極夜の森、静寂の世界
森の中は暗く、日は頂点にあるにも拘わらずまるで夜の様だった。
草木は人の行く手を遮り、触れれば被れる葉を露わにしてまるで威嚇するか如くだ。
ジェラルディンが先頭で鉈を振りながらこちらを振り向く。
「定期的に伐採されているはずよね?」
「サンダーバードが現れるまではな……」
一体いつ頃から住み着いているんだ。
まるで十年は人の手が入っていないかのような有り様の森は、進むことすら困難で、鉈を持ったジェラルディンとエドが草木を掃うため先頭に並んでいる。
獣道すら無い道程は、一行に意外な消耗を強いた。
「この辺りの植物は成長が早いのか?」
「いや……草を食べる動物が減ってしまったんじゃないか?サンダーバードに殺されて。」
エドの疑問にエプロムートが答える。
成程な……だけど今まで多少なりとも人の手が入った森ならばやはりこれ程までに暗いのはおかしい。
森林は人の手が入らなければ木々の密度が高くなり、日を遮って暗くなる。適度な伐採は森のためでもある。
まさに今の状況なのだが……木が生長するには長い時間がかかる。
サンダーバードが渡って来たのは、少なくともジェラルディンたちが前に王都を立って以降のことだろう……そうでなければ一行の耳に入っていないのはおかしい。
そうだとするならば、今俺たちの頭上を遮っている枝葉は一体何なんだ?
「少なくとも木の成長はあり得ない程の速度だ。」
「確かにな……こんだけ木が早く育つんなら王都はもっと栄えていただろうよ。」
「そうだな……家が倍の軒数は建つな。」
エプロムートのぼやきに答える。
王都の家々は木造だ。だからこそ空襲が大打撃だったわけだしな……
違うのは白亜宮と城壁ぐらいだろう。たしか帝国と今は亡き教国の名工を呼んで作ったと聞いた。
これだけの木々があれば、城も木材で建つかもな。
さて……こんな風に一行と一緒に考察をしているが、俺の思考を覗ける者がいるならばこう考えるだろう。
『お前、前の世界で経験したんじゃないのかよ?』と。
その答えは、YES。だが覚えているかと言えば、NOだ。
何せ旅の記憶は膨大だ。経験したこととはいえ、忘れていることもある。
こうして実際に森に入っても、『そういえば暗かったな~』ぐらいの事しか思い出せない有り様だ。
更にこの後にあった出来事の所為で記憶が飛んでいる場合もある。
つまり……覚えていない!ほぼほぼ初見!
「仲間に関することなら覚えてるんだけどな……」
「?」
俺の呟きにエプロムートが頭に疑問符を浮かべるが、聞き取れなかったのか意味が分からなかったのか、聞き返すことはしなかった。
森を進んで行くと、ようやっと開けた場所に出る。
久しぶりの青空、雑草一本も生えてない日に晒された砂色の大地。中心にドシンとある大岩も、草どころか苔すら生えていない。
森と隔絶された空間の様に感じた。
「ふむ……この辺りの土は固くて植物が侵入出来ないみたいねぇ~。」
「休憩場所に出来るってわけね……」
フランメリーが杖で地面を叩いて確認する。ジェラルディンの言うとおり木々の圧から解放された広場は、肉体的にも精神的にも疲れている俺たちを休ませてくれそうだ。
時間的にも丁度いいので昼食にする。いつもは携帯食料で済ませるが今回は日帰りのつもりで来たので王都で籠に入ったお弁当を用意してもらった。
なんとエプロムートの妹さん、マーデさんの手作りだ。
「おっさんの妹なのに……出来た人なんだなー。」
「おぉうエド?喧嘩なら買ってやるぜ?魔法剣でな。」
メニューはサンドイッチとデザートのパイナップル。
サンドイッチの具材はスクランブルエッグに豚のベーコン。それからレタス。
ベーコンは少しキツめの塩コショウで味付けられているが、疲れた体にしみ込んで逆に嬉しい。レタスは時間が経っているのにシャキシャキで、何か工夫をしているんだろうか。
スクランブルエッグもおいしいが、少し違和感を覚える。食感から考えるに恐らくは鶏では無く別の鳥の卵だと思われるが……
「何の卵?」
「騎鳥の卵だ。」
「あれって食べられたのか……」
「空襲で色々焼けたからな。食えるものは何でも食わないと。」
騎鳥はモアというダチョウに似た空を飛ばない大型の鳥だ。
ダチョウよりもしっかりとした足腰を持ち、人の二倍程の身長を持つ。
馬と同じように騎乗用の家畜として王国では親しまれているが、魔族の乗る騎竜が天敵であるため近年は数を減らしている。
保護の話も出ているが、空襲で多大な被害が出てしまった今、そんなことを言っている場合では無い。
戦争後必ず繁殖の手助けをすることを心の中で誓い、おいしくいただく。
さて、デザートをいただきながら、入り口ぶりの作戦会議の時間だ。
エプロムートが口火を切る。
「巣の近くには動物はいないって前提だったが……」
「そうねぇ~……訂正の必要があるわねぇ。」
「ああ、この森に動物はいない。」
「少なくとも、入り口から今までは一切見かけなかったわねぇ。」
そうだ。俺たちの作戦は動物の分布を見極めて、動物のいない場所をサンダーバードの巣だとアタリをつけて探すという方法だった。
だが森の中は静かで、動物の痕跡はほとんど存在しない。
小鳥の鳴き声どころか、虫一匹見かけることはなかった。
パイナップルを呑みこんだジェラルディンが口を挟む。
「サンダーバードだけではこんなことにはならないでしょう。」
「ジェラルディンちゃんの言う通り、サンダーバードの仕業じゃないと思うわぁ。」
「……つまりは。」
「ええ、別の魔物の仕業ねぇ。」
やはりか……どうやらサンダーバードを発端に別の魔物も生まれてしまっているようだ。
「……アンデッドか?」
「まだ何とも言えないわねぇ。とにかく何らかの痕跡を見つけなきゃ。」
相手が何であろうと敵が増えてしまったことに変わりはない。
造船所の木こりたちが安全に森の中に入るには全て駆逐する必要があるだろう。
弁当を食べ終えて寝っ転がったエドが溜息を吐く。
「探すのは面倒だな~。」
行儀の悪いエドを注意しようと口を開きかけたその時、俺の耳が何かを捉える。
「うん?……安心しろ、どうやら向こうからやって来たみたいだ。」
「え?」
呆けた顔をしてこっちを見るエドを余所に足元の籠を蹴り飛ばしながら立ち上がり、剣を抜いて体勢を整える。ジェラルディンも同様に剣を抜いたため、エドとエプロムートも状況を察して構える。
フランメリーは杖を構えて呪文を唱える。
「【探索】!」
自身の感覚を強化する呪文だ。目を良くして砂の中から砂金を探したり、嗅覚を強くして匂いを辿ることが出来る。
今回フランメリーは、耳を良くした様子だ。
「……足音は五体分。恐らくは狼のものだと思うわ。」
「狼か……だったらいいんだが。」
無論、現在の森の状況でただの狼が出てくると考えている人間はここにはいない。
やがて俺たちが入ってきた方向とは別の場所の茂みから、五つの影が飛び出す。
シルエットは狼だ。だがよく観察すればそうでないことは一目で分かる。
なにせ全匹顔のどこかが欠けているのだ。
耳、目、下顎……更には首そのものがない狼もいる。
間違い無い。死んでいる。
アンデッドだ。




