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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十八章 不揃いの天使

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我、一歩も引かず

 少し更新が開きましたので、前回のあらすじを簡単に……。


 町に辿り着いたシリウスたちは有翼人の情報を集めていた。
 そして有翼人の住処と思われる場所が判明し、町の食堂で昼食を食べていると、カレンを捨てた馬車に乗っていた一人の男が現れるのだった。

「一つ聞くが……あんたは俺たちに何をしたのか理解した上で来たんだよな?」
「それはもちろん。ですからこうして皆様に謝罪をしにきたのです」

 姿を見たのは僅かでも顔と魔力の反応は覚えていたので、目の前に現れた男はあの時馬車の御者へ叫んでいた奴で間違いはなさそうだ。
 年齢はおそらく俺よりかなり年上のようだが、この男から違和感を覚えるので俺は少し警戒しながら対応する事に決めていた。

 色々と質問したいところだが、カレンが怖がっているのでまずは席を変えた方が良さそうだな。
 というわけで男の了解を得て、俺はエミリアだけを連れて食堂の端っこにある別のテーブルへと移動していた。
 周囲の視線はエルフであるフィアに向けられているので、騒がなければ特に注目される事はないだろう。

「申し遅れましたが、私の名前はアシットと申します。とある国に仕えるしがない商人ですよ」
「俺は冒険者のシリウスだ」
「エミリアと申します」
「ところでシリウス様も何か注文されますか? ここは私が持ちますので、遠慮なく頼んでも構いませんよ」
「食事はすでに終わっているから結構だ。それより改めて聞くが、謝罪をしに来たって事は俺たちに魔物を押し付けたのを認めるわけだな?」
「その通りです。予期せぬ事態に混乱していたとはいえ、この度は本当に申し訳ありませんでした。謝って済む問題ではありませんが、まずはこちらを……」

 俺の対面に座ったアシットは罪を悔いるように頭を下げた後、懐から小さな袋を取り出してテーブルの上に置いたのである。

「……これは何だ?」
「今回のお詫びです。遠慮なく受け取ってください」

 おそらく中身は金品の類だろう。
 不本意だろうが何だろうが、魔物を押し付ける事は相手を殺すような行為でもあり、そんな事をしたと広まれば商人として致命的だ。
 なのでこの金は謝罪でもあり、口止め料も含まれているのだろう。そういえば有翼人の情報収集を優先していたから、まだ昨日の件についてはギルドへ報告していなかったな。
 まあ状況的にあの行動もわからなくもないし、俺たちは五体満足で済んでいるんだ。アシットもこうして謝罪をしに来たので納得はしてもいい。
 しかし俺には一つだけ許せない事があった。

「わかった、謝罪は受けよう。だがあんたには少し聞きたい事がある。すでにあの男たちから聞いていると思うが、俺たちが保護したあの少女を囮に使ったのは何故だ? 魔物の気を惹くなら、魔物寄せの実だけを使えば良かった筈だ」
「その点については私も頭が痛くて。全てはあの男たちが暴走したせいなのですよ」

 あの男たちとは先程女性陣に絡んできたり、アシットをここへ案内してきた三人組の事だろう。
 アシットはどこか呆れた表情で昨日の事を語り始めた。

「私には専属の護衛がいますが、この辺りにはあまり詳しくありません。なので周辺に詳しいあの男たちを雇ったのですが、これがとんだ役立たずでして……」

 周辺に詳しいと口にしていたそうだが、どうやら雇ってもらえるように嘘をついていたらしく実際は大して詳しくなかったそうだ。
 更に大した実力もないのに態度だけは大きく、蜂や狼に追われていたのは男たちが勝手に行動して悪戯に刺激したせいらしい。
 そして魔物から逃げている途中、恐怖で混乱していた男たちは泣き叫んで囮になりそうなカレンを魔物寄せの実と共に鉄の箱へ放り込み、アシットの了解も得ずに馬車から放り捨てたそうだ。

「依頼主である私の言う事を碌に聞かない酷い男たちでした。そもそも私の使命は少女をとある人の下へ連れて行く事なので、囮として利用なんて出来る筈がありません」
「そのわりには男たちへ報酬を渡していたようだが?」
「払わないとしつこそうですし、今回は己の見る目がなかったのだと思って払いました。すでに事情はギルドへ報告済みですので、あの男たちはいずれ処分が下されるでしょう」

