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流民の少年/2

 




 呪いを受けていた流民の少年を保護してから数日、彼はいまだ目を覚まさない。 お医者様を呼んで診てもらったところ、栄養状態が非常に悪いだけでなく体に残る無数の傷痕から相当に劣悪な環境に置かれていたことが(うかが)えました。


 靴すら履いていなかった足は裸足のままどれだけの距離を歩いてきたのかボロボロどころではなくズタズタという表現が正しいくらい悲惨なもので、爪がいくつも割れたり剥がれかけていたりとよくこの足で一歩でも前に進めたとお医者様は苦虫を噛み潰したようなお顔をされていたことが心に残っています。


 呪いは引き剥がしたものの後遺症や残留する魔力がないかディアとヴルドに毎日チェックしてもらっていますが、全く異常は検知されないのでその面では心配はなさそうですね。



 外傷に関しては私が治癒魔法で大まかに治しましたが衰弱に関しましてはどうにも出来ません。 意識がないぶん食事や水分も経口摂取が出来ないので栄養剤を注射する形で補っておりますが、出来れば体のためにも早く起きてきちんと食事で栄養を摂って欲しいですわ。


 まぁあの子のことはこちらが焦っても何か結果が得られるものでもありませんので、大まかなことはお医者様にお任せしておきましょう。





 そんなわけで私は今、自室でイオニス様に宛てた手紙を書いております。 婚姻契約書は書いたその日のうちに早馬で王都の管理局へ送りましたので、移動時間を考えますともうそろそろ到着した頃でしょう。



 ふふふ、好きな方へお手紙を書くなんて前の人生でもしなかった経験ですわ。 そう思うと前世含めてこれが私の初恋なのね。


 植物がお好きなイオニス様のために手紙の内容にはご挨拶に始まり愛の言葉を散りばめつつミドカント領でよく見られます花や果樹についてを色々と、しかし深い詳細までは書かずに今後の話題の種として蒔いておく。 花の見頃になる時期は書いておいていつか一緒に見たいなんて書いてしまいましょう。


 書きたいことは山のようにあるのだけれどあまり長過ぎる手紙は返すほうも困ってしまいますからね、ほどほどにしておきます。 あとは手紙に手作りのサシェを同封します。 きっと到着する頃には手紙自体にも淡く香りが移りますから、イオニス様が読んでくださる時に楽しませて差し上げられたらいいのだけど。



 ……もちろんただのサシェではありませんよ。 ディアの協力をもらって作り上げた光精霊の加護により一定範囲の空気を浄化する効果つきの特製ラベンダーサシェです。 毒ガスのど真ん中にいても数日くらいなら無問題に過ごせます……そんなことあるか分かりませんけど。


 更にぶっちゃけてしまえばラベンダーは本来この世界にない植物で私が能力で購入して庭で育てている分しか存在してませんから、あれだけ植物大好きなイオニス様が未知の植物に食い付かない訳がないのですよね。 家にお招きするための餌として仕掛けましたので盛大に食い付いてくださることを祈りましょう。



 私の手紙と手作りサシェを小包として包むとベルでメイドを呼びだし、送り先と共になるべく急いでこの荷物を発送するように言いつければメイドは従順に頭を下げて荷物を手に部屋を出ていきます。 そしてそれと入れ違いになる形でディアが部屋にやって来ました。



『お嬢様ぁ~あの坊やが目覚めましたぁ~! 料理長さんには胃に優しい物を用意してくださいって頼んでありますぅ』


「行動が早くて助かるわ。 じゃああなたも一緒に来て頂戴な」


『はぁい。 あの子の心の傷が変に深くないといいですねぇ、私の力では心の傷までは治せませんからぁ~』


「どうかしら、会ってみないと分からないわね」



 相変わらずフワフワと間延びした口調ながら幼子を憂う眼差しをするディアを引き連れて、私は少年を療養させている部屋へと足を向けます。










 ディアを連れて部屋の前まで行き扉をノックすると、少ししてから内側からヴルドが扉を開けて私を中へと招き入れる。


 客間である部屋の中はそこまで広くなく一時的に滞在してもらうことに必要な家具や調度品が揃っており、ドアを入って正面右奥に置かれたベッドで例の少年が上体を起こし蜂蜜色の瞳でこちらを不安げに見つめていた。


