貴方に喜んでほしいから
申し訳ないです、一日遅れました。
ゴラオンが有翼人の里で生まれたのは数十年前……俺が生まれるより遥か前だ。
彼は数が少ない竜族として生まれ、里を守る戦士になる為に他の竜たちに鍛えられながら成長していた。
しかし竜へと変身したゴラオンには翼が存在せず、彼は大地を走る事に特化した地竜として生まれてしまったのである。地竜が生まれるのは珍しくはないが、森と山々に囲まれたこの地ではやはり空を飛べる翼竜の方が重宝されるのだ。
それでも親や周囲は彼に惜しみない愛情を注いだので、ゴラオンはさしたる問題もなく育てられた。
しかし……ゴラオンは歪んでいた。
獲物として食べるわけでもないのに、適当な魔物を捕まえては爪で幾重にも切り裂いたり、体が返り血によって赤く染まっている光景がよく見られたのである。
その行動を見たアスラードとゼノドラは不審に思いながらも、ゴラオンは大きな問題を起こす事もなく成長し続けた。
それから数年後……ゴラオンの母親がメジアを産んだ事によって彼に弟が出来た。
兄という立場になったせいか、その頃になるとゴラオンの奇行は減り始めたので、アスラードたちは少しだけ警戒を緩めるようになった。
だが……その油断が不味かったのかもしれない。
アスラードがしばらく目を離した隙に……それは起こった。
『父さん。僕はね、もっと……もっと強くなりたいんだ』
竜族の体内には、膨大な力を秘めた結晶……通称『ドラゴンハート』と呼ばれるものが存在する。結晶によって竜族は力強く、そして驚異的な再生力を得ているのだ。
どの竜族でも体内に一つしか存在しない結晶を増やそうとしたゴラオンは……。
『だから力がほしいんだ。僕の中で一緒になって……あの糞爺を倒しちゃおうよ!』
父親を……同族を食らうという禁忌を犯したのである。
竜族としては未熟でも、実力だけは十分持っていたゴラオンに不意を突かれ、父親は成す術もなく殺され……食われてしまった。
「……酷い話ね。けど、そんな簡単に強さを得られるものかしら?」
「うむ、エルフのお嬢さんは鋭いな。どうだ、今夜は私と一緒にー……」
「爺さん、その話は後にしろ」
「仕方ないな。そう……お嬢さんの言う通り、同胞の結晶を取り込む行為は非常に危険なのだ」
過去に同じ事を仕出かした者がいたらしく、その竜族は血を吐き出しながらその場で絶命したそうだ。
どうやら他の竜族から結晶を取り込んだとしても、己の体に適合しなければ死んでしまうらしい。要するに輸血における血液型とか、人間同士で臓器を移植するようなものだろう。
ただ竜族の数が減る行為なので禁忌になるのも当然の話だった。
「私が駆け付けた時にはすでに遅く、父親の結晶はゴラオンに取り込まれた後だった。そして結晶を取り込んだ事によって苦しむゴラオンを見た私は……」
自業自得とはいえ、血を吐きながらのたうち回るゴラオンを憐れんだアスラードは、一思いにとブレスで吹き飛ばしたそうだ。
「私のブレスを受ければ、そこのゼノドラとて生き残る事は出来ないだろう。だが奴は生きていた……というわけか」
「しかし私から見てまだ未熟だったゴラオンが生き延びていたのも妙だ。奴は我々の知らない特殊能力を持っていたのだろうか?」
「そういえば私が出会ったゴラオンですが、腕を切っても即座に再生してしまう、異常とも言える再生能力を持っていました。これは私の想像ですが、ゴラオンはブレスによって身を焦がされながらも再生を続け、辛うじて生き延びたと思われます」
おそらくゴラオンは父親の結晶に適合し、その時点で驚異的な再生力を得たのだろう。適合出来たのは血を分けた実の親だったからという可能性が高い。
しかし適合は完全ではなかったと思われる。
ゴラオンは確かに強敵だったが、里にいる竜族と比べると劣っているような気がするからだ。
もしかすると異常な再生能力の代わりに、竜族としての力を一部失ったのかもしれない。ゴラオンの竜の姿は、ゼノドラや三竜と比べて明らかに体の大きさが違っていたしな。