 碌に会話もしていないが、欲望に忠実そうな連中だったからな。
 今回の件が報告されているなら、連中は間違いなくギルドから注意を受けるだろう。それで変われなければ、いずれ悪評が広まって冒険者としてやっていけなくなるだけだな。

「そんなわけで、私はあの少女を捨てたわけではないのです。理解していただけましたか?」
「ああ、色々と理解は出来たよ。用があるのは俺たちだけじゃないって事もな」
「はい。御察しの通り、私がこの町へ来たのは皆様への謝罪だけではなく、あちらの少女を探す為でもありました」

 アシットたちは魔物が追ってこないのを確認した後でカレンを落とした現場に戻ったらしく、そこで魔物の死骸らしきものはあっても俺たちとカレンの姿どころか血痕すら見られない事に気づいたらしい。
 現場からカレンが生きている可能性があると睨んだアシットは、俺たちを追いかけるようにこの町を訪れ、あの男たちに責任を取れと言って探すように命じたそうだ。あの連中がカレンを連れて行こうとしたのはそういうわけだ。
 そしてアシットは逃げ出した男たちから俺たちの事を知ったわけだ。
 そこまで説明したところで、アシットは周囲に聞こえないように声を潜め始めた。

「あの男たちから聞いた時は耳を疑いましたが、首輪は本当に外れているようですね」
「そうだな。俺たちが保護した時にはすでに外れていたんだが、不良品でも使ったんじゃないのか?」
「そんな筈は……いや、とにかく外れた理由はわかりませんが、あの少女が私の奴隷なのは間違いありません。こちらに返していただけませんか?」
「返すもなにも首輪が無ければあの子はもう奴隷じゃない。そして俺たちが保護した以上、あんたに返す義理はないだろう?」
「やはりそうですか。では、これで私にあの子を売っていただけませんか?」

 そして真剣な表情をしたアシットは、先程より一回り大きい袋を俺の前に置いたのである。
 そのまま袋の口を開いて見せてくれた中身は予想通り金貨が詰め込まれていて、袋の大きさからして百枚以上は確実に入っているだろう。

「不躾なお願いだというのは承知しています。ですが、あの子を連れて帰らなければ私の命が危ういのです。どうかお願いできませんか?」
「…………」
「足りませんか。ならばこれでどうでしょうか?」

 無言でいる俺にアシットは同じ袋を取り出してこちらへ寄せてきたが、俺は溜息を吐きながら二つの袋をアシットの前に投げ返した。

「……やはり魔物の件で怒っているのでしょうか? それともあの男たちが失礼な事でも?」
「それは関係ない。単純に俺があんたに渡したくないだけだ」

 情に訴えるような悲痛の面持ちで食い下がってくるが、俺ははっきりと断っていた。
 カレンが行きたいと言うなら別だが、あんなにも怖がっている時点で嫌がっているのは明らかだからな。
 それにカレンを囮にしたのは自分ではないとはいえ、それを行った男たちを碌に管理も解雇もしていないどころか、カレンを碌に食べさせていなかった時点で許せん。
 ふと横に立つエミリアに視線を向けてみれば、真剣な表情をしていても相手に見えないようにこっそりと尻尾を振っていた。俺がはっきり断ったのが嬉しかったのだろう。

「……言っておきますが、私程高く買い取る者はいませんよ? いくら希少だろうと、あんな出来損ないの翼を持つ有翼人がー……」
「あの子が他と違うから何だ? 幾ら金を積まれようと俺の答えは同じだ」

 保護した以上は親の下へ必ず帰してやるつもりだし、女性陣が口にしたようにカレンはもう俺たちの妹みたいなものだからな。

「ですがー……」
「お聞きの通り、あの子はシリウス様と私たちが責任を持って保護しますので、どうぞお引き取り下さいませ」

 そしてエミリアが絶妙なタイミングで割り込んでアシットを黙らせていた。
 従者教育で培った見事なお辞儀に二の句が継げなくなったアシットは呆然としていたが、しばらくすると苦い表情を浮かべながら頭を掻き始めたのである。

