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それでも王です

「シリウス様! ご無事でしたか?」

「兄貴!」

「オン!」


 弟子たちが部屋に突入してきた事に驚いていると、姉弟とホクトが俺に近づいてきて無事を確かめてきた。

 その後ろからリースとフィアが続いたが、苦笑している様子から姉弟とホクトを抑えるのに相当苦労したのだと推測出来る。後で詳しく聞いて労ってあげなきゃな。


「あ、ホクト様だ!」

「百狼様だと!? それにこの者たちは一体……」

「お耳を……」


 メアはホクトを確認して喜んでいるが、状況がわからない獣王はメアを守ろうと身構えていた。

 警戒している獣王の背後へ回り込んだグレーテが耳打ちをすれば、獣王は目を見開きながら俺たちに視線を向けてきた。


「……それは真か!?」

「確かです。あちらをご覧になればわかるかと……」


 どうやらグレーテが俺たちの事を説明してくれたようで、ホクトが俺の胸に擦り寄っているのを確認するなり獣王は頭を抱えていた。

 その間に、俺は弟子たちから外ではどんな風になっていたのか説明してもらっていた。


「ご覧の通り、百狼様に認められた者です。それに無償でメアリー様に魔法の技術と食事まで与えてくださいました。信じるに値するかと」

「……すぐにあれを確認して持ってきてくれ。責任は私がとろう」

「わかりました」


 そして音を立てる事なくグレーテは部屋から出ていったが、獣王の真剣な表情から俺がエリュシオンに関係する人物だと理解してくれたようだ。


 本来なら受けた仕打ちに怒るべきだろうが、俺は牢屋に入れられただけだ。尋問で痛め付けられてもいないし、奪われた物を返してもらえるならそれでいいと思っている。

 詰まるところ、俺はあまり気にしていないのだ。

 前世でもっと酷い対応を受けてきた事があるので感覚が麻痺しているともいう。もちろん、酷い事をしてくればそれ相応にやり返すつもりだがな。


 だが……向こうからすれば俺はエリュシオンの使者のようなものだし、俺が簡単に許してエリュシオンという国が舐められるのも駄目だ。

 ここからは相手の出方と、俺の対応にも気を付けないとな。正装が必要と、あのマントを着けてきたのは失敗だったな。


「メアリーよ……その、何だ……」

「ん、どうしたのお父さん?」

「くっ……いや、何でもない」


 しかし何も言わないという事は、メアや他の従者たちがいるこの場では口にし辛いのだろう。

 王という立場上、家臣が見える前で下手に出る姿を見せられないからな。規模は圧倒的に違うが、上に立って導く者としてその気持ちはわからなくもない。

 とにかく謝罪しようとする姿は見られるので、しばらく様子を見るとしようか。



「そっかぁ、お姉さんたちはお兄さんから色々教わっているんだね」

「はい、私たちはシリウス様に救われるだけじゃなく、様々な事を教わっています。シリウス様の素晴らしさは留まる事を知らず、常に私たちの目標としてー……」

「ねえエミリア。また洗脳しようとしていない?」

「私はシリウス様の素晴らしさを語っているだけです」

「本当にそうかしら? 私かリースの目を見ながらもう一度言ってみなさい」

「何だかよくわからないけど、お兄さんが凄いのは私もわかるよ」


 それから弟子たちとメアが互いの紹介を終えて仲良く談笑していると、部屋の扉が開いて奪われたナイフとマントを手にしたグレーテが戻ってきた。


「どうぞ。物は間違いない?」

「大丈夫です。ですが……マントはとにかく、城内で武器まで返して良いのですか?」

「いい。武器を持った冒険者に遅れをとる獣王様じゃないし、メアリー様は私が守るから」


 見たところ獣王は何も言ってこないし、弟子たちも武器を持ったままだ。

 おそらくそれだけ獣王の実力が優れているのだろう。こちらも攻撃するつもりはないし、向こうが納得しているならそれでいいか。

 俺に装備を渡してから頭を下げたグレーテは、続いてメアに向かって頭を下げていた。


「メアリー様。簡単な食事の用意も出来たから、皆で食べたらどう?」

「あ、そっか。まだ食べていなかったね」

「うむ、それが良いだろう。お主たちも遠慮せず食べるといい」


 言われて思い出したのか、俺の腹が空腹を訴えるように鳴り出していた。昼食を食べていないから当然か。

 弟子たちも同じらしく、腹が鳴って少し恥ずかしそうにしていると、城に勤めている従者が大きい皿を持ってきてテーブルへ置いていた。

 その大きな皿には人数分以上のサンドイッチやフルーツ等が盛られていて、手で摘めるような軽い食事ばかりである。


「もう大分昼を過ぎているから軽いものにしておいた。もし足りなかったら追加する」

「ありがとうございます。それでは……」


 俺とフィアはともかく、姉弟やリースには物足りないと思うので夕食は少し豪勢にするとしようか。

 見たところ怪しい食材は使われていないようだし、鼻を動かしたホクトも問題ないとばかりに静観している。何より獣王が全く気にせず食べているので毒を盛るつもりはないようだ。

