因果応報
――― アシット ―――
生意気な連中に遭遇したその日の夜、俺は宿の室内で酒を飲みながら悪態をついていた。
「ったくよ、何でこうも上手く行かねえんだか……」
こうして町で一番高級な宿に泊まり、一仕事終えた後で飲む酒が堪らねえってのに、さっきから苛立ちが全く収まらねえ。
本来なら目的である有翼人を確保出来ていた上に、前金もかなり余っていた筈だからな。
数ヶ月前……俺のお得意様である、オベリスクの領主から有翼人が欲しいと言われた。
ポンと渡された潤沢過ぎる前金と莫大な報酬に惹かれて依頼を受けたが、現地に来て調べてみれば有翼人ってのは想像以上に厄介な種族ってのが判明した。
てっきり数が少ないからと思っていたが、まさか竜が住む山奥に住んでいるとはな。あの野郎が大金を惜しみなく出すわけだ。
何か成果を残さねえとあの野郎が煩いだろうし、最悪俺たちは死んだ事にして逃げる手も考えたが……やはり報酬は捨て難い。
そこで俺は現地に詳しい冒険者を雇う事にした。
冒険者に竜の巣へ案内してもらい、俺の護衛が竜の目を掻い潜って有翼人を攫ってくる作戦で行く事にした。
そして条件に合った冒険者を見つけて目的地へ向かう途中……俺たちは偶然にも有翼人を確保する事が出来たのだ。
上流から流されてきたのだろう、休憩の為に立ち寄った川で有翼人の餓鬼が流れ着いているのを見つけ、調べたところまだ息があった。
翼の形がおかしい出来損ないの有翼人だが、この餓鬼が有翼人なのは間違いない。後は死なない程度に餓鬼へ食事を与えながらオベリスクへ戻るだけだ。
俺は大した苦労もせず、大金を得られる喜びに打ち震えていたのだが……。
「糞……何度思い出しても腹が立つ。全てあの屑共が悪いんだ!」
あの屑共を雇ったのは、案内役ではなく竜に挑ませて囮にする為だった。
だからこそ口先で丸め込みやすい冒険者を雇ったのだが、俺が目を離している隙にあの屑共は魔花蜂の巣を見つけて勝手に手を出しやがった。
御蔭で俺たちは魔物の群れに追われる羽目になったが、一番許せないのはあの出来損ないを囮にしようと勝手に馬車から放り出した事だ。
あのまま走り続けていれば魔物から十分逃げ切れた筈なのに、臆病風に吹かれやがって。
「全くだ。あんな腕と度胸でよく今までやってきたもんだぜ」
「おう、運が良かっただけ」
そんな俺の愚痴を聞いていた二人の男……マッドとドラが同意するように頷いていた。
この二人は上級冒険者でありながら、俺の護衛をしている兄弟だ。利害の一致もあるが、何だかんだで気が合うせいか結構長い付き合いでもある。
「まあ、その運もここまでだったようだがな」
「俺たちに目を付けられた時点で終わりよ」
「むかついていたから、スッキリした」
そしてあの屑共だが、先程兄弟の手によって始末された。
苛々させられた点もだが、俺はあんな屑共に一石貨も払いたくなかったので、金の回収も兼ねて始末させたのである。
むしろ道中の食費も返してもらいたいものだが、残念ながら俺の報酬以外に金は持っていなかったそうだ。死んでも腹が立つ屑共だ。
「ところで弟よ。お前に任せた奴だが、きちんと止めは刺してきただろうな?」
「あ……」
「あ……じゃねえよ! 最後は頭を潰して来いって前にも言っただろうが!」
「い、色々握り潰したから、今頃血がなくなって死んでいるよ」
「ったくよ。肉を潰すのに夢中になり過ぎるなって、何遍言えばわかるんだお前は」
「まあ屑共の事はもう放っておけ。問題はあの連中だ」
結果的にあの出来損ないが生きていたのは良かったが、あれを拾った連中……特にあの生意気な小僧は厄介だ。
金に全く興味を見せないし、オベリスクの名を出して脅してみても屈するどころか逆に俺を脅してくる始末だ。
更に俺たちが逃げ出す魔物の群れを押し付けた筈なのに、あの連中に被害が全く見られなかったからな。つまりそれ相応の実力を持っている証拠なので強引に奪う事は難しい。
正面からは無理だと判断した俺は適当な理由を付けて離れ、金に困った冒険者たちとこの町で活動している裏の連中に、出来損ないの回収と小僧の始末を依頼していた。
御蔭で貰った前金が全て無くなっちまうが、あの連中に交じっていたエルフと銀狼族をオベリスクに売れば十分な稼ぎになるから問題はない。
