引き金
※※※※※
この話は元々6月13日に挙げていましたが、個人的な事情で15日に投稿し直しました。
※※※※※
この話はフィクションです。
女神教の聖地でもあるフォニアは周囲を城壁に囲まれた町だ。
エリュシオンを一回り小さくしたような町で、アドロード大陸では比較的大きな町の一つでもある。
この国は女神教の信者が集まって出来た町なので、城と王と呼べるようなものは存在しない。
町の管理を取り仕切っている者はいるが、あくまで女神教が中心なので、女神教を制すればこの町を制するも同然と言われる。
どの方角からでも見える大きな女神教の神殿がまるで城のような存在感を放っていて、そこを中心にして家屋が広がるのがフォニアという町である。
そんなフォニアから少し離れた森に俺達は馬車を停めていた。
俺達はいいが、追われているクリスとアシェリーを計画もなく町へ入れるのは危険だからだ。
なので馬車を森に隠すように停めて拠点とし、まずは俺達が情報収集の為に徒歩で町へ向かう事にしたのである。
「ホクトは二人を頼む。いざとなったら馬車を引っ張って逃げてくれ。ただし、お前達の命が最優先だぞ」
「オン!」
「私も馬車に残っているわ。私が町に入ったら、目立って余計な面倒事が増えるかもしれないし」
確かに、フォニアの情勢がわからない以上は余計な騒動は控えるべきだ。
エルフであるフィアは目立つから、絡まれる事になれば情報収集の妨げになる可能性が高い。
「すまない。何かあったら連絡してくれ。使い方は覚えているよな?」
「ええ、このチョーカーに魔力を流しながら話せばいいのよね?」
「あまり長く話せないから、必要最低限に言葉を纏めて使うようにな。それじゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
「先生、皆さん……気をつけてください」
「女神様……貴方様の愛をこの者達にお与えください」
「オン!」
仲間達に見送られながら、俺達四人はフォニアへと足を踏み入れるのだった。
場所によって様々だが、大きい町に入る際、己の身分を証明できない者は多少の通行料を払わなければいけない場合が多い。
俺達は冒険者なので本来ならギルドカードを見せれば問題ないのだが、フォニアではそれが通じなかった。
「フォニアに入るには、皆これを身に着ける決まりだ。一つ鉄貨一枚だぞ」
そう言って、門での審査時に無理矢理売りつけられたのは、女神教信者が身に付けているペンダントだった。
大した金額ではないし、町への入場料と思えばそれでいいのだが……。
「……不細工ですね」
「うん。アシェー……じゃなかった、あの子が持っていたのはもっと綺麗な物だったよね?」
アシェリーが持っていたペンダントは白い鉱石を磨き、太陽を模した紋章が彫ってある立派な物だったが、俺達が買わされたのは木製かつ全体が微妙に歪んでいるので粗悪品にしか見えなかった。
「量産品ってやつだろう。適当過ぎて逆に笑えてくるな」
「全く……信者でもないのにこんなの買わせてどうするんだよ」
「ちょっとした小銭稼ぎと宣伝も兼ねているのかもしれん。こいつから魔力的な反応は感じないし、面倒事を避ける為に着けておけ」
身分を証明できる者でも金を払わせる方法だしな。それに金を払って買わせた物だから捨てにくいし、持ってる人が増えればそれだけ信者が多そうに見えるわけだ。
何とも狡猾な策だが、そこまで負担になるような事じゃないので悪くはないと思う。利益をあまり考えず、もっと良い物を作れば記念品として見えるから反感は少ないと思うが。
……まあ、俺には関係ない話か。何となく微妙な気分になりながらペンダントを首に掛けるのだった。
「シリウス様、これからのご予定は?」
「ここへ来る前に伝えたように、町を歩いて情報収集だな」
町へ入った時点で昼前だったので、俺達は適当な食事処を見つけて昼食にしていた。
そして食後のお茶を飲みながら、小声で今後について話し合っている。
「何か気になる事があればしっかり報告するんだぞ。後は手筈通り頼む」
「……わかりました」
エミリアが少し残念そうな顔をしているのは、俺だけ別行動するからだ。
弟子達には女神教の表の顔を調べてもらい、俺は裏の部分を調べる為に情報屋に接触するつもりである。
勉強としてレウスを裏組織に連れて行った事があるからエミリアを連れて行ってもいいんだが、情勢が良いとは言えないのでなるべく戦力は固めておいた方がいい。
あまり悠長に時間を掛けるとアシェリーが突貫しかねないし、今回は効率重視で進めて行こうと思う。
「宿の手配は任せたぞ。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
「姉ちゃん達は任せとけ兄貴」
「気をつけてくださいね」
弟子達には情報収集の他に、面倒事はなるべく回避しろと伝えてある。
何かあればチョーカーとイヤリングに付いている『コール』の魔石で連絡し、面倒な相手に絡まれたら町を飛び出してでも逃げ出すようにと予め決めてある。例え予定外の所へ逃げても、俺ならどこにいるか『サーチ』ですぐわかるしな。
夕方を目途に合流とし、俺は手を振って見送る弟子達から離れるのだった。
町の情報屋と接触するには様々な方法があるが、まずは堅実に酒場から攻めてみる事にした。
酒場を探して町を歩くが、真昼間という事もあって閉まっている店が大半なので、ついでに町の治安も確認しながら俺は歩き回っていた。
立ち並ぶ店に、少し贅沢そうな身形をしている女神教の信者達が悠然と町中を歩いている光景は、一見すると普通に見える。
冒険者もそれなりに見かけるので、女神教の信者が多い以外は余所の町と変わらない。
そして治安は保たれているように見えるが、少し見方を変えればそれは間違いだとわかる。
