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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十四章 女神教

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変えられなかった者の果て

この話には残酷な描写が見られます。
苦手な方はご注意ください。
 地面から噴き上がる炎に囲まれた俺に、高台で笑うヴェイグルの放った大きな火球が迫ってきた。

 あの火球……不意打ちで放った炎と同じで、まともに食らえば確実に俺は死ぬだろう。
 だが、奴の性格と俺への恨みから、一撃で終わるような攻撃をしてくるだろうか?
 よく見れば周囲の炎は突破出来なくもないし、おそらく……。

「炙りたいだけか。やはり性格悪いな」

 周囲に走る炎と上空の巨大な火球……逃げられない状況でどちらを選ぶかは明白だろう。
 つまり周囲の炎を通り抜けさせ、適度に炙って痛めつけようというわけだ。

「ここは奴の思惑に乗ってやるとするか」

 呟きながら炎の壁へ突入すると同時に、落下した火球が地面に直撃して大きな穴を空けた。
 炎を突破した俺が離れた場所でその光景を眺めていると、ヴェイグルは不機嫌そうに俺を睨んできた。

「……てめえ、どういうわけだ?」
「何か問題でも?」
「ふざけんじゃねえ! あれを突破して……何で無事でいやがる?」

 俺を囲っていた炎はそれなりに強く、いくら素早く通り抜けようが火傷を負ってもおかしくはなかった。
 だが今の俺は火傷どころか、羽織っているマントに煤一つすら付いていなかった。

「それを聞いて答える程優しくないぞ」
「ちっ、神殿へあっさり入ってきやがったり、てめえは一体何者だ!」
「知りたければ自分で調べなさい」
「その余裕が……腹立つんだよ!」

 今度は火力が増した炎が周囲に巻き起こり、強引に突破すれば確実に燃え尽きそうな威力だった。
 そして炎が上空へ激しく噴き出したかと思えば、空中で角度を変えて俺に向かって落下してくる。
 これ程に炎を自在に操る点からして相当使い慣れている証拠だろうが、リースかフィアならば更にもう一つ変化を加えてくるので、まだまだと言ったところか。
 とはいえ威力だけは申し分ないので、俺は再び炎の壁を突破して範囲外へと逃げたが、先程と同じようにマントも俺も無傷なままだ。

「どういう事だ!? 俺の炎を完璧に防ぐなんてありえねえ!」
「相手が炎を使うとわかっていて、炎対策しないでくると思うか?」
「なら直撃させてやらぁ!」

 ヴェイグルが大きく手を挙げれば、空中に五十近くの火球が生み出されると同時に放たれてきた。
 こちらも威力を上げているらしく、今度は岩に隠れても防げるかどうか怪しいので……。

「……久々に練習するか」

 正面から切り抜ける事に決めた。
 相手は高台の上で、距離は大体数メートル。
 俺は『ブースト』を発動させて、無数に迫る火球に向かって駆け出した。

「へっ! わざわざ向かってくるとはー……なぁ!?」

 戦場で弾丸の嵐を駆け抜けた頃に比べれば容易いものだ。
 銃の弾丸より遅い火球に、更に魔法で強化された今の俺なら、火球が雨のように放たれようが問題はない。
 火球の弾道を見切り、足捌きや体を捻って回避しながら徐々に前進していく。途中で避けきれない火球も出てくるが、『インパクト』を放って迎撃していった。

「っの野郎がぁ!」

 火球の雨を抜ければ前方の地面から大きな炎が噴き出し、炎の壁となって立ち塞がった。
 だが俺は速度を緩めることなく走り続け、炎にぶつかる直前でマントを前方に翻しながら魔力を流した。

「放て!」

 流した魔力によってマントの表面に幾つも刻まれた『インパクト』の魔法陣が一斉に発動し、俺の周囲に衝撃波を放って炎の壁を吹き飛ばした。
 吹き飛ばされてもすぐに新たな炎が噴き出すが、俺はその前に駆け抜けて壁の突破に成功している。

「なっ!?」
「今度は流石に見えたようだな」

 炎の壁を無傷で突破出来たのは、俺が作ったこのマントにある。
 あのエリュシオンに生息するケーキ中毒者が使っていたマントは、魔力を流せば周囲に風を巻き起こして俺の『マグナム』でさえ軌道を逸らす能力を持っていた。
 それを風から『インパクト』に置き換えた物がこれだ。
 爆発反応装甲リアクティブ・アーマーみたいに衝撃で相手の攻撃を相殺するものをイメージして作ったマントだが、魔力の消耗が激しくて俺以外が使えないのでお蔵入りになっていたのだ。
 しかし今のように中規模程度の炎なら吹き飛ばせるので、ヴェイグル相手には役立つと思って装備してきたわけだ。