「たった五人だが、念には念を入れて相当な人数を送ったからな。正面で冒険者共と戦っている間に、背後から裏の連中が仕留めているだろうさ。今夜中には片が付くー……」
「お、噂をすれば来たようだぜ?」
「すぐそこだ」
俺より気配の鋭い兄弟が視線を横に向けると、扉からノックが聞こえてきた。
料理や酒の追加注文はしていないし、そうなると……。
「誰だ?」
「……俺だ。依頼完了の報告だ」
「おお、待っていたぞ!」
一応兄弟が警戒しながら扉を開ければ、フードを深く被った男が大きな袋を抱えて立っていた。
顔はよく見えないが、僅かに覗かせる顔の傷と裏で生きてきた鋭い視線は俺が交渉した男で間違いないようだ。
「首尾はどうだ?」
「この中だ。今は薬で眠らせてある」
そして部屋に入ってきた男が持っていた袋を床に下ろせば、その衝撃で袋の口から翼の一部らしきものが飛び出て来た。
俺は笑みを浮かべながら報酬を取り出そうとしたが、目の前の男が誰も連れていない事に気付く。
「おい、残りの女はどうした?」
「エルフと銀狼族なら、外に待機している部下へ預けている。そっちは金を受け取ってからだ」
「……いいだろう。ところであの生意気な小僧は確かに始末したんだろうな?」
「こいつに見覚えあるだろう? 奴から回収してきた物だ」
そう言いながら取り出した物は、あの小僧に詫び料として渡した金貨入りの袋だ。
見た目はどこにでもある袋だが、俺が渋々と用意したものだからよく覚えている。
「いいだろう。ほら、こいつが報酬だ。ちゃんと渡すだけ俺は良心的だってわかるだろ?」
「どうだかな。とにかく約束通り仕事はこなしたんだ。余計な事を言うんじゃねえぞ?」
報酬は金貨が百枚以上だが、実はあの出来損ないとエルフを奴隷として売った方が金になるので男は苦い表情で受け取っていた。
だからこの依頼を持ちかけた時はこちらが損だと渋っていたが、オベリスクの名を出せば仕方がなさそうに依頼を受けた。さすがに大国を敵に回す危険性を考えて飲みこんだようだな。
そう……普通ならこうだってのに、あの小僧がおかしいんだ。
まあ今更どうでもいい事か。情に流された馬鹿なのかは知らないが、すでに始末されているんだからな。
「物を確保出来れば告げ口する必要はねえから安心しろ。それじゃあ連れて来てくれ」
「……少し待ってろ」
そして男が部屋から出て行った後、まず俺たちは酒を注いだコップを手に乾杯していた。
「途中からどうなるかと思ったが、エルフも手に入ったから良しとするか。これでしばらく贅沢出来るぞ」
「なあ、エルフは予定には無かったんだろ? 持っていく間にやっちまって問題ないよな?」
「エルフは初めてだ」
「ああ、あの野郎は初物より種族の方が重要だからな。もちろん俺も味わうつもりだが、お前等は壊さないように気を付けろよ? 前の町で娼婦を壊しちまったのを俺は知っているからな」
「あれは生意気だったから教育し過ぎただけだ。今回は丁寧に扱うから安心しろって」
「安心しろ」
くだらない事ばかりで随分と鬱憤が溜まったが、こういう時は女を抱いて発散するのが一番だ。
それに今日の相手はあのエルフだし、娼婦を呼ぶのを我慢した甲斐はあったぜ。
確か隷属の首輪はちょうど三つ残っていた筈だ。来たらすぐに嵌めてやろうと荷物を漁っていると、さっきまで興奮していた兄弟が急に真剣な様子で部屋を見渡し始めていた。
その行動に首を傾げていると、男が出て行った部屋の扉が開けっぱなしなのに気づいた。
「あの野郎、開けたなら閉めて行けってんだ」
「動くな!」
マッドは斥候として盗賊の技術を身に付けているので気配が非常に鋭い。そんなマッドが警戒するどころかナイフを抜いているのだから只事ではあるまい。
兄弟に遅れて俺も警戒していると、突然マッドが部屋の隅に向かってナイフを投げたかと思えば、そこから何かが飛び出してきたのである。
「話は全て聞かせてもらったよ」
現れたのは……出来損ないを拾ったあの小僧だった。
小僧は仕留めたと言っていた筈なのに、生きてー……いや、まさかあの男が騙したのか?
俺がそう考えている間に小僧が迫ってきたが、目の前の状況は大きく動いていた。
「偉そうな事を言いやがって。俺のナイフを見切ってからー……ぐっ!?」
「兄者ー……へぶっ!」
……何が起こっている?
