第1話「転生先が、自分の書いた小説の世界だった」
死んだ。
入浴中に眠ってしまって、溺死した。
二十五年間の人生の終わりとしては、あまりにも間抜けだった。走馬灯に浮かんだのが「更新し忘れたカクヨムの原稿」だったのは、我ながらどうかと思う。
そして次に目が覚めたとき、私は馬車の中にいた。
揺れている。ガタガタ揺れている。窓の外には見知らぬ草原が広がっている。
向かいに座った侍女が、心配そうに私を見ていた。
「お嬢様、顔色が優れませんが、大丈夫ですか」
(お嬢様)
(侍女)
(馬車)
(異世界転生だ)
私は深呼吸した。落ち着け、落ち着け。こういうときのために、なろう系を三百万字以上読んできたんだ。自分でも書いてきたんだ。
まず状況確認。
手が細い。きれいだ。前世の私の手ではない。鏡がないので顔は分からないが、侍女の表情からして、悪くない顔をしていると思われる。服が豪華だ。令嬢だろう。
そしてこの世界には、見覚えがある。
草原の向こうに見える山の形。馬車の紋章のデザイン。侍女の服の色。
(知ってる)
(全部、知ってる)
私の頭の中に、記憶が流れ込んできた。
前世の記憶と、この体の記憶が混ざり合って、一つの事実を突きつけてきた。
(これ、私が書いた世界だ)
カクヨムに投稿していた、未完の小説。
タイトルは『薔薇と断罪の令嬢』。悪役令嬢が主人公で、ヒロインと攻略対象が出てきて、最後は──
(最後は、書いていない)
三話で更新が止まっていた。
そして私が転生したのは、その悪役令嬢の親友ポジションのモブキャラだった。
(モブ)
(主人公でも悪役令嬢でもヒロインでもなく、モブ)
「お嬢様? 本当に大丈夫ですか」
「……大丈夫よ」
声が出た。この体の声だ。
私は窓の外を見ながら、静かに状況を整理した。
この世界の設定は全部知っている。当然だ、私が考えたから。
悪役令嬢・レイア・ヴォルンは、冷酷で高飛車で、ヒロインをいじめる役だ。
王子・エドガーは、クールで知的で、最終的にヒロインを選ぶ。
ヒロイン・ミアは、天然で明るくて、みんなに好かれる。
そして私が憑依した「マリア・ソレン」は、レイアの親友で、悪役令嬢の取り巻きナンバーワン。三話で名前が出てきたあと、そのまま忘れられたキャラだ。
(忘れてごめん、マリア)
馬車が止まった。
「王都に着きました、お嬢様」
窓の外に、見覚えのある城壁が見えた。
私が想像で書いた街が、本物になって、そこにあった。
(さて、どうしよう)
設定は知っている。でも、私の書いた小説は三話で止まっている。この先、何が起きるか、私には分からない。
(自分で書いといて、続きを知らない転生者)
なろう系三百万字の経験が、まったく役に立たない予感がした。
◇
──柊詩の手記より、第一日目。
『転生した。自分の書いた世界に。モブキャラとして。続きは書いていない。どうしよう』
次話:「悪役令嬢が、設定より全然いい人だった」




