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ほどけていく関係


 あの時の違和感や心地悪さが、可愛(かわい)さんに話すことでハッキリしてくる。やっぱりそう。既婚者なのに他の人に手を出す時点で、一番大事なのは相手ではなく自分。私も私で当時は可愛さんへの想いを隠している身だったので、凜音(りんね)の秘密恋愛を甘く見ていたい部分もあったかもしれない。

「もし可愛さんが凜音の彼氏の立場だったら、やっぱり離婚優先で動く?」

「子供がいても好きになってしまったんですもんね。そんなに強い想いなら、妻との関係を終わらせてから…ってなると思います」

 凜音の彼も結婚生活に不満を抱えていた。まず、嫁が家事をしないこと。掃除が苦手で家の中がいつも汚かったり、料理もせず買い物に行っても惣菜ばかり買ってくるだとか。子育てもひどいもので、怒りに任せて子供を怒鳴ったりひどいと手が出るほど。反射的にうちの親を思い出してしまう嫁像に、聞いていて心がザワザワした。

「凜音は家事もちゃんとやってて、旦那さんのために三食きちんと自炊してた。そういうのが彼には美点に思えたみたい」

 彼の不満を聞いていた凜音は、会う時に彼用のお弁当を作っていくこともあった。

凜音にとっては最高の彼なんだろう。でも、私はどうしても素直な目でその人を見れなかった。自分勝手に嫁の不満を作り上げて、楽しく恋愛する相手にたまたま都合の良い凜音を選んだだけじゃないのか。と思う。

「凜音が幸せそうなのはいいことだし、はじめはノロケとかも黙って聞いてたけど、途中からだんだん疲れてきて。挙句の果てに、凜音は当時不倫騒動で叩かれてた芸能人のことを悪く言っててさ。『不倫された嫁が可哀想!』って」

「えっ?」

「自分のしてること棚上げしてそれ言うんだ? って。黙って飲み込んだけど、モヤモヤして仕方なかった」

「自分達はあくまで純愛で、不倫で叩かれる人達とは全く違う。そういう意識だったんでしょうか」

「そうだと思う」

 凜音は言っていた。

『私達のは不倫じゃない。そんな汚いものと一緒にされたくない』

 気持ちはどうあれ、やってることは不倫騒動の芸能人と何ら変わらないよ。と、心の中で突っ込んでしまった。

 可愛さんにこんな話をしているくせに、私はずっと凜音に話を合わせていた。寄り添いたかったと言うと綺麗な言い訳だけど全然そんなのではなく、ただ凜音に嫌われたくなかっただけ。こうして可愛さんに話していると、スッキリすると同時に自分に失望した。

 凜音の彼は、私達が若い時に流行った人気歌手グループのボーカリストにとても良く似ていた。凜音の親もそう言っていたというほどソックリで、凜音が彼の話をするたび反応に困った私は、表面的には話を合わせつつ「にしても、ほんとカッコいいよね」と、外見のことだけ褒めちぎった。今思い返してみても不自然なくらい褒めてしまっていて、やり過ぎだったかなと反省もするけど、今思うとそれは、挨拶の場で感じた違和感をごまかすためだったのだと分かる。凜音の彼は見た目の他に褒めたくなる要素がひとつも見つけられなかった。凜音の彼は勤続二十年あまりの会社で課長だか部長だか、まあまあな役職に就いている。にも関わらずあの言動は大人としてどうなのか? まともな職に就けなかった私でもつい言いたくなってしまう。

 付き合ってまだ日が浅い二人だった。気持ちが盛り上がりに盛り上がっていたのだろうか。人の不倫を偉そうに否定できるほど私も出来た人間ではないが、凜音の彼のことを強烈に否定したくて仕方なかった。

「結局、挨拶の場はしら〜っとした雰囲気で終わって、彼はすぐに帰ってったんだけど、その後凜音は『途中から、この人もういなくていいわって思った』って彼の事グチってた」

「完全に恥ずかしい思いさせてますよね、彼は凜音さんに」

「本当にそれ!」

 自分で言い出したのか凜音が頼んだのか。本当の事は二人にしか分からないけど、挨拶しようと決めたのなら腹を括ってその場に参加してほしかった。人見知りで口下手でも言葉運びが不器用でも、バカにしたりなんて絶対しなかった。誠意を感じたかった。

