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遅れて申し訳ない。

 俺が審判役となって開始の合図を出したが、アルベルトと傭兵はお互いに剣を構えたまま動かなかった。

 いや……動けなかったと言えるだろう。

 アルベルトは完全に待ちの戦法であり、鉄仮面を被った傭兵はどう攻めるか迷っていたからだ。


「兄上……待つのは止めた筈では」

「アルは止めていたわけじゃねえよ。訓練の時は攻めてばかりだったけど、アルが一番得意な戦い方は今みたいに待つ戦いなんだ」

「だったら、何でそういう訓練させていたのよ?」

「詳しくはわからねえけど、兄貴がアルを一回り成長させる為だってさ」


 レウスとマリーナが小声で会話しているように、アルベルトの訓練は積極的に攻めることを中心に行ってきた。

 何故なら、アルベルトはすでに受け流しの技術に関しては十分なレベルに達しているからだ。なので相応の体力や他の技術を身に付ければ、そちらも自然と磨かれていくだろう。

 観察して覚えるだけじゃなく、攻撃を実際に動いて知る。それがアルベルトにとって必要だったのだ。


「……動くぞ!」


 戦っているのはアルベルトだが、自分が戦っている状況を想像していたのだろう。

 相手の動きを読んでいたレウスの言葉と同時に、鉄仮面の傭兵が前に踏み出しながら剣を振るってきた。

 レウスと同じ力に優れた剣士らしく、振り下ろされるその太刀筋は重く鋭く、まともに打ち合えばアルベルトの方が不利だろう。

 それでもアルベルトは冷静に相手を見据え、振り下ろされる相手の剣に合わせて動いた。


「はぁっ!」


 周囲に鉄を弾く激しい音が響き渡り、同時に宙を舞った剣が中庭の隅に突き刺さったところで二人を見れば……。


「……私の勝ち……ですね」

「ああ」


 そこには剣を失った傭兵と、相手の首に己の剣を突きつけたアルベルトの姿があった。

 もはや勝敗は明らかであろう。


「勝者……アルベルト!」

「アルベルト様!」


 そして俺の宣言と同時にパメラが駆け出し、アルベルトへ飛ぶように抱きついていた。


「私は信じておりました!」

「ありがとうパメラ。これで私たちは堂々とー……ちょ、ちょっと強いパメラ! もう少し落ち着いてくれ!」

「最高に格好良かったです! すぐに結婚しましょう!」

「ぐ!? ああ……け、結婚ー……ぐうっ!」

「あ、姉上止めてください! 兄上の体から嫌な音がしています!」

「はっ!? ご、ごめんなさい。嬉しくてつい……」


 少し遅れてきたマリーナによって何とか事無きを得たようだが、試合よりダメージを受けている。

 これからアルベルトは、あの力に耐えられるようにもっと体を鍛えなければならないようだ。真なる敵は婚約者という事か。


「やったなアル! 見事な技だったぜ!」

「ああ。お前の剣を傍で見ていたからこそだよ」


 アルベルトが戦いでやったのを一言で表すなら、相手の剣を叩いて剣を弾き飛ばしただけだ。

 しかし相手もそれ相応の力を持っているので、普通に叩いただけで強く握る剣を弾き飛ばせる筈がない。実際、訓練前のアルベルトなら弾き飛ばすどころか、剣の軌道を逸らして受け流すのが精一杯だった筈だ。