「恐怖政治されている国に近いな」
贅沢な身形をして堂々と歩いている信者は、おそらくお布施をしっかりと納めている者達だろう。
それに反し、少し落ち目な信者は隅っこを歩いて目立たないようにしている姿が目立ち、建物の陰にいる浮浪者みたいな奴等は明らかに警戒心が高く、人によっては酷く怯えている様子だった。
そのまま歩き続け、どの町でも必ず存在するスラムへと足を踏み入れたが、そこは幾つもの建物が崩れ、痛々しい焼け跡が無数に残る酷い光景が広がっていた。
「酷いものだ」
ただの火事にしては燃え方が異常だし、明らかに人為的なものを感じた俺は、近くに座っていたスラム出身の男に金を握らせて聞いてみた。
得た情報の結果、犯人は予想通り火の精霊魔法を使う女神教の聖騎士らしく、先日笑いながらやってきてここら辺を焼き尽くして帰ったそうだ。
「女神教に相応しくないお前等はゴミだとよ。あいつは俺達を人だと思っちゃいねえのさ」
こんな事が平然と行われている状況か。女神教はアシェリーの話以上に酷くなっているようだ。
女神教と聖騎士とやらが好き勝手しても止める者がおらず、歯止めが利かなくなっているのだろう。急がないと犠牲者が増える一方だな。
その後、近くで開いている酒場を見つけて建物内へと入った俺は、数人程いる客の視線を集めながらカウンター席に座り、マスターにアルコールの低い酒を注文しながら聞いてみた。
「その後ろにある酒を一杯くれ。ところで情報屋を探しているんだが、誰か知らないか?」
「さて……な。ここ数日、聖騎士が掃除だとか言って人も建物も焼いちまったから、情報屋なんてもう存在しねえよ」
「これでもかい?」
俺は飲んでいたコップで隠しながら銀貨をカウンターの上に置いた。
それを見たマスターは視線を僅かに逸らしながら銀貨を受け取り、こちらを探るような目を向けてきた。
「情報屋から何を聞くつもりだ?」
「女神教についてちょっとね。特に裏が詳しい奴がいればいいんだが」
「……残念ながらいないな。それと貰った以上は忠告してやる。女神教を調べるのは止めておけ。痛い目に遭うぞ」
「そうか、邪魔したな」
出された酒を飲み干し、俺は足早に店を出て再びスラム街を歩いていた。
このまま幾つか酒場を当たってみるつもりだが……最初から当たりを引いたかもしれない。
俺の後を追ってくる反応を五つ捉えたので、道に迷ったふりをしながらわざと袋小路へと向かって歩き続けた。『サーチ』を使えば地形を把握するのも難しくはない。
予想通り壁に突き当たったので来た道を戻ろうと振り返れば、俺をつけていた連中が姿を現して道を塞いできた。
「へへ……ここを通りたいのか? だったら払うもん払ってもらおうじゃないか」
相手は先程の酒場で座っていた、大小様々な男達が四人だ。
ぼろぼろの服装からスラムに住んでいる浮浪者だろうが、何か他とは違う気がする。こんな場所で浮浪者をしているわりには肉付きが良い気がするのだ。
そのまま首を傾げながら男達を眺めていると、一人の男がこちらに近づきながら睨んできた。
「おいてめぇ、聞いてんのか?」
「聞いてるよ。で、何の用だい?」
「ちっ……てめえ、あんなにもあっさり銀貨を出すんだ。それなりに蓄えてんだろ?」
ふむ、こうなるのが面倒だから見せないように渡したんだが……あの酒場のマスターとこいつ等は仲間だったのか?
凄んでも全く反応を見せない俺に男は苛ついていたが、何か言われる前に言い返してやった。
「実はさっきの銀貨が最後の金だったんだ。いや、残念だったな」
「見え見えの嘘つくんじゃねえよ! 大人しく出す物出せば、女神教に売るのは勘弁してやるぜ?」
「売る? 今の女神教は奴隷を集めているのか?」
「知らねえのか? 女神教にちょっかいを掛けそうな奴は神殿に通報するか、身柄を突き出せば金を貰えるんだよ。つまり、お前みたいな奴の事だな」
「なるほど、反逆の芽には賞金をかけて潰しているわけか。中々考えているな」
「お前を売れば数日の食糧にありつけるんだ! 大人しく捕まりな!」
そして男達は一斉に襲いかかってきたが、たいして強くなかったのであっさりと終わった。
腕を折り、顔面を壁に叩きつけ、地面に組み伏せてから意識を刈りとる。そして最後の男は、俺が歩いてきた道目掛けて思いっきり放り投げた。
放物線を描いて飛ぶ男が地面に落下し、地面を転がりながら遠ざかっていく中……俺は素早く移動していた。
「おお……凄いな。こいつは予想外だ」
「で……何が予想外なんだ?」
「なっ!?」
俺を追いかけていた連中は全部で五人。だがその内の一人だけ、離れてこちらを窺っていたのだ。
最後の男を放り投げたのは隠れていた相手の目を逸らす為で、その隙に相手の目前まで接近しナイフを喉元へ突きつけていた。
「ま、待て! 俺は敵じゃねえ!」
「俺が襲われていたのを眺めていただけの癖にか?」
「あ、あれはあんたの実力を測るためだ。あんな連中如きにやられる奴に、のこのこ顔を出す情報屋がいるかよ!」
「つまりお前は情報屋だと。口に出すって事は、俺は会っても良いと判断したんだな?」
「そ、そうだ。文句なしに合格だから、そのナイフ下ろしてくれよ!」
敵意は感じられないのでナイフは仕舞ったが、本物の情報屋かどうかまではわからないので質問を繰り返した。
そして本物と判明し、どうしてこんな回りくどい事をするのか聞いてみると、どうやら俺が倒したような密告する連中はあちこちにいるらしく、情報屋も迂闊に動けないらしい。
「情報集めているだけでも女神教から反逆として見られかねないからな。普段はこういう連中に混じって隠れているんだよ」
酒場のマスターは俺が倒した連中の仲間だが、本当はこの情報屋の仲間らしい。二重スパイみたいなものか。