「初対面の印象って大事だよね……」

 その件以来、凜音から彼の話を聞いてもいちいち引っかかる点を見つけてしまい、一人モヤモヤしたり心の中で手厳しく批判するしかなかった。

「彼、奥さんに給与全部渡して管理してもらっててお小遣い制だからまともなデートも出来なくて、いつもどこかの駐車場でどっちかの車に乗り込む形で人目をしのんで短時間だけ会ってて。だから彼は宝くじ買って当たるの願ってるんだって。やることそれじゃない! って言いたくなった」

「宝くじってギャンブルより還元率低い計算ですよね。お金をドブに捨てるようなものだと思います」

「なるほど。どおりで……」

 昔、友達とノリで買って億万長者になれるといいなーなどと言い合って遊び半分で買っていた時期があったけど、当たった試しがない。一番良くて五千円とか一万円がいいところ。それでも私にはありがたい当選金だったけど、それまでに使った金額に見合わないと思ってすぐにやめた。

「あれ、当たる人操作されてそう。なんて、証拠も何もないけど穿(うが)った見方してた」

「その勘、当たってるかもですよ。俺も昔友達と買ってみたことあるけど全然でしたし」

 目を合わせ、一緒に笑ってしまった。そしてすぐ可愛さんは真面目な顔に戻る。

「なんだろう。凜音さんの彼は、責任感というか当事者意識が薄い人って感じがひしひしと伝わってきます。凜音さんの事を好きは好きなんでしょうけど、それは家庭から逃げるための理想郷を求める的な好きでしかなくて、奥さんや子供と別れてでも貫くってほど深い想いではない感じがします。今のところの憶測になってしまいますが……」

「言語化うまい! さすが読書っ子。それだよ、言いたかったのは」

 可愛さんと話すことで、それまでうまく頭の中で形成できずにいた凜音の彼への印象が明確になってくる。挨拶の場での振る舞いも〝自分はとりあえず来たからこれでいいでしょ? 責任果たしたでしょ?〟的な気持ちが透けて見えるようで不快だった。彼は凜音と私に会話を回してもらって明らかに安心しているようだった。初対面の、しかも挨拶される側の人にそんな気を遣わせて平気でいられる神経が不思議だった。体(てい)たらくにも程がある。

「凜音を軽く扱っていることもそうだけど、同時に私も軽く扱われてた。凜音の彼なんて私にとってはどうでもいい人なわけで。こっちから挨拶なんて微塵も求めてなかったし、頼まれたから凜音の手前会っただけ。そんな人に貴重な時間奪われたことも、無駄に気を揉まなきゃならないような気持ち悪い場に連れ出されたことも腹が立つ」

 しまった! あまりに感情的になりすぎた。抑えていた分、反動がきてしまったみたいだ。制御できない。

「ごめん。私さっきから最低な発言ばっかしてる。凜音の彼だけじゃなく、これじゃ凜音の事まで悪く言ってるようなもんだよ。やめよやめよ」

「いえいえ、話してくれて嬉しいです。多分誰にも話せずずっと我慢してきたんですよね。その間しんどかったですよね」

 可愛さんは引くどころか穏やかな顔。こちらを心配する雰囲気すらある。気がつくと私はココアを飲みきってしまっていて、それに気付いた可愛さんはメニュー表を再び手にしておかわりを勧めてきた。

「風岡(かざおか)さん、その件でかなり消耗してたのかも。次を飲みながらとことん吐き出してください」

「ありがとう」

 ホッとする。再会したばかりの頃より、今の方がずっと気楽でいられる。可愛さんのグラスも空になっていた。私達はいつの間にか飲みながら、食べながら、話に夢中になっていた。

「ミルクティーにしようかな。シロップの量好きに変えれるし」

「じゃあ俺もそうしよっかな」

 何となく可愛さんはそうすると思った。

「さっきから私に合わせてばかりだけど、可愛さんの好きなもの頼まなくていいの?」

「添加物の話とかしてたのに何ですが、味覚的な好き嫌いはあまりなくて。ただ、今は、自分が普段選ばないものだとしても風岡さんと同じものに触れたいんです。せっかく一緒にいられるんだから」

「そっか」

 そういうの、とても心地良い。

 結婚してた頃の苦い記憶。さっき思わず話してしまったけど、あれは本当に可愛さんの言う通り、寂しさだった。雄亮(ゆうすけ)と同じ物を食べて、同じ物を追加したい。そんな風にあの頃の私は思っていたのだと、今の今になってやっと気付いた。甘党の雄亮とは食の好みがとことん合わなくて、私の手料理に「志輝(しき)の料理って同じような味ばかりに偏ってるよね。砂糖も全然使わないし」とケチをつけられる日があった。