 だが今のアルベルトは俺やレウスの剣を観察する内に目が慣れ、どの方角から打てば最も相手に負荷を掛けられるのかを見極められるようになった。

 更に俺との模擬戦で攻める姿勢を覚えたアルベルトは、迷いなく踏み込んで的確な一撃を放てるようになったわけである。


 こうしてアルベルトの完全勝利となったわけだが、当然面白くない貴族の青年は悔し気に歯を食いしばっていた。


「何で……何でこんなにも短期間で強くなっている? アルベルトはこんなにも強くなかった筈だ」

「いい加減認めろよ。あいつはお前の無理難題に応えたどころか、俺と戦って勝ったんだぞ?」

「もしや何か薬……いや、お前が手を抜いたわけじゃあ!」

「失礼な雇い主様だ。いいか、俺は本気で戦って負けた。そしてお前はパメラを愛する心でもアルベルトに負けているんだよ」

「何を言う! 私の方が彼女を愛してー……」


 突然饒舌に語り出した鉄仮面の男と貴族との会話が続く中、何故かパメラとその父親が驚き、アルベルトとマリーナは何かを思い出すように首を傾げていた。


「権力使って難題付けて、あげく自分が戦わないで何が愛しているだ。いい加減、自分の行動がおかしい点に気付け。お前はあの怪しい女に騙されているんだよ」

「ち、違う……私は騙されてなんか……」

「まあ近々兵を送るから、切るなら早目にな。正直言って怪し過ぎだぞ」

「き、貴様は一体何だ!? たかが雇われた傭兵がどこまで口を出す気だ!」

「何って、こういう奴だよ」


 そして傭兵は腰に付けている防具のベルトを緩め、躊躇なく鉄仮面を脱いだ。

 すると防具から狐の尻尾が飛び出し、鉄仮面を脱いだ頭には狐の耳が生えていた。

 つまり彼は狐尾族フォックステイルというわけだが、その素顔に引っ掛かりを覚えた。鋭い目つきで、子供のようにやんちゃそうな笑みを浮かべている男だが、どこかで見たような気がする。

 それもつい最近……女性でー……そう、パメラに似ているんだ。


「ウェイン!?」

「お兄様!?」


 結論が出たところで、パメラとその父親がそう叫んでいた。

 つまり彼は先程マリーナが説明してくれたパメラの兄で、当主の長男というわけか。パメラに似ているわけだ。


「というわけで、俺はお前に口出しできる当然の権利があるわけだ。わかったらさっさと帰って女を問い詰めてこい。結果が違うってな」

「お、おのれ……」


 二人だけが知る事情があるのだろう、貴族の青年は何も言い返さずに去って行った。

 その哀愁漂う後ろ姿を見送ったところで、ウェインは家族に向かって手を振っていた。


「よう親父。そして帰ってきたぜ妹よ」

「お兄様、ご無事だったのですね!」

「何が帰ってきたぜ……だ。全く、お前という奴は……」

「ウェインさん。どうしてこんな……」

「俺にも事情があったんだよ。それにしても、本当に強くなったなぁアルベルト!」


 そして彼は笑いながら、呆けているアルベルトの肩を叩きながら事情を説明しだした。



 ウェインは鉄仮面で素顔を隠しながら冒険者を続けていたが、グルジオフを討伐したところで満足し、少し前からロマニオに帰ってきたらしい。


「そしたら何か家が揉めているから帰りづらくてよ、ギルドで情報を集めようとしたらさっきの奴が俺に依頼してきたんだ」


 内容はアルベルトと勝負してほしいという依頼で、これ幸いと受けて情報を得る事にしたそうだ。

 そこで現在の事情を知ったのだが、貴族の屋敷に住んでいる使用人から気になる情報を聞いたらしい。


「あの男は多少高慢だが、今回のような無理難題を吹っ掛けるような奴じゃなかったらしい。そして最近になって急に性格が変わったそうだが、それも一人の女が屋敷に現れてからだ」


