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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十六章 邂逅

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彼女の流儀

 師匠と別れた俺たちは、再び執事エルダーの案内でフィアの故郷であるエルフの里へ向かっていた。

「何度も往復させて申し訳ないですね」
「構いません。聖樹様の命令を聞くのが私の存在意義ですから」

 途中で先頭を歩く執事エルダーに話しかけたのだが、相変わらず無表情で淡々と返してくるだけだ。
 やはり会話は無理かと思っていたが、執事エルダーは歩きながら顔だけ振り返り俺の顔を眺めながら口を開いた。

「……近くにいると紅茶の事で騒がしいので、偶には離れたいとも思っていますので」
「心中お察しします……」

 師匠の紅茶への拘りは、感情が欠けているエルダーでさえ面倒だと思わせるようだ。
 同じ経験を持つ者として、俺は心の底から執事エルダーに同情してしまう。

「でも……紅茶の拘りは凄かったけど、その分だけ美味しかったよね」
「そうですね。御蔭でシリウス様に淹れてさし上げる紅茶に磨きがかかりました」
「私はもっと楽しく飲める方がいいわね。聖樹様の場合は真剣過ぎて、緊張しちゃうし」

 次に仲良く会話している女性陣に視線を向けてみたが、フィアは問題なく歩けているようだ。
 あの怪我で相当な血を失った筈なのに……僅か二日でここまで回復するものだろうか?

「フィア。疲れたら遠慮なくホクトに乗るんだぞ」
「オン!」
「ええ、心配してくれてありがとう。でも不思議なくらいに体が軽いから大丈夫よ。これも聖樹様から貰った種の御蔭かもしれないわね」

 ここは聖樹の加護が届く範囲だし、エルダー程ではないが影響があるのかもしれないな。
 言葉通りフィアの足取りは非常に軽やかで、とても機嫌が良さそうなので心配する必要はなさそうだ。

 それから行きと同じく半日かけてエルフの里へと戻ってきたが、俺たちとエルダーが戦った広場には多くのエルフが待っていた。

「歓迎されてる……わけじゃなさそうだな」
「そうですね。どちらかといえば拒絶されている感じがします」
「あまり好きじゃない目だな。でも、何で俺たちにそんな目を向けてくるんだ?」

 例え聖樹に認められたとしても、やはり余所者の俺たちは歓迎されていないようだ。
 だがそれも仕方がない事かもしれない。
 森に籠るエルフは世界からすれば希少で珍しい存在なので、様々な者に狙われる運命だ。
 フィア曰く、仕来りの旅から帰ってきたエルフは外の者たちに襲われたと口にするので、自然と他の種族を拒絶するようになったらしい。

「では、私はこの辺で……」
「色々とありがとうございました。師匠によろしくと伝えておいてください」
「伝えておきましょう。貴方たちも気をつけて」

 役目を終えた執事エルダーは、俺たちに一礼してから森の奥へと消えていった。
 ふと振り返れば、他のエルフたちも頭を下げて執事エルダーを見送っている。
 元締めが師匠だったり、初めて遭遇したのがアホなエルダーだったせいでよくわからなかったが、やはりエルフからすればエルダーは偉い存在なのだろう。
 そして残された俺たちだが、エルフたちは困惑した視線を向けるだけで誰も近づいてこない。
 いや……一人だけ元気よく飛び出してくる姿があった。

「おかえりなさいませお姉様! ご無事で何よりですわ!」
「ええ、ただいまアーシャ」
「はい! ぐふふ……」

 全力で走ってきたアーシャはフィアに飛びつくように抱き付き、胸元に顔を擦りつけて喜んでいた。
 喜び過ぎて顔が酷い状態なので、口を出そうとしたところで……エルフたちに変化が見られた。
 突然人垣が割れたかと思えば、一人のエルフがこちらへゆっくりと歩いてきたのである。

「……父さん。もう歩いて大丈夫なの?」
「ああ、何とかな。お前こそ無事のようだな」
「ええ、私は元気よ。それよりこれはどういう事なの? 私たちの事は聞いていないのかしら?」