「なんか嬉しい。私の好み知ろうとしてくれるのも、〝同じ〟を一緒に楽しんでくれようとするのも」

 心が満たされていく。可愛さんにお金を使わせることに敏感になってしまうのも、実家や結婚生活でのあれこれがトラウマだったのかもしれない。可愛さんとうちの親は違う。雄亮とも全然違う。それなのに悪い想像をしてしまう。優しい顔して支払ってくれていてもいつか文句を言われるんじゃないか。心の底では私に使うお金をもったいないと思っているんじゃないか。金払いの善し悪しで相手の愛情をはかろうとしていた過去にもそういう恐れは無意識のうちに感じていたのだと思う。でも、可愛さんの言動のおかげで、それは払拭されつつある。

 お金持ちであることを友達にすら隠して生きているのに、私には金銭事情を見せてくれた。スマホの即席メモに書いてあった収支一覧。それが全てなのかは分からない。財産の記録なんて個人情報の最たる項目だし、もしかしたら私に隠している収入源が別にあるのかもしれないけど、だとしても、私の不安に気付いて素早く対処してくれる気持ちがなにより嬉しかった。

 大切にされるってこういう感覚のことかもしれない。

 二杯目の飲み物がきてから、凜音の彼について、私は更に思い出したことを話した。とある人気歌手のラブソングが全て俺達のことを歌っているみたいに聴こえる。凜音の彼はそう言って何曲もその歌手の曲を聴いていたそうだ。私もけっこう好きな歌手だったのでとても嫌な気持ちになった。曲をどのような視点で聴くかは個人の自由で、解釈も人それぞれ違って当たり前だしどんな想いを重ねてもいい。それが曲の楽しみ方である。そう分かっていても、凜音の彼の聴き方に拒否感を示したくなった。

「秘密恋愛の幸福と切なさに酔ってるからそういう解釈になるのかね。気持ち悪。と思ってしまったよ。なのに私、凜音に対しては『そうなんだー! 色んな曲あってどれもいいよねー』って笑顔で返してた……。本心言ったら確実に嫌われるし。この性格の悪さに死にたくなるほど自己嫌悪だった」

「死なないでっ。風岡さん、めちゃくちゃ対応力高いんですよ! 一緒の職場だった時から思ってましたけど、絶対にそれは長所です」

「そうかなー。落ち込む必要なし?」

「なしです、なしなし! むしろ自信持っていいレベルです」

「いかん、そんなん言われたら調子に乗ってしまう」

「乗っていいですよ。風岡さんは必要以上に自分をいじめすぎです」

「そうかなぁ」

「ですです!」

 なんだかとても楽しい。胸に蠢(うごめ)いていた本音の腐敗物がスーッと消えてなくなっていく。心も体も浮き上がるような軽さ。ありのままの気持ちをあるがまま受け止めてもらえるというのは、なんて心地良いのだろう。

「そんな話の聞き方ができる可愛さんの方が、すごすぎるんだよ。元から聞き上手ではあったけど、再会してからレベルアップしてる気がする」

「ホントですか? 自分では分からないけど、そんな風に言ってもらえて嬉しいです」

「無自覚!? さらにすごい」

「そんなに言ってもらうと照れますね」

 いつも私ばかり褒められて恥ずかしいので、たまには可愛さんのターンがあってもいいだろう。

 あの頃の私は雄亮との関係も冷え切り、体調も不安定だった。なのでよけい凜音と会う時間は息抜きの場として貴重だったが、彼を紹介されたあの時間だけは嫌な時間でしかなく、私必要? と感じた。

「私の勘が正しいとは思わないけど、初対面でそんなんだったから、あんまり素直に応援できない」

「そうですよね。俺ももし風岡さんの立場になったらどうしたって複雑な気持ちになると思います」

「彼の話を聞くたびいちいち気になる点が出てきて。その気持ちがもっと強まった件があって……」

 ここまで来たらとことん聞いてもらおう。凜音と彼について、一番引っかかっていることを話した。

 同じ職場だった二人の関係は誰にもバレず順調に続いていた。そんなある日、凜音のパート先の勤務地が変わることになった。人材不足で困っている系列店舗の応援に行くという形だったので仕事内容もこれまでと同じで、一から知らないことをやるわけではないため気楽なものになるはずだった。しかし、そんな期待はあっさり砕かれた。これまでと同じ業務内容とはいえ、環境がだいぶ変わってしまった。業務量が多くなったのに加え、主に人間関係がしんどい。和気あいあいとやっていたこれまでと違い陰険な人が多く、新顔をいじめる雰囲気で満ちていた。

