第141話 不安は期待の裏返し
まだ旅の疲れも抜けきれない夕暮れ時、私は師匠の家でシアが爆睡していることを確認して、アリスに家を離れる旨を伝えた。
「それじゃあ、行ってくるね」
「本当に一人で良いの? なんだったら私も一緒に……」
「いいのいいの。久しぶりの親子水入らずを楽しみたいだけだから」
「…………」
はは、全然信じてない顔だ。
アリスは心配性だなー。私がティナと会うことでどうにかなると思っているらしい。
「アリスはここでシアのこと見ていてあげて。まだ王都についたばっかりで不安だろうから」
「……そう、ね。うん。分かったわ」
結局、アリスもそれ以上言うことはなく大人しく私の言葉に従ってくれた。
根は素直だからね。
だけど……アリスの不安も満更的外れというわけでもない。
「それじゃあ……また、後で」
軽く手を振って家を出る。
まだ夕焼け空が広がっているが、すでに太陽は沈んでしまっている。
これなら十分私でも活動できるだろう。
(ティナと会うのも二年ぶりか。随分かかっちゃったな)
思えば遠いところまできたものである。
山賊と死闘を演じてから約二年。
それだけの時間が経っていたことに軽い驚きすら覚える。
その間に私は大きく変わってしまった。そして、それをティナの前で見せることが少しだけ怖かった。
もしかしたらティナは私を娘としては見てくれないかもしれない。
ただでさえ、私の素性はティナにバレてしまっている。この世界では吸血鬼は禁忌の象徴。決して触れることの許されない災厄だ。
だから……私はティナが待つ治療院の一室を前に、身動きが出来なくなってしまっていた。
ここまで来て迷いが私の中に生まれていた。
私はティナに会うべきなのかどうか。
ティナの無事を確認することが私の最優先事項だった。だが、それは別に会わなくても達成できる。遠目からティナを一目見るだけでも無事は確認できるのだから。
(やっぱり私は弱いな。今更手が震えてきちゃったよ)
土蜘蛛を相手にするのとはまた別の恐怖が私を包み始めていた。
だけど……うん。やっぱり、これだけは避けて通れないよね。
ティナは私を庇って大怪我をしてしまった。
ならば助けてもらったお礼を言わないと駄目だ。
男とか女とか以前に人として。
それに……やっぱり私はティナに会いたいのだと思う。
怖いってことはそれだけティナを大切に想っているということの裏返しなのだから。期待があるから、裏切られることに恐怖する。
最初からどうでも良い人間ならそもそもそんなことを考えたりしないだろう。
(はあ……ごちゃごちゃ考えるなんて私らしくない、か)
怖いのなら覚悟を決めれば良い。
どんな反応をされても受け入れる覚悟を。
私はずっとティナを騙してきたのだから、それくらいはしないと駄目だ。
「…………っ!」
意を決して私は病室の扉をノックした。
すると……
「はーい、空いてますからどうぞー」
懐かしい、自然と温かさを覚える声を耳にするのだった。
逸る心を何とか押さえつけながら扉を開ける。
そして、その先には……
「あれ? あなたは……」
──ティナ・レストン。
紛れもない私の母親がそこにいた。