そんな思いついた俺の考えを口にしてみれば、二人は納得するように頷いていた。
「なるほど、その可能性も十分あり得るか。だが私のブレスでも倒せなかったのに、お主はよく倒せたものだな」
「魔法で動きを封じ、結晶を同時に破壊する事によって倒したのですよ」
「おい、爺さんもシリウスもその辺にしておけ。すでにゴラオンはいないのだから、今はメジアにどう説明するか考えるべきだ」
「そうだぜ! 確かに家族が殺されたら復讐したくなるかもしれないけど、兄貴は俺たちを守る為に戦ったんだ。もし兄貴に喧嘩を売ってきたら、まず俺が相手になるからな!」
「レウスの言う通りだな。ところで彼……メジアさんは、兄であるゴラオンの事をどう思っていたのですか?」
「禁忌を犯し、父親を殺した罪人というのは理解している。少なくとも、いきなり復讐だと挑んで来る事はあるまい」
メジアが規律正しくあろうとするのは、禁忌を犯して裏切った兄の影響でもあるらしい。
そして話し合いの結果、警戒されている俺たちが言うと拗れそうなので、メジアには機会を見てアスラードが説明するという事に決まった。
「ねえ、酷い言い方かもしれないけど、死んだと思っているなら別に説明する必要はないんじゃない?」
「それも良いかもしれぬが、ゴラオンのせいで色々狂わされたあいつには知る権利があると思うのだ。というわけで、お主たちは黙っているようにな。ではそろそろ……」
「うむ、我々は帰るとしよう。すでに夜も遅いし、外の馬鹿共も家に帰してやらねば」
「さっきの続きだな。エルフのお嬢さんの名前は確かシェミフィアー……だったかな? 今宵は親睦を深めるという事で、今から私の家に招待しようと思っているのだが」
「誘ってもらえるのは嬉しいけど、断らせてもらうわ。私にはもう相手がいるからね」
「その男か。だが彼は人族だぞ?」
「ええ、理解した上で一緒にいるのよ。最後までしっかりと付き合うわ」
「ならば何も言うまい。百年後にでも再び誘わせてもらうとしよう。ならそこの綺麗な青髪のお嬢さんはー……」
「いい加減にしろ爺さん!」
その後、ゼノドラの手によって強引に外へ引きずり出され、竜たちは自分の家へと戻るのだった。
「おはようございます、シリウス様」
里を訪れて二日後。
三竜に運んでもらった俺たちの馬車内で寝ていた俺は、今朝もエミリアの声によって目覚めた。
一応自力で目覚める事は出来るが、もはや朝はエミリアの声が当たり前となっているので、これがないと起きた気がしないくらいである。
エミリアがいないと駄目な男にはならないように気をつけてはいるが、エミリア本人がそうなってほしいと思っているのが難しいところだ。
「おはよう、エミリア。皆はどうしてる?」
「リースとフィアさんはそろそろ起きると思いますが、レウスはすでに起きています」
カレンの家に横付けした馬車から出て、体を解しながら周囲を見渡してみれば、家の周辺を走るレウスと……。
「おはよう兄貴!」
「「「おはようございます!」」」
人間の姿になった三竜も一緒に走っていたのである。
思わず首を傾げていると、離れてその光景を眺めていたホクトが尻尾を振りながら俺に近づいてきた。
「オン!」
「えーと……あの三人は未熟な面が見られるそうなので、ホクトさんが鍛え直しているそうです」
「だから走らせているわけか。お前が指導係になるって事は、あの三人に見込みを感じたのか?」
ホクトにとって姉弟は後輩みたいなものなので訓練によく付き合っているが、ホクトが自ら選んで指導している姿は非常に珍しい。
なので擦り寄ってきたホクトの頭を撫でながら聞いてみれば……。
「クゥーン……」
「えーと、資質は悪くはないそうですが、シリウス様の部下になるにはまだ鍛え直す必要があるからだそうです」
「……勝手に部下や舎弟を増やそうとするのがここにもいたか」
エリュシオンの学校に通っていた頃に姉弟が似たような事をしていたな。
狼ってのは同じような事をする運命なのだろうか?