情報屋を求めてきた奴をマスターが目利きし、そこら辺にいる密告者共を促してぶつけ、接触するに値するかどうか試しているわけだ。
何とも面倒な事だが、現状ではこれくらいしないと危険というわけか。
「とにかく情報が欲しいんだろ? さっきの酒場に専用の場所があるから、そこで聞こうじゃないか」
情報屋は酒場を目指して歩き出したので、俺は警戒を緩めずにその背中を追うのだった。
そして酒場に戻った俺と情報屋は、マスターの案内で狭い部屋に通された。罠も特に見つからず、『サーチ』では他に反応は感じられないので信頼はして良さそうである。
「用心深いのは嫌いじゃねえぜ。時折だが懺悔室にも使われている部屋だ。外はマスターが見張っているし、ここなら聞かれる心配はねえから安心しな」
部屋に用意されている椅子に座った情報屋は、向かい側に俺が座ると同時に真剣な表情を向けてきた。
「で……何が聞きたいんだ? 情報だけで銀貨をぽんと出すんだ。期待していいんだろう?」
「ああ、まずは銀貨一枚出そう。後は内容次第で追加だな」
酒場のマスターと同じく銀貨を一枚出せば、情報屋は笑みを浮かべながら受け取った。
「まいど。確か女神教の裏について聞きたいんだったな?」
「そうだ、まずはー……」
その後、俺は情報屋から女神教が行っている不正の数々から始まり、その不正に結託している者達と、アシェリーと同じ現女神教と戦っている信者達の行方を聞いた。
何を聞いても、打てば響くように答えられる情報量は流石と言えた。この状況で生き残っているだけあって、腕は確かなようだ。
「最後に聖騎士について頼む」
「……あいつか。ちなみに聞いてどうするつもりだ?」
「どうもしない。状況によってはぶつかるかもしれないといったところか?」
「悪い事は言わねえ、接触するのは止めておけ。精霊魔法が使えるのもやばいが、性格もやばいんだよ」
年齢は俺より少し上の男性で、快楽主義者で狡猾。そして敵対した相手を容赦なく焼き尽くす残忍な性格らしい。
更に精霊魔法による強大な力を惜しみなく振るって炎を撒き散らすので、周囲への被害が酷いそうだ。
「そんな奴が今までよく女神教にいれたな」
「大司教が子供の頃に拾ったから、大司教の命令だけは聞くんだよ。そんな大司教が女神教を仕切るようになってから奴の行動を黙認するようになって、行動がどんどん過激になっていったんだ」
スラムの焼け跡はその過激な行動の一つ……か。
見兼ねる行動が多く、女神教へ訴える者もいたそうだが、彼はフォニアの守護者であり、女神教の敵を裁いてるに過ぎないと返してばかりだそうだ。
実際、鬱憤晴らしも兼ねて外の魔物を倒し、魔物の被害を減らしているからフォニアの守護者ってのも間違いではない。
そこまで説明した男は、溜息を吐きながら窓へと視線を向けていた。
「噂だが、最近では大司教の命令を聞かない時があるらしい。それが真実だったら相当やばい話だぜ」
「誰にも止められず、聖騎士の気まぐれで焼かれる恐怖に怯える毎日だな」
「そういうこった。正直に言って、このままだと町はもう長くねえと思う。あんたも冒険者なら、聖騎士に出会う前に町を出るんだな」
そう言う情報屋も、近々町を出ようとしているんだろう。身形は浮浪者だが、冒険者のように出られるよう色々と準備をしているらしい。
さて……聖騎士の件は一旦置いて、中々良い情報を得れた。中には怪しい話もあったが、その辺りは俺が直接確かめればいいだけだ。
話を切り上げ、俺は報酬を払おうと懐から金貨を一枚取り出して机に置いた。
「中々有意義な時間だった。報酬はこれで十分かな?」
「へぇ……まさか金貨とはな。お前さんは貴族ー……じゃあなさそうだ。僅かだが同業者の匂いがするな」
「優れた腕にそれ相応の報酬を支払うのは当然だろう? あと、理由もなくこちらの正体に踏み込むのはルール違反だな」
「そうだったな。しかし金貨はちょっと貰い過ぎかもしれねえな。何か他に情報はー……っと、言い忘れていた事があったな」
情報屋は頭を掻き、俺の渡した金貨を指で遊ばせながら口を開いた。
「数日前だが、聖騎士の野郎はどこからともなく相棒ー……」
『聞こえますか……シリウス様』
情報屋が核心を話そうとしたその時……エミリアの『コール』による声が脳内に響いてきたのである。
反射的に『サーチ』を発動させれば、かなり離れた場所で明らかに何かが起こっているような魔力の流れを感じた。
『申し訳ありません。例の聖騎士と出会ってしまいました』
すぐさま話を打ち切った俺は、情報屋と別れて酒場を飛び出した。
――― フェアリース ―――
シリウスさんと別れた私達は、フォニアを散策しながら女神教の情報を集めていました。
現在の女神教は普段何をしていて、住民はどう評価しているのかという程度です。
私達は歩く途中で見つけた店で、商品を注文しつつ女神教について質問をしてみます。まずは商品を購入して、それから聞くのが円滑な情報収集だと教わっています。
「女神様の御蔭で俺達は商売できるんだけど、最近の女神教は何かおかしいな。今までお布施を要求してこなかったのに、少し前から要求するようになったんだよ。ほれ、串肉十本な」
「お布施を渡せば女神教が融通してくれるから色々助かっているんだけど、徐々に値段が上がってきたから困っているのさ。パン十個、毎度あり!」
「この間知り合いが怪我したから、神殿に相談したら治療魔法を使える信者が派遣されたんだ。けどよ、治療代としてかなりのお布施を要求されたんだ。以前の女神教ならそんなの無かったんだけど、治療代だと考えれば仕方ねえよな。はい、サンドイッチ十個お待ちどうさん!」
わかったのは、住民の皆さんは違和感を覚え始めているのに、それを受け入れようとしている点かな?
