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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十八章 不揃いの天使

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懐くまでの第一歩


 結局カレンとの距離はほとんど埋まらないまま、朝食を食べ終えた俺たちは旅を再開した。

 相変わらずカレンはホクトを怖がっているが、フィアにくっ付いた状態なら近づいても大丈夫そうなので馬車に乗せる事は可能だった。

「あの鳥は……ルカインバード」
「じゃあ、あの花はわかるかしら?」
「あれは……ミオリ花。ちょっと寒い時に咲く花で、お腹が痛い時に潰して食べると痛くなくなるの」
「詳しいのねカレンは」
「うん。おかあさんに教えてもらったの」

 そして現在、馬車の後部ではフィアの隣に座ったカレンによる説明会が繰り広げられていた。
 昨夜と違って体力がある程度回復したのか少しだけ饒舌である。
 相変わらずカレンの表情に変化は見られないが、フィアに褒められている時だけは翼を動かして喜んでいる気がするな。何とも微笑ましい光景である。
 おそらくあの翼は、姉弟の尻尾みたいに感情が表れてしまうのだろう。

「あと、家にあったご本に書いてあったの」
「カレンはもう文字が読めるのね」
「ちょっとだけ。おかあさんが教えてくれたから……」

 翼をパタパタと動かしながらフィアと会話しているカレンの後ろ姿を、俺とエミリアは御者台に座って眺めていた。
 ちなみにレウスとリースは馬車の外で走りながら二人の会話を聞いているようである。

「カレンは凄いな兄貴。俺がカレンと同じ頃って、文字どころか本すら知らなかったぜ?」
「私もです。カレンちゃんはとても勉強熱心な子のようですね」
「お前たちは文字とは無縁の暮らしだったからな。それにしても……」

 俺は少し違和感を覚えていた。
 先程俺が口にしたように、銀狼族は人里離れた森の奥深くに住んでいるので文字を覚える必要がほとんどない。
 そして本や人伝の情報によると、有翼人もまた人里離れた場所で住んでいるようなので、文字を覚える必要性がなさそうである。更に本があるという点も変なので、実は密かに人と交流をしているのだろうか?
 幾つか気になる点が出てきたが、饒舌に語っているカレンに質問して怖がらせるわけにもいくまい。口を挟むのは止めておくとしよう。

「カレンは本を読むのが好きなのかしら?」
「うん。本を読むの好き。色んな事がわかるの……面白いの」
「じゃあこれは知っているかしら。あのミオリは擦り潰して食べるんじゃなくて、乾燥させた後でお湯に浸して飲む方がいいのよ」
「そうなの?」

 補足すると、ミオリ花には鎮静作用が含まれているからである。
 乾燥させてお茶にする事により、無駄な成分が抜けて効率良く必要な成分を取り込む事が出来るからだ。ちなみに飲み過ぎると腹を下すので注意が必要である。
 そんなフィアによる豆知識を聞いたカレンは興味深そうに翼をパタパタと動かしていた。

「でも……何で?」
「えっ!? えーと……詳しい説明になると難しいのよね。鎮静作用と言ってもわかるかどうかー……シリウスお願いね」
「こっちに振るのは構わないんだが、俺だと怖がるんじゃないか?」
「……どうして?」
「どうやら大丈夫そうね」

 フィアの袖を握って怖がってはいるが、教えてほしいとばかりに俺へ視線を向けているので大丈夫……かな?
 まあ何かあれば、俺も外を走って距離を取ればいいか。
 俺はカレンでもわかるように、なるべく噛み砕きながら説明をしてみた。

「……というわけなんだが、少し難しかったか?」
「わからないところもあったけど……面白かった」

 時々確認を取りながら説明を終えたが、驚く事にカレンは明確な理解を見せていた。
 どうやらカレンは好奇心が旺盛なだけではなく、相当頭が切れる子のようだな。

「カレンは私と同じで様々なものを見たり知ったりするのが好きなようね。大きくなったら冒険者になるのもいいかもしれないわ」
「冒険者は……魔物と戦うから凄く怖いって、おかあさんから聞いたよ?」
「そうね、確かに魔物は怖い存在だわ。昨日カレンが見た魔物は怖かったでしょ?」
「うん。狼もだけど、あのぶーんって音……嫌い」
「でも今朝カレンが食べた蜂蜜は、その嫌いな魔物が作ったものなのよ?」
「っ!? あんなに……美味しかったのに?」