「オン!」
「他にも彼等に乗せてもらえれば、全員の移動速度が上がるからだそうです。もちろんシリウス様はホクトさんが乗せると……」
「お前も含めて、彼等を乗り物扱いするのは止めなさい。まあ、本人の意志を捻じ曲げない程度に済ませるんだぞ」
「オン!」
「了解だそうです。それと……エミリアの頭も撫でてやってほしいそうです」
最後のは己の願望だろうと思いながらエミリアの頭も撫でてやれば、ホクトも含めた大小二つの尻尾がブンブンと揺れる不思議な光景となっていた。
朝から突っ込みどころ満載であるが、三竜はホクトとレウスに任せる事にして、俺とエミリアはフレンダの様子を見ようとカレンの家へと入った。
ベッドに寝たままのフレンダはあれから一度も意識が戻っていないが、『スキャン』で異常は見当たらないのでそろそろ意識を取り戻す筈だ。
そう思いながらフレンダの診察を続けていると、デボラが部屋に入ってきたので互いに朝の挨拶を済ませる。
「本当にあんたたちは起きるのが早いね。それに比べて家の娘と孫ときたら……」
「私たちは昔から早起きしていますので、自然と目が覚めてしまうだけですよ」
「そういう事です。それとフレンダさんは順調に回復しているようですから、そろそろ目を覚ますと思いますよ」
「それは良かった。だけどね、あんたたちみたいに家の子たちも早起きしてもらいたいものだね。こんな時くらい寝坊しなくてもいいだろうに」
すでにデボラは冗談を言える程に落ち着きを取り戻しているようだ。
朝なのに全く起きる気配のないカレンに、治療が済んでも中々目覚めないフレンダ。
更にデボラの言葉から、カレンの寝起きの悪さはどうも母親から受け継いでいるようだ。
フレンダが大丈夫と判明したところで朝の訓練を始めたいところだが、この家に居候させてもらっている以上は家事を手伝うべきだろう。
そう思って朝食の手伝いを申し出たのだが、デボラは必要ないとばかりに笑っていた。
「こっちはいいからシリウスも外に行ってきな。朝の訓練は日課なんだろう?」
「ですが何もしないわけには……」
「そうですよ。それに私たちは沢山食べますから」
「大丈夫だって、沢山作るだけなら私一人で十分さ。それに里の皆からもらった食糧がまだ余っているからね」
そう、昨日は非常に目紛るしい一日だった。
朝一番でゼノドラと三竜がやって来たのはいいが、すでに俺たちの事は皆に伝わっているらしく、里に住む有翼人と竜族が頻繁に訪れてきたからだ。
アスラードの言葉通り俺たちを警戒する者はいたが、大半がカレンとフレンダを心配して確認しに来た者たちで、二人が無事だとわかるとお祝いも兼ねて食材等を置いていったのである。
ちなみにカレンの年齢に近い竜族や有翼人の子供も見られたが、俺たちを恐れているのか、あるいは親から何か言われているのか近づいてこなかったので、家の女性陣が少しだけ寂しそうにしていた。
「それじゃあ、あんたたちが持っている鍋をまた使わせてもらうよ」
そして俺たちの意見は聞かないとばかりにデボラは部屋を出て行ってしまった。
ここ数日で判明した事だが、彼女は非常に世話好きで、俺たちが増えて大変だというのに全く気にしていない人でもある。こうなったら無理に手伝っても逆に怒られそうだし、ここは素直に甘えるとしよう。
再び外に出れば、起きたリースとフィアが準備運動を行っていたのだが、レウスと三竜の様子がおかしい事に気付いた。
「ホクトさんと戦う時は常に背後を意識しろ! やられる時は一瞬だぞ!」
「わかってはいるが……駄目だ! 捉えられん!」
「ならば私が囮にー……ぐはっ!?」
「いくらホクト様だろうと、攻撃する時に隙がー……がふぁっ!?」
ホクトに追われるレウスと三竜が、次々と前足の一撃で地面に叩き付けられているからだ。
もちろんホクトは手加減しているようだが、さっきまで普通に走っていた筈なのに……何があった?