最初は明らかにマッドが優勢だったのに、気付けば上級冒険者としての実力を持つマッドが倒されていたからだ。
そして一歩遅れて小僧へ殴りかかったドラも、流れるような独特な動きで数発殴られて床に崩れ落ちていた。
「な、何故ここに!? お前は始末された筈では……」
一人残された俺がそう問えば、小僧はゆっくりとこちらへ振り返った。
その視線は昼間の様子と明らかに違い、先程の男以上に鋭い目だ。
手を伸ばしても届かない距離だというのに、まるで首元へナイフを突きつけられているような感覚の中で小僧は……。
「何か言いたい事があるなら……聞こうか」
この場に全く相応しくない、優しい笑みを浮かべていた。
――― シリウス ―――
こちらを狙っている集団が迫る中、俺は宿の周辺に生える茂みに身を隠しながら姉弟の様子を確認していた。
広範囲の『サーチ』による結果、こちらに迫っている怪しい反応の数は三十程で、その内の十人が幾つかに別れて違う方向から宿に迫っているようである。
そして残った二十人は堂々と道を歩きながら迫り、宿の入口から少し離れた場所に立っているレウスと遭遇したようだ。
「何だお前は? 俺たちはそこの宿に用があるから、さっさとどけよ」
「二十人か……結構いるな」
レウスの担当は正面から迫る敵の迎撃である。
そんなレウスの前にやってきた連中だが、おそらくアシットに金で雇われたならず者たちだろう。多種多様な身形から冒険者も多く交じっているようだ。
アシットは俺たちの実力を多少は把握している筈なので、人数を揃えれば勝てる……とは思っていない筈だ。
つまりあの連中は囮で、本命は別方向から迫っている存在だろう。アシットの目的はカレンであり、別に俺たちを倒す必要はないのだろうし。
「ちょっと待て。あの耳……奴から聞いた銀狼族だ。あれが目標の奴か?」
「いや、傷つけるなってのは女の方で、男は始末しろって話だった筈だ」
「なら囲んで一気にやっちまうか」
「なあ、お前たちはここに何の用があって来たのか教えてくれねえか?」
レウスから静かに問い詰められた冒険者たちの返事は武器を向けてくる事だった。
その様子にレウスは溜息を吐きつつ、背負っていた大剣を抜いて剛破一刀流の構えを取りながらもう一度語りかける。
「先に言っておくけど、このまま帰るなら俺は追わないぜ。けど、攻めてくるなら容赦しないからな」
「この人数を相手に随分と強気な奴だ。まさかお前、俺たちがお行儀よく順番にかかってくると思っているのか?」
「普段なら別だが、こいつは依頼だからな。さっさと終わらせてもらうぜ」
「冒険者ってのはこういう事がよくあるものだ。恨むなら、あの男に目を付けられた自分を恨め」
「どう見ても盗賊にしか見えないお前等が冒険者を語るって変じゃねえか?」
「減らず口をー……うっ!?」
レウスの鋭い指摘に一人の男が前へ飛び出そうとするが、その足は止めざるを得なかった。
何故ならレウスが誰よりも早く踏み込み、振り下ろした大剣の切っ先が男の目の前にあったからだ。
その動きに全くついていけなかった冒険者たちが呆然とする中、レウスは周囲を睨みながら再び大剣を上段に構えた。
「これが最後の忠告だ。さすがにこんなにもいると手加減が難しいから、死んでも知らねえぞ?」
「ふざけた事を抜かしてんじゃー……ぐほっ!」
「同時にかかればー……がはっ!?」
正気を取り戻した冒険者たちが迫るが、レウスの手首がぶれると同時に冒険者は次々と吹っ飛ばされ、近くの藪や夜の闇へと消えていく。まるで近づけば自動的に弾かれる壁があるように見える。
あれはその場から動かない代わりに気配を鋭くさせ、己の武器が届く範囲に自分だけの制空権を作る特殊な技だ。
「な、何で近づけねえんだ!?」
「ナイフだ! 投げて遠距離から攻めろ!」
「遅い!」
もちろん飛び道具にも対応し、周囲から同時に放たれるナイフも大剣と手甲で全て叩き落としていく。
使い時が限定されるし、最近教えた技なのでまだ練習中だが、相手の実力がこの程度であれば十分のようだ。
「き、効かねえぞ。どうなっていやがる!」
「……どうする?」
「逃げても追わねえって……こいつ言っていたよな?」
さすがに十人近くやられれば実力差を理解したのだろう。冒険者たちは激しい動揺を見せ始めていた。
逃げるかどうかで悩んでいるようだが、考えている暇があったらさっさと逃げるべきだ。もしレウスが手加減していなければ、体が真っ二つにされて周囲が真っ赤に染まっていたのだから。
それでもまだ諦めていない者が果敢にも飛び出すが……結果は同じだ。
そして人が出すとは思えない呻き声を上げながら崩れ落ちたその時……。
「ふっ!」
突然レウスが誰もいない空間に大剣を振るったかと思えば、甲高い音と共に黒いナイフが地面に落ちたのである。
闇に紛れるように黒く塗られたそれは、裏の存在が暗殺等によく用いるナイフだ。
こういうものは基本的に毒が塗られているので、いざとなれば『マグナム』で撃ち落とそうと構えていたが必要なかったようだ。