 その真実を知ったカレンは、衝撃を受けたかのように目を見開いていた。
 思い出してみれば、今朝食べたフレンチトーストより、その上にかけていた蜂蜜の方が気に入っていた気がする。
 嫌いと思っていた魔物があんな美味しいものを生み出すのが信じられなかったのかもしれない。

「とまあ、冒険者になると色んな事がわかるようになるの。その代わり、魔物と戦えるくらいに強くならないと駄目だけどね」
「戦わないと駄目なの?」
「絶対ってわけじゃないけど、いつかは戦えるようになっておいた方がいいわ。大切なのは強くなる事。それだけは覚えておきなさい」
「……うん」

 おそらくフィアは、己の身を守れるようになれとカレンに教えたいのだろう。
 その点に関しては俺も同感だし、見たところ無理強いさせるつもりないようだ。
 何より、戸惑いつつも頷くカレンを見るフィアの目は慈愛に充ち溢れているので、その辺りに関する教育は任せて問題はなさそうだな。





 それから偶に襲いかかってくる魔物を倒しつつも馬車は街道を進み続け、日が沈み始めた頃に俺たちはハンガルという町へ着いた。
 本当なら昼頃には到着する予定だったが、カレンを驚かせないように馬車の速度を落としていたので少し遅くなってしまったのである。
 大国と言えるアービトレイの半分にも満たない規模であるハンガルだが、冒険者や商人にとって宿場町でもあるので自然と人が集まる町でもあった。

 俺たちは多くの人が行き交う道を馬車で進んでいるのだが、ホクトとフィアの存在もあって俺たちは相変わらず目立っていた。
 そんな状況の中、俺は周囲の視線を探ってみたが……。

「……今のところ、カレンへの妙な視線は向けられていないようだな」
「有翼人で一番目立つのは翼ですから、それを隠せば普通の子供にしか見えませんね」

 とりあえずカレンにはサイズの大きいローブを羽織らせて翼を隠しているので、驚いて翼が広がらない限り有翼人だとばれる心配はないだろう。

「私たちの場合はカレンちゃん以上に目立っちゃう人がいるからなぁ……」
「カレン。翼を急に動かさないように気をつけるのよ」
「……うん」

 フィアの袖を握り、周囲の人々に怯えながらもカレンは素直に頷いていた。

 その後、特に問題もなく宿の確保を済ませた俺たちは、宿にある食堂で夕食を食べていた。
 唯一の問題点は宿の主人が獣人ではなかったので、ホクトが宿内に入れず馬車を預けた倉庫で寝ている事だろうか。

「へぇ……こんな味付けもあるんだね」
「美味しいとは思いますが、私にとっては少し味が濃過ぎる気がしますね」
「俺もそう思う。やっぱり兄貴の味付けが一番だな」

 六人掛けのテーブルに座り、地方独特の味を楽しみながらも夕食を食べ終えた俺たちだが、リースとレウスのハラペコ姉弟はまだ足りないようで追加注文をしていた。
 一方、カレンだが……。

「まだ一つしか食べていないけど、カレンはもういいの?」
「うん。お腹いっぱい」
「それは駄目だぜカレン。沢山食べないと大きくなれないぞ」
「そうだよ。もっと食事を楽しまないとね」
「あう……」
「止めなさい。貴方たちと一緒にしては駄目ですよ」

 子供なのもあるが、俺たちの中では珍しい小食な子である。
 そんなやりとりをしながら追加料理を待つ間、俺たちはこれからの予定を話し合っていた。

「明日は有翼人に関する情報を集めながら町でのんびりするとしよう。後は状況次第だな」
「わかりました。今日は久しぶりにベッドでゆっくりと休む事が出来そうですね」
「野営でもホクトが守ってくれるから安全だけど、やっぱりベッドがあると違うよね」
「そうね。カレンも外ばかりじゃ辛いでしょ?」
「そんな事ない。今は暖かいから平気」
「……きっと毛布一枚で床に寝かされていたのでしょう。色んな意味で寒かったんだと思います」
「俺の場合は姉ちゃんと一緒だったけど、カレンは一人だったんだよな……」