見たところ普通に生活しているように見えるけど、どこか不穏な空気を感じるのは気のせいじゃなさそう。
エミリアとレウスが、建物と建物の隙間……用がなければ入らないような場所からあまり嗅ぎたくない匂いをよく感じると言っているし。
「……何だか落ち着かない感じだね」
「だな。馬鹿にするつもりじゃないけど、変な町だよな」
「シリウス様の話では、行き過ぎた宗教は、人の思想や行動でさえも知らず歪めるそうよ」
表の通りを歩く人達は綺麗な服を着て笑みを浮かべているけど、少し陰の方に視線を向ければ、スラムでよく見かける浮浪者が座っています。
そういう人達が意外な情報を持っている場合があるってシリウスさんは言っていたけど、私達はあくまで表向きを調べるだけです。面倒事を避ける為に今は関わらないようにしています。
なので引き続き店を巡ったり道歩く人に話を聞いていたんだけど、途中で共通する内容に気付きました。
「せ、聖騎士? いや……素晴らしい炎を使う女神教とフォニアの守護者だよ……うん!」
「あの炎で外の魔物を狩ってくれるから、魔物の被害は少ないんだよな。素晴らしい人だと思うよ……関わらなければな」
「止めてくれ。その名はあまり聞きたくないんだ」
聖騎士の話になると皆慌てるか、関わりたくないと言わんばかりに目を逸らすの。
アシェリーが言っていたように、精霊魔法を使ってやりたい放題しているらしく、女神教とは関係なく住民に恐れられている感じです。
聖騎士が起こした惨劇を幾つか聞いている内に、レウスは許せないとばかりに拳を握っている時もありました。
「その聖騎士って奴は本当に酷い奴なんだな。兄貴が許可してくれたら斬ってやるのに」
「でも外の魔物を倒して町の被害を減らしているんでしょ? 守護者だとも言われているし、倒したら済む問題じゃないから手を出しちゃ駄目よ」
「少なくとも、アシェリーの味方をしている私達にとって敵だと思うわ。シリウス様の言われた通り、なるべく関わらないようにしましょう」
少し気を引き締めながら町を歩いていると、広場の一角が騒がしくなっているのに気づきました。
催し物があったみたいに人が大勢いるのですが、集まった人達の表情からして楽しそうな雰囲気じゃなさそうです。
私達が首を傾げていると、サンドイッチを食べていたレウスが近くの人に話しかけていました。
「何かあったのか?」
「ん? ああ……聖騎士様だよ」
「聖騎士? 何だよ、こんなに注目集める程人気なのかそいつ?」
「そんなわけないだろ。俺達は集められたんだよ」
話しかけた人が少し横にずれてくれたので、私達は中心の様子を窺う事ができました。
そこには……広場の中心で座らされている法衣姿の女性と、煌びやかな装飾がされた立派な法衣を着ている赤髪の男性が向かい合っていました。
「……何だあれ? 何か妙に豪勢な服を着ているな」
「余所者か。あれは聖騎士様で、この集まりは背信者の見せしめだよ。今日から始まったんだが、下手な事言えば狙われるから気をつけろよ」
どうやら、あの立派な法衣を着ている男性が聖騎士のようです。
酷い話ばかり聞きますけど、私と同じ精霊魔法を使う人なので少しだけ会ってみたいとは思っていましたが……それは間違いでした。
あの、目の前の女性を見下ろす冷たい笑み……人を物としか思っていない、支配者思考の貴族にそっくりですから。
「や、止めてくださいませ! 私は女神様に忠誠を誓った信者です! 女神教を裏切るなんて決してー……」
「お前が何だろうと関係ねえよ。俺はここでてめえを始末しろって言われただけで、命乞いとかどうでもいいし」
聖騎士は一言呟きながら腕を振り上げると、頭上に大きな炎が生まれました。
詠唱もなく、ただ呟いただけであれだけの炎を生みだす点から、彼が精霊魔法を使うのは間違いないようです。
「あ、ああ……女神様……アシェリー……ごめんね」
「女神は仰いました。裏切り者には炎の裁きを……ってね。それじゃあ、神託通りやらせてもらいますか」
そして聖騎士が腕を振り下ろされ、激しく燃え上がる炎が女性へと放たれました。
あの人、もしかしてアシェリーの……。
「お願い……『水壁』」
気付けば、私は精霊にお願いをして女性の前に水の壁を生み出していました。
やはり炎相手には相性が良く、私の生み出した水の壁は炎を完全に受け止めるどころか炎を消し去っていました。
「リース姉!?」
「やっぱり……ね」
「ご、ごめん! でも……あの人はきっと、アシェリーが言っていた代わりに捕まった人だよ」
昨日、クリス君と出会う前に、自分を逃がす為に囮となって捕まった人がいると、アシェリーは悲しげに話していました。
それはアシェリーにとって姉のような人で、あの女性はアシェリーから聞いていた特徴と一致しているのです。
あの人が焼かれてしまえば、きっとアシェリーは悲しむ。
神託を授かる以外に何もできないと嘆くアシェリー。
水魔法だけが得意だった過去の私。
全く違う私達ですが、共に聖女と呼ばれるような環境から何となくアシェリーと自分を重ねていたのです。
そして……目の前で炎に焼かれそうになっている女性がもし私の姉様だったらー……と思ってしまい、体が勝手に動いてました。
「二人は早く逃げて。私の責任だから……何とかしてみる」
「リース姉を置いていけるわけねえだろ? なあ姉ちゃん」
「ええ、当然ね。それにまだ大丈夫よリース。あいつは誰がやったかわかっていないわ」
エミリアの言う通り、聖騎士達とは離れているので、私がやったと思っておらず周囲を見渡していました。
私達は小声で会話しているので、周囲の人達は不思議そうにしていても私だと判明していないようです。
そして笑みを向けてきたエミリアとレウスは、私を聖騎士から隠すように前へ立ち塞がってくれました。
「凄い炎を操るわりには魔力感知できないのか。リース姉の魔法で防げたし、そこまで強くないのか?」
「それは違うわ。さっきは炎を受け止められたけど、実は炎が強すぎて水の精霊が周辺に少ないの。そのせいで魔力の消耗が激しいから、長期戦になると厳しいわ」
