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礼を言う貴婦人、戸惑う勇者


「助けていただきありがとうございます。」


 目の前で緑のドレスを着た女性が頭を下げる。

 俺たちは今、あの路地裏から逃げ出して王都の食事処の一角で軽食を取っていた。

 ちなみにゴミ袋は置いてきた。稼いでも意味が無いと気付いたしな……

 どこか落ち着いて話せる場所は無いかという事でこの店を見つけ、店の主人の厚意で手を洗わせてもらい(というか、洗わなければ入れてくれそうになかった)、女性の奢りで飯を食う事になったのだ。


 木製のテーブルの上には、瑞々しい野菜を厚めに切ったパンで挟んだ野菜サンドが皿に乗せて置いてあった。女性に一言断って一口食べればシャッキリとしたレタスの歯ごたえと、程良い酸味のあるトマトが食欲をより煽ってくる。パンも柔らかく、良い小麦を使っていることがよく分かる。

 王都の周りには湖から水を引いた巨大な農耕地があるからな。野菜も新鮮でおいしい。悪臭から解放された俺の心を瞬時に癒してくれる。

 この奢りが礼なのかと思ったが、どうやらそれ以上に恩を感じているらしい。


「助けていただかなければどうなっていたことか……」


「あー、いえ。何事も無くて良かったですよ。王都は初めてですよね?慣れてないでしょうし仕方のないことですよ。」


「……王都が初めてだとどうして分かるのですか?」


「最初は髪に隠れて分かりませんでしたけど、皇国の人ですよね。」


「あ……」


 そう言って女性は慌てて手で耳を押さえる。チラリと見えた耳は、三角状に尖っていた。

 皇国に住む人間の特徴として、耳が尖っているものが多い。帝国人は角が生えており、王国人は背が高い。

 これはそれぞれの国に人間が必ずしもそうだというわけでは無く、例えば王国人でも背が低い人はいるし、皇国人でも耳が丸い人間はいる。

 だが別の国に別の国の特徴を持った人はあまりいない。だから俺は彼女が皇国の人間だと判断したのだ。


「詳しくは聞きませんよ。何か事情が御有りでしょうし。」


「助かります……」


 とはいえ実は多少の目星は付いていたりする。

 恐らくは数日後の勇者激励パーティーに呼ばれた賓客だろう。他国の要人も招く大規模なパーティーだからな。

 パーティーに参加するため逗留しているが、王都の様子を見たくて飛び出してきてしまったお転婆令嬢といったところだろう。名前を出さないのはもし今回の件が国際問題に発展すると困るからか。


「それで、是非とも礼をしたいのですが……」


「こちらとしては今奢ってもらっただけで満足なのですが。」


「いえ、身分は申せませんが私も貴人の端くれ。きちんと相応しい礼をしなければ気が済みません。」


 貴人って言ってしまってるじゃん……いやこれは、それぐらいは身分を明かすべきだと判断したんだろうな。恩人に対しての礼儀か。


 普通貴族に対して恩を売れたならば、報酬はコネクションで十分だ。

 「貴様の名を覚えておこう」と言ってもらえるだけで平民としては破格の報酬だ。

 しかし今回は身分を明かす事は出来ないため……その手は使えない。

 ならばシンプルに金銭か?現在進行形で困っているし。

 でも金を貰ったところで高級服飾店に入れなければ……ってそうだ!


