第57話 どうやら一晩で話はついたらしい だが長男は良くても夫はどうかな?
「重い朝飯だなあ……」
もう戦う予定は無いと思うのだが、
肉中心に重厚な朝食をいただく俺たち、
いや特に昨夜、一戦交えた覚えは……結局、朝まで一人だった。
「ラスロ、冷たい水と暖かい紅茶、どちらのおかわりが欲しいか?」
「いやヨラン、メイドじゃないんだからそんなに世話してくれなくとも」
「私が世話をしたいんだ、十二年分を取り戻したいというか、今後の残された時間を考えると一分一秒も惜しい」
いやそんなこと言われてもだな、
勝手に『これからは二人の時間を』とか言われても俺の意思は……
離れた場所で食事を採るベルナルくんを見る、横に私兵が立っているとはいえ、寂しそうに見える。
「ヨラン、ベルナルくんとは」
「一晩時間を貰って助かった、しっかり話をつける事ができた」
「本当にか?!」「そのはずだ、まあ納得しなくても私の取る行動は変わらない」
……もし本当にお別れなら、
最後くらい同席してやれば良いのに、
それとも最後にはせず、改めてお別れの席を設けるつもりなのか……
「ちょっと男と男の話をしてくる」「ラスロ!」
食事のトレイを持って、
わざわざベルナルくんの隣りへ……
うん、戸惑っているな、そしてヨランを見ている。
「ベルナル、話をしてあげて」
「……母上がそう、おっしゃられるなら」
「昨夜は、よく眠れたかい?」「……少しは」
少し、かあ。
「やっぱりお母さんが恋しいか」
「……この年齢で、そんな事を言われるのは」
「おっと失礼、ヨランは話がついたと言っていたが」
……やっぱりヨランの視線は気になるのか、
ちらちら見ている、こんな状態できちんとした言葉は聞けるのか。
「……母上がそう言うのでしたら、そうなのでしょう」
「アレか、やっぱりヨランの、母親の命令は絶対ということか」
「母上というより父上ですね、私の意見どうこうより、父上がどう指示するか」
そうか、ヨラン自体、
侯爵家である夫の言いなりだったもんな、
それこそヨランがこうやって自己主張する事など、そうそう無かったのだろう。
(ここでもし『ヨランと一緒についてくるか?』なんて聞いたら……)
そうなったらヨランを嫁に貰う事が確定してしまう、
ならばここは、あえて言い方を変えて聞いてみるか、
うん、これなら誤解は……多少するかも知れないが。
「ベルナルくんは、父と母が別れたとして、どっちへついて行きたい?」
「……私は長男です、それは弟たちに聞いてあげて下さい」
「まあ、そうなんだが、だが長男が断れば次男が、というケースも」
侯爵家でそれは厳しいか。
「そういった教育は、受けていませんから」
「つまり選択肢は無い、と」「無いというより父しか選べません」
「それで、いいのかい?」「良いも悪いも無いですね、ただ……」
食事の手を止めて俯くベルナルくん。
「……言い難い事なら、小声で」
「母上と、もう二度と会えないというのは……辛いです」
「まあ、そうだよな、そりゃあそうだ」
これは心に来るなあ。
(これ、他の二人となると、もっとダメージが深そうだ)
いやふたりって、
弓使いエミリと魔女ネリィの事ね、
厳密にはふたりの子供達の話であってだな……今は目の前のベルナルくんだ。
「ただ、昨夜の母上は、今までに見た事の無い母上でした」
「それはどんな?」「今まで聞いた事のなかった、勇者ラスロ様の話を……
今まで話せなかった分、伝えたいだけ伝えると……その時の母上は、まさに別人でした」
嬉々として話してたのか、
ネタには事欠かないからなあ、
十二年間、憶えていたのかそれとも俺が生還したと聞いて思い出したのか。
「そんなに違ったんだ」
「まさに、その、活き活きとした、これが本当の、本来の母上なのだなと」
「ちょっと引いた?」「いえ……こんな母なら、良かったのに、と」
あー、やっぱり心の死んでいたヨランは、
全然違う表情というか、やはり別人になっていたか、
もはや『違う母』としか言いようが無いんだろうな、しかも、その母が良かったと。
(あっ、スープとか冷めそうだな)
このあたりにしておくか。
「王都まで行くんだよね?」「ええ」
「ヨランと一緒の馬車で行くと言うのは」「断られました」
「そっかそっか」「私より……後は父上が、どう出るかです」
そう言って食事を再会した。
「わかった、ありがとう」
結局、自分はほとんど食べなかったな、
と席に戻ると隣にヨランがやってきて顔を寄せてくる。
「ラスロ、言った通りベルナルとは話がついていただろう」
「お、おう、それなのだが……王都までの馬車、同席はしてやれないのか?」
「してもまたラスロの話をするだけとなるが」「それで良い」
少し考えて……
思わぬ提案を出してきた!
「ではベルナルに、私とラスロが結婚するという話をはっきりしてくれ」「えっ」
「さすれば言う通り、離縁する前にラスロの話をもう少し、ベルナルにしておこう」
「……それをせず同乗しろと言ったら」「一言も喋らないかも知れんな」「えええぇぇ……」
いや実の親子でしょうに。
(まあここは、ヨランを言い包めるか)
十二年前のように行くと良いのだが。