 フードで顔を隠したその女が怪しいと特定し、本格的に調べようと思ったところでアルベルトが帰ってきたわけだ。


「というわけで親父。すぐにあの男の屋敷に人を送ってくれ。あいつの様子じゃ怪しいってもんだ」

「う、うむ……わかった」

「お兄様、色々と調べていたのはわかりましたが、アルベルト様と勝負する必要はなかったと思われますが?」

「いや、ついでにアルベルトが妹に相応しいか試してみようかと思ってついな」


 つまり潜入捜査をしていたわけだが、聞いていた通りの変わり者……いや、本能で生きる性格なのだろう。

 全く悪びれもなく笑っているウェインの態度を見た父親は、パメラに向かって視線を送っていた。


「パメラ。やってしまいなさい」

「はいお父様。さあお兄様、妹からの抱擁をお受け取りくださいませ」

「いや、お前の抱擁は洒落にならないからー……ぐおおおっ!?」


 手加減なく抱き締められているらしく、先程のアルベルト以上の音が響いていた。

 パメラと同じ意見なのか、アルベルトとマリーナは止めようとせず黙って見守るだけである。


 しばらくして解放されたウェインは、ふらふらになりながらもアルベルトに近づいて握手を交わしていた。

 その表情は真剣そのものだが、決して体が痛いからではないと思う。


「アルベルト。改めて言わせてもらうが、完全に負けたぜ。俺が言うのも何だが、妹を頼んだぞ」

「ウェインさん……ありがとうございます」

「これならお前の下で遠慮なく働けるってものだな」

「え? 下……とは?」

「パメラと結婚したら、ロマニオの次期当主はお前だろうが。俺は町を統治するなんてできないし、警備隊にでも付いてお前の下で働かせてもらうかって話だよ」

「いえいえ!? ウェインさんを差し置いてそんなわけには!」


 余所者の意見であるが、ウェインの言う事は正しいと思う。

 長男であるウェインは親や本人でさえも当主の器ではないと断言しているし、必然的に現当主の娘と結婚するアルベルトが次期当主の候補だろう。

 無理であればパメラか別の貴族になるだろうが、俺個人の見解としてはアルベルトは人を統治できる能力を持っていると思う。

 パラードでは町の人たちに好かれているようだし、ロマニオでは一部を除き嫌な目を向ける人がほとんどいなかったからだ。

 人に嫌われない素質……当主としての能力は十分にあるだろう。


「そうだな。私もウェインより君が継いでくれる方が嬉しい」

「お、おじさん……」

「だがそれは将来の話で、きちんと見極めた上での考えだから安心しなさい。今は少しでも早く娘と君の晴れ姿を見せておくれ。できれば孫も……な」

「そうですわアルベルト様! もう私たちを止めるものはないのです」

「……わかった。君との約束を守ろう」


 そして二人は互いに向き合い、アルベルトは片膝を突いてパメラの手を取った。


「もう余計な言葉は必要ない。パメラ……私と結婚してください!」

「はい……喜んで!」


 アルベルトがプロポーズをし、パメラが受けると同時に俺たちは惜しみない拍手を送っていた。

 人目も気にせず幸せそうに抱き合う二人を女性陣は羨ましそうに眺めていた。


「はぁ……素晴らしいです。私もいつかシリウス様に……」

「私はホクトに乗った状態で言ってほしいなぁ」

「ふふ……いつでも待っているからね」


 その気になれば定住できる筈なのに、フラフラと冒険者稼業をしている俺についてきてくれるのだ。

 だから……。


「ああ、いつか必ず……な」


 彼女たちには折りをみて、正式なプロポーズをすると俺はしっかり伝えておいた。



 そんな幸せ溢れる二人を笑顔で眺めていたマリーナは涙を浮かべていたが、どこか違和感を覚える笑みをしていた。


「兄上、姉上……本当に……良かった」

「……なあ、マリーナ。寂しいなら後でしっかりとアルに話しておけよ。黙ってるのは駄目だぜ?」

「な、何を言っているのよ!? 兄上と姉上は結ばれて幸せなのに、何を寂しがるっていうのよ!」

「じゃあ気のせいか? 俺も兄貴と姉ちゃんが恋人になった時は凄く嬉しかったけど、何だか遠くに行っちゃいそうな気がして少し寂しい気持ちもあったんだ。だからマリーナもそうじゃないのか?」