 執事エルダーを通じて俺とフィアは聖樹に認められたと伝えられた筈なのに、こんな態度をとっているエルフたちの事だろう。

「ああ、聞いているよ。お前が聖樹様に認められた……とな。それは父親として誇らしいと思っている」
「だったら何でよ?」
「だが……聖樹に認められようと、我々が余所者を受け入れるのはやはり難しいのだ」

 エルダーと喧嘩していたし、そもそも原因は俺がフィアと恋人になった点だからな。
 聖樹に認められたからといって、わかりましたと簡単に受け入れるわけにはいかないのだろう。

「お客人。命を救ってもらった事は感謝している。だがこの里にいても良い事はあるまい。申し訳ないが……」
「……わかりました。私たちは出ていきましょう」
「「えっ!?」」
「いいのか兄貴!?」

 あっさり受け入れた俺に姉弟とリースは驚いているが、こんな状況で居座ったとしても碌に休めまい。
 そう伝えれば皆納得していたので、このまま里の入口へ向かおうとするとフィアの父親が呼び止めてきた。

「待ちなさいフィア。お前は残るんだ」
「何を言っているのよ。私は罪人だから出て行かないと駄目でしょ?」
「それは聖樹様に認められた時点で消えているし、同じく婚約の話も無くなっているのだ。もう外へ出ていく理由は無いのだぞ?」
「父さん……私は自らの意志で外へ出ていくわ。その許可は聖樹様からいただいているから」
「聖樹様からだと?」

 どうやら聖樹に認められたという話だけで、種を貰った者が見聞を広める点は伝えていないらしい。
 動揺しているエルフたちを尻目に、フィアは俺の腕へ抱き付きながら堂々と宣言していた。

「私はこの人の恋人なのよ! 離れたくないし、この人が死ぬまで添い遂げるんだから」
「なっ!? どういう事だ人族よ!」
「お前は騙されているのだ。目を覚ませシェミフィアー!」
「外の者は我々を金儲けの道具としか見ておらぬのだぞ!」
「…………」

 フィアの堂々とした恋人宣言にエルフたちは俺に怒りの目を向け、フィアには正気に戻れと騒ぎ始めた。
 そんな中、静かに見守っているアーシャとフィアの父親が少し気になっていると……。

「黙りなさい!」

 初めて聞くフィアの大声によってエルフたちを黙らせていた。
 フィアは俺の腕を抱き締める力を強くしながら、エルフたちへ言葉をぶつけていく。

「確かに皆が言うように、外の人たちはエルフを金儲けの道具として見ているのは私も認めているわ」
「ならば何故!?」
「だけど……悪い人だけじゃない。少なくともシリウスやこの子たちは私を一人の女性として、そして仲間として接してくれているわ。いつまでも森に引き籠ってばかりだから、そんな偏った目でしか見れないのよ!」
「それは一部に過ぎん。我々にとって外は敵だらけなのだぞ!」

 エルフたちが言っている事は正しい。
 前世も含め、世界には欲深い連中が溢れているのだから。
 だが……フィアが言いたいのはそういう事ではないのだろう。

「別に警戒するのを止めろってわけじゃないわ。私たちに必要なのは人を見極める目なのよ」

 つまりフィアは、敵味方を区別出来るようになれと言いたいのである。
 何でもかんでも拒絶して森に引き籠っていては何も変わらず、成長すらしないので危機感を持てと言いたいわけだ。
 俺たちが来れたように、この里に人や敵が訪れない保証はないのだから。

「いい、私は皆が嫌いじゃないから言うんだからね。今の言葉を少しでも心に刻み込んでおくのよ!」
「お、おい! シェミフィアー!」
「私はシリウスと、そしてこの仲間たちと一緒に歩んで行くわ。じゃあね皆、いつかまた……会いましょう」

 そう言いながらフィアは俺の腕を引っ張り始めたので、俺はフィアの父親に頭を下げてからエルフたちに背を向けるのだった。




 そしてエルフの里を後にして迷いの結界と森を抜けた俺たちは、ここへ来た時と同じ場所で野営をしていた。
 すでに夜なので周囲は暗く、夕食を終えた俺たちは焚火の周囲でエミリアの淹れてくれた紅茶を飲みながらのんびりと過ごしていた。

