剣と同等の強さを持っているか怪しいわよ」
「私もそう思います。あのお爺ちゃんに匹敵する剣士がいるとは思えません」
「どちらにしろ、そう言われる程に強い奴なんだろ? ライオル爺ちゃんとの予行練習になりそうだし、出会えたら戦ってみてえな」

 正直に言うと、ライオルの爺さんと同じ強さなら俺も興味はある。
 しかし噂はあくまで噂であり、剛剣がいなくなった穴を埋めようとあえて誇張して発表している可能性も高いので、あまり期待はしない方がいいかもしれない。
 そしてこれ以上の情報は、門を通って町へ入らないと難しいだろうが……。

「さっきから列がほとんど進んでいないな」
「最悪の場合、今日は諦めてどこかで野営する事も考えた方がいいかもね」
「シリウス様。先程横から確認してみましたが、どうやら門の方で何か揉めているようです」
「少し情報を集めた方がよさそうだな。すいません、少しお聞きしたい事があるのですが」
「ん? 何だー……うおっ!?」

 列の最後尾にいた商人らしき男に話しかけてみれば、面倒臭そうに振り返った中年の男はホクトを見て驚きの声をあげていた。
 まあそれはいつもの事なので、まずはホクトが従魔だと説明して落ち着かせてから、俺は改めてこの状況について聞いてみた。

「ああ、列の進みが遅いのは当然だろうさ。町に入る為の金額が高いって文句を言っているんだよ」
「あれ? でも商人や冒険者は身分を証明出来れば、お金を払わずに町の門を通れる筈じゃなかったか?」
「サンドールは別なのさ。幾つもある防壁の維持費って事で、金を徴収する必要があるんだよ。けどそこまで高くはないし、皆も安全の為ならと気にしていなかったんだが……」

 普段は鉄貨が数枚程度だが、今は大陸間会合レジェンディアによって警戒を強める必要がある……という名目で金額が上乗せされているらしい。
 横暴にしか思えないが、訪れる人が増えればそれだけ警備の負担と経費も増えるだろうし、これも苦肉の策かもしれないな。

「だからあそこで文句を言っているのは、ケチな奴か懐に余裕がない連中だろうさ」
「おっちゃんは構わないのか?」
「そりゃあ出費が増えるのは痛いけど、サンドールではそれ以上に稼げるからな。とにかくさっさと審査を終わらせたいところだ」
「ですが、あの様子では夜に……いえ、今日中に入れるかどうかさえわかりませんよ?」
「例え夜になろうと待つのが商人ってもんだ。見たところお前さんたちは冒険者だろ? 急ぎじゃないなら、あっちに泊まれる場所があるぜ」

 商人の男が指した先には、門から少し離れた場所……防壁に張り付くように存在する幾つかの建物だった。
 遠目であるがどの建物も粗末な作りばかりで、世界一大きな国の象徴である立派な防壁の傍には相応しくない光景でもある。

「さっきから気になってたけど、あれは一体何なんだ?」
「ちょっとした村のように見えますが、途中で見かけた農家の方が住んでいる家とは違いますよね?」
「あれはサンドールに住み辛くなった奴や、追い出された連中が集まって出来た場所だ。どこの町でも見られるスラムみたいなものだよ」
「町の中じゃなくて外に……か。複雑な事情がありそうだな」
「でも何で放置されているのかな? ああいうのって、外観を気にする貴族とかが煩そうな気もするけど」
「ああいう連中は追い払ってもすぐに戻ってくるし、その度に兵を派遣するのも面倒だからな。それに、あんなのでも町にいる連中にとっては必要な場所なんだよ」

 多くの娼婦を抱えている店もあるので、隠れて発散しにくる貴族が度々いるらしい。
 他にも、ここまで魔物に迫られた時はあそこに住んでいる連中が囮になる……という可能性もあって放置していると男はこっそり教えてくれた。
 景観は損なうが、需要もあるので見逃されているってところか。