「ちなみに私たちが来た時には、すでに追いかけっこしていたわよ」
「レウスたちは逃げているだけだし、ホクトの攻撃を避ける訓練みたいだね」
「要するに鬼ごっこか」
つまりホクトの教育はすでに始まっており、遮蔽物のない場所で逃げ回る事によって反射神経や状況判断力を鍛えているわけだ。
おまけに鬼役のホクトは触れるのではなく、地面へ叩きつけてくるので緊張感が半端ではあるまい。
そして三人目の叫び声が響く中、俺たちも朝の訓練を始める事にした。
まずは軽く流すように走り出したのだが、気付けばレウスたちの相手をしていた筈のホクトが隣に並んでいた。
「ん、もう終わったのか?」
「オン!」
視線を横に向けてみれば、最後まで抵抗を続けていたレウスが地面に突っ伏していた。
どうやら俺と一緒に走りたいが為に、急いでレウスを沈めてきたらしい。
百狼であるホクトが俺たちの速度に合わせていたら訓練にならないだろうが、ホクトにとって俺と一緒に走る事は前世からの習慣でもあり、散歩みたいなものである。
なので嬉しそうに横を走るホクトと一緒にしばらく走ってから筋トレを済ませた頃、家の扉が開いてカレンがやってきたのである。
「ふぁ……ご飯……出来たって……」
「ああ、わかった。皆、戻る前に体の手入れを忘れないような」
「水分の補給も忘れないでください」
エミリアが全員に水を配っている中、俺は呼びに来てくれたカレンに礼を言おうとしたのだが、どこか様子がおかしい。
フラフラとしていて妙に危なっかしいので、顔を覗き込んでみれば……。
「……くぅ」
「ねえ……これ寝ているよね?」
「呆れを通り越して逆に凄いわね」
「オン!」
故郷に帰る事が出来て安心している証拠かもしれない。
ある意味大物なカレンを抱えて俺たちは家へと戻るのだった。
ちなみにレウスと三竜は途中で復活し、先程の反省会を行っていたので回収しておく。
前足の一撃は地面にめり込む程の威力であるが、ホクトとの訓練に慣れたレウスはともかく、三竜も平然としているのはさすがだな。
貰った食材を適当に放りこんで作られたごった煮のような料理だったが、地方特有の香辛料が合っていて実に美味い。
ハラペコ姉弟が次々とおかわりする中、デボラはゆっくりと食べているカレンを見ながら満足気に頷いていた。
「まさか蜂蜜を使えばカレンを簡単に起こせるなんてね。毎日起こすのが大変だったから、これで大分楽になるよ」
「もぐもぐ……くぅ」
「起きていない気がしますけど?」
「前は座ったまま食べずに寝ていたからマシな方だよ。ところで今日はどうするんだい?」
デボラが言いたい事は今日の予定だろう。
昨日は色々とあって里を見て回れなかったので、ゼノドラが来たら案内してもらうのもいいが、カレンとの約束も守らないとな。
「午前中はカレンに魔法を教えようと思います」
「そうかい、ならよろしく頼んだよ。カレンが無属性と聞いた時は悩んだものだけど、あの子が嬉しそうに魔法を使うのを見ていたらどうでも良くなったね」
「無属性は他の属性に劣っていないと証明してみせますよ。それにカレンは筋が良いので、俺も教え甲斐があります」
「兄貴より無属性に詳しい人はいないからな。頑張ればカレンも兄貴みたいに強くなれるぜ!」
レウスの言葉でハードルが上がっている気もするが、個人的には是非そうなってー……いや、むしろ俺を越えてほしいと思う。
どこぞの魔法を極めし者が口にしていたように、魔法とは無限の可能性を持つものだからな。そしてカレンには殺しに特化した俺とは違う道を見つけてもらいたいものである。
そんな俺が密かに期待を寄せるカレンだが……。
「……おかわりぃ」
妙に不安を覚える光景だが、カレンは朝が弱いだけだ。
この子の才能を伸ばしていけばきっと……。
「……くぅ」
大丈夫だ…………たぶん。
それから朝食を終えた俺たちは一旦別れ、エミリアとリースは家事手伝い、レウスは再び三竜と一緒にホクトとの訓練を再開していた。
そして俺とフィアは、カレンを連れて家の近くにある大きな木の根元へとやってきていた。
この頃になればカレンも目が覚めており、新しい魔法と聞いて目を輝かせながら翼を動かしていた。