「戦う必要はないわ。このまま逃げる事ができればシリウス様の約束はまだ守れますし、近い内に騒ぎになると思うから、その隙を突いて逃げ出しましょう」
確かにこのまま逃げられれば、戦わずに済むと思う。油断せず周囲の反応を見ながら私達は静かに待ち続けました。
「今俺の炎を防いだのは誰だ! 出てこい!」
聖騎士は苛立たしげに騒ぎ、反応がないのに確認したところで舌打ちと同時に両手を挙げていました。
すると先程と同じ炎が幾つも生み出され、今にも周囲の人達へ飛びかからんと聖騎士の頭上で飛び回り出したので、集まっていた人達は後退りを始めています。
「出てこねえなら、無理矢理でも出してやるよ!」
「今よ! 人が逃げる混乱に乗じて町の外まで逃げましょう」
「でも、あの炎が周囲の人を……」
「ならリースはあの炎を無力化させるのに集中して。レウスはリースを抱えなさい」
「任せろ!」
うん……それなら私は炎に集中できる。
レウスが背中を向けて私が体を預けた時、炎が無差別に人を襲おうと動き出したので、私は複数の水の玉を生みだして相殺しました。
同時に周囲の人達が逃げ出し、私達もそれに合わせて移動しようとしたのですが、私を抱えたレウスの足が止まっていました。見れば隣のエミリアも足を止めて警戒を露わにしています。
『感じる……そこの青髪の女だ! 全く……魔力の探知くらい覚えんか』
全ての炎を相殺して意識を目の前に移せば、そこには全身が真っ赤に燃える、狼のような魔物が立っていたのです。炎が狼を象っているとも言えるかも。
ホクトと同じ大きさで、どことなく似たような雰囲気を放っていますが、人の言葉を喋る上に明確な敵意を放っています。その敵意に私は自然と体が強張っていました。
「うるせえ、俺の炎があれば探知できなくても問題ねえよ」
『ふん……本当に愚かな奴だ貴様は』
気付けば周囲の人達はいなくなり、私達は聖騎士と炎の魔物に挟まれていました。
確実にばれてしまったようですが、今は後悔している場合じゃありません。聖騎士は当然として、あの炎の魔物も相当強そうな気配がします。だってレウスが明らかに警戒し、私を降ろして大剣を抜いているもの。
「んで、てめえらは何者だ? 身形からして冒険者か?」
「そうですよ。そういう貴方は女神教の聖騎士でよろしいでしょうか?」
「様を付けろよ。じゃないと焼いちまうぞ?」
「しなくても焼くのでは? それに様とは役職より名前に付けるべきだと思います。私は貴方様の名前を知らないので、是非とも教えていただきたいですね。聞こえますか……シリウス様?」
エミリアはわざと話を引き延ばしながら、チョーカーに手を当ててシリウスさんに連絡していました。
そしてレウスは炎の魔物を警戒するのに専念し、私は聖騎士の炎に備えて水を生み出せるように魔力を集中させていました。
エミリアの言葉を聞いた聖騎士は、何が可笑しいのか手を叩きながら笑っています。
「ははは、そりゃあ確かにそうだ。じゃあ名乗ってやろうか。俺の名前はヴェイグル。見ての通り、炎の精霊魔法を使う聖騎士だ」
「ご丁寧にどうも。私達はー……」
「いらん。用があるのはそこの青髪の女だけだから、他はどうでもいい」
「……私?」
「申し訳ありません。例の聖騎士と出会ってしまいました」
ヴェイグルと名乗った男は、私を指差しながら楽しそうに笑っていました。その隙にエミリアはシリウスさんに現在の状況を連絡しています。
「俺の炎を消すなんてやるじゃねえか。かなり強力な水魔法が使えるみたいだな」
「それが……何? まさか炎を消したのに文句があるの?」
「文句はあるが、今はどうだっていい。お前……俺の下へきな」
……いきなり何を言うかと思えば、勧誘なのかな?
人に嫌われるような行為をしているのに、こんな上から目線で言われて素直に頷く人なんていないと思う。
「いや、別に返事はいらねえや。無理矢理連れて行くだけだし。炎よ、奴等を焼きな!」
「っ! 水よ……『水柱』」
問答無用で炎を放ってきたので、私も水の柱を生みだして炎を相殺しました。
やっぱり……水の精霊が少ないから発動も鈍い。私は見えないけど、きっと炎の精霊が多すぎて近くにこれないと思う。
それでも私達だけに放ってくる炎は何とかなるのですが、ヴェイグルは周辺に意味もなく炎を撒き散らして関係のない物や人まで焼こうとしているのです。
「関係のない奴を守った時点で、お前は相当なお人好しだってのはわかってんだよ。どうだ? お前が来るなら止めてやるぜ?」
卑怯な人だけど頭は回るみたい。炎を全て消したいけど、広場にある噴水はすでに乾いています。何もない場所から生み出す水では目の前の炎を防ぐだけで精一杯です。
雨を降らしてもその程度では炎が消えそうにありませんし、せめて近くに川があれば水を大量に呼びこんで周囲全体を覆う事ができるのに。
悔しく思いながら炎を相殺していると、突如私達とヴェイグルを包み込むような大きな風が巻き起こり、周辺に飛び散ろうとする炎を散らしていました。
「リース! 周囲の炎は私が風でカバーするわ。貴方は相手に集中して!」
「俺はこいつの相手だ!」
「ありがとう!」
エミリアが広範囲の竜巻を発生させてくれたので、何とか被害が抑えられそうです。
そしてレウスは大剣を振りかぶって炎の魔物へ斬りかかっていました。
『ほう、威勢のいい銀狼族だ。私にかかってくるか』
「ホクトさんに比べたら、お前なんか大したことねえよ!」
レウスの言う通りホクトの方が強そうだけど、油断できない相手だと思う。
炎の魔物は振り下ろされた大剣を跳躍して避けていたけど、レウスはすぐさま手首を返して斬り上げます。
『むっ!?』
「どらっしゃーっ!」
その大剣から想像もつかない連続攻撃に炎の魔物は動揺し、レウスは徐々に追い込んでいきます。
そして遂に相手を捉え、レウスの大剣が前足を一本斬り飛ばしたのですが……。
「次はー……あれっ!?」
『中々やるようだが……私には無意味だ』
斬り飛ばした先から炎が噴き出し、何事も無かったように前足は再生していたのです。