「シリウス様、如何でしょうか?」
「……うん、美味いな。前も十分美味しかったけど、今は更に美味しくなっているのがはっきりわかるな」
「美味しいよエミリア。これで同じ茶葉なんだから、紅茶って本当に奥が深いんだね」
「姉ちゃん、もう一杯ちょうだい」
「うふふ、良かったです。でもお代わりはちょっと待ってくださいね。蒸らし調整に時間がかかりますから」

 師匠の淹れ方を覚えて格段に進化した紅茶に舌鼓を打っていたが、フィアだけは無言で紅茶を飲んでいるので、リースが心配そうに顔を覗き込んでいた。

「ねえフィアさん。あれで本当に良かったの?」
「……何がかしら?」
「エルフの皆さんへ伝えた言葉ですよ。あんな言い方をしたら、エルフの皆さんに嫌われる可能性もあったんじゃあ……」
「あれは私の本心だから、別に後悔はしていないわよ」

 嫌われる覚悟を持ってやったわけか。
 独りよがりかもしれないが、今のままでは駄目だとどうしても伝えたかったのだろう。思い出してみれば、俺と初めて出会った時も里のエルフたちの在り方を愚痴っていた気がする。
 皆が心配そうに見ているのに気づいたのか、フィアは苦笑しながら大丈夫とばかりに手を振っていた。

「それに、私が言ったところでやっぱり変わらないと思うわ。エルフって妙に頭が固い部分もあるし、私が変な事を言ってるって思われたくらいでしょうね」
「だったらフィア姉は何を気にしているんだよ?」
「うーん……父さんの反応がちょっとね。もっと何か言ってくると思ったんだけど、結局ほとんど会話出来ずに出てきちゃったから……」
「でしたら、里を出ないでフィアさんの家で一泊していれば……」
「それは嫌よ。皆があんな目で見られる場所にはあまりいたくなかったもの」

 何もされないと思うが、あの拒絶するような目の中で過ごすのは中々厳しいのだろう。それが自分と同じ種族というなら尚更か。

「だったら呼んでみたらどうだ? 一人だけならもっと話してくれるかもしれないし」
「でも父さんは病み上がりだし、無理をさせたくないのよね」
「心配いりませんよお姉様」
「ああ、すでに来ている」

 突然割り込んできた声に振り返れば、森を掻き分けてアーシャとフィアの父親が姿を現した。
 ……やはりエルフを森の中で感知するのは難しいな。実際、かなり接近するまで気付けなかった。ホクトは俺より早く気付いていたようだが、敵じゃないと判明していたので反応しなかったようだ。

「アーシャ。それに父さんも……」
「少し失礼する。娘と話しておきたい事があってな」
「構いませんよ。どうぞこちらへ」
「すぐに紅茶を淹れますね」

 現在俺たちは焚火を中心に車座となっているのだが、フィアの隣にアーシャが座り、その向かい側に父親が座る形になった。
 それにしても本当に不思議なものだ。フィアという立派に成長した娘がいるのに、彼女の父親はどう見ても二十代の若者にしか見えないのだから。

「それで……父さんはどうしたのよ? もしかして里へ戻れって言いに来たの?」

 そしてエミリアが紅茶の準備を進める中、俺の隣に座っていたフィアは離れないとばかりに俺の腕に抱き付いてきたが、父親はそれを見て苦笑するだけだった。

「里を出ていく事にはもう何も言わん。聖樹様の許可も得ているようだし、お前自身が選んだ道なのだからな」
「だったら何をしに来たのよ? 私の仲間を追い出そうとした癖に……」
「そう怒るな。皆が不審がっているあの場では、長としてそう言うしかなかったのだ。そしてここに来たのは、お前の恋人とやらを見に来たのだよ」
「俺……ですか?」