実は冒険者たちが攻めていた合間に何度も黒いナイフは放たれていたが、レウスは見事に斬り払っていたからな。
「さっきからせこい攻撃ばかりだな。隠れてないで出て来いよ」
そしてナイフを放っていたのは、建物の陰に隠れている裏の者たちだ。
数は二人で、隙を窺ってナイフを放っていたようだが、やはりレウスは気付いていたようだ。
それにしても、他の攻撃に便乗するとはいえ三度も攻撃した時点で無理だと気付いて一度引くべきだと思う。
あの判断力の鈍さからして、二人は俺が探していた奴じゃなさそうだ。
冒険者たちも戦意を失いつつあるし、ここはレウス一人で問題はあるまい。
まるで守護神の如く立つレウスを頼もしく思いながら、俺はその場を後にした。
レウスが戦いを繰り広げている頃、建物を挟んだその反対側では布で顔を隠した二人の男が裏口へと静かに接近していた。
町では酔っ払いや素行の悪い者が騒ぐのは珍しくないので、外が多少煩くても他の宿泊客は気にせず寝ている場合が多い。つまりあの二人はその騒ぎに乗じてカレンがいる部屋へ侵入しようとしているのだろう。
そして裏口の扉に手を伸ばしたその時、背後から風の音と気配を感じた二人は同時にナイフを抜きながら振り返っていた。
「このような時間に何用でしょうか?」
そこに立っていたのは、屋根の上から飛び降りてきたエミリアだった。
エミリアの優雅なお辞儀を向けられた男たちは一瞬困惑していたが、すぐに気持ちを切り替えてエミリアを警戒し始める。
よく見れば片方の男がロープを取り出しているので、目撃者を始末するというよりエミリアを捕まえるつもりのようだ。エルフや有翼人程ではないが銀狼族であるエミリアも希少な種族なので、連中の目的はカレンだけじゃなそうだな。
「……お前は捕獲しろと上から言われている」
「だが無傷とは聞いていない。大人しくしていれば痛い目を見ずに済むぞ?」
「ご忠告ありがとうございます。ですが私には身も心も捧げている主がいますので、貴方たちに捕まるわけにはいきません」
「仕方あるまい。手早く済ませるとしよう」
「ところでよろしいのでしょうか? お二人の背後が疎かになっていますよ」
「何をー……うおっ!?」
その瞬間、エミリアが仕込んでいた『風衝撃』が男たちの背後で破裂し、激しい風の衝撃によって男たちは背中から吹っ飛ばされていた。
凄まじい勢いで飛んでくる男たちを冷静に避けたエミリアだが、気付けばその手にはロープが握られていた。どうやら今のすれ違いさまに男から掠め取ったらしい。
そのまま間髪入れず駆け出したエミリアは、まだ体勢を立て直していない二人の間を素早く往復し……。
「これもまた従者としての嗜みでございます」
足と腕を見事に縛り上げて二人の動きを完全に封じていた。
その手際の良さに思わず唸ってしまったが、ロープワークの何が従者としての嗜みなのか後で問い詰めなければなるまい。
「最後は……と。シリウス様。こちらは終わりました」
「……お疲れさん」
俺の存在に気付いていたエミリアは、魔法で二人を気絶させてからこちらへゆっくりと歩み寄って来た。
まだ敵は残っているので真剣な表情であるが、褒めてくださいとばかりに尻尾がパタパタと揺れているので頭を撫でてやる事にする。非常時なのは理解しているが、エミリアが尻尾を振っているとどうも撫でてしまうのだ。
「うふふ……それではシリウス様。私は警戒に戻りますね」
「頼んだぞ。後はホクトだが……」
「……クゥーン」
そして正気に戻ったエミリアが屋根の上へ戻ると同時に、馬車の近くで待機していたホクトが姿を現した。
実はホクトには反応が三つ迫っていたのだが、現在その反応は気絶した状態でホクトに咥えられていた。揃って四肢が垂れ下がり、纏めて襟を咥えられた状態で運ばれている光景は実にシュールだ。
「オン!」
「ホクトもお疲れさん。ふむ……こいつ等も違うようだな」
放り捨てられるように地面に下ろされた三人は、先程エミリアが縛った男たちと同じ連中のようだ。
そのままホクトの頭を撫でてから身体検査をしてみたが、やはりこの三人も俺が探している奴とは違うみたいである。
「それじゃあ、こいつ等を一箇所に纏めておいてくれ」
「オン!」
そうなると少し離れた場所で隠れているのが本命のようだ。
連中がやってきてから時間が経っているので、いつ動き始めてもおかしくないので急いだ方が良さそうだな。
俺はホクトに追加の指示を与えてから、再び闇夜に姿を隠すのだった。
「……きたか?」
「いえ。依然として何も……」
姿を隠しながら大きく迂回するように移動した俺は、目標である三人の背中を視界に捉えていた。
その視線の先にはうちの女性陣とカレンが借りている部屋の窓が見え、今頃部屋の中ではリースとフィアに見守られながらカレンが安らかな寝息を立てているだろう。
少し距離が離れた木々に隠れて行われている会話に耳を澄ませたところ、他の地点に向かわせた仲間から連絡が来ないので不審に思い始めているようだ。
