価値観の違い
「スピリチュアルカウンセラーの人にも、いずれ見てもらいたいですよね」
風岡さんと同じような夢を見ていた。それは共通する前世の記憶というものなのかもしれない。風岡さんと再会してから、さらに実感させられる場面が増えている気がする。
「そうだね。ちゃんと知りたい。でも、明確にさせるのは怖いような……。しばらくはまだ曖昧にさせておきたいような」
「わかります。繊細な話ですし、急がずいきましょう」
綺麗な表紙の詩集を手に取り、風岡さんは微笑した。
「架空の物語に感情移入したり、しばらく気持ちを引きずったり、倒れてしまったり。大変かもしれないけど、可愛さんは鋭くも優しい感性持ってるのかも」
中学の頃、クラスの皆で戦争映画を見て俺だけ倒れたのは黒歴史と言ってもいいほど恥ずかしく恐怖心に煽られた思い出のひとつで、これまで誰にも話したことはなかった。日常のなにげない時に思い返しては血流が激しくなるほどで、普段も忘れていたいのにそうできないほど苦痛な記憶だ。というのも、当時、クラスの男子達には「こんくらいで泣くなよ誉ー!」と笑われるわ、女子達からは「可愛君、軟弱すぎでしょ」と引かれるわで、散々だった。それなのに風岡さんは……。
「映画とか見て前向きな感想だけ言う人より、そうやって悪感情をも細やかに感じられる人の方が、私は好きかも」
手にした本をパラパラめくりつつ、風岡さんはそう言った。作っている風でも、気を遣っている風でもない。それは風岡さんの本心から出た言葉のようで、心が震えた。
話の流れでつい話してしまったエピソード。本当なら隠していたかったはずのカッコ悪い自分。なのに。……ああそうか。これが風岡さんの言っていた「話す予定のなかったことまで話してしまう」感覚!
『お父さんはどうしてお母さんと結婚したの?』
『ははっ。気になるか?』
『うん! 教えて』
『母さんのことが大好きだったからだよ』
『真面目に答えてよっ』
『真面目だよ』
『何それー』
『真面目版回答をするとだなー』
『やっぱふざけてた!』
『まあまあ。許してよ』
『答えによる』
『敵わんなぁ、誉には』
詰める俺に、父さんは照れくさそうにはにかんだ。
『弱さを見せてくれたり、逆に、こっちの弱さも受け入れてくれたからだよ』
遠い昔、父さんと交わした言葉を思い出した。
「ありがとうございます。笑わないでくれて」
「え、笑う要素なくない?」
「中学の時は、卒業するまでその件でクラス中からずっとからかわれてて……」
「若さゆえの残酷さ、かな」
風岡さんも何か心当たりがあるのか、苦笑いをした。
「中学生の精神年齢って、小学生と高校生の間なんだもんね」
「そう考えると、一番危うくて揺れ動きやすい年齢だったんですよね」
そうだ。あの時、俺だけではなく皆も同じ中学生だったんだ。未成年とはいえ高校生ほど大人でもなく、小学生ほど子供でもない。こうして風岡さんに聞いてもらうまで、一生隠し通さなければならない秘密のような気がしていたけど、当時の俺がその件を勝手にそうフォルダ分けしてしまっただけであって、もう恥ずかしくも何ともない、中学時代の一思い出。皆にも悪気があったわけではないかもしれない。
「なんか、ものすごく気が楽になりました」
「そう? よかった。あ!」
風岡さんは思い出したように自分のカバンから俺の財布を取り出した。
「ありがとう。おかげでさっきちゃんと会計できたよ。あと、ごめん。勝手に中見ちゃって……」
「いえ、いいんですよ、預けたの俺ですし」
「まさか、まだ持っててくれたなんて」
ハッ!