「御覧の通り、小さな炎は俺には通じないさ。だからもっと全力で掛かってこなければ俺には勝てないぞ? それとも……お前の実力はその程度なのか?」

 最初はリースを攫われた復讐からだが、俺は将来、精霊魔法を使うリースとフィアが暴走して止めなければならなかったり、他に精霊魔法を使う奴と戦わなければならない時がくるかもしれない。
 だから少しでも精霊魔法を使える相手に慣れる為、俺はあえて全力のヴェイグルと戦いたかった。
 言い方を悪くするなら、ヴェイグルは練習台みたいなものである。

 俺の挑発にヴェイグルは歯を食いしばりながら睨みつけ、大きく両手を広げていた。

「ああ……わかった。もうてめえを後悔させるとか、全部止めだ。望み通り全力で……殺してやる!」

 今度は二百近い火球を生み出して放ってきたが、俺のやる事は変わらない。
 並列思考マルチタスクで弾道を見切り、最小限の動きで回避し、『インパクト』で避けきれない火球を吹き飛ばすのを繰り返すだけだ。
 他にも火球を同時に生み出し、逃げ道を塞ぐように全方向から放ってもきたが、マントの能力を使って纏めて吹っ飛ばす。

 数が増えただけで勝てると思ったら大間違いだ。もっと攻撃の多彩さを増やすべきだと思ったが、今まで他の攻撃をしなくても敵を倒せていたからかもしれない。

「どうなっていやがる!? 何で当たらねえんだ!」

 そのまま駆け抜け、高台の真下……ヴェイグルから見て死角となる位置へ飛び込んだところで火球は見当違いの場所を狙い始めた。
 これがリースかフィアなら精霊に感知させて狙うだろうが、奴は己の視覚情報に頼り過ぎているようだ。プライドが高いから、精霊に頼るという事をしたくないのかもしれない。
 やがて無意味だと察したヴェイグルは攻撃を中断し、一際魔力を注ぎこんだ火球を掌の上に生み出した。

「きやがれ! こいつを叩きこんでやる!」

 高台の下から飛び出した瞬間を狙い、俺に直接ぶつけるつもりなのだろう。
 ヴェイグルは火球を維持したまま周囲を警戒していたが、俺は望み通り高台の壁を蹴りながら昇ってヴェイグルの正面に躍り出ていた。

「こいつなら防げねえだろうがぁ!」
「確かに防げないだろうが……」

 崖下から飛び出し、空中で隙だらけな俺に火球は放たれるが、『エアステップ』で横へ飛んで回避する。
 空中を蹴った俺にヴェイグルが驚いている間に俺はもう一つ足場を生み出し、三角とびの要領で一気にヴェイグルへと肉薄し……。

「それは当てられた場合の話だな。『インパクト』」
「あがぁっ!?」

 ヴェイグルの腹に手を当て、零距離から放った『インパクト』で吹っ飛ばした。
 本気でやると腹をぶち抜いてしまうので、せいぜい強めの拳を叩きこんだ程度に抑えている。
 そのまま高台から投げ出され、それなりの高さから地上へ落下しているのに、ヴェイグルは痛みに悶えて受け身をとる様子が見られない。

「……仕方のない奴だな」

 精霊魔法に頼り過ぎて、痛みに慣れていないどころか、碌に体も鍛えていないようだ。
 俺は『ストリング』を飛ばしてヴェイグルに巻きつけ、落下の勢いを半分以上殺してから地上へ放った。
 それでもかなりの衝撃はあっただろうが、地面に転がって悶えられる元気があるなら大丈夫だろう。
 そして俺も高台から降り、嘔吐しながら蹲っているヴェイグルの前まで歩いた。

「どうだ? 高い所から見降ろしているだけでは見えないものは沢山ある。少しは現実をー……」
「は……ぐ……うる……せえ!」

 苦しそうに顔を歪めているヴェイグルだが、それでも呼吸を整えて火球を放ってきた。しかし集中が足りない火球は弱々しく、俺は抜いた剣で容易く斬り捨てていた。
 そして剣に纏わりついた炎を払い、鞘に収めながら呆れたような視線を向ける。