 私は少年に近付くとディアは扉の側で待機し、ヴルドは私の斜め後ろに待機する。 脱走防止と、なにか危害を加える意思を見せないとも限りませんから。



「こんにちは、私はこの家の娘でリコリスと言うの。 あなた、異国の生まれに見えるけれどこの国の言葉は分かるかしら? 名前は言える?」


『ぁ……す、すこし、わかる、はなす、できます。 おれ、りゅー、よばれる、した』


「あら、片言だけれど話せるし分かるのね。 誰に教わったの?」


『……おかあさん、おしえる……おれ、いきる、やくたつ……』



 少年は視線を下に落としてぎゅっと拳を作ってひどく悲しそうな顔をしており、どうやら母親に関してなにか辛いことがあったことが窺えます。


 でも異国の言葉を教えられる程に知識のある方なのだとしたら、彼のお母様はそれなりの身分がある人でしょう。 なのに子供である彼がこんなボロボロになって行き倒れていたのは……。



「……辛いことかもしれないけど聞かせてね。 あなたのお母さんは、どうしたの?」


『……おかあ、さん……おかあさん、いない……こわいひと、おかあさん、おれ、なぐる、ける、した……ち、たくさん……いっしょ、にげた……ないて、おれ、いきる、しろって……うごく、いき、しなくなって……だから、だから、おれ、おかあさん、おねがい、されたから……ほのお、おかあさん、やいて……ぅ、うっ、うぅぅぅ……!!』


「……そう、そうなの。 辛かったけどちゃんと弔ったのね。 偉いわ、きっとお母さんも貴方に弔って貰えて嬉しかったことでしょう」


『うあぁぁぁぁ……!! おが、ぁさん、お゛かあざん、おかあさん……!!!』



 やはりお母様はもう亡くなってしまっているのね。 張り詰めていた糸がプツンと切れてしまったように声をあげて泣きじゃくる少年の頭を胸に抱きながらぽんぽんと軽く叩いてあやす。


 要約すると怖い人に暴行を受け酷い怪我をした母親と一緒に逃げたけれど、逃げた先で母親はこの子を残して力尽きてしまったのね。 そしてこの子は生前にお願いされた通りに母親の亡骸を火葬して弔った……こんな小さな子にとってそれがどれ程残酷なことかと思うだけで胸の奥がキリリと痛む。



 これまで我慢してきたであろうぶん存分に泣かせた後で私は再び問いかける。



「私には【鑑定】というスキルがあるのだけど、貴方のことを詳しく知るのに使わせて貰いたいの。 いいかしら?」



 正確には【鑑定】の上位互換である【グラムの心眼】なのだけど。 私はどうしても必要な時や配慮する必要がない相手以外の時は必ず調べる際に許可を取るようにしている。 無作法な覗き魔になる趣味はないもの。



『?? わかる、した』



 ……たぶん、OKということよね?