「だったら、再生できないくらいに細切れにしてやる!」
『無意味だと言っただろう。私は炎狼。炎がある限り、幾らでも体を再生できるのだ』
「そんで俺は炎が幾らでも生み出せる。つまり、そこの犬と組んだ俺達は無敵ってわけだ」
『貴様と組むのは不服だが、面白いからな』
「そちらの炎狼は無敵でしょうが、貴方はそうでもなさそうですよ?」
強力な精霊魔法を使えても、ヴェイグルは私達と同じ人です。実際私の魔法で相殺できているし、無敵と呼ぶにはちょっと苦しい。
エミリアと視線を交わし、同時に仕掛けようとしたその時……ヴェイグルから大きな魔力が放たれました。
「俺の炎は全てを焼きつくす炎。そして風で囲うってことは、てめえ等の逃げ道も無いって事だろ! 炎よ……全てを燃やせ!」
その瞬間、足元から広範囲に亘って炎が噴き出し、一面を炎の海へと変えました。
私はすかさずエミリアとレウスを水の玉で覆って炎を防ぎ、最後に自分を守ろうとしたところで私は空を飛んでいました。
僅かな浮遊感の後に地面に体がぶつかる激しい衝撃。そこで私は、炎狼に襟を咥えられてヴェイグルの隣に運ばれたのだと気付きました。
「よしよし、ご苦労だったな」
『ふん、これ以上くだらん戦いが続くのが面倒だからな』
「は、放しなさい! 一体何のつもり!」
「何って、このまま持ち帰るんだよ」
「嫌よ! 放しー……あうっ!」
暴れようとすると、炎狼は前足で私の背中を踏みつけて地面に押さえつけてきました。
何故か熱くない前足に逆らいつつも顔だけ振り返れば、炎狼の体は先程より明らかに大きくなっていて、魔力も先程以上に増していました。
まさか……炎の精霊を吸収しているの?
『暴れるな小娘よ。今の私では、このまま踏み潰してしまいそうだ』
「あ、そんな事したら二度と精霊に頼まねえぞ。逆に力を抜きとってやる」
『わかっている。だから動くな小娘よ』
「う、うう……」
予想は当たったけど、本当に不味い状況です。
背中から感じる膨大な魔力量に当てられ、私の体は自然と震えていました。もしかすると、ホクトより強いかもしれません。
こんな事になるなんて……私のせいだ。
でも、あの人を守らなかったら、私は絶対に後悔していた。
あの時……どうすれば良かったんだろう?
「リース!」
「リース姉!」
駄目……悩むのは後。
私達の周辺は燃えていないけど、エミリアとレウスが立っている場所は炎が燃え盛っているんだから。
二人を守っている私の水も長くは持ちませんし、私の魔力も残り少ないので、消火の邪魔をされたら確実に魔力が足りなくなります。
もう……他に手がなさそうです。
「い、行きます! 私は貴方について行くから炎を消して! 二人を助けて!」
「嫌だ。あいつ等は燃えるのは凄く好きだけど、消えるの本気で渋るから面倒なんだよ。どうしてもってなら、見ていてやるから自分で消しな」
この人……ただ精霊で燃やす事しかしてこなかったの?
精霊を使いこなしていない。ただ暴力のように放って燃やしているだけなんだ。
こんな人が私とフィアさんと同じなんて……凄く悲しい。
「水よ……お願い……」
残っている魔力を集中させ、私は水を生みだして炎を消す事ができました。
体内の魔力が少なくて体が重く感じますが、まだ意識は保てそうです。この状況で気絶だけは避けないと。
「おお、やるじゃねえか。これからはお前に消してもらうから、よろしく頼むぜ」
「二人は……見逃して」
「ああいいぜ。それに首輪も勘弁してやるよ。水を出す魔力が無ければ意味が無いもんな、はは!」
機嫌が良くなったのか、私の要望も受け入れてくれました。
そこで私を拘束する必要がないと理解したのか、炎狼は私の背中から足を除けてエミリアとレウスの方へ一歩前へ出ました。
『そういうわけだ。手を出さなければ見逃してやろう』
「くそ……リース姉ぇ……」
「リース……」
二人が痛々しい程に拳を握りしめているので、私は心配しないでと笑みを浮かべたその時です。
『ぬっ、いかん!』
突然炎狼が叫んだかと思えば、ヴェイグルに体当たりをしていたのです。
かなり必死だったのか、加減のない体当たりを受けたヴェイグルは吹っ飛ばされ、建物の陰に転がって行きました。
「てめぇ! 何しやがる!」
『攻撃だ愚か者が!』
炎狼が叫びながら移動したかと思えば、先程まで炎狼が立っていた地面が大きく爆ぜて抉れていました。
『気配も匂いも感じられん! 今すぐここを去るぞ! 早くしろ!』
「お、おうよ! そこの女を忘れるなよ!」
『面倒な奴だ!』
炎狼がこちらに向かってきますが、謎の攻撃は私を守るように何度も炎狼へと向かって放たれていました。ですが炎狼は素早い動きで回避しながら私に近づいてきます。
そして私を運ぼうと口を開いたその一瞬を狙った攻撃は、遂に炎狼の胴体へ直撃しました。
『ぐぬっ!?』
直撃を受けて胴体の一部が失われていましたが、すぐに炎が噴き出して再生していました。
少し苦しそうにしているのでダメージはあったみたいですが、私の襟を咥えると同時に攻撃は止んでしまいました。
『どんな攻撃かと思えば……ただの魔力とは驚きだ。だがこの小娘がいれば手を出せぬようだな』
炎狼は私を見せつけるように持ち上げ、そして悠々とヴェイグルの下へ歩き始めました。
そして私が為す術もなく運ばれる中……。
『リース……声に出さず聞け』
魔法によるシリウスさんの声が聞こえてきました。
何だろう……名前を呼ばれただけで、不安に押しつぶされそうだった心が軽くなっています。
思わずシリウスさんの名前を叫びそうになりましたが、私は聞こえた通りに喋らないよう口を閉じました。
『すまんな、このままでは救助が難しいようだ。まさかホクト並の能力を持つ相手がいるとは思わなかった』
いいえ、シリウスさんは悪くありません。これは自業自得なんです。
『状況は二人から聞いた。まずはこんな状況になって後悔しているようだが、俺はリースに言っておきたい事がある』
二人が戦おうとせず妙に大人しかったのは、シリウスさんと話をしていたからなのね。
それで……私に言いたい事って何だろう?