風岡さんから返された財布を急いで見ると、やっぱり。あの時風岡さんからもらった手紙が入っていた。
「す、すみませんっ。気持ち悪いことしてましたね。違うんです、これは」
「気持ち悪いなんて思ってないよ。むしろ嬉しかった」
風岡さんは本当に嬉しそうに、だけどどこか切なそうにうつむく。
「そんな雑なメモ書き、まだとっといてくれるなんて思わなかった」
「お守りにしてたんです」
本当ならもっとちゃんとした場所に保管しておきたかったけど、常にそばにあってほしかった。財布は大抵いつでも持ち歩くから。そういう意味ではスマホケースに入れることも考えたけど、案外すぐホコリが入って手紙が汚れてしまうので即やめた。
「お守りなんて、おおげさすぎない?」
「あの会社にいた頃、風岡さんと関われるのが本当に楽しくて。ミスして迷惑かけてしまった時は本当に苦しかったけど、風岡さんは笑って許してくれて……。その時の励ましてもらった感覚や心強さを、退職した後もいつまでも覚えていたいと思って」
風岡さんから離れてつらかった。でも、この手紙がそばにある限り頑張れるかもとも思った。
「そっか。なら、書いた甲斐あったね」
風岡さんは次の瞬間、青ざめた顔をした。
「でも、入れる万札はもう少し減らした方がいい気がする」
「えっ、そんなに入ってました?」
「そういう感覚!?」
驚く風岡さん。そういえば、風岡さんに負担をかけないようにと、生活費用の財布から多少多めにお金を移しておいたのだった。
「もし私が盗んだらどうするの?」
「えっ、風岡さん盗むんですか?」
「盗まないけど! 出来心ってやつがあるでしょ、人には」
「そこまで考えてなかったです」
「やっぱり……」
風岡さんは小さく息をついた。
「ありがとう。気持ちは嬉しいし、多分私のためにやってくれたことなんだと思うけど、もし落としたらとか、万が一手癖の悪い人に財布スられたらとか考えて、持ち歩くのこわかった。もうちょっと警戒した方がいいかも」
「そ、そうだったんですね!!」
その視点はなかった! たしかに、そんなことになったら風岡さんが危険な目にあってしまう。考えが足りなかった。
「こわい思いさせてしまってごめんなさい。これからは気をつけます」
「こっちこそ、お金出してもらっておいて文句みたいなの言ってごめんね」
「いえ、とんでもない!」
「お金預けてくれたり、気遣ってくれたのはとても嬉しかったよ。おかげで必要な物いろいろ買い足してもらえたし。今日も、本当にありがとう」
「それならよかったです」
風岡さんの役に立ちたい。これからも。でも、だからって独りよがりになってもいけない。今後は風岡さんの意見も聞きつつ、すり合わせをしていこう。
「財布のお金なんですが、実は風岡さんのしばらくの活動資金にしてもらえたらと思って多めに入れていたのもあるんです。一緒に暮らすとはいえ、もしかしたら風岡さん一人で自由に動きたい日も出てくるかもしれないなって」
美凪さんと交流復活の兆しがあるし、他の交友関係だってあるだろう。もちろん俺は風岡さんがそばに居てくれたら嬉しいし一緒に行動したい気持ちはあるけど、風岡さんの方は分からない。せっかく休養を取れているのに、ずっとマンションにいるのは退屈かもしれない。
「そうだったんだ、私のために……」
「余計なお世話だったらすみません。心置きなく今を楽しんでほしくて」
こんなの、俺の思い上がりかもしれないけど。できることは全てしてあげたい。
「ありがとう。正直すごく助かる。現状無一文同然だしね……。でも、友達の域超えてないかなって。そこまで世話になるなんて厚かましくない?」
「風岡さんはそう言うかもって思いました」
甘えたいけど怖い。そんな顔で風岡さんはうつむく。やはり結婚生活が深い影を落としているのだろうか。旦那さんは旅行や遠出もしたがらなかったという。相当財布の紐が堅い人だったとか? そういう人と一度でも生活を共にしてしまうと、多かれ少なかれその感覚が刷り込まれてしまうのかもしれない。
「一緒に生活するなら支え合える部分は支え合うものだと、俺は思ってて」