「くそ……が……どうなってんだ……てめえは……」
「広い世界を知ろうとせず、自分の世界だけで調子に乗っているからそうなるんだ。報いを受ける時がきたんだよ」
「上から語ってんじゃねえ!」
「お前が無様に地面へ蹲っているんだ。上から語って何が悪い?」
「俺はまだ負けてねえ!」

 痛みに堪えつつも大きく息を吸ったヴェイグルが腕を払えば、俺の足元から炎が噴き出したので後方へ飛ぶようにして避けた。
 それが俺に距離をとらせるための攻撃だと気付いた時、すでにヴェイグルから大きな魔力が放たれていて、嫌な予感が体中を駆け巡っていた。

「存分に暴れろ! 炎よ、全てを燃やせぇ!」

 そして弟子達を追い込んだ炎の広範囲攻撃が放たれ、ヴェイグルを除く一帯全てが炎に包まれた。
 俺のマントは炎を吹き飛ばすだけで、範囲はそこまで広くはない。一足で炎の範囲外へ逃げられないこの状況では大して役に立つまい。
 リースがいれば水で体を包んで防御できただろうが、俺は攻撃に対して回避に重点を置いているので、直接的な防御手段はそう多くない。
 だがそれは、あくまで自分の能力のみに頼った場合の話だ。

「一度見た魔法なら、幾らでも対処は可能だ」

 俺はヴェイグルが魔力を放つ前に土工クリエイトを刻んだ魔石を地面に落としてから発動させていたので、土がドーム状に変形しながら自分を覆い、炎に対する防御壁を作っていた。

「無駄な足掻きをしてんじゃねえ!」

 しかし俺が土の壁に籠ったのを見たヴェイグルは苛だたし気に叫び、火球を土壁に向かって放ちだした。
 希少な魔石を一個消耗して作った土壁だけあって頑丈に出来ているが、ヴェイグルの攻撃を耐えるには心許ない。実際、火球によってすでに崩れ始めている部分も出来ている。
 そして一帯を燃やしていた炎は徐々に消えて落ち着き始めていたが、まだ外へ飛び出すには早い。もう少しだけ保ってほしいと思っていたが、ヴェイグルは追撃の手を緩めなかった。

「出てこねえなら……そのまま焼け死にやがれ!」

 ヴェイグルは本日三度目となる巨大な火球を放ち、土壁に当たると同時に大きな火柱を発生させていた。
 その威力に脆くなっていた土壁が耐えられる筈もなく、土壁は中ごと炎に包まれて焼き尽くされ、地面に大きな穴を空けた。

「はぁ……はぁ……ざまぁ……みやがれ」

 先程のダメージに加え、全力の精霊魔法を連続で使ったヴェイグルは流石に疲れが見え始めていた。
 そして一帯の炎が鎮火し、火球によって跡形もなく消えた土壁と大きく空いた穴を確認したヴェイグルは、顔を上げて高らかに笑いだした。

「は……ははは! そうだ! やっぱりそうだ! 俺の方が強いんだよ! 俺の炎にかかれば、全てー……」
「隙ありだな」

 俺は背後から『ストリング』を伸ばしてヴェイグルの足に巻きつかせ、昨日と同じく魔力を流し込もうとした。

「っ!? 燃やせ!」

 しかしヴェイグルは炎で足元を薙ぎ払い、俺の『ストリング』を切断していた。
 その反射神経は中々だと思うが……。

「二度も同じ手を食らうか!」
「だから油断し過ぎだ」
「……あ?」

 俺は『ストリング』を切断して安心していたヴェイグルの左手を……ナイフで斬り飛ばしていた。
 宙を舞う左手を信じられない様子で眺めているヴェイグルだが、俺は追い打ちを掛けるように相手の胸倉を掴み、背中から地面に叩きつけるように投げ飛ばしてやった。

 左手首から血を撒き散らし、地面を転がりながら痛みに悶えるヴェイグルを俺は見下ろしていた。

「攻撃が一度で終わると思いこんでいるからこうなる。もう少し戦いと言うものを学んでおくべきだったな」
「あ……あああぁぁぁ!? 俺の……俺の手が! な、何でだ!? 何で……お前は!」
「やられるとわかっていて、いつまでも閉じ籠っているわけがないだろう?」