 将来を考えると義理の父親になるので、少し丁寧な口調で返事をすれば、父親はゆっくりと頷いていた。

「アーシャから聞いたが、君は人族でありながら本気でフィアを幸せにさせると言ったそうだな?」
「その通りです。フィアが俺を選んだ事を後悔しないよう、彼女の為に生き続けるだけですよ」

 アーシャにも伝えた事を説明し、俺と父親は一切視線を逸らさずに睨み合っていた。それにしても、この父親はエルダーに負けないくらいに無表情なので感情が読み辛いな。
 緊迫した空気に皆も固唾を飲んで見守っているが、俺の腕に抱き付いているフィアだけは嬉しそうに頬を擦り寄せているので気が抜けそうになる。

「「……フィア。真面目にしていなさい」」
「何でそんなに息が合っているのよ!? 喧嘩していたんじゃないの?」
「別に喧嘩をしていたわけではない」
「緊張感がなくなるから止めてくれ。それで私はフィアの恋人として認めてもらえるのでしょうか?」
「…………」

 俺の質問に父親は急に押し黙り、考え事をするように目を閉じていた。
 しばらく経っても反応がなく、エミリアが紅茶を用意してアーシャに渡したところでようやく口を開いた。

「私は人族を好きになれないのだ。だから娘が人族と結ばれるのは反対しているし、本当は旅に出るのでさえ力ずくでも止めたいくらいだ」
「色々と言い返したいところだけど、人族をそう思っているのは初耳よ。何で嫌いなのよ?」 
「……私の妻、お前の母親は人族に負わされた傷によって亡くなったからな」

 フィアの母親が仕来りの旅に出ていた時、エルフを捕まえようと人族が放った矢が原因らしい。
 母親は矢を受けながらも逃げ延びたそうだが、その傷が原因で病に冒され、本来ならまだ数百年は生きられた筈の母親はフィアを産むと同時に亡くなったそうだ。

「だが、そんな人族の手によって娘は救われ、私も救われた。だからどうすればいいのか……正直迷っている」
「それ……本当なの?」
「本当の話だ。それでもお前は、母親の仇でもある人族の男と結ばれたいと言うのか?」
「……馬鹿にしないでよね」

 真実を知ったフィアは、抱き付いていた俺の腕から離れて真剣な表情で父親の前に歩み寄る。

「確かに酷い話だし、母さんがいたら許さないかもしれない。けど、シリウスがそれをしたわけじゃないわ。種族なんて関係ない。私は一人の女としてシリウスが好きなのよ」
「だが……」
「だがも何も無いわよ! エルダーエルフ様を相手にしても、迷いもせず守ってくれた人を認められないなんておかしいじゃない!」
「それは外の者だからだ。エルダーエルフ様を敬っている我々と違い、ことの重要さを知らぬからこそ」
「シリウスはね、私が国に狙われたとしても守るって言ってくれたわ。そこまで言いきってくれる相手に応えないなんて、エルフどころか女としてありえないわ!」

 ああ、それは確かに言った覚えはある。もし本当にそれで国に追われるようになったら全力で逃げるか、元を完璧に断つかのどちらかになるだろうな。
 フィアが父親の鼻先に迫りながら捲し立てていると、父親は無表情だが降参とばかりに両手を上げていた。

「ふぅ……お前の気持ちはわかったから、そんなに近くで怒鳴るな。そうか……本当にその男を愛しているんだな」
「そうよ、愛しているのよ! ……って、もしかして私を試したの?」
「当たり前だ。今の私はエルフの長ではなく、お前の父親なのだからな」
「……何かおかしくない? 普通はシリウスに聞いてから私に聞く流れだと思うんだけど?」
「お前は本能的に生きているからな。一時的な状況に流されていないか、まずお前の口から本音を聞いておきたかったのだ」
「わからなくはないけど、失礼ね!」

 流石は父親……娘の性格をよく理解している。
 そしてフィアも納得出来る部分があったのか、それ以上は口を挟めないようである。

「それに、その男の覚悟はもう理解している。エルダーエルフ様と渡り合う実力を持っていながら、力ずくでお前をものに出来るのにそれをしない。そしてたった一人のエルフ……お前の為に怒ったのだろう? お前を本当に想っていなければ出来る事ではない」
「父さん……シリウスをそこまで評価してくれていたのね」
「結果が証明している。それにお前一筋だったアーシャが必死に言うのだ。お前を幸せにしてくれる人族……だとな」
「……ふん」