一人暮らしをしている時はあまり考えなかったけど、風岡さんがそばにいる生活が始まって初めて、無意識に親をモデルにしていた。うちの親は、基本的に二人で不労所得を得ていたのでどっちかが片方を養うという感じではなかったけど、お互いの自由を尊重しあい、それぞれの交友関係も大切にしていた。同時に夫婦の時間も良いものにしていた。日頃節約主義の親だったけど、父さん母さんも相手の交友関係や外出にかかる出費に文句をつけたりはなく、快く送り出していた。互いの事に関心を寄せつつも干渉しすぎず、適度に任せる。それが、夫婦共に幸せに生きる方法なのかもしれない。
俺の思考が風岡さんにはピンとこないようで、首を傾げた。
「支え合う? たしかに私はこれ以上ないってくらい支えてもらってるけど……。私は可愛さんの支えになってる?」
「もちろんですよ。いてくれるだけで充分なんです」
風岡さんがいるのといないのでは、天と地の差がある。
「そっかー……。言われたことないセリフだから腹落ちさせるのに時間が要りそう。あ、もちろんありがたいことではあるんだけど。理解力なくてごめんね」
「いえ、そんな、全然です」
こういうのを言葉で伝えるには限界があるのかもしれない。風岡さんが難しい顔になってきている。今日はだいぶ歩き回ったし、そろそろ疲れもきているのかもしれない。
「そこ入りませんか?」
併設されたカフェを指さした。店内は空いていて、靴を脱いで座れるタイプの席に案内された。三人がけソファーに横並びに座った。一瞬お互いの肩が近付いてドキッとしたものの、風岡さんが少し離れたことで人一人分の空間ができる。それを残念に感じていると、風岡さんはソワソワしていた。
「この席で大丈夫でしたか?」
「うん。いいけど、靴脱ぐのちょっと恥ずかしい」
ソワソワはそのせいだったんだな。
「そんなところも可愛いです」
「からかわないで」
「からかってないです、本当にそう思って」
「また……」
風岡さんはバツが悪そうに目をそらすものの、空気は和んだ。
「飲み物いっぱいありますね。風岡さん、何にしますか? サンドイッチとかもあるみたいですよ」
「飲み物だけでいいよ。朝ご飯あんなに食べたのに今なぜか無性に甘い物飲みたくなってる。ココアがいいな」
「チョコの親戚みたいなものですしね」
「たしかに!」
「飲み物は甘めでも大丈夫なんですか?」
「普段はあまり飲みたくならないんだけど、頭使ったりこうやって人と一緒にいる時が長いと無性に飲みたくなる。精神力使ってるのかも」
「精神力! そうなんですね!」
水ばかりだった風岡さんが、他の物を飲みたくなる。そんなささいな情報が、俺にとっては貴重で大切なものに感じた。
木目調のテーブル。あちこちに観葉植物があってくつろげそうな空間だった。靴を脱いだ瞬間開放感でいっぱいになり、思わず息をついた。歩き疲れた足にちょうどいい。まもなく飲み物が運ばれてきて、俺達は同時に口をつけた。
「おいしい」
「ホントですね。久しぶりに飲んだかも」
「まさか可愛さんまでココアにするとは」
「一緒のにしたかったんです」
「なんか面白い」
「面白いって」
風岡さんは満足げで、俺も嬉しくなる。
「そういえば、何も買ってないけど良かったですか? 風岡さんの目的地だったのに会話するだけみたいになっちゃって」
「全然いいよ。今日は特にこれといって欲しい本見つからなかったし、これはこれで楽しかったから」
ココアを半分飲むと、風岡さんは困った顔をした。
「ごめん。やっぱりしょっぱいものも頼んでいい?」
「もちろん! 何にしますか?」
謝らなくていいのに、やっぱり謝ってしまう風岡さん。風岡さんはしばらくメニューを見つめ、悩んだすえにクロックムッシュを注文することになった。この店の軽食は量的にけっこうありそうなので、二人で分けて食べることにした。
「最初いらないって言ったのにごめんね。口の中甘くなると、反動で塩っけ利いたの食べたくなる」
クロックムッシュを三口食べると、風岡さんはホッとしたように息をついた。
「おいしい」
「近々焼き肉とかお寿司とか行きませんか?」
「えっ?」
風岡さんはとても不思議そうに目を丸くする。
