最終話
いつもお読みいただきありがとうございます!
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
(*˘︶˘*).。.:*
やがて――
原初の写し人
「…………」
泣き声が、
ぴたりと止まりました。
秋人
「…………?」
あまりにも突然訪れた静寂に、
秋人が眉を寄せる。
父神もまた、
腕の中の原初の写し人へ静かに視線を落としました。
その時、原初の写し人の背中からゆらりと黒い靄が立ち昇りました。
秋人
「――父様!」
黒い靄は瞬く間に膨れ上がり、
父神の身体へまとわりついていく。
それでも原初の写し人は、
父神から離れませんでした。
むしろ、その身体を逃がすまいとするように、
強く抱きしめる。
原初の写し人
「…………やっぱり」
涙に濡れた顔が、
ゆっくりと持ち上がりました。
原初の写し人
「……すごい……」
その瞳に先ほどまで浮かんでいたのは、
純粋な歓喜でした。
けれど今、
父神を見上げる瞳に宿っているのは、別のもの。
原初の写し人
「こんなに近くにいると……
よく分かる……。
神様の力……ずっと……
ずっと欲しかった……力」
父神
「…………」
原初の写し人
「もう二度と、
離れたくない……」
父神を抱く腕に、
さらに力が込められる。
原初の写し人
「だったら……
私の中に、
入れてしまえばいいんだ……」
黒い靄が、
一気に父神を呑み込もうと広がりました。
何千年もの時を越え、
ようやく再会できた神。
触れることができた。
抱きしめることもできた。
それでも――
原初の写し人の欲望は、
満たされなかったのです。
そばにいるだけでは足りない。
触れるだけでも足りない。
欲しい、その存在も……
その力もすべて。
自分だけのものにしたい。
原初の写し人は、父神そのものを自らへ取り込もうとしていました。
けれど、
その光景を前にしても、
秋人は動揺しませんでした。
原初の写し人が、
父神に触れるだけで満足するはずがない。
そんなことは、
最初から分かっていたのです。
原初の写し人
「神様……
これでずっと……一緒に――」
秋人
「――させるわけないでしょう」
背後から聞こえた声に、
原初の写し人の身体がぴたりと止まりました。
それは、
聞いたこともないほど冷たい秋人の声でした。
秋人
「父様に会えて、
触れることまでできた。
それでもまだ、足りないんだね」
原初の写し人
「…………」
秋人
「でも――もう終わり」
次の瞬間。
秋人は、
父神に縋りつく原初の写し人を掴み、
力任せに引き剥がしました。
原初の写し人
「っ……!
神様……!」
伸ばされた手が、
父神から遠ざかっていく。
秋人は、
その身体を容赦なく地面へ叩きつけました。
原初の写し人
「がっ……!」
秋人
「あなたが何千年、
父様を想い続けてきたとしても。
どれほど会いたかったとしても。」
ゆっくりと、
秋人が歩み寄る。
その瞳には、
慈悲の欠片すらありませんでした。
秋人
「あなたは父様の力を手に入れるために、
私の番を利用して、その人生を弄んだ。
そして最後には――
あんなに辛い死を与えた」
原初の写し人を見下ろす瞳が、
さらに冷たくなる。
秋人
「私はね。
お前を許すつもりなんてないよ」
そう告げた――次の瞬間。
秋人の太刀が、
閃きました。
あまりにも速い一閃。
原初の写し人には、
何が起きたのかさえ分からなかったでしょう。
悲鳴を上げる暇も。
恐怖を感じる暇も。
ましてや、自分が斬られたと認識する暇さえありませんでした。
原初の写し人
「…………?」
ただ、
不思議そうに瞳を瞬かせる。
その直後、
身体に一本の線が走り――
原初の写し人の身体は、
真っ二つに断ち切られました。
断末魔すら、
上がりませんでした。
何千年もの時を生き、
父神を追い求め続けた原初の写し人は。
自らの死を理解することさえないまま、
秋人の一太刀によって、
その生涯を終えたのです。
原初の写し人の身体が、
力なく地面へと崩れ落ちる。
その衝撃で――
コトン。
懐から、
何かが転がり落ちました。
秋人
「…………?」
それは、
小さな水晶でした。
地面を何度か転がり、
そのまま固い石へとぶつかる。
パキン――
乾いた音とともに、
水晶に亀裂が走りました。
そして次の瞬間。
パリン――!