「そんなわけー……」


 マリーナはレウスの言葉に反抗していたが、抱き合う兄と義理の姉を眺めている内に尻すぼみとなり、最後には溜息を吐いていた。


「……ううん、そうかもしれない。あんたの言う通り、少しだけ……寂しいと思ってる。兄上はもう私だけの兄上じゃないんだって……嫌な事ばかり浮かんでる」

「やっぱりか。でもそいつは気のせいだ。それは勝手に俺たちが思い込んでいるだけなんだよ。アルが変わるわけないだろうが」

「何を偉そうに。でも……うん。少しだけわかるわ」


 思いを誤魔化すのではなく、自覚するのも大切なのだ。

 かつて自分がそうだったように、すでに教えられる側になったレウスの成長が嬉しい。


 あそこで結婚を誓った二人とは違うが、こちらもまた良い雰囲気になりつつある。

 レウスとマリーナが仲良くなるのは構わないが、これから先を考えると少し困ったものだ。

 俺たちが冒険者である以上、二人との別れが近づいているのだから。






 その後、ウェインの調べによって判明した怪しい女とやらだが、貴族の屋敷に送り込んだ警備の報告によれば、すでにもぬけの殻で姿形すら見えなかったそうだ。

 本当にいたのかと思える程に影も形も無く、肝心の貴族も記憶が曖昧で、女の事を一切覚えていなかったそうだ。


「何か癖になりそうな匂いを嗅がされると、何でもできる気がしたんだ。それを教えてくれたのがー……くそっ! 思い出せん!」


 俺も診断してみたが、どうやら幻惑作用と思考能力を奪う薬を嗅がされていたらしい。

 そして女の言葉によって思考が誘導され、今回の場合はパメラを手に入れる為に無理難題だろうと押し通せばいいと囁かれていたわけだ。

 しかしそれを証明するものが見つからず、どちらにしろ貴族本人が決めてやってしまった事だ。彼は過ちを認めて素直に謝り、悔しそうだが二人を祝福していた。アルベルトとパメラの仲の良さを見せつけられ、諦めざるを得ないとも言うか。