「……妙だな。一旦退くべきか?」
「ですが正面の騒ぎ声から陽動は成功していますし、俺たちが一気に攻めれば……」
「いや……やはり連絡がないのが気になる。誰か裏口を確認してこい」
「俺が行ってきます」
どうやらあの周囲へ指示を飛ばしている男が俺の探していた連中のリーダー格で間違いなさそうだ。
奴を捕まえれば情報を得られるので、ここで一気に決めさせてもらうとしよう。タイミング良く偵察で一人抜けたところだしな。
一番近い男へ狙いを定め、背後からゆっくりと忍び寄った俺は……。
「……なー……ぐはっ!?」
「どうしー……っ!?」
「動くな」
口を塞ぎながら背中から地面に叩きつけて意識を奪い、その物音に振り返ったリーダー格の首元へミスリルナイフを突きつけていた。
リーダー格も物音と同時にナイフを握ってはいたが、やはり奇襲した俺の方が速かったようだ。
「……見事な腕だ」
「そいつはどうも。ところで念の為に聞くが、あんたたちの狙いはあの有翼人の少女か?」
「言っておくが、俺を押さえたくらいで良い気にならない事だ。周囲にはまだ俺の部下が潜んでいるんだぞ?」
「残念だが、こちらはお前の仲間は全員把握しているし、すでにほとんど無力化させている。あんたたちの負けだよ」
さっき離れた奴もエミリアかホクトが捕えているだろうし、レウスの方もそろそろ片付くだろう。
俺が仲間の数と向かわせた位置を詳しく教えてやれば、リーダー格はナイフから手を離して降参するように両手を上げていた。
「はぁ……次から次へと厄介な連中ばかり。一体どうなっていやがる」
「文句を言いたくなるのはわからなくもないが、俺の質問に答えてくれないか」
「……ああ、その通りだ。アシットと名乗る商人にお前たちが連れている有翼人を攫ってくるよう依頼をされた。そして男は始末し、女は攫って来いともな」
そのまま幾つか質問を繰り返したところ、彼は元々この依頼を受ける気がなかったらしい。
報酬で金は得られても、明らかに強そうな従魔……ホクトを俺たちが連れていたのを事前に知っていたからだ。まあホクトはとにかく目立つし、例え獣人でなくとも敵に回すのは不味いと思うだろう。
だが、アシットからオベリスクの名を出されては断るわけにもいかず、渋々と依頼を受けたそうだ。
「オベリスクの領主は珍しい種族を集めている……という噂を俺は聞いた事がある。手に入れる為には卑劣な手段を平然と使うともな。あの国に目を付けられる事は避けたい。それなら、まだ依頼を達成した方が楽に済むと思っていた」
「この町であの男を消そうとは思わなかったのか?」
「もちろんそれは考えた。だが、あいつが連れている護衛は腕利きで有名な奴でな、俺たちの戦力では連中を逃さず始末するのが難しいのだ」
迷っていると、アシットが冒険者たちを雇って陽動に使わせると提案し、更にまだ若手な俺たちなら隙があるだろうと思ったらしい。
一番手強そうなホクトだが、別に戦わなくても従魔ならば餌付けなりして足止めすればいいと判断したらしい。ホクトの下へ何人か向かっていたのはそういうわけか。百狼の生態は碌に知られていないので、ホクトは食べ物に興味が無いと知ったらどんな顔をするだろうな。
「そう思ってここへ来てみれば、一方的にやられてこのざまだ。全く……どっちを選んでも終わりしかないなんて酷い話だ」
情報を得る為に生かされていると思っているのか、リーダー格は完全に諦めたかのような表情をしていた。
まあ俺とアシットのどちらを選ぼうが終焉しか見えないので、ある意味可哀想な連中でもある。
「お前の部下たちには、俺たちの事をどれだけ話している?」
「……女子供を攫う依頼としか説明していない。なあ、お前は子供を助けるようなお人好しなんだろ? 俺の命はくれてやってもいいから、部下の命だけは助けてやってくれないか?」
「あんたはそれでいいのか?」
「組織である以上、誰かが責任を取らないと駄目だからな。もしお前が許してくれるなら、ここで殺されるより奴等と刺し違えて死ぬ方を選びたいと思っている」
「それであんたが逃げたり、死ぬ事によって部下から逆恨みされても困るんだがな」
「俺の部下には、復讐なんかで組織を危険に晒すような馬鹿はいない。時間をくれれば言い聞かせもするし、文句を言う奴がいれば俺の手で始末しよう」
組織の為に身を捧げている男か。
初対面であるが、こういう責任感の強い男は少なくともアシットよりは信頼出来そうだな。
「一つ提案があるんだが、話だけでも聞いてみないか?」
「何だと?」
「俺たちに協力してくれれば、アシットたちを完全に始末出来るどころか、あんたたちにも金が入る筈だ。その代わり、俺たちやオベリスクについては黙っていてもらう」
「……いいだろう、俺も国の厄介事には関わりたくないからな。お前たちの事は他言しないと約束しよう。どちらにしろ、負けた俺たちに選ぶ権利はない」
俺はリーダー格と一時的な協力関係を結ぶ事にした。