 そして俺がサンドイッチを手に取って口にしたところで、弟子たちも続いて食べ始めていた。


「……うん。これは大丈夫だよ、メアリー様」

「ありがとう」


 俺のシチューを食べた時もそうだったが、やはりグレーテが毒味したものじゃないとメアは食べられないようだ。

 それにしても……妙だな。

 一応王族なのに俺たちと同じ皿のものを食べているのも変だし、一番上である獣王が毒味もせずに黙々と食べているけどいいのだろうか?


 そんな違和感を覚える食事を終えた頃、腹が膨れたせいかメアが少し眠そうにしていた。

 魔力枯渇で倒れて起きたばかりだから、メアはまだ本調子とは言い辛い。

 そんな状態で俺を助けようと動き回ったり、弟子たちと会話して騒いでいたから眠たくもなるだろう。


「メアリー。お前は病み上がりなんだから、もう少し寝ていなさい」

「でも、お兄さんとホクト様が……」

「彼等は私が歓待しておこう。メアリーが色々と世話になったようだからな、夕食をご馳走しなければ気が済まん」


 強引ではあるが、先程のような親馬鹿ではなく王としての言葉だったので俺は頷いておく。

 そんな俺の様子に安心したのか、メアが大人しく部屋の奥にあるベッドへ向かったのを確認した俺たちは獣王と一緒に部屋を出た。

 部屋を出るなり獣王が鋭い視線を向けてきたが、もう殺気を放つ事はしなかった。


「シリウス……と言ったな。まずは落ち着いてお主と話がしたい。私の部屋へ来てほしい」

「私だけですか?」

「……その連れている者たちは、お主にとってどのような存在なのだ?」

「私の大切な弟子で、そして家族でもあります。勿論、こいつも大切な家族です」


 俺がそうはっきりと伝えれば弟子たちは笑みを浮かべながら頷き、ホクトは俺の胸元へ顔を擦り寄せてくる。

 そんな光景を眺めていた獣王は少しだけ表情を柔らかくしていた。


「家族……か。ならば一緒で構わない。非があるのはこちらだからな」


 そう言った獣王は背を向けて歩き出したので、俺たちはその後に続いた。


 前を歩く獣王の背中は大きく感じさせるだけでなく、近づく者を圧倒させるような威圧感を自然と放っている。

 出会ってから親馬鹿ばかり目立つが、やはり彼はこの国の王なのだと理解させられるのだった。




 獣王に連れられ、俺たちは城の一番奥でもある王の私室へとやってきた。

 メアの部屋は花や可愛らしい置物で彩られていたが、こっちはテーブルにベッドやらと必要なもの以外は置かれていない実用重視な部屋である。


「この部屋は執務室も兼ねているのだ。お前たちは適当に座ってくれ」


 広い部屋の中央にある大きなテーブルの前に俺たちが着席すれば、部屋に待機していた従者が紅茶を用意してから静かに部屋を出て行った。

 そして部屋にいるのが俺たちだけとなった後、獣王は立ち上がり……。


「色々とあるだろうが、まずは謝罪をしたい。シリウスよ、本当にすまなかった」


 俺へ深々と頭を下げてきた。

 状況からして家臣の独断行動が悪いと思うのだが、彼は上に立つ者の責任として、王でありながらも冒険者である俺に頭を下げたのだ。


「……謝罪するという事は、本来私は投獄される必要が無かった……という意味でよろしいでしょうか?」

「情けない話だが、その通りだ。我等の失態によって罪のないお主に不快な思いをさせてしまった。もはや謝って済む問題ではないだろうな」


 話によると、獣王はグレーテから事情を聞くまで、俺の事を娘に取り入ろうとする悪い虫と思っていたらしい。

 俺が『ブースト』を教えたせいでメアが倒れた事に怒りは感じても、牢屋にぶち込むまでは考えてなかったそうだ。


「元凶である者たちはどうされるのでしょう?」

「現在、お主の投獄に関わった者を全て探している状態だ。その後然るべき処置を下すつもりだが、処遇に希望があれば聞こう。だが、命までは許してほしい」