「ちっ……本気で金に興味がねえのか。面倒な奴に拾われたもんだ」

 己にしか聞こえない小さな声だが、魔力で強化していた俺の耳がアシットの呟きを拾っていた。
 どうやら本性を表したようだな。
 なにせ先程までの辛そうな表情と違い、今は忌々しそうに歯噛みしているのだから。

「聞こえているぞ。さっきまでの作った笑みなんかより、そっちの方が自然で似合っているな」
「……やり辛い奴だ。素直に金を受け取っていれば楽だったのによ」

 人当たりの良さそうな柔和な笑みや丁寧な応対は、相手を油断させるアシットの常套手段なわけだ。
 同情を誘って望む方向に持っていこうとしたようだが、結果はこの通りである。
 こういう猫を被ったり、口八丁な連中は過去に何度も見てきたからな。
 初対面時からの違和感はこれで、俺が下手に出ず高圧的でいたのはこの為だ。
 俺が金で動かないと理解したアシットは、苛立たし気にテーブルを指で叩きながらこちらを睨みつけてきた。

「悪い事は言わん。さっさとあの出来損ないをこちらに渡す事を勧めるぞ」
「だから断ると言っている。その金を使って適当な奴隷でも探してくればいい」
「それが出来たら苦労しねえよ。お前たちはそれなりの実力を持っているんだろうが、今回は止めておけ。俺の邪魔をすれば国を敵に回す事になるんだぞ?」
「……どこの国だ?」
「理解はしているようだな。なら教えてやるが、有翼人を欲しているのはな、あのオベリスクの領主様だ」

 オベリスク……行った事はないが、アービトレイの獣王から教えてもらった大陸間会合レジェンディアに入っている国の一つだったか。
 アシットが嘘をついている可能性もあるが、自信に満ち溢れた表情に加え、平然と金貨を出せる財力……後ろ盾があるような余裕からして無視は出来そうにない。

「珍しい種族を集める趣味を持った変な野郎だが、報酬は奮発してくれるお得意様なんだ。この金貨も前払い金の一部ってわけだ」
「前払いでこれだけの金貨とはな。そんなにも有翼人が欲しいのか?」
「あの野郎の執着は半端ないぜ? 俺がこの件を報告すれば、お前たちを指名手配にしても欲しがるだろうな。ほら、わかったのならあの出来損ないをさっさと渡しな。屑たちのせいでただでさえ予定が狂ってー……」
「断る」
「……正気かお前は? 国から狙われるって俺は言っているんだぜ?」
「理解はしているよ。だがそれがどうした?」

 俺は真っ直ぐアシットを見据えながらはっきり告げていた。
 オベリスクはアービトレイ並みの大国らしいので、敵対すれば面倒事になるのは確実だろうが、カレンを親元へ送り帰す事に比べたら天秤にかけるまでもない。聞くまでもないだろうが、俺の仲間たちも同意見であろう。
 それに……。

「確かに国を敵に回したら脅威かもしれないが、ここはオベリスクから遠く離れた地だ」
「強がりは止めておけよ。言っておくが、あの国は敵には容赦がない事で有名なんだ。噂じゃ少数精鋭の粛清部隊も育てているって話しだぜ? 指名手配どころか、お前たちを殺す刺客を平然と送ってー……」
「それはあんたが無事にオベリスクへ帰れたらの話……だよな?」

 向こうが脅してくるならこちらも脅すまでだ。
 どんなに大国だろうと、俺たちの事が伝わらなければ狙われる事もないからな。
 徹底的に抗戦する意志で睨みつけてやれば、アシットの表情に明らかな動揺が見られた。
 だが、オベリスクのような大国と取引しているだけあって慣れているのだろう。その動揺もすぐに隠され、俺とアシットはしばらく睨み合いを続けていた。

「……本気でやるつもりか?」
「冗談でこんな事は言わないさ。希少な種族なら見つからなくても誤魔化せるだろうし、もっと探せば他の有翼人に会えるかもしれない。全てはあんた次第だ」

 つまりカレンと俺たちに出会った事を忘れなければ、ここで殺すのも厭わない……というわけだ。
 そして騒ぎにならない程度に抑えた殺気を放てば、アシットは深い溜息を吐きながら天を仰いでいた。