 見ればアーシャは照れ臭そうにそっぽを向いている。
 そして焦って紅茶を飲んで舌を火傷したのか、エミリアとリースが慌ててタオルと水を差し出していた。

「なら私とシリウスの仲を認めてくれるのね?」
「だが……やはり人族は好かん。それにお前を置いて逝くような者に渡すわけには……」
「そこは『はい』と答える場面でしょ!」
「ぬぅ!? だが……私は……娘の為をぉぉ!」

 フィアは父親の胸倉を掴んで揺さぶり始めたので、俺は背後から羽交い絞めにして止めていた。
 全く……どんな挨拶なんだこれは?
 普通は娘さんをください……みたいな感じで俺と父親がぶつかる流れだろうに。
 まだ俺は碌に話していないのに親子だけで話が進む現状に溜息を吐いていると、その隙を突いて拘束から抜け出したフィアが、父親の目の前だと言うのに俺へ口付けをしてきたのである。

「なっ!?」
「あああああぁぁぁぁーっ!?」
「あう……フィアさん。わかりやすいからってそれは……」
「羨ましいです」
「フィア姉、相変わらず無茶苦茶だなぁ……」
「……オン」

 弟子たちの方は呆れも混じっているようだが、アーシャはもはや説明するまでもあるまい。そして父親も初めて無表情が崩れて目を見開いていた。

 そして更に場は混乱を極め、親子の口喧嘩は続き……。

「はぁ……はぁ……じゃあ私とシリウスの仲を認めてくれるわよね?」
「ふぅ……ふぅ……仕方あるまい。人族の男よ、こんな娘だが……よろしく……頼む」
「わ、わかりました」

 無表情だが、仕方なく……本当に仕方なくと言った様子で俺に視線を向けてきたので、俺はそう返事する他なかった。

「でも父さん、そんな不貞腐れた事を言っていられるのも今の内よ。孫の顔を見たら、反対していた自分が馬鹿だって気付くんだから」
「孫か。我々にはよくわからんな」

 反応が薄いのは、エルフにとって孫は馴染みがないからだ。
 長い時を生きるが、生涯に一度か二度しか子を成さず、子を増やすのはシステムのように考えるエルフからすれば、孫なんて子供の延長線みたいなものなのだろう。

「きっと可愛いわよ。あの有名な剛剣でさえ、孫という存在の前では無力と言われているんだから」
「剛剣がだと? 何を馬鹿な事を言っているのだ」

 残念ながら真実である。爺さんはエミリアにメロメロだし。
 というか、森に籠っているエルフでも爺さんの名前は知れ渡っている事に驚いたな。

「いつか私たちの子供を見せにくるから、楽しみにしていなさい」
「ふ……わかった。その時を待っているとしよう」

 それで話は済んだのか、フィアの父親は立ち上がってから俺たち一人一人に目を向けてきた。

「もう帰るの?」
「ああ、私も病み上がりだから無理は出来んからな。皆さん、騒がしい娘だがこれからもよろしく頼む」

 その言葉に俺たちが頷いたのを確認した父親は、ほんの僅かだけ口元を緩ませてから背を向ける。

「それとお前が里を出る時に放った言葉だが……少しは理解したつもりだ。私なりに少し考えておこう」
「父さん……」
「フィアよ。後悔のないように生きなさい。そして何かあればいつでも戻ってくるがいい。ここはお前の故郷なのだからな」
「ありがとう、父さん。でも後悔なんてしないから安心して。今の私はこんなにも楽しくて幸せなんだからね」
「ふ……それもそうだな」