「いや、あまりにおいしそうだから、塩物食べに行くならそういう系かなって」
「そういうことかー。いや、別にいいよ。あ、可愛さんが家事休みたいとかなら、自分で適当に買ってくるし」
「なんでそんな寂しいこと言うんですかっ。って、そうじゃなくて、せっかくですし退職祝いとかどうかなーと」
なんだろう。こういう時間をもっと持ちたい。そう思ってしまう。一緒にいるだけでももちろん充分なんだけど、一緒の時間が増えれば増えるほど欲深くなっていく。
「気持ちはありがたいし、焼き肉もお寿司も好きだけど……。外食って添加物まみれなんだよね? 可愛さん大丈夫?」
そっちの心配か! 添加物を避けてるとかそんな話をしていたんだった、しまった。
「ごめんなさい。あんな話したら気を遣わせちゃいますよね。でも気にしないでください。偉そうに健康意識語っちゃいましたけど、それも緩くというか、人といる時はそういうの気にしないし、遊ぶ時は何も気にせず楽しみたいですから」
「そっか。でも退職祝いなんて。今日だけでもいっぱい色々買ってもらったのに」
「別枠ですよ、それは」
「可愛さんの財力、改めてエグい……。私の感覚が変なのかな。いろいろ狂いそう」
「えっ! そうなんですか!?」
しまった。また知らないうちに調子に乗ってしまっただろうか。こうして楽しむことにお金を使うのは全然無駄遣いなどではないと思うのだけど、風岡さんからしたら贅沢過ぎる使い方だろうか。必要経費は確保した上で余剰のお金でこういうことをしているので、大丈夫かなと思っていたのだけど。
「ラーメン食べに行って、単品ラーメンだけじゃ足りなくてサイドメニューの餃子も食べたいって言ったの。そしたら二人分で会計三千円ちょっと超える計算でね。昼食でそれは高すぎるから払えない、餃子代は私が出して。って言われたことを思い出した……」
「もしかしてそれって」
「ごめん。変なこと言った。忘れて」
「いえいえ、全然言ってくれていいんですけど、それって」
「元旦那の話。悪口大会みたいになるしあんまこういうの言ったら良くないよね」
風岡さんはげんなりした顔でため息をついた。
「もう過去のことだし、忘れたつもりだったんだけどな」
「それって多分、お金の話じゃないんじゃないですか? なんていうのか……」
元旦那さんがどの程度収入があったのか分からないけど。新婚旅行をはじめ日常的に遠出や旅行をしたことがないと言っていた風岡さん。
「あまり外に出ない人でしたよね。そんな中たまたま出かけて珍しく外食できた。そんな時に食べたい物を言ったら否定的な反応をされて、風岡さんは傷ついたのかなって」
「傷ついた……。そうだね。そうかも。結局餃子は頼まないことにして、旦那が二人分の会計してくれた。感謝しないとって思う反面、旦那は昇進してその分給与も賞与も上がったって喜んでいたのに、それはどうなってるんだろうとか。言葉にするのが難しいけど、よく分からないモヤモヤがしばらく消えなかった」
「家計の収支が見えないって単純に怖いですよね。どこにどうお金が流れてるのか、風岡さんは知れなかったってことですもんね」
「最初はそれでいいと思ってたんだけど、やっぱり妻としてちゃんと把握しておくべきだったんだよね。お互いの金銭事情とか、もろもろ。曖昧にして、やり過ごして。お金の管理も旦那が全てやってて。私は自分のパート代と、旦那から受け取る食費の管理だけ。それ話した時、凜音に言われたな。私達のやってる事は夫婦じゃなくて同棲中のカップルだって。美凪にも怪訝な顔された。『うちは旦那の給与も私の給与も全部まとめて私が管理してるよ。周りの仲良いママ友もそう。そういうもんじゃないの? 志輝の旦那おかしくない?』って、言われた」
申し訳ないが、俺も同じことを思ってしまった。風岡さんの存在は旦那さんの支えになっている。そのはずなのに渡すのは食費だけ? 昼食の餃子二人分をケチらなければならないほど旦那さんの収入は低かった? 役職についているのに? 稼いだお金はどう回していた? しょっちゅうならともかくめったにしない外食で出し渋るなんて……。風岡さんに言えない借金やギャンブル癖でもあったのか?
