「どうせ届かないのに」
「夏ってさ、空が高いように見えるよね」
因幡は届きもしない空に手を伸ばしながらそう呟いた。それに彼女は何も言うことなく、ただ因幡の隣を同じペースで歩く。
夏の大三角を掴んだ気になって上機嫌な因幡を、彼女は呆れたようにため息を吐いて妙に冷めた目で眺める。
「どうせ届かないのに」
「藤島さんには夢とかユーモアがないなあ。もしかしたら届くかもしれないじゃん。俺の手がうねーんって伸びて」
「某国民的な人気アニメか」
因幡は「分かってんじゃん!」と笑った。それに彼女が大きく舌打ちをし、それはどういたしましてと冷たく言い放つ。
「……いや、何か届きそうな感じがしてくるんだよね。背伸びしたら、とか俺の身長がもうちょっと高かったらさ」
こんな空の向こう側、すぐに掴めそうなのに。ついでに将来のこともさ。
因幡は空元気に笑いながら、彼女の方を向いた。高校に入学して早一年半。部活では主要なメンバーの一人になるし、大学受験まではあと半分しか時間がないのだ。にじみ出る焦燥感。色々な重圧に押しつぶされて呼吸が出来なくなる。
因幡がどこか遠くを見つめながら微妙な表情をした。
「……肩車、してあげようか?」
「流石にそれはちょっと……藤島さん潰れそうだし」
確かにイナバ重そう。と彼女から言われ因幡はぶんぶんと首を横に振って否定する。
「だって俺見積もって藤原さんプラス15キロぐ……っいった!」
「うるさい。それに何で私の体重分かるの」
「ほら、俺保健委員だからさ、春の身体測定のデータをみ……!」
「最低。死んで」