 俺もその女を探そうとしたが、会ったどころか顔も魔力もわからない相手を探すのは不可能に近い。

 警備が町中を捜索しても結局見つからないどころか碌な目撃証言も無いので、女の捜索は打ち切りとなった。


 後味が悪い部分はあるが、こうしてアルベルトの問題は終わりを告げたのだった。






 ※※※※※






 数日後……アルベルトの問題は片付いたが、俺たちはまだ旅立っていなかった。

 観光はとっくに終わっているが、数日後に迫ったアルベルトとパメラの結婚式に参加する為である。

 なので俺たちも準備を手伝っていたが、パラードへと戻ってアルベルトの兄の下へ足を運んでいた。

 理由は現状の報告だが、黒い話もあるので今は俺一人だけで顔を出している。


「……今回の報告は以上です。それと二人の結婚は頭の固い一部の貴族連中に不快感を与えているようですが、町全体の雰囲気としては祝福されているようです」

「報告ご苦労。それで結婚式の準備はどうだい?」

「色々手間取っていますが、二日後には問題なく行われるでしょう」

「ここまでくれば安心だと思うが、油断しないようにしないとな。どれ、報酬は何がいいかな?」

「では砂糖と塩に小麦粉を。それと先日貰った湖の幸を追加で幾つか貰えますか」


 以前、当主から受けたアルベルトの様子と周囲の状況を報告してほしい依頼はまだ継続しているので、俺はそれを続けながら報酬を貰っている状態だ。

 肝心の報酬だが、新しい料理の開拓や味付けに色々と使うので、金より食材や特産品で払ってもらっていた。


 残りの報告を終えてから屋敷を出たところで、ちょうど町を散歩していた俺の弟子たちと合流できた。


「シリウス様。報告は終わられたのですか?」

「ああ、そっちは何をしているんだ?」

「アルベルトとパメラに送る、祝いの品を探していたの」

「でもこの町の物だと見慣れているだろうし、何か珍しい物はないかなぁ……って、色々見て回っているところね」


 ちなみに俺はウエディングケーキを考えたのだが、とある理由により止めて、この辺りにはない料理を作って振る舞う事にしている。

 それから俺も一緒になって色々と見て回って様々な露店を冷やかしてみるが、中々良いのが見つからない。


「なあ兄貴。こういう場合って何を渡せばいいんだ?」

「そうだな。土地の風習に合わせるとか、縁起の良い物を渡すのが良いと思う」


 二人の絆が離れないと思わせるような縁起が良さそうな物を幾つか挙げてみたが、レウスはどれもしっくりこないようだ。


「こう、アルを思いっきりびっくりさせてやりたいんだよ!」

「私たちより真剣ね」

「そりゃあそうだぜ。アルは俺の友達だからな!」


 共に訓練を重ね、お互いの背を預けられるようになった二人の仲は非常に深くなっているし、マリーナとも良い感じでもある。

 それゆえに別れが辛く、最近のレウスは悲しみを誤魔化すように笑顔でいる事が多い。

 そんなレウスの空元気に、エミリアは姉の務めとして質問していた。


「ねえレウス。貴方が良ければここに残ってもー……」

「な、何言ってんだよ姉ちゃん! 俺は兄貴に付いて行くって決めているんだぞ。誓いだってしたじゃないか!」

「そう……貴方が決めた事ならそれでいいわ」


 これは俺のせいだろうな。

 必要だったとはいえ、幼い頃からの教育によってレウスの中心は俺になってしまっているのだ。

 だから……こんな言葉が返ってくる。

 レウスが選んだ道だし、俺も慕われているから悪いと思わないが……もう少し俺以外にも目を向けてほしいと思う。

 荒療治が必要な時がきたのかもしれないが、中々そういう機会がないのだ。


 そう思って半ば諦めていた俺だが……その機会は訪れた。






 次の日の朝、俺たちはロマニオへ向かおうと宿で準備をしていると、町全体が妙に騒がしいのに気づいた。

 何かあったのかと、俺たちは状況を把握しようと宿の受付に全員が集まったところで、パラード当主の秘書をしている女性が慌ただしく宿へ飛び込んできたのである。


「良かった! 申し訳ありませんが、すぐに当主様の下へ来て下さいませんか?」

「何だよ一体? 何で皆焦ってんだ?」

「この状況と関係あるみたいだな。わかりました、すぐに向かいます」

「ありがとうございます。事情は道すがら……」