「そして娼婦だけじゃなく、今のお前さんたちみたいな冒険者や商人を泊めてくれる宿もあるのさ。治安が良いとは言い辛いが、野宿よりかはマシだと思うぜ」
「そうだな。急いでいるわけでもないし、試しに行ってみるか」

 振り返って皆に確認してみたところ、特に反対意見はないようだ。
 こうしてあの町へ行く事は決まったが、ついでなのでもう少し男から話を聞いてみるとしよう。これまでの会話からわかるように、目の前の男は何度もサンドールを訪れているのか色々と詳しいようだしな。
 すると男は金を払ってもよさそうな情報も語り出したので、変だと思った俺は一旦話を遮っていた。

「色々教えてくれるのは嬉しいが、そこまで語っていいのか?」
「暇だから……ってのもあるが、お前さんたちは立派な従魔どころかエルフまで連れている一行だからな。仲良くしておいて損はないと思ったんだよ」
「……本当か?」
「オン!」
「あ、いや……その、あんたの機嫌を損ねたら、そこの従魔が怖そうだし」
「正直な事で」
「普通はそうよね」

 知らない内に脅迫のような状況になっていたらしい。
 申し訳ないと思いつつも有意義な話を幾つか聞けたので、情報代として銅貨を数枚渡しておいた。

「へへ、律儀な奴は嫌いじゃないぜ。なあ、お前たちは明日にはそこの門を通るつもりなんだろ? 俺はしばらく町の中で稼いでるから、もし見つけたら顔を出してくれ。ちょっとくらいならサービスしてやるぜ」

 ホクトは怖かったようだが貴重な体験だったと笑う男から離れ、俺たちは列から外れて防壁に隣接する建物へと目指した。



 防壁を沿うように馬車を走らせていると、先程から妙に静かだったカレンが馬車内で剣の手入れをしていたレウスへ質問をしていた。

「ねえ、レウスお兄ちゃん。さっきおじさんが言ってたしょーふって何? ご飯に使う醤油の事?」
「えっ!? そ、それはー……兄貴!」

 その何とも微妙な質問に、レウスは即座に白旗を上げて俺へ救援を求める視線を向けてきた。ちなみにまず俺へ聞いてこなかったのは、防壁の状態を調べていて忙しそうに見えたからだろう。そう……思いたい。
 とはいえ、その質問に対する返答は難しいところである。
 幼い女の子へ正直に説明するのも躊躇いを覚えるし、上手い言い方はないかと考えている間に女性陣が会話に入ってきた。

「そうね。娼婦というのは食べ物じゃなくて、簡単に言うなら女性が出来る仕事の一つよ」
「お仕事なの? カレンにも出来るかな?」
「えっ!? えっと……娼婦を知らないのに?」
「おそらくですが、カレンは何でもいいから働きたいという事ではないかと」
「うん。お金を沢山稼いで、お父さんやお姉ちゃんたちと皆でご飯を食べて行って、カレンがお金を払うの!」

 幼いながらも、すでにカレンは冒険者として自覚し始めているようだ。
 確かカレンの父親が残した本には、世話になった相手にはしっかりと恩を返すのが礼儀……と書かれていたので、カレンは俺たちにそうしたいと思っているのだろう。
 気持ちは凄く嬉しいのだが、その仕事で稼いだ金で奢ってもらうのは非常に複雑である。

「カレン。それよりもっと別な方向でお金を稼がないか?」
「そうですよ。冒険者ならばギルドで稼ぐのが一番です」
「今のカレンだとまだ登録は出来ないけど、町に入ったら一緒に行きましょうか」
「ギルド!? 行く!」

 他にも、本にはギルドの重要性もしっかりと書かれていたからな。
 元からギルドに興味があった御蔭でカレンの思考は逸らせたが、疑問を中途半端な状態で放っておくのは良くないので、もう少しだけ補足しておくか。

