第142話 二人の時間
ティナは窓際のベッドの上で、上半身だけ起こしてこちらを見ていた。
その体には病人であることを示す白色の病衣が着せられており、未だティナが入院中の身であることを示している。
事件から二年。
ただの怪我にしてはあまりにも長い入院生活だ。
そのことに引っかかりを覚えながらも私が感じていたのはそれとは別のことだった。
「あ……わ、たし……」
うまく言葉が出てこない。
突然、コミュ障になってでもしまったかのように私はティナに対して話しかけることが出来なかった。
なぜなら……
「……うっ」
今にも泣き出してしまいそうなほどに……嬉しかったから。
ティナが生きていてくれた。
ただそれだけで。
ずっとずっと心配だった。もしかしたらティナが死んでしまったんじゃないかって。あの暗い迷宮でそのことばかり考えていた。
それらの不安、恐怖、焦燥。
そういった感情がティナの姿を見た瞬間に氷解していった。
それだけで……私は満足だった。
たとえティナに避けられることになろうとも、疎まれることになろうとも、そんなことはどうでもいい。ただティナが生きていてくれただけで私は満足だ。
今思えば全てを受け入れる覚悟なんて必要なかった。
ただ、私は一歩を踏み出すだけで。
この胸を占める感情に、そんな風に思った。
次の瞬間には訪れるだろうティナの反応に対し、お礼を言ったらすぐにでも立ち去ろう。そう考えていると……
「……る、ルナちゃぁぁぁぁぁぁぁああああんっ!」
突然ティナが奇声を上げて飛び上がった。
……って、ええ!? あんた病人じゃなかったのか!?
見事なルパンダイブを披露したティアはそのまま私に激突するかのような勢いで襲い掛かると、ぐいぐいと痛いほどに頬ずりしてきた。
「ああ! 私のルナちゃんっ! 可愛い、可愛いよぉ! ちょっと成長してるけど相変わらず天使みたいだわぁっ!」
「ちょっ、まっ!」
「ああんっ! ルナちゃん可愛いぃぃっ! こっちの成長はまだまだみたいだけど心配しないでっ! お母さんが揉んで大きくしてあげるから!」
「どこをっ!?」
服の下まで潜り込んでまさぐるティアはまさしく痴漢の手つきだった。
というかっ!
「ま、待って! ちょっと待って!」
「待てないっ!」
私の制止の声すら届かず、ぺろりと頬を舐められる。
……舐められる?
「ルナちゃんルナちゃんルナちゃんっ、あなたはどうしてルナちゃんなのっ!?」
「貴方が名付けたからでしょ!」
ぎゃあああああああっ!
顔が唾液でべたべたするぅぅぅっ、流石にこれは気持ち悪いぃぃぃぃっ!
「いい加減に、しろぉぉっ!」
「きゃうんっ!」
耐え切れず脳天にチョップをお見舞いしたところで、ようやくティナの暴走は止まってくれた。
間違いない……コイツ、ティナだ。
しかも以前の溺愛モードに逆戻りしてないか?
「はあ……はあ……」
いつの間にやら半裸になっていた服を整える。
あのままでは私は全て剥かれていたことだろう。ティナ……恐ろしい子。
「さて……久しぶりね。ルナ。元気そうで何よりだわ」
「いや、いきなり素にならないで。ちょっと付いていけないから」
相変わらずマイペースというか掴みどころがないにも程がある。
お父様はこんなやつのどこに惚れたというのか。
「ごめんね、久しぶりに会ったから歯止めが利かなくって」
「……まあ、別に良いけど」
「やっぱりルナちゃん優しいっ」
がばっ、と再び私に抱きついてくるティナ。少し甘い顔をするとすぐにこれだ。
「ふふ……本当にありがとうね、ルナ。会いにきてくれて」
私の頭を撫でるティナは本当に嬉しそうに微笑んでいた。
「私ね、ルナとお話したいことが色々あるの。こっちにおいで」
「……うん」
ティナは私をベッドに誘うと、自分の膝の上に私を乗せて背中から覆いかぶさるように私を抱きしめた。まるで、もうどこにも行かせないと言わんばかりに。
そして、私がリンにしてあげていたみたいに何度も何度も頭を撫でるのだった。
その手つきから分かった。
ティナは……私のことを恐れてなんていないということが。
以前と全く変わらない態度で、ティナは私に接してくれた。
ただ……自分の娘として。
「お母様……私も話したい事があるの」
「……待って」
「え?」
「もう少しだけ……このままでいさせて」
「…………」
優しい手つきのまま、ティナは言う。
「……うん」
そして、私もまたこの時間を大切にしたいと思った。
ただ、一緒にいるだけのこの時間を。