「見てて心配になるほど、凜音は私と会う時も仕事の不満ばかりこぼすようになって、ご飯に行ってもあまり食べなくなって。当然、彼にも仕事の不満とか話してたんだって。元の場所に戻りたいとか、人が嫌とか。パート先でのストレスが原因でだんだん彼とのケンカも増えてった。彼も最初は心配したり気遣ったりしてくれたらしいけど、ストレスから彼に八つ当たりしてしまうこともあって、彼の方も凜音の愚痴に対してだんだん雑な返しになってったんだって。『はいはい』とか『また?』って感じに」

「それはきついですね……。好きな人が弱ってる時にそんな対応するその人も信じられないです」

「だよね。一番支えにならなきゃならないはずの相手じゃない? って。結局いつまで経っても元のパート先に戻れることはなくて、凜音は病みに病んで心療内科の投薬治療を受けるまでになった」

「そこまで追いつめられるなんて、よほどきつい職場だったんですね……」

「薬が効いたみたいで、仕事でのストレスも受け流せるようになって、彼との関係も自然に落ち着いたって言ってたけど。それで良かったの? 解決ってそういうことではなくない? って微妙な気持ちになった。困難な時こそ人の本性って出るもんだと思うから」

 多分、凜音の彼は凜音が思うほど優しい人ではない。むしろ自己中心的で冷たい人にしか見えない。今後もし二人の前に何か問題が立ちはだかった時、彼はまた凜音を孤独にするのではないだろうか。

『志輝は独りでは生きていけないと思う!』

 離婚直後の私に向けたれた凜音の言葉。かなり強い口調だった。あれは、私に対して言っているようで凜音自身に言い聞かせていたのかもしれない。いつか彼と必ず添い遂げてみせる。そんな覚悟で。

「困難な時に本性が……。それはホントそうかもしれないです」

 可愛さんも可愛さんで、思い当たることがあるみたいだ。でも、その事には深く触れることなくミルクティーを口にした。

「久しぶりに飲むとおいしいですね。まろやかな口当たりと上品な香りが」

「うん。私も久しぶり。この茶葉香り高いよね」

 きっと世の中でありふれたメニューで、過去に何度も飲んだはずの飲み物。それなのにとてもおいしいと感じる。豊かな時間だった。たまっていたものが消えたのか、心も体もさっきよりずっと軽く感じる。

「ありがとう。話聞いてくれたこともだけど、こういう時間をくれて。可愛さんのおかげだって、本当に思ってる」

 可愛さんがいなければ、今頃私はどこかからお金を借りてでもあの会社を続けて生きていかねばならなかった。いや、そもそも車道に飛び出した時点で命すらままならなかったかもしれない。

「そんなそんな。俺の方こそ、一緒にいてくれて、色んな話聞かせてくれて、本当にありがとうございます。風岡さんと会えて、一緒のマンションに住めて、それまでと同じ家のはずなのにまるきり違う風に見えてて。毎秒が新鮮で満たされているんです」

「……財布のことでも思ったけど、今まで付き合った人とかにもそんな感じだったの?」

 さりげなく訊(き)けただろうか。実は心のどこかでいつも気になっていたこと。私ばかり過去を語ってしまったけど、可愛さんにはどんな過去があるのだろう。訊きたくても以前の関係性ではそこまで踏み込めなかった。今なら少し訊いてみてもいい気がした。

「いえ、風岡さんが初めてです。一緒に暮らすまでの関係になること、今まではなかったから」

「そうなんだ」

 ホッとした。正直ちょっと嬉しい。可愛さんもさすがに彼女の一人や二人いたことあるだろうけど、やっぱり私だけが特別でいたいと思ってしまう。

「というか、こんなに好きになったの、風岡さんが初めてで」

 座っている横で、お互いの指先がふいに軽く触れ合った。離そうかと思っても固まってしまって動かない。

「〝離れたら死ぬ〟くらい思ったんです。自分が自分ではなくなるような、内から出てくる感情の渦に飲み込まれるような、そんな感覚で。今までに体験したことのない、強烈な感情なんです」