 私は目に魔力を流して【グラムの心眼】によりこの少年の情報を視界に映し出す。 あんまり何でもかんでも見ても目移りして時間がかかるから必要な情報だけ抜きましょう。






━━━━━━━━━━━━━━━


〈リュージス・ドール・ニルタリス〉


 性別/男  年齢/7

 職業/ニルタリス帝国第一皇子

 称号/〈ニルタリス帝国皇位継承権保持者〉〈悲運の皇子〉〈帝王の卵〉〈精霊王[炎]の祝福〉〈復讐者〉


 状態/過労、心身衰弱、飢餓、栄養失調、脱水


 父親/ヤーナク・ドール・ニルタリス

 母親/オリヴィア・ドール・ニルタリス


 心象/不安、感謝、信用


━━━━━━━━━━━━━━





 ───これは、頭が痛くなりますわね。



 ニルタリス帝国……海を越えた先にある乾燥地帯の多い国にして高品質な鉱石や宝石に布製品、その土地にしか存在しない独自の香辛料によって様々な国と国交を結ぶ貿易に重きを置いた国家。 我が国も今まさに国交を結ぼうと躍起になっていると聞いた覚えがあります。


 そしてオリヴィア様にリュージス様と言えば4年前に遊覧目的で出していた船上で海難事故に遇い、未だに行方不明だと言うニルタリス帝国女皇帝様とその皇子のお名前です。 かの帝国はあくまで血の濃さに重きを置いて性別は二の次のため、男性だけでなく女性もトップに立つ国なので。 確か今は夫であるヤーナク殿下が皇帝代理をしつつ妻と息子の捜索を続けていらっしゃる筈。




 ……更に追加で思い出しました。 彼はゲームの攻略対象……しかも隠しキャラだった筈ですわ。


 ただ彼に関しては本当に情報がありません。 なにせ私にゲーム内容を語ってくれていた友人がようやく隠しキャラのルートを見付けたとは言っていましたが、まだ攻略中だったようで終わったら語るのを聞くと約束したもののその前に私が事故で亡くなってしまい名前だけ先に聞いて内容を教えてもらっていませんでしたから。



「……ヴルド、お父様に行方不明となっていたニルタリス帝国皇子が見つかったと火急の伝令を飛ばして。 これは王家にもご報告が必要な緊急事態よ」


『かしこまりました、今すぐに』



 傍にいたヴルドにそう頼むと彼は足元に奈落に繋がっているような真っ暗な丸い影を生み出し、水に沈むかのようにその中へと姿を消す。 これは影から影へ好きに移動する闇の精霊が持っている能力で、大精霊ともなれば自ら影を作り出して好きに移動することが出来ます。 恐らくこの一瞬で彼はお父様の元へたどり着いていることでしょう。


 いきなり一瞬で消えてしまったヴルドに酷く驚いた様子の彼……本人が知っているかは分かりませんが仮にも他国とはいえ皇子様なのだからリュージス様とお呼びしたほうがよさそうね。



「……落ち着いて聞いてくださいね。 貴方自身が自覚しているか存じませんが、貴方の名はリュージス・ドール・ニルタリス……ニルタリス帝国第一皇子であらせられます」


『……おう、じ? しら、ない、ちがう……だって、おれ、おかあさん、くらい、せまい、とじこめられた……はたらく、たくさん……どれい、いわれた……』



 一国の皇子と女皇帝を奴隷扱いした者がいるなど国際問題の火種出来ちゃいました。 最悪戦争が起こります。 胃に穴が開きそうですわ。



 ……ですがオリヴィア様とリュージス様は海難事故で行方知れずとなっていましたが、それにしてはあの呪いは不審すぎますわね。 血統にかけられたというのだからオリヴィア様も同じように呪われていた可能性もあります。


 それにオリヴィア様はリュージス様にこの国の言葉を教えられたのだから、少なくとも会話に困ることはなかった筈。 身分を明かして保護を受けることも出来た筈です。





 ───どうにも、キナ臭いですねぇ。



『どれい、うれる、しるし、つける……おかあさん、つけられた……でも、おれ、だめって、おかあさん、あばれた……それで、なぐる、ける、されて、にげる、した……おかあさん、しるし、かた、けずる……たくさん、いたい、ち、いっぱい……』