『確かにリースは俺達の状況的に不味い事をしただろう。だがな、決して間違った事をしたわけじゃない』
あ……え?
『救える命を救うのは悪い事じゃない。それは君の良い所の一つだと思っているからな。俺にも言える事だが、今回足りなかったのはあの炎狼という魔物がいる情報を得るのが遅れた事や、諸々の判断ミスだろう』
シリウスさんは幾つか対処法の例を挙げてくれたので、私は頭を抱えたくなりました。そんな手があったなんて。
そして何より、あの行動が悪くないと言われて……凄く嬉しい。
気付けば涙が零れていました。
『まあ今更どうしようもないし、本格的に説教するのは終わってからにしよう。今は反省として大人しく捕まっておきなさい。二人は何とか納得してくれたよ』
納得した割には凄く悔しそうな顔でした。それだけ思われている証拠……なのかな?
『すぐに向かうつもりだが、一定時間置きに連絡を欠かすな。襲われるか、何かされそうだったらすぐに連絡か魔法による合図をしろ。ホクトと強行突破してでも向かう』
大丈夫です。私が許すのは……その……シリウスさんだけです。
襲われるくらいなら、全魔力を使った水で押し流してやりますから。
『必ず助けに行く。それまで待っていてくれ』
はい、その言葉で私は頑張れそうです。
貴方が来てくれるのを……待っています。
――― シリウス ―――
「シリウス様!」
「兄貴!」
リースが連れ去られた後、俺は情報の擦り合わせを行おうと人目に付かない路地に姉弟を呼んだ。
合流すると同時に、悔しそうな顔で俺に近づいてきたので、まずは二人の頭を撫でて労った。
「エミリア、レウス。よく我慢してくれた。あの光景を黙って見送らせるなんて、辛い事を命令してしまったな」
「いいえ、悔しいですけど、あの炎狼には勝てそうになかったです。シリウス様の判断は間違っていませんでした」
「そうだよ、兄貴は間違ってねえ。でも今はリース姉だ。早く助けに行かないと!」
「安心しろ。その準備が来るのを待っている」
リースが連れ去られて、まだ一時間も経っていない。先程一度連絡したが、拘束具はなく、客間らしき場所に閉じ込められました……と落ち着いた様子なので大丈夫そうだ。
それより問題はあの炎狼だな。
炎の精霊で強化されたとはいえ、まさか俺の遠距離狙撃である『スナイプ』を感知して避けるとは思わなかった。
あれは音速を越える速度なんだが、放つと同時に避けていたから野生の勘といった奴だろうか? まあ、ホクトも避けれるし……ホクトを相手にすると考えれば納得かもしれん。
「待つって……こんなところで話してないで神殿へ向かおうぜ! リース姉が攫われて兄貴は悔しくねえのかよ!」
「レウス……」
「ひっ!?」
いかん、思わずレウスを睨んでしまった。
悔しいが、今回の失敗はリースが例の女性を守っただけじゃなく、俺の判断ミスでもあるのにな。
だが……。
「俺が……リースを攫われて悔しくないと思っているのか?」
俺自身にも苛つくが、何よりもリースを攫ったあの下種と一匹は許しておけん。
確実に……始末してやる。
「あ、あああありませんっ!?」
「それでこそシリウス様です!」
それから妙に怯えているレウスと、目を輝かせているエミリアと静かに待っていると、こちらに接近してくる人の気配を感じた。
反応から違うようだが、敵意は感じられないので顔を向けてみれば、少しボロボロになった法衣を着た女性が現れた。
「あの……すいません」
「貴方は……」
「あの野郎に焼かれそうになった人じゃねえか」
「は、はい! 私はアマンダと申します。助けていただいたお礼を言いたかったのですが、私のせいでお連れの方が攫われてしまったので……何と申すべきか……」
逃げる途中で、誰が助けてくれたのかを人伝で知ったらしい。そして人混みを避けて移動していたら、偶然俺達を見つけたそうだ。
「攫われたのはこっちのミスでもあるから気にしないでほしい。ところで、君はアシェリーを知っているか?」
「アシェリーを知っているのですか!?」
アマンダはリースの言った通り、アシェリーの姉代わりの女性だったらしい。
スパイや偽物の可能性も考えたが、幾つかアシェリーについて質問したところ本物のようなので、俺達はアシェリーを救った経緯を説明した。
「ああ……良かった。あの子は無事だったのですね……」
「後で会わせてもいいが、貴方に頼みたい事がある」
「皆さんはアシェリーと私を救っていただいた恩人です、女神様の名に掛けて、私の出来る事であれば何なりとお申し付けください」
「この二人と一緒に、今の女神教と戦う信者達の下へ行ってほしいんだ」
正直、リースが彼女を救った甲斐はあったと思う。
今の女神教と戦う信者達の場所は情報屋から知れても、内部へ入るには俺達だと面倒だったからだ。
アシェリーを連れてくるのは危険だし、勝手な行動されると困るのでなるべく外で保護しておきたい。強行突破も考えていたところだったが、彼女がいればすんなり入れる筈だ。
「お前達はアマンダと一緒に向かい、信者達に聖女の無事を伝えろ。おそらくそれで士気も上がるだろうし、今後の行動が起こしやすくなる」
「彼女の護衛ですね。シリウス様はリースを救いに?」
「俺も行きたい! リース姉を助けるんだ!」
「お前達は顔が割れているから駄目だ。俺はまず正面から乗り込むつもりだからな」
リースを攫った以上、奴等は俺の明らかな敵となった。
なのでここは一度、大将であるドルガーの面を拝んでおきたい。
例え今回の事件がヴェイグルの暴走だとしても、それ相応の始末をつける相手を知っておかないと気が済まないからだ。