 皆が同情するようにカレンを見るが、当の本人は果実水が注がれたコップを両手で握ったまま首を傾げるだけである。
 あまり気にしていないのは奴隷の期間が短かった御蔭だろう。

「まあ……見ての通り本人が深刻そうにしていないんだ。俺たちが過剰に心配しても仕方がないだろう」
「うん、私たちの事も時間をかけて慣れてもらうしかないね。それにしても……可愛いなぁ。でも下手に近づけないからもどかしいよ」
「私はカレンちゃんの頭を撫でてあげたいです」
「そうねぇ。私も撫でてあげたいんだけど……」
「……美味しい」

 現状、唯一懐いているフィアであろうと、手を伸ばすとカレンは叩かれると思って逃げてしまうからな。
 そんな風に女性陣が悩む中、少女は一人マイペースに果実水を飲むのであった。





 次の日、久しぶりのベッドで気持ち良く目覚めた俺は手早く準備を済ませ、女性陣の部屋を訪れたのだが……。

「……カレンが起きない?」
「はい。何度も声を掛けてみたのですが……」
「むずがるだけで起きないんだよ」
「私が何度も揺すっても起きないのよね」
「病気……じゃないよな? それだったら兄貴が気付く筈だし」

 すでに三人は目覚めて出掛ける準備は出来ているのだが、カレンだけベッドに眠ったままなのである。
 最初は衰弱していたせいだと思ったが、話を聞いていると違うようだ。

「もう……ちょっと……」
「なあ兄貴。これ……普通に寝ているだけだよな?」
「私もそう思う。久しぶりのベッドが気持ち良いのかな?」
「そういえば、昨日は私の隣で何度もうたた寝していたわね。疲れているせいかと思ったけど、どうも違うみたいね」

 あと五分……と、今にも口にしそうなその状況から、どうやらカレンは低血圧なお嬢様のようだ。
 それにしても、ここまで気持ち良く寝ていると起こすのも気が引けてくるな。

「仕方がない、ギルドには俺とレウスだけで行ってこようか。皆はカレンの様子を見ながら休んでいてくれ」
「うん、カレンちゃんの事は私たちに任せて」
「では少し作戦を練りましょう。少しでも早くカレンちゃんを撫でる為にです」
「作戦もいいが、カレンが起きたら俺に連絡してくれよ」

 カレンは俺たちとどれだけ一緒にいられるかわからないし、下手すればこの大陸を隅々まで歩き回る可能性だってあるのだ。
 少し荒療治かもしれないが、カレンには町中を歩き回って少しでも人混みに慣れてもらうべきだと皆に説明しておく。もしかすると顔見知りと会う可能性もあるからな。

「わかりました。では準備が整いましたらシリウス様に連絡しますね」
「ああ。その後は町中で合流する流れにしよう。それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
「「行ってらっしゃい」」
「……くぅ……」

 穏やかな眠るカレンの寝顔を一瞥し、俺はレウスを連れて冒険者ギルドへと向かうのだった。



「有翼人……ですか?」
「非常に珍しい存在と聞きましたので、どこに行けば会えるのかと思いまして」

 冒険者が込み合うハンガルの冒険者ギルドへやってきた俺とレウスは、旅の途中で集めた魔物の素材を買い取ってもらい、その計算をしている間に受付の女性へ有翼人について聞いてみた。
 まずは軽い気持ちで聞いてみたのだが、その質問をするなり受付の女性は一瞬だけ呆れた表情を見せた。

「……お聞きしますが、有翼人を探してどうするおつもりですか?」
「私は見聞を広める為に世界を巡っていまして、珍しい景色や種族の方々と交流してみたいからです。もしかして有翼人と関わるのは禁止されているのでしょうか?」
「特にそういうのはありません。ですが、何であろうと有翼人を探すのは止めた方がいいですよ。有翼人の住処は北東にある山脈ですから」
「何でだよ? 俺たちは有翼人に会って話がしたいだけだぜ」
「この辺りは初めてでしたね。実は北東の山々は『竜の巣』と呼ばれる広大な山脈地帯で、名前の通り数多くの竜が生息する危険な場所なんです。そして有翼人の住処はその竜の巣の中心近くにあると言われていまして……」