 そして秘書に状況を説明してもらいながら当主の屋敷へとやってきた。

 やはりここも影響を受けているのか、屋敷を警備している人も少なくなっている。

 ほとんど素通りで奥まで通された俺たちは、当主から詳しい事情を聞く事になった。


「来たか。突然呼んですまないが、事情は彼女から聞いたかい?」

「はい。魔物の大群がこの町に迫っているそうですね」


 この世界で魔物の大群が現れるのは、そこまで珍しい現象ではない。


 例えば森に住んでいるゴブリンが繁殖し過ぎて、食料と繁殖する為の女性を求めて森から一斉に出てくるなど、状況は様々だが普通に起こりうる現象だ。

 しかしこの町は多くの冒険者や町の警備隊を保有しているので、規模の小さい大群くらいなら対処可能だろう。最悪の場合、船で湖へ逃げる事だってできる。

 外が騒がしいのはその防衛準備と、いざという時の船の用意だろうが、今回は少し様子が違うようである。


「観測によれば、魔物の数は六百を下回るくらいだ。犠牲はかなり出るだろうが、何とか対処できる数なのだが……」

「……どうやら、普通ではないようですね」

「そうだ。今回の大群は数多くの魔物が混同しているのだ。決して群れないと言われる魔物までも一緒になって町に迫っているのだよ」


 本能によって生きる魔物が他の種族の魔物と手を組むなどありえないので、ゴブリン種だけ……と言ったように同じ種族の魔物によって構成される筈だ。

 しかし今回迫ってきている大群はゴブリン種だけでなく多種多様であり、更に同志討ちすらせずに真っ直ぐ町へ迫っているとの事だった。


「今は理由の解明より現状の問題に目を向けないとな。魔物が一種類なら対策が立てやすいのだが、こうも多種多様だと難しくてね。とにかく少しでも戦力を揃えたいのだ」

「ふむ……」


 そこで皆を確認してみたが、全員やる気満々の笑みを浮かべていた。

 だがあくまで決定権は俺にあるらしく、全員何も言わず俺の言葉を待っていた。

 短い付き合いだが食事や報酬で便宜を図ってもらったし、何よりもアルベルトの肉親でもある。世話になった以上は見過ごせまい。


「わかりました。俺たちも手伝いましょう」

「本当かい。助かるよ」

「へへ、安心してくれよ。兄貴と俺たちがいれば魔物なんか楽勝だぜ」

「うむ。弟をあそこまで鍛えた君たちだ、頼りにしているよ。早速だが魔物を迎え撃つ場所は町の北西でー……」


 こうして俺たちは作戦と場所を教えてもらって戦場へと急行することになったが、流石に今は軽装なので一度宿に戻る事にした。

 そして宿に戻り、馬車に仕舞ってある装備を着けた俺たちは、宿の前で当主が要請した迎えの馬車を待っていた。


「遠距離から魔法や飛び道具で数を減らし、接近されたら近接部隊でぶつかる定石の流れだな」

「後は現地を見てから、臨機応変に動け……ですね」

「そういう事だ。集団戦だから、周囲に気を配るのを忘れるな」

「「「はい」」」


 空いた時間を使って一連の流れを確認していると、突然レウスが鼻を動かしながら首を傾げていた。


「あれ、この匂いは……」

「匂い? あら……どうしてあの子が?」


 俺も反射的に『サーチ』を放てば、レウスが首を傾げたくなる気持ちがわかった。


「どうしたの二人とも?」

「ほら、あそこだよ」


 レウスが指した方へ向けば、マリーナが息を乱しながらこちらへ向かって走ってきているのだ。

 彼女はアルベルトから離れようとせず、今は結婚式の準備で忙しい筈なのに、何故一人でこっちにきているのか?

 その必死な形相から何かあったのは間違いないだろうが、俺たちの姿を見つけると少しだけ表情が和らいでいた。


「はぁ……良かった。見つかった」

「どうしたんだよマリーナ? 俺たちは今から魔物の退治に行くから、あまりのんびりしている場合じゃねえぞ」

「そ、そんな!? こっちでもなんて……」

「こっちでも? おい、まさか向こうでも……」

「そうなの! ロマニオに魔物の大群が迫っているの!」


 詳しく事情を聞けば、早朝にロマニオへ魔物の大群が迫っていると報告があったそうだ。どうやらロマニオ側の方が魔物の大群とぶつかるのが早いようだ。

 こちらより規模が大きいらしく、魔物の種類が多種多様なのは変わらないらしい。すぐさまパラードと同じように部隊を組んで迎撃に向かい、アルベルトとウェインもそれに参加しているそうだ。