そのまま捕えた部下たちの処遇について話し合い、今回の件が終わるまでは俺たちが人質として預かっている事になった。
本来なら殺されてもおかしくないし、何より俺とこの男は利害の一致による仕事上の関係なので、完全に信頼するのは少し違うからな。
「今夜中には終わらせるとしよう。早速動くぞ」
「わかった。それにしても、殺しに来た相手を信用するどころか取り込むとはな。普通なら頭がおかしいとしか思えん」
「まあ、自分がまともな男じゃないのは理解しているよ。それに難しく考える必要もないだろう。お互いに奴から迷惑をかけられているから、一緒に仕返しへ行くだけの話だ」
最初は一人で行くつもりだったからな。
だがこの男がいるとこちらの利点もあるし、その責任感を見た上で協力して損はないと俺は判断したわけだ。
「俺たちに嘘をつくどころか、刺客まで送ってきたんだ。国という盾で忘れた捕食者に狙われる立場ってのを思い出させてやろうじゃないか」
「……あんたとは二度と戦いたくねえな」
元は自分が拾ったと思われるカレンを狙うのならわからなくもないが、全く関係のないフィアやエミリアが狙われて俺は少し怒っていた。
その怒気にリーダー格が若干引いているが些細な問題だろう。
では……終わらせに行くとしよう。
姉弟とホクトを宿に残し、俺はリーダー格の案内でアシットが泊まっている宿にやってきた。
この町で一番大きい宿らしいが、連中は俺たちがアービトレイで泊まった宿のような敷地内にある別宅を借りているそうだ。
「あの建物は娼婦や女と気にせず遊べるように建てられたもので、多少の騒ぎがあっても気に留めないのが暗黙のルールになっている。それこそ、無理矢理攫ってきた女の叫び声が漏れたとしてもだ」
「趣向ってのは人によって様々だから、こういう部屋も必要ってわけか……」
アシットが何を考えてあの部屋を借りたのか安易に想像がつくな。
「逆に考えれば、騒ぎになるような事をしても見られる心配も少ないわけか」
「そういう事だ。では報告に行ってくるとしよう」
「ああ、後は打ち合わせ通りに頼む」
そしてリーダー格が正面から建物に入ると同時に俺は別ルートから潜入し、連中がいる隣の部屋までやってきていた。
事前に聞いた情報によると、護衛である兄弟は上級冒険者でかなりの実力者らしい。
しかし全員酒が入っている上に、アシットが苛立たし気にテーブルや床を叩いて物音を立ててくれるので、俺は特に気付かれる事もなく潜入出来た。
壁の隙間から会話を盗み聞きしつつ兄弟を確認すれば、背が低く酒を飲みながら上機嫌に笑っている男が兄のマッドで、体格が大きく一心不乱に食事を続けているのが弟のドラのようだ。
それから手筈通り、リーダー格は俺が渡した物を使って依頼は成功したと報告し、報酬金を貰ってからその場を後にする。
そして翼が見える袋を見て勝利を確信し、完全に気が緩んでいる隙に俺は連中の部屋内に潜入していた。
「途中からどうなるかと思ったが、エルフも手に入ったから良しとするか。これでしばらく贅沢出来るぞ」
「なあ、エルフは予定には無かったんだろ? 持っていく間にやっちまって問題ないよな?」
「エルフは初めてだ」
……やはりアシットは約束を守るつもりはないようだ。
もしカレンを渡さずに町から逃がしてしまえば、連中は確実にオベリスクへ報告して俺たちの脅威となるだろう。
俺の大切なフィアも狙っているようだし、ここで確実に仕留めないとな。
「あの野郎、開けたなら閉めて行けー……」
「動くな!」
どうやら俺の存在に気付いたようだが、奴等の本心を知った以上は隠れる必要もない。
マッドが放ったナイフを避けた俺は、アシットたちの前に堂々と姿を晒していた。
「話は全て聞かせてもらったよ」
仕留めた筈の俺が突然現れたせいか、アシットは目を見開いたまま固まっていた。
一方、護衛だけあって兄弟は冷静にこちらを警戒しているが、連中から特に聞く事もないので俺は一気に制圧するべく駆け出していた。
「へっ! まさかたった一人で挑んで来るとはなぁ!」
まずは位置的に近いマッドへ迫ったが、こちらの動きが見えているのか俺の顔面に向かって的確にナイフを突き出してきた。
ナイフは首を捻って避けたが、即座に反対側のナイフが振るわれたので俺は体を引いて一旦距離を取っていた。
「どうした! そっちから来ていながら逃げるのかよ!」
なるほど……リーダー格が手を出すのを躊躇するわけだ。
おそらくナイフ技術に関しては俺が今まで見てきた中で上位を争う腕前だろう。
間違いなく上級冒険者に匹敵する実力を持っているが……。
「だが直線的な動きばかりだ。その程度の腕で満足するのは早いと思うぞ?」
すでにマッドの動きと癖は見切っていた。
確かにお前のナイフ捌きは見事だが、俺は更に上の技術を持つ存在と戦いながら育ってきたのだから。
言うまでもないだろうがそれは師匠で、まるでナイフが生きている蛇の如く迫って来るのを見た時は本気で恐ろしいと思ったものである。