 そもそも土壁の中に残っていたら、周辺の炎によって蒸し焼き状態になるだろ。
 俺は土壁と同時に大きな地下を作り、更にそこから横穴を作って地中から炎の範囲外へ移動していたのである。ケーキ中毒者にも使った方法だな。
 そして一帯の炎が治まり、ヴェイグルが勝利を確信して笑っている間に背後から忍び寄ったわけだ。

「さて、これで自分が如何に甘ったれていたか、理解してもらえただろうか?」
「畜生……畜生……そんなわけがねえ。俺の……俺の炎は……誰にも負けないんだ!」

 まだ心が折れていないので、もう一発くらい殴ってやろうと前へ踏み出した時……背後から何者かが飛び出してきたので振り返れば……。

「聖騎士はやらせぬ!」

 そこにはアシェリー達と出会った時に見た、全身鎧を装備した近衛らしき男が剣を振りかぶっていたのである。
 振り下ろされた剣をナイフで受け流しつつ、相手の腕をとりながら背後に回り込んで地面に倒そうとしたが、同時に上空から火球や岩の塊が降ってきたので、横へ大きく飛んで避けた。
 逃げ遅れた男が火球と岩の餌食になっていたが、気にせずに『サーチ』を放って確認してみれば、俺は物陰から次々と現れる男達に囲まれている事に気付いた。
 先程までヴェイグルの攻撃を避けるのに集中していたので、少し広範囲の索敵が甘くなっていたようだ。
 俺は溜息を吐きながら静かに反省していると、ヴェイグルに法衣と仮面を着けた信者が近づいていた。
 どう見ても援軍だと思うのだが、ヴェイグルは左手を押さえながら現れた信者を忌々しそうに睨みつけていた。

「て、てめえら……何でここにいやがる」
「ドルガー様の命令です。今朝、ヴェイグル様が出掛けた後、最近の聖騎士様の行動は目に余るので見張っておくように……と」
「ふざけんな! てめえらは帰ってあの野郎を護衛してろ!」
「そのような状態で黙って帰れる筈がありません。我々も先程到着しましたが……まさかここまでやられているとは思いもしませんでした」
「やられたわけじゃねえ! あいつのマントがあるから苦戦しているだけだ!」

 普通は援軍が来て喜ぶ場面だと思うが、ヴェイグルのプライドがそれを許さないらしい。
 奴等の会話から判断するに、こいつ等の正体はドルガー専属の近衛辺りだろうか?
 それに奴から感じる雰囲気は、裏の世界で生きる者だと思わせた。どうやら、裏の必要性をドルガーは理解しているようだな。

「追い込まれているのは事実です。貴方が何と言おうと我々は加勢します」
「だから俺一人でー……ぎゃああぁぁっ!」

 仮面の信者は突如炎を放ち、ヴェイグルの切断した左手の傷口を焼いていた。
 仲間割れ……ではあるまい。あれは傷口を焼いて塞ぎ、これ以上の出血を無理矢理抑える為だろう。

「あぐ……ああ……な、何しやが……る」
「忘れましたか? 貴方は水魔法の治療による効果が薄いではありませんか。のんびりと治療している暇はありませんので、強引な処置をとらせていただきました。お許しを」
「ちくしょう……が。何で……こんな……」
「怒りはご尤もでしょうが、その怒りは存分に奴へぶつけてください。我々が足を止めます」

 容赦がないのは裏を知るがゆえ。
 そして合理的な考えができる相手が挑んでくるという事は、それ相応に自信がある証拠でもある。
 流石にこういう連中が現れたのなら、俺も気を引き締めなければなるまい。
 戦闘スイッチに切り替えながらナイフを抜くと、ようやく話がついた仮面の信者が前に出て一礼してきた。

「お待たせしました。ここからは私達がお相手しましょう」
「一応聞くが……お前はそこの子供と違って俺の力がわからないわけじゃないだろ?」
「ええ……わかります。私と同じ人種でありながら、確実に私以上の力を持っていると睨んでおります」
「それでも……来るんだな?」
「仕事ですから。では……いきますよ!」

 仮面の信者が両手にナイフを握ると同時に、高台に立つ信者達による魔法が放たれた。
 先程調べた『サーチ』の反応によれば、俺を囲んでいた相手は全部で十二人だった。監視にしては妙に多いが、ヴェイグルの様なじゃじゃ馬相手にはそれくらい必要なのかもしれない。
 一人は味方の魔法に巻き込まれてすでに死んでいるが、リーダーと思われる仮面の信者と、周囲から現れた鎧を装備している男が六人。そして高台から魔法による援護をしている四人だ。