「ちっ……命は惜しいが、やっと見つけたものを見逃すってのもな。それなら……俺と勝負しないか?」
「……勝負内容と条件は?」
「明日、町の外でお互いに代表を一人だけ出して戦うってやつだ。そして俺が勝ったらあの出来損ないを寄こしな」
「戦うのは構わないけど、俺たちが勝って逆恨みされても困るんだがな」
「へ、舐めるなよ。俺はこんな事をやっているが、商人ってのは信頼が大事なんだ。だからこっちが負けたらあの出来損ないは完全に諦めてやるし、もちろんオベリスクには黙っておいてやる。せっかく手に入れた商品をこのまま諦めるのが納得出来ないんだよ」

 しつこいのも商人なんだよ……と、俺の殺気を真っ向から受けながらも口にしていた。
 昨日は魔物たちから逃げていたのに自信満々だが、その後の会話からアシットの専属護衛は上級冒険者というのが判明した。
 さすがに群れとなると護衛対象を守りながら戦うのは厳しいので、昨日は護衛の判断で逃げていたわけだ。
 要するに差しの勝負なら勝てると思っているわけだ。
 別にこいつを信頼したわけじゃないが、受けなければオベリスクへ報告するだけだろうし、妙な雰囲気に周囲の視線が俺たちにも向けられ始めている。
 今回はここが落とし所だろう。

「……わかった。勝負を受けよう」
「そうこないとな! それで明日だがー……」

 そして簡単なルールと明日の早朝に町から少し離れた草原に集まる事を決めてから、アシットはテーブルに置いた袋を回収してから立ち上がった。

「それでは失礼します。明日までにあの子との別れを済ませておいてくださいね」
「待て。こっちの袋を忘れているぞ?」
「迷惑をかけたのは事実ですから、それは差し上げますよ」

 アシットの態度が出会った時の状態に戻っているので話はこれで終わりのようだ。
 今のところ懐は十分な余裕はあるが、金なら使い道は幾らでもあるし、こいつは謝罪金でもあるので受け取っておくとしよう。
 振り向きもせずに食堂を出て行ったアシットの姿を見送ったところで、エミリアが眉をしかめて怒っているのに気づいた。

「あの人はカレンちゃんを物のようにしか見ていないですね。それに翼が少し変わっているだけであんな呼び方をしなくても……」
「完全に割り切っている男だ。カレンが怖がるのも納得だな」
「……私はあの人にカレンちゃんを絶対に渡したくありません」
「そうだな。しかし国が絡むとなると面倒だから、ここからは慎重に対応しないとな。何かあれば頼んだぞ」
「お任せ下さい。相手が何者であろうと、私は負けるつもりはありません」
「随分と頼もしい台詞じゃないか」
「シリウス様の従者ですから」

 もはやお馴染であるエミリアの台詞と笑顔だが、その幸せそうな笑みを見ているとこっちも満たされてくるものだ。

「そうだな。俺もエミリアが従者でいてくれて嬉しいよ。もちろん、恋人としてもな」
「シリウス様……うふふ……」

 俺の決定で皆を危険に巻き込む事になりそうだが、今回の場合はむしろ巻き込まなかった方が怒るであろう。
 種族や血の繋がりはなかろうと、俺たちは師弟でもあり家族なのだから。
 そして出会いからたった一日であるが、皆が妹だと口にした時点でカレンも同じなのだ。
 俺にはまだ懐くどころか碌に会話すら出来ていないが、個人的に将来が有望そうなカレンを放っておけないのもある。
 とまあ考える事は多いが、今はカレンを守る事に全力を尽くすとしよう。
 俺はエミリアの頭を撫でてから、皆の下へと戻るのだった。





 アシットがいなくなり、カレンも落ち着いただろうと思いながら戻ったのだが……どうも様子が変である。
 カレンは怯えるようにフィアの袖を掴んでいるどころか、戻ってきた俺を不安気に見つめているからだ。
 思わず首を傾げていると、一人近づけないレウスが説明してくれた。

「カレンがさっきの男に渡されるかもしれないって怖がっているんだ」
「そんな事はしないって何度も言っているんだけど、あの人の奴隷にされていたから不安が拭えないみたい」
「ここからだと何も聞こえなかったけど、あの男の雰囲気が途中で明らかに変わっていたわよね? 何があったのか教えてちょうだい」

 皆も気になっているようなので結果を報告する事にしたが、今はカレンがいるので明日の勝負とオベリスクについては止めておいた。
 理解するかどうかはわからないが、これ以上カレンには余計な心配をさせたくないからな。皆には後で『コール』を使って報告するとしよう。