「そこまでは言いません。事の重大さは理解されているようですし、獣王様なら適正な判断を下せると思いますので」

「ああ。その点はしっかり判断し、後で報告しよう。しかし……頭が痛いものだ。すまないが、先程のマントを見せてもらってもよいか?」

「どうぞ、ご確認ください」


 渡したマントを広げた獣王は、大きく描かれた紋章を確認してから顔を上げた。


「資料でしか見た事が無いが、確かにかの有名なエリュシオンの紋章だな。一つ聞きたいのだが、このマントを奪われた時の状況を教えてほしい」

「そうですね……城へ来てから私の顔しか見ていなかったですし、牢屋の番人も碌に確認せずにマントを奪って袋へ突っ込んでいましたから、紋章をよく見ていなかったと思います」

「有名だけど遠い大陸だから、エリュシオンの紋章がわからなかったのかも」

「ありえるわね。魔法を極めし者(マジックマスター)を知っていても、国の紋章まで覚えているとは限らないし」

「いや……これ程上質なマントに紋章まで付いているのだ。たとえ知らなかったとしても紋章を確認して報告をする必要がある。この点に関しても処罰を与えねばなるまい」


 情報伝達は大切だからな。弟子たちがそういう事をすれば、俺でも怒るので当然の処置だろう。

 深く溜息を吐きながらマントを返してきた獣王は、俺に向かって再び頭を下げていた。


「エリュシオンの使者よ、我が国はお主の国と争うつもりは無い。欲しいものがあれば可能な限り用意しよう。何とかこの件は穏便に済ませてもらえないだろうか?」

「別に構いません。そこまで怒っていませんので」

「うむ、お主の怒りは尤もー……今何と言った?」

「私は怒っていません。それに今の私は一人の冒険者で、この国には使者として訪れたわけではありませんから」


 城の連中の対応が悪いのは事実だが、結局のところ不運が重なったせいもある。

 俺が素性のわかっていない女の子に『ブースト』を教えたり、マントを着けて城へ来たり、そもそもメアが張り切り過ぎて倒れなければここまでの騒ぎにならなかったからな。

 それにリーフェル姫は俺を国の使者とする為にマントを授けたわけじゃないし、恥にならない程度なら好きにしていいと言われている。

 とにかく俺個人としては、今回の件を訴えて政治問題にするつもりは毛頭ないので……。


「そこで一つ提案があります。現在この紋章に気付いているのは、獣王様とグレーテさん以外に誰かいるでしょうか?」

「そうだな……グレーテの主であるマクダットに報告しているくらいだろうか?」

「では獣王様も含め、その二人には紋章の事を黙っていてもらうのはどうでしょうか? 私がこれを持っているのが広まると話が非常にややこしくなりますから」


 つまり俺は一人の冒険者としてここに招待された……という事にするわけだ。

 メアを酷い目に遭わせたと勘違いされて俺は捕まったが、その辺りは獣王とメアに説明してもらえば誤解が解ける筈だろう。

 暴走した連中の反省が足りない感じがするが、そもそも悪気があってやったわけじゃないからな。後の処置は獣王に丸投げするとしよう。

 互いに面倒なのは避けるべきだと伝えれば、獣王は呆気に取られた表情をしていた。


「……お主はそれで良いのか?」

「獣王様から直々に謝罪されましたからね。後は暴走した者たちをしっかり裁いてください」

「こちらとしてはありがたい話だが、それでは私の気が済まぬし国の沽券にも関わる。償いくらいはさせてくれ」


 別にいらないのだが、向こうの筋を通す為に何か貰っておいた方がいいかもしれない。

 というわけで慰謝料として金を貰う事にしたが、大事な事を伝えてなかった。


「一つ言い忘れていましたが、今回の件は私が牢に放り込まれた程度だったので穏便に済ませました。ですが、もし弟子たちに手を出していたり、非人道的な行為をしていたら……私はホクトと共に戦うのも辞さないつもりだったと覚えておいてください」