水晶が、
砕け散りました。
秋人
「……え……?」
砕けた水晶の中から、
淡い光が溢れ出す。
初めは、
ほんの小さな光でした。
けれどそれは、
水晶の欠片の間から次々と溢れ、
やがて一つの大きな光となっていく。
秋人は、
なぜか目を逸らすことができませんでした。
知らないはずの光。
初めて目にするはずのもの。
それなのに――
秋人
「…………っ」
胸の奥が、
強く震えました。
砕け散った水晶から溢れ出した光は、
まるで意思を持っているかのように、
ゆっくりと秋人のもとへ向かいました。
秋人
「…………?」
秋人の目の前で、
淡い光が静かに揺らき、
その瞬間。
ドクン――
秋人
「…………っ!」
胸の奥が、
大きく震えました。
秋人
(違う……
胸なんかより……もっと深い場所)
秋人という存在そのものが、
目の前の光に歓喜するように震えている。
この感覚を、
秋人は知っていました。
忘れるはずがありません。
遥か昔人の世を眺めていたあの日、
一人の人間を目にした瞬間にも。
同じように、
魂が震えたのです。
秋人
「……まさか……」
その魂が今。
ずっと探し続けていた愛しい番の魂が。
秋人の、
目の前にありました。
秋人
「君……なの……?」
淡い光は、
秋人の目の前で静かに揺れていました。
何百年、何千年。
生まれては死に、
また人間として生まれてくる番を、
秋人はずっと見守り続けてきました。
その魂が今、
目の前で淡い光となって揺れている。
やがて光は、
ゆっくりと人の姿を形作っていきました。
秋人
「…………っ」
そこに現れたのは――
秋人が、
何百年、何千年もの時を越えて、
ずっと待ち続けてきた番でした。
秋人
「……でも」
秋人は、
辺りを見回しました。
つくも神とは、
長い年月を経た物に宿り、
そこから神格を得た存在。
けれど、
どこを見てもそれらしい物はありません。
秋人
「君は……
つくも神なんだよね?」
番
「……はい」
秋人
「だったら、
君が宿っていたものは?」
番
「…………」
秋人
「ここにはないよね……?」
もう一度、
辺りへ視線を巡らせる。
秋人
「君は……
何のつくも神なの?」
その問いに、
番が答えようとした、その時でした。
側近
「――彼が宿ったものなら、
こちらですよ、秋人様」
聞き慣れた声に、
秋人が振り返る。
そこには、女とその従者たちを屋敷まで送り届けた側近が立っていました。
そして、その手には――
一振りの刀。
秋人
「……刀?」
側近
「はい」
側近は歩み寄ると、
大切に抱えていた刀を、
秋人へ差し出しました。
側近
「番様が生前、
使っていた刀です」
秋人
「…………」
秋人は、
差し出された刀へ視線を落としました。
何度も戦場を共にし、
何度もその命を守り、
そして最期まで、
番のそばにあった刀。
秋人
「……この刀が……本当は」
ゆっくりと、
番へ視線を戻す。
秋人
「君の魂が、
宿った刀……?」
番
「……はい。
僕は気がついたらこの刀に宿る、
つくも神になっていました。」
秋人
「…………」
番
「最初は、
自分に何が起きたのか分からなかった。
身体はないのに、
刀に触れる人の温もりが分かって。
周りの声も、ちゃんと聞こえてた」
番は、
側近が持つ刀へ目を向けました。
番
「でもある日、あの者が現れた」
秋人の表情が、
わずかに変わる。
番
「あの者は、
僕をこの刀から無理やり引き剥がすと、
この刀を所持していた家の、
母の腹の中で死んでしまった、
長男の身体へ入れたのです」
秋人
「…………っ」
番
「それからは、人の身体で生きて、
その身体が死んだら……
また別の人間へ。
僕はずっと、
それを繰り返していた」
秋人
「じゃあ……」
秋人の声が震えました。
秋人
「あなたは……
ずっと人間に、
生まれ変わっていたんじゃないの……?」
番
「……はい」
静かな肯定でした。
番
「僕はずっと前から、
人間ではなく、つくも神だったんです。
それなのに、
僕が人としての生を終えるたび、
あの者は必ず現れて……
また新たな人間の身体へ、
僕の魂を入れていました」
ことの行く末を、
父神は静かに見守っていました。
本当ならば、
もっとずっと早く。
秋人とその番は、
共に生きることができていたのです。
それでも二人は、
何百年、何千年もの時を隔てながら、
互いを求め続けてきた。
父神
「……随分、
遠回りをさせてしまったね」
その声に、
秋人が父神を振り返りました。