「というわけで、カレンをはっきり断ったから安心してくれ」
「ね、言った通りでしょ? シリウスさんなら大丈夫だって」
「……うん」
「よし、あいつもいなくなったし、そろそろ行こうぜ兄貴」

 テーブルには綺麗に食べ尽くされた皿が並んでいるので、俺がアシットと話している内に追加の料理を食べ終えているようだ。
 予想以上に長い昼食になってしまったが、予定通り明日からの買い出しに戻るとしよう。
 しかしその前にやる事があるので、俺は椅子から降りようとするカレンの前に跪いて目線を合わせていた。
 そんな俺にカレンは警戒しているが、逃げようとはしないので話は聞いてくれそうだ。

「カレン。まだ俺たちは君がどうしたいのかを聞いていなかったね」
「……どうしたい?」
「そうだ。俺たちはカレンを守ってあげるし、お母さんの下へ連れて行こうと思っている。けどな、カレンの口からどうしたいのかまだ聞いていないんだ」

 カレンを保護し、母親の下へ帰そうとしているのは俺たちが勝手にやっている事であり、カレンは今のところ頷いているだけなのだ。見方によっては、俺たちが引っ張っているから何となく一緒にいるようなものである。
 帰りたくない筈はないので無意味な問答かもしれないが、きちんと自分の口で伝えるのが大切だと思うのだ。
 短い付き合いかもしれないが、どうせならもっと己を出せるように成長してもらいたいからな。

「君は首輪が無くなった時点で自由になった。だからこそカレンの口から言ってほしいんだ。家に帰りたいかい?」
「……私は……帰りたい。おかあさんに……会いたい」
「ああ、よくわかった。じゃあ俺たちが連れて行ってあげるけど、一緒に来るかい?」
「うん。私は……おねえちゃんたちと一緒に行く……行きたい!」

 少し恥ずかしそうにしながらも、カレンは俺たちを上目使いで見ながらはっきりと答えてくれた。
 これでいいと俺が満足気に頷いている横で、女性陣が胸を撃ち抜かれたかのように固まっている事に気付いた。

「ああ……可愛いですね」
「わ、私もカレンちゃんと一緒に行きたいよ!」
「お姉さんたちに任せておきなさい。絶対にカレンを家に連れて行ってあげるからね!」

 心を鷲掴みにされたっていうのはこういう事だろう。
 偶然とはいえ、カレンは母性本能と保護欲を刺激する絶妙な上目使いを見せたからだ。
 それにしてもお姉ちゃんたちか。
 男の俺とレウスに懐いてくれるのはまだまだ時間がかかりそうだな。

「兄貴。今朝は姉ちゃんたちが作戦会議していたけど、俺たちも必要なんじゃないか?」
「……そうだな」

 ホクトも交えて会議……だな。





 それから必要な物の買い物を済ませ、夕食を食べ終えた俺たちは宿へと戻っていた。
 買い物の途中でカレンの目を盗みながら勝負の件と、オベリスクを敵に回す可能性についての説明も済ませたが、その危険性を知ろうと全員迷わずにカレンを選んでいた。
 覚悟を決めてくれるのは実に頼もしいが、敵視されないようにするのが一番であろう。
 俺は姉弟にある事を頼んだ後、出掛ける準備を済ませてから女性陣の部屋にやってきていた。

「カレンはもう寝たのか?」
「うん。ちょっと目を離してる間に眠っちゃったみたい」

 何だか今朝も似たような事があった気もするが、買い物で歩き回って疲れたのだろう。部屋に入るとカレンはベッドでうつ伏せの状態で寝息を立てていた。
 よく見れば開いた本に顔を突っ伏したまま眠っているので、自然と口元が緩んでしまう光景だ。

「本が面白くても、眠気には勝てなかったみたいね」

 あの本は町で買い物をしている時に見つけたものだ。
 この大陸に自生する植物の生態が書かれた図鑑のような本で、カレンが興味深そうに眺めていたので俺が買ってプレゼントしたのである。
 残念ながらプレゼントしても笑顔は見せてはくれなかったが、少しだけ口元を綻ばせながらありがとうと口にしてくれたので良かったと思う。
 そしてカレンは夕食時を除き、睡魔に負けるまで夢中になって読み続けていたわけだ。