 有翼人や竜の素材を求めて突撃した冒険者は瀕死の状態で逃げ出すか、竜たちに殺されるかのどちらかだそうだ。

「随分と危険な場所のようですが、何故そこに有翼人の住処があるとわかっているのでしょうか?」
「過去に一度だけ、有翼人と遭遇して帰ってきた冒険者がいるからです。その冒険者は記録も残していまして、知性のある竜と遭遇して説得し、有翼人と友好を結んで戻ってきた……とあります。かなり昔の記録なのでどこまで本当か確認しようがありませんが……」

 前例があるならと竜を説得しようと向かった冒険者もいたそうだが、そんな竜は存在せず逃げ帰る話ばかりだそうだ。

「とにかく竜の巣へは命が幾つあっても足りませんので、有翼人と関わるのは止めた方がいいですよ。私たちが危険だと何度も口にしても、毎年調子に乗った何組かのパーティーが挑んでは戻ってこないので……」

 目的は様々だろうが、忠告を聞かず竜の巣から帰ってこなかったり、瀕死で戻ってくる冒険者たちを見続けてきたのだろう。
 最初の質問で見せた呆れた表情はそういうわけだ。

「わかりました。忠告ありがとうございます」
「いえいえ。シリウス様には足りない素材を持ち込んでいただいて非常に助かりましたから」

 道中で多くの魔物と戦って素材を剥いで来たが、あまり集め過ぎると嵩張るので希少な部位だけを剥ぎ取っていたからな。
 あまり数が取れない素材を一気に売った御蔭もあり、俺たちは受付の女性に笑顔で見送られながらギルドを後にするのだった。



 それから更に他の人や情報屋から有翼人について聞いてみたが、大半はギルドで聞いた話とほとんど変わりはなかった。
 変わった情報になると、有翼人と竜は共存関係を結んでいる……とか、山を覆い尽くす程の竜がいた……等と少し眉唾物な情報もある。
 危険な場所だというのは共通しているが……。

「どちらにしろ、竜の巣とやらへ行ってみるしかなさそうだな」

 希少な種族なので情報が少ないと思っていたが、予想以上に早く有力な情報を得る事が出来た。
 色々と気になる点は多いが、特に有翼人と竜が共存関係を結んでいる点は興味深い。
 翼が生えている有翼人は空を飛べても、竜と比べると体の大きさどころか強さも明らかに違うからだ。もしかすると有翼人だけしか知らない特殊な能力があるのかもしれない。
 謎が多く興味が尽きないので、もしカレンの件が無かったとしても有翼人の住処へ行こうと俺は思っただろう。

「なあ兄貴。キースの所で戦った、あの飛んでいた竜とは違うんだよな?」
「あの竜はよくて下、中竜種だな。今回は何倍も大きく強そうな竜が多そうだから、準備は怠らないようにしないとな」

 この世界の竜は様々な種類がいるが、大まかに上竜種、中竜種、下竜種と分けて呼ばれている。
 ちなみにアービトレイの城で戦った翼竜は下竜種で、ドラグロスの部位に使われていた竜は中竜種だ。
 そしてギルドや情報屋の話では、知性のある竜……上竜種らしき姿も確認されている。

「怖いわけじゃないけどさ、本当にそんな所に行って大丈夫なのか兄貴?」
「別に戦うと決まっているわけじゃないんだ。情報通りなら、竜にカレンを預けて立ち去ればいいのさ」

 過去の記録によると話が通じそうだし、事の状況を説明すればカレンを通してもらえるかもしれない。そしてあわよくば俺たちも通してくれるのを期待していたりもする。
 だが何か理由があって通してくれなかったり、問答無用で戦闘になる最悪の場合にも備えておかねばなるまい。
 他にもホクトに頼んで強行突破してもらい、有翼人の住処にカレンだけ置いて立ち去る方法もあるな。
 何にしろ、竜の巣へ行ってみなければわからないか。

「さて。情報も十分得れたし、皆と合流するとするか」
「おう! 今頃姉ちゃんたちは、カレンを撫でようと頑張っているんだろうな」

 あまりカレンに入れ込み過ぎると別れが辛くなるだろうが、世話を焼くのを止めろとも言えない。
 しかし色々と経験豊富なフィアも含め、肉親と別れる辛さを知っているエミリアとリースならそれを理解している筈だ。
 一応それに関する対策手段はあるし、今は好きにさせておくとしよう。

