狂想曲、命無き者たちの宴
アンデッドの狼たち――ホラーウルフは、俺たちを認識するとそれぞれに飛びかかってくる。
その内の二体は空中でぶつかり合い、地面に落下した。
俺とエプロムートは前に飛び出し、こちらに向かって来る三匹の中の二匹を盾で受け止める。
一匹俺たちを通り過ぎ、一番弱そうに見えたのか、フランメリーに向かって真っすぐ突き進む。
だが遮るように現われたジェラルディンの一刀がホラーウルフの足を切り飛ばした。
転んで地面に激突するホラーウルフだったが、血を流すことは無く、止まる気配も無く、起き上がろうともがき続ける。
「聖剣よ!」
ジェラルディンが光を宿した聖剣を振り下ろし、ホラーウルフは白い光に包まれて焼き尽くされる。
歪んだ声帯から放たれた断末魔は、炭化して音が変わっても響き続けた。
聖剣は魔力を注ぐことによって破邪の力を発揮する。
闇の瘴気を纏った存在のみを焼くことのできる炎を発したり、逆に闇の瘴気の影響を弾く結界を作りだす事が出来る。
認められた勇者にしか扱えない、闇の瘴気への特効武器である。
「【火炎】!【付与】!――火炎付与剣!」
エプロムートが火炎を纏った剣を振るい、目の前の狼を焼く。
本来扱う魔法剣とは違い斬裂の力は無いが、炎がよく回るアンデッド相手にならば火をつけるだけでも有効だ。
その証拠にホラーウルフは悶え苦しみ倒れ伏す。
俺の方は盾でホラーウルフを地面に押さえつけながら回復魔法を唱える。
「【回復】!」
頭の無い狼は首から血を流し始め、破れた腹からピンク色の内臓が飛び出す。
本来既に止まっているはずの器官を無理やり再生させられ逆にダメージを受ける。
肉の無い隙間に蔓延っていた闇の瘴気が押し出され、後に残ったのは脈動する肉塊だけだった。
近くに狭間も無く、勇者である俺に取り憑くことも出来ず、闇の瘴気は霧散して消えた。
俺の後ろでそれを見ていたエドが呟く。
「うわ……回復魔法でアンデッド倒す所初めてみたけど、エグいな……」
「回復魔法も安全じゃないってことさ。」
「え?……もしかして俺らに使ってもこうなるリスクがあるのか!?」
「だから回復魔法は難しいんだ。」
本来、人体を回復するならば自然治癒が一番だ。回復魔法はそれを魔法で無理やり促進させているわけだから……当然体に良くない。
回復魔法を短期間で掛け過ぎると体内にがん細胞が生まれ、逆に死に至る。
あくまで戦闘時の応急処置用に過ぎないのだ。
俺とエドがそんなことを話しているうちに絡まっていた二匹が起き上がろうとしている。
そんな二匹を目掛けてフランメリーは呪文を詠唱する。
「赫灼たる紅炎よ、彷徨う者たちへ慈悲を、葬るための清浄なる安らぎを!」
俺やエプロムートがいつも行う様な省略詠唱では無く、長い呪文を唱える。呪文は魔力の展開を助け、普段使わないような魔法であっても正常に発動できる。
魔力の制御が難しい大魔法などでは、必須の技法だ。
「【火葬】!!」
いつも扱う【火炎】よりも熱量の高い火が狼たちを襲う。
アンデッドを効率良く焼くためだけに考案されたこの呪文は、ホラーウルフを容赦なく焼きつくす。
逃げようと足掻くが炎は消えず、狼たちに喰らいつく。
執拗の炎が消えた後には白い骨だけが灰に包まれて残っていた。
エドが剣を担ぎながら零す。
「やること無かった……」
「くっちゃべってるからだろ。」
俺は蠢く肉塊に剣を突き込んで止めを刺しながらエドに答えた。
中途半端に生き返してしまったアンデッドは、責任を以て葬る。
回復魔法を扱う者の当然の心得。
肉塊は動きを止めると途端に崩れ去り、悪臭を放つ腐った肉に成り果てる。
「うわ臭っ!どうすんだよ、獣が寄るんじゃないか?」
「だから砂を掛けるんだよ。こっちは土葬さ。」
足で砂を掛け、手で聖印を切る。
心の中でアンデッドの冥福を祈る。
悪いのは全て闇の瘴気だ。例えアンデッドに身内を殺されたとしても倒せばその旅立ちを祈らなければならない。
俺に回復魔法を教えてくれた師はそう教えてくれた。
……俺は出来るだろうか。例え仲間が殺されても……
