第12話「書いた世界が、本物になった日」
春になった。
ヴィンがレイアに告白したのは、桜に似た花が咲く木の下だった。
私は少し離れたところから、こっそり見ていた。
何を言ったかは聞こえなかった。でも、レイアが笑って頷いたのは見えた。ヴィンが少し耳を赤くしたのも見えた。
(よかった)
私が用意した舞台で、二人が自分で動いた。
エドガーが学院の地図を覚えた、と報告に来た。
「マリアさん! 東棟から西棟まで、迷わずに行けた!」
「おめでとうございます、殿下」
「やったー!」
(やったーが設定になってきた)
「好きな人に告白する進捗は?」
「……それはまだ」
「もう少し先ですね」
「そうだね。でも、迷子にはならないから、会いに行ける」
(それはいい考えだ)
ミアは奨学金の申請を全部完璧に終わらせて、学院の農業研究会に入っていた。
「マリアさん、土の話を聞いてもらえますか」
「聞きます」
一時間、土の話を聞いた。面白かった。
(ミアのことが、どんどん好きになっている)
レイアに呼ばれて、部屋に行った。
「マリア、一つ聞いていい」
「何でも」
「あなたはいつか、前世に帰る?」
私は少し考えた。
「分かりません。帰る方法も分からないので」
「もし帰れたとして、帰りたい?」
(帰りたいか)
前世には仕事があった。友人がいた。カクヨムのアカウントがあった。
でも、ここにはレイアがいた。ヴィンがいた。エドガーがいた。ミアがいた。
私が書いた世界が、本物になって、ここにあった。
「……今は、帰りたくないです」
「そう」レイアが笑った。「よかった」
「よかった?」
「あなたに隣にいてほしいから」
「……ありがとうございます、レイア様」
「レイアでいいって、言ってるでしょう」
「……ありがとう、レイア」
レイアがにこっと笑った。
いつの間にか、私の書いた「悪役令嬢」は、一番好きな人になっていた。
その夜、机に向かって書いた。
物語の続き。まだ終わっていない部分。エドガーの告白。ミアの帰郷。ヴィンとレイアのその後。
そして、マリア・ソレンの話。
モブキャラとして登場して、三話で名前が消えるはずだった人物。
でも今、マリア・ソレンはこの世界で生きていた。友人がいた。居場所があった。
(私は、マリアを書き忘れていた)
(でも、マリアはちゃんと生きていた)
(私が書かなくても、ここにいた)
ペンを置いた。
窓から外を見た。夜の空に、見たことのない星座が広がっていた。
(私が作った世界の星だ)
(でも、もう私だけのものじゃない)
レイアの世界。ヴィンの世界。エドガーの世界。ミアの世界。
そして、マリア・ソレンとして生きる、私の世界。
書いた世界が、本物になった。
それは、私が思っていたより、ずっと温かいことだった。
◇
──柊詩の手記より、最終記録。
『ヴィンがレイアに告白した。エドガーが地図を覚えた。ミアが土の話をしてくれた。レイアが「帰らないでほしい」と言った。私はここにいることにした。書いた世界が本物になった。書くというのは、世界を作ることだ。そして作った世界は、書いた人間のものじゃない。生きている人たちのものだ。それが分かった。また、書きたい』
──レイア・ヴォルンの日記より。
『マリアが帰らないと言った。よかった。私の隣に、ずっといてくれる人がいる』
──ヴィン・ハルトの手帳より。
『告白した。成功した。余計なことを言うな、とは言わなかった。言えなかった。それでよかった』
──エドガー王子の日記より。
『今日、迷子にならなかった。やったー』
──ミア・クラインの手帳より。
『土壌改良についての論文を書き始めた。マリアさんが聞いてくれた。この学院、来てよかった』
次話:「書きたい、と思った夜の続き」