 私もだ。もちろん過去に恋したことはあったけど、こんなにも長く心に刻まれた人は可愛さんだけだった。

「風岡さんのためとか言いながら、風岡さんにしていることは全て自分のためでもあるんです。一緒に幸せになりたいから」

「うん」

 私もそう。できることなら一緒に幸せになりたい。

「もちろん、今すでにとっても幸せなんですけどね」

「……私もそうかも」

 目が合い、笑顔になる。

 それからは一時席を離れ、書店で旅行雑誌を買った。カフェスペースに戻ってそれを開くと、ここへ行きたい、ここも良い、と、お互いの感想を言い合った。まだ未来は確定していないのに、きっと可愛さんとはいつか全ての観光地に行くことになりそうな予感がした。


 買い物を終えマンションに帰ると、美凪(みなぎ)からラインの返信がきていた。

《やっとつながったー!もう!ホント心配した!》

 顔が見えなくてもどんな表情をしているのかが分かる。可愛さんが夕飯を作ってくれると言うので、その間に返事をした。

《今までごめんね》

《もういいけど!連絡きてよかった。元気にしてる?》

《うん。美凪は?》

《長男の反抗期がきつくて、めげそう。つらい》

 そうか。もう中学生くらいだっけ。

《そんなにきついの?大丈夫?》

《うん!今だけと思って頑張る。ありがと》

 美凪は結婚して子供が産まれてから少し変わったような気がしていたが、改めて気付く。やっぱり独身時代より強くなった。昔ならもっと長々とつらい胸の内を吐き出していた気がするから。

《志輝は?最近どう?》

 やっぱりそう来たか。

 状況が状況だけに話すべきか迷ったが、美凪にはずっと心配をかけてしまった。それに、私の気持ちもだいぶ落ち着いている。もう、変に隠さず正直に話そう。

《実は……可愛さんと再会していろいろあって、今一緒に住んでる》

《えー!?可愛誉(ほまれ)のことだよね?パート先で会ったっていう例の年下社員の》

《そう。前同じ会社だった可愛さん》

《すごーい!!何がどうなってそうなったのか知らないけど、とにかくよかったね!おめでとう!》

 思った通り、テンション高めの反応が返ってきた。続いて、お祝いを意味する様々な種類のスタンプが三個も連続で届く。その瞬間、私もこういう場面をずっと望んでいたのだと気付いた。幸せな暮らしをしている友達に、自分も幸せな報告をしたかった。同じ場所に、近い目線に、なりたかったのだと。

《近いうち会って話そ!いろいろ話したいし、志輝の話も聞きたい》

 そうなるよね。

 少し前だったら絶対拒否していただろうお誘いも、今は前向きに考えられる。そんな変化がとても嬉しかった。そして、美凪の対応がとてもありがたいとも思った。数年も関わりを断(た)っていたのに、責めもせず遠慮もなく、まるでずっと隣にいたかのような反応の良さ。

《うん。会お》

 お互いの予定が見えたらまた都合を調整しようという話でまとまり、やり取りはいったん終わった。スマホをテーブルに置く。料理をしていた可愛さんが私の方に視線をやった。

「何かいいことありました?」

「うん。美凪とちょっと話せた」

「本当に? よかったですね」

「うん」

 自分のことみたいに笑顔で喜んでくれる可愛さんに、胸がギュッとなった。

「さっそくさっきの鍋使ってるんだね。いい匂い」

「さっそく使ってみました。汁物にしようか迷ったんですが、今夜はちょっと冷えそうなのでカニ鍋にしてみました」

「わあ、豪華」

「冷凍のカニがちょうどあったので」

「帰りにスーパーで野菜とかキノコ大量に買い込んでたのはそのためだったんだ」

「そうなんです。風岡さん海鮮系好きかなって思って」

 これまでの私との会話で、可愛さんの脳内にデータが蓄積しつつある。たしかに海鮮系は好きだ。無添加の出汁で作られたというカニ鍋を、可愛さん手製のポン酢で頂く。あたたかくて、優しくて、お腹と同時に心まで満たされていく。

 ここ数日間のうちに嫌なこともあったはずなのに、あまりそこに引っ張られないでいられる。まともな食事と優しい人間関係がある、それだけでこんなにも穏やかな気持ちになれるのだと改めて知った。


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