第64話 ワルプルギスの秘法
左右に黄金色が広がる馬車道。この辺りでは小麦の収穫と次の作付けが行われる時期だ。ジゼルはモルガナの焼いてきたクッキーを食べている。リコッタチーズにブルーベリーをモルガナが丁寧にクッキーに乗っけて渡している。
緩やかにウェイブした髪を首の後ろで一つにまとめたゆるふわのひっつめ髪が揺れる。儚げに見える細い首。
なのにクッキーを用意するモルガナの指が追い付かない。
「よ、よく食べるね……」
「そう?おいしいですからね」
ジゼルはそういって掌を上に向けたきた。こうやってすぐ催促してくるのだ。
ちくしょう……、モンスター風情に……。
そうは思っても口には出さない。いずれにしてもジゼルはわざわざ時間を作ってモルガナを案内してくれているのだ。
そう、そうよ。感謝よ、感謝。
そう思えば、用意してきたクッキーにデコレーションして渡す程度のことは、彼女の親切に対してはささやかすぎる見返りと言えた。
「ねえ、ジゼル?」
「はい?」
「もう少し、魔力溜りのこと、教えてもらえる?」
「ええ。ウィステリア様は……」
すぐにジゼルの話は脱線した。白い魔女の話がどうしても中心になる。それはジゼルにとって、白い魔女がそれだけ大きな存在だからなのだ。
「いにしえの魔女、ワルプルギスの秘法を再現する、それがウィステリ様の悲願でした」
ワルプルギスという魔女の名は、今は多くのものが忘れてしまったが、モルガナは知っているし、魔王アルバスも知っていた。
魔人の生みの親とも言うべき存在だ。魔人の始祖はワルプルギスが魔法で創生し、その魔人がワルプルギスの支配から逃れた先で繁殖した結果、今の魔人がいる。魔王アルバスもそう認識していた。
「へえ、つまり白い魔女はもう一度ゼロから魔法で魔人を創生しようとしたってこと?何のために?」
「理由は知らないです。でも、結果的にウィステリア様は私を作りました。本人が直接作ったのではなかったそうですが、でもこれはワルプルギスでもできなかったことですよ」
人間の遺体とソウルイーターの幼体を合成した魔物を作った。偉業とも冒涜とも。それぞれの見方次第でどちらも正しい。
「それはあなただけ?他にも?」
「私だけです。なぜなら、実行役がおかしくなっていったからです」
「じっこうやく?」
「実を言えば、ウィステリア様はその実行役に魔力を注いでその実行役が魔法で私を作ったのです」
「協力者がいたのね」
「そう、協力者と二人でその秘術を行い、そして事故が起こったのです。ウィステリア様はその事故で魔力の大半を失った……」
「協力者とは?」
モルガナの額を粘い汗が伝った。
「私はもしかしたらソウルイーターのまま、その光景を見ていたのかもしれない。でも分からない。見ていなかったのかもしれない。つまりその協力者のことがはっきりとは分かりません」
その事故で「ジゼル」になったのだから、その前後は不鮮明なのだという。
ただ二人で魔法を使ったという点は確実だ。
魔力だまりからは大きく話が逸れてしまったが、より重要な話を聞けた気もする。おそらく協力者は黒い魔女だ。しかし、実行役がおかしくなったともジゼルは言った。
会ったことがないと言っている以上、伝聞で知ったに違いない。だとすれば、白い魔女がジゼルにそう説明したのだろう。
「それで魔力溜りは?」
「そうそう。ウィステリア様は魔力の多くを失ったけど、その力を補う自然現象の存在に気付いたのです。魔法を使えるものなら大体わかると思うけど、魔力の消費効率は、実はそれほど高くありません。損失部分はどうなると思いますか?自然界に流出しながらも、それは自然界に環流しきれず、あるところに留まって澱となる。それが魔力溜り」
知らなかった。だがそこまで聞いて予想もついた。
「それを自分の力に出来る技術があるのね?」
「ええ。魔力溜りは巨大なエネルギーを秘めてます。ね、次はあなたの番ですよ。あなたは何者?その魔力はなに?」
ジゼルがこれまで話してくれた内容にウソはないように思う。なら本当のことを言うのが誠実というものだろう。
だが、彼女の一人に対する誠実は、この国そのものは誠実でないかもしれない。なぜか。黒い魔女は、もう二度と国民の前に姿を現すべきではない。
そうも思えるからだ。
「白い魔女を知ってるなら、黒い魔女も知ってるわね?」
「ええ。災厄の魔女とも呼ばれる不吉な老女。疫病と災害をもたらし、その悪しき力で宮廷を牛耳った身の程を知らぬ愚か者」
ヒドい言われようね……。
だがこれが黒い魔女に対する一般的な認識なのだ。