 情報を集めている最中にエミリアから連絡は来たので、俺とレウスは時間に合わせて合流場所である町の中心部へと向かうのだった。



 うちの女性陣はフィアを筆頭にかなり目立つのですぐに見つかったが……そこでは女性二人の戦いが繰り広げられていた。

「カレンちゃん、こっちのを食べますか?」
「こっちも美味しいよ?」
「……いらない」

 エミリアとリースが屋台で買った串肉をカレンに食べさせようとしているのである。
 しかし首を横に振って振られてしまい、二人は差し出していた串肉を悲しそうに自分の口へ運んでいた。

「まだ駄目ですか……」
「美味しいけど、ちょっとしょっぱい味がするよ」
「でも昨日に比べたらマシになっているようね」

 昨日は拒否するどころか無言でフィアの背中に隠れていたからな。
 今は隠れはしないので、確かにマシにはなっているが……。

「美味しい?」
「……うん」
「ふふ、シリウスとは違った愛おしさを感じるわね」
「何ですかフィアさん。それは勝者の余裕ですか?」
「私も食べさせてあげたいよ……」

 フィアが差し出した串肉はしっかりと食べているのである。
 ついでにカレンの腹が減っていなかったわけではない事実もあり、二人は更に悔しそうにしている。
 そんな状況に苦笑しつつ合流しようとしたが、俺たちより先に女性陣へ近づく三人の男たちがいた。
 またフィアやエミリアを狙った不埒な輩だろうか?
 いつもならそういう連中はホクトを見て近づいてこないのだが、あいにく今日のホクトはカレンに怖がられないように物陰から見守っているので男たちは気付いていないようだ。

「あいつ等。行こうぜ兄貴!」
「いや……ちょっと待て。ホクトも待てだ」

 近づいてきた男たちにカレンが怯えているのだが、少し様子が変だ。まるで男たちを見たくないとばかりにフィアの背中に顔を埋めているのである。
 それにあの男たち……顔は初見だが『サーチ』で感じる魔力の反応から、昨日俺たちに魔物を押し付けた連中のようだ。俺たちの前を通り過ぎただけだし、あの三人は馬車内にいたのでこちらの顔を知らないようだ。
 すぐに飛び出すべきだろうが、ある事を思いついた俺は少し様子を見ようとレウスとホクトに待機の指示を飛ばす事にする。
 気配を殺しながらいつでも飛びだせるように身構えていると、カレンの状況に警戒を強めたフィアが鋭い目を向けながら男たちへ話しかけていた

「……私たちに何か用かしら?」
「ようエルフの姉ちゃん。あんたのような美人とお近づきになりたい……と言いたいところだが、その背中にいる子供に用があるんだよ」
「用があるならそこで言いなさい。この子が怖がっているからあまり近づかないでほしいわね」
「ちっ……仕方ねえな。実は俺たちの奴隷である有翼人の子供がいなくなったんだが、そこの子供がよく似ている気がするんだよ。ちょっとだけでいいから顔を見せてくれねえか?」
「断るわ。それにこの子は奴隷なんかじゃなくて……私の妹よ」
「おいおい、そんなので誤魔化せると思ってんじゃねえぞ。お前もいつまで泣きついてんだ! 奴隷ならさっさと帰って来やがれ!」
「ひっ!?」

 一歩も引かないフィアに男たちは徐々に苛つき始め、怒鳴り声によってカレンの羽織っていたローブの背中部分が大きく盛り上がっていた。
 カレンは反射的に動かしてしまった翼をすぐに畳んだが、男たちはしっかりと見ていたらしく確信を得たような笑みを浮かべながらフィアに詰め寄っていた。

「所詮は餓鬼か。なあ姉ちゃん、今のはどう見ても翼だろ? エルフの妹が有翼人ってのはおかしくねえか?」
「家族っていうのは血の繋がりだけじゃないわ。そんな事もわからないなんて小さい男ね」
「なんだと!」
「おい、もういいだろうが。妹だろうが何だろうが俺たちが連れていた奴隷には違いねえんだ。さっさとこっちへー……」
「お待ちください」
「させない!」