 そして振り返りもせずに森へ向かって歩き続け、姿が完全に見えなくなるまで俺たちは見送るのだった。






 父親は里へ帰ったが、アーシャはまだ残っていた。
 火傷した舌を水で冷やしている彼女に、フィアは包み込むように抱きしめてから頭を撫でていた。

「アーシャにお礼を言わないとね。父さんを説得してくれたみたいだし」
「わ、私はただお姉様の為に動いただけです。悔しいですが、エルダーエルフ様でさえ退けたその男は認めざるを得ないですし……」
「素直じゃないわねぇ。でも、ありがとう」
「お姉様の為ですからぁ……」

 格好良い事を言ってはいるが、愛しき姉に抱き締められて鼻息を荒くし、顔が女性とは思えない程にだらしなく崩れている。
 そして背中に手を回したところでフィアは離れたので、アーシャは悔し気にしていた。見事な程に妹分を手玉にとっているな。

「何かちょっと怪しいけど……アーシャさんはどうしてフィアさんをそこまで慕っているのかな?」
「俺も気になるな。フィア姉って綺麗で良い女だと思うけど、ちょっと滅茶苦茶過ぎるところがあるからなぁ……」
「シリウスの弟子とは思えない発言ね。器の小さい言葉を放つ口はこれかしら?」
「いたたたたっ!? 止めてくれよフィア姉!」
「お姉様を馬鹿にするのは許しません!」
「地味に痛ぇ!?」

 失言をしたレウスは拳骨で頭をぐりぐりとされ、アーシャに脛を蹴られていた。美人な女性エルフの二人に弄られているので、人によっては羨ましい状況かもしれない。

「私はわかる気がします。フィアさんは面倒見がいいですから、私たちにとってお姉さんですからね」
「……そうです、お姉様は素晴らしい御方なのです。だって私はお姉様によって救われたのですから……」

 里のエルフたちを見て確信したが、フィアとアーシャはエルフの中で相当変わり者である。それゆえに二人は里の中で浮いていたので、寂しい思いもしていたらしい。
 フィアは持ち前の性格で気にしていなかったが、アーシャの心は少し弱かった。

「そんな私にお姉様は分け隔てなく接し、話相手になってくれた御蔭で私は救われたのです。そんなお姉様の為なら私はいつでも死ねます!」
「そこまで言われちゃうと重いから、もうちょっと抑えなさいね」
「はい! 適度に抑えます」
「何だろう……私、同じような人を知ってる気がするよ」
「シリウス様、紅茶のお代わりは如何ですか? 肩を揉みますよ? うふふ……」

 リースの言葉に同意しながら、俺は甲斐甲斐しく世話を焼いてくるエミリアの頭を撫でるのだった。

「ところでお姉様、あの枝はもしかして……」
「あ、やっぱり気付いた? 実はこれ、聖樹様からいただいた弓なのよ」
「やはりそうですか。何て神々しい弓なのでしょう。このようなものを授かるなんて、お姉様が伝説のエルフと呼ばれる日も近いですね」
「あはは、それは言い過ぎよ。でも弦がないからまだ使えないのよね」
「ではお姉様、私ので良ければ受け取ってください」

 アーシャは己が持っている弓の弦を外してフィアへと渡していた。
 エルフが使っている弓は頑丈で、弦もまたそれ相応の代物であるが……やはり聖樹の枝が相手だと霞んでいるように見える。

「私の使い慣れた物では釣り合いなんてとれないでしょうが、良い物を見つけるまでの繋ぎにと思って使ってください」
「繋ぎだなんて思えるわけないじゃない。これは貴方の想いが込められた弦だから、大切に使わせてもらうわね」
「お姉様……その言葉だけでも私は本望です!」

 そして胸元へ飛び込んできたアーシャを、フィアは慈しむように撫でるのだった。

「もう少ししたら、貴方も仕来りの旅に出るんでしょ? 気を付けるのよ」
「はい! お姉様もご無事で……」

 こうしてエルフの姉妹は、お互いを確かめるようにしばらく抱き合うのだった。




 それから数日後……ようやく馬車の下まで戻った俺たちは、置きっぱなしにしていた馬車の点検をしていた。
 しっかり隠蔽していた御蔭もあり、荒らされた様子も特に異常もないのですぐに出発できそうだ。