風岡さんが再婚を望まない心境になったのも深くうなずける。もともと本音を押し込めてしまいがちな風岡さんを、さらにそんな風にしたのは元旦那にも原因があるのかもしれない。
「そういう経験していると、やっぱりお金が絡むことって怖くなりますよね。でも大丈夫です。風岡さん」
俺はその場でスマホのメモ帳に概算を出し、おおまかに月の収入と支出を書いて風岡さんに見せた。風岡さんは驚いたように、かつまじまじと画面に視線を落としていた。
「見えない状態であれこれ提案されても不安になっちゃいますよね。考えが及ばなくて申し訳ないです。数年ずっとこんな風にやってるので、今後もどうか安心して下さい」
「……ありがとう。やっとなんか、心の底からホッとできた。知らないうちに無理させたり負担かけたりしてるんじゃないかって、心配だったから」
「よかったです」
風岡さんはようやく安堵の表情でソファーに背を預けた。
「元旦那の話も、聞いてくれてありがとう。私の立場に寄り添って考えてくれるの、本当に嬉しかった」
離婚前、風岡さんはネット検索で似たような悩みを持つ人を探し、それに他ユーザーがどのような反応をしているか探ってみたことがあるそうだ。その中には風岡さんのような気持ちの人は少なく、多くが「女は男に頼りすぎ」「男も今は貧困」といった意見が多く、芽生えたモヤモヤを飲み込むしかなかったそうだ。
「だから、凜音にカップルだって言われた時、ホントそうかもしれないって、ガツンときて。凜音は……」
それまでスラスラ話していた風岡さんは、そこでいったん言葉を切った。その先を話すかどうか迷うような雰囲気で。凜音さんはたしかツインレイのことを風岡さんに教えた人。
「凜音さんとも、またいつか話せるといいですね」
「それは微妙かも」
「何かあったんですか?」
「……可愛さんになら話してもいいかな」
そう前置きし、風岡さんは慎重に口を開いた。
「凜音は結婚してるんだけど、職場で出会った人と恋に落ちて、だけど離婚はしてなくて、二人の人と同時進行してる」
「ふ、不倫というやつですね!」
ドキッとした。俺もかつて既婚者の風岡さんとそうなりたいと、少なからず葛藤してしまう時期があった。
「そういう話、大丈夫?」
「はい、全然大丈夫です」
言いつつ、心音がどんどん大きくなっていく。風岡さんと俺も、何かの判断でそういう関係になっていたかもしれない。他人事ではなかった。
「凜音は、旦那ではなく職場で好きになった人をツインレイと思ってるみたいだった。初めてその人のことを話してくれた時は戸惑いつつも嬉しかった。大事な話をしてくれたんだって。それまで疎遠気味だったのに、それをキッカケにまたちょくちょく会うようにもなって、お互い色んな話をして楽しい気持ちになれた。励まされた。でも……」
凜音さんがツインレイだと思っている男性は結婚していて未成年の子供もいる。風岡さんはそのことがどうしても引っかかって、凜音さんの背中を全力では押せなかったそうだ。
「私の中には親への未練がまだあって、それを刺激するような出来事に遭遇すると過剰反応してしまうんだと思う。そういう意味でも、凜音の彼に苦手意識があった。子供がいるのにそれをないがしろにしているかもしれない人なんだって。そんなことは凜音に言えないし黙ってた。凜音はその人と付き合って本当に変わった。旦那さんの前では萎縮してしまう心も、その人の前でならのびのびといられるみたいだった。元から前向きな子だったけど更に明るくなった。趣味のボーリングにも力を入れるようになって、ボールや靴にお金かけるようになったり、以前は敬遠してたネット経由の趣味サークルにも積極的に参加するようになって」
それはそれでいい事。そう思いつつ見守る形で凜音さんの話を聞いていた。でも、ある日を境に、風岡さんはその男性と凜音さんの恋を応援できなくなったのだそうだ。