「オン!」

「……肝に命じておこう」


 念の為にエリュシオンが舐められないよう、しっかりと釘を刺しておくのも忘れない。

 もしマントの事が明るみになったとして、獣王は理解しても周囲が同じとは限らないからな。


 そのまましばらく話し合いを続けていると、途中で従者を通じて呼んだグレーテがやって来たのでマントの紋章について聞いてみた。


「紋章は直接見ていないけど、リースからどこかの国の使者とは聞きました」

「それは誰かに報告したのか?」

「マクダット様には報告しています。けどマクダット様は獣王様以外には話すなと言っていたから、知っているのは三人?」


 幸いな事に獣王の予想通りのようだ。

 早速話し合いで決まった事を説明すれば、グレーテは納得するように頷いていた。


「どうやらある程度は察しているだろうが、すぐにマクダットへこの事を伝えてきてくれ」

「わかりました」

「さて、後はお主に対する皆の誤解を解かねばな……」


 そして静かに部屋から出ていく後ろ姿を見送ったところで、獣王は部屋の外から従者を呼んで指示を飛ばしていた。

 無事に目覚めたメアが倒れたのは俺のせいじゃなくメアの努力によるものである。それを怒ると言う事は、メアを侮辱する行為……という内容を、城の各員へ伝えるようにである。