「なあ兄貴。次はどこを目指しているんだ?」
「いや……今のところ何も予定はないな。だから、また宛てのない旅を続けるだけさ」

 エルフの里へはフィアの心配事を片付ける為に訪れたようなものだからな。
 フィアが傷ついたり、師匠との再会やらと色々あったが……訪れて本当に良かったと思う。

「もう少しアドロード大陸を回ったら、今度は別の大陸でも目指してみるか」
「ふふ、そうこなくっちゃ。もっともっと世界を回って旅を楽しみましょう」
「別の大陸かぁ。次は何が待っているのかな?」
「シリウス様なら世界の果てまで行けそうですね」
「おう。俺も兄貴とならどこでも行けるぜ!」


 穏やかな風が吹く街道を、俺たちを乗せた馬車は進んで行く。
 次の目的地である、新たな大陸を目指して……。

 今日のホクト


 その日、旅の途中で休憩していたホクト君たちはフリスビーで遊んでいました。

「行くぞ。取ってこーい!」
「「わーっ!」」
「オン!」

 ご主人様が投げたフリスビーを全力で追いかけるホクト君と、エミリアちゃんとレウス君が爆走する光景も見慣れたものです。
 休憩している筈なのに、疲れる事をしている時点で矛盾している気がしますが、二人と一匹は楽しいので問題はありません。
 そしてキャッチに競り勝ったホクト君は、尻尾を振りながらご主人様の下へ戻ってきました。

「よしよし、上手だぞ」
「オン!」
「わかったわかった。ほら、お手」
「オン!」
「おかわり」
「オン!」

 躾けの一環として、前世ではフリスビーをキャッチ出来た時はお手とおかわりをする事が多かったのです。
 しかし前足を手に乗せるのはこの世界では異質なのか、隣にやってきたフィアさんが不思議そうに眺めています。

「ねえ、そのお手って何なの?」
「前世で躾や触れ合いの一環でやっていた事だな。今はホクトがやりたいから、ただやってるだけだが」
「へぇ、私にもしてくれるのかしら?」
「俺もしてくれるかな? ホクトさん、お手!」
「オン!」
「ふべっ!?」

 レウス君はホクト君の右パンチを食らって吹っ飛んでいきました。
 触れ合いですが、これは命令でもありますのでご主人様にしか行いません。
 更に言うならばレウス君は後輩。
 ホクト君は上下関係には厳しいのです。

「あ、でも私にやってくれた事があるよ?」
「いてて……リース姉にやってくれたのか?」
「うん。ねえ、ホクト。お手してほしいなぁ」
「…………」
「ちょっとだけでいいの。後でブラッシングしてあげるから、ねえお願い」
「……オン」

 仕方ないなと、ホクト君は溜息を吐きながら前足を乗せていました。
 それにリースちゃんはご主人様の大切な女性ですし、よくブラッシングもしてくれるのでホクト君も弱いようです。

「……何か違う気がするわ」
「そうかな?」
「やっぱり兄貴以外にはやらねえんだな。流石はホクトさんだぜ!」
「オン!」

 当然だと、ホクト君は吠えるのでした。







 皆はそれで納得していましたが、実は例外がありました。

『ほら、お手をしてみな』
『クゥーン……』
『してくれないのかい? 困ったねぇ、それじゃあ……』
『ワ……ワフ……』

 それは……前世の師匠さんです。
 せめてもの抵抗で顔だけはそっぽを向き、ホクト君はお手をしていたのでした。







 フィアさん、ノリノリでデレる。
 そしてフィアの父親が孫を見た場合……最初は無反応で無表情だけど、こそこそと世話を焼いたり、構ってもらえると内心で有頂天……そんな超ツンデレになるとイメージしています。


 次回で閑話を入れ、十六章の終わりです。
 おそらくそれで今年最後の投稿になるかもしれないですね。
 次の章ですが……実はかなり白紙に近いです。
 行き当たりばったりですが、年内には方針を決めないと。
 別大陸……新キャラ……それに終わりへ向けても考えないといけないですねぇ……。


 次回の更新は七日後です。
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