「ですが、ただの冒険者が神殿へ入るには難しいですよ。私達のような信者でも、アシェリーの傍でなければ神殿中枢には立ち入り許可がありませんので」
「問題ない、使者としてならー……ああ、来たようだ」
振り返れば、俺の呼んだ人物……フィアが荷物を片手に歩いてきた。
空を飛べるだけあって、中々早い到着だ。ちなみにフィアには状況をすでに説明済みである。
「その生意気そうな子供……私の目でしっかりと確認しておきたいわ」
『コール』で聞こえてきた低く冷たい声から、フィアはかなり怒っているのがわかった。
同じ精霊が見える仲間で、妹みたいな存在だったから当然だろうが。
「お待たせ。リースは無事かしら?」
「ああ、さっき確認したが問題ないようだ」
「フィア姉!? 何でここに?」
「勿論シリウスに呼ばれたからよ。はい、これでいいのね?」
実はフィア……町へは不法侵入である。
少しでも早く来てもらうように、俺が人目が付きにくい城壁の位置を教え、こっそり空を飛んできて町の中へ入ってきてもらったのだ。
そしてフィアから渡された荷物を広げれば、それはエリュシオンの紋章が描かれている高級感溢れるマントだった。
「それは、リーフェル様の……」
「そういうことだ。リースの事だし遠慮なく使わせてもらう」
過去にリーフェル姫から貰った、次期女王の近衛である証拠……別名、予約マントだ。
これを着て名乗れば、ただの冒険者ではなくエリュシオンの使者として迎えられるだろう。
「私も一緒に行くわね。ほら、希少なエルフがいれば使者だって信憑性が増しそうじゃない?」
「頼む。というわけで、今から神殿へ向かい、リースの奪還と情報収集をしに行ってくる。ついでにお前等が攫ったのは、エリュシオンを本気で敵に回す相手だという恐怖を教えに行くとしよう」
まあ……例え素直にリースを返してくれたとしても、もはやただで済まさないのは決定している。
勿論、リースが王様の娘だと言うつもりはない。
彼女がエリュシオンで言われていた、聖女の名を上手く使うつもりである。
各自への指示が終わったところで、俺は近衛のマントを羽織った。
「さて……乗り込むとしようか」
風雲告げる今日のホクト
フォニアから少し離れた森にて、ホクト君はご主人様の帰りを待っていました。
フィアさんはアシェリーちゃんと一緒に仲良く談笑しながら魔法の練習中です。
そして燃える騎士こと、クリス君は待っている間も訓練を行っていました。
しかし何が起こるかわからないので、今は軽めの訓練にしています。
「ふっ! ふっ!」
ご主人様が教えたように木剣を振り回しているクリスを、ホクト君は座って眺めていましたが、少し手伝おうと思ったホクト君はクリス君の前までやってきました。
「ふっ! ……ん? あ、どうしたんですかホクトさん」
「オン!」
ホクト君は右前足を振りながら、かかってこいとジェスチャーします。
「……あ!? もしかして、訓練相手になってくれるって事ですか?」
「オン!」
「ありがとうございます。では……行きますよ!」
クリス君は木剣を振りかぶってホクト君へ振り下ろします。
ですがホクト君は避ける素振りも見せず、右前足で木剣を側面から叩いて逸らし、そのまま……。
「オン!」
「へぶっ!?」
肉球パンチが振り下ろされ、クリス君は脳天から潰され、無様にも地面へと伸びていました。
「オン! オン!」
「は、はい、すいません!? よくわからないけどすいません!」
ホクト君は怒っているようなので、クリス君はそのまま土下座で謝っていました。
おそらく、やるならもっと真面目にやれと言いたいのでしょう。不良風に言うならば、狼だからって舐めんな……です。
「つ、次は本気で行きます!」
「オン!」
少し危機感を覚えたクリス君は、今度こそ本気で木剣を振り回しました。
流石にご主人様やレウス君に比べたら情けないレベルですが、訓練を続けてきた甲斐もあって鋭い太刀筋です。おそらく、並みの冒険者なら十分に勝てるでしょう。
流れるような連続攻撃ですが……。
「はっ! はっ! だぁ!」
「…………ふぁ」
ホクト君は右前足だけで全て捌いていました。
実は欠伸が出そうになっていたのですが、必死に噛み殺したのでばれていないようです。ホクト君は紳士なのです。
そして、二十に亘る攻撃を全て捌いたホクト君の肉球パンチにより、クリス君は再び地面に叩きつけられました。
「クリス君!?」
「ホクトなら大丈夫よ。ちゃんと手加減できるし、レウスも基本的にあんな感じになるわね」
流石にレウス君と戦う場合は体全体を使いますが、ホクト君は訓練相手としても一流です。ホクト君は万能なのです。
そこで一旦休憩していたところで、ホクト君は何かを感じて思わず振り返りました。
匂いも気配も感じられないのに、ご主人様が向かった方角から違和感を覚えるのです。
思わず見に行きたくなりましたが、ご主人様の命令によりここを離れるわけには行きません。
「どうしたんですか、ホクトさん?」
「……オン」
ホクト君は何でもないと言い返し、再びクリスとの訓練を再開しました。
この時……ホクト君は知らず予感していたのです。
戦いの時が迫っていると……。
知っている方は、前書きに書いたような状況となって、色々とお騒がせしました。
以前にも似たような状況がありましたが、今回の話は一度後半を大きく修正し、色々追加と加筆をしております。
詳しい話と言い訳は、活動報告に挙げる予定ですので、興味があればご覧ください。
次回の更新ですが、6月の21日か22日になりそうです。