「二人の恋を知っているのは、その時点で私だけ。っていうことで、その人と凜音の三人で会うことになったの。私はそんなの別にどっちでも良かったんだけど、凜音の彼が私に一言挨拶したいと言い出した。始まり方が始まり方だから、ちゃんと顔みてしっかり挨拶したいって、彼がどうしてもって言うからって」
それほどに、凜音さんにとって風岡さんは特別な友達。親友とも言える相手だったのか。ちゃんと紹介してもらい風岡さんにも理解してもらって、その男性は自分の道ならぬ恋を祝福されたかったのかもしれない。
「そこまで言われたら、私も断る理由がないし、凜音の大切な人だし……。緊張しつつも、丁寧な対応を心がけて会った。人に見られたらいけない二人だから、凜音の運転する車に私が同乗して、彼がそこにやってくる形で」
とある大型スーパーの立体駐車場。人のあまり来ない日陰の奥の方で凜音さんの車と彼の車が待ち合わせた。密室とも言える車内。運転席に座る凜音さん。助手席の風岡さん。その彼は後部座席に座る。凜音さんが設けたその場所で、風岡さんは不快な気持ちになったそうだ。
「凜音の話だとその人の意思で私に挨拶したいって事だったのに、その人、私に会っても目すら合わせず、ずっと宙を見るか視線を落とすか、最初から最後まで話す気配ゼロで、挨拶どころかロクに会話もしない人だった。こっちがいろいろ考えて話題を振って、やっと少ししゃべる程度。前もって聞いてた話と全然違うって思った。凜音もアレ? って顔になって、途中からは居心地悪そうにしてた。仕方なくここに来たって感じにすら見えた。この人は凜音のこと本気では大切にしていないなって感じた」
「それはたしかに、えっ? てなりますよね。その人が言い出して作られた場なのに、自主的に話そうともしないなんて」
「そうなの。凜音が言うには人見知りする人だからってことだったけど、それだけで説明つかないというか。人とうまく話せないのは仕方ないにしても、それなりに、なんて言うのか、挨拶するならするで、そういう心意気みたいなのが感じられても良さそうなのに、そういう雰囲気も無くて、ただ黙ってそこにいるだけ。みたいな。凜音には言えなかったけど、この人ホントに大丈夫? と、真っ先に思った」
「怪しいですね。関係が関係だけに」
「凜音はその人を信じてるみたいだし、お互い同じ熱量で好き合ってるって話してたけど、私の目にはそうは見えなかった。厳しい目で見すぎかな。不倫してる気まずさとか後ろめたさで堂々としゃべれなかったとか? 私なりにその人の気持ちを想像してみたけど、分からなくて。凜音がその場を設けたいって言うから仕方なく来た、みたいにしか見えなかった。彼のメンツのために凜音はそうは言わなかっただけで」
「そうも見えますよね。というよりも、まず、一番突っ込みたいところ一つあるんですが」
「何?」
「そもそも、凜音さんを本気で好きなら、離婚してから関係を始めると思うんですが」
俺の考えが全ての男性に当てはまるとは限らない。例外もあるだろう。でも、男としての意見を言わせてもらうなら、その人の言動はしっくりこない。
「凜音が言うには、彼には子供がいるからその子達が成人するまでは離婚できないってことらしい」
「なんかそれ、子供を盾に都合のいい言い訳してるようにしか見えないです」
「私もそう思った。不倫する人がよく言いそうって」
「凜音さん、今もその人と続いてるんでしょうか?」
「どうなんだろうね。こっちから距離置いたから今さらアレコレ聞けないけど、気にはなってる」
風岡さんは神妙な顔だった。俺も風岡さんを好きで狂いそうだった頃、不倫願望を持ってしまった。だから真剣なら清くあれなんて言えないけど。風岡さんから聞く話の限りだと、凜音さんの彼は不誠実な男に見えて仕方ない。自分から言い出したのか凜音さんの発案なのか真偽は分からないけど、挨拶の場でその態度はあまりに失礼なのではないか。人見知りという理由に逃げているのも言い訳くさいというか。そんな人が妻以外に好きな人を作って、グイグイ関係を持つものか?