 同時にとはいえ、工夫もなしに放たれた魔法を避けるのは容易い。
 軽く体を動かしながら回避していると、その隙間を埋めるように三人の近衛が迫ってきて武器を振るってきた。
 三方向から同時に襲ってきたが、俺はあえて一人に向かって走り、男の突いてきた槍を剣で受け流しながら体を回転させ、その勢いのまま男の背後に回り込み……。

「なー……がぁ!?」
「……まず一人」

 延髄にナイフを突き立て……殺した。
 そのまま絶命した男を突き飛ばしてもう一人にぶつけ、動きが鈍った隙に背後へ回り込み、延髄をナイフで切り裂いて殺す。

「……二人」
「こ、こいつー……あっ!?」
「……三人だ」 

 更に動揺した男の脳天にナイフを突き立てれば、盛大に血を撒き散らしながら倒れた。
 それと同時に遠距離から再び魔法が放たれるが、俺は上空へ飛び上がって回避しながら投げナイフを二本放つ。
 二本とも高台で魔法を放とうとしていた信者の額に刺さり、放とうとした魔法は発動直前で消えていた。

「五人……と」
「何という手際……ですが!」

 着地と同時に仮面の信者が背後からナイフを振るってきたが、剣で受け止めてから体を回転させ、ナイフで片腕を斬り飛ばした。
 一撃で倒さなかったのは少し聞きたい事があったからだ。
 しかしこいつの狙いは俺の命ではなく……。

「ぐっ! ですがいただきますよ! 燃えろ炎! 『フレイム』」

 仮面の信者の狙いは、俺のマントだった。
 片腕を犠牲に俺のマントに触れ、魔法でマントに火を放ったのである。
 中々の早業で、魔法陣を起動させる間もなく炎が燃え広がってしまったので、こいつは捨てるしかなさそうだ。
 咄嗟に仮面の信者を蹴り飛ばして距離をとり、燃えるマントを脱いで放り投げた瞬間……無数の火球が生み出されて俺を囲んでいた。

「マントが無ければ……避けられねえだろがぁ!」

 かなり消耗しているが、この時に備えて魔力を高めていたのだろう。
 ヴェイグルは百近くの火球を生み出し、俺に目掛けて一斉に放っていたのである。

「今度こそ死にやがれぇ!」

 回避……不能。

 防壁……魔石を取り出し、壁を作る余裕無し。

 迎撃……。

「はあっ!」

 俺は魔力を瞬時に高め、爆発させるように外へ解放させた。
 その魔力の余波は『インパクト』と同程度の衝撃を発し、周囲の火球を全て吹き飛ばしていた。

「な……に?」
「まさか……こんな!?」
「読みが甘かったようだな」

 俺は強がっているが、マントに描いていた『インパクト』と違い、放ったのは純粋な魔力なので範囲は狭いし、調整を間違えれば魔力枯渇で気絶する可能性もある。
 更に言うならば、放った後は魔力を回復させる僅かな隙が生まれるので、あまり多用したくない技だったりする。

「お、臆するな! これ程の魔力を放てば、奴の魔力はもうー……」
「すでに遅いな」
「何だー……ぶっ!?」

 実際近衛が口走ったように俺の魔力はほとんど底を突いていたが、すでに回復は済ませていた。
 それを理解させるように俺は指を向けて『マグナム』を放ち、男の頭部を粉々に吹き飛ばす。

「これで六人だな。次はー……」
「「「…………」」」

 指を向けただけで人を殺す魔法に、全員言葉もないようだ。
 あのプライドの高いヴェイグルも完全に怯えていて、ようやく実力の差を理解したらしく……。

「う……あ……あああああぁぁぁぁっ!?」

 叫び声を上げながら、町へ向かって逃げ出していた。
 当然逃がすつもりはないので追いかけようとしたが、仮面の信者は残った腕でナイフをこちらに向けながら俺の前に立ち塞がった。