 その状況をパラードへ伝える為、急遽用意された小型の船にマリーナは乗ってきたわけだ。


「お願い! 兄上を助けて! もう頼れるのは皆さんしか……」

「落ち着けマリーナ。今のアルベルトならすぐにやられるわけがない。ウェインさんもいるし、孤立さえしなければ……」

「……孤立されそうなの!」


 アルベルトとウェインは右翼と左翼に分けられて配置されたそうだ。

 そして作戦が決まり、町を出撃する直前にパメラが見送りにきてアルベルトと口付けを交わしていた。

 そんな仲睦まじい光景を周囲は微笑ましく眺めていたが、一部の貴族たちが向けている視線に気付いたマリーナは違和感を覚えた。


「妬みだけじゃない、何か凄く嫌な感じがしたの。だから幻の能力で姿を隠しながら後を付けたら……」


 尻尾のせいで、人の視線に敏感なマリーナだからこそ気付いたのだろう。

 とにかくその怪しい貴族の後を付けたら、アルベルトを目障りに思っている貴族連中が集まっていたそうだ。


「会話の内容は兄上を始末するとか不吉な事ばかりで、そして一緒に戦う部隊のリーダーはその貴族に仕えている部下だってわかったの」


 つまり部隊を誘導してアルベルトを魔物の群れに孤立させ、事故と見せかけて始末するつもりらしい。

 妙に大人しいかと思えば、このどさくさに紛れて牙を剥いてきたか。いや……もしかしてアルベルトに難題を押し付けた貴族と同じか?


「それを知った頃、兄上はすでに出発した後だったから、パメラさんのお父さんに相談したら戦力を回すって言ってくれたの。でも、魔物の規模を考えると戦力の余裕が……」


 孤立した部隊や人員を助けに向かえる余裕があると思えないらしい。

 そして自分だけが向かったところで意味がないと理解していたマリーナは、俺たちに可能性を賭けて無理やり船に乗ってこっちに来たわけだ。


「私に出来る事なら何だってします! だから皆さんの力を貸して下さい! 兄上を……助けて……」

「当たり前だろうが! 俺たちに任せとけ!」


 深々と頭を下げるマリーナに、レウスは心配はいらないと笑みを浮かべていた。


 それにしても魔物の大群が二つも同時に発生し、別々の町を襲うだと?

 偶然……という可能性は低いし、明らかな作為を感じる。

 わからない事だらけだが、まずは魔物をどうにかするのが先だろうな。


 それに……こんな状況だが、機会がきてしまった以上は利用させてもらおう。

 後でレウスに殴られるかもしれないが。


「兄貴! アルの所へは俺が行くよ!」

「お前だけでどうやって行くつもりだ? 船で半日だろう」

「だったら兄貴かフィア姉に運んでもらえばー……」


 そこでレウスはフィアを見るが、先ほどから彼女は目を閉じたまま耳を澄ませており、ようやく目を開いた彼女は悲痛な面持ちをしていた。


「ごめんね。運んであげたいけど……無理みたい」

「な、何でだよ!? アルが危険な目に遭っているんだ。頼むよフィア姉!」


 焦るレウスが詰め寄るが、フィアは深刻な表情のまま首を横に振っていた。


「今ね、風が教えてくれたのよ。私の村が……魔物に襲われているらしいわ」




 フラグ全開な小話



 アルベルトが部隊を連れて魔物の大群へと出発する直前……


「アルベルト様!」

「パメラ!? どうしてここに?」

「もちろん未来の旦那様を激励にです。必ず……帰ってきてくださいね」

「ああ、勿論だ。この戦いが終わったら、君と結婚するんだからな」

「はい、お帰りをお待ちしております」


 そして二人の顔は近づき……。


「……行ってくるよ。帰ったら続きを……」

「……はい」






※問題……フラグは何個立ったでしょうか?


 答え……次回にて。






 今日のホクト。


 本日のホクトは次回に向け、お休みとなります。

 決してネタが浮かばなかったとか、今回はレウスに関する話だからとか、シリアス展開だから本編に出てないのも気のせいです。本当ですよ?

 番外編『ホクトの冒険』のネタを考えているわけじゃありませんよ?




 本当はアルベルトとウェインの勝負が着いたところで終わらせても良かったのですが、ここから一気に急展開に。

 自分でもかなり強引な感じがあり、それで悩んでいる内に無駄に時間がかかってしまいましたが、この章で書きたかったのはここからなので、無理にでも突貫する事にしました。

 しばし作者の暴走(妄想)にお付き合いくださいませ。



 次回の更新は……六日後です。


 後でちょっとした活動報告を挙げます。

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