「それでしたら一つだけ頼みごとが……」


「はいっ、何でしょう?」


「実は訳あって礼服を見つくろわなければならなくて、当てが無くて困っていたんですよ。」


「礼服ですか。失礼ですが、貴族の方には見えませんが……」


 確かに糞拾いをしていた人間が貴族だとは思えないだろう。市民権すら持っていないしな。

 だけどせっかく貴族に頼みごとが出来るんだ。上手くいけば非市民でも礼服が貰えるかもしれないチャンスだ。

 俺は上手く言い訳を考える。


「実は、私は普段剣で身を立てているのですが……」


「軍人……こちらでは騎士でしたか。そういった類の方で?」


「ええ、そんなようなものです。」


 嘘は言っていない。騎士の息子だし……


「それで、剣の腕を認められて貴族様の夜会にお呼ばれしたのですが……」


「成程、それで礼服が必要なのですね。」


「はい。その通りです。」


 そう言って女性を言いくるめる。

 実際にパーティーにお呼ばれするわけだしな。

 女性は皇国出身者。騎士がゴミ拾いの仕事をしていても疑問を持たない。

 皇国軍はわりと自由だからな。貴族でもなければ大抵は長期休暇を貰って故郷の仕事を手伝ったりする。

 女性はこちらの言葉に納得した様だった。


「わかりました。わた……兄の持っている服をお送りしましょう。」


「よろしいのですか?」


「ええ、何着も持っていますし。」


「お兄様に許可は……?」


「え、ああ!大丈夫です。兄は私の言う事は何でも聞きますから!」


 お兄様が不憫すぎる……

 兎に角、これで礼服ゲットだぜ。皇国と王国では礼服の意匠に違いは無かったはずだしな。流行の差は……まあ多めに見てもらえるだろう。


「仕立ては……私と同じくらいの身長で大丈夫ですか?」


「ああ、丁度同じくらいですね。」


 偶然だが、俺と女性は身長が同じくらいだった。俺の身長が低いというより、女性が長身だ。


「では後日お渡しします。ご住所を教えてくださいますか?」


 使用人に運ばせるのかな。ホテルの場所をいうのはまずいか。……いやホテルの名前だけならば高級ホテルだとは気付かれないだろうし、本人が持って来るので無ければ高級な宿に泊まっていても疑問は持たないだろう。


「ええと……『ホテル・ワルキューレ』という宿に逗留しています。受付で渡してもらえれば……」


「分かりました。お名前は?」


 あ、まだ名乗っていなかったか。


「ロジャーといいます。」


「わかりました……ロジャー様、必ずお届けします。」


「ありがとうございます!助かります!」


 やったぜ!これでパーティーに出れる!

 ジェラルディンだけでも問題は無いだろうけど、一応俺の世界とは違うわけだし、最善を尽くす為にも参加しなければな。

 ゴミ拾いも丸々無駄にはならなかったワケだ……だからといってやってよかったとは思えないが。

 とりあえず、この場はもう良いだろう。相手は身分を隠しているわけだし……もし俺の予想通り抜け出してきているならば、早めに戻らなければならないだろうし。


「では、俺はこれで……」


「あ、あの……」


 野菜サンドも食べ終え、席を立とうとすると女性がまだ呼び止めてくる。


「皇国に来ることがあったら、また礼をさせてください。この紋章を見せれば、皇国では通じるはずです。」


 と言って女性は、バッグから紋章が刻まれた金の懐中時計を差し出してくる。


「そ、そこまでしてもらうわけには……」


「これは、ただの自己満足です。この時計も大したものではありませんから……」


 いや精巧な歯車が無ければ動かない時計なんぞ存在そのものが高級品なんだが。

 でもいつかは皇国に行くわけだし、そこで返せばいいか思いと時計を受け取る。


「機会があればお伺いし、この時計をお返しに上がります。」


「はい。その時は私も名を明かして歓迎いたします。」


 にこやかに時計を渡す女性。今度こそ席を立って別れる俺に、銀の髪を押さえながら立ち上がり頭を下げて見送ってくれる。

 俺は店を出て、奇妙な邂逅は終わりを告げた。


 ◇ ◇ ◇


「皇国の貴族ねぇ……」


 ホテルまでの帰り道、俺は懐中時計を取り出しながらひとりごちた。

 刻まれた紋章は花の意匠だ。たしかこの花は……アイリスという花だったか。

 狩人を自称する皇国貴族の銃士トラヴィスと話したのを覚えている。

 何の話で話題になったんだっけ……ああ、俺がトラヴィスの紋章について聞いたんだったか。

 これは何の紋章なんだ?と俺が聞いたら、トラヴィスが『アイリスさ。代々我が一族と皇族にしか許されていない、皇族への忠誠の証さ』と気障ったらしく教えてくれ…た……


 ……トラヴィスと同じ紋章。

 トラヴィスに妹はいたか?いや子どもは一人だけだと聞いた。家を継ぐ人間がいないため、仕方なく男装しているのだと言っていた。

 背格好は?トラヴィスと俺は同じくらいの身長だった。つまりあの女性とも同じ身長となる。

 髪の色も同じだ。女性もトラヴィスも、銀の長髪だ。耳は皇国貴族であるトラヴィスも、同じく尖っていた。


 つまりは、あの女性は、いつも男装していた、あの


「トラヴィス・ルイス・ロンバルディ……!?」


 俺はこれから仲間になるはずの奴と、知らずのうちに接触していたのかよ!



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