「……己の身を挺して守るのは素晴らしいと思うが、あれは守る価値があるのか?」
「あの男の価値など関係ありません。私は現状において最適な行動を選んだだけです」

 このままでは全滅すると……こいつはすでに悟っているのだ。
 この状況で優先するべき点は、ヴェイグルを安全に逃がす事と、俺の情報をドルガーへ持ち帰る事で、このままヴェイグルを町へ逃げ帰らせれば両方達成できるので、足止めするのは当然と言えるだろう。

「成程、徹底している。俺はそういう一つの意思を通す相手は嫌いじゃないぞ」
「貴方の様な強者にそう言われると光栄です。でしたら、我々は見逃していただけませんかね?」
「それは無理な話だ。明確な意思を持って殺しにきた以上、それに応えてやるのが俺の流儀だからな。時間稼ぎをしたいなら、俺の質問に答えてもらうってのはどうだ?」
「…………」

 仮面の信者は沈黙を保って少しでも時間を稼ごうとしていたので、俺は指を向けながら殺気を放った。

「お前達のような集団はどれくらい存在している? 全てじゃないなら、ドルガーの下にどれだけ残っているか答えろ」
「……言えません。我々が情報を漏らした時点で死あるのみですから」
「やはりそうか。しかし用心深そうな奴が自分の周りを手薄にするとは思えないし、残りは半分だな」

 女神ミラ教は中規模の町に存在する一つの宗教に過ぎないので、暗部を担当する人数は多くはない筈だ。
 残り半分は完全に出鱈目だが、自信を持って口にする俺に仮面の信者の体に僅かな緊張が見られた。

「ふむ……図星のようだな。仮面で顔を隠そうが、体全体に動揺が見られるぞ?」
「……貴方は……一体何者ですか?」
「ただの冒険者だ。こうなったのは俺達に手を出したヴェイグルのせいだから、恨むなら奴を恨め」
「残念ですが、死ぬ我々には恨む事はできそうにありません。ですが……我々もただでは死にません!」

 生き残っている連中も覚悟を決めたのか、武器を握って再び俺に襲い掛かってきた。

 振るわれる剣を受け流し、突き出された槍の矛先を避け、柄を握って引き寄せてからナイフで喉を斬り裂く。
 高台から魔法が放たれるが、仕留めた近衛を盾にしてから『マグナム』を連射し、高台の二人を撃ち抜いて残りは二人となった。
 その隙に残った仮面の信者と近衛が前後から迫ってきたが、同時に妙な魔力反応も捉えていた。
 それは二人の腹から感じられ、更に決死の覚悟を見せるその姿から……前世のとある連中を思い出していた。

「……特攻か!?」

 体に爆弾を巻き付け、死なば諸共と、俺の前で自爆しようとした連中と全く同じだ。
 この世界に爆弾は存在しないが、広範囲を炎で包んだりする魔法陣を直接体に描いていれば代用可能だろう。
 すでに魔法陣は発動しているようなので、今更頭を撃ち抜いた程度で止まるとは思えない。

「共に……逝きましょう!」

 腹から炎を噴き出しながら、二人は俺に飛び掛かってきた。





 ――― ヴェイグル ―――





「はぁ……はぁ……」

 町が……遠い。

「畜生……畜生……畜生!」

 何で……俺はこんな無様な目に遭っている?
 魔力が枯渇するまで消耗し、左手を斬られて無様に逃げるしか出来ないなんて……絶対にありえねえ!
 俺は精霊が見える男なんだぞ!?
 俺の炎にかかれば、どんな奴でも燃え尽きる筈なのに、何でこんなー……。


『これで六人だな。次はー……』


「っ!?」

 ……思い出しただけ。
 俺はあの野郎の目を思い出しただけなのに、体が自然と震えていた。
 似たような目をドルガーの近くにいた連中がしていたが、あの野郎は別格だ。
 あいつは人じゃねえ……化物だ!
 化物が人の皮を被っているとしか思えねえ!

 こうなれば不本意だが、ドルガーに頼むしかねえ。
 奴の事をドルガーに伝えて、何か作戦を練ってもらわねえと。
 いや待て、奴が連れて行ったあの女をどうにかして人質にすればー……。

「言う事をー……ぐあっ!?」

 あの女を捕えようと考えていると、俺の前に石みたいな物が地面に落ちてきたかと思えば、急に地面が消えて俺は落下していた。
 いや待て、落下なんてありえねえ!
 この道は多少の起伏はあるが、落ちるような高さはねえぞ!?
 わけがわからない中、僅かな浮遊感の後に地面に体を叩きつけてしまったが、体はまだ動けそうだった。
 体を起こして周囲を確認してみれば、数人の男が寝転がれそうな広い穴に落ちてしまっているのに気づいた。

