第63話 じゃあ聞かせて
翌朝オルネドアから病人全員の熱が下がったと報告があった。
「モルガナ様、本当にありがとうございました。また当初の無礼、なにとぞお許しいただけますよう、お願い致します」
「いえ、警戒なさって当然です。ですが、確信できたことが一つあります」
「それは……?」
「ウィステリアは青夏熱を根絶できるだけの丸薬を用意したけど、その製法までは伝えなかった。どうしてかと言えば、のちに再流行することを見越し、改めて恩を売るために。こう聞くと不愉快かもしれませんが、きっとそうなのです」
ジゼルには会うべきだろうか。会ったところでいまさら言うべきか。それよりも触れない方が彼女にとっても幸せなのではないか。
だがエミリオに何をしようとしたのか。それだけは聞く必要がある、やっぱり会わなくちゃ。そう思い定めるモルガナだった。
ジゼルに会う、そう思い定めていたモルガナだったが、王都に戻ると先手を打ってきたのは相手の方だった。
「おはようございまーす」
明るい声で店に入ると、店員と客がにらみ合っていた。
あり得ない光景に、モルガナがため息をつきながら割って入る。
「ちょっとお、エミリオってばあ……あ」
睨みあっている相手。それはジゼルだった。
「あ、あの!」
モルガナに気付いたジゼルが腰を90度に曲げて彼女に頭を下げた。
「この間は本当にごめんなさい!」
「あ、あー……。あの、別にいいんですけど、一つだけ聞かせて?」
「は、はい!」
そこでモルガナは迷った。「ひとつだけ」とか言うんじゃなかった。
先ずエミリオが気絶した理由を知りたいが、その前にどうしてこうもあたしに怯えているのかそっちを先に知りたくなったのだ。
「まって。二つだけ聞かせて?」
「は、はい……」
ハの字の眉が一層ハの字になっていく。悪いことをした気があるが、思い切って聞いた。
「どうしてそんなに畏まっているんですか!」
「どうしてって……私のウィステリア様に対する忠誠は、あなた様が魔王であったとしても、永遠に変わるものではありません」
ま、魔王……。あの約束、やっぱり有効なのか……。
どうやら初対面でもあっても、魔物には魔王と認識されるらしい。
あれ?でもゼキエルのゾンビは襲ってきたよね?
「ホホホ、何のことかしら?あのドラゴンゾンビに踏みつぶされるところだったんですけど」
「も、申し訳ございません。巨大な魔力とウィステリア様の気配があったもので、復活の儀式を行ったところ、あのドラゴンゾンビが目を覚ましたのです」
「ふっかつのぎしき、とは?」
「ウィステリア様が提唱なされていた魔力だまりの再利用です」
「まりょくだまり……?」
それを聞いたエミリオには心当たりがあったようだ。
「モルガナ、ほらあの時に言った魔力の澱の様なもの。それを僕も見たけど、気を失って目を覚ました時には無くなっていたアレの事じゃ……」
「ああ……、確かに言ってたね。でもあたし見てないし」
「そんなウィステリア様……」
「だから、あたしは、モルガナ!ウィステリアじゃないよ!それよりどうしてエミリオが気を失っていたの?」
そう。本題はそこだ。
「こいつは愚かにも私に攻撃を仕掛けてきましたので反撃したまでです。その後はウィステリア様復活の供物にするつもりでしたが、出てきたのは薄汚いドラゴンのなれの果てでしたので、供物にすらなりませんでした。にしても見事な手際でした。あれが聖属性最強魔法、ソラリス・イルミナティオン。惚れ惚れです」
「何言ってるわかんないけど、先に攻撃を仕掛けたのは本当なの?」
モルガナの視線の先がエミリオに移動する。
「確かに刀を構えた。そしたらジゼルの連れが襲ってきたので、返り討ちにしたよ」
この話は確かに以前聞いた。矛盾はない。
「ジゼルさん。ということは先に手を出したのはそちらでは?」
「鞘から抜いた剣を私に向けて構えた。この事実をもってしても、まだ戦闘前だとおっしゃるなら、その理屈には従います。他ならぬウィステリ……」
「あーわかった、わかった、もういい!で、その魔力だまりとやらは他にもあるの?見てみたいんだけど」
「目星をつけている場所がありますので良ければご案内します」
「ではお願いします」
場所は王都から馬で一日。迷宮にあった魔力溜りと比較すると相当小さいとのことだ。
エミリオは同行したいと煩かったが、店が繁盛していて毎回二人は休めない。しばらく絶対服従の先日の約束を楯にとって留守番させた。
ちなみに後日のことにはなるが、エミリオにはウソをついた。ジゼルとの戦闘に関することのウソだ。危険なドラゴンゾンビとの戦闘をさせないために、心配したジゼルがエミリオの意識を失わせたのだと。エミリオは結局掠り傷ひとつ負っていない。その事実がこの説明に説得力を与えていた。信じたエミリを一概にお人好しとは言えないのだ。
「あれ、この間のお連れさんは?」
その朝、待ち合わせ場所に行くと、馬車が一台に老人の御者のほか、あとはジゼルだけだった。
てっきりジゼルの従者のようだったヘーゲルが同行するものと思っていたが来ていない。
「ヘーゲルさんは反抗心や自立心を抜き取って操り人形にしていたのですが、あの後解放しました。やっぱり駄目ですね。自立心がないと能力は半分以下になってしまいます」
「ジゼルさん。あなたの言うウィステリアは白い魔女のことでしょ?」
「はい。そうです。それはあなたです」
「あのね……」
「ウィステリア様しか使えないソラリス・イルミナティオンを放ったのが何よりの証拠」
「ならソウルイーターよ、私の精神を覗かせてあげる。それで事実がどうなのか、分かるでしょ?」
「え!いいんですか!?では遠慮なく……。てえい、心蝕!……え、人間じゃない?」
「ちょ、ちょっと!やめ!やっぱやめ!」
人間じゃないってどういうことだよ。若返った魔法の作用か?いずれにせよ、もうやめだ。
「わかってくれた?」
「……お前、誰?」
ジゼルの口調が全く別物に変わっている。
あら、どうしてかしら。状況が悪化したのね。