「偉そうな事を言いやがって。俺のナイフを見切ってからー……ぐっ!?」
今度はマッドの方から攻めてきたが、突き出されるナイフが刺さるより速く相手の手首を掴んで捻り、握力が緩んだ瞬間にナイフを奪い取っていた。
動揺しつつもマッドは反対側のナイフを振るうが、俺はその腕に肘を割り込ませて強引に止め、奪い取ったナイフをマッドの首元へ向かって突き出す。
そうなれば首を捻って避けるか、下がって距離を取るしかないのだが……マッドは下がる方を選んだようだ。
そんなマッドを追いかけるように前へ踏み込んだ俺は、相手が下がる勢いを乗せた首投げで床に叩き付けた。
「兄者! よくもー……がっ!」
叩き付けると同時に蹴飛ばしてマッドの意識を奪うと、一歩遅れたドラが背後から拳を振り下ろしてきた。
直撃すれば骨が軽々と折れる一撃だろうが、俺はそれを屈んで避けてから肘鉄をドラの鳩尾に打ち込み、続けてその場で回転しながら足を払い、バランスを崩したドラの顎を掌で打ち上げて意識を刈り取る。
レウスを超える巨体だけあって頑丈そうだが、さすがに急所を連続で突かれれば耐えられまい。
「な、何故ここに!? お前は始末された筈では……」
「何か言いたい事があるなら……聞こうか」
最後に、護衛を倒されて呆然としていたアシットへ俺は優しく笑いかけてやった。
「お、お前……こんな事をしてただで済むと思っているのか!」
「こんな状況でそれを口にしても無駄だと理解している筈だろう? こっちはすでにお前の本心は聞いているし、覚悟した方がいいんじゃないか?」
「おのれ。何か……」
アシットは俺の笑みに怯えているが、それでも何とかしようと必死に周囲を見渡し始めていた。
そして翼の一部がはみ出ている袋を見たアシットは、笑みを浮かべながらそれに飛び付く。
「動くな! こっちには人質がー……」
だが袋から感じる感触に違和感を覚えたアシットが袋の口を開けてみれば、中には張りぼてのような翼がくっ付いたクッションが入っているだけだった。
まさかここまで見事に騙されるとはな。酒が入っていたのもあって相当浮かれていたわけだ。
遂には乾いた笑いを漏らし始めたので、俺は奪ったナイフを投げてアシットの足へ突き刺していた。
「ぐあっ!? や、止めてくれ! 命だけは……」
「そうだな……幾つか教えてもらいたい事があるんだが」
ついでなのでカレンを拾った場所や、オベリスクの情報を集めてみる事にした。備えあれば憂いなしってやつだ。
しかしオベリスクは秘密が多く大した情報は得られなかったが、カレンの発見位置である川の上流が竜の巣に近いのが判明したので、そこが有翼人の住処である事に信憑性が増した。
そしてある程度聞き終わった頃、急に体が小刻みに震えだしたアシットが懇願するように手を伸ばしてきたのである。
「も、もう……いいだろう? 体が痺れ……早く……」
「ナイフに何か塗ってあるとは思っていたが、どうやら麻痺毒のようだな。放っておいたら死ぬのか?」
「動けない……だけだ。頼む……解毒剤は……あいつが持って……」
「致死性の毒じゃないから問題ないだろう。これに懲りたら二度とこんな事をしない事だな。後ろ盾に慢心し、危険を嗅ぎ取る勘を疎かにしていたお前が悪い」
「ぐ……うう……」
結局俺はアシットを放置したまま建物を出ていた。
後はこの町に住む者として、外で待機しているリーダー格に仕留めさせるつもりだったが……途中である事に気付いて予定を変更する事にしたのである。
何故なら、あの連中を仕留めるのにもっと相応しい相手が近づいてきているからだ。
俺は外で隠れていたリーダー格と合流し、待機するように説明した頃……それはやってきた。
「はぁ……はぁ……ちく……しょう……が。絶対に……許さねえ!」
それはアシットが屑と呼んでいた男たちの生き残りだ。
全身血塗れで、片腕と片足が何かに潰されたように折れ曲がった姿は、もはや手の施しようがない状態だ。
それでも動いているのは復讐ゆえだろう。
一時間も経たずに死ぬだろうが、しばらく動けないアシットたちを仕留めるには十分だ。
そして……。
『あの……小僧め。この屈辱……忘れんぞ! 絶対に……後悔させてー……誰だ!?』
『よお……おっさん!』
『き、貴様!?』
『よくも……よくもやってくれたなぁ! てめえも……俺の腕を潰しやがって……そのままー……』
建物内に残っていた四つの反応が消えるのを確認してから、俺は静かにその場を去るのだった。
シリウスが兄弟と戦っている時の光景にて、殴ったり、投げたり、ナイフを奪い取った瞬間はスローモーションになっている演出をイメージすると格好良いかと。
おまけ わかる人にしかわからない小ネタ
「偉そうな事を言いやがって。俺のナイフを見切ってからー……ぐっ!?」
今度はマッドの方から攻めてきたが、突き出されるナイフが刺さるより速く相手の手首を掴んで捻り、握力が緩んだ瞬間にナイフを奪い取っていた。