「な、何だこの穴は!? 来る前にはなかったぞ?」
「今作ったものだからな」
「ひっ!?」

 見上げれば、俺を追いこんだあの野郎が俺を見下ろしていた。
 さっきまでなら見下すなと怒鳴っているところだが、もはや目も合わせたくなかった。
 逃げ出そうにも穴は予想以上に深く、片手ではすぐに登れそうにない。俺が呆然としていると、あの野郎は穴の中に飛び降りてきて俺の前までゆっくり歩いてきた。

「突き落とす手間が省けたよ。勝手に穴に落ちるとは、余程焦っているようだな」
「何でお前がここに!? あ、あいつ等はどうした!?」
「始末した。なに、お前もすぐに追わせてやるさ。この穴は、お前の墓穴だからな」
「墓!? い、嫌だ! 俺はまだ死にたくねえ!」
「そうやって命乞いしてきた連中を、お前は救った事があるのか?」

 ……俺は命乞いをしてきた本人どころか、家族ごと燃やしてやった。
 だがあれはドルガーの野郎が見せしめとして徹底的にやれといったからで、俺が考えて実行したわけじゃない。

「あ、あれはドルガーの野郎がやれって言って、俺に無理矢理やらせたんだ!」
「無理矢理と言うわりには、楽しそうに炎で焼いていたと聞いているぞ?」

 そう言って、奴はあの奇妙な魔法を使う指を向けてきたので、俺は必死に逃げる為の言葉を探した。

「お、俺は定期的に町の外で危険な魔物を退治しているんだぞ? もし俺を殺せば、町周辺の魔物退治はどうする!? お前は町の連中が魔物に襲われてもいいってのかよ」
「お前のは退治じゃなくて鬱憤晴らしで遊んでいるだけだ。それに町で戦えるのはお前だけじゃないし、いつまでもお前に頼っていたら他が成長しない」
「いいのかよ……希少な精霊魔法を使う俺を殺せば、俺を欲しがっていた連中から恨まれるぞ?」
「目撃者は一人残らず始末したし、お前はここで誰にも知られる事なく埋められる。それに突然消えても、勝手な行動が多いお前なら、旅に出たとか思われるんじゃないか?」
「あ……ああ……」

 だ……駄目だ。奴の言う通り、ドルガーの野郎がそう思う可能性は高い。
 こいつは……本気だ。
 精霊が見えるとか、女神ミラ教だとかそういうのを一切抜きで、本気で俺を殺す気だ。

「い、嫌だ! 俺はもう二度と人を苛めないし、悪い事に炎を使わねえ! だから見逃してくれ!」
「だからそういう問題じゃない。お前は俺の大切なものに……弟子に手を出したんだ。触れてはいけないものに触れてしまったんだよ」
「そんなのわかるわけねえだろうが! た、頼むよ! お前の弟子でも奴隷でも何でもなるから、命だけはー……」
「……俺の弟子になりたいのか?」

 弟子という言葉に、ほんの僅かだが放たれる殺気が弱くなっていた。
 もしかして……こいつは弟子を欲しがっているのか?
 なら……。

「な、なりたい! あんたの強さに惚れたんだ! 荷物持ちでも何でもやりますから、俺を弟子にしてくれ!」
「何でもするんだな?」
「ああ、何でもするぜ! 俺は女神ミラ教なんてどうでもいいし、聖騎士の座もくれてやる! なんだったら大司教や教皇を始末して、女神ミラ教の頭にさせてやるよ!」

 俺は子供の頃からドルガーの道具として育てられた存在だ。
 息子扱いなんか一切されず、ただ力を利用されるだけの関係なので、あいつに恩なんて感じていない。むしろ最近は細かい事に煩いので、そろそろ始末しようと思っていたくらいだ。
 そうだぜ、こいつと一緒ならドルガーの始末も簡単じゃねえか。
 こいつの弟子になるのは屈辱だが、弟子になれば必ず隙を見せる筈だ。ドルガーを始末してから、いつか不意を突いて仕留めればいい。

 何でもするつもりで身構えていると、奴は目を細めながら俺の法衣を指差していた。

「その法衣を脱げ」
「はあ?」
「法衣を脱げと言ったんだ。脱いだらその辺に放れ」

 まさか男色かと一瞬思ったが、あの女を大切にしている点からそれはなさそうだ。
 わけがわからないが、言われた通りに法衣を脱いでシャツとズボンの姿になれば、俺の足元にナイフが突き刺さった。妙に綺麗なナイフだが、こいつはもしかしてミスリル製……か?