「……そう、なの。 辛いことをたくさん話させてごめんなさいね」



 なんてこと、奴隷紋の使用は我が国の法律でも特に重い罪にあたる禁忌だというのに。


 歴史書に記された内容では数代前は国家間の戦争が激しい時代であり、その影響で敗戦国の流民などが奴隷として売買されることも珍しくありませんでした。 その時に生まれたのが【隷属の紋】……通称奴隷紋と呼ばれるもの。


 それは魔力の込められた鉄で作られたハンコのようなもので、特殊なインクに契約者の血を混ぜて奴隷紋で体のどこかに印をつけるとまるで入れ墨のように洗い流そうと決して落ちることのない跡になります。 そして印を付けられた者はインクに混ぜられた血の持ち主に逆らうことが出来なくなる……強制的に従属契約を結ばせるための忌むべき道具。



 戦争の終結と共に禁忌指定を受け全ての奴隷紋に廃棄命令が下され、唯一は資料用にと厳重に封印された状態で王家の管理する城の特別資料庫にのみ現存しています。


 ……とはなっていますが、違法な売買にも手を染める奴隷商人が摘発される時などに奴隷紋が見付かることが現在でも稀にあります。 負の遺産とも呼ぶべき数百年前の古い現存品から、おそらく当時の記録を元に再現を試みたと思われる複製品まで。


 複製品に関してはもちろん他者を無理やり従わせるなんて効果をもつ魔道具を製作するには、かなり魔力と技術力の高い存在でなければ作れません。 秘密裏に国をあげて製作者を追っていますが成果は得られていないようです。


 ……恐らく、オリヴィア様に使われたのは複製品でしょう。 本物であれば印が押された箇所を削り取っても意味がありませんから。



 これはニルタリス帝国より使者がいらっしゃる前にお二人を隷属させようとしていた者を突き止めて捕縛しないと国としての面目がたちませんわ。


 そのことも含めてお父様、そして王家のほうと話し合いをしなければなりませんわね。





 思わず深く思考してしまっていましたが気付くと私が考え込んでいた間に彼のために用意された食事が届いたらしく、長い間まともな食事をしていなかったであろう少年の弱った胃腸に強い刺激を与えないようにとミルクで柔らかく煮込まれたパン粥を受け取ったディアがベッド脇に腰かけて優しく微笑みながら少年に粥の乗ったスプーンを差し出しています。



『ふーふー……はい、あーんしてくださいねぇ。 もしまだ物を食べるのが辛いようでしたらぁ、無理せず食べれる量を食べるだけでいいですよぉ』


『え、ぁ……お、おれ、じぶん、たべる、できる』


『だ~め♡ あなたぁ、いまこの器もきちんと持てないくらいに弱ってるんですよぉ? 大事なお客様に火傷なんてさせられませぇん。 だから素直にあーん、されてくださぁい』


『ぅ、は、はい……』



 ニコニコとのんびりとした口調で笑うディアは一歩も引かないためか、少年はうつ向きがちになりながら恥ずかしそうに視線をさ迷わせてからおずおずと口を開けました。


 ディアはその口に適度に覚ました粥を含ませきちんと飲み込んだのを確認してから『偉いですぅ! ちゃんともぐもぐできましたねぇ!』とまるでまだ言葉もろくに話せない幼児を相手にするように褒めて、もう一度粥を掬って息を吹きかけて冷まし手ずから食べさせます。



 そういえばちょっと昔……大精霊にとってのちょっと昔なんて人にとっては遥か昔なのでしょうが、ディアとヴルドの息子が一人立ちしてしまって寂しいまた子育てがしたいとディアが子持ちのメイド仲間にぼやいてましたね。 リュージス様に対するあの扱いはその影響でしょうか。


 するとふと、うっかり効果を切り忘れていた【グラムの心眼】により見えていたリュージス様の情報になにやら追記がされたようです。





 〈好みのタイプ:バブみのある女性〉





 バブみて。

 まずいですね、一国の皇子に大変な性癖を目覚めさせてしまったようですこの大精霊。

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