「今から教えるのは『ストリング』だ。簡単に言えば魔力の糸を生み出す魔法だな」
「糸? それって凄いの?」
「見た目は地味だけど、使い方次第で色んな事に使える万能の魔法だぞ」
「貴方のお母さんや、私が怪我した時でも使った魔法よ。覚えておいて損はないわね」
そんな俺たちの言葉を聞いて何度も頷くカレンに、まずは俺の『ストリング』を見せる事にする。
生み出した魔力の糸を伸ばしてカレンに触れさせてみれば、不思議そうな表情を浮かべて引っ張っていた。
「……これを作るの?」
「そうだ。魔力がしっかり込められていないとすぐに千切れたり、糸の維持が出来なくなるぞ。とにかく挑戦してみるといい」
「うん」
魔力を圧縮させた糸を生み出すだけなので、魔力を放つ事が出来るカレンなら難しくない筈だ。
見本を触らせた御蔭なのかカレンはあっさりと『ストリング』を発動させたのだが、俺が軽く引っ張れば……。
「あれ? 千切れちゃった。お兄さんのと違う」
「『インパクト』と同じで魔力の集中が甘いんだ。それと頑丈にする事だけを考えていないか?」
一本の糸を丈夫にするとしても、それこそワイヤー並の強度がなければ千切れて当然だ。他にも前世のゴムみたいに伸縮性も必要な場合もある。
俺の場合は前世に存在した特殊合金ワイヤーを想像出来たから難しくはなかったが、見えない魔力の糸を再現するのはやはり容易ではないわけだ。
「……難しい」
「もう一度俺のを触って確認してみるといい。他にはそうだな……機転を利かせるのも必要だな」
「機転?」
「カレンにはちょっとわかりにくかったな。つまり一つの事だけに囚われないようにするんだ。例えば糸が一本だけとはー……」
「……こう?」
「あら、今度は丈夫ね。シリウスも触ってみなさいよ」
カレンが再び『ストリング』を発動させた魔力の糸に触れてみれば、三本の細い糸が一本になるようにより合わせた状態で生み出されていた。
まだ魔力の集中が甘くて強度が弱かったり、より合わせが粗かったりと欠点は多いが、先程のに比べたらかなり丈夫になっている。
てっきり糸を太くすると思っていたのだが、カレンは俺の助言もそこそこに、ほとんど自分の力だけでそれに気付いたのだ。
この子と出会ってから何度も驚かされているが、今回もまた驚かされたな。
「凄いじゃないかカレン。よくその点に気付いたな」
そう口にしながら褒めてやれば、カレンは嬉しそうに翼を羽ばたかせながらこちらを見上げてきたので、俺は無意識にカレンの頭を撫でていた。
「「あ……」」
……しまった、つい癖でエミリアたちと同じようにしてしまった。
何故ならカレンは奴隷にされた経験から、頭を撫でようとすると叩かれた記憶が蘇って嫌がるのである。実際家の女性陣が今まで何度も挑戦していたが、尽く失敗していたしな。
なのですぐに手を離そうとしたのだが、カレンは嫌がるどころか俺を見上げるだけだった。
「撫でるの……嫌じゃないのか?」
「……えとね、お兄さんたちならもう平気。だからもっと褒めてほしい!」
「そうか、なら遠慮なく行かせてもらうとしよう。よしよし、カレンは優秀な上にとても良い子だな」
「うん!」
「あ、ずるいわよ。私も撫でさせてちょうだい」
これも母であるフレンダを治療した御蔭だろうか。
カレンは口元を綻ばせながら、俺とフィアに撫でられるのを受け入れてくれるのだった。
しばらく褒めた後、そのまま次の魔法を教えようと思ったのだが、家で家事を手伝っていたエミリアが俺たちの下へやってきたのである。
「シリウス様。先程フレンダさんの意識が戻られました」
「わかった。すぐにー……」
「おかーさん!」
真っ先に反応したカレンが走り出したので、俺たちはホクトにやられたレウスを回収しながら家へと戻った。
そして部屋に入れば、ベッドに寝ていたフレンダが上半身を起こし、飛び込んできたカレンを抱き締めているところだった。
「おかーさん……」
「ああ……夢じゃないのね。あなたが無事で本当に良かったわ。あなたまでいなくなったら私は……」
「そんな不謹慎な事を言うものじゃないよ。それより彼等に言うべき事があるんじゃないかい?」
「母さん、もしかしてこの人たちが?」