動揺しつつもマッドは反対側のナイフを振るうが、俺はその腕に肘を割り込ませて強引に止め、奪い取ったナイフをマッドの首元へ向かって突き出す。
そうなれば首を捻って避けるか、下がって距離を取るしかないのだが……マッドは下がる方を選んだようだ。
そんなマッドを追いかけるように前へ踏み込んだ俺は…………。
シリウス「革命戦士……ラリアット!」
レウス「おおっ! 交通事故発生だ! 兄貴の一撃で相手がマットに沈んだぜ!」
イザベラ「っ!?」
メアリー「お母さん、そんな勢いで椅子から立ち上がらなくても……」
キース「あ……ああ……」
おまけ 従者の嗜み
今回の事件が一段落した後の会話にて……。
「ところでエミリアよ。ロープワークのどこが従者の嗜みなんだ?」
「先日娼婦の人から、世の中には縛られた女性を見て興奮する方もいると聞きました。ですから将来、シリウス様がその性癖に目覚めた時に備えて私はロープの技術を磨いているのです」
「……すでにどこから突っ込んだらいいのかわからんが、その場合だと俺が学ばないと意味がないんじゃないか?」
「その逆も対応する為です。シリウス様、私はどちらでも対応ー……うふふ……」
何だか嫌な方向になりつつあるので、エミリアの頭を撫でて誤魔化すのだった。
しかしロープワークは色々と役立つので、技術を磨く事に関しては許す事になりましたとさ。
深夜のホクト
深夜……ホクト君は馬車が格納されている宿の倉庫にいました。
今夜は襲撃の可能性が高く、怪しい奴がいたら捕えろとご主人様から言われているので、ホクト君は気配を研ぎ澄ませながら座っていました。
そして宿の正面が騒がしくなっている頃……。
「……オン」
ホクト君は倉庫へ近づく気配を三つ捉えました。
本来なら騒ぎにならないようにこっそり無力化したいところですが、隠れようにもホクト君は白く輝く立派な体毛を持っているので非常に目立ちます。
特に夜は目立ってしまうので、今回は堂々と迎え討ってやろうとその場で待つ事にしました。
「ここにいるのか?」
「馬小屋にいない以上、ここしかねえだろ。けど、本当に大丈夫だろうな?」
「馬車を牽かせているなら人に慣れているだろうし、敵意さえ向けなければ襲われねえって」
てっきり隠れながら奇襲してくるかと思えば、向こうもまた堂々と倉庫に入ってきたのです。
そして馬車の前に座っているホクト君と、侵入者である三人の目が合います。
「おお……近くで見ると凄いな。どうすりゃこんな魔物に懐かれるんだ?」
「これを足止めするって無理だろ。襲われたら勝てる気しねえぞ?」
「いや、どんなに巨大な狼だろうと所詮は魔物だ。ほーら……美味しそうだろ? 食べてもいいんだぜ」
そして一人の男が肉の塊を取り出してホクト君の前に置きました。
しかしホクト君は大気中の魔力を吸収していればいいので、基本的に食事を必要としません。もし食べるとしてもご主人様の手からしか食べないのです。
「……食わねえな。腹が減ってないのか?」
「こんだけ立派な狼なんだ。普段は高級なものを食っているのかもしれねえな」
「じゃあこっちの高い方か。畜生……こいつが食わなかったら俺が食うつもりだったのによ」
今度は明らかに質の良い肉が置かれたので、ホクト君は興味深そうに覗き込んでいました。
「お、見てるぜ」
「よっしゃ、遠慮なく食え! もう一個あるからな」
この時ホクト君は、ご主人様にこの肉を渡せば喜ぶかな……と思っていました。
「……やっぱり食わねえな」
「主人の教育が行き届いているようだな。仕方ねえ、次はー……ぐはっ!」
「な、何でいきなりー……ああっ!?」
「に、肉球がー……ぐふっ!」
まあ色々とありますが、とりあえず敵なのでホクト君は無力化する事にしました。
順番に肉球パンチで叩き潰し、他に近づく反応を感じられないので一旦ご主人様の下へ運ぶ事に決めます。
「オン!」
そして器用に三人を咥えたホクト君は、ご主人様に褒めてもらうのを想像して尻尾を振りながら小屋を出て行くのでした。
深夜のホクト その2
小悪魔ホクト
三人がホクト君の前に肉を置いたシーンから……。
「クゥーン……」
「お、見ろよ。こいつ尻尾振っているぜ」
「見た目は怖いけど、こう見ると結構可愛いもんじゃねえか」
「よしよし、こっち来な。もっと食わせてやるぞ」
「オン!」
「「「ぎゃーすっ!」」」
愚か者め、引っ掛かったな!
……と言わんばかりに、相手の懐へ入ったホクト君は三人を一瞬にして無力化しました。
「……オン」
戦いとは非情である……そう言わんばかりに、ホクト君は三人の屍(気絶中)の前で小さく吠えるのでした。
ご主人様以外は決して尻尾を振らない……忠犬ホクト。
油断させる為に敵へ尻尾を振るけど、ご主人様一筋……小悪魔ホクト。
貴方はどっちのホクトが好み?
※それは小悪魔じゃないというツッコミは受け付けておりません。
予想以上に更新期間と文字量が長くなりましたが、ようやく更新出来ました。
次回の更新も今回と同じ感じになりそうです。