「最初は膝の上に乗せて一緒に読もうとしたけど、まだそこまで許してくれなかったのよね」
「姿勢が気になるし、どうせなら座って読んでほしいものだが」

 背中に翼があるから仰向けは厳しいだろうが、せめて横になってくれた方が安心するんだがな。
 苦笑していると、慈愛に満ちた笑みを浮かべたリースがゆっくりと近づいていた。

「このままだと顔に痕が付いちゃうから、本は隣に置いておこうね」
「……うにゅ……」
「はう!?」

 すると眠っている筈のカレンが、本を抜き取ろうとしたリースの腕に抱き付いたのである。
 戸惑ってはいるが嬉しそうに笑っているリースを眺めていると、俺の隣に立っていたフィアが納得するように頷いていた。

「やっぱりカレンは眠っていると無意識に抱き付く癖があるようね。昨日も私の腕に抱き付いてきたもの」
「なら抱き枕を作ってやった方がいいかもしれないな」
「あれはあれで可愛いんだけど、無防備過ぎるのが少し気になるわね」
「無意識なものだからな。一度本人に確認を取って、どうしたいのか聞いてみたらどうだ?」

 ホクトの毛で作った抱き枕なら、匂いや感触を無意識に覚えて慣れてくれるかもしれない。
 だが肝心であるホクトの毛がブラッシングしても滅多に抜けないので、作るのに時間がかかるのが欠点だ。さすがに切るのは可哀想だからな。
 そしてカレンがまだ子供だから仕方がないとはいえ、フィアの言う事もわかる。自分と同じ狙われやすい種族ゆえに、少しでも危機感を持ってもらいたいのだろう。
 あどけないカレンの寝顔を眺めながら悩んでいると、そっと体を寄せてきたフィアが目を細めながら小さく笑っていた。

「ふふ……なんだか今の私たちって子育てに悩む夫婦みたいよね?」
「子供が出来るとこんな感じになるんだろうな」
「私たちの子供はいつになるのかしらね? こっちはいつ出来ても構わないのに」
「それを言われると弱いんだが……」

 実はフィアだけは本人の熱望により子供を作るように動いているのだが、これが全くと言っていい程に授からないのである。
 エルフの出生率は極端に低いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかったな。
 人族との間でも授かった前例はあるらしいので、何か独特の法則性があると思うのだが……。

「ごめんね。カレンを見てちょっと欲が出ているみたいだわ。私がエルフなせいで貴方が悪いわけじゃないのに……」
「気にするな。俺も頑張っていくから焦らずに行こう。人生を楽しむのが俺たちだろう?」
「……そうね。母親だけじゃなくて、恋人としての毎日を楽しまないとね。ところで、もう出掛けるのかしら?」
「ああ。皆が寝る前には帰って来るよ」
「シリウスなら滅多な事はないと思うけど、気を付けて行ってらっしゃいね」
「カレンちゃんは任せて」

 俺が何をしようとしているのか理解していても、リースとフィアは笑顔のまま見送ってくれる。
 そんな二人に感謝をしつつ、俺は自分の部屋へ戻るのだった。



 部屋に戻ると、机の前で作業をしていた姉弟が俺に気付いて顔を上げた。
 俺と同じく姉弟も武器を携帯し、正にこれから戦いへ赴く姿である。

「シリウス様。こちらの準備は整っております」
「俺もだ。ホクトさんもさっき聞いてきたけど問題ないってさ」

 姉弟が作業しながら眺めていたのは、大雑把に手書きされたこの町の見取り図である。
 見取り図には俺たちが泊まっている宿を中心に書かれていて、侵入予想ルートと死角になりそうな箇所が丸で囲われていた。
 俺が姉弟に頼んでいた用事とは、宿の周辺を歩かせてこの見取り図を作らせる事であった。

「お疲れさん。予定通りこの位置の防衛はエミリアに、レウスは正面で囮と威嚇担当だ。何かあれば臨機応変に」
「わかりました」
「任せてくれ兄貴!」
「俺は動き回りながら情報収集を試みる。状況次第ではここから外れるから後は頼んだぞ」

 明日は早朝からアシットとの勝負があるのに、何故俺たちは戦いへ赴くような準備をしているのか?
 それはカレンを狙う賊である、アシットの刺客が襲撃しにくる可能性があるからだ。