「そうさ。あんただけじゃなく、カレンも救ってここまで連れてきてくれた恩人たちだよ」
ここへ来る間に、俺たちの事はデボラがある程度説明しているらしい。
起きたばかりでまだ辛そうだが、フレンダは俺たちに笑みを向けてから深々と頭を下げてきた。
「皆さんには色々とお世話になったみたいね。まずは娘を救っていただき、本当にありがとうございました。何かお礼をしたいのですが、今の私は碌に動けないので……」
「俺たちが好きでやった事ですから、その言葉だけで十分です」
「だね。むしろカレンちゃんと一緒にいられてとても楽しかったですよ」
「私もよ。可愛い妹が出来たみたいで嬉しかったわ」
「でもここまでしてもらいながら、言葉だけで済ませるなんて出来る筈がないわ。母さん、何かないかな?」
気にする必要はないと伝えても、フレンダの表情からしてそうもいかないようだ。それだけカレンの事が大切な証拠だな。
しばらくお礼となるようなものを考えていたフレンダだが、途中で何か閃いたのか手を叩いていた。
「そうだ! 私の羽とかどうかしら? 有翼人の羽は貴重だってあの人が言っていたから、欲しいなら幾らでも持って行ってー……」
「いきなりこの子は何を言っているんだい! それじゃああんたが飛べなくなっちまうだろう!」
「カレンが無事なら、飛べない事なんて些細な事よ」
「気持ちはわかるけど、翼は止めておきな。全く、あんたは相変わらずだね」
どうやらフレンダは勢いのまま走る人と言うか、大切な事になるとあまり後先を考えない人でもあるらしい。
まあそれくらいでもなければ、余所者である冒険者と結ばれる筈もないか。
「それだと寝覚めが悪いですし、貰うとしても一枚もあれば十分ですよ。とにかく落ち着きましょう」
問答をくり返す親子を宥め、とりあえずこの件は保留する事にした。
そして出来る事なら何でもすると言ってくれたが、俺はカレンを鍛える許可と、この家に泊めてもらえるだけで十分だ。
しかしお礼については何度も聞かれそうなので、後で何か考えておいた方が良さそうだ。
しばらく母親の感触を存分に堪能したカレンだが、突然思い出したかのように顔を上げてフレンダの袖を引っ張っていた。
「ねえおかーさん! カレンね、魔法が使えるようになったんだよ!」
「え!? 本当!?」
「うん、お兄さんに教えてもらって使えるようになったの。おかーさんに見せてあげるね!」
そして驚いているフレンダから離れたカレンは、周囲を見渡してから窓に顔を向け、そこから見える一本の木を指差したのである。
あの木は先程まで魔法を教えていた場所だが、俺はすぐさまカレンに近づき……。
「あれに魔法を当てるから、見ててね。よーし……」
「待ちなさい、カレン」
肩に触れて魔法を止めさせていた。
お披露目を中断させられて不満気な視線を向けてくるカレンだが、ここは教えた者として見過ごすわけにはいかない。
「窓に向かってとはいえ、室内で『インパクト』を使うのは駄目だぞ。もし何かあってお母さんに当たったらどうするんだ?」
「あ……」
「それと『インパクト』なら後で見せてあげられるし、ここで使っても大丈夫な魔法をさっき教えただろう?」
カレンはまだ魔法を教わって間もないし、少し興奮もしているので暴発する可能性も十分あり得るのだ。非常時を除き、小さな岩くらいなら砕ける魔法を室内で気軽に放つってのはあまりよろしくない。
なので諭すように言い聞かせてやれば、カレンは素直に頷いてフレンダの前に戻るのだった。
「お兄さんに駄目って言われたから、こっちの魔法を見せてあげるね」
「……ふふ、カレンの魔法なら何でも良いわよ。早くお母さんに見せてちょうだい」
何故かフレンダが妙に驚いていたような気がするが、カレンの魔法を心待ちにしている様子から機嫌が悪いわけじゃなさそうだ。
そんな俺の疑問を余所に、親子はカレンの生み出した『ストリング』で楽しそうに引っ張り合いを始めるのだった。
親子の微笑ましいやりとりはしばらく続き、ようやく落ち着いたところでカレンの適性属性について説明する事にした。
「……だからこの子は魔法が使えなかったのね。それに気付けないなんて母親失格だわ」