「……これでいいだろう。少し時間がかかりそうだから、この部屋でしばらく待っていてほしい」

「確かにこの部屋なら許可なく来れないわよね」

「ああ、だから安心してくつろいでいてくれ。それにしてもお主たちは不思議な者たちだ。王である私を目の前にしても自然体のようだからな」

「王族に知り合いがいまして、多少なら慣れていますので」

「迫力ならもっと凄いの知っているからな」

「ほう……益々興味深いな。私は城から滅多に出られぬのでな、良ければ色々教えてくれぬか?」


 リース繋がりで王と次期女王候補と仲良くなっているし、威圧感なら俺とホクトが毎日ぶつけているようなものだから慣れるのも当然かもしれない。

 しかし……俺たちの事を不思議と言うが、そんな俺たちと普通に会話しようとする獣王も大概だと思う。

 俺が本気で怒っていないと本能的に感じ、少しでも良好な仲を作ろうとしているのかもしれない。そしてこの切り替えの早さは獣人によく見られる特徴でもある。


 政務とかあると思うのだが、獣王はメアを心配して気を張っていたらしいので、休憩と称して俺たちと世間話を続けていた。

 それから当たり障りのない会話を続けていたが、エリュシオンの話になると今回の件を思い出して頭を抱えていた。


「今回のはお主たちでなければ本当に不味い事になっていたな。運が良いのやら悪いのやら……」

「いずれ本当の使者が送られる可能性もありますし、今回の件は予行練習みたいなものと思えば楽になるかと」

「失敗点が多そうですから、実に有益な予行練習になりましたね」

「反省するのは大事だよな!」

「……全くだ。これはしばらく教育に力を入れなければなるまい」


 俺を牢屋に入れたのを怒っているのか、姉弟も少し辛口である。

 王に対する言葉とは思えないが、事実でもあるので獣王は苦笑するだけで黙って受け止めていた。娘が絡むと変だが、普段は器が大きい王のようだな。


 途中で互いの自己紹介も行ったり、慰謝料の金額交渉を済ませたところでメアがやってきた。

 寝起きであるが顔色は悪くないので、体調は大分回復したようだな。

 そしてメアが現れると同時に、獣王から放たれていた王の威厳と威圧感が……。


「おお! もう起きて平気なのか、メアリーよ!」

「うん、平気だよ! それよりお父さん、皆はー……いた!」

「ちゃんと誤解も解いたし、お父さんしっかりともてなしていたぞ! さあメアリー、父さんに無事を確認させておくれ!」

「お父さん、ちょっとどいて。ホクト様は今日もふかふかー!」

「……オン」

「うおおぉ……メアよぉ……」


 ……一瞬にして消えた。

 獣王はだらしない笑みを浮かべながら部屋に飛び込んできた娘を抱きしめようとしたが、メアはあっさりと避けてホクトに抱き付いていた。

 抱きついたのが俺なら殺気を放っているところだろうが、今回の相手は百狼であるホクトなので何とも言えない表情をしている。

 本当……娘の事になるとポンコツになる王だ。


「メア様、それは流石に可哀想」

「獣王様。気持ちはわかりますが、お客人の前ですからもう少し毅然とした態度でいてください」


 メアに続いてグレーテも現れたのだが、彼女は中年の男と一緒だった。

 グレーテが男の背後に控えるようにしているので、おそらくこの男が何度か名前が挙がっていたマクダットだろう。

 王を裏で支えている男らしいが、一番気になるのは彼が人族な点だ。町も城内も獣人ばかりなので、こんな所で人族となると珍しいものである。

 そんなマクダットが泣き出しそうな獣王を宥めた後、俺に近づいてきて握手を求めてきたので握り返した。


「皆様初めまして。私は獣王様の側近とメアリーさまの教育係をしているマクダットと申します。以後お見知り置きを」

「こちらこそ。私の名前はシリウスと申します」

「シリウス君の事はグレーテから報告を受けています。この度は我が城において不当な扱いをしてしまった事を、私からも謝罪したいと思います」

「その点に関してはすでに話が付きましたのでお気になさらず。それでグレーテさんから聞いたと思うのですが……」

「ええ、こちらとしても助かりますから決して口にしませんよ。シリウス君の寛大な心に感謝しています」


 マクダットはそのまま弟子たちにも挨拶をしていたが、見たところエルフのフィアを見ても邪な目を向けていないし、ホクトにもきちんと挨拶もしている。

 少し気が弱そうに見えるが、優しそうな男でー……。


「ただし……今回は見逃しますが、メアリー様に今後勝手な事を教えるのは控えてくださいね」


 ……やはりこの人も同類か。

 笑みを浮かべているが、その奥底から放たれる怒りに俺は内心で溜息を吐くのだった。


「ほーら、父さんの尻尾もふかふかだぞぉ? 触ってみたくないか?」

「お父さんの尻尾も良いけど、ホクト様の方がフカフカだよ」

「がふっ!?」

「クゥーン……」


 すまんホクト、しばらく我慢してくれ。






 それから俺の事が城中に広まり、誤解が解けた頃には夜になっていた。

 ちなみに暴走した連中と牢屋の番人だが、話を聞くなり獣王に進言してまでやってきたかと思えば、いきなり俺の前で土下座をしてきたのである。


「本当に申し訳ない!」

「我々に出来る事があれば何でもしよう!」

「お許しを!」

「もしかして皆悪い事をしちゃったの? 駄目だよそんな事をしちゃ」

「……メア様が勝手に抜けだしたのが、そもそもの原因」

「あう……ごめんなさい」

「「「こちらこそお許しください、メア様ーっ!」」」

「謝る相手が変わってねえか兄貴?」


 レウスの言う通りだが、きちんとした謝罪もしてきたし、獣王から下された罰もしっかり受けるそうなので許す事にした。

 そもそも根っからの悪党じゃないようだし、大の男がメアに説教されて本気で泣いていたからな。


 その後、約束通り俺たちは城で夕食をご馳走になっていた。


「さあ、遠慮なく食べるがよい。我が城が誇る、自慢の料理人が作った料理だ」


 エリュシオンの関係者ではなく冒険者としてなので、広い食堂ではなく客間での食事となったが、俺たちには十分過ぎる歓待だ。


「おかわりください。今度は倍盛りでも構いませんので」

「ワインもやっぱり違うわね。もう二、三本貰えるかしら?」

「味付けは兄貴の方が好みだけど、これも美味いな!」

「素材の味が生かされていて美味しいです。シリウス様には負けますが……」

「公の場で比較するな、失礼だろうが」

「ははは、気にするでない。人によって好みが違うものだし、何より食事を楽しんでもらえれば十分だ」


 何とも器の大きい言葉をいただいたのだが……何故獣王までここにいるのだろうか?