「でも兄貴、本当に来るのかな?」
「ああいう欲深い類は簡単には諦めないし、確実な手段を取るものなんだよ」

 あの時……商人は信頼が大事だとアシットは言っていたが、強力な後ろ盾を持っている上に平然と脅してくる時点で非常に胡散臭い。
 そんな奴が俺たちに勝負を持ちかけてきたのは、俺が脅しに屈するどころか逆に脅してきたからだ。あの場で俺たちと戦っても勝てないと判断し、逃げる為の口実だろう。
 そしてアシットはカレンさえ確保すればいいので、夜の内に刺客を送って俺たちを始末すれば勝負なんて関係ないわけだ。
 勝負を早朝にしたのも、俺たちを早めに就寝させる為の小細工であろう。

 もちろん襲撃が無い場合もあるだろうが、その時はその時である。
 明日の勝負で遠慮なく叩きのめし、二度と俺たちに関わりたくない程の恐怖を植え込んでやればいいだけの話だ。

「奴は俺たちが魔物の群れを倒す実力を持っていると理解しているからな。団体さんで攻めてくるだけならいいが、背後から潜入するような裏の連中を雇う可能性も高い。気配は常に研ぎ澄ませておけ」
「おう! 忍びこんで来る相手なら俺たちが適任だな」
「ええ。どんな相手が来ようと、隠れたシリウス様を探すのに比べたら楽なものです」

 気配が鋭い上に、嗅覚が優れた銀狼族とホクトを相手に隠れるのは至難の技だろう。
 最近は俺でも本気で隠れないとすぐに見つけられてしまう程だからな。

「表向きじゃない連中は何をしてくるかわからんから、無理だけはするなよ。あくまでカレンを守る事が第一だからな」

 今まで俺が裏で動いているのを全員知ってはいたが、俺の気持ちを汲んであえて口を出す事はなかった。
 だが守られてばかりでは嫌だと言い出したのが半年くらい前だろうか?
 それ以来、今回のような状況や裏が混じった敵からの襲撃に関しては全員に説明して手伝ってもらうようになっている。もう子供ではないし、様々な経験をさせる為に許可したのである。
 しかしさすがに暗殺の類だけはやらせるつもりも、許可するつもりはない。
 そんな汚れ仕事は俺だけで十分だからな。



 人々が寝静まる深夜になった頃……宿の屋根に座って待機していた俺は風下から妙な気配を感じた。
 そして勘の赴くままに『サーチ』を発動してみれば、こちらに接近する反応を幾つも捉えたのである。
 酔っ払いにしては明らかに数が多いし、何より規則的な動きで真っ直ぐこちらに向かっているので間違いあるまい。
 俺は別の場所で待機している姉弟へ『コール』を発動させながら屋根から飛んでいた。

『来たようだな。手筈通り行くぞ』
『『はい!』』

 では、振りかかる火の粉を払いに行くとしようか。
 音もなく着地した俺は、闇夜へ溶け込むように姿を隠した。



 
 次回……お掃除大作戦。



おまけ 欲望に忠実



「君は首輪が無くなった時点で自由になった。だからこそカレンの口からどうしたいのか言ってほしいんだ」
「……蜂蜜が食べたい」
「…………ほら」
「おお……あんなにも複雑そうな顔をしている兄貴を見るのは初めてだ!」








今回の前書きでやろうとした小ネタ



 少し更新が開きましたので、前回のあらすじを簡単に……。




 シリウスが昼食を食べていた頃、ホクトは建物の陰で欠伸をしていた。

「オン!」

 今日のブラッシングは首周りを中心にやってもらおう……そう思いながらホクトは寝転がっていた。



 …………え?
 あらすじの視点がそこじゃない?


 以下……本来のあらすじへ続く。




 ようやく更新する事が出来ました。
 もう自分でも笑いたくなるくらいに行き詰っていまして、進みが異常に遅くなっております。
 最近色んなものを見ているせいか、キャラの性格がずれて変な台詞になっていないかと不安にもなっていたり……。
 調子が戻るまでもうしばらくかかりそうです。


 次回の更新ですが、今回と同じく来週以降……となります。
 不安定な更新で申し訳ありませんが、ご了承くださいませ。
+注意+
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