「気持ちはわかるけど、落ち込むのはその辺にしておきなさい。色々酷い目に遭ったけど、この子を見れば悪い事ばかりじゃなかったって思うだろう?」
「そう……ね。カレンがこんなにも成長したんだもの」
「ねえおかーさん。カレンの魔法はどうだった?」
「ええ、凄かったわよ。あなたが魔法を使えるようになってお母さんも嬉しいわ」
「うん! カレンね、もっともっとお兄さんから魔法を教わって強くなるから!」
「この子は確かに無属性ですが、強くなれる素質を十分秘めていると思っています。私はしばらくこの里に滞在する予定なので、これからもカレンに魔法を教えてもよろしいでしょうか?」
デボラには許可を得ているが、やはり母親であるフレンダから許可を貰っておかないとな。
俺が頭を下げながら聞けば、どこか遠い目をしているフレンダがカレンの頭を撫でながら答えた。
「シリウス君……だったよね? どうかこの子をお願いします。私では無属性の魔法を教えてあげられませんから」
「ありがとうございます。さて、これからもっと大変になるけど、頑張れるかカレン?」
「うん!」
「兄貴の弟子なら体も鍛えなきゃな。明日から俺と一緒に走るか?」
「従者教育はどうでしょうか? 教養が身に付きますよ」
「カレンは私たちの妹だけじゃなく、後輩にもなったわけね。困ったら何でも言いなさい」
「怪我したら私がー……うーん、何だか怪我するのが前提みたいで嫌だよね。ご、ご飯を美味しく食べられる方法なら詳しいよ!」
「ははは! これからも賑やかになりそうだねぇ」
「……そうね。カレンにとって良い事だわ」
今までは少し曖昧だったが、家族から許可を得られた事によってカレンは俺の本格的な弟子となったわけだ。
母親の慈愛に満ちた笑みに見守られながら、俺たちはカレンのこれからについて話し合うのだった。
その日からカレンの生活は大きく変わり始めた。
まずは早朝。
朝は誰かに起こされるまで起きないカレンだが、俺たちと一緒の時間に起きると言い出したのだ。
『カレンもお姉ちゃんたちみたいになるの。だから一緒に起きて訓練する!』
『その前向きな姿勢は嫌いじゃないぞ。けどカレンは起きられるのか?』
『…………起こして!』
甘いとは思うが、そのあまりの潔さに起こしてあげる事に決めた。何度も繰り返せばいずれ自然と起きられるようになるだろう。
こうして早朝の訓練にカレンが増えたわけだが、途中で力尽きてホクトの背に乗っている事が多い。
それだと訓練になっていない気もするが、体が慣れてくるまで我慢であり、まずは習慣づける事が大切だからだ。
そもそも有翼人は空を飛ぶ為に体重が軽く、体を鍛えるのに向いていない種族である。体力に優れた銀狼族の姉弟と違い、カレンの場合は必要最低限で十分だろう。
そして今日も朝の訓練を終え、朝食を終えてからカレンと魔法の訓練をしようと外に出たその時……上空から風を切り裂く音が響いてきたのである。
三竜はレウスと一緒だし、ゼノドラは昼に来ると言っていたので、ここへ来るとすれば別の竜だろう。
見上げればこちらに接近する竜の姿が見られるが、あれは……。
「シリウス様。あの赤い竜は……」
「メジア……だな」
そしてメジアは俺たちから少し離れた地点に着地し、人の姿になってから近づいてきたのである。
以前見られた警戒心は大分薄まっているようだが、その表情は読み辛く、どこか思い詰めているような気がした。
おそらく……アスラードから兄のゴラオンについて聞いたのだろう。
「突然押しかけて申しわけない。だがどうしてもお前には聞きたい事があるのだ。少しだけ時間をくれないか?」
「構いませんが、それはアスラード様から聞いた彼の事ですかね?」
「ああ。俺の兄であるゴラオンの事だ。本当にお前がー……その、倒したのか?」
カレンが近くにいるので、殺したとはっきりと口にしない点からメジアは冷静なようだ。
すぐに状況を理解したエミリアがカレンを遠ざけたところで、俺はその質問に頷いていた。
「……俺が倒しました。別人の可能性もありますが、本人がそう名乗っていましたし、変身した姿は赤い地竜でしたから間違いないかと」