父神は、
秋人とその番を交互に見つめると、
穏やかに微笑みます。
父神
「でも、もう大丈夫。
一番の脅威だった、
原初の写し人はもういない。
君を無理やり人の身体へ戻す者も、
秋人から君を引き離す者も、
もういないよ」
番
「…………」
父神
「君はもう人間ではない。
つくも神となった君なら、
秋人の番として同じ時を生きられる」
秋人
「…………っ」
その言葉を聞いた瞬間、
秋人の瞳が大きく揺れました。
番
「……番?」
父神
「うん。
君は秋人の番だからね」
番
「…………」
番は不思議そうに、
秋人へ視線を向けました。
番
「……番、ですか?」
秋人
「…………っ」
その反応に、
秋人の表情がわずかに曇りました。
無理もありません。
長いあいだ人間として生きてきた彼に、
神々のいう“番”がどのような存在なのか、
分かるはずもなかったのです。
けれど、
番
「……番というものが、
どういうものなのかは、
僕にはまだ分かりません」
秋人
「…………」
番
「僕は人として生きていた頃、
ずっと分からないことがありました。
本当に誰かを愛するということが、
どういうことなのか」
秋人が、
ゆっくりと顔を上げる。
番
「友人たちから、
聞いたことがあります。
本当に好きな人に出会えば、
一目見ただけで分かる。
運命を感じるものだって」
番は少し困ったように笑いました。
番
「でも僕には、
一度も分かりませんでした。
誰と出会っても、
そんなふうに感じたことはなかったから」
そこで一度、
言葉を止める。
そして番は、
秋人をまっすぐ見つめました。
番
「でも――
さっき、あなたを見た時。
やっと、その意味が分かった気がしたんです」
秋人
「…………え?」
番
「初めて会ったような気がしなくて。
ずっと探していた人を、
ようやく見つけたような気がして」
番の表情が、
柔らかくほどけました。
番
「もしかしたら。
これが、
“運命”というものなのではないかと。」
番の言葉を聞いた瞬間、
秋人の瞳から、
堪えていた涙が溢れました。
一度零れ落ちた涙は、
もう止まりませんでした。
秋人
「…………」
番
「それに今も……」
番は、
秋人の顔をじっと見つめ、
番
「あなたが悲しそうな顔をすると、
なぜか僕の胸まで痛くなる。
笑ってほしいと思う。
あなたのそばにいたい。
離れたくないって……そう思うんです」
番は戸惑うように、
自分の胸元へ手を当てました。
番
「こんな気持ち、
今まで一度も抱いたことがなくて。
自分の中に、
こんなにも強い感情があることに、
僕自身が戸惑っています」
秋人
「…………っ」
番は秋人の頬を伝う涙をそっと拭う。
番
「でも、一つだけ分かります」
番は、
秋人へ手を伸ばしました。
番
「僕も――
あなたと、離れたくない」
そう言って、
番は秋人をそっと抱きしめました。
秋人
「…………っ」
初めてこの腕に抱いたあの日から、
どれほどの時が流れたのでしょう。
何百年、何千年。
会いたくても会えなかった。
触れたくても、
触れることさえ許さなかった。
けれど今。
秋人は、
震える腕を番の背中へ回しました。
秋人
「……やっと会えた……」
その腕に、
ぎゅっと力を込める。
秋人
「これからは……
もう、離れない」
そんな二人を見つめながら、
父神は穏やかに微笑みました。
父神
「これからは二人で、
空庭で暮らせるね」
父神はそう言って、
二人へそっと手をかざしました。
柔らかな光が溢れ、
秋人と番を優しく包み込んでいく。
それは、
長い長い時を越え、
ようやく巡り会えた二人へ贈られる――
創造神からの、
祝福でした。
空庭から一部始終を見守っていた兄たちも、
二人がようやく結ばれたことに歓喜しました。
そして森羅万象の神が権能を振るえば、
秋人と番の足元には、
祝福するように色とりどりの花々が咲き乱れました。
その後、
父神と番とともに空庭へ帰った秋人は、
愛しい番と共に新たな時を歩み始めました。
もう、
遠くから見守る必要はありません。
声を聞くことも。
触れることも。
その手を取ることも。
これからは、
すべて許されるのです。
何百年、何千年もの時を越え、
ようやく巡り会えた二人は――
今度こそ、
二度と離れることなく。
共に、
永い時を歩んでいくのでした。
最後までお付き合いいただき、
ほんとうにありがとうございます!
次回もお付き合いいただけたら幸いです。
(人´∀`).☆.。.:*・゜