「カレン。娼婦の事はもう少し大きくなったら詳しく教えてあげるから、今は仕事の一つだと覚えておきなさい。それと、他の人の前でそういう事を言っちゃ駄目だぞ?」
「何で?」
「それもカレンが大きくなればわかる事だ。けどわからないからって気にする必要はないぞ。町に入れば、カレンが見た事のないものが沢山あるからな」
「本当! じゃあ待つ!」

 もちろんカレンにそんな仕事をさせるつもりはない。
 だがこれから見聞を広める旅を続けるのであれば、いずれそういう世界を知る必要はあるだろう。
 人里に近い事もあり、服の下に隠した翼を嬉しそうに羽ばたかせているカレンの頭を俺は優しく撫でるのだった。

「にへぇ……」
「うふふ……」
「クゥーン……」

 ついでに、催促するようにそっと近づいてきたエミリアとホクトの頭も撫でておいた。




 そのまま馬車を走らせ続け、俺たちは防壁に隣接する家屋へ……いや、この広さはもはや集落と呼ぶべき場所へと到着した。
 境界線としてしか意味を成していない小さな柵と、粗末な木製の家屋ばかりの集落だが、近づいてみればそれは間違いだと気付かされた。
 見張りすら立っていない集落の入口を通ってみれば、中心ではかなりしっかりとした作りの家屋が立ち並んでいたのである。
 他の家屋より若干大きい建物の前には、際どい衣装を着た娼婦らしき女性が幾人か見られたので、貴族がお忍びでやってくるのは本当のようだな。ちなみにかなり過激な格好をした娼婦もいたので、カレンがフィアの手によって目隠しされたのは言うまでもない。
 集落の外観をみすぼらしく見せている理由はわからないが、俺としてはもっと気になる事があった。

「なあ、兄貴。ホクトさんやフィア姉を見ても、周りが大人しい事って珍しくないか?」
「フィアさんを狙ってくる人って多いからね」
「フィアお姉ちゃんは綺麗だから、当たり前だよ!」
「あら、ありがとう」
「だから手をどけてほしいの」
「仕方がないわね、はい」
「…………ホクトも尻尾どけて!」

 一部緊張感が欠けているが、周囲の状況に俺たちは自然と警戒を強めていた。
 この集落には、町で見たスラムのような浮浪者の姿も見られるのだが……何かが違うのだ。
 大きな町からあぶれ、更に町から隔離された場所となれば、そこに住む者たちは大抵疲れた目をしている場合が多いし、金になりそうなフィアとホクトを見て目の色を変えたりするものだが、この集落では不気味な程に大人しいのである。
 ホクトを恐れているから?
 いや、それもあるかもしれないが、あの視線の動きからして……。

「……俺たちを観察しているようだな」
「私たちを襲う為に隙を伺っているのでしょうか?」
「いや、そういう感じじゃない。こちらから手を出さなければ問題はないと思うが、油断はしないようにな」

 俺の勘だが、ここにいる連中はただの浮浪者の集まりではなく、優れた指導者によってしっかりと統治されている感じなのだ。
 裏の組織関係に近い感じもするが、殺気は一切感じられないので、物珍しさと見慣れない俺たちを観察しているだけと思われる。
 ここへ初めて訪れた俺たちと敵対する理由もないし、向こうもまた欲に任せて動かないようなので、俺たちが騒ぎを起こさなければ普通の冒険者として扱ってくれるだろう。

「とにかく普通にしていればいい」
「普通っていうけど、私たちの普通って他の人たちと違う気がするけどなぁ」
「今更でしょ? 要は自由に過ごしていればいいのよ」
「私はシリウス様の傍にいるのが普通ですので」

 そんな妻たちの呟きを聞きながら、改めて宿を探そうと歩き出そうとしたところで、突如ホクトがある方角を向いたまま立ち止まったのである。
 俺と姉弟は遅れてその理由に気付いたが、リースとフィアにカレンは理由がわからず首を傾げていた。

「どうしたの? ホクト、疲れたのかな?」
「ホクトがそう疲れるとは思えないから、何か敵が迫っているのかもしれないね」
「でも警戒はしていないから、少なくとも危険はないと思うけど……」