「そう……か。まさかあの兄が人族にな……」
目を閉じてどこか苦笑しているように見えるが、やはり感情が読み辛い。
少なくとも怒りや憎しみを感じないので、俺は静かにメジアの返事を待ち続けた。
そしてゆっくりと目を開いたメジアは……。
「ならば一つ頼みがある。俺と…………戦ってくれないか?」
おまけその1 犬ゆえの過ち
「お兄さんの作れる『ストリング』ってどれくらい硬いの?」
「正確に調べた事はないけど、かなり丈夫だぞ。そうだな……カレンや俺くらいなら余裕で支えられるぞ」
というわけで俺は落ちていた木の板を持ってきて、近くにあった木の太い枝に二本の『ストリング』を引っ掛けて、即席のブランコを作ってみた。
魔力の糸はほぼ透明なので、木の板だけが浮いているという異様な光景でもある。
「これでよし。乗って飛んでも大丈夫だぞ」
「本当?」
「本当だって。なら試しに……ホクト!」
「オン!」
「「「「ぎゃああぁぁぁ――っ!」」」」
俺の呼びかけにより、一息でレウスと三竜を沈めてきたホクトがやってきた。
そしてホクトは木の板に前足を乗せ、負荷をかけていった。
「ホクトの力は知っているだろう? そのホクトがこうしても平気だから、カレンもー……」
「オン!?」
その時……鈍い音を立てて『ストリング』を引っ掛けていた枝の方が折れていた。
どうやらホクトは張り切り過ぎたらしい。
「……クゥーン」
とりあえず……ホクトは寝転がって腹を見せていた。
おまけその2 ホクトと鬼ごっこ
・初心者レベル(遊び)
「オン!」
「ほらほら、こっちだよホクト」
「あら、私を捕まえないのかしら?」
「きゃー! ホクトさんが来るよ」
・上級者レベル(地獄の訓練)
「ガルルル……」
「逃げろ! ホクトさんが来るぞ!」
「隠れても無駄だ! 背後に回り込んでー……ごふっ!」
「た、助けー……ぎゃふっ!?」
「あああぁぁぁ――っ!?」
・達人レベル(ご主人様との触れ合い)
「オン! オン!」 ← 残像によって姿が六つに見えている
「ふっ! はっ! やるなホクト!」 ← 魔力の残像を無数に作っている
「「「……速過ぎてよくわからない」」」
グルメスト・ホクト
・メリフェスト大陸
全体的に魔力の質は大きく変わらず、どこでも安定した味を楽しめますが、一部の森では上質な魔力を味わえます。
特にご主人様と再会した森の魔力は今まで巡ってきた中で上位を争うスポット。
食事に大きな変化を求めない貴方はこの大陸がピッタリでしょう。
・アドロード大陸
森が多いので、様々な自然の味を楽しめる魔力で溢れています。
ですが癖が強い魔力も多く、場所によっては合わない魔力もあるでしょう。
そして……おそらく世界で最高ランクの魔力を味わえるという、巨大な木がそびえる隠れスポットがありますが、下手に近づけば命の保証が出来ないので注意が必要です。
行くならば覚悟を決めましょう。
・ヒュプノ大陸
高低差の激しい山々が多く、場所によって魔力の質が劇的に変わる大陸となっています。
濃いのも薄いのも幅広く網羅しているので、どちらも楽しみたいと思う方にお勧めです。
環境の差が激しい分だけ、生息する魔物が鬱陶しいのが欠点です。
とまあ、大陸によって魔力の質は様々ですが、一番はご主人様が生み出した魔力の塊です。
何重にも圧縮された魔力の塊は、一度口に入れれば口の中で次々と魔力が解れていき、味が七色のように変化して食べる人を楽しませます。
まさに魔力の宝石箱!
何よりご主人様の思いやりが最高のスパイスとなり、食す度にホクト君を天国へと誘ってくれます。
あまり作ってくれないのが玉に傷ですが、自然の味に近いご主人様の魔力……貴方も是非味わってみてはいかが?
※※※※※
「オン!」
「……だってさ、兄貴」
「……お前が俺の魔力を食べたいって事だけは理解出来たよ」
前回で二週間以内とか言いながら、更新が遅れて申し訳ありません。
フレンダの性格とかで何度も書き直す場面が多く、異様に手間取ってしまいました。
いつもの感じ……出てますかね?
そしてちょっと展開がのんびりとしているような気もしますが、まだまだ有翼人編は続きます。
次回の更新も二週間以内で……。