第16話「マリアが書き始めた」
夜、机に向かった。
ペンを持った。
書けなかった。
(なぜ書けない)
前世では書けた。カクヨムに投稿していた。一話二話と積み上げていた。
(あのときは、キャラが自分の想像通りに動いた)
(でも今は、キャラが目の前にいる)
レイアが笑う顔を知っている。
ヴィンが黙って考える時間を知っている。
エドガーが「やったー」と言うときの声を知っている。
ミアが土の話をするときの目の輝きを知っている。
(知りすぎている)
(だから書けない)
(間違えたくないから)
翌朝、レイアに言った。
「書き始めたんですが、止まってしまって」
「なぜ」
「みんなのことを知りすぎて、正確に書けるか不安で」
レイアが少し笑った。
「正確に書く必要はないでしょう」
「でも事実と違ったら」
「事実と同じにする必要もない。物語は物語でしょう」
(物語は物語)
「あなたが見たものを書けばいい」レイアが続けた。「それがあなたの物語だから」
その夜、また机に向かった。
今度は書けた。
「私が見たレイア」という一行から始めた。
笑い方。怒り方。ヴィンを見る目。エドガーに呆れる顔。私に「帰るな」と言った声。
全部、私が見たものだった。
(これが私の物語だ)
ペンが止まらなかった。
◇
──柊詩の手記より。
『書き始めた。止まらなかった。「正確に書く必要はない」とレイアが言った。それが全部だった』
次話:「エドガーが、ミアに手紙を書いた」