 さっきまでいた私室ならとにかく、王族なのに客間で食事をしているのは何か違うと思う。


「メア様、これも食べて大丈夫」

「うん! 次はこっちが食べたい」


 まあ……メアがここにいるからだが。

 だけど娘の前だと獣王は緩いので、堅苦しさを一切感じないから別にいいか。

 よく見れば、先程と違って獣王の尻尾が妙にフカフカしているように見える。おそらく先程のホクトに対抗して手入れを行ってきたのだろう。


「またお兄さんのシチューを食べたいなぁ」

「メア様も理解しておられるようですね。シリウス様の料理こそ一番であると」

「うん! あのシチュー、凄く美味しかった!」

「おお……メアリーがあんなにも眩しい笑顔を。シリウスよ、そのシチューを料理人へ伝授してくれ! 報酬は幾らでも払おう!」


 残念ながらメアは気付いていないようだが、獣王も忘れているようなので放っておこう。




 そんな騒がしい夕食は続き、料理をほとんど食べ終えた頃……俺の近くで寝ていたホクトが急に立ち上がっていた。


「オン!」

「……何か近づいているようだな」

「兄貴! ホクトさんが油断するなって言ってる!」


 すぐに『サーチ』を放てば、何かが凄い勢いでこちらに迫ってくる反応を捉えた。

 誤解も解けたし、城内なので敵が来るとは思えないが、ホクトが警戒を促すって事は何か不味いものを感じるのだろう。


「まさか……」


 獣王も迫る反応に気付いたようだが、彼は慌てるどころか渋い顔をして頭を抱えているのである。

 念の為『コール』で弟子たちに警戒をするように伝えると、外から激しい足音が聞こえ始め、客間の扉前で止まったかと思えば……。


「親父ーっ! メアリーは無事かぁ!」


 扉を蹴り破りながら現れたのは、獣王を若くしたような虎族の青年だった。

 しかしその表情は必死そのもので、全力で走ってきたのか激しく息を乱している。


「……何故ここにきた? 山で修業をしていたんじゃないのか?」

「愛しい妹が倒れたって聞いたから、帰って来たに決まってるだろうが!」


 青年が叫びながら客間を見渡し、メアの姿を見つけて目を輝かせ始めたその時……室内だというのに一陣の風が吹いた。


「おお……我が愛しい妹よ! よく無事でー……ふぐっ!?」


 そして風が吹くと同時に青年が倒れたかと思えば、その背中には長身の女性が立っていたのである。

 鋭い眼光を持つ妙齢の女性で、種族は白色の耳と尻尾をもつ虎族の獣人だ。

 そして……。


「……速い」


 油断していたのもあるが、青年の背中に乗る動きが見えなかったのだ。まるで瞬間移動したかと錯覚させるような速さである。

 ホクトも油断なく身構えているし、間違いなくこの女性は強い。

 その佇まいは歴戦の戦士を彷彿させ、ただ立っているだけなのに周囲を委縮させる威圧感を放っているので下手に動けない程だ。

 要するに剛剣ライオルと同じである。


 そんな突然の乱入者に全員が言葉を失う中、女性の鋭い視線が周囲に向けられたかと思えば、メアが怯えながら小さく呟いた。


「……お、お母さん?」


 面倒事はまだ続きそうである。





 今日のホクト



 その日、ホクト君は怒っていました。


 何故なら、ホクト君のご主人様が城の牢屋に閉じ込められたからです。

 ホクト君にとってご主人様は家族であり、何よりも得難い大切な存在。

 そんなご主人様が囚われたとあっては、ホクト君の怒りのボルテージは留まる事を知りません。激おこです。激おこプンプン丸です。


「はい。向こうがそのつもりなら、私たちでシリウス様を救出するだけです!」


 後輩もやる気満々なので、ホクト君はご主人様を助けようと城へ乗り込もうとしましたが……。


「「いい加減にしなさい!」」

「冷たっ!?」

「わわ!? フィアさんスカートが捲れますから! シリウス様がいないのに止めてください!」

「オン!?」


 リースちゃんとフィアさんの魔法によって止められました。

 後輩の二人は放たれた魔法に当たって冷静になる中、ホクト君は反射的に回避にしましたが冷静にはなれたようです。


 そして話し合いが終わって城へ向かったホクト君一行は、なんやかんやありつつも城へ入る事が出来ました。


 昨日出会ったグレーテさんの案内で城内を進んでいると、ホクト君の頭の中で嫌なイメージが広がります。


 今頃ご主人様が牢屋で叩かれていたり、怒鳴られていたり、望みもしないブラッシングを強要されていたり……とにかく酷い目に遭わされていたとしたら、ホクト君のリミッターはあっさりと外れるでしょう。

 この城に住む全ての獣人を、ホクト君の○○で○○○し、○○○○してしまうのは必然です。


 考え出すとキリがなく、ホクト君の怒りが今にも爆発しそうになった時、グレーテの手によってご主人様がいる部屋の扉が開かれました。


「お前たちどうしてここに!? よしよし、心配かけたようだな」

「クゥーン……」


 再会出来たご主人様に撫でられ、ホクト君の怒りは綺麗に霧散しましたとさ。





 でもやっぱり、ご主人様が牢屋に入れられたのを思い出してホクト君の怒りが再燃しました。


「ガルルルル!」

「よしよし、帰ったらブラッシングしてやるからな」

「クゥーン……」

 

 怒りは霧散しました。







 今回は獣人たちの処置と説明の仕方に悩み、上手くまとめられず苦労しました。

 とりあえずメアの事や、更に騒動を投下しながら次回へ。

 次はバトル……かな?



 次回の更新は七日後です。


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