 残った二人の男が手を伸ばしてきたが、すかさず間に割り込んだエミリアが男たちの手を掴み、リースはカレンを守るように背中から抱きしめていた。

「これ以上、私たちの妹を怖がらせるのは止めていただきますか? 場合によってはこちらも強硬手段を取らせていただきますよ」
「私たちの妹には指一本触れさせないから!」
「ち……いい加減にしろ! 人様の物を奪って偉そうにしてんじゃねえ!」
「ねえ、さっきからこの子の事を奴隷って言うけど、その証拠はあるのかしら?」
「はあ? この餓鬼には隷属の首輪が嵌められてー……」

 意図を理解したリースはカレンの首元が見えるようにローブを少しずらし、首輪も傷跡もなくなったカレンの首元を見せていた。

「どうかしら? 奴隷の証もないのに、自分のものだと口にする貴方たちの方がおかしくないかしらね?」
「……どうなっていやがる」
「鍵はあいつが持っていた……よな?」
「理解したのなら帰る事を勧めるわ。さもないと……痛い目に遭うわよ?」
「どこまでも強気な女だ。くそ……もう面倒になってきたな」
「俺はそういう女は嫌いじゃないぜ。面倒なら、餓鬼のついでにこの女たちも連れ帰って遊ばねえか?」
「ならよ、姉ちゃんたちの前に俺と遊ばねえか?」
「ガルルルルッ!」
「「「うおっ!?」」」

 気配を殺しながら徐々に接近し、フィアの言葉に合わせてレウスとホクトが殺気を浴びせれば、男たちは冷や汗を流しながら固まっていた。

「な、何で魔物が町に!? それに何でこんな怒って……」
「その狼は俺の従魔で、お前たちが絡んでいるのは俺たちの家族だからだ。危害を加えようとすれば怒るのも当然だろう?」
「じゅ、従魔だろうが何だろうが知らねえよ! いいからさっさと下がらせろ!」
「ちょっと待てよ。俺たちと遊ぶんじゃねえのか?」
「オン!」
「ひぃっ!? わ、わかったからそれ以上近づくんじゃねえ!」
「それ以上何もしないなら手は出さないさ。ところで幾つか聞きたい事があるんだが、お前たちは昨日ー……」
「逃げろ!」
「と、とにかく報告だ!」

 カレンについて色々と聞いてみようと思ったのだが……質問する前に男たちは逃げ出してしまった。
 やれやれ、あんな胆力では蜂や狼から逃げ出して当然だな。
 あの馬車でどういう立ち位置だったのかはわからないが、あれでは明らかに実力不足であろう。
 溜息を吐きながら男たちを見送ったところで、俺たちはカレンを囲んでいる女性陣の下へ向かった。

「大丈夫か姉ちゃん?」
「こちらは問題ありません。それよりシリウス様、一つ聞きたいのですが……近くにいたのにどうして隠れていたのでしょうか?」
「そうだよ。カレンちゃん、凄く怖がっていたんだから」
「それについては悪かった。少し強引だと思ったが、カレンにエミリアとリースを理解してもらおうと思ってな」
「理解……ですか?」
「それはどういうー……あっ!? ご、ごめんねカレンちゃん。いきなり抱き締めちゃったけど……痛くなかった?」
「……平気」

 カレンを抱きしめたままだったリースは慌てて離れたが、カレンはフィアに隠れる素振りを見せないどころか自分を守ってくれた三人の顔をじっと見つめていた。

「私……おねえちゃんたちの妹なの?」
「私はそう思っているわよ。もちろん、貴方たちもでしょ?」
「はい。私もカレンちゃんの事は妹だと思っていますよ」
「わ、私もだよ。もしかして嫌……だったかな?」
「……そんな事ない。私、おねえちゃんが沢山いて……嬉しいよ」

 そしてカレンはほんの少しだけ口元を緩ませながら、エミリアとリースの顔をしっかりと見据えているのである。
 カレンが危なくなればエミリアとリースが絶対に守ると思っていたが……どうやら上手くいったようだな。
 少々怖がらせてしまったが、カレンもこれで二人に慣れ始めるだろう。女性たちだけの時ならもっと気を許してくれるようになる筈だ。
 ゆっくりと近づけばカレンは逃げなくなったので、二人は笑みを浮かべながらハイタッチを交わしていた。

「やりました。次は頭を撫でてあげる事に挑戦ですね」
「焦っちゃ駄目だよエミリア。私だってカレンちゃんの頭を撫でてあげたいんだから、もっとゆっくりとー……」
「やったな姉ちゃん! なあカレン、実は俺もカレンの事は妹だと思ってー……」
「っ!?」