 周囲にどれだけ怪しそうな人がいても、精霊は敵意や殺気がなければ反応が鈍いからな。
 つまりその二人に気付かさせずに近づける人物は、知り合いか友好的な相手だというわけだ。まあ、少なくともフィアとカレンはわからないだろうが。

「この匂い……間違いないぜ」
「リース。とにかくあちらを見ればわかりますよ」

 エミリアに言われてリースが振り返れば、そこには全身を覆うローブを着た一人の女性がこちらへと近づいていた。
 ローブに付いたフードで顔を隠されていても女性だとわかるのは、ローブの上からでもはっきりと自己主張している胸からである。
 見た目は如何にも怪し気な人物であるが、俺たちが警戒する必要はないだろう。特にリースに関しては。

「……成長なされましたね」
「えっ?」

 そして目の前までやってきた女性がフードを外せば、リースは満面の笑みを浮かべて女性に抱き付いていた。

「セニア!」
「はい。お久しぶりでございます」

 何故なら俺たちの前に現れたのは、リースの姉であるリーフェル姫に仕える従者……セニアだったからだ。



 おまけ ホクトの親心


 その時……カレンに露出の多い娼婦の姿を見せまいと、ホクトとカレンの戦いが始まっていた。

「オン!」
「何で見せてくれないの!」

 目の前を遮っている尻尾を出し抜こうとカレンは必死に首を動かすが、幼い少女がホクトの反射神経と動きに勝てる筈もなかった。
 ムキになって体を動かしたりもしたが、ホクトの尻尾は素早く、カレンはどうしてもその先を見る事が出来ずにいた。

「むぅ!」
「オン!」
「カレンにはまだ早いので、ホクトさんが見ちゃ駄目だと言っているのですよ」
「いや、一つだけ方法があるぞ。ホクトさんに勝てばいいんだ」

 レウスのアドバイスを聞いたカレンはやる気を取り戻し、更に激しく動いたり、横へ大きく飛んだりもしたが、ホクトの鉄壁尻尾を崩す事は敵わなかった。
 そんな状況がしばらく続いたところで、カレンは何かに気付いて不敵な笑みを浮かべていた。

「そうだ! 避ける必要はないの!」

 ホクトの尻尾で日頃から遊んでいるカレンは、その尻尾の柔らかさを十分に知っていた。
 実際はホクトが力を調整しているのもあるが、とにかく尻尾へぶつかっても痛くはないと思い出したカレンは、全力でホクトの尻尾へ体当たりしていた。

「クゥーン……」

 ホクトの力ならばカレンの体当たりくらいで揺るぎはしないが、尻尾を堅くさせたままだとカレンを怪我させてしまいそうなので、ホクトは尻尾へ力を入れずにカレンを受け止めていた。
 こうして正面突破は成功し、尻尾を体ごと押しのけたカレンの視界を遮るものはー……。

「見えない! お父さん、何でそこに立っているの!」
「まだカレンには早いからな」

 カレンの戦いはセニアが現れるまで続くのだった。







 皆さん……お久しぶりです。
 長々と間を空けて申し訳ありませんでした。
 中々ここから先の展開が浮かばず、かなり手間取ってしまいました。
 そして書籍化作業だけでなく、何か色々と仕事や不幸が重なってこちらの作業が中々進められなくて……。
 ですが一番の敵は、最近の湿気と暑さですね。
 暑い場所と寒い場所を行き来する仕事場で、更に家でも暑いので大分グロッキー状態です。クーラーパワーがないと作業になりません。
 幸い熱中症にはなっておりませんが、皆様もお気をつけください。

 そして報告する事ですが、めでたく『ワールド・ティーチャー』6巻の発売日が近づいてきました。
 今回はページの都合により、40ページを越える書き下ろしに加え、本編の戦闘部分を少々書き直したりしましたので、WEBを読んでいても楽しめる内容ではないかと思います。
 興味があれば是非ご覧くださいませ。


 次回の更新は未定となります。
 何事もなければ、2週以内には……と思っております。
+注意+
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