「次はそのナイフで、己の体に負け犬と刻め」
「なっ!?」
「あれだけふざけた事をして、今更信用されると本当に思っているのか? 俺の弟子になるなら、それ相応の覚悟を見せろって事だ」
「く……そ……」

 負け犬……この俺が負け犬だと!?
 確かに奴の言う事は正しいだろうが……納得できねえ!
 だがやらなければ殺されるし、俺はまだ死にたくねえ。
 地面に刺さったナイフを握り、腕ー……いや、他の奴に見られにくい腹にナイフを当てれば、触れただけで皮膚が切れていた。
 つまりこのナイフは本物のミスリル製だろう。こいつが刺されば幾ら奴でも……。

「どうした? 早くしろ」

 駄目だ。俺を見ている今の状態では絶対無理だ。
 くそ……今だけだ。
 今だけ辛抱すればー……。


『アオオオオォォォォ――ンッ!』


 その時……狼らしき遠吠えが響き渡ったかと思えば、奴は俺に背中を向けていた。

「……どうやらホクトも終わったようだな」

 その無防備な奴の背中を見た瞬間、俺は引っ張られるように前へ一歩踏み出し、握っていたナイフを突き出していた。
 まだ奴は背中を向けたままだ。
 避ける挙動すら見せず、ナイフは奴の背中へー……。

「……あ?」
「やはり、そう来たか」

 奴は背中を向けたまま、ナイフを掌で受け止めていた。
 なのに刺さった手応えが感じられないのは、指の隙間に刃を通して受け止めているからだ。
 咄嗟に離れようとしたが、俺の手は奴に握られて完全に固定されており、全く動かす事ができなかった。
 こんな細い体のどこにこんな力がある!? ほ、本当に化物かこいつは?

 俺が動揺していると奴はゆっくりと振り返り、握っている手に力を込めてきた。

「はなー……あがああぁぁっ!?」
「俺の言った事を実行出来ていれば考えたんだが……やはり本性は隠しきれなかったか」

 手から嫌な音が響き始めたが、奴は俺の手を放そうとせず、指を二本立てた反対の手を俺の腹に向けてきた。
 さっきと形は違うが……まさかこれも……。

「お前の言う大司教も、近い内に後を追うだろう」
「まっ!?」

 俺の腹に衝撃が走り、顔を下げてみれば……俺の腹には大きな穴が空き、向こう側が見えていた。

「は……はは……」
「さよならだ、精霊が見える者よ」

 薄れゆく意識の中で見たのは、奴が俺の法衣を掴んだまま穴から飛び出していく後ろ姿だった。

 そして、大量の土が俺に降り注ぐ感覚を最後に俺はー……。




 シリウスが放った魔力を解放するやつですが、シューティングゲームで言えば、時間経過で回復するボムみたいなものですね。


 もしヴェイグルがシリウスを倒すとしたら?

 最初から仲間と協力し、マントを剥ぎ取ってから魔力を解放させ、回復する前に火球で囲んで仕留められました。
 あくまで『マグナム』使ってない話ですし、初見では確実に無理な話かと。
 無理ゲー……シリウス。
 そろそろ苦戦の一つや二つ……と、考えたりする作者でした。
※あくまで考えただけで、やりたい! ってわけじゃないですよ。







おまけ


※穴に落とし、シリウスがヴェイグルの前に立った場面にて。


ヴェイグル「い、嫌だ! 俺はもう二度と人を苛めないし、悪い事に炎を使わねえ! だから見逃してくれ!」
シリウス「だからそういう問題じゃない。お前は俺の大切なものに……弟子に手を出したんだ。触れてはいけないものに触れてしまったんだよ」
ヴェイグル「だ、だったら……あの女が食べた食事代を返しやがれ! 僅か数時間で、神殿の食料を食べ尽くしそうに-……!」

リース「えい!」 ←ヴェイグルの脳天に石を叩きつけている。

シリウス「…………」




 今日のホクト?
 前回の戦いで、毛が焦げて恥ずかしがっているので、お休みとなります。


 次の更新は六日……か七日になりそうです。
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