「さて……予想通りアンデッドが発生していたな。」
エプロムートが剣についた煤を払いながら話す。
「狼でこうじゃ、草食動物は残っていないかもな……」
魔物は命あるものを何でも殺そうと付け狙うが、それでも元々の本能が影響するのか、食いでがある草食動物を優先して狙う。
狼にまで被害が出ているならば、やはり森の動物のほとんどに被害が出ていると考えていいだろう。
「……どうする?ジェラルディン。」
弁当の後片付けをしていたジェラルディンは少し考えて答える。
「……ホラーウルフたち、私たちを狙っているわけじゃなかった?」
「は?」
「だって、飛び出して来てから私たちに気付いたみたいだったじゃない。」
……確かに、草むらから飛び出した後に戦闘態勢を整えていたように思える。
狼の普通の動きならば、そのまま真っ直ぐ俺たちを狙うのが普通だ。
不意をつけるし、気付かれているとしても狩りは迅速に行うべきだろう。
アンデッドに、魔物になったとしてもある程度は元の動物の特性が残る。
ジャイアントバットに吸血能力があるように、サンダーバードが巣を作るように。
ならばホラーウルフたちの動きは少しおかしい。
「じゃあ、なんで茂みから出て来たんだよ。俺たちに気づいてなかったなら、わざわざ出てくる必要はないだろう?」
エプロムートが疑問を口にする。
それもそうだ。ジェラルディン自身もその辺りを疑問に感じているのか、答えることは無く首を捻らせる。
そんな俺たちに後片付けを終えたフランメリーが合流する。
「……茂みから出る必要があった……じゃないかしら。」
「え?」
「茂みから、急いで飛び出す必要があった……」
フランメリーの言葉に閃く。
「追われていた、のか?」
俺の発言にエプロムートが反応する。
「いや、だけど何にだ?サンダーバードならもうとっくに現われているだろう。なにせ空を飛べるんだ。」
「だな……そうでなくても気づけるだろうし。」
空を見上げるがサンダーバードが現れる兆候は無い。
ホラーウルフたちはサンダーバードに追われていたわけじゃない。
「じゃあ……他の魔物か?」
「それもおかしいわねぇ……ホラーウルフを脅かすほどの魔物が、サンダーバード以外にいるかしら?」
魔物と変じても、元の食物連鎖はある程度残る。肉食動物である狼たちは間違い無く食物連鎖のピラミッドの最上位だったはずだ。
サンダーバードのような強力な変異がなければ、あり得ない。
だが狭間の発生していないこの森において特異な変化が起こるとは考え辛かった。
「ならなんだ?何から逃げていた?」
「発想を逆転させる必要があるんじゃない?」
ジェラルディンが提案する。
「どういうことだ?」
「だから、『何から逃げていたのか?』じゃなく、『どうして追われてこの場所に出てくる必要があった?』って考える。」
……つまり、ホラーウルフたちはこの場所に出ざるを得なかったということか?
だけど確かに、森の中の方が木々がある分隠れやすい。
わざわざその利を捨ててまで、飛び出してくる理由があるのか?
「う~ん。この茂みに秘密があるんじゃないか?」
そういってエドがホラーウルフたちが飛び出してきた草むらに近づいていく。
それを尻目に俺は思考に没頭する。
ふむ。発想の転換か。
別の視点でやってみるか。
例えば食物連鎖のピラミッド。本当に狼は頂点か?
だけど森の中に狼を食べることの出来るような生物がいるとは思い至らない。
……いや待てよ?食物連鎖の表し方は何もピラミッドだけじゃない。
サイクル。食物連鎖はサイクルの形で表すことが出来る。
植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べる。そして狼たちが死ねば……
その栄養は、植物たちのものとなる。
「エド!草むらから離れろ!」
「え?」
草むらを検分しようと近づいたエド。もう草むらは目の前だ。
エドはこちらの呼びとめに振り返る。
その瞬間。
草むらから巨大なハエトリグサが俊敏な動きでエドに向かって牙を剥いた。