 便乗しようとしたレウスが近づいていたが、カレンは慌ててフィアの背後に隠れてしまっていた。
 エミリアとリースに睨まれ、その後ろ姿に哀愁を漂わせるレウスは落ち込んだ様子で俺へと振り返る。

「兄貴ぃ……」
「まあ……俺たちは男だから仕方ないさ。これからゆっくりと理解してもらえばいい」
「クゥーン……」

 あの時、エミリアたちに任せず俺たちが助けに入っていれば、カレンは俺たちに懐いていたかもしれない。
 しかし仲良くなるなら異性で身長が高い俺たちより、同じ女であるエミリアとリースの方が懐きやすいと睨んでいたからだ。
 後は女性陣と仲良くしている俺とレウスを見ている内に、自然とカレンも気を許すようになる筈だろう。



 それから俺たちは少しだけ町を散策した後で近くの食堂に入り、昼食を食べながら集めてきた情報を共有していた。

「……というわけで次の目的地は竜の巣だ。危険な所に行く事になってすまないと思うが、行ってみる価値はあると思う」
「シリウス様は謝る必要はありません。私たちはどこまでもお付き合いします」
「早くカレンちゃんを家に帰してあげないとね」
「それにしても、竜と共存しているなんて不思議ね。カレン、貴方がいた家の周りに竜はいなかったのかしら?」
「うん、竜なら沢山いるよ。ここには一人もいないから不思議だと思っていたの」

 本人に聞くのが一番手っ取り早かったかもしれないが、カレンの説明では家の周囲は山に囲まれた高い場所……としかわからなかった。
 更に有翼人にとって竜は当たり前のような存在なので、こちらから聞かれないとわからなかったのだろう。

「これで間違いなさそうだな兄貴」
「ああ。今頃カレンの母親が探しているだろうし、今日中に準備を済ませて明日にはここを出発するとしようか」

 そして全員の意見が一致し、残った料理を片付けようとしたところで大きな声が食堂内に響いたのである。

「あれだ、あそこで飯を食っている連中だ」
「なあ、俺はもう連中と関わりたくねえんだからよ、もう帰ってもいいだろ?」

 聞こえてきた声に振り返れば、先程絡んできた連中が食堂の入口に立っていたのである。
 仕返しにきたのかと思っていたが、どうも様子が変だな。

「ふむ……確かに覚えのある顔だ。よし、お前たちはもう帰っていいぞ。これで契約も終了で構わないな?」
「頼んだって二度とやるかよ!」
「俺たちは忠告したからな!」

 よく見ると連中は明らかに気配の違う一人の男を連れていた。
 そして男は案内してきたであろう連中に小さい袋を渡した後、柔らかい笑みを浮かべながら俺たちの前にやってきたのである。

「申し訳ありません。少々お時間をよろしいでしょうか?」
「あ……う……」
「どうしたのカレン? 私たちがいるから大丈夫よ」

 一見、相手に警戒心を与えないような笑みを持つ男だが、カレンが怯えてフィアの背中に隠れるのも無理はあるまい。
 なにせこの男は……。

「一つ聞くが……あんたは俺たちに何をしたのか理解した上で来たんだよな?」
「それはもちろん。ですからこうして皆様に謝罪をしにきたのです」

 申し訳なさそうに深々と頭を垂れた男は、昨日馬車内で俺たちに魔物を押し付けるように叫んでいた張本人だったからだ。





 まずは更新が大幅に遅れた謝罪させていただきます。
 予期せぬ予定に加え、本筋に乗せる為の流れが全く浮かばずとにかく悩み続けておりまして……とにかく申し訳ありません。

 とまあ、グダグダ書いても不快だと思われるので……気持ちを切り替えて報告を。




 さて……遂に『ワールド・ティーチャー』の3巻が発売となりました。
 場所によってはすでに本屋に並んでいたり、某大手通販サイトでは発送が始まっていると思います。

 それに合わせて重要な報告がありますので、本日にでも挙げる活動報告を見ていただけたら……と思います。



 次回の更新ですが……ちょっと現状不明です。
 さすがに二週間は空けないと思いますが、作者の調子次第で来週以降……と考えておいてください。
+注意+
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